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<白銀の姫・PCクエストノベル>


女神たちの迷宮【ファイナルダンジョン:〜異界〜白銀の姫】

ACT.0■PROLOGUE――最後の挑戦――

 ジャンゴは、陥落した。
 そして。
 再び、探偵は酒場にいる。
 勇者と冒険者、女神と創造主、クロウ・クルーハの体現者を、一堂に集めて。

 テーブルに肘をついて指を組む草間武彦の右隣には、暗黒騎士と化した黒崎潤が、左隣には浅葱孝太郎が、それぞれ困惑を通り越した表情で立つ。
 4柱の女神は、別のテーブル席に腰掛けていた。
 アリアンロッドは青ざめてうつむき、マッハは憮然としてジョッキをあおり、ネヴァンはしっかりと『本』と羊皮紙のスクロールを抱きしめ、モリガンは平然とワインを傾けている。
「おい、シヴァ。関係者を招集して何をするつもりだ? 謎解きでも始めるのか?」
 黙りこくっていた草間が、ようやく口を開く。シヴァはテーブルに直接腰掛けたまま、ふふんと笑った。
「これは異なことを。謎解きは探偵の仕事であろうが。おぬしと、おぬしの調査員たちのな」
「馬鹿馬鹿しい。意外な真相を聞かせてやろうというから、一時休戦してみれば。時間の無駄だったな」
 黒崎は『クロウの剣』を抜き放ち、浅葱の喉元に突きつける。
「いったい、何がどうなっているんだ? ぼくには、まださっぱり」
 アリアンロッドからひととおりの説明を受け、バッヂファイルを作っておきながら、創造主は、自分が作り出したはずの世界に未だ適応していない。
「おぬしにできることは限られておる。とりあえず、そこで見ておれ。潤もだ。とどめを刺すことなぞ、いつでもできよう?」
 シヴァは、ふたりをあっさりいなしてから、『勇者の泉』の入口を見やる。
「関係者はもうひとりいるのじゃが、はて」
 そう呟いたとき、扉が開いた。
 かつかつと床をヒールで打ち据えて、ゼルバーンが現れる。黒崎の傍に立ち、一同を睨んだ。
「こんな連中に構っている暇はない。さあ、そろそろ全てを終りにしよう」
「待て、『Tir-na-nog Simulator』。おぬしに、そのような権利はあるまい。まあ、そこに座れ」
 席に着かせようとするシヴァに、ゼルバーンは不敵に笑うだけだ。
「私は、この世界全体を動かしている根幹プログラムだ。そこにいる女神たちはしょせんゲームプログラムで、貴様らは只のユーザーだろう?」
「まだわからぬか。なぜ、女神が4人いるのか。そして、ゲームプログラムが『女神』となったのに、なぜおぬしが『邪竜の巫女』のままなのか。上位プログラムのはずの、おぬしが」
 集った勇者たちをゆっくりと見回してから、シヴァは言い放つ。
「ゲームというものは、常にユーザーのために存在する。たとえそれが、未完成であったとしても――どうじゃ、彼らに挑戦してみぬか? おのずから、答えも見つかろう」
「挑戦? 私が?」
「そうとも。この者たちは、おぬしがいかなるダンジョンを出現させても屈することはない。見るがよい、恐るべき異界『東京』で鍛錬を積み、レベルを極限まで上げた調査員たちの底力を!」

ACT.1■オーダーメイド・ダンジョン

「いやァ。ちょっと褒めすぎっスよ、シヴァさま。確かに、これでもかってくらいの豪華メンバーが勢揃いしてますけどね。俺も含めて」
 シヴァのはったりに照れた藍原和馬が、てへっ、と、その背を押しやった。忍者の腕力は圧倒的で、バランスを崩したシヴァはテーブルに突っ伏す。
「これ。馬鹿力でどつくなっ! おぬしは豪華というよりは重宝メンバーじゃ」
「おやおや和馬さん。いけませんよ、ほどほどに留めておかないと、テーブルが壊れてしまいます」
 いよいよ大詰めとなった事態を反映し、水霊術師としてエヴォリューションしたセレスティ・カーニンガムが、『聖十字の錫杖』を手ににっこりとたしなめる。
「そうですね。お店の什器を破壊すると、影の薄い店主さんがお気の毒です」
 あるじと歩を合わせるかのごとく『深遠なる守護者』となっているモーリス・ラジアルも、余裕の笑みを浮かべた。
「……おぬしらはっ。何故、われではなく、テーブルの心配をするのじゃ?」
「それは、怪我はいつか回復しますけれど、テーブルは一度傷ついてしまうと、もう治らないからではないでしょうか?」
 青いローブを優雅にはおったメイリーン・ローレンスが、軽く翼を羽ばたかせながら小首をかしげた。紺のドレスの裾から覗いているのは、見慣れた蛇状の尻尾ではなく、紛れもない人間の少女のつま先である。
「メイさんは聡明でいらっしゃいますねぇ。……ああでも、ご要望があれば修復しますよ。店主さん、その時はモーリスにお声をかけてくださいね」
「うう……。何て有り難いお言葉……。セレスティさん、お弁当づくりはおまかせください!」
 カウンター奧にいた影の薄い店主は、感涙しながら、おもむろに調理を始めた。
「えぼりゅーしょんしたー?」
 テーブルの端にちょこんと座っていた石神月弥が、メイリーンを上から下まで見て、大きく目を見張る。
 そういう月弥も獣化薬の効果はとうに切れているはずなのに、可愛らしいうさぎ耳を生やしていた。いつものミニアリススタイルに加え、首には大きな水色のリボンまでついている。これもある意味、進化――Evolution、であろうか。
「はい。月弥さんも」
 メイリーンと月弥は顔を見合わせ、くすっ、と笑い合う。
 テーブルに顔を伏せたまま、シヴァがぼやいた。
「おぬしらぁ〜。冒険者仲間のわれのことは、ま、いいとして、もうちっとゼルバーンに気を使って、構ってやらぬか。やる気十分、気合いMAXで、勝ち目のない戦いに出向いてきたのじゃぞ」
「勝ち目がない……だと?」
 ゼルバーンが、きっ、と眉を吊り上げる。
「そうでした。つまりオーダーメイドダンジョン、好みのダンジョンを作ってくださるということですよね? どうしましょう、モーリス?」
 セレスティがおっとりと問い、モーリスは真面目に考え込む。
「そうですね。魔法の扉がたくさんあって、バラエティ豊かな場所に次々に繋がるダンジョンがいいですね。ボスを倒したら、すぐに戻って来られる仕様に、是非していただきたいです。セレスティ様のおみ足のこともありますから、延々と歩き回らないほうが宜しいかと」
「私は広大なラビュリントスでも大丈夫ですよ。ただ、地下であっても、あまり暗くて狭くて湿ったところは困ります。それに、灯りは自動的に点灯してくれると嬉しいですねぇ」
「あのォ。お言葉ですが、灯りは、松明とかランタンとか持ってけばいいんじゃ?」
 おずおずと言う和馬に、セレスティはそっと目を伏せてみせた。
「私は……あまり重いものは……持てませんから」
「……そっすか。わかった、わかりましたよ。セレスティさんの荷物は全部俺が持ちますとも。お弁当は、出来上がり次第シヴァさまに届けてもらうってことで」
 何も言われていないのに、和馬は自分から荷物持ちをかってでた。ちゃっかりと、弁当の手配を押さえることも忘れない。
「しっかし、最後の最後までダンジョンと縁があるんだな。俺は、そうだなァ、トラップばりばりのやつが希望かな」
「頼りにしてますよ。今の私は、どんな大怪我も完全回復できるようになりましたので、安心してくださいね」
 セレスティが、非常に含みのある発言をしたあたりで、月弥がにこっと笑った。
「だんじょん、ねう゛ぁんちゃんのときと、おんなじのがいい。もんすたー、ころしちゃだめなの。みりょうひとすじ」
「素敵ですわ月弥さん。『魅了』の限界点に挑戦ですのね。サポートいたしましょう! わたくし1人だけでは攻撃力もほとんどありませんけど、薬の効果のほうは今までより倍増しています。ダンジョン内の補佐役はおまかせくださいませ」
 月弥とメイリーンは、期待に満ちた目でゼルバーンを伺うのだった。

