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年の初めの運試し
０.年初め いつもの道の 違うとこ
一年の計は元旦にあり。
足元をチョコチョコと付いてくる白い犬を気にしながら、彼はゆっくりと静かな町の中を歩いていた。
いつもよりも静かな気がした。
だが、この静かさもなんだか心地よい気がした。
まず、しっかりと挨拶をせねばなりません。
手には彼には小さい挨拶の品。
律儀な性格がうかがえる心遣いである。
だが、そんな彼に魔の手は確実に迫っていた。
「お兄サ〜ン！ ちょぉおおっとヨロシイですカ〜？」
声をかけられ、白い手が伸びてきた。
その手の中には、犬の顔が描かれたキャンディーが１つ握られていた…。
１．災厄は めでたい日にこそ やってくる
「あ はっぴ〜 にゅ〜 いやぁ〜 ！！」
パーンと鳴らされた小さな破裂音は手に持ったクラッカー。
そのクラッカーより出た小さな紙切れや紙テープをもろに頭にかぶった草間武彦は明らかに不愉快そうだった。
「貴様はいったい何をしに来た！？」
そう怒鳴りつける先に居るのは先ほどのクラッカーを鳴らしたピンクの毛皮が新年早々ケバケバしい『マドモアゼル・都井』と名乗る謎の人物。
こいつが来るとろくでもないことが多々起こる。
「新年なのデ〜ス！ もっとハッピースマイルでワンダフルにいきまショ〜！」
「おまえが来たことによってすでにハッピーじゃないんだがな…まぁ、いい。で、何の用だ？ 用がないならさっさと出てってほしいんだがな」 そう聞いた草間にニヤリとマドモアゼルの口元が微かに歪んだ。
「ちょっとお引き合わせしたい方々がいるのデ〜ス！ 皆さんカモーンです！！」
遠くから、ワンワンとなにやら吼える声が近づいてきた。
そして現れたのは、大きさがばらばらな数頭の犬だった。
「このワンちゃんたち、実は草間さんのお知り合いの方々デ〜ス。
皆さん、草間さんに名前を呼んでもらえば元に戻る『おみくじ呪い』がかかってるのデ〜ス！」
「なんだとーーーーー！？！」
２．災厄に 見舞われては みたものの
「ん〜…」
草間興信所の中は今現在、異様な雰囲気を醸し出している。
それは当然の話で、所長草間の前に並んだ大小入り混じった５匹の犬が目を輝かせてジーっと草間を見ているのである。
また、草間も彼らを鋭い観察眼で食い入るように眺めている。
事情を知らない者が見たら凄腕のトレーナーと見られるかもしれない。
「わっかんねぇって。勘弁してくれよ…」
突然がっくりとうなだれ草間はそう呟いた。
だが、草間さんに頑張ってもらわないと私は元に戻れないのです…。
がっしりした腕、引き締まった胴体、すらりとした四肢。
だが、彼はいまやどこをどう見ても見紛う事なき犬である。
ブル・マスティフという名の犬であったが、それは些細なことである。
年の初めが肝心だというのに、なぜこんな災厄に見舞われねばならないのか。
考えれば考えるほど今年一年がどうなってしまうのか、なんだか暗い気持ちになってしまいそうだった。
とりあえず、思い出してもらう方法を考えないと…。
草間興信所内を見渡す。
意外に冷静なようだが、実は結構あせっている彼。
…あぁ、でもとりあえずこの状況を楽しむ余裕があるといいのですが…。
彼の思う『余裕』とは…。
３.俳優は どんな役でも やれますよ
ここはまず、犬としての自覚を持たないといけません。
ワンッ！ と、ひと咆えして彼は走り出した。
と同時に、彼にくっついてきた白い子犬も走り出す。
大きな体をもろともせず、機敏にしてその繊細な走り。
正月に際し、整理整頓されたであろう机の間をくぐりぬけ、彼は走った。
そうして、キュキュッと入り口付近で急ターン。
再び加速し、おもむろに草間に飛びつく！
もちろん、子犬も同時に飛びついた！
「うああぁあ！！！」
小さな柴犬とニュージーランド・ハンタウェイの必死のアピールに応対していた草間は突然の出来事に悲鳴を上げた。
草間はあまりの出来事に椅子から転げ落ちてしまった。
ちょっと…なりきりすぎたでしょうか？
