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<東京怪談・PCゲームノベル>


激走! 開運招福初夢レース二〇〇六!

〜 スターティンググリッド 〜

 気がつくと、真っ白な部屋にいた。
 床も、壁も、天井も白一色で、ドアはおろか、窓すらもない。

(ひょっとして……また、あの夢……?)

 一昨年、去年に続いて、この夢を見るのは今年で三度目である。
 二度あることは三度あるとも言うし、今年もこの夢を見るかもしれないという予感は、実はすでにあった。

「お待たせいたしました! ただいまより、新春恒例・開運招福初夢レースを開催いたします!!」
 どこからともなく聞こえてくる声も、その内容も、やはり例年と変わらない。
「ルールは簡単。誰よりも早く富士山の山頂にたどり着くことができれば優勝です。
 そこに到達するまでのルート、手段等は全て自由。ライバルへの妨害もOKとします」
 さすがに三度目ともなれば、ルールもすっかり把握している。
 とはいえ、ルールというほどのルールなど、実際はないに等しいのだが。

「それでは、いよいよスタートとなります。
 今から十秒後に周囲の壁が消滅いたしますので、参加者の皆様はそれを合図にスタートして下さい」
 その言葉を最後に、声は沈黙し……それからぴったり十秒後、予告通りに、周囲の壁が突然消え去った。
 かわりに、視界に飛び込んできたのは、ローラースケートやスポーツカー、モーターボートに小型飛行機などの様々な乗り物(?)と、馬、カバ、ラクダや巨大カタツムリなどの動物、そして乱雑に置かれた妨害用と思しき様々な物体。
 そして遠くに目をやると、明らかにヤバそうなジャングルやら、七色に輝く湖やら、さかさまに浮かんでいる浮遊城などの不思議ゾーンの向こう側に、銭湯の壁にでも描かれているような、ド派手な「富士山」がそびえ立っていたのであった……。

(やっぱり……これなんですね)
 弓槻蒲公英(ゆづき・たんぽぽ)は複雑な心境で辺りを見回した。
 こういった大騒ぎに巻き込まれることは、彼女にとって必ずしも楽しいことではないが、この世界にいる「お友達」と会える年に一度の機会であると考えれば、今年もこのレースに出ることが出来てよかったとも思う。

 いずれにせよ、蒲公英に「レースに勝とう」などという気は毛頭無い。
 去年や一昨年と同じように、ゴミを拾ったり、怪我人の治療をしたりしながら、のんびりとゴールを目指すのみ。
 そう決めると、蒲公英はさっそく準備を始めた。

 ゴミ袋に救急箱、そして赤十字の旗。
 ここまでは去年と同じだが、今年はそれに加えて少し小さめのポリタンクを二つ用意した。
 コースのあちこちに中継ポイントがあることはすでに知っていたが、そこまで行くだけでも大変な状況に陥る可能性は、決して低くない。
 そういった困難に直面している人に、せめて水だけでも渡してあげられればという、蒲公英なりの配慮であった。

「アーベントさん……重くないですか?」
 ポニーのアーベントに水を入れたポリタンクを結わえつけ、それから蒲公英がその背に跨る。
 もし重すぎるようなら水を少し捨てるか、自分が降りて歩こうかとも思ったが、アーベントは大丈夫だとでも言うように首を一度横に振ると、いつものようにゆっくりゆっくり歩き出した。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 不思議な茸にご用心 〜

 毎年、怪我人の治療とゴミ拾いをしながらゆっくりとゴールを目指している蒲公英。
 しかし、対象を他の参加者に限定すれば、その救助活動はさほどの成果を上げてはいなかった。

 その最大の理由は、蒲公英が通るルートが比較的人の少ないルートであったことであろう。
 一年目はジャングルを迂回して花畑の中を抜けるルート、そして二年目は巨石群の間を抜けて山を越えるルート。
 最も多くの参加者が――特に、最短距離を突っ切ろうとするような参加者が好んで通るルートは、実は、このどちらでもないのである。

 真っ正面にあるジャングルを抜け、七色に輝く湖の湖岸を――あるいは湖面をそのまま――突っ切っていくルート。
 このルートがはたして本当に近いか、まして速いかどうかは全くわからないが、少なくとも、ここを通る参加者が多いことだけは事実だった。