 □□ □□ 

「お」
 シュライン・エマは意気込みのあまり、口を開きかけて、ためらった。クールな彼女にしては珍しいことである。
「お、おおだーめいどだんじょん。どんなのでも、本当に作ってくれるのね?」
 シュラインのエヴォリューション後の衣装は、高機能にして華やかな白いドレス風のものだが、特筆すべきはその露出度の高さであった。滅多に拝めない「おへそ」をチェックするためシヴァが意味もなく回りをうろうろするので、草間はガードするのが大変らしいとは、全冒険者の一致した見解である。
 そんな最終兵器シュラインが、どきどきが止まらない風情で目を輝かせ、パワーアップアイテム『妖精王の花飾り・マナナーンの恵み』の絡んだ腕を抱きしめながら、ゼルバーンを見つめる。なお既に、この場にいる誰もが、ゼルバーンと長く視線を合わせても影響は感じなくなっていた。
「じゃあ――せっかくだから。落とし穴が沢山あって、なおかつマッピングを全部埋めないと正しい次階に行けないダンジョンて、可能かしら?」
 気圧されて、ゼルバーンは一歩後ずさった。
「その気持ちわかるわ、シュラインさん。もう、単純な迷宮には飽きたもの」
 嘉神しえるがシュラインのそばで腕組みをし、大輪の剣先薔薇がほころぶような笑みを浮かべた。いつものくノ一スタイルとは一変して、熾天使の血が色濃く反映した姿――白く輝く6枚の翼を持つ聖剣士となっている。
「そうねぇ……。謎解き関門アリの頭脳派ダンジョンって感じでどう? 今までのダンジョンじゃかなり余力残ってるものね、お互いに」
「マッピングって楽しいのよね。あともうひとつ角をつぶせばコンプリート、ってところでボスのところに到着しちゃうのって、悔しいったらないもの」
「そうそう、で、ラスボスは非っっ常ーに強力なのを置いて欲しいわ――本気ぶつけてあげようじゃない。これが、最後なんでしょ?」
 超難解ダンジョンを要求するスペシャリストふたりに、武田隆之はカメラの手入れをしながら、不思議そうな顔をした。
「いやあ……? しえる嬢は、いつも各ダンジョンを力ワザでリフォームして、最短コースを爆走してたんじゃ?」
「隆之さんっ! ミネラルウォーターどうぞっ! フランスの『 ハイドロキシダーゼ 』とドイツの『OGO still』とどっちがいいですか?」
 しえるへの突っ込みをかわすべく、ブランシュがささっと救急箱を開く。隆之は目を丸くした。
「高級品ばかりじゃないか」
「ラストに向けて、品揃えを充実させました」
「じゃ、『OGO still』をもらおう。俺の希望ダンジョンは……『誰でも簡単にクリアできるビギナー向けのダンジョン』かな……」
 心からのつぶやきが聞こえてしまい、ゼルバーンの唇がぴくりと歪む。隆之は『OGO still』の丸いボトルごと、慌てて手を振った。
「いや、言ってみただけだ。……ったく、非戦闘員かつ、特殊能力も微弱な中年にやさしくない世界だよ、ここは」
「そんなことないわよ? 武田さん。良かったらご一緒しましょ。当然、ブランシュは来てくれるわよね? 今回はかなり真剣に行くつもりだから、治療役として。ね?」
「はい、もちろん」
 しえるの誘いにブランシュは即座に承諾したが、隆之は条件付きだった。
「……危ない時はしえる嬢の後ろに隠れてよけりゃ、ついていってもいいが。なに、庇うときはブランシュを優先して構わん」
「わたくしは、シヴァさまに同行願いたいですわ。……ゼルバーンさま、地系統のダンジョンを希望いたします」
 淑やかに進み出た鹿沼デルフェスが、きっちりと礼をする。その妖艶にして優雅なたたずまいには、たずさえた武器『還襲鎖節刀・双石華』さえ、彼女を彩る装飾品のように見えた。
「確か――モリガンの勇者だったな。石化能力を有しているという」
「はい」
 ゼルバーンの目が残酷な光を帯びた。
「……そうか。ならば地の奥深くにモリガンを閉じこめよう。石版に封印した女神を、救ってみせるがいい」

 □□ □□ 

「ゼルバーン」
 羽柴遊那が、静かに口を開く。
 ヴェールを纏った黒衣のシスターの言葉は、微かな哀しみを帯びながらも、凛と響いた。
「あなたは誰よりもこの世界を想い、浅葱くんを憎んでいる。本当に全てを終わりにしたいなら、私たちはあなたを討たなくてはならない――戒那?」
「ああ、わかってる。もう、始めてるさ」
 聖書に似た厚い本を抱え、羽柴戒那は琥珀色の瞳をすうと細める。漆黒の天鵞絨のような艶を持つカソック服に身を包んだいでたちは、高位聖職者のおもむきがあった。
 遊那と戒那は姉妹――二卵性の双子であるのだが、知らぬものが一見した限りでは、ふたり並んで立っていても、若い、仲の良い友人同士だと思うだろう。まして、はたちそこそこの青年にしか見えない戒那が、遊那の「姉」であるなどと誰が気づこうか。
「――何?」
 ゼルバーンが困惑した声を漏らす。その瞳に、靄がかかっていた。
 しかしすぐに、戸惑いは改心の笑みに変わる。満足のいくビジョンが、脳裏をよぎったのだ。
 
 ダンジョンを抜け出せず、次々に倒れていく勇者、冒険者。
 哀願と呪詛。命乞いと絶叫。
 襲いかかるモンスターたち。クロウ・クルーハの咆哮。
 そして、強制終了による、初期化。

「あははは。見ろ、私の勝ちだ」
 それが戒那による催眠の効果であるとは気づかずに、ゼルバーンは哄笑する。
「……あなたを、可哀想だなんて思わない。この戦いこそが、あなたの存在価値なのかも知れないから」
 遊那は言い放つ。強い予言力を持つ聖女のように。
「邪竜の巫女よ、ボスにはクロウ・クルーハを出しなさい」
「そう、シヴァの言葉のもと、全力で行かせてもらう」
「……いや? われのことはスルーして良いぞ?」
 横合いから戒那に囁くシヴァは無視して、ゼルバーンは架空の勝利に酔ったまま、白い喉をのけぞらせる。
「良かろう。『知恵の環』へ行くがいい――もう一度。あの場所が、始まりであり、終わりなのだ」
「ゼルバーン。俺には、この世界の真なる姿がよく理解できない」
 やりとりを静かに聞いていた黒い式服の男が、伏せていた顔を上げる。その両目は黒い紐で覆い隠され、手にしているのは短刀――いや、短刀を軸とした天秤であった。
 対峙した相手の、心の闇の大きさを計ることができる天秤を持つ男は、都築秋成。彼は自分の意思を超えて、我が身がモンスターの巣窟へと吸い寄せられることを知っていた。
「――そもそも、定まった形など、この世界にあるのだろうか」
「秋成どの。それは、誰にもわかりません」
 踊り子のデュエラが、その隣に立つ。この酒場で初めて会ったはずだが、その面差しと声音をどこかで見知っているような気がして、秋成は訝しむ。誰何の視線を受けても、しかしデュエラはふっ、と微笑んだだけだった。
「……ですが私は、避けてはいけないような気がするのです。クロウ・クルーハは、私自身であったかも知れないのですから」
「デュエラさんの行くダンジョンに、私も同行していいですか? できれば、お役に立ちたいです」
 それまでテーブル席に座っていた中藤美猫が、黒髪をふさりと揺らして立ち上がった。握りしめた『猫鈴』が、しゃらんと鳴る。
「私の方が、美猫どのの足を引っぱるかも知れませんが、宜しければ」
「剣舞をマスターなさったって、さっきシュラインさんから聞きました。ダンジョンで、『魅了』を見せてくださいね」
「美猫どののおめがねに、かないますかどうか」
『夢魔の扇』を持ち直し、デュエラは美猫とともに扉に向かう。
 知恵の環へ、行くために。
「あらゆる蔵書が揃っている、あの場所――そこには、僕の望む風景もあるかな?」
 瀬崎耀司が、鮮血を思わせる緋色のマントを翻して立ち上がる。質実剛健な黒い鎧を纏った姿は、古い物語に登場する、竜退治に旅立つ騎士のようだ。
「望むものに、よるだろう」
 にべもなく言うゼルバーンを背に、耀司もまた、彼らのあとを追った。
「僕は『真実』を希望する。あらゆる記述が一堂に介した場所ならば、僕にとっての『真実』を見いだせるかも知れない。たとえ、そこが混沌が形を成したなれの果ての、混戦めいた場所であってもだ」

 □□ □□ 

 冒険者たちは、それぞれが望む迷宮へと姿を消した。
 今のところ、ダンジョンはみっつ。
 パーティは、以下のとおりである。
  ○A:藍原和馬、セレスティ・カーニンガム、モーリス・ラジアル、石神月弥、メイリーン・ローレンス
  ○B:シュライン・エマ、嘉神しえる、武田隆之、鹿沼デルフェス
  ○C:羽柴遊那、羽柴戒那、中藤美猫、都築秋成、瀬崎耀司

