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屋敷を奪還せよ
■オープニング■
「GUUUUUU…………!」
尋常ならざる声を聞きながら。
草間武彦は眉間に皺を寄せ、集中していた。
―――自分の目の前に居るのは人の形をした、けれど人ではない異形。
ゾンビだ。
(やはり、ゾンビだけに動きは鈍いな……!)
胸中で一人冷静に頷きながら、彼は銃のトリッガーを引く。
銃声が響き、目前の脅威が哀れっぽい悲鳴と共に倒れ臥した。
「ふぅ………」
当面の敵を倒し、安堵の溜息をついている武彦に。
「あれ?兄さん、ゲームをやっているなんて珍しいですね」
背後から、きょとんとした零の声が掛けられた。
「ああ……なんというか、こう、ストレス解消にな」
「へぇ……ゾンビさんを撃つ遊びなんですね?」
小首を傾げながら聞いてくる零に、ああ、と武彦が頷いてみせる。
「後半にはもっと強い敵も出てきてな……それを単身、銃で戦い抜くんだ」
「楽しいんですか?」
「ああ、慣れると結構楽しいぞ。こういうのは嫌いじゃない」
口に咥えている煙草をぴこぴこと揺らしながら、楽しげに武彦が答える。
やはりこういうのは一種のロマンだぞ、を彼が二の句を継ごうとした瞬間。
………来客を告げるインターフォンが、高らかに鳴り響いた。
どうやらゲームは中断のようだ。武彦は肩を竦め、コントローラーを置いた。
「お願いします、家に住み着いた化物を退治して下さい!」
「………」
なだらかな昼下がり。
必死の形相で頭を下げる目の前の来客を、草間武彦は不審を露わにしながら見据えていた。
「あー……すまない、話が良く見えないんだが」
「ああ、すいません!高名な怪奇探偵の草間さんを前に興奮してしまって」
それは褒め言葉のつもりなのか――条件反射的にそう言おうとするのを、ぐっと堪える。
とにかく、男の話を聞くだけ聞いてみよう……
なんでも、男の住む家(えらく広い豪邸だそうだ)に異変が起こったのは数日前。
家族で食卓を囲っている最中、どうみても死んでいる人間が部屋を襲撃したという。
幸いにしてその場は逃げることが出来たが、どうやら屋敷中に化物は溢れていたらしい。
外に出ることこそ無いようだが、既に家はゾンビ屋敷と化しているとか。
「先月死んだ父が、そういったオカルト分野に傾倒していて…その所為かもしれません」
「というか、これは探偵の仕事じゃないと思うんだが…」
「死ぬ前は随分と熱心に色々やっていたようで…怪しげな男が出入りすることも度々でした」
「あのな、俺の話を…」
「こんなことは公にしたくないし、迷った挙句に此処に着いたんです!謝礼は充分お支払いしますから、どうか助けて下さいませんか!?」
武彦の言を遮りながら、男はでん、と卓の上に札束を置いた。
「うお……」
武彦が息を呑む。これだけあれば、暫くは人間らしく暮らせるのではないか――――
(く、くそぅ……)
矜持も大事だが、やはり明日を生き延びねばならない。
武彦は情けなく思いながらも、こういった荒事が得意そうな人間を頭の中で列挙する。
彼らに頼んで報酬を山分けするか…目の前の札束は、山分けしてもまだ大分残りそうだ。
そんな武彦に。
「良かったですね、兄さん」
ぽん、と肩を叩くのは零である。
「こういうの、嫌いじゃないって言ってたじゃないですか」
「………そーだね」
がっくりと彼は肩を落とし、依頼を受けることを決意した。
1.
「はぁ……」
―――――もう何回目の嘆息なのだろうか。
そんなことを考えながら、彼女。
シュライン・エマは物思いに沈む草間・武彦を観察していた。
「それで……屋敷に救うゾンビの退治、だったかしら?今回の依頼は」
「ああ……そうだ」
こっくりと。嫌にゆっくりとしたスピードで首を縦に振り、武彦が肯定する。
「つまるところ、なんというか……非常に俺向きではない依頼なんだよな」
「あら、ひょっとして武彦さん、いじけてる?」
「……そんなわけないだろ。少しばかり憂鬱なだけだよ」
くすりと笑ってエマが指摘すると、武彦は拗ねたように視線を逸らした。
(いじけているようにしか、見えないけれどね)
そんな彼を見てエマは目を細める。彼の子供のような側面は、見ていて何処か微笑ましい。
彼女の視線に耐え切れなくなったのか、武彦は諦めたようにこちらを見直してきた。
「……なんだよ」
「別に、なんでもないわよ。それで武彦さん、貴方が私を呼び出した目的は?」
「……」
どうにも、自分は彼女に子ども扱いされている気がしなくもない。
そんな考えを振り払えないままに、ようやく武彦は本題に入ることにした。
「実は……本来の依頼自体は、さっき言ったように戦闘のみなんだ」
「ええ」
「―――だが、依頼人からしたら自宅で起きた怪奇現象だろう?『何故だかもわからずに』、だ」
「………ふぅん?」
武彦が、やや説明の後半を強調して言ってくる。
その物言いに感ずるところがあったのか、彼女は得心がいったように頷いた。
「つまり、管理人さんは完全な平穏がお望みなのよね」
「そういうことだ。化け物退治だけでも良いんだが、はっきりと原因が分かれば最高なんだとさ」
分からなくもないけどな、と苦笑して武彦は肩を竦める。
「そんなわけで、そういった調査に向く人材も欲しいと、そういう訳なんだが……エマ、頼めるか?」
「成程ね……」
此処に来てようやく彼女は自分が呼ばれた理由に納得する。
この、一癖も二癖もある依頼ばかりが舞い込んでくる草間興信所で働き、自身もその仕事の調査員として度々借り出されている自分は。確かにその方面に対しては適当な人材だろう。
「案外、裏の無い突発的なゾンビの大量発生かも知れないわよ?」
「それならそれに越したことは無いよ、エマ」
「そうね……わかったわ、この依頼を請け負います」
「助かる。君の身は俺と他のメンバーで守るから、安心してくれ」
その言葉にええ、と返しながらも彼女は既に行動を開始する算段を立てている。
「さて、それじゃあ―――色々と動かないとね」
一言だけ呟いて、彼女は立ち上がって行動を開始することにした。
2.
