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激走! 開運招福初夢レース二〇〇六!
〜 スターティンググリッド 〜
気がつくと、真っ白な部屋にいた。
床も、壁も、天井も白一色で、ドアはおろか、窓すらもない。
(……これは、多分またあの夢ね)
一昨年、去年に続いて、この夢を見るのは今年で三度目である。
二度あることは三度あるとも言うし、今年もこの夢を見るかもしれないという予感は、実はすでにあった。
「お待たせいたしました! ただいまより、新春恒例・開運招福初夢レースを開催いたします!!」
どこからともなく聞こえてくる声も、その内容も、やはり例年と変わらない。
「ルールは簡単。誰よりも早く富士山の山頂にたどり着くことができれば優勝です。
そこに到達するまでのルート、手段等は全て自由。ライバルへの妨害もOKとします」
さすがに三度目ともなれば、ルールもすっかり把握している。
とはいえ、ルールというほどのルールなど、実際はないに等しいのだが。
「それでは、いよいよスタートとなります。
今から十秒後に周囲の壁が消滅いたしますので、参加者の皆様はそれを合図にスタートして下さい」
その言葉を最後に、声は沈黙し……それからぴったり十秒後、予告通りに、周囲の壁が突然消え去った。
かわりに、視界に飛び込んできたのは、ローラースケートやスポーツカー、モーターボートに小型飛行機などの様々な乗り物(?)と、馬、カバ、ラクダや巨大カタツムリなどの動物、そして乱雑に置かれた妨害用と思しき様々な物体。
そして遠くに目をやると、明らかにヤバそうなジャングルやら、七色に輝く湖やら、さかさまに浮かんでいる浮遊城などの不思議ゾーンの向こう側に、銭湯の壁にでも描かれているような、ド派手な「富士山」がそびえ立っていたのであった……。
「少なくとも、この辺りはあんまり変わってないみたいね」
シュライン・エマにとって、すでにこのスタート地点付近の光景は見慣れたものとなりつつあった。
そして、シュラインがここに来て最初にとる行動も、一昨年や去年と変わらない――もちろん、あの鷹を探すことである。
去年と同様、いつもの鷹はすぐに見つかった。
彼(彼女?)とのつきあいも、なんだかんだで三年目である。
これだけ長いつきあいなのに、名前の一つもないのはどうだろうと思って、シュラインはいろいろと考えていたのだが、実際にそれらの名前で呼ぼうとしてみると、どうもどれもこれもしっくりこない。
「やっぱり、今まで通り『鷹さん』が一番いいみたいね」
シュラインは軽く苦笑すると、鷹の頭を撫でてこう言った。
「これからも、この名前で呼ばせてもらうわね?」
その申し出を快諾するかのように、鷹が一声鳴いた。
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〜 鳥道場・新年大宴会 〜
(そういえば、去年の鳥人間さんたちとか、一昨年のゴリラさんたちはお元気かしらね)
のんびりと空の旅を続けながら、シュラインはふとそんなことを考えていた。
今年は特にトラブルらしいトラブルもなく、ここまではすこぶる順調に進んでいる。
この分なら、後で彼らの様子を見に行くくらいの時間の余裕はあるかもしれない。
そうこうしているうちに、目指す川が見えてくる。
川は見えてきたのだが、どうやら途中で若干方角がずれたらしい。
シュラインたちが辿り着いたのは、川は川でも、河口付近であった。
「ちょっと下流に来すぎたみたいね」
苦笑するシュラインに、鷹が面目なさそうな声を出す。
「いいのよ。これはこれで、また珍しいものが見られるかもしれないし」
シュラインはそう慰めて、河口の辺りを見渡し――。
見覚えのある船団が、海岸沿いに停泊しているのを発見した。
そう。
