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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


わんこの神社


小さなブラウン管テレビでは大晦日恒例の歌番組が放映されている。
 流行の異種格闘技番組でないのはひとえにこの部屋の住人、三下忠雄が血を見るのが苦手だという理由に他ならない。
 番組も後半に差し掛かってきたところで三下は共同の調理場で沸かしたお湯を部屋へ持ってきた。
 テーブルの上には年越し蕎麦として用意したインスタントの天ぷら蕎麦が転がっている。
 蓋を捲ってかやくを入れいざお湯を注ごうとしたところで、既視感を覚える。
「そういえば……」
 そう、確かそれは一昨年の大晦日。
 今と同じように年越し蕎麦を用意していざ食べようと思ったその時に直属の上司である碇麗香女史からの電話でN町にある干支乃神社で大晦日から元旦にかけて行われる『御神体争奪戦』なる行事に参加するように指令されて、蕎麦をそのままにすぐに外出することになったのである。
 ちなみにその『御神体争奪戦』とは、毎年その年の干支の像を御神体として1年奉っている干支乃神社で新しい年のその干支の動物を境内に放し、その動物を捕獲するというレースである。
 ちなみに捕らえた者はその1年御神体の恩恵を受けて1年を幸せに過ごすと言われているため知る人ぞ知る名物行事なのだ。
 三下が参加したのは猿だったのでなかなか大変だった思い出がある。
 そんな風にどこか遠い目で思いを馳せていると、不意に部屋の電話が鳴った。
 三下はその音にびくっと大きく肩を揺らす。
 嫌な予感がしてコール5回分ほど固まっていた三下だったがそれでも切れない電話を恐る恐る取った。すると、案の定、
「お待たせしましたくらい言えないの!? 電話に出るのが遅いわよ!」
と碇女史のお怒りの声だった。
「す、すみませんっ……」
 姿が見えるわけではないのに思わず畳に額を擦り付けんばかりに頭を下げる三下に、
「時間がないからそれはもういいわ。それより、今すぐに以前に行ったN町の干支乃神社に行きなさい!」
 どうやら、今年の干支である酉こと鶏が御神体交代に逆らい境内で徒党を組んで大暴れしているらしい。
「ちょっと、面白そうだから行ってきてちょうだい」
 碇の指令に三下が逆らえるはずもなく、三下は蓋を開けた蕎麦をそのままに慌てて出掛けていくこととなった。

「あ、そういえば三下君に鶏の徒党のリーダーのことを教えるのを忘れてたわねぇ」
 リーダーのあだ名は『将軍』という。
 その鶏は鶏の中では異様なまでに大きな体躯を持ち、あだ名の由来となったその性格はずば抜けて凶暴な『暴れん坊』らしい……


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 人でごった返す鳥居までの道をなんとかよれよれの体で辿り着いた三下に振ってきたのはさっそくの叱責の声だった。
「遅いわよ、三下君!」
「すっ、すみません、編集長ぉ〜!」
 条件反射のように謝った三下が次に聞こえたのはくすくすと言う控えめな笑い声とからかう様な猫の鳴き声が届く。
 顔を上げると、そこにはアトラス編集部でアルバイトをしている大学生の宝剣束(ほうけん・つかね)と草間興信所で事務員をしているシュライン・エマ(しゅらいん・えま)が居る。
「そんなに似てた?」
「寿命が縮まりました……」
 へなへなと座り込んでしまった三下を束とシュラインが腕を取って立ち上がらせながら、
「三下の取材を手伝うように言われて来たんだけど」
「で、三下はなんで頭に猫を乗せてきたわけ?」
 シュラインに指摘されて初めて三下は自分の頭に何かが乗っていることに気付いたらしく、あわてて両手で頭の上のソレを捕らえようとしたが、あっさりとその腕をすり抜けて地面に降り立った。
「気付いてなかったのかにゃ」
 つまらないとでも言いたそうなその猫のようで猫ではなくて、でもやはり猫らしいソレ――ねこだーじえる・くんは三下の住んでいるあやかし荘から着いてきたらしい。着いて来たというか寧ろ麗香からかかっていた電話自体を聞いていたらしく、
「にゃー! 鶏ー! 捕まえて食うにゃ!」
と、両手に持参のフォークとナイフを握り締めている。
「でもねぇ、その気になっているところに悪いんだけど流石に今年の御神体だったわけだし食べるのはどうかしら」
 シュラインの台詞に、
「え? 捕まえてお鍋にするんじゃにゃいの?」
「さぁ。取りあえず私は碇編集長に三下の取材を手伝うように言われただけだから、捕まえたりする気はないんだけど?」
 大体、神社側の不始末なんだから捕まえたり大人しくさせるのは神社の役目じゃないの?と束は実にビジネスライクだ。
「まぁ、それは実際見てからおいおいでいいんじゃないからしら? 私たちで大人しくさせれるようだったら良いけれど、何せ相当『暴れん坊』で有名だったらしいわよその鶏のリーダーって」
 シュラインが事前に調べてきた話によると、その鶏を捕まえる去年の御神体争奪レースはかなり壮絶であったらしい。
 たかが鶏と思い参加数は例年よりも多かったのだが、その鶏のリーダーである『将軍』のお陰で大小問わない怪我が多く救護テントに人が行列したのは語り草になっているようだ。
「どの程度の紙面を割くのかは判らないけれど写真は撮っておきたい所だけど三下くんちゃんとカメラは持ってきた?」
 期待はしていなかったが、やはり三下は首を横に振った。
「あ、私が預かってきたけど」
 三下がカメラを忘れるだろうことも麗香には予想済みのことだったらしい。正社員であるはずの三下よりアルバイトの束に渡すあたり相当とほほな話しだが、それもこれも『三下だから』の一言で片付けられてしまうのだが。
「さ、とりあえずその将軍様たちが暴れている現場に行ってみるとしましょうか」
 念のためにカメラのバッテリーやボイスレコーダーのチェックをして、3人と1匹は現場へ向かうことにした。