「此処か……」
「……みたいですね」
ぽかん、と口を開けたまま武彦が呟いた。
それに続いて、気の抜けた応答をしたのは唯崎・紅華だ。表情から察するに、彼女も武彦と同じ感慨を抱いて「目の前の建造物」を見ているに違いない。
――――――すなわち。
「……これはまた、大きいものだねぇ」
そう。
目を細めて菊坂・静が呟いた、その感慨以外に有り得ないだろう。
彼等がゾンビ掃討に乗り出して目の当たりにした、その舞台。
有り得ない奥行きと横幅を持つ、庭園。
その奥に聳える、三階建てで荘厳、頑丈にして巨大な館。
依頼人の住む館だというそれは。正直に言って、常識外の規模を誇っていた。
「……草間さんがやっていたゲームのステージ並の規模ですね」
こちらも放心した様子で呟くCASLLの言に、貧乏人代表の武彦はかくかくと首を振るのみである。
『これ』を人の住む建造物だというのなら、自分の住処は何なのだろう。そんな、しなくても良い(或いはしない方が精神衛生上宜しい)考えさえ浮かんでしまう。
「兎に角。皆、さっきの打ち合わせどおりに動く方針で良いわね?」
ぱん、と手を叩いて皆の視線を集めたのはシュライン・エマ。
彼女の言にはっとして、他のメンバーがこくこくと頷いた。
「分かってるよ。ゾンビ掃討も勿論こなしつつ、この事件のヒントがある可能性の高い依頼人の父親の部屋へ急ぐこと、だろ?」
「ええ。何も分からなかったら、それはそれで「突発的な事故でした」とお茶を濁してしまっても良いし。その場合は後でちょっとした調査をして体裁を整えれば、依頼人も納得はするでしょう」
「…そうだね。全てのゾンビを倒して、その原因も突き止められるのがベストではあるけど」
文句は無いよ、と静が改めて肯定の意を示し、他の一同も似たような表情をしている。
「けど……依頼人さんの言っていた、「ちょっと変わった化物」というのも気になりますよね」
その後に発言したのは、思案顔の紅華だった。
彼女の不安はしかし、根拠の無い妄想では決して無い。
この場所に来る前の準備段階に依頼人から話を根気強く聞いてみたところ、自分が逃げる視界の隅には確かに「標準的な人間」とは一線を画するフォルムのゾンビらしき物も見た、ということだった。
「ゾンビの膂力と生命力だって、厄介なのに……手を加えられたものも居るのかしら?」
語尾を濁しながら彼女は難しい顔をする。ある意味では当然の反応だ。
救いといえば、この依頼に望む面々の性能が心強いそれだということであろうか――――
「まあ、考えていても仕方ないよ。とりあえず頑張ろう?」
「……静の言う通りだな。そこは、どうにかしよう」
ぽんぽんと気楽な様子で紅華の肩を叩く静に武彦が同意する。
「そうですね……これも困っている依頼人さんと、豪勢な年越しのため!頑張ります!」
「ああ、その意気だ!」
「年越しが重要なんですね、お二人とも……」
「CASLL、世の中にはそういうことにエナジィを注ぎ込む人も居るのよ」
急に気力を取り戻して爛々と瞳を輝かせる武彦と紅華に怪訝を感じるCASLLに、エマがぴ、と人差し指を立てて答える。
「さて、皆のテンションが良い感じに上がってきたみたいだね」
静が一歩足を踏み出し、己の武器――身の丈ほどもある、頑強な棍――を携えながら歩き行く。
「それじゃあ、早めの大掃除と行こうじゃないか?」
くすりと笑って、庭を渡り始めた。
「皆、予め渡しておいたこの館の詳細は頭に叩き込んでいるわね?頑張りましょう」
他の者達に確認をしながら、シュラインがそれに続く。
彼女の台詞に頷きながら、CASLLと紅華も彼女を守るように寄り添って歩き出した。
そして――――――
「………夕飯までに帰れると、最高なんだがな」
ぽつりと哀愁を漂わせながら洩らして、武彦がすごすごと彼らに続いた。
勿論。
心のどこかで、それが甘い見通しだとは理解していたのだけれども。
3.