 し・か・し。
 その場にはまだ、メンバーがいたのであった。
 ある意味、最強の。

 □□ □□ 

「まあ、どんなダンジョンでも思いのままだなんて! それではわたくし、色とりどりのお花が咲き乱れるダンジョンを所望いたしますわ」
 がらんとしてしまった『勇者の泉』に残ったゼルバーンに、火炎魔法使いサティ(注:赤星鈴人のアスガルドバージョン)は、薄茶色の瞳を輝かせながら詰め寄る。
「あのな姉貴。そんな生ぬるいダンジョン、全然楽しくねえって。やっぱ、ひたすら迫り来る敵! バトル! レベルアップ! 強い敵! バトル! さらにレベルアップ! もっと強い敵! もっとレベルアップ……ぜいぜい。とにかく、そーゆートコのが楽しいに決まってるって」
 筋骨隆々としたスキンヘッドの格闘家ダクシャ(注:赤星壬生のアスガルドバージョン)は、まるで強敵が目の前にいるかのように拳を固め、意気軒昂である。
「もう……。ダクシャったら。どうしてそんなに乱暴なんですの?」
「だって、強い奴と闘うのが俺様の生き甲斐だからだよ!」
「わたくし争い事は好みませんの。それにダクシャ、あなたにもたまには休息が必要ですわよ? ふと足を止め、自分を振りかえって気づくことってたくさんありますもの。穏やかなダンジョンで一休みしましょうよ。ねっ?」
 アスガルドでのダクシャはシスコンであるため、姉の言葉に弱い。しばらく抵抗していたが、やがて観念して肩を落とした。
「うぅぅ…………。姉貴がそこまで言うなら。………まぁ……そっちに付き合ってやってもいい……かな」
「ふふふ。それではお花畑に行きましょうか」
「おい、そこのひょろいの!」
 ダクシャは、影の薄い店主とお弁当の打ち合わせをしていたシヴァに声を掛けた。ちなみにシヴァはふたつのパーティからお呼びがかかったため、A→Bとダンジョン巡りをせねばならず、カウンター上に置いたメモ用紙にタイムテーブルを書き込んでいた。
「なんじゃ壬生。女子高生がいつまでも、燃える闘魂マッスルキャラでいてはいかんぞ?」
「そんな名前で呼ぶな! とにかくあんたも付き合え! ダンジョンでオレ様が暇になったら手合わせしろ!」
「……パーティDにも参加、と。時間調整が難しいのう」
「あ、でも姉貴に手ェ出すんじゃねえぞ? んなことしたら、ただじゃおかないからな!」
「あらあら、ダクシャ。シヴァさまに失礼ですよ。でも、シヴァさまにも、他の方々にも是非ご一緒していただきたいですわね。美しい光景は皆で分け合わないと」
「ネヴァンちゃん、きいた? おはなばたけのだんじょんだって。それなら、いっしょにいける?」
 彼瀬えるもは、くるりとした目を無邪気に輝かせる。小さいながらもネヴァンの勇者であるえるもは、ずっと女神のそばについて、元気づけようと話しかけていたのだ。
 しかし、不安そうに成り行きを見守っていたネヴァンの表情は晴れない。
「でも……。どんなダンジョンにも、モンスターは必ず出るんだよ」
「たたかったりしなきゃいいの。モンスターさんとおともだちになればいいの」
 女神を安心させるようににっこりと微笑み、えるもは、たどたどしくも確信に満ちた口ぶりでいいつのる。
「まえね、ほかのひとが、モンスターとおはなししてなかよくできたの。えるもたちもまたがんばっておともだちになるの」
 努力家のえるもは、ジャンゴ陥落前から、この近辺で小型モンスターと交流する練習を積み重ねていたのだった。ためらうネヴァンの手を引いて、ゼルバーンの真正面に行く。
「ルチルアちゃん。おはなばたけのだんじょんには、さいしょはちいさくてよわいモンスターで、それからすこしずつおおきいモンスターがでるようにしてほしいの」
「……今の私は、ルチルアでは……」
 幼い子供が、澄み切った大きな瞳をきらきらさせて迫ってくるという無敵の精神攻撃にさらされて、ゼルバーンはたじたじとなる。
「なんていじらしい! ゼルバーンさん、えるもちゃんの願いを聞いてあげてください」
 心優しい子供好きのCASLL・TOは、ずっと、ネヴァンとえるもに話しかけるきっかけを窺っていた。この機会を逃さじと、普通の子供なら泣いて逃げ出すこわもてをさらに強ばらせ、ゼルバーンに接近する。
 しかし、2m近い長身で超悪役顔のCASLLは、哀しいことに、たとえ世界が強制終了しようとそのお人好しぶりを理解してもらえない運命であるらしい。CASLLが発したのは紛れもない哀願であったのに、ゼルバーンは喧嘩を売られたと解釈した。
「……この場で戦う気か。良かろう、それが望みなら」
「望んでません。ひどいです。あんまりです。いくら極悪顔だからってそんな誤解。私だって傷つくんですよ、センシティヴなんですからね」
 だが、迫力ある二枚重ねのチェーンソーを構えてそう言っても、CASLLの想いはいまひとつ伝わらない。
 そんなこんなの、緊迫だか弛緩だか判然としない雰囲気を、さらにカオス状態にかき回す存在があらわれた。
「こんにちわぁ〜。お花〜ぁ。お花はいかがですかぁ〜〜」
 その、貴(?)婦人は、全身を目にも眩しいピンク色でフルコーディネートしていた。長い袖に、つま先までを覆うロングドレス、結い上げた金髪にはヘッドドレスを被り、手袋をはめた華奢な手には花籠を持っている。さらに、駄目押しのように背中を飾っているのは、ピンク色のハート型の羽根であった。
 ひとめ見るなり、CASLLはさっと青ざめた。慌ててゼルバーンを後ろ手に庇う。
「ゼルバーンさん、危ない! あのひとと目を合わせてはいけません! ……たぶん」
「お花をどうぞ〜。しあわせになれますよ〜」
 謎の貴婦人は、邪気のない100%スマイルで、花篭から真紅の薔薇を1本取り出した。
 酒場内をきょろきょろと見回してから、カウンター前のシヴァに近寄る。
「お花買ってくださいな〜。消費税込368スターでお買い得ですよぅ〜」
「おわぁー! おぬしはリュウイチ・ハットリ! 女性化のうえに、露出部分がいつもとは逆の顔だけとは(注:つまり、いつもは顔以外を素敵に露出)電波エヴォリューションにもほどがあるぞ」
 花の値段が妙に半端なのはあえて追求しないことにして、シヴァはリュウイチを、誰かに何とかうまいこと押しつけるべく画策し、すぐに答を見つけた。
「良いところへ来た。いまから、サティとダクシャとえるもとネヴァンとCASLLがお花畑ダンジョンに向かうそうじゃ。混ぜてもらえ」
「あれ? ということは私も行くんですか? いつの間にそんな話に」
 きょとんとするCASLLの肩を、シヴァはぽんぽんと叩く。
「悪い話ではあるまい? 可愛いえるもやネヴァンと、お花に囲まれて楽しくかくれんぼや鬼ごっこができるかも知れぬぞ。プラスアルファな連中は、さくっと無視すれば良かろう。ちなみにわれは、遅れて行くからの」
「まぁぁぁ〜〜♪ お花のダンジョン? ス・テ・キ☆♪ 早くまいりましょう〜」
 リュウイチはそっとCASLLの腕を取り(注:チェーンソーを持ってる側である)、世にも華麗なステップを踏み始めたのだった。 

ACT.2-A■魅了づくし*セレブなダンジョン【浅葱孝太郎視点】
〈パーティメンバー:藍原和馬/セレスティ・カーニンガム/モーリス・ラジアル/石神月弥/メイリーン・ローレンス〉

「おひまー? おひまならくる」
『月弥』と呼ばれていた小さな少女が、とことこと僕に近づいてそう言い――
 気がついたときには、僕は5人の冒険者と、とある洞窟の前にいた。
 ダンジョンがどうのなんて何のことだかさっぱりわからなかったし、根幹プログラムやゲームプログラムが意思を持って独自に動いているなんて、理解の範疇を超える。
 ……創造主さま。
 女神アリアンロッドと名乗った彼女は、僕のことをそう呼んだ。
 どうぞ、お守りください。
 この世界を。
 そんなことを言われても困る。
 だって僕は――死んだんだ。

