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<東京怪談・PCゲームノベル>


秋ぞかはる月と空とはむかしにて


 薄闇の、夜のしじまの中だった。
 セレスティは、二度目の訪問となる四つ辻の大路の上で、白く短い息を吐いた。

 前回は、知己でもある田辺の案内を受けて足を踏み入れた。だが今回はセレスティただひとりきり、こうしてふらりと足を寄せてみる事にしたのだ。
 
 四つ辻は、気の善い妖怪達が跋扈している場所だ。彼らは鳥山石燕の画に描かれているような魑魅でありながらも、悪意などは微塵も感じられず、ただ唄や小噺を愉しみ、のんびりとした時間を過ごしているばかりなのだ。
 セレスティ自身、本質は人間とは逸した存在であるからなのだろうか。この場所の空気は、不思議と心が安堵の息を吐くような、そんな穏やかな懐古を思わせる。
 大路を進み、道すがらすれ違う妖怪達と挨拶を交わし、前回訪れた茶屋を横目に過ぎる。
 茶屋に立ち寄り、あの呑気な店主と言葉を交わすのも良いだろう。が、セレスティの足は茶屋の前を通り過ぎ、大路のさらに向こう――薄闇の奥へと向けられるのだった。
 
 大路は、茶屋が在る四つ辻を中央に、全部で四つ通っている。内、ひとつは現世へと通じているものだという。
 ならば、他の大路は、果たしてどんな様相をしているのだろうか。
 もしかすると、大路ごとに異なる何がしかを抱え持っているかもしれない。
 だが、セレスティの期待はいともあっさりと崩された。
 初めに歩いていた大路と何ら変わり映えのない風景が、薄闇の中に広がっている。
 冬の夜の冷えた空気を染めるように、セレスティは再び白い息を吐き出した。
 ――変わり映えのない風景ならば、散策してもそれほどには意味を成さないのかもしれない。あの茶屋に戻り、温かい飲み物でも注文することにしよう。
 そう考えて、歩み進めていた足をひたりととめた。しかし、その時、セレスティの耳が、かすかに流れる水の音を聴きとめたのだ。
 聴くに、それは小川を流れる水音のように思われた。
 セレスティは留めていた足を再びゆったりと動かして、茶屋ではなく、大路の端を目指して歩き進めた。
 風が吹き、セレスティの髪を梳いていく。
 その風に紛れ、花の――恐らくは百合の芳香が、セレスティの鼻先をくすぐった。

「キミはここで何をしているのですか?」
 大路の端に着いたセレスティが目にしたのは、緩やかな山型を描く木造の橋と、その傍らに立つひとりの少年の姿だった。
 橋の下には、決して大きいものではない川が流れている。その水は夜の色を呈し、水底は杳として知れない。
 少年はセレスティの言葉を受けてゆっくりと顔を持ち上げる。
「おや」
 視線を合わせ、少年の目を覗き見た時、セレスティはそう言ってかすかな笑みを浮かべた。
 少年の面立ちは、僅かに西洋のそれを滲ませているのだ。
「学生なのですね。――この四つ辻には、キミのような学生も出入りしているのですか」
 ゆったりと頷きつつ、セレスティはやわらかな笑みを浮かべてそう告げる。が、少年はといえば、セレスティの言葉に返事を返す素振りも見せず、ただ静かに黙しているばかり。
 少年が一向に反応を見せようとしないのを確かめて、しばし、セレスティもまた口を噤む。
 そうして、ふと、少年が抱え持つ百合の花束に視線を寄せた。
「百合の芳香が風に紛れ込んでいましたが……。そうでしたか、キミの花の香りだったのですね。……それは鉄砲百合ですか?」
 訊ねつつ、少年の手にある白百合を見やる。
 純白のそれは、カサブランカのような派手さは感じられないものの、やはり百合に特有の強い芳香を漂わせている。
「……おれは、この百合が一番好きなのです」
 ともすれば聞き逃してしまいそうなほどに小さな声で、不意に少年が口を開いた。
 セレスティは、しかし少年のこの言葉を逃す事なく、「ふむ」と首を縦に振る。
「確かに、鉄砲百合は清々しい姿をしていて、香りも澄んでいますよね。私の屋敷の庭にも、時期になると開くのですよ」
「……あなたの屋敷の庭に?」
 少年の、どこか暗い印象のある双眸が、ふと、小さな光を宿す。
「私は素晴らしい庭師に恵まれておりまして。そのおかげもあり、庭には四季折々で見事な色彩が描かれるのです。天気の良い日など、その花に囲まれてお茶などを楽しんだりもしていますよ」
 少年が言葉を返してくれるようになったのが嬉しかったのか、セレスティの顔には満面の笑みが浮かんでいた。ステッキをかつりと鳴らし、数歩、少年の傍へと歩み寄る。
 少年はセレスティの言葉に、笑みこそ浮かべなかったが、それでも関心を寄せ始めている事が見てとれた。
「百合がお好きなのですか?」
 訊ね、少年の顔をゆったりと見つめる。
 少年はセレスティが掛けた問いにしばし思案顔を浮かべたが、やがてゆっくりと言葉を返した。
「……母が」
「うん」
「……おれの母が、この花をしばしば愛でておいででした」
「そうなのですか。……きっと、花の美しさに劣らぬお美しいご婦人なのでしょうね。……鉄砲百合の花言葉は知っていますか?」
 少年はかすかにかぶりを振った。
 セレスティは少年が持つ百合の束を真っ直ぐに見つめ、微笑と共に言葉を継げる。
「純潔、そして甘美」
 そう告げて、視線をゆっくりと持ち上げる。
 セレスティの視線と少年の視線とが重なると、少年はふと視線を外した。
「母は、美しく、たおやかで、心優しい方でした」
「それではその花はキミのお母様への贈り物ですか?」
 再び問い掛けをする。だが少年はセレスティの言葉に応じる様子もなく、再び黙し、足元に視線を寄せたまま。
 セレスティは少年が再び口を閉ざしてしまったのを見やる。そうして、返事は得られそうにないと踏んだのか、少年の後ろで流れる川の水へと目を向けた。

