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<東京怪談・PCゲームノベル>


Another Story (Side-B) : Strange Day, Strange World

 いつもと同じ朝。
 守崎北斗(もりさき・ほくと)は、いつもと同じように目を覚ました。

 だが……何かが微妙に違う。

 なぜだろう?

 少し考えてから、北斗はあることに思い至った。

 そう、今日は元旦なのだ。
 微妙な違和感を感じたのは、きっとそのせいだろう。
 そう結論づけて、北斗は部屋を出た。





「おお、北斗、起きたのか」
 居間に行ってみると、祖父はすでに起きていて、いつもと変わらぬ様子でお茶をすすっていた。
 祖父と二人暮らしをしている北斗にとっては、これも見慣れた風景である、はずなのだが。

 やはり、何かが違う。
 そんな違和感を覚えたまま、北斗は祖父に新年の挨拶をする。
「あ、じいちゃん。あけましておめでとう」
 ところが、返ってきたのは意外な返事だった。
「せっかちじゃな、北斗は。
 正月は明日じゃ、よく見なさい」
 苦笑する祖父が指した先にあったのは、日めくりカレンダー。
 その数字は、「1」ではなく、「32」となっていた。
「十二月……三十二日?」
「そう、三十二日。大晦日じゃ」
 祖父はそう言ったが……大晦日は、十二月三十一日ではなかったか? 
「え、でも、だって十二月って三十一日までしか……」
「それは十一月じゃろ」
「そう……だっけ?」
 自信たっぷりにそう言いきられると、なんだかこちらの方が間違っているような気がしてくる。
 北斗がなおも首をひねっていると、祖父がこんな事を言い出した。
「『西向く士』というのを、昔教えたと思うんじゃが」
 それなら、北斗も聞いたことがある。
「ああ、確か二、四、六、九、十一月は……三十二日がないんだっけ?」
「うむ」
 そう言われれば、そんな気もするが……少し、違っているような気もする。
「そうだっけかな……三十一日がなかったような気がしたんだけどな」
「三十一日がないのは二月だけじゃ。ひょっとしてまだ寝ぼけておるのか?」

 やはり、自分が間違っているのだろうか?
 それとも、間違っているのは祖父と、この家のカレンダーの方なのだろうか?

「……おっかしいなぁ」
 北斗がそう呟くと、祖父は小さくため息をついた。
「おかしいのは北斗の方じゃろ。
 まだ気になるのなら、新聞でもテレビでも何でも見てみなさい」

 そうだ。
 ここにはテレビも、新聞もある。
 カレンダーだけなら祖父がわざとおかしなものをかけている可能性も全くないとは言えないが、さすがに新聞の日付を返させたり、ましてテレビの放送内容に口を出したりすることはできないだろう。

 これで、全てがはっきりする。
 そう思って、北斗は手近にあった新聞を手に取った。

「二〇〇五年十二月三二日(日)」

 その文字が、真っ先に目に飛び込んでくる。

 嘘だ。そんなことがあるはずがない。
 半ば呆然としながらも、テレビのリモコンを手に取り、おそるおそる電源スイッチを押す。
 テレビでは、ちょうどニュース番組が始まったところだった。

「12月32日」

 画面下に表示されたテロップには、確かにそう書かれている。

 と、いうことは。
 今日は、やはり十二月三二日なのだ。

「言った通りじゃろう」
 さすがに、これだけ証拠が揃ってしまっては、祖父の方が正しかったことを認めざるを得ない。
 そのはずなのだが、なぜか、北斗の理性はそのことを認めることはできなかった。

「……ンなはずねぇんだけどなぁ……」
 その感情をどうすることもできぬまま、チャンネルを回す。
 テレビに映るのは、年忘れの番組や、大晦日のあちこちの様子。

 味方を探すたびに、敵ばかりが増えていく。

 自分は間違っていないはずなのに。
 十二月三二日なんて、ないはずなのに――。

「ええい、ったくどうなってんだよっ!?」

 北斗は逆ギレ同然にテレビの電源を消すと、自分の部屋に戻って再び布団の上に仰向けになった。

 いつもと変わらない、見慣れた天井。
 この天井には、特に違和感はない。

 違和感があるのは、十二月三二日と――祖父。
 けれども、他の誰もそのことに違和感など持ってはおらず――自分でも、自分の感じている違和感の理由をうまく説明できない。

「なんで、俺だけこんな騒いでんだよ……」

 誰にともなくそう問いかけてみる。
 もちろん、どこからも答えは返ってこない。

 しかし。
 そのことに、また微かな違和感を感じる。
 こんな時……答えてくれる誰かがいなかっただろうか?