 僕なんかよりよほど、他の冒険者のほうが落ち着いている。
 ずっとアスガルドと現実を行き来して経験を積み重ねてきた――ユーザーたち。きっかけは、呪われたゲームと化してしまった『白銀の姫』に否応なしに巻き込まれることから始まった、いわば被害者であるはずなのに。
「おや。ここは以前、アリアンロッド嬢と行ったことのある『白銀の洞窟』ですね」
 セレスティが穏やかに言い、慣れた足取りで入って行く。
「場所はそのようですが、中は一変してますよ。以前はこんなに、扉がずらっと並んではいませんでしたし……ああ、そんなセレスティ様、先にすたすた歩かないでください。扉もまだ開けちゃいけません。罠があるかどうかは、和馬さんが確かめてくださいますから」
 マイペースのあるじの後を追いながら、モーリスが当然のように和馬を振り返る。
「あァー? やっぱ、それが俺の役目っスか」
 和馬は肩をすくめながら、それでも身軽に先陣を切った。

 最初の扉を開けると、真っ正面から吹き出してきたのは大きな炎。ダンジョンに熱風が吹き荒れる。
「ごほっ」
 咳き込んで、それでも和馬は敏捷に避けた。
「まかせてくださいませ」
 すぐにメイリーンが、粉状の消火薬を取り出して、翼で起こした風に乗せていく。炎はすぐに消えたが、和馬は少々、顔を火傷したようだ。
「だいじょぶ?」
 心配そうに見上げて、月弥が小さな手を差し伸べる。火傷は、みるみるうちに跡形もなく消えた。
 扉の中からひょいと現れたのは、ドラゴン型の小さなモンスターだった。どういう名称で呼ばれ、どんな力を持っているのかはわからない。
 そもそも、すでにこの世界は、どこもかしこも僕の設定したものとはかけ離れてしまっている。
 小型ドラゴンはなおも火を吹こうとしたが、月弥にじっと見つめられて、開きかけた口を閉じた。
「いいこしてると、おかし、あげる」
 月弥は背負っていたバッグから煎餅を出し、そっと床に置いた。小さなモンスターは、少し小首を傾げたが、やがて、ぽりぽりと煎餅を囓り始める。
「何じゃ、おぬしら。さっそくモンスターを手なづけおって。ランチタイムには少々早いが、弁当とお茶のセットを持ってきたぞ」
 大きな風呂敷包みを携えて、シヴァが現れた。
「あ、シヴァさま。ご苦労さまですー。せっかくなんで、もう休憩にしますかね」
 和馬が荷物を受け取ろうとするが、シヴァはさっと身をかわした。
「もうひとつふたつ、扉を探索してからにせぬか!」
「では、シヴァさまもいらしてくださり、人手が増えたことですし、和馬さんには右から2番目の扉をお願いしましょう。シヴァさまには3番目をおまかせします」
 モーリスが鞭を構えてにっこりする。その間に、セレスティはメイリーンと一緒に、風呂敷包みを解いてお茶の準備を始めていた。
  
 ――『白銀の洞窟』。
 そうだ、思い出した。
 ジャンゴの東にあるこの洞窟は、ゲーム開始時点ではプレイヤーが神託を聞く通過地点として、そしてクリア後には、広大なダンジョンとして変化する設定になっていた。
 だから――
 こんなことはありえない。だって、ゲームは未完なのに。

 次々に、扉は開かれる。
 その度に、岩が転がってきたり洪水がなだれ込んできたりアサルトゴブリンが団体でおしよせてきたりしたが、彼らはものともしなかった。和馬とシヴァが、息の合ったコンビネーションで囮となり、月弥が『魅了』の力を発揮する。大型のモンスターはモーリスが鞭を振るって追い払ったり、檻に閉じこめて隔離したりした。
 囮役たちは、岩と一緒に転がって手傷を負ったが、それは月弥と、セレスティやメイリーンが治療した。このパーティは、回復担当に恵まれておるようだ。
「こーたろー。しう゛ぁさま、けがした。あっちいくー」
「もんすたーのうろこ、ひろう。めいに、あげるの」
 僕はいつの間にか月弥を抱えて移動させる係となり、あちらこちらへ走り回されていた。
 月弥は、拾った小型ドラゴンの鱗をメイリーンに渡している。メイリーンが作る薬の、現地調達材料ということらしい。
「ありがとうございます。これで、在庫切れになった獣化キャンディをまた作成できますわ。セレスティさん、モーリスさん、お待たせしました!」
「それはありがたい。よかったですねぇ、モーリス」
「………………(また猫耳を生やすことになるのかと思って、壁に手をついている)」
「シヴァさま、ところでこのダンジョン、やっぱ東京にも繋がってんですかね。レンとか神聖都とか」
「さぁて。どこかの扉が連結しているかも知れぬがのう」
「どうせなら何かこう、また古い宝箱みたいなのを開けてみたいんですけどねー。そーいうご褒美があるんなら、囮役もがんばっちゃうんですけど」
「ゼルバーンが、そんなに気が利くとは思えぬが……お?」
「こーたろーー! あぶない!」
 振り向けば、閉めそこなった扉から這い出てきたアサルトゴブリンが、棍棒を振り上げて僕を狙っているのと目が合った。和馬は、僕と月弥を庇いながら、モンスターを扉の向こう側へ蹴り戻した。
「和馬は親切じゃの。月弥はともかく、別に、孝太郎なんぞを庇う必要はないぞ。人間というのは、2度も3度も死ねぬものゆえ」
「理屈ではそうですけどね。なーんか、反射的に身体が動いちゃうんスよ」
 茫然とする僕をよそに、シヴァと和馬は、セレスティがセッティングしたお茶席に合流した。
「浅葱さんも、どうぞこちらへ。いったん休憩にいたしましょう」
 モーリスが、白いティーポットからお茶を注いでいく。まるでダンジョン内が自分のお屋敷の中庭ででもあるかのように、セレスティはにこやかにティーカップを受け取る。

 この余裕は、いったいどこから来るのだろう。
 崩壊に向かっている世界の、存在しないはずのダンジョンで、彼らはゆったりとお茶を飲んでいる。

ACT.2-B■上級者向け*超難解ダンジョン【モリガン視点】
〈パーティメンバー:シュライン・エマ/嘉神しえる/武田隆之/鹿沼デルフェス〉

 ……ここは、どこかしら?
 とても広いけれど、暗くて冷たくて――そう、地の底のにおいがする。
 いやだ。身体が動かない。
 石になってしまったようだわ。
 ゼルバーンが私のほうを見て、軽く片手を上げて――
 次の瞬間には、こんなことになってたのよね。
 ああ、でも。
 暗闇に慣れれば、状況はわかるものね。
 この独特の湿り気には覚えがあるわ。微かに漂う酒気は、私がつい先刻まで飲んでいたワインと同じ香り。
 ということは、ここは、『勇者の泉』の地下なのね。
 意識を飛ばして、みんなの様子を見てみましょう。

「モリガンさま! 今、まいりますわ!」
 私を助けようと、デルフェスがダンジョンへの階段を降りていく。
 いい子ね。あなたはいつだって、私の忠実な勇者だった。
「あらー? さすがに、この前の仕入れ先入口とは違うのね。それはそうか、同じだったら営業妨害だし。行きましょ、ブランシュ。転ばないでね」
「はい。しえるさんも、暗いですから足もとにお気を付けて」
 あれは、しえるとブランシュね。しえるは、私には……というか、女神たちにはそっけなくて、誰の勇者でもなかったけれど、切れ味のいい剣筋の、見どころのある冒険者だったわ。
「武彦さん。またこの地下だけど、最後だし、どうかしら? ……そう。そこでダレていたいのね」
「ダレてないっ! 俺にはだな、そう、おまえたちのために薬草シチュー作成という大役が」
「はいはい。アームチェア・デイティクティブ兼厨房担当ということでお留守番よろしく。落とし穴にはまって足折られたりしても困るものね、そこで待ってて。あまり、飲み過ぎちゃだめよ――どうしたの? 武田さん」
「う、ん……。昔、女房から、出がけに言われた口調と似てて……いや、何でもない」
 シュラインの声は、心地いいわね。
 聞いているだけで安心するし、何もかもうまくいく気分になる。
 まあ。隆之の、今日の『魔法寫眞機』の装備はものすごいこと。オプションだらけじゃない。
 目くらましのストロボ、望遠レンズ、水アダプタ。連写ができるオートシャッターに、高感度フィルム……暗闇でも十分使えるわ。
 ……でもそれって、私を助けるためというよりは、ダンジョン探索用に用意したんでしょうね。
 んもう、まだ私のピンナップ撮影もしてくれてないくせに。

 ……いやだわ。
 私はどうしてこんな――まるで彼らと、もうすぐお別れするみたいな気持ちになっているのかしら。
 セルバーンがどんな難解なダンジョンを作ろうと、彼らがクリアできないなんてあり得ないのに、ねぇ?