「マッスル」の旗を掲げた、去年の鳥人間たちの船である。
「せっかくだし、ちょっと寄っていってみましょうか」
シュラインがそう言うと、鷹はゆっくりと高度を下げながら船の方へと向かった。
シュラインたちが船の上に降りると、それを見つけた鳥人間たちが次々と集まってきた。
「姐さん! お久しぶりです!」
「あの時はお世話になりました!」
忘れっぽいことを「鳥頭」などと言ったりもするが、少なくともここの鳥人間たちにはその言葉は当てはまらないらしい。
一年前にあったことを、彼らは皆しっかりと覚えていた。
「私は、大したことはしていないわ」
予想を遙かに超えた歓迎をされて、かえって戸惑ってしまうシュライン。
しかし鳥人間たちはそんなことにはいっこうに構わず、上機嫌でこう続けた。
「十二年に一度の大仕事を無事に終えられたことを祝って、今ちょうど宴の真っ最中なんスよ」
「せっかくだから、姐さんもご一緒にどうです?」
なるほど、どうやら彼らの機嫌がやけにいいのは、すっかりできあがってしまっているかららしい。
このままなし崩し的につき合わされると、当分解放してもらえなくなる危険もある。
さすがにそれは避けたいと思い、シュラインは早々にこの場を離れようとしたが、なかなかそうはうまくいかない。
「なに、今年の門番は例年になく厄介なんで、どうせ多少遅く行っても誰もゴールなんかしてやいませんって」
その言葉に、思わず反応してしまったのが運の尽きである。
「そうなの?」
「ええ。去年無茶しやがったバカがいたでしょう。
あのせいで、だいぶ上の方針が変わったんスよ」
「今度は、力押しだけじゃどう頑張っても無理ッスから。
ま、そんなことよりまずは一杯!」
ことここに至っては、そのまま帰るというワケには行きそうもない。
「あはは……それじゃ、ほんの少しだけ……」
シュラインは一応そう断って飲み始めたが……「ほんの少し」で済まなかったことは言うまでもない。
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〜 べじたぶる・うぉーず 〜
シュラインは、鷹に乗って川の上空を上流の方へと移動していた。
どうにかこうにか酔い潰される前に鳥人間の宴会から抜け出すことができたものの、「お土産に」といろんなものを大量に持たされた上、鷹も満腹になるまで食事をしていたため、なかなか今までのようにスムーズには飛べないのである。
「これは、一旦どこかで休憩した方がいいわね……」
シュラインは一休みできそうな場所を探して地上を見渡し、少し離れたところに見慣れない建造物があるのに気がついた。
川沿いの森の中に、なにやら城のようなものが建っている。
あの辺りは……確か、去年工事が行われていた場所ではなかっただろうか?
まさかと思いながらも、シュラインたちはふらふらとその城の方へと向かった。
城に近づくに連れて、シュラインは自分の予感が確信に変わっていくのを感じていた。
川の向こう側に見える花畑と、川を気持ちよさそうに泳いでいるカバのようでもワニのようでもある生き物が、その確信が正しいことを証明してくれている。
その一方で、川のこちら側の様子はというと。
一昨年と去年で大きく違ったように……いや、あるいはそれ以上に大きく様変わりしていた。
去年工事中だった場所には大きな城が建ち、並木があった辺りはすっかり立派な城下町と化している。
そして、それ以上に驚くべきことに。
その町に暮らしていたのは、なんとあの茄子の牛――普通に二足歩行している辺り、むしろ茄子の「人」と呼ぶべきかもしれない――だったのである。
ともあれ、ここの住人が「彼ら」であれば、少なくとも敵対的な反応をされることはないだろう。
そう考えて、シュラインは一旦街外れの広場に降りた後、少し町を散策してみることにした。