はっと我に返りると、柴犬とニュージーランド・ハンタウェイの冷たい視線が降り注がれていたことに気が付いた。
草間はひとまず冷静なふりををして立ち上がり、机にもたれてタバコを一本取り出した。
と、草間はふと机のそばで加えたちりとりの上に灰皿を乗せた犬がいることに気が付いた。
ちりとりを咥えた犬はシェットランド・シープドッグという犬種だったが、この際それはどうでもよい。
２人は少しの間見つめ合っていたが不意に草間が視線を外した。
いや、外したというよりは他の者に注意が行ったのだ。
それを不愉快に感じたのか、ちりとりを咥えた犬は少し寂しげに事務所を出て行ってしまった。
そんなことは露知らず、草間が移した視線の先には草間の椅子にかけてあった上着から財布を抜き取る柴犬の姿…。
「ちょ、ちょっと待て！ それはやめろ！！」
おもむろに柴犬は財布の中身をぶちまけだした。
チャリン！ チャリン！ と心地よく落ちていく小銭達。
「あぁあああぁあ〜！！」
それをすかさず手で受けとめようとした草間は、机に当たった拍子にガツンといい音を出した。
どうやら机の角で腰を強打したようだ。
草間が思わずうずくまり、ニュージーランド・ハンタウェイがそれに駆け寄った。
だが、彼は固まっていた。
その草間が腰を強打した音が、聞き覚えのあるカチンコの音に聞こえたのだ。
カチンコの音とともにいつも聞こえるのはあの掛け声。
そう。
『アクション！！』
そして、彼の俳優魂は今、燃え上がらんとしていた…。
４.悪役は 顔と役だけ ホントです
黒い眼帯が目に付いた。
それをおもむろに右目に被せ、彼は神妙な顔をした。
いや、傍目には犬が怖い顔をして威嚇しているようにしか見えなかったが。
そして、おもむろに草間のタバコを一本咥えてドカッと草間の椅子へ座る。
「おい、そこ俺の場…」
そう言いかけた草間の顔をじろりと睨み、彼は踏ん反り返った。
それはさながら王者のように、はたまた独裁者のように偉大で尊大な姿だった。
だが、肘掛に置いた手もやはり犬のものである。
それは違和感以外の何者でもなく、草間の顔が徐々に引きつっていった。
「ぷ…」
こらえ切れなくなった草間がそうこぼして横を向いた。
柴犬とニュージーランド・ハンタウェイはそれをどうするべきかと見守っている。
ぷちん と何かが切れる音がした。
彼は、近くにあったチェーンソー代わりのギザギザとしたアルミホイル（なぜそこにあったのかは不明である）をムズッと器用に咥えると草間へと襲い掛かった！
「ちょ、あぶねぇっ！！」
そういって逃げ回る草間を執拗に追い掛け回す。
「ワンワン！」
柴犬が咆えたが、彼の耳には届かない。
彼は口に咥えたアルミホイルを振り回しつつ、ついに草間をソファーの上でこけたところを射程に入れた。
「待て、話せばわかるだろう？ 俺の声、聞こえてないわけじゃないんだろう？？」
ガルル〜っと迫る彼に草間は冷や汗をかいている。
手加減するつもりは毛頭ない。
もはや草間の目にはアルミホイルはチェーンソー以外の何物にも見えぬことだろう。
「落ち着け！ いや、違う。これがアイツなら…」
草間が何か思い出したようだ。
「カーーーーーーット！！！！」
あと数センチでアルミホイルが顔に当たろうかという寸止めで、彼は草間の声で正気に戻ったのだった…。
５.やっぱりさ 元の姿が いちばんだ
危うく草間さんを撲殺するところでした…。
正気に戻った彼は、しばし反省した。
傍らに白い子犬が心配そうに寄り添っていた。
床にばら撒かれた小銭を拾いつつ、万札を振り回す柴犬をなだめすかし椅子に座った草間の姿を背に彼は一息を付いた。
どうやら草間は自分を思い出してくれたようだと確信した。
と、先ほど出て行ったちりとりを咥えた犬が戻ってきた。
ちりとりの上には綺麗になった灰皿が乗っかっていた。
犬が灰皿を机の上に置くと、意外な言葉が草間の口から聞こえた。
「ありがとう、シュライン」
と、一瞬のうちに、犬は見覚えのある女性へと変化した。
「…っ、何？」
そう呟いた女性。
着物姿のシュライン・エマだった。
なるほど。これなら私もこういう風に元に戻ることができるのですね。
彼は期待に満ちた目で草間を見つめた。
