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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


冬に花、空に雪


 年が明けて数日たった。
 暖冬暖冬と言いつつも例年にない厳しい冬となった今季はうっすら雪化粧をしての正月を迎えていた。
 今日も時々外を見ると粉雪がはらはらと舞っている。
 昔ながらの日本家屋らしい庭の石灯籠にうっすらと積もっている雪を眺めながら江戸崎満(えどさき・みつる)は、東京ですらこうなのだから向こうはもっと雪が積もっているだろうと都心から離れた山間にある療養所に、正確にはそこに居るであろう女性――弓槻冬子(ゆづき・ふゆこ)に思いを馳せた。
 先日、満の個展を観に来てくれた時に具合を悪くして倒れた彼女を近くの総合病院へ連れて行って以来しばらく会っていない。
 搬送先の病院にはほんの数日居ただけで、冬子はすぐに「白樺療養所」へと戻ったということは馴染みになったそこの看護士から連絡があった。
 ただ、しばらく安静にしていた方がいいとのことで、続いていた手紙のやり取りも一時は途絶えていたのだが、元旦に届いた年賀状には先日の侘びが書かれていた。
 それを見て満はひどく安堵した。
 病院へと連れて行った時の冬子を抱き上げた時の感覚がずっと満の腕から離れないで居た。
 今までも何度か彼女を抱き上げたことはあったが、意識がないはずの冬子の身体は満の腕に確かに重さを伝えてはいたが、、先程から降る雪のように次の瞬間には消えてしまいそうなそんな儚い様で、満はそれが不安で仕方なくて彼女の意識が戻るまでずっと手を握り締めていたのだ。
「……」
 どれくらいの時間だろう満はまんじりともせず、庭を眺めながら何事かを考えていた。


■■■■■


「明けましておめでとうございます」
 見知った看護師達に会うたびにそう言い交わしながら満はいつものように冬子の病室を訪れた。
 いつもよりも少し間が開いただけだと言うのに、何故だかいつもよりいささか緊張しながら満は病室のドアをノックした。
「はい。どうぞ」
 ドアの向こうから聞こえた冬子の声に、1度大きく深呼吸をして満はゆっくりと病室へと足を踏み入れた。
「明けましておめでとう」
 そう言って現れた満の姿に目を留めた冬子を見て満は彼女には気付かれないように胸を撫で下ろした。
 先日病院で見た時に比べると顔色は良くなったようだ。
 上体を起こそうとした冬子を、満はあわてて支える。
「ごめんなさい、こんな格好で」
 横になっていた冬子は髪の乱れを直しながら少し恥ずかしそうな顔で満に微笑んで見せる。
 満はその様子を見てまずはお見舞いというなの貢物をいつものように次々と広げる。
 足元に置いていたひときわ大きな紙袋の中のものを取り出した。
 それは寒椿が挿された花瓶だった。
 普段外にあまり出ることの出来ない冬子のためへのお見舞いは季節を感じられるものをなるべく選んでいるのだが、それでも本人の反応を見るまではいつだって少しドキドキするものだ。
「家の庭に咲いていたので」
「綺麗ですね。いつも、ありがとうございます」
 庭の話をきっかけにどこかぎこちなかった2人の間の空気がわずかにほぐれた。
 それからは手紙を交わせなかった間を埋めるかのようにお互い自分の家のことなどを話していた。
 そして、ふと会話が途切れた時に、冬子が突然、
「江戸崎さん、ごめんなさい」
と、謝罪した。
 満にはそれがすぐに、先日冬子が倒れた事についてだとすぐに判った。
「本当はここに戻ってからすぐにでもお礼とお詫びの手紙を出そうと思ったんだけれど、それは直接伝えたかったの。だから早く元気になろうって」
 満は少し曖昧な表情で、首をゆっくりと横に振る。
「本当に無事で良かった」
 そう微笑む満に、冬子は言葉を詰まらせる。
「俺は貴女を守りたいと言ってそれを実行しただけだから」
 その時のことを思い出したように、組んだ手をぎゅっと握り締めた。まるであの時同様そこに冬子の手があるかのように。
「貴女が倒れたときから、ずっと考えていたことがあって。俺は、貴女が元気になれるなら助力を惜しまないつもりだから……俺が、その病気を治してあげれることもできるんだ」
 それは、今までも何度も言おうと思ったことで、それでも言わなかったのはもしかしたら冬子の“病気”と“死”がこんなにも近いということが本当の意味で判っていなかったのかもしれない。
 しかし、先日目の当たりにした現実が嫌でも満にそれを知らしめたのだ。
 満がその秘術を使うことに躊躇いがあったのには理由もあった。
 その術は確かに病を治すことはできるが、そう簡単な術ではないということだ。それは“秘術を使う方”がではなく“秘術を施される方”つまり、術を使う満ではなく、その術をかけられる事になる冬子の方に苦痛を伴わせるという事だ。
「その苦しみまでを取り除くことは出来ない。でも、それでもそれさえ克服すれば確実に治してあげることも可能なんです」
 満は判断を冬子に委ねる。
 いつ終わるか判らないここでの療養生活と続けるのか、それともその苦痛を乗り越えて病を治すのか。あくまで、決めるのは冬子本人であるべきだから。
 黙って話を聞いていた冬子は、満の言葉をかみ締めるように何度か息を吐き瞬きを繰り返す。
「少し、考えさせてください」
「もちろん」
 大きく頷く満の顔を一転して、冬子は悪戯めいた表情で覗き込む。
「でも、別のお願いがあります」
「別の、お願?」
「えぇ」
 そして、冬子は意外なお願いを満に伝えた。


■■■■■


「空を飛んでみたいです」


 満がそういった冬子の頼みを断る理由はなく、満に言われて瞼を伏せ目を閉じた。
 数秒後、満に促されて瞳を開いた冬子の目に飛び込んできたのは雲よりも更に上の上空だった。
 足元に広がるくすんだ色の重苦しい雲の隙間から見える地上にははらはらと粉雪が舞い落ちているのが見える。
 龍に姿を変えた背中に乗る冬子は、
「本当に龍神様でしたのね」
と驚きながらも、どこか楽しげな口調だった。
 それに釣られるように、
「この姿になるのは久方ぶり」
と答える満の声もどこか笑みを含んでいる。
 しばらく、そうして空を満喫している冬子が、少し水を纏い光る鱗を撫でた。
「江戸崎さん、ありがとう」
 そう告げて目を伏せた冬子は気が付けば、療養所の自分の病室、ベッドの上に先程と同じように上体を起こしてベッドサイドに立つ満と向かい合っていた。
「もう少し、自分でがんばってみようと思うんです」
 はっきりとした冬子の答えに、満は頷く。
 苦しいはずなのに、辛いはずであるのにそれでもまだ1人で頑張ろうとする冬子。
 こんなにもか弱いのに何よりもその意志を貫こうとする心が強い。そんな彼女だからこそこんなにも惹かれるのだろう。

 そうとは意識をせずに、満見えない何かからその身を庇うかのように冬子の肩に手を回してその身体を抱きしめる満を、サイドテーブルの上に飾られている寒椿だけが眺めていた。