シュラインが町に入ると、茄子たちはこの見慣れない来訪者に一斉に好奇の視線を向けてきた。
まあ、正確には目がどこにあるか、どころか目があるかどうかすらもわからないのだが、茄子たちの反応は、まさにこの表現がピッタリくるようなものだったのである。
「さすがに、今度の子たちは私のことを覚えてないみたいね」
ひょっとしたら、と期待してはいたのだが、さすがにそこまでうまくはいかないらしい。
シュラインはそう呟いて苦笑したが、そのとたん、急に周囲の茄子たちがざわめきだした。
なにやら近くにいる相手といろいろ囁きあっているようだが、残念ながら彼らの話している内容はさすがのシュラインにもわからない。
「私、何かまずいことでも言ったかしら?」
予期せぬ事態に戸惑っていると、やがて、城の方からヘタにぴったり合った兜をかぶり、フォークのような槍を手にした兵士とおぼしき茄子が二人(?)、こちらの方にやってきた。
これは、もしかすると厄介なことになったかもしれない。
慌てるシュラインの目の前まで、二人の茄子兵士が近づいてきて……。
シュラインの目の前で立ち止まり、姿勢を正して敬礼した。
どうやら、「彼らが敵対的ではない」という当初の予想は間違ってはいなかったらしい。
彼らはまるで上官にでも報告するかのような調子で何事か言うと、シュラインがその意味をとりかねていることに気づいて、身振り手振りで懸命に何かを伝えようとし始めた。
まずシュラインの方を指し、次いで向こうに見えるお城を指し、シュラインの方からお城の方に向けて線を引くように手を動かす。
「えーと……お城に来い、ということ?」
シュラインがそう聞いてみると、茄子兵士達は嬉しそうに何度も頷き、回りの茄子たちも一斉に歓声を上げた。
この反応を見る限り、彼らにはこちらの言葉が通じている可能性が高い。
「あなたたち、私の言葉がわかるの?」
念のためにシュラインがそう確認すると、茄子たちは一斉に力強く頷いたのだった。
一方その頃。
恐怖のミツバヤツメ軍団の手から辛くも逃げ切ったセレスティ・カーニンガムも、そのすぐ側の空域を、休憩できそうな場所を求めて移動していた。
幸い、自分にもグリフォンにも大した怪我はなかったが、グリフォンの方は無茶な飛び方をしたせいもあってだいぶ疲れているようである。
(どこか、安全に休めそうな場所はないでしょうか?)
セレスティが辺りの様子をうかがっていると、前方に森の中から突きだしている緑色の塔のようなものがあった。
あそこならば、少なくとも他の参加者に妨害される心配はないだろう。
そう考えて、セレスティはその塔の屋上に降りてみることにした。
それから、十数分後。
塔の屋上に降り立ったセレスティは、不意の来訪であるにも関わらず、塔の住人たちの手厚い歓迎を受けていた。
彼らはなかなかに気のいい連中で、非常につき合いやすい相手といえた。
相手にはこちらの言葉がわかっても、こちらには相手の言葉がわからないこととか。
相手の動作はわかっても、表情を判断することが出来ないこととか。
根本的に、食生活があっていないこととか。
彼らの外見が、どう見ても手足の生えた胡瓜にしか見えないこととか。
そういった、ささいな(?)問題点を除けば。
落ち着いて考えてみると、あまりささいではない気もするが、ここは夢の中である。
胡瓜が歩こうと、トマトが走ろうと、セロリが飛ぼうとさほどの不思議はない。
そう割り切って、セレスティは彼らとのひとときを楽しんでいた。
そこへ、工事現場のパイロンのような兜をかぶり、串のようにまっすぐな槍を持った胡瓜の兵士が数人、慌てた様子で塔を駆け上がってきた。
どうやら、彼らの暮らしを脅かす外敵がここには存在するらしい。
「よろしければ、何が起こっているのか教えていただけませんか」
セレスティが尋ねてみると、胡瓜たちは絵を描いたりしながら懸命に事態の説明を始めた。