「それじゃ、開けるよ」
静の台詞と共に、ぎぎぃ、と音を立てて正面扉が開いていく。
所々に回収の後が見られるこの館の玄関扉は、家主の趣味か古い年代物のままであった。
「……開いたね」
確認するでもなく呟いて、中に入る。
「うわあ……これは、凄いですね」
開閉一番に感想を述べたのはCASLLで。
しかし、先ほどの例と同じく――――場の全員が瞠目していたのは想像に難くなかっただろう。
実際、皆が皆、自分は今中世の城にでも迷い込んでいるのだろうかと思いを巡らせてしまう。
外見も凄かった館は、中身も凄かった。
床は磨いたように綺麗な大理石。
立ち位置の正面に在るのは、冗談のようなスケールの階段。
客人を通す役割しか帯びていないはずのそのエントランスは、しかし一般の家よりも価値は上だろう。
部屋の数は如何程のものだろうか?
冷蔵庫に内包される食品はどこまで高級なのだ?
そしてそれを食す食堂は、どこまで埒外の広さなのだろう?
「……お、俺には一生縁がなさそうな生活空間だな」
「わざわざ言わない方が良いわ武彦さん。貴方の精神衛生上、宜しくないはず」
「そうか。す、すまない」
シュラインに忠告され、武彦があたふたと謝る。
目に見えて動転しているようであった………ゾンビはまだ、出てきてすらいないのだが。
「………と、とりあえず目的地に急ぎましょう!ここは何というか、草間さんに良くないですっ」
「………素敵な心遣いをありがとう、紅華」
とにかく、武彦の様態を鑑みて長居は禁物らしい。
微妙な気分のままに、一同は二階の端に位置する、依頼人の父親の部屋へ急ぐことにした。
普通に生活していたら、踏むことも適わない素敵な床を踏み進み。
漫然と生きていたら、映画の中でしかお目にかかれないだろう素敵な階段に足をかけんとする。
「しかし草間さん、エントランスだけで随分と長いですね……」
「ああ」
CASLLが、目を閉じながら。
うんうんと頷きつつ、前を歩いている武彦に話しかける。
―――既に日も傾き、真っ暗というわけでもないがある程度視認が困難な空間である。
「でも、ちょっとだけ安心しましたね!扉を開けたらゾンビの山!とか想像してまいしたし」
「そうだね……」
「しかしどういうことでしょうね?一匹も居ないと、逆に不安で……何処かに集まってるのかな?」
「……なぁ」
「うーん、少し遅いですよ草間さん。なんで立ち止まっているんですか?」
「……CASLL」
「はい?」
「お前さ、ひょっとして『前方に向かって話しかけてないか?』」
「何言ってるんですか、そんな当然の―――――」
草間さんもおかしなことを言うなぁ。
そんなことを考えながら、
彼は武彦の声のしていた『後方』へと振り向いていた。
「……あれ?」
そこには、仏頂面で、しかし何処か悲しげな草間武彦。
辛気臭いその顔はまさしく本人であろう。
「それじゃあ……」
自分が武彦だと思っていた、前方の立ち止まっているヒトは誰なのだろう?
「因みに言っておくとだな。俺たちの中ではお前が先頭を歩いているんだぞ…」
「その…それは……つまり、ええと……」
歯切れ悪く何かを言おうと悪戦苦闘している彼の目の前で。
ぎぎぃ、と「自分が武彦だと思い込んでいたひと」が振り向いた。
成程、眼鏡はしている。
髪の色も髪型も、うん、武彦と似ているか。
でも、その目は死んだ魚のよう。
極め付けには、この男からは腐臭がする――――――!
「で、出たっ……!?」
「伏せてっ!」
彼が驚愕して叫んだのと、紅華が警句を発したのはほぼ同時。
慌てて身体を動かしたCASLLの近くを掠めて飛んで行ったのは、苛烈な威力の銃弾だった。
どん、と爆裂音がして、紅華の放った銃弾を食らったゾンビの身体が爆ぜる!!
「大丈夫ですか!?」
「ありがとう、助かりました……」
意気も絶え絶えに礼を言いながら、CASLLもまた己の武器を構える。
紅華の持つ武器は44口径のマグナムであり、CASLLの構えるそれはチェーンソーと呼ばれる刃。
どちらもゾンビを屠るには申し分ない攻撃力を持つ代物だ。
「……おやおや、何処に隠れていたんだろうね。凄い数だよ」
楽しそうに笑う静の台詞に辺りを見回してみれば、いつのまにかエントランスの空間は死者で満ち満ちていた。明らかに待ち伏せをしていたことは相違無い。
「草間さん、エマさんのガードを!私とCASLLさん、静さんで敵を殲滅します!」
「分かった!」
「り、了解です!」
「同じく。それじゃ、少し運動しようかな……」
周囲を油断無く見据えながら叫んだ紅華の声に、仲間からの声が返ってくる。
此処に、戦闘が開始された。
現れたゾンビの数は二十を超える。
しかもゾンビのセオリーながら異常な生命力と膂力を持ち合わせ、意外と素早い。
この軍勢を強敵と見るか否かは一重に対抗者の数と力量に寄るだろう。当然だ。
故に。
死者の群れにとって、今回相対した敵は天敵に近い。
数は少ないものの、自分たちを再び死に至らしめる装備を持ち、自分達以上に俊敏なのだ。
「これで、四匹!」
紅華の鋭い声に乗って、巨大な破壊力を内包した銃弾が奔る。
四十四口径のそれはまたもやゾンビに正確に直撃し、彼の者の上半身を爆発させた。
追い詰められる前に縦横無尽に空間を駆ける彼女を、捕捉できる者は居ない。
「五、六!遅過ぎます!」
叱咤するように呟き、しかし射撃による停止は一瞬。
戦士ですらない死者の有象無象に、彼女を倒せるわけも無い。
素手のゾンビに比べて圧倒的なロングレンジから攻撃してくる彼女は、正しく天敵であった。
ならば、他の者なら容易く屠れるか?