(ちょっと、怖いけど……今年は、ここを通ってみましょうか……?)
 初めてこのレースに参加した頃なら、そんなことは考えもしなかっただろう。
 だが、今はすでに二度もこのレースを完走した経験もあり、この世界についてもある程度の知識はある。
 少し悩んだ後、蒲公英は意を決してジャングルの方へと向かった。





 ジャングルの中は、わけのわからない怪植物の見本市のようだった。
 本来なら熱帯に生えるはずの植物から、亜熱帯、温帯、亜寒帯の植物までが無造作に並んでいるくらいは、もはや驚くに値しない。
 それどころか、ここに生えている植物の大半が、大量のニンジンが果物のようにぶら下がっていたり、スイカがブドウのような房状になっていたりするような、現実にはあり得ない怪植物だったのである。

「……すごいですね……」
 辺りの異様な景観に唖然としつつ、ジャングルの中を進んでいく蒲公英たち。
 幸いなことに、そんな彼女たちに危害を加えようとするような相手は見あたらない。
 まだまだ安心できなかったが、少なくとも、他のルートと比べて特に危険ではないようだった。

 と。
 蒲公英の目に、大木の根元に生えている見たことのない茸の姿が映った。
 適度に広がった赤い傘に、黄色っぽい斑点がいくつか浮かんでいる。
 その茸を見ているうちに、蒲公英はなぜだか無性にその茸が食べたくなってきた。

 アーベントの背中を降りて茸の方へ歩み寄り、一本引き抜いて口に運ぶ。
 その味は、他のどの食べ物にも似ていないような不思議な味だった。
 美味しいというほど美味しくもないが、まずいというわけでもない。

 そもそも、何だってこんな物を急に食べたくなったのだろう?
 そのことを不思議に思っていると、急に強烈な眠気が襲ってきた。
 それに抗う術などあるはずもなく、ほどなく蒲公英の意識は闇に沈んだ。




 
 それから、少しの後。
 一台のバイクが、その近くを通りかかった。
 鷲見条都由(すみじょう・つゆ)である。
「ずいぶんと〜、いろいろなものが〜ありますね〜」
 辺りを見回しながらのんびり走行し、時々足を止めては気になった怪植物を観察する。
 そんな調子で、彼女はレースとは全く関係なく、この世界を楽しんでいた。

 とはいえ、そんな調子でも、さすがに速い乗り物を選んでいるだけあって、人に追いついたりすることもあるようである。
 ジャングルに入ってしばらくしたところで、都由は前を行くポニーに乗った女性の姿を目にした。

 乗り物にポニーを選ぶあたり、彼女も特に順位にはこだわりのない人なのだろう。
 そう考えて、都由が彼女の横を通り過ぎようとした時。
「あのー」
 不意に、その女性が声をかけてきた。
「いろいろと見て回っていらっしゃるみたいですけど……向こうにあった大きなバナナはもう見ましたか?」
「バナナ、ですか〜?」
「ええ。全長数メートルはあろうかという巨大なバナナです」
 確かに、それは想像を絶する巨大さだ。
「そんな〜、面白いものが〜あるんですね〜。
 それでは〜、さっそく見てくることにします〜」
 その女性に礼を言うと、都由は疑うことなく彼女の指した方に向かった。





 都由が行ってしまうのを見送って、その女性――蒲公英は会心の笑みを浮かべた。

 うっかり怪しげな茸を口にしてしまった蒲公英は、一度は意識を失ったが、その後すぐに目を覚ました。
 ところが、その時には、彼女は「心優しい小学生の少女」ではなく、「冷徹に勝ちを狙う、二十歳くらいの美女」へと変身を遂げていたのである。
 ちなみに身体が大きくなったのに合わせて服の方もなぜか大きくなっているが、これはまあこういうものだと納得してもらうしかない。
 茸を食べて大きくなる度に服が破れていたのでは、どこぞのイタリア系配管工兄弟などたまったものではあるまい。