「なるほど。
つまり、せっかくここに国を作ったものの、悪い茄子がやってきて、領土を侵略し始めた、と」
セレスティの言葉に、胡瓜たちは一斉に頷いた。
茄子と胡瓜の戦争などと、なんだか冗談のような感じだが、少なくともやっている当の胡瓜たちにとっては死活問題である。
「私がその茄子たちと話をつけてきましょう」
セレスティは胡瓜たちにそう告げると、胡瓜の兵士数人(?)とともに、一路茄子の城へと向かった。
森の中を、一同は慎重に慎重に進んでいく。
と、向こうから何者かがこちらに向かってくる気配があった。
いくつかの足音と、大きな鳥の羽ばたく羽音。
どうやら、向こうも誰か助っ人を頼んだらしい。
それが話の通じる相手であってくれることを願いながら、セレスティはその集団の方へと向きを変えた。
相手もこちらに気づいたらしく、塔へ向かうのをやめて、こちらの方へ近づいてくる。
その先頭にいた人物は、なんとセレスティのよく知る人物だった。
「おや、シュラインさんじゃありませんか。こんなところで一体何を?」
セレスティが声をかけると、シュラインは少し驚いたような顔をした。
「私はこの子たちに頼まれて、胡瓜と話をつけに来たんだけど……ひょっとして?」
「奇遇ですね。私も、実はこの胡瓜たちに頼まれまして」
和やかに話す二人の姿に、一緒にいた胡瓜たちと茄子たちは戸惑っているようだった。
しばしの話し合いの後、二人が辿り着いた結論は一つだった。
「どうやら、胡瓜たちも、茄子たちも、人間の言葉はわかるみたいね」
「そのわりに、お互いの言葉はわからない、と。それが争いの原因だったようですね」
そう、彼らは相手と意思を疎通するための手段が全くなかったが故に、相手を一方的に邪悪と見なし、延々と不毛な争いを続けていたのである。
その証拠に、シュラインとセレスティがそれぞれの長に事の次第を説明し、彼らの仲介役を買って出ると、もともと争いを好まない胡瓜と茄子は、すぐに共存共栄を目指していくことで合意したのだった。
「もうケンカなんかしちゃダメよ?」
「これからは、一緒に仲良くやっていって下さいね」
並んで手を振る胡瓜たちと茄子たちに見送られて、二人は森を後にした。
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〜 予期せぬ「最終問題」 〜
レースのゴール地点であり、毎年最後にして最大の障害が待ちかまえている富士山頂。
この場所に今年一番に辿り着いたのは、なんと弓槻蒲公英(ゆづき・たんぽぽ)だった。
ジャングルで口にした謎の茸の力によって大人の姿となった彼女は、なんと性格まで反転してしまっていたのである。
……が。
なりふり構わず勝ちを狙ってきた彼女であったが、さすがに単独一位でここに来てしまったのは予想外だった。
例年、最後のゴールを守っている相手は、とても一筋縄ではいかないような相手である。
ここは適当な誰かを囮にして漁夫の利を得る作戦だったのだが、そのためにはわざわざ誰かが来るのを待つ以外に方法がなくなってしまった。
レースなのに、「早く来すぎて困る」という皮肉に苦笑しつつ、とりあえず相手の様子だけでも見ておこうと、蒲公英は頂上の近くにヘリコプターを寄せ、そこからロープを使ってアーベントを降ろし、最後に自分もヘリから降りた。
申年の一昨年が大猿、酉年の去年が鳥人間。
となれば、戌年の今年は犬で間違いないだろう。
蒲公英はそう考え、実際それはある意味では的中していた。
山頂で蒲公英を待っていたのは、固く閉ざされたゴールの扉と、その横に鎮座している大きな狛犬。
そして、その横にずらりと並んだ、無数の狛犬の群れだった。
「やれやれ、ようやっと最初の方が来ましたね」
「STAFF」の文字の入った腕章を身につけた黒衣の男が、薄笑いを浮かべたまま声をかけてくる。