そう考える者(そこまで考えていない者も勿論含む)が向かうのは二人の男だ。
彼等が手に持つチェーンソーと棍は確かに脅威だが、しかし銃には劣ろう。
勝機は「まだ」あるはずだ―――――というのも、実は甘かった。
「うーん…」
執拗な攻撃の嵐を涼しい顔で回避しているのは、菊坂静。
決して常識外の速度ではないが―――しかし流れるように動き、奇妙なことに攻撃は当たらない。
「……困った。意外と単調だね、君等の攻撃」
的確に相手の攻撃を見据え、棍で敵の攻撃を捌いていく。
「――――――――いささか飽きたよ」
敵が攻撃を外して身体を伸ばしている隙を、苛烈に突く。
ふっ、と短い呼気を吐き、同時にだん!と強く大地を踏み。
結果、凄まじい速度の棍の一撃が一直線に奔り、一匹のゾンビの頭部を吹き飛ばした!
「やれやれ、まあ、でも少しは楽しめるかな?」
「ど、同意を求めないで下さい!」
ひょいひょいと余裕で攻撃を回避していく静の声に、CASLLは悲鳴交じりで返す。
無論、彼とてむざむざ敵にやられる実力ではないが――――彼はゾンビなど好きではない。
なんとなれば、その形相が強張るのも仕方ないことなのだろう。
「すみませんっ!」
そう謝りながら振り下ろした彼の刃は、けれど的確に敵の首を切断する。
「うう……」
(駄目だ、やっぱり怖い)
判断して、彼は状況打開のためにすぅ、と深く息をする。
その深呼吸に、何か意味はあるのか。
見る者にそう感じさせる挙動。
「――――――アクション」
次いで、そんな台詞が口から出た後。
如何なる不思議か、CASLLの瞳からは怯えの色の一切が消え去っていた。
「はあああああ!」
深く深く身を沈ませた体勢のまま、彼は一瞬にして敵に接近する。
そのまま―――――何も考えず、無心のまま全力で己の刃を跳ね上げた。
ざん、と敵を一瞬にして左右の二つに捌き上げる。
「ふっ……!」
彼はしかし止まらず、勢いのままにくるりと反転して――近場のもう一体に横薙ぎの一撃を見舞う!
「凄い凄い、役者さんだねぇ」
「一気に片をつけるぞ―――!」
アクション、の言葉を鍵に己を他者とし、完璧に演じ切るCASLLの異能。
素直にぱちぱちと手を叩いて静が賞賛した。
「しかし、本当に数が多いね。初回から大盤振る舞いだ……」
言い続ける軽口……おそらくはそれが、ほんの少しの隙だったのだろう。
好機と見たゾンビの一人が、彼に向かって突貫してくる。
「……っ」
――――しかし、届かない。
その攻撃は容易く棍でいなされ、カウンターの拳が凄まじい勢いで敵を吹き飛ばす。
「危ないなぁ……けど、まだ動いてるね…」
大仰な仕草で胸を撫で下ろし…………しかし、静のその目は笑っていない。
静かに倒れている使者に近寄ると、彼は手を伸ばして、
その「魂を鷲掴みにした」
触れられた死者が。
くたりとして。
二度目の死を。
迎えてしまう。
「うん。これで、蘇ったりしないよね」
満足げに微笑んで、静は立ち上がる。
辺りを見回すと――――どうにも、掃討が完了していたらしい。
今の不可思議な挙動を、皆がまじまじと見ていた。
「……えーと」
言いながら、少しだけ彼は考えて、
「ほら、今のは、他の人には内緒だよ?」
茶目っ気たっぷりに人差し指を顔の前で立て、片目を瞑って見せた。
―――奇跡的に、誰も深くは追及してこなかった。
3.