「…そういう怖い目で見るなって。わかってるよ。おまえ、ＣＡＳＬＬ・ＴＯ（キャスル・テイオウ）だろ？」
そう言うのが早いか、一瞬貧血のようなふわりとした感覚が全身を貫いた。
と、思うと今度はまぶたの裏が真っ白になり、彼は気合で踏ん張った。
「…あ」
思わず声が出た。
そうして、窓に映ったのはいつもの自分だった…。
６.世はすべて こともなし めでたしめでたし？
二番乗りで元に戻ったＣＡＳＬＬの後で、草間は次々と名前を呼んでいった。
「門屋将紀（かどや・まさき）！ 葉室穂積（はむろ・ほづみ）！」
次々に人間の姿に戻った彼らは口々に安堵の言葉を口にした。
「よかったわ、元に戻れて」
「おれ、どうしようかと思ったよ。ホントに」
「いたいけな子供にこないなことするなんて！ 『ようじぎゃくたい』で訴えるで、ホンマ！」
「…子供を巻き込むのはよくないと思うのです」
だが、もう一匹犬は残っていた。
草間が申し訳なさそうに呟いた。
「…で、この最後のヤツだけが誰だかわからんのだが…」
「それは私についてきてしまった本物の犬さんです」
ＣＡＳＬＬは怖い顔で恐縮したようにそう言った。
白い犬は不思議そうに首をかしげた。
「そらわからんわけやな。ホンマの犬がおるなんて、聞いてぇへんもんな」
将紀が納得したように頷いた。
と、そこに零が出来立て熱々の雑煮を運んできた。
「６つでよかったですよね？」
草間、エマ、ＣＡＳＬＬ、将紀、穂積……と？
「あら？ あの人は？」
いつの間にか消えている人物。
事務所内にその姿を見つけることはできない。
「あいつのことだ、自分の立場が悪くなってきたから逃げたんだろう」
草間がそう冷たく言い放ったが、それをフォローするものは誰もいない。
「そうだ。私の犬さんにおすそ分けしてもいいですか？」
ＣＡＳＬＬがそう言った。
「それじゃあ小分け用のお皿を持ってきますね」
零がそそくさと台所へと駆け込んでいく。
「よかったわね、わんちゃ…」
エマが、足元にいた犬にそう言いかけて固まった。
「どうしたんすか？」
穂積が、将紀が、ＣＡＳＬＬが、草間が、エマが見た足元を覗き込む。
そこには、ピンク色のにやけた犬がちょこんと座っていた。
その犬の足元には、見覚えのある犬の顔が描かれたキャンディーの包み紙が落ちていた。
「………」
一同は瞬時に顔を見合わせた。
そして、次の瞬間。
何事もなかったかのように、雑煮を食べ始めたのだった。
そういえば、草間さんはあの人の名前を知っているのでしょうか？
ふと、そんな疑問が浮かんだが、とりあえず目の前の温かな雑煮を食べるのが先決だとＣＡＳＬＬは思ったのだった…。
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■□ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） □■
0086 ／ シュライン・エマ（シェットランド・シープドッグ） ／ 女 ／ 26 ／ 翻訳家＆幽霊作家＋草間興信所事務員
3453 ／ ＣＡＳＬＬ・ＴＯ（ブル・マスティフ） ／ 男 ／ 36 ／ 悪役俳優
2371 ／ 門屋・将紀（柴犬） ／ 男 ／ 8 ／ 小学生
4188 ／ 葉室・穂積（ニュージーランド・ハンタウェイ） ／ 男 ／ 17 ／ 高校生
■□ ライター通信 □■
ＣＡＳＬＬ・ＴＯ様
明けましておめでとうございます…て遅いですね。(¨;)
初めまして。この度は『年の初めの運試し』へのご参加ありがとうございました。
変身していただいた犬は、それぞれ皆様の性格や外見を考慮して決めさせていただきました。
ブル・マスティフのほうが垂れ目だったりするのですが、穏やかな内面とは裏腹な外見の怖さという点でこの犬になっていただきました。
あと、少し強引な『アクション』導入させていただいてしまいました。
少しでもお楽しみいただければ幸いです。
それでは、またお会いできる日を楽しみにしております。
とーいでした。
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