 まあ、そんな話はさておき。

 全長数メートルの巨大なバナナがあること自体は本当であるから、別に嘘はついていない。
 蒲公英が都由に教えていないのは、そのバナナが危険な肉食植物であるということだ。
 蒲公英がそのバナナの横を通り抜けようとした時、動物たちが皆で警告してくれたのだから間違いない。

「これで、一人脱落ですね」
 蒲公英はぽつりとそう呟くと、勝利と次なる獲物を目指して先を急いだ。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 使えるヤツと使えないヤツ 〜

 ジャングルを抜けた蒲公英とアーベントは、七色に輝く湖の真ん中を走っていた。
 どうしてポニーが水上を走れるのか少し気になるが、この程度のことはここでは不思議がるに値しない。
 そんなことよりも、問題は他にあった。
 なかなか、前の相手と差が詰まらないのである。
 もちろん急いではいるのだが、いかんせんポニーの足でモーターボートやスポーツカーに追いつくのは容易ではない。

 何か、いい方法はないだろうか?

 蒲公英が役に立ちそうなものを探していると、近くの水面になにやら大きな魚が顔を出した。
 鯨と見まがうほどに大きな、しかし決して鯨ではない「魚」。
 蒲公英を慕って出てきたと思われるその魚には、ずいぶんと大きな、羽のようなひれがあった。

 そう。
 この巨大な魚の正体は、なんとトビウオだったのである。
 このトビウオがはね回れば、きっと十分な妨害になるに違いない。

 蒲公英がトビウオを見つめて声をかけると、トビウオは静かに湖の底へと潜っていき……次の瞬間、湖の至る所で巨大なトビウオが水面上に飛び出した。
 それによって引き起こされた大波が、湖を突っ切ろうとしていた面々の行く手を阻む。

 が。
 それが蒲公英にとってプラスに働くかと言えば、必ずしもそうではなく。
 真っ先に大波でバランスを崩したのは、蒲公英の乗っていたアーベントだった。

 あっという間に波に押し流され、水中へと引きずり込まれる。
 いまだ収まらぬ波と、自らの吐いた息による泡とで、ほとんど視界がきかない。
 夢の中でも水に落ちれば溺れるかもしれないということを、蒲公英は初めて身を以て思い知らされた。

 これではレースどころの騒ぎではない。
 助けを求めて、蒲公英は必死で腕を伸ばした。

 と、その時。
 誰かの手が、蒲公英の腕を掴んだ。
 そのまま、水上に引き上げられる。
 トビウオたちもすぐにミスに気がついたのか、波はいつの間にか収まっていた。

「大丈夫か?」

 蒲公英を助けたのは、冬だというのに日焼けした肌の、わりと大柄な青年だった。
 上空には、彼が乗ってきたとおぼしきヘリコプターがホバリングしている。

 これは――使える。

「あ……はい」
 蒲公英が精一杯しおらしい様子でそう答えると、男は満足そうに頷いた。
「俺につかまりな」
 言われた通り、彼にすがりつくようにすると、男は先ほどまで蒲公英の腕を掴んでいた手を、今度は背中に回してきた。
「落ちないようにな」
 そう言いながら、その一言では説明がつかないほどに身体を密着させようとする。
 こういう男は好きではないが、扱いやすいという意味ではこの方がいい。
 蒲公英がそんなことを考えていると、男は蒲公英を抱きしめたまま片手で器用にロープを登り始めた。

 ヘリコプターの中は、蒲公英が思っていた以上に広かった。
 これなら、アーベントも一緒に乗っていけるかもしれない。
 そう考えた蒲公英は、彼にこう頼んでみることにした。
「あの……私のポニーがまだ下にいるんです。探してみてくれませんか?」
「ポニーねぇ」
 当然のごとく、あまり気乗りのしないような素振りを見せる男。
 だが、そう言いながらも、彼の目線は蒲公英の胸元や腰の辺りを彷徨っていた。
 先ほど湖に落ちたせいで、濡れた服が肌に貼りついている。
 着ている方としては気持ち悪くて仕方がないのだが、見ている方にとっては悪いものでもないらしい。

 ともあれ、この態度を見る限り、彼を利用することはそう難しいことではないだろう。
「お願いします。大事なお友達なんです」
 案の定、蒲公英がもう一押しすると、男はあっさりとその申し出を承諾した。
「しゃあねぇな」