「また来るわ。十三メートル先のドアから、まもなく五匹!」
不気味なほどに静まり返った屋敷の内部に、シュラインの警句が響き渡る。
………その一瞬後に現れた、目の前の進路を塞ぐモノは複数。
それらは一見して人間だが―――「生きた」人間である事実は、その虚ろな目が否定していた。
「援護します!お二人とも、行って下さい!」
死者達の敵は驚くべきことに、シュラインの優れた聴力で既に体制を整えている。
つまり、戦場となる廊下に飛ぶのは仲間に合図しながら紅華が放った銃弾であり、
「了解―――!」
「それじゃ、ゾンビさん達……痛いよ?」
こちらもまた、脇目も振らずに疾駆する静とCASLL。
その、加速のままに振り下ろされる棍、或いはチェーンソーの刃であった。
既に、この光景は幾度と無く繰り返されている。
依頼人の父親の部屋――――そこまでの進路を邪魔する対象をシュラインが敵出現の直前に発生する微弱な足音等で察知し、紅華とCASLL、そして静が凄まじい速度で次々と屠っていく連携であった。
「戦闘に関しては……武彦さんがわざわざ集めただけあって、彼等が完璧にこなしてくれるわね」
「ああ、そうだな」
それを後ろから見ながら、シュラインが安堵と共に感想を洩らす。
武彦もそれを疑いなく肯定しながら、更に廊下の奥へと歩を進め出した。
「しかし、廊下一つでここまで長いとはな……何様のつもりなんだ?」
「そう言わないの。多分、もうすぐ終わりのはずよ」
戦闘に参加していないくせに疲れたような口調で喋る武彦を慰めながら、シュラインも進む。
「大分倒したね……ゲームだったら、それこそハイスコアだ」
「そうですねぇ。私も、随分と弾を使ってしまいました」
「……」
前列は前列で、紅華と静が軽く雑談をしながら歩いている。
CASLLはと言うと、惚れ惚れするような渋い面構えで、その雑談を横から聞いている。
会話には参加せず、ただ時々彼らの会話に頷くだけである……あまりの敵との戦闘数の多さに、ゾンビが出てくる度に「演じる」のを始めるのではなく、ずっとゲームの主人公を演じている状態のままでいるのだ。ついでに言うと――――役になりきらないままに敵と面を合わせた瞬間が怖いので嫌だ、という事情もあったりするのだが。
「あった……あれね。あの、一番端の部屋」
そうする内に、ついに辿り着いた館の端。
頭の中の情報と照合しながら、シュラインが言う。
彼女は依頼人から予め受け取っておいた部屋の鍵束(律儀に持ち歩くのが習慣なのだとか)から、白いシールの貼られたものを取り出す。緊急時に混同しないようにシールで差別化しておいたのだ。
「書斎もあるそうだから、大分調査には手間がかかりそうね……」
「いっそ、ゾンビだけ倒して帰るか?」
「気持ちは分からないでもないけどね……」
「それじゃ、その間僕たちはエマさんの護衛か……それとも他の部屋のゾンビ達の駆逐かな?」
「それは、そうね…あなた達に任せるわ。好きな方にして頂戴」
歩速を緩めずに、段取りを決めながら目的の部屋へと近づいてく。
とりあえず一段楽だろうか、と皆が緊張を保ちつつも考えていた矢先―――――
「……皆、止まって」
今日何度目になるか分からない、エマの警句が発せられた。
「敵……エマさん、今度はどの扉から――――」
シュラインはその台詞に首を振る……そして、敵の意図をおぼろげながら察して戦慄した。
「これは……扉じゃない!?皆、「この場」を離れて!」
「!!」
どういう意味だろうか、と思考する暇など無かった。
とにかく仲間の警報を信頼し、とっさに武彦たちは前方へと体を投げる。
際どく、正しくそのすぐ一瞬後――――――
ドガァァァンン!!
壁の爆砕する音と共に、「何か」が武彦たちのいた場所に攻撃の腕を振り下ろしていた。
「な……」
武彦たちが襲撃者の姿と、その行動に息を呑む。
さもありなん。敵は分厚い壁を一撃で打ち破り、ゾンビとは比べ物にならない速度で攻撃を加えてきたのだ。これを脅威と感じずにはいられなかった。
ゆらりと、敵が身を起こす…………
「こいつは……」
「……普通のゾンビじゃ、ありませんね」
思わず顔をしかめる武彦に、短く紅華が同意する。
―――その敵は、あらゆる面で一般のゾンビとは一線を画していた。
まずはその巨躯。三メートルに迫ろうかという長身に、がっしりとした筋肉。
CASLLの体躯さえも凌駕するそれは、見ただけで戦闘に特化していると知れる。
そしてその腕部は――これもまた異常である。
硬質化しているだろうそれは、肉というよりもクロガネの輝きを宿したもので。
その太さがまた、局の中でも際立っている程に肥大化していた。
「紅華さんの懸念が当たっていたね……これはまた、厄介だ」
す、と目を細めながら静が小さく呟く。
既にその口調は軽口ではない。目の前の敵が強敵であると、一瞬で判断したが故に。
「鍵を閉めても、あの威力じゃ扉が持つはず無いですね」
「…迷っている暇など無いだろう。こいつは、強い」
互いに膠着状態に身を置く中で、いち早く攻勢に出たのはCASLLだった。
「部屋の中にも息を潜めた大群が居るかも知れん。さりとて、この空間であの強敵相手にこちらの数は多すぎる………二手に分かれるぞ」
「具体的には?」
「俺と紅華でこいつを始末する。他のメンバーはすぐに目的の部屋へ入ってくれ」
「………成程。僕と草間さんが、ボディガードか」
その意見に異論を唱える者は居ない。
先程戦闘を経験したエントランスよりもずっと狭いこの空間だ。加えて敵は強敵。ゾンビ達との戦闘の時と同じように戦闘の流れが進むなどと、誰が考えただろう。
「―――行け!」
鋭く、発せられる、CASLLの、ことば。
それと同時に全ての人物が行動を一斉に開始した。
くるりと反転し、一気に目的の部屋へと駆けるシュラインと武彦、静の三人。
それを見て怪物が彼等を阻止せんと加速し、獰猛な唸り声と共に襲い掛かる!
