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たまには美(?)食を
●オープニング
キャビアだのフカヒレだの、世の中には高級品と呼ばれる食材がしばしばある。
だが、そんな高級品でも日々続けば飽きるのだ。
贅沢なことを、と言ってはいけない。
高級食材だって結局は「滅多に手に入らない」だけのただの食べ物にすぎず、
飽きるというのは人間の常なのだから。
その日、葛織紫鶴(くずおりしづる)は、はあ……と美少女に華を添えるようなため息をついていた。
ただし、彼女を知る人間たちは思っただろう。――そんなため息がなんて似合わないんだろう、と。
「竜矢(りゅうし)……」
少女はテーブルに頬杖をついて、世話役を呼んだ。
「はあ」
「今朝の朝食は……いつもどおりだったな……」
「……?」
何を指していつもどおりと言っているのか判断がつかず、如月(きさらぎ)竜矢は疑問符を浮かべる。
それには気づかなかったのだろうか。
「私はな、竜矢」
大真面目な顔で、紫鶴は言った。
「たまには、おもしろおかしい食事をしたい」
「……は?」
「だからっ。たまにはいつもと違う面白い料理が食べたい!」
食べたい食べたい! と、まるでお子様のように紫鶴は騒ぎだした。
「面白い料理……ですか?」
――それは珍味、という意味だろうか。
よく分からず首をかしげながらも、竜矢は、
「分かりました……まあ、さがしてみます」
とお嬢様に言った。
●巻き込まれた人たち
竜矢が見つけてきた人物は計二人――
「あなたが紫鶴ちゃん?」
長い緑の髪をさらりと流しながら言ったのは、火宮翔子(ひのみや・しょうこ)。退魔の技を伝える家の後継者である。
紫鶴が丁寧に辞儀をする。翔子は「堅苦しいのはやめにしましょう」と言ってから、
「いくら高級で美味しい食事でも、毎日それだけだと飽きてくるっていう気持ち、何となく分かるわ」
そう言って翔子は、紫鶴に向かって明るく微笑んだ。
「とっておきの料理を食べさせてあげるから、楽しみにしててね」
先にお台所借りるわよ、と翔子はメイドに案内されて紫鶴の部屋を出て行く。
それを見送りながら、紫鶴はもうひとり竜矢に連れられてきた人物に向かって瞳を輝かせた。
「撫子殿も、料理が得意でいらっしゃるのか」
――天薙撫子(あまなぎ・なでしこ)。この紫鶴の別荘に通ってくれる数少ない紫鶴の友人である。
撫子は紫鶴の笑顔を見て、(本当は少し困ったのですけれど)とはとても口に出来なかった。
「撫子さんも快く引き受けてくださいましたよ」
という竜矢の言葉も、嘘ではない。
「おもしろおかしい料理がご希望とのことですが……」
今まではどんなお食事を? と尋ねてくる撫子に、
「……洋食が多い……」
ぶすっとした顔で紫鶴がつぶやいた。
「フランス料理とイタリア料理、たまに中華料理ですね。和食が滅多にないんです」
「まあ」
撫子は微笑んだ。「それでしたら、わたくし少しはお役に立てそうですわ」
洋食の一流料理に慣れているという紫鶴。
和食ならば料亭並の腕前を持つ撫子にはありがたい話だった。
「それではいっそ、家庭料理をおつくりしましょうね」
「撫子殿、ありがとう……!」
紫鶴の声に送られ、撫子は翔子に遅れて台所に入った。
やたらと広い台所では、翔子がご飯を炊いていた。
「あの」
と撫子は翔子に声をかけた。
「そのご飯、余りそうでしたらこちらも戴いてもよろしいでしょうか?」
「ええ、いいわよ」
翔子は笑顔でそう答えた。
撫子はメイドたちに食材の準備を頼み、いつもの和装にたすきをかけて料理をするのに邪魔にならないようにしてから、包丁を手にした。
そして、とりあえず手に入った食材の中から、きゅうりをトントンと細切りにする。