 シュラインが、いつものようにモンスターの位置を確認しながら進んでいる。
 交流可能なモンスターが、彼女と出会うとちょっとお得だわね。モンスター言語のエキスパートになったシュラインが、一層増えた翻訳落語のレパートリーから『出来心』『もぐら泥』『転宅』なんかを名調子で語ってくれたり、モンスターならではの苦労話や今までの愚痴を聞いてもらえたりするもの。
 マッピングは、やっぱりしえるの担当ね。ブランシュが、かいがいしく地図に印をつけているのが微笑ましいわ。
 仕入れ専用の『勇者の泉ダンジョン』と違うのは、全ての通路を探索してからじゃないと階下への階段が出現しないということと、あちこちに『謎』が仕掛けられていることかしら。

「どうしましょう。この扉が開きませんわ。隙間の向こうに階段が見えますのに」
「この扉……。変な模様ね。枡の目状に区切られていて、黒と白に塗り分けられていて」
「すみっこに、何か書いてあるわよ。ええと……?」

【よこのかぎ】                                          
 1.巨人族タイタンのひとりでプロメテウスの兄。昼と夜の間で、永遠に世界の天井を支え続けている。 
 2.大陸の東海にあると言われる伝説上の桃源郷。そこに住む仙人は不老不死の薬を持っているらしい。   

【たてのかぎ】
 1.いってらっしゃいませ、ご主人さま。                                  
2.仕事の邪魔しないでくださいよぉ。
 
「クロスワードパズルだ!」
 隆之が真っ先にわかったのは、ちょっと意外……でもないか。数少ない趣味のひとつだものね。
「こういうんなら、まかせろ。【よこのかぎ】の1は、『あとらす』だ」
「2は、『ほうらい』ね」
「んー? 【たてのかぎ】の1が、ぴんとこないわ。2は、『さんした』でいいと思うんだけど」
「わたくし、わかります。『ありあ』ですわ。アンティークショップ・レンで、アリアンロッド・コピーさまはお客さまにこう仰っていました」
「どぉれ。あとは、ここに細かーくふられた番号順にキーワードを拾えばいいのじゃな。『あ・ら・ほ・ん・と』になるぞ」
「うわっ、シヴァか。吃驚した。いきなり合流するなよ」
 
 あ・ら・ほ・ん・と。
 みんなが声を揃えてそう叫ぶと、本当に扉が開いたわ……。
 そんな調子で、彼らは順調に地下へ地下へと降りてくる。
 ちょろちょろ走り回っている植物系のモンスターは隆之が封印してるし、封印不可能な大物モンスターはデルフェスが『還襲鎖節刀・双石華』で簡単に――あらあら。
 珍しいモンスターを出してきたこと。
 ゼルバーンも、なかなか遊び心があるじゃない?

「……アリアンロッド?」
「ええっ? マッハ?」
 シュラインとしえるが、はっとして立ち止まる。
「ネヴァンもか? いったいどうしたんだ」
「皆さま、これはストーンゴーレムです。女神さまがたの姿を模倣しているのですわ」
「武田さん、封印して!」
「できるかっ! こいつら、外見だけじゃなくて、力も女神をなぞってやがる」

 3人の女神と同じ姿、同じ力のストーンゴーレム。
 これはちょっと、きついかしらね?

「蒼凰っ!」
 大剣を召還したのは、しえる。6枚の翼が、白く輝く。
「蒼き焔と雷司りし我が剣……行くわよ!」
 雷鳴を切り結んで、焔が竜巻のように渦を巻く。
「しえるさま! 真っ向からでは危険です」
 デルフェスが地を蹴って跳躍し、ストーンゴーレムたちの後ろに回り込む。
「そう……みたいね。ブランシュ、終わったら目一杯お世話になりそ。救急箱よろしくね」
 アリアンロッド・ゴーレムの両手が、光のチャクラムを飛ばす。マッハ・ゴーレムの拳が、銀色の烈光を放つ。ネヴァン・ゴーレムが『ブランの大鎌』を振り上げる。
 ……まともに受け止めて、一歩も引かないのはあっぱれだわ。
 まあ……。何とか切り抜けたようね。ふらふらになりながら、みんなで地階に向かってる。
 けれど、これはまだ、しえるの望みどおりの「非っっ常ーに強力なラスボス」ではないのよ。

 ほら。
 そろそろ、真打ちが登場する。
 ゼルバーンの姿をした、ストーンゴーレムが。

「シヴァさん、出番よ」
 シュラインが、とんとシヴァの背を押す。
「われに何をせいと言うのじゃ〜?」
「囮。その間に、しえるさんとデルフェスさんが何とかしてくれるから」
 シヴァにゼルバーンの気を散らさせておいて、挟み撃ちで攻撃しようというわけね。
 いい作戦。蒼凰と還襲鎖節刀・双石華の相乗効果で、威力は数倍だわ。

 ――さあ。
 そろそろ大詰めね。
 もうすぐ、みんながこの場所に到達し、私の封印を解いてくれるでしょう。
 だけど――さようなら。
 今度、目覚める『モリガン』は、世界の支配を望んだ、今までの私じゃない。

 この世界は、きっと滅びない。
 だから。
 生まれ変わった私と、会いましょうね。
 
ACT.2-C■対クロウ・クルーハ*王道ダンジョン【ルチルア視点】
〈パーティメンバー:羽柴遊那/羽柴戒那/中藤美猫/都築秋成/瀬崎耀司〉

 助けて。
 助けて。
 アスガルドを助けて。クロちゃんを助けて。
 もうひとりのルチルアちゃんを止めて。

 ずっと、心の奥で、そう叫んでた。
 ルチルアちゃんが、ルチルアちゃんでなくなってたときも。
 勇者さまたちはみんな、とてもいい人たちで、強くて頭が良くて、ルチルアちゃんにも、女神さまたちにも優しくて。
 でも……どうなのかなぁ?
 勇者さまたちに甘え過ぎちゃ、いけなかったのかなぁ?

「また『バベルの塔』に変形した……? いいえ、少し形態が違うわね。あれはまるで……」
『知恵の環』を見上げて、遊那ちゃんが手をかざしてる。
 そうだね、あのとき――ネヴァンちゃんが、創造主の『本』を見つけて、ゼルバーンに捕まえられたときも、助けにきてくれたんだよね。
「以前、この場所がダンジョン化したことがあったんだな。そして、冒険者たちはモンスターを殺さずに、ネヴァンを救出した」
 戒那ちゃんの持ってる本には、ページに過去が現れるんだね。そうだよ。今までに、いろんなことがあったの。
 ルチルアちゃんはゼルバーンに変わったときも、少しだけど意識があって、みんなの声が聞こえてたよ。

 ……あのね。
 いつもいつも、もうだめかなぁって、思ってたの。
 今だって、おしまいだなって、あきらめかけてる。
 だって……このダンジョンを登り切ったら。頂上には、ブーストワイアームをたくさん連れた、完全形態のクロちゃんがいるんだよ。
 みんな、すごくがんばってくれたけど、今度こそ、助からない、かも。
 ビジョンが、見えるんだもの。
 終わり、の。

「踊りましょう、デュエラさん。私たちは踊り子ですから、たたかうべきじゃないと思います」
 アサルトゴブリンが、何体も階段を降りてくる。回りを囲まれているのに、美猫ちゃんが踊り始めた。
 澄んだ鈴の音が鳴り響く。
 モンスターたちは、手出しをしないで、じっと見つめている。
 美猫ちゃんは、時間があるときにはいつも、『勇者の泉』で踊ってくれてたよね。ルチルアちゃんね、シチュー作りながら、よく美猫ちゃんの踊りを見てた。綺麗だな、かわいいなぁって思ってたよ。
 デュエラちゃんは……ううん、まだ要修業だね。
 剣舞を覚えてからは、いくらかマシになったけど。
 
「……この形。東京タワーに、似てますね。螺旋階段で覆われた、東京の象徴……」
 秋成ちゃんが、意を決した表情で階段を登りだした。短刀と符を構えて。
 上空を旋回していたブーストワイアームが一匹、急降下して秋成ちゃんを狙う。
「何なのだろう、このモンスターたちは。哀しみに満ちた闇を感じる。……かわいそうに」
 闇を天秤で量りながら、符を使ってる。迷っているはずなのに、容赦がないね。
 でも――迷いのあるひとほど、強いのかも知れないよ?
「ルチルアが、クロウ・クルーハの背にいる。『知恵の環』にあった剣を抱えているな。……何をするつもりだ?」
 蛇神の力を秘めた『シグルド』を手に、耀司ちゃんが眉をひそめる。
「ゼルバーンとルチルアの姿が、二重写しに見える。『Tir-na-nog Simulator』自身に、バグが発生しているのかも知れない」