「させるか!」
その進路上に果敢にも立ち塞がるのはCASLLである。
彼は手に持ったチェーンソーを叩きつけるようにして、怪物へと浴びせる!
だが。
「……化け物め!」
CASLLがその結果を見て、忌々しげに吐き捨てる。
敵はCASLLの刃を受け止めているのだ――――その、異様に硬い腕で。
「CASLLさん!」
そこに生じた鍔迫り合いに似た拮抗を、紅華の銃弾が掻き回す。
巧妙に敵の複数の部位を狙ったその射撃は脅威であったのか、敵は大きく後ろに跳んで回避した。
「それじゃあ頼んだぞ、二人とも!」
油断無く構える二人の背後から、武彦の声が聞こえる。
二人はそれに振り返ることなく、申し訳程度に軽く首を縦に振っていた。
…………ぎぎぃ、という大仰な音と共に、扉が閉まったようだった。
「では行くぞ!」
「はい!」
その音を確認しながら、CASLLと紅華が敵を倒さんと跳ぶ―――
間違いなく館で最悪の敵であろう対象を始末するため、二人の決死の戦いが幕を開けた。
4.
………ぎぎぃ、という大仰な音と共に、扉が閉まる。
申し訳程度の慰みだとは知りつつも施錠を完了し、そこでやっと一息ついた。
部屋の中には…敵は、居ないらしい。
「二人とも大丈夫かしらね……」
「あいつらなら、なんとかするだろうさ」
ぽつりと口にするシュラインの台詞に答えながら、武彦が部屋を見回す。
「さて……俺たちは俺たちの作業を行うことにしよう」
「そうだね。富豪の部屋だけあって、随分と広いみたいだし」
武彦の言葉に静が頷いた。
かなり広い部屋の中はかなり広い上に、その中を埋め尽くすように所狭しと本や文献が部屋を「占領している」、といった情景である。一人であれば探索に凄まじい時間がかかるだろう。
更にそれだけではなく、部屋の右にはドアがあり…隣にもう一つの空間があるようだった。
「隣は……寝室みたいだね。でも、こちらにもかなり大きい本棚がある」
「片っ端から調べましょう。何かが分かるかも知れない」
「了解。それじゃ僕は、隣の部屋を調べることにするよ」
シュラインの言葉に応じ、静が隣の寝室に消えた。
「さあ、私達も頑張りましょう武彦さん」
「そうだな……一つ、気張るとしようか」
早速手近にあった本を手にとって調べながらシュラインが言う。
武彦もまた、彼女の横で同じように文献を適当に漁ることにした。
―――廊下から断続的に聞こえる、破壊的な戦闘のメロディに一瞬だけ顔を顰めてから。
「CASLLさん、後ろです!」
「承知!」
――――紅華の声を頼りに背後へと振り向く。
一瞬で自分の視界から消えた敵の姿が、そこには確かに在った。
「………ちぃっ!」
巨大にして重量のある得物を軽々と振るい、チェーンソーの刃で敵を薙ぐ。
腕を狙っては意味が無い。それ以外の箇所を狙えば或いは、と考えながら。
だが敵の怪物もそれを見越した上でCASLLと渡り合っている。彼の素早い斬撃も、化け物は己の腕を以って全て防ぎ切っていた。それはまた、腕以外の箇所になら攻撃が通用するという証明のような事実であるのだが―――――
「いい加減に、してっ……!」
弾数の心許無くなってきた四十四口径マグナム弾が敵へ奔るが、これも回避される。
CASLLと戦いながらも銃の威力を警戒しているらしく、紅華の援護射撃も当たる様子が見られない。膠着し切った戦いを続けながら、ぎり、とCASLLと紅華が歯噛みした。
………やがて。
「紅華、其方へ行ったぞ!」
焦燥と共に大音量でCASLLが怒鳴る。
化け物は彼との熾烈な白兵戦をこなしながら、しかし真の狙いを切り替えていたようだ。
ぎぃん!と甲高い化物の腕とチェーンソーの刃がかちあう金属の悲鳴が、一際大きく響く。
渾身の力を込めて打ち出した裂帛の一撃であったが、それ故にCASLLの体制が一瞬崩れた。
その隙に――――化物が疾風の如き速度で動く。そしてそれはCASLLへの追撃ではなく――――やや離れたところから射撃で戦闘に参加していた、紅華への疾駆だった。
「……!」
紅華が思わず息を呑み、それに対抗せんと動く。
格闘戦とて彼女の苦手とするところではなかったが―――いかんせん、敵が規格外に過ぎた。
「くっ!?」
一瞬で彼我の距離をゼロにされ、その近距離で殴り飛ばされる。
「きゃ……」
「紅華!」
CASLLが急いで援護に駆けるが、予想外の出来事にその心は既に平静では居られない。
それも計算の内だった、というのだろうか。CASLLの攻撃をギリギリでやりすごした化物は、豪快な回し蹴りでCASLLを吹き飛ばす!