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 3人と1匹が人の流れにうまく乗りながら現場へ向かい始めた頃、すこし早めにその現場に到着している者が居た。
 全く似ていないが双子の姉妹の日高晴嵐(ひだか・せいらん)と日高鶫(ひだか・つぐみ)の女子高校生2人である。
「ねぇ、姉さん。三下遅いんじゃないの」
「つぐちゃん、年上の人を呼び捨てにするのは良くないと思うんだけど。もう少しすれば来るわよきっと」
「そんなことはいいのよ。それより、私は御神体争奪レースに参加に来たんで別に姉さんの取材に付き合いに来たわけじゃないんだけど?」
 白いふわふわのコートを着て来た晴嵐とは対照的に、ウィンドブレーカーにバスケ部で練習中に着ている上下のジャージでやる気満々の様子だ。
――1年間幸せになんて都合のいい話は信じてないけど、まぁ縁起モノだし体力とフットワークには自信があるしね。
などと考えながら準備をしていた所、碇麗華女史から話を聞き取材に行く姉と一緒になってしまったというわけだ。
 まぁ、この鶏たちがどうにかならないことには御神体争奪戦も行われないわけで、結果鶫も晴嵐に付き合って取材の手伝いをする羽目になった。
 目の前で繰り広げられている神社の関係者らしき人たちと鶏たちの肉弾戦を眺めながら、どこか方向が微妙にずれた会話が日高姉妹の仲では繰り広げられている。
 すると、そこにようやく3人と1匹が到着した。
「遅いよ、三下!」
 どこに現れても三下はどやされる立場になるらしい。
「こんばんは。皆さんも取材ですか?」
 おっとりふんわりと話す晴嵐の背後では、阿鼻叫喚の悲鳴が上がっている。
「こんばんは。で、噂の将軍様っていうのはどれなのかしら?」
 束は挨拶もそこそこに絶賛大暴れ中の鶏の群れをきょろきょろしながら眺める。
「えーと、あぁ、あれねきっと」
 シュラインは手元にある去年の神体争奪戦の模様を伝えている新聞記事の切り抜きの写真と照らし合わせて群れの奥、一段高いところに腰をすえている1匹の白色レグホンの雄鶏を指差した。
「なかなか美味そうな鶏だにゃ」
 どうやらねこだーじえるはまだ捕まえた鶏で鶏鍋というのを諦めてはいないらしい。
 キラーンとほんの一瞬ねこだーじえるの目が光ったと思うと、
「とにかく鶏を追っかけるにゃー」
というが早いか止める間も無く神主たちと鶏の間に突入した。
 数秒後、
「待てー! う、数が……ヴニャー!」
多勢に無勢、どうにかしようにも数に勝てるはずもない。逆に鶏に追い掛け回されることになったのは言うまでもない。