隣では翔子が、鶏肉やエビを料理していた。
二人で料理をしながら会話もはずむ。
「私たちも一緒に食べるのよね、きっと」
「でしたら少し多めに作らなくてはなりませんわね」
翔子は鶏肉やエビを基調としたあんを作っているようだった。
撫子はシーチキンやカニ、海苔を用意していく。
「それって巻き寿司?」
翔子が後ろから覗きこんできてふふっと笑う。
「ええ、でもこれだけでは終わらせませんわ」
メイドたちが買い込んできた食材は油揚げや魚だった。こんにゃく、ゴボウもある。
翔子が炊いていたご飯が、出来上がる。
翔子は次に油を火にかけた。
「そちらのおつくりになっているものは……想像がつきませんわ」
撫子が翔子の手元を見て、楽しそうに言った。
「だってあたしのオリジナルだもの」
翔子はウインクして、それに応えた。
一時間が過ぎた。
「なあ竜矢……」
部屋でひたすら待つ身の紫鶴は、世話役に向かって沈痛な面持ちで言った。
「やっぱり……迷惑だっただろうか……」
「そう思うなら」
竜矢は姫の背をぽんぽんと叩きながら、「お二人の作ってくださるものを、めいっぱい食べてくださいね」
「もちろんだ!」
紫鶴は力いっぱい拳を握った。
何しろ今日はこのために、朝ご飯はぬいた。
二人の作ってくれる料理が何であれ、完食する気まんまんだった。
二時間が過ぎた。
ちょうどお昼の十二時半ほどになったとき、メイドが紫鶴と竜矢を呼びにやってきた。
食卓へと。
「お待たせっ!」
翔子が明るい笑顔で二人を迎える。
「私のは一品だけだったんだけど、面白かったから撫子さんのも手伝っちゃった」
「―――」
紫鶴は食卓に並べられた料理に、呆然としていた。
「少しお時間がかかりまして……ごめんなさいね、紫鶴様」
布巾でそっと手を拭きながら、撫子がにっこりと微笑んだ。
ぐつぐつと煮え立っている、たくさんの具が入っているのは――
「あれはおでんですよ、姫」
「おでん」
紫鶴はその言葉を繰り返した。「おでん。よく聞く言葉だが」
「うわあ……本当に食べたことないのね」
翔子が気の毒そうに眉根を寄せて、「冬に食べると最高なのよ」
「そ、そうなのか」
中にたまごやこんにゃく、はんぺん、他色々と浮いている。
紫鶴は我慢ができなくなって、
「さ、さあ皆で座って。食べよう」
と翔子や撫子、竜矢を椅子に座らせた。
翔子と撫子が笑った。
「そんなに早く食べたいのね」
「急がなくても、料理は逃げませんわよ、紫鶴様」
「ににに逃げる気がするっ!」
大真面目に言う十三歳の少女に、料理をふるまってくれた客人がくすっとふきだした。
「おでんは火にかけっぱなしだから冷める心配もないし……後にするとして……」
まずは普通のご飯ね、と翔子が少なめによそった普通のご飯を全員の前に出す。
「あ……俺がやりますからいいですよ」
「いいわよ。こういうのも料理をふるまう醍醐味って言うのよ」
竜矢が腰をあげかけたのを、翔子が制した。
「それで、これが撫子さんの手による! まんまるおにぎりね」
翔子が嬉しそうに『それ』の乗った皿を四人に分けていく。
おにぎりだった。ただし、まんまるの。
赤いものや緑のもの、色んな色が混じっているものと色々あった。
「赤いものにはシャケを……緑のものは青菜ですわ。最後のものはふりかけですわね」
それらをご飯にまぜて、ラップに包んで掌でころころと転がす――
「それで一口サイズ、まんまるおにぎりのできあがり、よ」
翔子が楽しそうに説明する。
「ふ、ふりかけとは何だ? 竜矢」
「……普通はご飯にふりかける味付けの……スパイスとでもいいますか」
「ささ、紫鶴ちゃん食べてごらん」
一口サイズのおにぎりは、十三歳の紫鶴でも簡単にぱくっと口に出来た。