 二人がアーベントを見つけた時には、アーベントはすでに湖岸に待避していた。
 それも、おあつらえ向きに、ヘリが降りられないような木の多いところに。

「んじゃ、ちょっくら回収してくるわ」
 そう言うと、男はさっさとロープを下ろすと、それをつたって下まで降り、手慣れた手つきでアーベントにロープを括りつけた。
「これでよし、っと。もう引き上げていいぜ」
 その合図で、蒲公英がロープを引き上げる。
 ロープの巻き方が悪いのか、アーベントは少し痛そうにしていたが、まあ我慢できないほどではないようなので、それほど問題はないだろう。

 無事にアーベントを回収し終わると、男は何も知らずに次の指示を出してきた。
「じゃ、ハシゴ降ろしてくれ」
 もちろん、蒲公英にそんなことをしてやるつもりはさらさらない。
「このご恩は忘れません。それじゃ、お先に失礼します」
 それだけ言うと、蒲公英はヘリコプターの扉を閉め、さっさと富士山の方へとヘリを飛ばした。

「……え? お、おい、ちょっと待てぇっ!!」
 下の方から何か聞こえたような気がしたが、もちろんそんなことは一切気にせずに。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 予期せぬ「最終問題」 〜

 レースのゴール地点であり、毎年最後にして最大の障害が待ちかまえている富士山頂。
 この場所に今年一番に辿り着いたのは、なんと蒲公英だった。
 ジャングルで口にした謎の茸の力によって大人の姿となった彼女は、なんと性格まで反転してしまっていたのである。

 ……が。
 なりふり構わず勝ちを狙ってきた彼女であったが、さすがに単独一位でここに来てしまったのは予想外だった。

 例年、最後のゴールを守っている相手は、とても一筋縄ではいかないような相手である。
 ここは適当な誰かを囮にして漁夫の利を得る作戦だったのだが、そのためにはわざわざ誰かが来るのを待つ以外に方法がなくなってしまった。

 レースなのに、「早く来すぎて困る」という皮肉に苦笑しつつ、とりあえず相手の様子だけでも見ておこうと、蒲公英は頂上の近くにヘリコプターを寄せ、そこからロープを使ってアーベントを降ろし、最後に自分もヘリから降りた。





 申年の一昨年が大猿、酉年の去年が鳥人間。
 となれば、戌年の今年は犬で間違いないだろう。
 蒲公英はそう考え、実際それはある意味では的中していた。

 山頂で蒲公英を待っていたのは、固く閉ざされたゴールの扉と、その横に鎮座している大きな狛犬。
 そして、その横にずらりと並んだ、無数の狛犬の群れだった。

「やれやれ、ようやっと最初の方が来ましたね」
「STAFF」の文字の入った腕章を身につけた黒衣の男が、薄笑いを浮かべたまま声をかけてくる。
「これは……どういうこと?」
 蒲公英がそう聞いてみると、男は軽く苦笑した。
「前回、ちょっとごり押しが過ぎた方がいましたからね。
 今年からちょっと傾向が変わったんですよ」

 確かに、「宇宙戦艦で上空から突っ込み、門番から何から全てはねとばして無理矢理ゴールする」という前回優勝者のとった戦法は、お世辞にも褒められたものではあるまい。
 だからといって、いきなりこんな方向転換をされては、こちらもいい迷惑である。

「というわけで、今年の門番はこの『百一匹狛犬ちゃん』です。
 ルールは簡単、あちらの小さい狛犬百匹のうち、全く同じポーズをしている狛犬が一組だけあります。
 その番号を調べて、この大きな狛犬の台座にあるボタンを押して下さい。
 正解であればゴールへの道が開きますが、間違った場合は……まあ、その場合どうなるかはご想像にお任せします」
 なるほど、今度は力勝負ではなく、頭を使った勝負ということか。
 それならば、わざわざ他人の力をアテにする必要もないし、早く来ている方が圧倒的に有利である。
 蒲公英はさっそく狛犬を調べようとしたが、ルールにはとんでもないオマケがついていた。
「ちなみに、狛犬のポーズは現在三十分ごとに変わるように設定されています。
 その度に正解の組み合わせも変わりますので、十分にお気をつけ下さい」