「こんな時、誰か落ち着いてるやつでも隣にいれば、もう少しうまくやれそうなんだけどな」

 口に出してみると、ますますその思いは強くなる。

 本当は、誰かが、隣に――?

「……ンなこと言っても仕方ねぇか。俺、一人っ子だし」

 そう。
 そんな「誰か」など、本当はいるはずがない。

 いるはずはない、のだが。

 北斗の心にまた一つ、消せない違和感の雲が浮かんだ。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 しばしの後、北斗は東郷大学の部室棟を訪れていた。
 何かいい知恵を貸してくれるかもしれない人物を、北斗は一人知っていたのである。
 
 東郷大学の、いや日本の誇る天才画家・笠原和之(かさはら・かずゆき)。
 その緻密でありながら躍動感に溢れた絵は海外でも評価が高く、多くの人々に愛されている。
 最近では平面のキャンパスに飽きたらず、彫刻にも挑戦し、これまた高い評価を得ているらしい。
 そんな彼と面識があるどころか、友人と呼んでもいい関係にあることは、本来なら十分に自慢になることのはずなのだが、どういうわけか、北斗は彼のことを頼りにしている反面、少し苦手に感じてもいた。

 北斗がアトリエを訪ねた時、和之は次の作品の構想に取りかかっていた。
「なあ、ちょっと時間いいか?」
 そんなぶしつけな頼みにも、彼は快く応じてくれる。
「ええ。ちょうど、休憩を取ろうと思っていたところですから」
 その言葉が嘘であることを、北斗はとうに知っていた。
 和之は、放っておけば三日三晩でも平気でキャンバスの前に立ち続ける人物である。
 それだけの絵に対する情熱と、この自分より他人を優先する優しさが、きっと彼の絵に力を与えているのだろう。
 頭の片隅でそんなことを考えながら、北斗は彼に自分の感じている違和感について話した。





「つまり、本来ならば十二月三十二日なんてないはずだと、そう言いたいんですね?」
 北斗の話を聞いて、和之は不思議そうに首をかしげた。
「そうなんだよ。どうしても、そんな気がしてならねぇんだ」
 そう念を押すと、和之は深刻そうな表情でこんなことを言い出した。
「ただの気のせいか、でなければよほど疲れているか。
 あるいは、最近記憶が混乱するほどショックなことでもあったのか……」

 ただの気のせいではありえないし、それほど疲れている感じはしない。
 可能性があるのは三番目だが、だとしたら自分では思い出しようがない。

「ひょっとしたら、何者かが北斗さんの記憶を操作したのかもしれませんね。
 だとしても、いつ、誰が、何のためにそんなことをしたのか、という疑問は残りますが」

 だんだん話が大事になってくるが、その可能性も否定できない。
 否定はできないが……だんだん、話が「悪魔の証明」のようになってきているのは気のせいだろうか?

 北斗がそのことを言おうか言うまいか悩んでいると、そこへ一人の青年が入ってきた。
 年はだいたい和之と同じくらい。長い黒髪と意志の強そうな瞳が目をひく、なかなかの二枚目である。
 北斗はその顔に全く見覚えがなかったのだが、どうやら相手は北斗を知っているらしく、嬉しそうに声をかけてきた。
「おお、北斗殿。お久しゅうござる」

 顔を見ただけでは思い出せなかったが、この声としゃべり方でピンときた。
 ここにも不思議な違和感は感じるものの、北斗の知る限り、彼に該当する人物は一人しかいない。
「ひょっとして……宗十郎、か?」

「しっかりして下さいよ。何度も会ってるじゃないですか」
「北斗殿? いかがなされた?」
 ため息をつく和之と、心配そうな顔をする青年。

 どうやら、彼は宗十郎で間違いないらしい――が。
 北斗の知る限り、宗十郎はこの青年ではありえない。

「いや、だって、宗十郎って、確か落武者の……」
 亡霊だったような、と続けるより早く、和之がそれとは違った内容を続ける。
「ええ。もともと私の先祖の家臣だった落武者が、私を守るために転生した、と言っていますが」
「左様」
 宗十郎本人も頷いているところを見ると、やはりそちらの方が正しいのだろう。
 そう言われれば、確かにそうだったような気もするが……では、この違和感は何だろう?
 少し考えて、北斗はあることに思い至った。
「……でも、宗十郎は確か和之の弟の」