「CASLLさん!」
仲間の身を案じて紅華が声を上げるが、動けない。
立ち上がることすら許されない。目の前には、既に勝利を確信した化物が立っていた。
酷く嫌らしく。
化物が、初めてにぃぃ、と口を歪めて嗤った。
「………」
それを、見つめる紅華。
―――殴られた時に愛銃が弾かれてしまい、今は自分の手元に無い。
彼女が抵抗を諦めたと思い、化物がゆっくりと腕を上げ、楽しげに笑う。
しかし。
「甘いですよ」
その油断をこそ、唯崎紅華は嗤って見せた。
突如として響いたのは射撃音。
起こり得ないはずのそれは、しかし確かに響いて。
無敵を誇っていた化物の両腕を付け根から吹き飛ばした。
「………!?」
「油断なんか、しちゃ駄目です」
そう呟く紅華の手には、何故だか一丁の拳銃が握られている。
―――それは最後の最後にまで相手に見せないワイルドカード。
有事のために武彦から借り受けて今まで隠し持っていた、二丁目の四十四口径のマグナムであった。
「あなたは手強かったですが……」
言いながら、彼女は更に引き金を引く。
今度は敵の足が豪快に吹き飛び、爆ぜた。
「これで、終わりだ!」
―――――もう、その声に振り向くことも出来ない。
呆然とした表情で立ち尽くす化物。
彼は、紅華の銃弾を一身に受け、さらにCASLLの全力の袈裟切りを背中から食らって、絶命した。
5.
「これは……やっぱり……!」
読んでいる内容を理解して。
シュラインは、ついに自分の知りたかった情報の一端に巡り合ったことを確信した。
「どうした、何か分かったのか?」
その声に武彦が顔を上げる。
彼もまた色々と書物を調べていたのだが…圧倒的に書物は外国語の割合が多い。正直自分は戦力外だな、などと不真面目なことを考え始めていた矢先のことであった。
「ええ……やっぱりこのゾンビの発生事件、依頼人の父親が関っているわ」
厳しい顔つきで、彼女は呟く。
「さっきこの、部屋の主の日記帳を見つけたから読んでいたんだけど……この人、大槻雄二って言うらしいわ。死ぬのが怖くなって、自分が生き永らえるためになら何でもするつもりだったみたいね」
「……それは、つまり」
「そう、多分、武彦さんが思っている通りよ」
眉根を寄せながら、彼女は別の資料を掲げてみせる。
「こっちは、なんだか分かる?多分に独学っぽいんだけど……間違いない。ゾンビの生成方法ね」
「そういうことか……彼が辿り着いた回答ってのは、それだったんだな」
む、とこちらも嫌そうな顔つきで言葉を吐き出す武彦。
「本に書いてあるけど……この人、金と権力に物を言わせて実験台を幾つも用意したらしいわ」
「実験台、か」
「ええ。なにしろ、ゾンビっていうのは……」
「―――本来、自我を持たない代物だからね」
二人の会話に、突然、静の声が割って入る。
彼はいつの間にかこちらの部屋に来て、本を両手で遊びながら立っていた。
「だから、自分の意思が持てるようにって色々と妙な実験をしたんだろうね。ヴードゥー教の魔術師であるボゴールが作り出すゾンビって言うのは、意思も持たないし腐ってもいないんだから……永遠の命を欲しがる輩って言うのは本当に居るんだねぇ。「ゾンビは意思を持たない」という点は、さぞかし彼にとって悩ましいポイントだったに違いない」
寝室にも沢山の研究資料が在ったよ、と言って静は酷薄に笑う。
「静君の言うとおり。彼はヴードゥー教の御業をベースにしつつ、自分の意思も持っていられるような理想の体を作ろうとしたのね……哀れなことだわ」
「……それで。彼の実験は、目論見は成功したのか?」
もっともな疑問を発する武彦に、ええ、とシュラインは頷く。
「ある程度は、したみたいね。家を出入りしていた協力者の体を弄くって、上手く自分の死体にみせかける。社会的に死者となった後は、大手を振って生前は出来なかった様々な犯罪行為をしてやろうと思っていたみたい」
「最低な男だな……」
「それで、肝心の本人は?この屋敷に居るのかな」
吐き捨てる武彦を横目で見ながら、何処か空虚に静が問う。
………その口調は、物語の結末を知っていながら問う場合のそれに何処か似ていた。
「それも、正解。まずはこの屋敷を暫くの住処にしたかったみたいね。だから、依頼人さん達を追い出した………そして、大槻雄二は」
す、と。
流麗なシュラインの切れ目が、静かに細められた。
「高いスペックの体を手に入れられたようだわ。三メートルを越す屈強な巨体に、ナイフや銃弾さえ弾き返す無敵の腕………そんな、最強の身体を」
「へぇ……そうなんだ。それはそれは」
「ちょっと待て、エマ。それはもしかして………!?」
彼女の断定的な台詞を聞いて、何故か可笑しげに微笑んでみせる静。
その隣で、やや狼狽した面持ちで武彦が上ずった声を上げた。
こくん、とシュラインが頷いて肯定し、口を開こうとしたところで――――――
「皆さん、無事ですか?」
扉の外から、紅華の声が聞こえてきた。
「先程の敵はなんとか倒した。あとは、残るゾンビの掃討だ……」
次いで、クールな役を演じ続けているCASLLの声がこだまする。