「これは……どういうこと?」
蒲公英がそう聞いてみると、男は軽く苦笑した。
「前回、ちょっとごり押しが過ぎた方がいましたからね。
今年からちょっと傾向が変わったんですよ」
確かに、「宇宙戦艦で上空から突っ込み、門番から何から全てはねとばして無理矢理ゴールする」という前回優勝者のとった戦法は、お世辞にも褒められたものではあるまい。
だからといって、いきなりこんな方向転換をされては、こちらもいい迷惑である。
「というわけで、今年の門番はこの『百一匹狛犬ちゃん』です。
ルールは簡単、あちらの小さい狛犬百匹のうち、全く同じポーズをしている狛犬が一組だけあります。
その番号を調べて、この大きな狛犬の台座にあるボタンを押して下さい。
正解であればゴールへの道が開きますが、間違った場合は……まあ、その場合どうなるかはご想像にお任せします」
なるほど、今度は力勝負ではなく、頭を使った勝負ということか。
それならば、わざわざ他人の力をアテにする必要もないし、早く来ている方が圧倒的に有利である。
蒲公英はさっそく狛犬を調べようとしたが、ルールにはとんでもないオマケがついていた。
「ちなみに、狛犬のポーズは現在三十分ごとに変わるように設定されています。
その度に正解の組み合わせも変わりますので、十分にお気をつけ下さい」
これは……厄介どころの騒ぎではない。
三十分ということは、秒に直すとたった一八〇〇秒。
ということは、一度も前の狛犬を確認に戻らないと仮定しても、一つの狛犬につき一八秒しか使ってはいけないということになる。
前言撤回。とてもできるわけがない。
そう考えて、蒲公英は一旦物陰に隠れて待つことにした。
自分で開けられないなら、当初の計画通り、誰かが開けてくれるのを待つだけである。
それから、どれくらい経っただろうか。
シュラインとセレスティ、そして鷲見条都由(すみじょう・つゆ)の三人が山頂に到着したのは、何人かの挑戦者が健闘空しく狛犬パンチによってスタートの方角にぶっ飛ばされた後のことだった。
「あら……まさか狛犬とは思わなかったわ」
巨大な犬でも出てくることを予想していたらしく、いつの間にかボールやら骨型のおもちゃやらフリスビーやらを用意していたシュラインが、心底残念そうな顔をする。
「そうですね〜。せっかく〜、いろいろ用意してきたのに〜」
そう答えて、都由もこっそり持ってきていたフリスビーを取り出した。
なんのことはない、実は都由もシュラインとほとんど同じ想像をしていたのである。
そうこうしているうちに、黒衣の男が今回のルールを説明に来た。
「たったの三十分で百匹……これは、とても無理ね」
「そうですね……どう頑張っても、難しそうです」
予想だにしなかった難問に、シュラインとセレスティが頭を抱える。
……が。
「三十分あれば〜、できないことも〜ないかもしれませんね〜」
都由にとっては、手のつけようがないほど難しい課題というわけではなかった。
「それなら、挑戦してみてはいかがです?
ちょうどもうすぐ三十分で、狛犬たちのポーズが変わる頃です」
男の言葉に、都由は一度だけ頷き……狛犬たちがポーズを変えるのを待って、さっそくこの「最終問題」への挑戦を開始した。
口が開いているもの、閉じているもの、半開きになっているもの。
足がちゃんと地に着いているものと、どちらかの足が上がっているもの。
目を閉じているものと、開いているもの。
尾がまっすぐなものと、曲がっているもの。
耳が立っているものと、寝ているもの。
それこそ、確認すべき場所は無数にある。
それでも、都由は次々にその狛犬たちの特徴を記憶し、照合していった。
購買には同じメーカーの姉妹品といったように、よく似たパッケージの品物も少なからずある。
それを瞬時に見抜く能力が、ここでも役に立ったのだ――といったら、さすがに飛躍のしすぎであろうか?
