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<東京怪談・PCゲームノベル>


Another Story (Side-A) : The End Of The World

 それは、十二月二十九日の夜のこと。

 夢の中に、「プリズム」と名乗る少年が姿を現した。

「今日は、一つ残念なお知らせがあるんだ」

 そう言って、彼は愁いを帯びた表情を浮かべ――。 

「この世界は、今年で終わる」

 はっきりと、そう言いきった。

「破滅がこの世界に迫っている。
 全ての可能性の集合体、無すら内包する混沌であるそれは、この世界を飲み込み、無限の可能性へと分解してしまう」

 どう見ても十歳程度にしか見えない外見に似合わぬ小難しい物言いで、淡々と事態を説明する。
 それはまるで、すでに決定した事項を通達しているかのようで、一切の反論や質問を許さない雰囲気があった。

「その後に何ができるか、それはわからない。
 今とほとんど変わらない世界が再構成されるかもしれないし、今とは大きく違った世界となるかもしれない。
 最悪、何もなかったことにされる可能性もある」

 世界が、終わる。
 そんなことを、しかも夢の中で言われても、にわかに信じられるはずがない。

 なのに、なんだろう?
 この言いようのない焦りと寂しさ、そして悲しみは――?

「破滅が到達するのは、恐らく日本時間で一月一日になるか、ならないか。
 到達してしまえば、後は一瞬だから……苦しんだりすることだけはないと思ってくれていい」

 それだけ言い終わると、少年はくるりと背を向けた。

「伝えるべきことは伝えた。残された時間をどう過ごすかはキミの自由だ。
 大切な人と過ごすのもよし、最後まで抗ってみるのもよし、普段通りの生活をするのもよし」

 その姿が、だんだんと小さくなっていき――。





 十二月三十日は、混乱のうちに終わった。

 どうやら世界中の全ての人が同じ夢を見たらしく、まずはネット上がその話題で埋め尽くされ、その混乱が少しづつ表のメディアにも波及していった。

 世界は本当に終わるのか。
 迫り来る破滅とは何なのか。
 それに対処する術はあるのか。

 そんな話が、幾度となく繰り返される。

 そして夜には、そのニュースに勢いづいた「虚無の境界」によるテロがあちこちで発生し、事態はさらに混乱の度を深めていった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 迎えた十二月三十一日――世界最後の日。

 今日で世界が終わるというのに、守崎啓斗(もりさき・けいと)の日常には、ほとんど変化らしい変化はなかった。

 いつもと同じように朝起きて、食事をして、掃除をする。
 明日が来る、来ないではなく、ただ、いつもしていることだから、そうする。

 そういった雑事を片づけ終わって、啓斗はふと立ち止まった。

 普段、啓斗は草間興信所の手伝いをしたり、IO2から回される仕事をこなしたりして生計を立てており、そういった仕事がない時は、申し訳程度に高校に通ったりしている。
 ところが、今日はさすがに草間興信所からもIO2からも依頼はなく、高校はとうに冬休みに入っていた。
 かといって、両親どころか身内らしい身内もいない天涯孤独の身、一人ぼっちの家の中にとどまっていても、特に面白いことなどあるはずもない。

 やることがない、という非日常。
 世界が終わる終わらないよりも、啓斗にとってはむしろこちらの方が問題だった。

「さて、どうしたものか」
 少し考えてから、啓斗はふと東郷大学の方に足を向けた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 今日が、世界最後の日。
 その事実に最も敏感に反応しているのは、IO2でも、各国政府でもなく、この東郷大学なのかもしれない。
 キャンパスに集まっている学生達を見ながら、啓斗はそんなことを思った。

 皆の心を一つにすればいかなる危機をも乗り越えられると熱く主張する者。
 恐らく宇宙から来るであろう「破滅」を迎撃すべく、各国の軍事ネットワークに侵入し、核兵器をジャックしようと考える者。
 破滅を回避できるように――そして、もし回避できなかったとしても、新たなる世界に生まれ変わることができるようにと、ひたすら祈り続ける者。

 多少は効果のありそうなものから、さっぱり意味のわからないものまで、ここでは思いつく限りの取り組みがなされていた。

「普通なら、こうやってじたばたしてみるものなのかもしれないな」

 今日で、世界が、自分が、そして全てが終わる。
 そんな運命をあっさりと受け入れられるほど、恐らく人は強くない。

 では、その事実を淡々と受け入れている啓斗自身は、強いのだろうか?