 これは……厄介どころの騒ぎではない。
 三十分ということは、秒に直すとたった一八〇〇秒。
 ということは、一度も前の狛犬を確認に戻らないと仮定しても、一つの狛犬につき一八秒しか使ってはいけないということになる。

 前言撤回。とてもできるわけがない。
 そう考えて、蒲公英は一旦物陰に隠れて待つことにした。
 自分で開けられないなら、当初の計画通り、誰かが開けてくれるのを待つだけである。





 それから、どれくらい経っただろうか。
 シュライン・エマとセレスティ・カーニンガム、そして都由の三人が山頂に到着したのは、何人かの挑戦者が健闘空しく狛犬パンチによってスタートの方角にぶっ飛ばされた後のことだった。

「あら……まさか狛犬とは思わなかったわ」
 巨大な犬でも出てくることを予想していたらしく、いつの間にかボールやら骨型のおもちゃやらフリスビーやらを用意していたシュラインが、心底残念そうな顔をする。
「そうですね〜。せっかく〜、いろいろ用意してきたのに〜」
 そう答えて、都由もこっそり持ってきていたフリスビーを取り出した。
 なんのことはない、実は都由もシュラインとほとんど同じ想像をしていたのである。

 そうこうしているうちに、黒衣の男が今回のルールを説明に来た。
「たったの三十分で百匹……これは、とても無理ね」
「そうですね……どう頑張っても、難しそうです」
 予想だにしなかった難問に、シュラインとセレスティが頭を抱える。

 ……が。
「三十分あれば〜、できないことも〜ないかもしれませんね〜」
 都由にとっては、手のつけようがないほど難しい課題というわけではなかった。

「それなら、挑戦してみてはいかがです?
 ちょうどもうすぐ三十分で、狛犬たちのポーズが変わる頃です」
 男の言葉に、都由は一度だけ頷き……狛犬たちがポーズを変えるのを待って、さっそくこの「最終問題」への挑戦を開始した。

 口が開いているもの、閉じているもの、半開きになっているもの。
 足がちゃんと地に着いているものと、どちらかの足が上がっているもの。
 目を閉じているものと、開いているもの。
 尾がまっすぐなものと、曲がっているもの。
 耳が立っているものと、寝ているもの。

 それこそ、確認すべき場所は無数にある。
 それでも、都由は次々にその狛犬たちの特徴を記憶し、照合していった。
 購買には同じメーカーの姉妹品といったように、よく似たパッケージの品物も少なからずある。
 それを瞬時に見抜く能力が、ここでも役に立ったのだ――といったら、さすがに飛躍のしすぎであろうか?

 そして、問題が変わってからきっかり二十九分と三十秒後。
 都由は、大きな狛犬の前に立ち、台座にあるボタンのうち二つを押した。
「十四番と〜、二十六番ですね〜」

 大きな狛犬の目が、キラリと光る。
 一同が固唾をのんで見守る中――銅鑼の音とともに、ゴールへの扉がゆっくりと開いた。

 正解だ。

「都由さん!」
「さすがですね」
 シュラインとセレスティが、惜しみない拍手を送ってくれる。

 と、その時。

 不意に、ポニーに乗った女性が物陰から飛び出してきた。
 どうやら、自力でこの扉を開けるのは無理と悟って、誰かが扉を開けるのを待っていたらしい

 驚くシュラインとセレスティの横を駆け抜け、彼女は真っ直ぐにゴールへと向かう。

 けれども、彼女がゴールにたどり着くことはなかった。
 突然大きな狛犬が動きだし、目にもとまらぬ速さで彼女をポニーごと一飲みにしてしまったのである。

「……今……人、食べちゃわなかった?」
 目を丸くするシュラインに、黒衣の男はにやりと笑った。
「ああ、ご心配なく。ただのインチキ対策ですから」





 ともあれ。
 そんなこんなで、都由は無事に一位でゴールすることができた。
 そして、シュラインとセレスティも、後ろで答えを見ていたのだから、すぐにゴールできるだろう。