 うん。気づいてくれてありがとう。
 なんかね、さっきからだんだん、気が遠くなってきてるの。
 意識の半分は、まだ『勇者の泉』で、ゼルバーンになってるんだけど――
 今、ルチルアちゃんは、クロちゃんの背中に乗ってるの。
 空中から、みんなを見下ろしてる。

 この剣?
 これはね、『不敗の剣』っていうらしいの。
 どんな存在も、消滅させることのできる剣。
 設定どまりで、ゲーム中ではNPCもどんな勇者も手に入れることのできないアイテムだから、事実上は『知恵の環』のインテリアだったんだけど。

 もうね、かなしいことはいやなの。
 酒場にいたときからずっと、みんなが次々に――クロちゃんに殺されていく光景が見えるんだもん。
 だから、これ、使うね? 
 これで、ルチルアちゃんと、クロちゃんを消すね?
 ルチルアちゃんとクロちゃんがいなくなれば、みんなはたぶん、このゲームから強制輩出される。
 でも、みんな、命は助かるでしょう?
 勇者と冒険者なんだもん。

「ルチルアを止めなくちゃ! あの子、戒那の催眠にかかって動揺してる」
「馬鹿な。俺たちを自分を犠牲にするつもりか」
「私、ゼルバーンがどんな答を出そうと、受け止めてあげるつもりでいたわ。だけど、こんな答は認めない」
「まったくだ……いや。受け止め方の問題だな。待て――ルチルア。おまえは、本当にそれで満たされるのか?」
 遊那ちゃんがヴェールを透かし見る。戒那ちゃんが、本を開いてマップを浮かばせる。迫りくる未来と、風のように過ぎる過去を確かめながら階段を駆け上がる。
 襲い掛かるモンスターを次々にレイビアで交わし、遊那ちゃんはブーストワイアームに、たぶん――幻覚を見せた。
 2体のブーストワイアームが舞い降りて、
 美猫ちゃんと、デュエラちゃんを――
 秋成ちゃんと、耀司ちゃんを――
 まるで飼い慣らされた騎竜のようにその背に乗せ、一気に頂上に飛んでくる。
「よし」
 戒那ちゃんが、具現化した剣で道を切り開く。聖帯を鮮やかに振るってモンスターを退けてから、そのしなやかな布を羽に変えて飛翔する。
 上へ。上へ。
 遊那ちゃんもヴェールを羽に変化させて飛びあがった。並ぶと、まるで双子のエンジェルみたいだね。

 ブーストワイアームの背から身を乗り出して、耀司ちゃんが手を伸ばす。
「ルチルア。その剣はいったん僕が預かろう。どのみち、それを使っても自殺はできない」
「……え?」
「天秤が、反応しません。『不敗の剣』は、ケルト神話の神々が持つといわれる、いわば伝説の剣。ゲーム内では本当に象徴として置かれているだけで、『どんな存在も、消滅させることのできる』力はないのでは……?」
 秋成ちゃんが、ゆっくりと言う。
「俺がアスガルドで戦っているのは、ただ、守りたいからだけなんです。俺の家族が暮らしている、現実の世界を。だから、ルチルアさんも――」
「そうね。守りたいと思ったら、誰かが哀しむような答を出しちゃ駄目」
「おまえの願いは何だ? 言ってごらん。何だろうと聞いてやるから」

 ――助けて。

 遊那ちゃんと戒那ちゃんは、顔を見合わせて頷き、秋成ちゃんは、目を伏せて考え込み、耀司ちゃんは――
 剣を、デュエラちゃんに渡した。
 
 幻覚の効果が切れ、暴れ始めたブーストワイアームの上で、デュエラちゃんと美猫ちゃんが踊る。
 みんなは黙って見つめる。まるで舞台でも鑑賞するみたいに。

 ねえ?
 助かる……の?
 みんなも、ルチルアちゃんも、クロちゃんも。
 この、世界も。

ACT.2-D■ロマンとメルヘンを求めて*お花畑ダンジョン【黒崎潤視点】
〈パーティメンバー:赤星鈴人/赤星壬生/リュウイチ・ハットリ/CASLL・TO/彼瀬えるも〉

 ――この場から、去らなければ。とにかく今は。今だけは。
 創造主を始末することくらい、いつでもできるんだから。
 その――正体不明な全身ピンク色の貴婦人を見た瞬間、そう思った。僕の足元が、砂になって崩れていくような、恐るべき不安を感じたんだ。
 だけど、足が動かない。目が反らせない。
 こんな気持ちを、何ていうんだっけ?
 そう。
 怖いものみたさ、だ。

 リュウイチは、CASLLと腕を組んだまま、ステップを踏みつつ僕の前に来た。
「潤ちゃま〜♪」
「…………………なに?」
「ワタクシたちに必要なのは、戦うことではなく、愛し合うことだったのですわぁ〜〜☆」
 絶句していると、横合いからサティが『彼女』の袖を引っぱる。
「どこかで聞いたような台詞ですが、あなたが仰るとまた違った迫力がありますわ、ハットリ・ハンゾウさん」
「うふふふ、名前、間違ってましてよ〜、ミキティさん」
「頼むから、そーゆー微妙なやりとりはやめろ! 突っ込みどころに悩むオレ様の身にもなってくれよ!」
 ダクシャが頭を抱えるが、それこそ、僕の身にもなって欲しい。
 何にどう反応していいかわからずに、思わず草間の方を見る。
 だけど草間は、さりげなく僕の視線を避けた。
「ええっと、俺、薬草シチュー作るんで忙しいんだ! な、アリアンロッド?」
「……そうですね。お手伝いいたします」
「あー。あたしはビール切れたんでちょっと在庫補充してくるよ」
 草間とアリアンロッドは、いそいそと厨房へ向かい、マッハは仕入れ用ダンジョンへの階段を降りてしまった。
「お気の毒に。お気持ち、お察しします。悪役というのは孤独なんです。周囲の理解を得られないばかりか、誰も庇ってくれないんですよ」
 CASLLは額に手を当てて、ゆるゆると首を振る。
「おおぜいのほうがたのしいの。みんなでいくの。おはなばたけでかんむりをつくるの。なかよしになったもんすたーさんたちにあげるの」
 えるもはずっとネヴァンを誘い続けていた。
「ネヴァンちゃんがんばるの、めがみさまなんだから。みんななかよくできなかったら、なかよくできるようになるまで、ひとがはいれないとおいところでみんなでまつの、だからおともだちになるの」
 その熱心さにネヴァンは心を動かしたようだったが、ちらりと僕とCASLLを見、やはりびくっとして、えるもの後ろに身を隠す。
「黒崎さん! そんな怖い顔しないでください。ネヴァンさんが怯えてます」
「……僕の、顔のせいか?」
 お互いさまだろうと言いかけた途端、問答無用でリュウイチに腕を捉えられた。
「レッツエンジョイお花畑〜! さあ、みんなで出発ですわぁ〜!」

 モンスターに、花だって?
 ふざけるな。馬鹿馬鹿しい。
 おまえたち勇者が、今までどんな仕打ちをしてきたと思ってる。
 ――わかるものか。
 いくらでも自由に生きられる、おまえたちに。
『悪』として設定されたきり、その枠から逃れようのない、同胞たちの絶望を。
 
 サティが望んだとおり、ダンジョン内はさまざまな種類の花が咲き乱れていた。出現モンスターもえるもの希望どおりに、小型から徐々に大型へと、交流の手順を踏みやすいように変化していった。
 出てくる種類も、おとなしくて愛嬌のあるものばかりだったから、『おともだち』になることも難なくできた。
 リュウイチは、サティやダクシャを交えて、モンスター相手に花占いを始める。
 すぐに僕は、ついてきてしまったことを後悔した。
 えるもとネヴァンが花冠を作っている場にいるのも苦痛だったし、何より――モンスターたちが花畑の中で、それなりに幸せそうだったのが不愉快だったのだ。

 えるもは、小さな手で懸命に作った花冠の、一番大きなものを僕の頭に乗せようとし――
 僕は、それを払いのけた。

「余計なことをするな!」
「……でも……にあうもの。じゅんちゃんにもおはなのかんむり……あげたかったんだもの……」
「小さな子にひどいこと言わないでください。えるもちゃんはあなたのために花を摘んで作ったんですよ?」
「そんなもの、いらない」
「何ですって」
 CASLLが、二枚重ねのチェーンソー『CHAINSAW-CERBERUS』を持つ手に力を込める。
 そう――それでこそ、『勇者』だ。
 僕も『クロウの剣』を抜こうとしたのだが……。