 恐らく、そうではないだろう。
 むしろ、彼らには――そして、ほとんどの人間にはあるはずの「受け入れられない理由」が、啓斗には欠落しているのではないだろうか。

 啓斗がそんなことを考えていると、不意に誰かが声をかけてきた。
「あ、啓斗さん!」
 声の主は、じょうろを手にした小柄な少女――桐生香苗(きりゅう・かなえ)である。
「桐生さんか。こんなところで何を?」
 尋ねる啓斗に、香苗は軽く微笑みながらこう答えた。
「お花に水をあげているんです」
 それくらいのことは、見ればわかる。
 だが、それに何の意味があるのだろう?
「何のために? 世界は今日で終わるのに」
 啓斗が素直にその疑問を口にすると、香苗は少し寂しそうな笑みを浮かべる。
「わかってます。
 でも、今日で全てが終わってしまうなら、少しでもいいことをして終わりたいじゃないですか」
「そういうものかな」
「ええ。自己満足かもしれませんけど、せめて最後の瞬間は優しい気持ちでいたいですから」
 その気持ちは――なんとなくわかるような、わからないような。
 啓斗が沈黙していると、今度は香苗の方がこう聞き返してきた。
「それはそうと、啓斗さんこそどうしてここに?」
「暇だったから、なんとなく」
 誰も信じてはくれないかもしれないが、それが啓斗の正直な答えである。
 その答えを、香苗はすぐに信じてくれた。
「啓斗さんも変わってますね。
 みんなが時間がないって騒いでるのに、一人だけ時間を持てあましてるなんて」
「まあ、世界が、そして自分が終わると言われても、あまりピンとこないんだ」
 そんな彼女の素直さにつられるかのように、本音が口をついて出る。
 それを聞いて、香苗はぽつりと呟いた。
「私も、あまりピンときてはいませんけど。
 自分も、みんなもいなくなってしまって、もう二度と会えないと思うと、やっぱりちょっと寂しくて悲しいですよ」

 みんな、いなくなる。
 もう、二度と会えなくなる。

 それでも。
 いなくなって悲しいような誰かも、会えなくなって寂しいような誰かも、啓斗にはいなかった。

「寂しくて悲しい、か。
 俺も、もう少し他人に興味が持てればよかったんだろうけどな」
 それが、啓斗の偽らざる気持ちだった。

 そんな啓斗を、香苗は悲しそうな目で見つめ、やがてこんなことを言い出した。
「啓斗さんは、もし『新しい世界』なんてものがあるとしたら、どんな風に生まれ変わりたいですか?」

 新しい世界。

 もし、そんなものがあるのなら。

 望むことは――もちろん、もう決まっている。

 けれども、今度だけは、啓斗はそれを素直に言う気にはなれなかった。
「さぁ……?」
 その曖昧な返事に、香苗が小さく首をかしげる。

 と、その時。
「香苗さん」
 一人の女性が、香苗の名を呼んだ。
 この女性とも、啓斗は以前一度会ったことがある。
 確か、彼女の名前は一条静香(いちじょう・しずか)。
 アトランティスの王女の生まれ変わりだと自称しているが、恐らく、本人の思いこみだろう。

「あ、お姉様!」
 かすかに頬を染めて、嬉しそうな声を上げる香苗。
 静香はそんな彼女の肩に手を置きながら、少し不機嫌そうにこう言った。
「世界が終わる瞬間くらい、せめて一緒にいたい……そう言ったのはあなたの方よ?
 それなのに、よりにもよってこんな男と」
 啓斗が彼女の言い分を信じなかったこともあって、静香は啓斗のことをかなり嫌っているようだ。
 まあ、それ自体は仕方のないことだとも思うし、別に彼女に好かれたいと思っているわけでもない。

 それよりも、啓斗が違和感を感じたのは、この二人の関係だった。
 静香の言葉から察するに、どうやらこの二人はつき合っているらしい。
 別に同性同士でつき合ってはいけないという決まりはないのだから、そのこと自体は構わない。
 しかし、静香には、確か他に恋人がいたのではなかったか?