そして、問題が変わってからきっかり二十九分と三十秒後。
都由は、大きな狛犬の前に立ち、台座にあるボタンのうち二つを押した。
「十四番と〜、二十六番ですね〜」
大きな狛犬の目が、キラリと光る。
一同が固唾をのんで見守る中――銅鑼の音とともに、ゴールへの扉がゆっくりと開いた。
正解だ。
「都由さん!」
「さすがですね」
シュラインとセレスティが、惜しみない拍手を送ってくれる。
と、その時。
不意に、ポニーに乗った女性が物陰から飛び出してきた。
どうやら、自力でこの扉を開けるのは無理と悟って、誰かが扉を開けるのを待っていたらしい。
驚くシュラインとセレスティの横を駆け抜け、彼女は真っ直ぐにゴールへと向かう。
けれども、彼女がゴールにたどり着くことはなかった。
突然大きな狛犬が動きだし、目にもとまらぬ速さで彼女をポニーごと一飲みにしてしまったのである。
「……今……人、食べちゃわなかった?」
目を丸くするシュラインに、黒衣の男はにやりと笑った。
「ああ、ご心配なく。ただのインチキ対策ですから」
ともあれ。
そんなこんなで、都由は無事に一位でゴールすることができた。
シュラインとセレスティも、後ろで答えを見ていたのだから、すぐにゴールできるだろう。
都由はそう考えていたのだが、ここで先ほどの女性の乱入が影響した。
先ほど時間をロスしたせいで、都由がゴールした直後に狛犬が動いてしまったのである。
「どうやら、問題が変わってしまったようですね。
まあ、最初に誰かがゴールした後は、徐々に問題も簡単になっていく仕組みですので……頑張って下さい」
そう告げた男の顔は、なぜか嬉しそうだった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜 そして 〜
結局、シュラインは参加者二十人中三位でレースを終えた。
都由がゴールした後、問題は少しだけ簡単になったらしかったが、やはりとても二人の手に負える代物ではなく、結局二人がゴールしたのは問題を解ける別の人物が来た後だった。
ゴールに入った時、どこからともなく最初の声が聞こえてきた。
「本日は、当レースに御参加下さいまして、誠にありがとうございました。
本年が皆様にとって良い年となりますように……」
そして……シュラインは、夢から覚めた。
目を覚ました後で、変わったことが一つだけあった。
机の上に、一枚のメダルのようなものが置かれていたのである。
手に取ってみると、表面には木の枝で羽を休める鷹の姿が、そして裏面には富士山と茄子のイラストに、「2006」の文字が刻まれている。
(また、来年も会えるかしら?)
そんなことを考えながら、シュラインはそのメダルを机の引き出しにしまい込んだ。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
1992 / 弓槻・蒲公英 / 女性 / 7 / 小学生
1883 / セレスティ・カーニンガム / 男性 / 725 / 財閥総帥・占い師・水霊使い
3107 / 鷲見条・都由 / 女性 / 32 / 購買のおばちゃん
4241 / 平・代真子 / 女性 / 17 / 高校生
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■ ライター通信 ■
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撓場秀武です。
この度は私のゲームノベルにご参加下さいましてありがとうございました。
さて、このレースも今回で三度目ということで。
いただいたプレイングをもとに、あちこちいろいろとひねってみました。
・このノベルの構成について
このノベルは全部で五つないし六つのパートで構成されております。
今回は全てのパートについて複数パターンがありますので、もしよろしければ他の方のノベルにも目を通してみていただけると幸いです。
・個別通信(シュライン・エマ様)
三年続けてのご参加ありがとうございました。
今年も、この世界に住まう不思議な面々との交流をメインに書いてみましたが、こんな感じでよろしかったでしょうか?
ちなみに、茄子についてはこの後一体どうなるのか、そして最終的には最初の木の姿に戻るのかどうか、実は私にもさっぱりわからなくなっております。
ともあれ、もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。
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