■■■■■


「ただ突っ込んでいっても仕方ないでしょう」
 そういったシュラインの前に、多少鶏につつかれた様子のねこだーじえると、派手に背中につつかれて出来た穴や足跡を付けられた三下の姿があった。
 ねこだーじえるが三下を駆け上り鶏がソレを追って三下に飛び掛った瞬間に三下の頭からジャンプしてボール宜しく鶫にキャッチされた結果出来上がったのがこの惨状であった。
 密かに、内心、そんな鶏なら焼鳥にしたらさぞおいしい焼鳥になるんだろうなと思っていた鶫は少々ねこだーじえるに同情しつつ、
「取材しようにもこれじゃあ何にも出来ないね」
と降ろしてやって、鶫がそう言うと、
「神社側を取材するにしろ『将軍』様を取材するにしろ、取材するにはこの場を収めるしかないって事ね」
とシュラインが言うと、束は吐息を吐きながら自分の襟足の髪を何度か掻きあげた。
「仕方ないってことかぁ」
面倒だなぁと言わんばかりに。
 だが、ねこだーじえるの、
「まかせるにゃ。この周りのネコを集めるにゃ!」
との意見には、
「んー、でもソレだと余計に興奮して大騒ぎになりそうだから却下だね」
 面倒そうながらも冷静に判断を下す。
「でも、どうやっても暴れまわるって言うなら実力行使しかないんじゃないの?」
 そう言いつつも、鶫も流石に鶏相手に刀を振るう気はなかったが、威嚇をする手段がないのならソレも致し方ないだろう。
 双子ならではなのか、それを感じ取った晴嵐は、
「つぐちゃん、暴力は良くないと思うわ。鶏さんたちの言い分を聞けば説得できるかもしれないし」
と鶫の手をとるので妹としては恥ずかしくて仕方ない。
「問題はとにかく数ね。戦力を分散させて……リーダーである『将軍』と交渉するって言うのが1番言い方法でしょうね。リーダーが言えば他の鳥達も大人しくなるはずよ」
「こんなこともあろうかと一応用意してきたんだけど」
 シュラインが取り出したのは先ほどチェックしていたボイスレコーダー。
「それは?」
 シュラインが再生を押す。
 鶏笛や、鶏の雄たけびが聞こえた後、その後は無音が続く。
「笛と雄たけびの後のは鶏が脳震盪を起こして気絶する超高音が入っているの」
 これを利用して鳥達の動きを誘導、分散もしくは気絶をさせて捕獲して、『将軍』の要求を聞いて交渉をすることになった。
「あ、あの僕は何をすれば……」
 蚊帳の外にされておずおずと言う三下に束はにっこりと笑って見せた。
「もちろん、1番重要な役があるから大丈夫」


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「ぎゃぁぁぁぁぁぁ―――たすけてくださぁぁぁぁいぃぃぃぃぃ」
 ものすごい叫び声を上げながら、多分今までこんなに必死にはしたことはないだろうという速さで三下は突進してくる。
 その形相に、助けをかって出て一旦危なくないように下がってもらった神社の関係者や野次馬が驚きを通り越して哀れみの目を向けていた。
 束いわくの三下に割り振られた『1番重要な役』……それは囮だった。
 ある程度三下の所に鶏が集まったところで、渡されたシュラインのレコーダーの音を聞かせるという役割だ。
 もちろん最初にこの役目を聞いた三下は頭がもげるのではないかというくらい激しく拒否の意思を示していたのだが、頭の振りすぎでくらっと来た所をすかさずねこだーじえるが三下の背中に力いっぱい体当たりした。体当たりというか寧ろあれはとび蹴りといったほうがいいのだろう。
「ほーら、いってくるにゃ」
 どんっ!という音を聞いた次の瞬間には三下はヤサグレタ鶏たちの集団の中に放り込まれ、そして現在に至る。
「三下! 声が大きすぎるとボイスレコーダーの音が届かないよー」
 司令官宜しく束は三下にそう言って口を塞がせようとしたが、当人必死でそれどころではない。それどころか、逃げるのに精一杯でレコーダーの存在すら忘れているようだ。
「なんとなく、こうなる気はしてたのよね」
 シュラインはおもむろに自分の鞄の中からもう1つICレコーダーを取り出し音量を最大にしてプレイボタンを押した。
「っけこっこ――――!!」
 雄鶏のけたたましいばかりの雄たけびに一瞬三下を追いかけている鶏たちの足が止まった。
「今よ!」
 その声にようやく我に返った三下は言われていた通りICレコーダーのプレイボタンを押す。
 すると、1羽、また1羽とパタパタと鶏が倒れる。
 それまで呆然と人間と鶏の壮絶な鬼ごっこを見物していた神社関係者一同は慌ててそれぞれ縄だの網だの籠だのに鶏たちを次々に捕獲していった。
「さすが『将軍』様は肝が据わっていらっしゃるようですね。配下が捕らえられても落ち着いてますね」
 姉さんは下がっていたほうが言いと鶫に言われたとおり少しはなれてこの様子を見ていた晴嵐は感心したように呟いていた。