 都由はそう考えていたのだが、ここで先ほどの女性の乱入が影響した。
 先ほど時間をロスしたせいで、都由がゴールした直後に狛犬が動いてしまったのである。

「どうやら、問題が変わってしまったようですね。
 まあ、最初に誰かがゴールした後は、徐々に問題も簡単になっていく仕組みですので……頑張って下さい」
 そう告げた男の顔は、なぜか嬉しそうだった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 驚きの真相 〜

 レース開始から、どれくらいの時間が経っただろうか。

 酔狂にも、富士山を徒歩で登っている二人の人物がいた。
 一人は、平代真子(たいら・よまこ)。
 そしてもう一人は、ロドリゲス大宮という自称トレジャーハンターの青年である。

 もちろん、この二人とて最初から徒歩で来たわけではない。
 が、途中のトラブルによって乗り物を失い、こうして自らの足のみに頼ることを余儀なくされていたのである。
 そんな二人がたまたまこの山の麓でばったり出会い、意気投合したとしても何ら不思議はないだろう。

「……で、ちょっと目を離した隙に、その嬢ちゃんにヘリを乗り逃げされちまってよ」
「そんな誰とも知らない子に鼻の下伸ばしてるから、そういうことになるんじゃないの?」 
 大宮の打ち明け話に、代真子が苦笑しながらツッコミを入れる。
「ははっ、違いねぇ。ま、相応の役得はあったんでよし、ってことにしとくさ」
 大宮はそういって苦笑すると、逆にこう尋ねてきた。
「それはそうと、アンタこそなんで歩いてこようなんて気になったんだ?」
「あたしも最初は鳥に乗ってたんだけどね。上空で化け物に襲われて墜落しちゃったのよ」
 代真子の答えに、大宮が納得したように頷く。
「ここは上空でも安心できねぇからな。俺も羽根の生えた虎に襲われた時はさすがに肝を冷やしたぜ」
「あたしが見たのは羽根の生えたウナギのお化けだったわね。すごく気持ち悪いやつ」

 と、二人がそんなことを話していると。
 下の方から、蹄の音が聞こえてきた。
 どうやら、まだ後ろに誰かいるらしい。

 一体、どんな相手だろう?
 二人は顔を見合わせると、一斉に後ろを振り向いた。

 そこにいたのは、ポニーに跨った長い黒髪の女性だった。
 何があったのか知らないが、だいぶあちこち怪我をしているようである。

 その彼女を見て、突然大宮が大声を上げた。
「あっ! お前はさっきの!!」
 その声に、女は驚いたように回れ右をして逃げようとする。
 しかし、すでにポニーは相当くたびれていて、もはや急いで走るだけの力はなかった。
「ひょっとして、今のが?」
「あいつに間違いねぇ! この俺様を騙しやがって、ただで済むと思うなよ!」
 尋ねる代真子にそう答えて、大宮は全速力で女を追いかけていった。

 恐らく、あのポニーの足では、大宮から逃げ切ることはかなうまい。
 仮に彼女がポニーを置いて逃げようとしたとしても、やはり結果は変わらないだろう。

 そうなると、問題は一つである。
 はたして、大宮は彼女を捕まえて一体どうしようというのだろう?

 まあ、そこまでひどいことをするような人間にも見えなかったが、相当頭に血が登っているようなのはいただけない。
「これは、放っておくわけにもいかないわね」
 ため息を一つつくと、代真子は慌てて二人の後を追った。





 代真子が二人に追いついたのは、そこから少し下ったところだった。
 予想に違わず、大宮は彼女に追いついており……それどころか、女の方はなにやら頭を抑えてうずくまっていた。
「まさか、本気で殴ったりしたんじゃないでしょうね」
 代真子がそう問いつめると、大宮は大きくため息をついた。
「俺は何もしてねぇ。こいつが急に苦しみだしたんだ。
 どうせ、逃げられないと悟って仮病でも使ってんだろうけどよ」
 とはいえ、彼女の様子はとても仮病のようには見えない。
「ねえ、ちょっと」
 代真子が彼女に手を差し伸べようとした瞬間――信じられないことが起こった。
 突然、彼女の身体が縮みだしたのである。