「……ん?
 一条さんは……確か、笠原の彼女じゃなかったのか?」
 啓斗がそう訊いてみると、静香は怪訝そうな顔をした。
「映画部の笠原利明(かさはら・としあき)くんのことかしら?
 彼とは確かにいいお友達ですけど、そのような関係ではありませんわ」

 笠原利明?
 確かに彼のことは知っている。彼とは何度も会っている。
 だが、そうではない。彼ではなく、もう一人の人物が――。

「いや、少し違うような……桐生さん、確かあんたの部活の部長は……」
「え? 美術部の部長は高阪さんですけど?」

 美術部? 高阪?
 何か微妙な違和感を感じないこともないが……考えてみれば、確かにその通りだ。

「……何か勘違いをしていたようだ。邪魔をしたな」

 何か釈然としないまま、啓斗は二人に別れを告げた。
 先ほど感じた違和感は消せなかったが、その理由は啓斗自身にもわからなかった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 東郷大学を後にした啓斗は、そのまままっすぐ家へ戻った。

 夕食を摂り、風呂に入り、そして床につく。

 おそらく、もう二度と目覚めることはないのだろう。

 そんな確信にも似た予感を感じながら、啓斗は静かに目を閉じた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 そして――。

 予言通りに、破滅は世界を飲み込み、新たな世界を残して過ぎ去っていった。

 それを待っていたかのように、避難していた「アドヴァンスド」の面々が、何が起こったかを見届けるべく戻ってくる。

 そこで、彼らが見たものは――。





「信じられんな」
 唖然とした様子で、「キューブ」が呟く。
 彼の目の前に広がる光景は、彼らがこの世界を離れる前と、寸分違わぬものだった。
 少なくとも彼らの知る限り、ここまで前の世界に近い形で世界が再構成されたことはない。
「奇跡が……起こったのでしょうか?」
「スフィア」の瞳に輝く涙は、恐らくうれし涙だろう。
 心優しい彼女が最後まで破滅を回避する方法を探して奔走していたことを、仲間たちは皆知っていた。

 けれども、この世界を「救った」のは、彼女ではなかった。

「キミの策が当たったみたいだね」
「プリズム」の言葉に、「ヘリックス」が満足そうに頷く。
 その様子を見て、「コラム」が二人にこう尋ねた。
「一体、どんな手を使った?」
 全員の視線が、二人に集中する。
 その注目を楽しみながら、プリズムは種明かしを始めた。
「破滅が到達する前に、ボクの力でこの世界をちょっと歪めたんだ。
 この世界に生きるみんなが、微かな、しかし無視できない違和感を感じる程度に、ね」
「解せませんね。それと、この結果と、どう関係があるんです」
 まだ途中だというのに、「コーン」がせっかちにも結論を急ぐ。
 プリズムはそんな彼を一睨みで黙らせてから、何事もなかったかのように話を続けた。
「破滅は世界を可能性にまで分解し、そこから再構成する。
 ただ、再構成の時にどの可能性が選択されるかは、その時吸収した意識体の意志に少なからず影響される。
 だから、ボクはその『意志』がなるべく一つになるように手助けしてあげたのさ」
 プリズムがそこまで語ると、その後をヘリックスが受け継ぐ。
「彼らは何が起こっているかには気づかないし、気づけない。
 けれど、何かがおかしいことだけはわかる。
 では、どうであったらおかしくないのか?
 当然のごとく、彼らはそう考え――あるべき世界、つまり本来の世界の姿を無意識のうちに思い描く」
「それによって、世界が元の姿で再生する可能性を高めた、というわけか」
 ヘリックスの理論に、キューブが納得したように頷く。
 それを見て、ヘリックスは軽く苦笑した。
「もっとも、『可能性を高めた』だけであって、成功するかどうかは運でした。
 さらにつけ加えるならば、そもそもこの理論自体、実証されていたものではありません。
 あくまで、これまでの経験から私が導き出した仮説に過ぎなかったのです」

 そう。これはあくまで賭けだった。
 世界一つをかけた壮大なギャンブル。

「だが、ボクらは賭けに勝った。とりあえず、今日のところはね」
 高らかにそう宣言して、プリズムは一歩前へと踏み出した。
「さあ、戻ろうか。ボクはまだまだ遊び足りないんだ」

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 0554 /  守崎・啓斗  / 男性 /  17 / 高校生(忍)

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■         ライター通信          ■
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 撓場秀武です。
 この度は私のゲームノベルにご参加下さいましてありがとうございました。

 さて。
 タイトルにも「Side-A」とある通り、今回はもう片方とリンクした話とさせていただきました。
 比較的こちらの「Side-A」は静かな感じの展開にしてみたのですが、こんな感じでよろしかったでしょうか?
 もともとあまりハッピーエンドにするつもりはなかったのですが、なんだか気がつくと丸く収まってしまいました。

 ちなみに、桐生香苗は微妙にずれたところもあるものの、基本的には素直で優しい娘さんですので、こんな感じの反応になりました。
 ひょっとすると、こっちの世界の彼女の方が幸せそうな気がするのは……多分気のせいです。

 ともあれ、もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。