 妙な邪魔が、いきなり入った。
 栗色の巻き毛に白い小花をたくさん飾った、十歳くらいの少女が――振り下ろそうとした僕の剣を『真剣白刃取り』したのだ。
「やっほー! あたし、お花畑を司る女神フローレンス。んと、黒崎潤ちゃんだよね? よろしくー」
「……? そんな泡沫NPCは聞いたこともないね」
「ひっどーい。フローレンス、NPCなんかじゃないもーん。善良でピュアないちユーザーだもん」
 フローレンスが頬を膨らませた瞬間、花畑がざわりと揺れた。シヴァが片手で自分の肩を揉みながら現れる。
「さすがにダンジョンかけもちはきついのう。……何じゃハナコ? おぬしまでこの世界に来てどうするのじゃ」
「フローレンスだってば。弁……じゃなかった、シヴァちゃんたちの帰りを待ってらんないし、潤ちゃんに伝えたいこともあるしで、様子を見に来たんだよ」
「そうか……。すまぬのう、心配をかけて。われはこのとおり無事じゃ」
「全然。ちっとも少しもこれっぽっちもそういう意味の心配はしてないんだけど、ここんとこ急にアスガルドからの亡命モンスターが増えててね。『まの46番』と『むの39番』に入ってもらってるの。で、移住済みのモンスターたちが潤ちゃんのこと気にしてて」
「僕の、ことを……?」
「うん。『邪悪なものの王』として責任感じてるんだったら、そんなのいいから、亡命すればって」

 亡命――
 まさしく僕はそのつもりで、今まで『外』へ向かおうとしていたのかも知れなかったが――しかし。

「幻獣動物園には異世界から『闇のドラゴン』とかも亡命してきてるし、話し相手には不自由しないよ? クロウ・クルーハが加わると、竜ばっかでキャラかぶるけど、そんなのいまさらだし」
「おっ! いいじゃないか、そうしなそうしな。アスガルドに行かなくてもクロウ・クルーハと手合わせできるなんて、オレ様嬉しいぜ! な、姉貴」
「素晴らしいですわ。東京でも、お花畑のダンジョンで皆さまと楽しく過ごせますのね」
「……やー、別にダンジョンが亡命するわけじゃなくてさー」

 ダクシャとサティが、他愛のない掛け合いを続ける。
 横からリュウイチが、花籠いっぱいに摘んだ花々をひとつかみしては、僕に向かってまき散らす。

「あなたも、自由に生きて、よろしいのですよ〜〜〜〜?」
 ひらひらと花びらが舞う中、ピンク色の貴婦人が言い――そして気づく。

 ――設定に縛られていたのは、この僕のほうかも知れないと。

ACT.3■想いは交差する

 各ダンジョンから皆が帰ってきたときには、酒場中に薬草シチューの香りが立ちこめていた。
『勇者の泉』特製の、4柱の女神のシルエットが黒地に白抜きでプリントされたエプロンをつけ、草間はアリアンロッドと手分けしてシチューを配っていく。
 一同は、パーティごとにテーブルを囲んでいた。
「さてと。調査員たち。そろそろ所長への報告の時間としようか。各自、思ったことを述べよ。おそらくはそれが、全ての答となろう」
 シヴァはあちこちぼろぼろになった黒鎧のまま、【セレブなダンジョン】組、【王道ダンジョン】組、【お花畑ダンジョン】組、【超難解ダンジョン】組の順番に、テーブルを見回す。

「あ、すみません草間さん。何かここに戻ると、ほっとしますね。みんなで草間興信所にいるみたいで」
「そうですか? 和馬さんは繊細ですねぇ。ダンジョンの中も楽しかったですよ」
「セレスティさまは、どこへお行きになろうとマイペースですからね……」
「こーたろーも、しちゅー、たべる。すききらい、いけない」
「わたくしにとっては、かつての人間社会も、このゲームの世界も、今までに『見た事のない世界』という意味では、さして変わりません。いつも目新しくて、興味深かったですわ」

「結局のところ、この世界は果たして――何だったのだろうか。いまひとつ判然としないが、まあ、いい。僕はこの世界の核である部分、つまりはその真実を見出したいと思うし、それはまだ、終わっていない」
「正義感とか義務感とか……あまり関係なかったように思います。俺はただ、守りたいものを守るだけで。……それでも、迷いは残りますけど」
「うーん。現実あってのゲームだものねえ。可愛い妹たちに影響がなければ、何があろうとかまわないわ」
「そう、現実世界での想いは、できればあまり引きずりたくないね。架空世界は、瑕疵がないようきちんと構築してほしいものだ」
「お話はあくまでもお話だから楽しいんじゃないでしょうか。ゲームというのは普段の生活の中で、息抜きのためにするものですから……。それが『日常』化してしまうのは、どこかおかしいと思います」

「たくさんたくさん、おともだちができたの。とってもがんばってもむずかしいことあるけど、かくれたりにげたりはいけないの。さみしくなるの」
「ここは、色々あって飽きない場所でしたわ。この姿にもすっかり慣れてしまいましたし。お別れ、となると寂しい気もいたしますわ……」
「そうだな。鍛え甲斐があって楽しかったぜ!」
「脱・ぎ・た・い……!」
「うわー! 待った、リュウイチさん。ラヴパワーは押さえてください。えるもちゃんの前でそんな、教育上良くないですよっ!」

「モリガンさまに最後までお仕えできましたし、シヴァさまともご一緒できて、満足ですわ」
「女神が4人いるのは、初期設定のアドベンチャーゲームでは4つのエンディングが設定されていたからだと思うんだけど、それはまあいいわ。王道ダンジョン組のデュエラさん、お疲れさま。剣舞の効果が発揮できたみたいで、よかったわね」
「アスガルド……って、結局、よくわからなったわ。RPGは、やっぱり苦手」
「――ちょっと、これを見てくれないか。他のテーブルの、みんなもだ」

 隆之が、テーブルに写真を並べていく。
 それは、『白銀の姫』事件が東京を席巻し、巻き込まれた彼らがアスガルドに来てから取りためたものだった。
「冒険者連中に、女神たち、ルチルアや潤も写ってる」
「……みんな、笑ってるな……」
 その中から1枚を取り上げて、ゼルバーンが呟く。
「俺は思うんだが、ゲームってのは楽しくやるもんだ。そこの創造主の兄ちゃんも、みんなを楽しませたくて『白銀の姫』をつくったんじゃないのか? 今の、この世界が間違っているとしたらそこだと思うし、もし可能なら」

「――暴走が起こる前の、初期設定に戻せないか。創造主なら、それができるだろう」
 そう結論を出したのは、黒崎潤だった。

 □□ □□

 ――このゲームシステムを、仮に『女神』と呼ぼう。エンディングは異なる4つの系統に分類出来るため、ケルト神話の女神の名を当てはめておこう。同様に、ラスボスに該当する存在の名も、仮に設定しておく。

  月の女神、アリアンロッド(Arianrhod)
  戦いの3女神の長女、豊穣と愛を司るモリガン(Morrigan) 。
  戦いの3女神の次女、攻撃的なマッハ(Macha) 。
  戦いの3女神の末っ子、戦術に長けたネヴァン(Nemain) 。
  魔王バロールによって創られた邪竜クロウ・クルーハ(Crom Cruach)。

 しかしながら、このゲームに於いて、エンディングに到達することはさして重要ではない。
 プレイヤーは『異界:アスガルド』で、さまざまな地へと冒険の旅におもむいてもいいし、ひとつの店をじっくり運営してもいい。何もせずに待っているだけでも、交流のある友人が訪ねてくる。ひがな一日、ペット(いくつかのスポットでイベントをこなせば手に入れることができる)の背を撫でてひなたぼっこしていても構わない。
 クロウ・クルーハの棲む場所へは、戦士レベルが上がれば行くことができるが、必ずしも戦う必要はない。賢者的側面があるので、交流スキルと親密度が上がった時点で話しかければ、重大な情報を教えてくれることがある。クロウ・クルーハには絶対に勝てないが、それでも経験値稼ぎのために戦いを挑む場合は、親密度がかなり下がることを覚悟しよう。
 