 呆気にとられる二人の目の前で、二十歳ほどに見えた女は、みるみるうちに小学校低学年くらいの少女の姿へと変わっていった。





「……ここは……?」
 蒲公英は、辺りを見回して首をかしげた。
 ついさっきまでジャングルにいたはずなのに、なぜか、今は山道の途中にいる。
 身体はあちこち痛むし、隣にはどこかで見たことがあるような女性と、少し不機嫌そうな顔をした男の姿があった。

 蒲公英が驚いてアーベントの陰に隠れようとすると、その女性の方が苦笑しながらこう声をかけてくる。
「えーと……蒲公英ちゃん、だっけ?」
 やはり、彼女とはどこかで一度会っている。
「あ……あなたは、確か……」
「平代真子よ。去年もこのレースで会ったじゃない」
 そうだ。
 去年、休憩所で会った女性に間違いない。
 だとすれば、あの後鳥人間たちの救助を手伝ってくれた彼女は、悪い人ではないだろう。
 蒲公英が少しほっとしていると、その様子を見た後ろの男が怪訝そうな顔をした。
「なんだなんだ、知り合いか?」
「ええ。ちょっとね」
 どうやら、彼は代真子の知り合いらしい。
 だとしたら……悪い人ではないのかもしれないが、相変わらず不機嫌そうにしているし、少し怖い。

 やむなく、蒲公英は代真子にこう尋ねてみた。
「わたくし……どうしてこんなところに?」
「ひょっとして、何も覚えてないの?」
 覚えてないの、ということは、やはり何かあったらしい。
「アーベントさんと一緒に、ジャングルに入って……そこで……おいしそうな茸を食べたような……」
「それで、気がついたらここにいた、ってこと?」
「……はい……」
 正直に、覚えている通りのことを答える蒲公英。
 だが、代真子はともかく、後ろにいた男はその説明に納得してはくれなかった。
「ちょっと待てよ。じゃ、全部その茸のせいだってのか!?」
「ほぼ間違いないわね。あたしは蒲公英ちゃんを信じるし……この子が嘘を言っているように見える?」
 代真子が味方してくれるのはありがたいが、後半はなくてもよかったかもしれない。

 男と目が合う。
 思わず目をそらしそうになったが、そんなことをすればますます疑われると思い、蒲公英は懸命に彼の方を見つめ返した。
 もし自分が迷惑をかけたのなら、謝りたいとは思うが……相当腹を立てているようだし、やっぱり怖い。
 その恐怖のせいか、涙で微かに視界が歪む。

 と。
 突然、男ががっくりと肩を落とした。
「……って、なんで怖がんだよ。 これじゃ俺が子供をいじめてるみたいじゃねぇか。
 あぁ、わかったわかった! 嬢ちゃんが悪くないのはわかったから泣くなって!」
「ほら、わかったってさ。よかったわね」
 嬉しそうな様子で、代真子が頭を撫でてくれる。
「……はい……」
 小さく頷く蒲公英の視界の隅で、アーベントが安心したように息をついていた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 そして 〜

 代真子たちがゴール前につくと、ゴール担当の係員はやれやれとばかりにため息をついた。
「ようやっと、最後の三人が来ましたね。
 問題の難易度はこれ以上ないくらい低くしてありますので、ちゃっちゃとゴールしちゃってください」

 百匹の狛犬の中から、三十分以内に全く同じポーズをしている二匹を見つけ出す。
 そういわれれば非常に困難なようにも思えるが、狛犬のうち二匹だけが、それもよりにもよって最も入り口から近いところにいる二匹がこれ見よがしに全く同じポーズで逆立ちしていれば話は別である。