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 ようやく周囲が落ち着いて5人はようやく『将軍』様と対面することが出来た。
 束に肘でつつかれて三下は恐る恐る一歩前に出る。
 三下は鶏の眼光に怖気づきすっかり身を竦ませてしまっている。
「あの、月刊アトラス編集部の三下と言いますが――」
 名刺を差し出したが、威嚇のためか名刺を持ったその手をつつかれかけて三下は大きく飛びのき、勢い余って境内の砂利に足を取られて尻餅をつく。
 更に、襲うように飛び掛ってきた『将軍』に後ずさる。
 雄叫びを上げ突いた将軍の嘴は三下の頬を掠めて砂利に突き刺さった。
 それを見てシュラインは苦笑いを浮かべながら小さく息を吐く。
「えーと、『何の用だ』って言ってらっしゃいます」
 晴嵐が鳥類と意思を疎通出切るという能力を使って通訳する。
「暴れん坊なんていうわりにはずいぶん大人しいのにゃ」
「えーと、『余計なお世話だ。ネコごときに言われる筋合いはない』だそうです」
 歯に衣着せぬ台詞まで素直に直訳する晴嵐に、
「ちょ、ちょっと姉さん」
と鶫が慌てて晴嵐の袖を引く。
「あら、ごめんなさい」
 掌で口元を押さえて晴嵐が微笑む。
「これはもう、インタビュー自体は晴嵐さんに任せたほうが良さそうね」
 案外『将軍』様がすんなりと対話に応じてくれそうなので、将軍へのインタビュー担当と神社関係者や野次馬など周囲の人々への聞き込みに回る事にした。

 アトラス編集部からの面々のお陰で、何とか今年も干支乃神社の御神体争奪戦は数時間遅れで開催されることになった。


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「なるほど、ね」
 仕事始め早々に『干支乃神社の前御神体の暴動事件』に関しての取材の結果をざっと見た碇麗香は前髪をかきあげた。
 『将軍』が暴動を起こした理由は神社関係者の、
「今年が終って来年になったら御神体争奪戦の打ち上げは鶏鍋で決まりだな」
という一言が耳に入ったためらしい。
 十二支の中には鶏や牛などといったように一般的に人にとって食材となるものも居るが食材にならないものの方が大多数を締める。
 それが終ったとたんに掌を返したようにされる事に我慢がならなかったという。
「そもそも『将軍』自体が縁日で売られていたヒヨコで、育つと雌鳥と違ってうるさいだけだと捨てられたらしいですよ」
 束がそういうと、
「人間のエゴが引き起こした暴動というわけですね」
と直に『将軍』から対話をした晴嵐が憂い顔でそう言った。
「まぁねぇ、ぐれても仕方ないかなって気はするけどね」
 結局姉に付き合って今年の御神体争奪戦に参加することは出来なかった鶫だが、案外さばさばした顔をしている。
「まぁ、アトラス向きの内容ではないかもしれないけどね」
 そういうシュラインに、
「それならそれで他へ回すから大丈夫よ。―――三下!」
「は、はいっ、編集長!」
 名前を呼ばれて慌てて飛んできた三下に麗香は今年1発目、
「相変わらず今回の取材でも役に立っていなかったようだから今月は減棒ね」
の減棒宣告をする。
「そんなぁぁぁぁ」
 そう叫ぶ三下の机の上でからかうようなネコの鳴き声がしたのは気のせいではないだろう。多分。
 麗香の机の引き出しには、『三下の取材観察レポート』なる三下の取材中の様子が仔細にわたって報告されているレポートが眠っているのだった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

【2740 / ねこだーじえる・くん / 男性 / 999歳 / 猫神】

【4878 / 宝剣・束 / 女性 / 20歳 / 大学生】

【5560 / 日高・晴嵐 / 女性 / 18歳 / 高校生】

【5562 / 日高・鶫 / 女性 / 18歳 / 高校生】


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■         ライター通信          ■
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こんにちは。お久しぶりです又は初めまして遠野藍子です。
依頼はずっとお休みしていたので、ここを書くのも随分久しぶり過ぎて何を書いていいやら。
わんこの神社とかいいつつ、鶏に終始していますが少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
また機会がありましたら宜しくお願いいたします。