「あ……美味しい……」
赤、緑、ふりかけと順にひとつずつ食べていき、
「味が全然違う。不思議な……ええと、おにぎりだ!」
「では紫鶴様、こちらがきんぴらゴボウですわ」
撫子がゴボウを差し出す。
紫鶴がそれを口にした。
「っ! 辛い!」
目を丸くして、紫鶴はゴボウをまじまじと見た。
それは赤い粒がついていた。
ふふっと撫子が微笑む。
「七味がついてますわ。おいしいピリ辛さでしょう?」
「うん!」
ぽりぽりとゴボウを食べて、飲み込んだあと、
「――歯ごたえもいいな!」
と紫鶴は喜んだ。
紫鶴は本気で喜んでいる。それが翔子や撫子にも伝わって、彼女たちも作り甲斐を感じていた。
「さて、おでんにまいりましょうか?」
翔子がにやりと笑って、
「たまごやだいこん、こんにゃくにはんぺん……これらは普通に食べればいいけれど」
「? これは何だ?」
中のふくらんだ油揚げを皿に載せられ、紫鶴はきょとんとする。
「これは巾着ですね」
と竜矢が言った。「油揚げの中に色んなものが包まれているんですよ」
「さあ〜て、紫鶴ちゃんのには、何が入っているかな〜」
紫鶴は緊張した面持ちになった。おそるおそる油揚げを箸でつかみ――
ぱくり。
「〜〜〜」
お口の中にものが入っているときは、しゃべってはいけません。
さすがお嬢様、そのしつけはなっているようで、しゃべりはしない。
ただし、その笑顔がすべてを物語っていた。
「――お餅だった!」
のみこんだ後、紫鶴は満足そうに微笑んだ。
「それだけじゃありませんわ、紫鶴さん。さあ、どうぞお好きな巾着をお取りくださいな」
撫子が優しく微笑む。
紫鶴はぐつぐつと煮立ったおでんの中から、油揚げ巾着をさがして、持ち上げた。
そして、ぱくりと食べた。
「………?」
首をかしげる。よく噛んで食べてから、
「何だろう、これは?」
「あら、何だったのかしら」
「紫鶴さんに分からないのなら、おそらくつみれと枝豆ですわ」
撫子がくすっと微笑んだ。
「つみれ?」
「魚肉から作るお団子のようなものです」
「そんなものがあるのか……!」
他にも巾着には、野菜の千切りが入っていた。
「撫子さんったら、千切り上手なのよねえ」
翔子が肩をすくめて笑う。
「あら、わたくしは翔子様のオリジナルが楽しみで楽しみで」
「じゃあそろそろ出そうか?」
翔子が立ち上がった。そして、いったん台所に引っ込んだ。
「? 翔子殿はどうなさったのだ?」
「熱々のところを召し上がるのが美味しいそうなのですよ」
撫子が補足する。
やがて、翔子は台所から出てきた。お皿と、大き目の小鉢を持って。
「あ……いい香り……」
紫鶴がすんと鼻を鳴らす。
「香ばしい香りでしょう?」
翔子がにこりと微笑んで、紫鶴の前に、それから撫子と竜矢の前に皿を置いた。
「それはおこげよ。ご飯のおこげ。薄く延ばしたご飯を油で揚げたものね」
早速箸を伸ばそうとした紫鶴に、「ダメよ紫鶴ちゃん」と制して、
「ここからがお楽しみ……」
翔子は小鉢から、スプーンであんをすくいとった。
そして、熱々のおこげにとろりとたらした。
ジュワアア〜……
「美味しそうな音……!」
紫鶴が手を叩いて喜ぶ。
撫子が口元に手を当てて、顔をほころばせていた。
「どう? 音でも楽しむ料理よ。ずばり『おこげあんかけ』!」
翔子はウインクしながら、撫子、竜矢のおこげにもあんをかけていく。
そのたびにジュワァァと美味しそうな音といっそうの甘い香りが食卓を満たしていく。
「あんには鶏肉とかエビとか、色々入ってる五目あんね。中華風だけど……」
これはあたしのオリジナルだから、と翔子はウインクする。
「気に入ってもらえるかしら?」
「美味しい! 美味しいぞ翔子殿……!」