 となれば、後は誰が先にゴールに入るか、だが。

「俺は、最後でいいや」
 真っ先にそう言ったのは、大宮であった。
「レディー・ファースト、ってな。どうせビリもブービーもかわらねぇだろうしな」

 実は、代真子も「この際ビリでいいか」と思っていたのだが、彼の言う通り、ビリもブービーも大差ないだろうから、わざわざ彼の厚意を無にすることもあるまい。
 そう考えて、代真子はそっと蒲公英の背中を押した。
「先行っていいよ、蒲公英ちゃん」
「……え……いいんですか……?」
「いいからいいから。さ、早く」
 代真子に促されて、まずは蒲公英が大きな狛犬の前に立ち、一番と二番のボタンを押す。
 すると、「ぴんぽーん」という安っぽい効果音とともに、ゴールへの扉が、単なる自動ドアのように何の趣もなく開いた。
「うわ、何この手抜き」
 唖然とする代真子に、係員がきっぱりこう言い放つ。
「まあ、この順位でこの問題のレベルなら、これくらいの演出が妥当でしょう」
 確かに、こんな百人がやって九十九人が正解しそうな問題であれば、この程度の演出にとどめられても仕方ないといえば仕方ない。
「でも、なんか釈然としないのよね」
 釈然とはしないが、だからといってどうこうできるものでもない。
 蒲公英がゴールするのを待って代真子がボタンを押すと、先ほどと同じいい加減な演出でゴールへのドアが開いた。
 さほど感慨があるわけではないが、半ばヤケクソ気味に堂々とゴールへと向かう。
 大観衆に応えるかのように右手を挙げてみると、それを見ていた蒲公英が少し控えめながら拍手をしてくれた。

 そうして、代真子がゴールし終えた後。
「さて、じゃ最後は俺の番か」
 大宮が、苦笑しながら狛犬のボタンを押す。

 ところが、どうしたことか、今度はドアは開かなかった。

「……あ? どうなってんだ?」
 首をひねる大宮に、係員が不気味な笑みを浮かべる。
「大変申し上げにくいのですが……今年から、最下位の方には罰ゲームが用意されまして」
「……へ?」
「いえ、ごり押しの過ぎる方も問題なのですが、勝つ気がなさすぎる方が多いのも問題といえば問題でして。
 レースとしての緊張感を少しでも出すためには、こういう方法もやむを得ないということになったのですよ」
 戸惑う大宮にそれだけ告げると、係員は一度指を鳴らした。
 それと同時に、どこからともなく屈強そうな黒服の男が数人姿を現す。
「連れて行け」
 係員の合図で、男たちが大宮を取り押さえる。
「……え? おい、こんなの聞いてねぇぞ!?
 放せ、おい、こら、放せ、放せぇぇぇっ!!」
 どこかへ連行されていく大宮を見ながら、代真子は一瞬でも「ビリでいいか」と思ったことを激しく後悔するとともに、彼の尊い自己犠牲的精神に心の中で最敬礼したのであった。

 大宮の姿が見えなくなると同時に、いつもの声がどこからともなく響いてくる。
「本日は、当レースに御参加下さいまして、誠にありがとうございました。
 本年が皆様にとって良い年となりますように……」





 そして……蒲公英は、夢から覚めた。





 目を覚ました後で、変わったことが一つだけあった。
 ベッドの横に、大きなトビウオのぬいぐるみ……というか、抱き枕のような物が置かれていたのである。
 少なくとも蒲公英の覚えている範囲では、トビウオになど会った記憶はないのだが……一体何があったのだろう?
 蒲公英は懸命に思い出そうとしてみたが、結局その努力は徒労に終わった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 0086 /   シュライン・エマ   / 女性 /  26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
 1992 /    弓槻・蒲公英    / 女性 /   7 / 小学生
 1883 / セレスティ・カーニンガム / 男性 / 725 / 財閥総帥・占い師・水霊使い
 3107 /    鷲見条・都由    / 女性 /  32 / 購買のおばちゃん
 4241 /    平・代真子     / 女性 /  17 / 高校生

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■         ライター通信          ■
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 撓場秀武です。
 この度は私のゲームノベルにご参加下さいましてありがとうございました。

 さて、このレースも今回で三度目ということで。
 いただいたプレイングをもとに、あちこちいろいろとひねってみました。

・このノベルの構成について
 このノベルは全部で五つないし六つのパートで構成されております。
 今回は全てのパートについて複数パターンがありますので、もしよろしければ他の方のノベルにも目を通してみていただけると幸いです。

・個別通信(弓槻蒲公英様)
 三年続けてのご参加ありがとうございました。
 罠をかけたり誘惑したり、ということだったので、いい感じに引っかかりそうな生け贄(?)を一人用意してみましたが、いかがでしたでしょうか?
 狛犬に飲み込まれた後一体何があったかは……まあ、ご想像にお任せするということで。
 ともあれ、もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。