CASLLの報告を聞いて、武彦とシュラインが何とも言えない表情で黙った。
「………良かった、倒せたんだ。普通のゾンビと違う強敵だったでしょう?」
それを尻目に、静が扉を開けようと動きながら扉の外の二人に言った。
肯定を意味を含んだ返答が、向こうから返ってくる。
「ええ。あの怪物、普通のゾンビと違ってちゃんと思考能力があったみたいで……その油断を突いて倒せました。ただの戦闘に特化したゾンビだったら、負けていたかもしれないです」
「………そう」
ぎぃぃ、と扉を開ける。
部屋の中に入っていく紅華とCASLLと入れ替わるように廊下へ出た静は、その先に転がっている肉の塊を目撃した。紛れも無く、先程見た化物だ。
「それは…………何とも皮肉な話だったね」
誰に言うでもなくぼそりと呟いて。
彼もまた、部屋の中へ踵を返す。一目見ただけで十分だ。
――――愚かな夢を見た、愚者の成れの果てなど。
屋敷全体のゾンビ退治は、この二時間後に終了した。
「ええ!?それじゃああの化物って、依頼人の父親だったんですか!?」
「そうですか、自分の身体をそんな風に……」
事件解決後にその真相を教えたところ、実際に戦った二人はやはり驚いたらしかった。
特に驚いたのがCASLL(仕事が終わったので、役になりきるのをようやくストップした)で、なんとも言えないその狂気に思わず顔を顰めて頭を抱えていた。
「世の中には、とんでもないことを考える人が居るんですねぇ……」
しみじみと、腕を組みながらそんな感想を言ったりもした。
「まぁ……金と権力を持った人間なんてのは一種の妖怪みたいなものだからな。こういうことを考える奴も居たってことさ」
もう既に暗い空を見上げながら、何処か遠い目で武彦が答える。
「つまり、武彦さんはそういうことをする恐れが一生無いってことかしらね?」
「………いや、勿論やらないけどさ。その、一生って言うのはやめて欲しい」
からかうように言うシュラインの軽口に、急に現実に引き戻された武彦は憮然とする。おまえは一生貧乏人だ、などとは―――なんとなく自分でも否定しきれないだけに―――冗談であっても認められない。
「それに、今回の報酬でとりあえずは懐も暖かいんだぞ?」
「そうです!これで豪勢な年越しが実現できるのですっ」
「……まあ、確かにそうかも知れなけれどね」
武彦の言葉に大きく頷いてはしゃぐ紅華。
その様が余りに嬉しそうで、微笑ましかったので。シュラインも何も言わずに微笑んだ。
「しかし、大槻雄二は何を考えていたんだろうな……半恒久的な命なんて、面倒だと思うんだが」
首を傾げて、誰に問うでもなく武彦が洩らす。
それは常識的な感性を持った人間からすれば、至極まともな疑問ではある。
その疑問にいち早く答えたのは、会話に参加せず夜空を見続けていた静だった。
「まあ………死人に口は無しってね。今となってはわからないことだよ」
「そうだな………」
「そんなことよりさ、今日はずっと大変だったし。沢山お金も貰えることになってるんだから、何か美味しいものでも食べに行かない?たまには、ぱーっとさ」
ふ、と微笑みながら、彼はそんな提案をしてみる。
異を唱える者が居るはずもない。
死を恐れ、死を遠ざけようとして愚行に走った人間の館。
―――――それを背にしながら、武彦たちは賑やかな街へと消えて行った。
<END>
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【5566/菊坂・静/男性/15歳/高校生・「気狂い屋」】
【5381/唯崎・紅華/女性/16歳/高校生兼民間組織のエージェント】
【3453/CASLL・TO/男性/36歳/悪役俳優】
【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
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■ ライター通信 ■
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シュライン・エマ様
こんにちは、初めまして。ライターの緋翊と申します。
この度は商品の完成が遅れ、ご迷惑をおかけしました。まことに申し訳ございません。
実は私、今回が「東京怪談」での初めてのお仕事でありまして。
慣れないフィールドで緊張しながらも、送られて来たプレイングを元に楽しく書かせて頂きました。
シュライン様は草間興信所の事務員で武彦氏とも親交が深いということで……その辺りを念頭に入れて、不自然な描写にならないように気を使いました。如何でしたでしょうか?
色々と仕事の出来る理知的な女性のイメージで書かせて頂きました。とても魅力的なキャラクタだと思います。
拙いながらも、一生懸命書き上げました。
楽しんで頂ければこれほど嬉しいことはありません。
それでは、また機会がありましたら宜しくお願い致します。
ノベルへのご参加、どうもありがとうございました。
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