            【浅葱孝太郎の設定ノート:アドベンチャーゲーム『白銀の姫』〜もうひとつの東京怪談〜より】


ACT.4■EPILOGUE―― 白銀の姫:もうひとつの東京怪談――【名も無きユーザー視点】

 こんにちは!
 あたし、お花畑の女神、フローレンス。
 今日は、アドベンチャーゲーム『白銀の姫』で、ひたすら誰かと交流する一日を過ごすつもりなんだ。
 んーと。まずは『機骸市場』でお買い物をしようっと。
「いらっしゃい、ハナコちゃん。今日は珍しい薬草が入荷してるよ。旅の商人さんから仕入れたの」
「美猫ちゃん〜。フローレンスだってばあ」
「ごめんごめん」
 美猫ちゃんは、大人の姿でてきぱきと売り子をしてる。
「ここは、品揃えがいいですね。薬草をひと束、いただけますか?」
 うわ、美少年っ! と思ってよく見たらメイちゃんだった。今は、アイテム使いの男の子としてログインしてるんだって。
「じゃあな。俺は次の街へ行く。気が向いたら、また売りにくるよ」
 そう言って、颯爽と馬車に乗り込む旅の商人さんにも見覚えがある。
「あ、和馬ちゃんだ。ね、他のみんなをどこかで見なかった?」
「さっき、魔法使いの遊那さんと考古学者でレンジャーの戒那さんとすれ違ったなァ。武田のダンナは、変わりばえのしない格好で、カメラ抱えてあちこちで写真撮ってる」
「デルフェスちゃんは? やっぱ、モリガンちゃんのところかな」
「ああ、女神の存在と勇者システムは健在だからな」
 アスガルドの女神は、今、ゼルバーンちゃんを加えて5柱になってる。ゼルバーンちゃんはときどき、お忍びで、薬草売りのルチルアちゃんとして出没するみたい。
「もしかしたら『勇者の泉』に、美人騎士になってるモーリスさんがいるかもな。戦闘に出てなければ、カウンターで一日中お茶飲んでるが、あの人、出現率まれなんだよなァ」
「セレスティちゃんは……と、そうか、隣の国の領主だったね」
「うん。戦闘系で格好いいし、善人ぽく見えるけど、中身がまあ、あの総帥さまだからな。訪れる冒険者達に、スフィンクスの謎かけというか、誰かさんみたいに謎々を仕掛けて、答えられなかったら発掘途中の遺跡に潜らせてアイテム探索をさせるそうだ」
「そうなんだ。フローレンス、挑戦しにいかなきゃ! ほかには?」
「えるもとCASLLさんはネヴァンと一緒に『知恵の環』でお勉強会とか言ってたし、ウィザードになってる月弥は、アリアンロッドの依頼を受けてほのぼのクエストに出発したぞ」
「わぁ。みんな、頑張ってるんだね」
「そうそう、さっき、シュラインさんから由緒ある壷を高額で買い取ったんだが……。なんでこんな高級品をって聞いたら、もともとは、草間さんと拾った錆びた短剣がはじまりだったらしいんだ。おもちゃの短剣を欲しがっていた子にそれをあげて、喜んだその子の母親が大粒のアスガルド真珠をくれて、で、気に入りの真珠を探していた令嬢が、自分ちの壷と交換したと」
「すごーい! わらしべ長者だ!」
「そういや、弁天さまはまんまな姿で、酒場近くのカフェテラスにいたぞ。秋成さんや耀司さんに迫り倒してた。っと、もうこんな時間か。じゃあな!」
「待ってよ、和馬ちゃーん。あーあ、行っちゃった」

 □□ □□

「まあ聞いておくれ、秋成や。わらわの眷属であるところの白蛇は他所の娘御にうつつを抜かして、眷属業務を放棄しがちで困っておるのじゃ」
「はぁ……」
「おぬし、強大な妖蛇を封じておる様子。誰かに仕える立場に甘んじるとは思えぬが、この際、どうじゃ? 第二眷属として弁財天宮に住み込むというのは?」
「……考えてみたこともなかったお話なので、どうお答えしていいのか……」
「なにこんなとこで合コンの番外編をしてるのー! 秋成ちゃんを困らせちゃだめー!」
 まったく、油断も隙もないんだから。
 文句を言っても何処吹く風で、弁天ちゃんは、今度は耀司ちゃんを勧誘しはじめた。
「のう、耀司。おぬしも蛇神と盟約を結んでいる身。眷属業務に興味はないか? 優遇するぞえ?」
「……せっかくだが、それはちょっと」
「眷属をそんなに増やしてどうするの。欲張りすぎだよ」
「何を言う。広い日本には眷属を25人も持っておる弁財天(注:兵庫県の金蔵山弁財天がそうらしいです)も存在するのじゃぞ。負けてなるかっ!」
「蛇之助ちゃんは今なにしてるの?」
 弁天ちゃんは、無言でカフェテラス前の通りを指さした。
 見ると、しえるちゃんらしき、影のある男前の魔法剣士が脇目もふらずに歩いてて、その後を、ブランシュ状態の蛇之助ちゃんが追っかけてた。
「もし〜? そこの美剣士さまー? お待ちくださいませー。通りすがりのナースがお供しますーっ」
「OH! ユニークなカップル。純愛なんだか倒錯的なんだかわからないのがミリョク〜☆」
 近くの席から、聞き覚えのある声がする。……リュウイチちゃんだ。
 同じテーブルには、王子さまルックの鈴人ちゃんと、お姫さまルックの壬生ちゃんが座ってる。
 サティとダクシャの姿もいいけど、こういうのも似合うね。
 こっちに気づいた鈴人ちゃんが、弁天ちゃんに手を振る。
「あー弁天さまー! 今度、敵国の女王さまキャラでログインをお願いしますー! それで、僕と許されぬ恋に落ちるんです」
「それ何のゲームよ! っていうかお兄ちゃん、いいかげん妄想やめなさいよ」
「いやいや、ナイス設定じゃ! 待っておれ、すぐにログインし直してくるゆえ」
「ではリュウたんも設定変更を! さすらいの旅人ノーマルダンディリュウイチが、悪の手先から少年少女イケメン女王様をお守りする! なんて素晴らしい!!! レディゴー!!!」

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 そうそう。
 このゲームの管理者は、核霊の孝太郎ちゃんが引き受けてくれてるの。
 だから、誰でも無料で遊べるよ。
 無期限で、ね。


                (女神たちの迷宮:完)

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【0121/羽柴・戒那(はしば・かいな)/女/35/大学助教授】
【1253/羽柴・遊那(はしば・ゆいな)/女/35/フォトアーティスト】
【1466/武田・隆之(たけだ・たかゆき)/男/35/カメラマン】
【1533/藍原・和馬(あいはら・かずま)/男/920/フリーター(何でも屋)】
【1883/セレスティ・カーニンガム(せれすてぃ・かーにんがむ)/男/725/財閥総帥・占い師・水霊使い】
【2181/鹿沼・デルフェス(かぬま・でるふぇす)/女/463/アンティークショップ・レンの店員】
【2199/赤星・鈴人(あかぼし・すずと/ 男/20/大学生】
【2200/赤星・壬生(あかぼし・みお/ 女/17/高校生】
【2269/石神・月弥(いしがみ・つきや)/無性/100/つくも神】
【2318/モーリス・ラジアル(もーりす・らじある)/527/男/ガードナー・医師・調和者】
【2449/中藤・美猫(なかふじ・みねこ)/7/女/小学生・半妖】
【2617/嘉神・しえる(かがみ・しえる)/女/22/外国語教室講師】
【3228/都築・秋成(つづき・あきなり)/男/36/拝み屋】
【3453/CASLL・TO(キャスル・テイオウ)/男/31/悪役俳優】
【4287/メイリーン・ローレンス(めいりーん・ろーれんす/女/999/子猫?】
【4310/リュウイチ・ハットリ(りゅういち・はっとり)/男/36/『ネバーランド』総帥】
【4379/彼瀬・えるも(かのせ・えるも)/男/1/飼い双尾の子弧】
【4487/瀬崎・耀司(せざき ・ようじ)/男/38/考古学者】

(どうもありがとうございました)
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■         ライター通信          ■
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こんにちは、神無月です。大変お待たせいたしました!
ダンジョンシリーズと勝手に銘打って続けてまいりました、白銀の姫クエストノベルの最終回をようやく、お届けすることができました。
ご参加くださいました皆さまがたには、心より御礼を申し上げます。
はっちゃけダンジョンに長らくお付き合い下さいまして、どうもありがとうございました。
ご縁のあった素敵な皆さまがたの、今後のご活躍を影ながら楽しみにさせていだたくとともに、また新しい冒険先で再会出来ますことを願っております。

□■メイリーン・ローレンスさま
メイさまは回復系も攻撃補助系もいけますし、サポートご希望だったので、戦闘系のメンバーが多いパーティーに入っていただいた方が、ダンジョン攻略上は有利だったかと思うのですが、こー、回を重ねるごとにレベルアップしていった獣耳トリオと同行していただきたくてですね……(もごもご)。おおおつかれさまでした(目をそらしながら)。