つい礼儀作法を忘れて、紫鶴は立ち上がって喜んだ。
「本当に美味しいですわ、翔子様。わたくしにも作り方を教えてほしいくらい」
「その前に綺麗に千切りする方法教えて〜」
翔子と撫子が笑いあう。その様子を見て、紫鶴がほっとしたように微笑んだ。
「よかった……お二人が仲良くなって」
「え?」
「ああ、そう言えばそうですわね」
いつの間にかしらね、と翔子は笑った。
「さて、最後にあれを出しましょうあれ」
翔子が撫子に言う。
「まだあるんだな……!」
嬉しそうに紫鶴が目を輝かせる。
「簡単な……巻き寿司ですけれど」
撫子は台所に一度ひっこみ、そしてまな板の上に乗せた長い巻き寿司二本と、包丁を持ってきた。
「失礼致します」
長い巻き寿司の中央を、包丁で一切り。
そしてその切り口を、紫鶴と竜矢に見せるように置き直した。
きゅうりやカニ、キャベツを駆使した――
「あ……人の顔に見える」
紫鶴がごくりと喉を鳴らす。「しかもこの顔は――」
「……ひょっとして俺ですか」
竜矢が苦笑して頬をかいた。
翔子がにやりと笑って、
「当たりよ、さすがよくお分かりね」
「うまく似てよかったですわ」
撫子がほうと息をつき、そして二本目に包丁を入れる。
二本目の切り口には――
「あ――」
紫鶴が声をあげた。
チラシ寿司の赤を髪に。いんげんまめを両目に――つまり目が緑で。
「ごめんなさいね」
撫子が申し訳なさそうに言った。「青い食材が、見つかりませんでしたのよ」
――紫鶴のフェアリーアイズは、右目が青、左目が緑だ。
「い、いや! 私にそっくりだ! なあ竜矢、そう思うだろう!?」
そっくりだそっくりだ、と当の本人がおおはしゃぎをする。
「分かりましたから、少しおとなしくしてください」
竜矢が注意をしても、喜びすぎている紫鶴には効果がない。
「こんな楽しい食事中におとなしくできるか! 私の似顔絵だ! 似顔絵寿司だ!」
はしゃぎ続けるまだ幼さのぬけない姫――
撫子と翔子が、くすくすと笑っていた。
●食事が終わって
「喜んでもらえてよかったわ」
翔子が紫鶴の頭をなでて、微笑んだ。「あんなに喜んでもらえれば、作りに来た甲斐もあったってものよ」
「本当に」
撫子が微笑んだ。
「お二方とも――どうもありがとう」
紫鶴は深く頭を下げた。そしてぱっと顔をあげ、
「――こんな楽しい食事は初めてだ! 料理だけじゃない――お二人もいたから!」
「紫鶴ちゃん……」
「紫鶴様」
翔子と撫子は顔を見合わせた。そして、
「また、料理しにきてあげるわよ」
「ええ、ぜひ」
と二人は言った。
紫鶴の色違いの瞳が、この上なく光輝いて――
また皆で食事をしよう――
約束がひとつ、生まれた。
別荘に押し込まれた姫君の楽しみが、またひとつ増えた瞬間だった。
―Fin―
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0328/天薙・撫子/女性/18歳/大学生(巫女):天位覚醒者】
【3974/火宮・翔子/女性/23歳/ハンター】
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■ ライター通信 ■
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天薙撫子様
いつもありがとうございます、笠城夢斗です。
紫鶴を喜ばせていただきまして、いつもいつも大感謝です……!今回も一緒に食事をしているような気分になっていただければ幸いです。
また紫鶴と遊んでやってくださいv
再びお会いできる日を願って……
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