 と。
 北斗がそこまで言った時、突然何者かが北斗の肩を思い切り後ろに引っ張った。
 不意をつかれてひっくり返る北斗に、短い髪のボーイッシュな娘がつかみかかってくる。
「誰が弟だ、このっ!?」
 抵抗する暇もなく、気づいた時には北斗は右腕を極められていた。
「利香!」
「姫! おやめ下され!!」
 和之と宗十郎が慌てて制止しようとするが、利香と呼ばれた娘はいっこうに力を緩めようとはしない。
「兄さんに弟なんかいない! いるのは妹のあたしだけだっ! わかったかっ!!」
「わ、わかったから放せ! 折れる、折れるって!!」
 たまらず北斗が白旗を揚げると、ようやく利香は北斗を解放し、立ち上がって服の埃を払うと憮然とした様子でこうぼやいた。
「ったく、いつものこととはいえ、レディーに向かってなんて失礼なヤツだ」
 その一言に、和之がやれやれと言った様子でツッコミを入れる。
「その前に、もう少しレディーらしい言動を心がけて下さいよ」

 考えてみれば、北斗はすでに何度も彼女に会っていた。
 彼女の名前は笠原利香(かさはら・りか)。一年生ながら、東郷大学サンボ部のエースを張っている猛者である。
 ちなみに、彼女はどういうワケかことあるごとに北斗に突っかかってくるのだが、その理由はよくわからない。

「ったたた……いや、でも、そうだよな。
 何度も会ったことあるはずなのに……俺、何勘違いしてたんだろうな?」
 結局、違和感は消えないどころか、ますます増える一方だ。
「んじゃ、俺そろそろ帰るわ」
 アトリエを後にしようとする北斗に、宗十郎と和之がこんな言葉をかけてくる。
「北斗殿はきっとお疲れなのでござろう。
 今日はゆっくりお休み下され。さすれば頭もはっきりしてきましょう」
「私もその方がいいと思います。
 こう言っては失礼ですが、今日の北斗さんはやっぱりどこかおかしいですよ」

「……ンなはず、ねぇんだけどなぁ」
 彼らに聞こえない程度の声で、北斗はぽつりとそう呟いた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 その日の夜。

 北斗はぼんやりとテレビを見ていた。

 モニタの中では、どこかで見たことのあるような二人組の芸人が、年末恒例の歌番組に「乱入」して笑いをとっている。

 いや、北斗が見たことがあるのも無理はない。
 この「どないもこないも」というコンビは、最近のお笑いブームの波に乗った若手芸人の出世頭で、今や多くの番組やCMに出演しているのだから。

 だが、そういうことではなく、北斗はなぜか彼らを――いや、正確には彼らのうちの片方を、よく知っているような気がしていた。
 こんなところでも、また、違和感の雲がさらに一つ。

「なぁ」

 北斗は問いかける。
 隣にいるはずの誰かに。

「一体、俺、どうしちまったんだろうな?」

 もちろん、答えはない。

 北斗はもう一度大きなため息をついて、それから部屋の隅のカレンダーに目をやった。

「32」

 その数字は、朝と全く変わっていない。

 けれども、もしそれが本当であったとしても。
 あと一時間ほどで、あるはずのない「十二月三二日」は終わり、北斗も知っている「一月一日」という日がやってくる。

 ――そうなれば、この違和感も少しは解消するだろうか?

「だと、いいんだけどな」

 時計の針が進むのが、北斗にはやけに遅く感じられた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 0568 /  守崎・北斗  / 男性 /  17 / 高校生(忍)

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■         ライター通信          ■
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 撓場秀武です。
 この度は私のゲームノベルにご参加下さいましてありがとうございました。

 さて。
 こちらは「Side-B」ということで、「Side-A」よりももっと歪みの度合いを強めてみました。
 今回登場したNPC(祖父除く)は、全員北斗さんがよく知るはずの人物で――しかし、全員どこかが違っています。
「Side-A」よりは少し賑やかで、どことなく不思議な感じの話になったかと思いますが、こんな感じでよろしかったでしょうか?

 ともあれ、もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。