 川の幅はさほどには広くない。必然、その上に架かる橋もまた大きなものではないのだが、しかし、その向こう岸はやはりどうにも薄らぼうやりとしているのだ。
 見れば、薄闇の中に揺れる純潔の白がある。
 川に沿って、白百合がぽつりぽつりと咲いているのだ。

「キミはお母様が好きなのですね」
 ぽつりと落とすようにささやくと、その言葉に反応したのか、少年が視線を持ち上げた。
 セレスティは少年の顔を見つめ、ふわりと頬を緩ませる。
「長い間変わることなく思い続けるというのは、それなりの労力と強固な意志の要るものだと思うのです。……キミは強い心の持ち主なのですね」
 そう述べたセレスティに、少年はふつりと白い息を吐いた。
「……あなたのお名前は」
「私はセレスティ・カーニンガム。どうぞ、ファーストネームでお呼びください」
 首を傾げて微笑むセレスティに、少年はしばし目を伏せてから、
「萩戸則之と申します」
 そう返し、恭しい所作で頭を下げた。
「萩戸くん、ここいらに咲いている花はキミが所有しているものですか?」
 則之が見せた所作を軽く制し、セレスティは再び川沿いに揺れる白百合へと目をやった。
 則之はセレスティの視線につられるようにして白百合を見やり、ふつりとかすかに首を動かす。
「所有したものではありませんが……。こうして、増えてゆく花を、ただ愛でているのです」
「そうですか。――一輪いただいても?」
「ええ、どうぞ」
 頷いた則之を確かめてから、セレスティは川沿いの花の傍へと近寄った。
 白百合はセレスティの指を受けると緩やかにふるえ、清らかな芳香をふわりと放つ。
「私の屋敷の庭に植えなおし、咲かせておくことにしましょう」
 花の芳香にも似た笑みを浮かべ、セレスティは則之の傍らへと歩き戻る。
「よろしければこの近辺を案内していただけませんか? 見れば、川に沿って小路があるようですし。夜の川沿いを歩くというのも、趣きのあるものでしょう」
 言葉を掛けると、則之はやはりしばしの思案を見せて、それからゆっくりと頷いた。
「……この川沿いでよろしければ」
 ぼそりと呟いた則之に、セレスティは満面の笑みを浮かべて頷いた。
「では、参りましょう」

 水音を伴った夜風がふわりと白百合を揺らす。
 漂う芳香に、セレスティはそっと目を細ませるのだった。  



 



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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【1883 / セレスティ・カーニンガム / 男性 / 725歳 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】

NPC:萩戸・則之

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         ライター通信          
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いつもお世話様です。
四つ辻のNPCはそのどれもがちょっとした秘密のようなものを抱え込んでいるのですが、則之もまた然りといったところであったりします。
彼はちょっと気の暗いところのあるので、扱いはもしかしたら多少難のある少年かもしれませんが、実は彼が一番容易に陥落できる(笑)設定であったりもします。
もしも今回のノベルがお気に召されましたら、よろしければまた構いにいらしてくださいませ。

それでは、また機会がありましたらお会いできればと願いつつ。