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<東京怪談・PCゲームノベル>


激走! 開運招福初夢レース二〇〇六!

〜 スターティンググリッド 〜

 気がつくと、真っ白な部屋にいた。
 床も、壁も、天井も白一色で、ドアはおろか、窓すらもない。

(ここは一体、どこなのでしょうか?)

 納得のいく答えを求めて、懸命に記憶をたどる。
 その結果、導き出された答えは一つだった。

(これは……夢、なのでは?)

 自分の記憶は、ちょうど眠りについたところで途切れている。
 だとすれば、これはきっと夢に違いない。
 眠っている間に何者かにここへ運び込まれた、ということもありえなくはないが、それよりは、これが夢である可能性の方が高いだろう。

 それにしても、なんとつまらない夢だろう。
 何もない、だだっ広い真っ白な部屋に、自分ひとりぼっち。
 しかも、ただの夢ならともかく、これが二〇〇六年の初夢だとは。
 
(どうやら、目が覚めるのを待つしかなさそうですね)
 そう考えはじめた時、突然、どこからともなく声が響いてきた。
「お待たせいたしました! ただいまより、新春恒例・開運招福初夢レースを開催いたします!!」

(『新春恒例・初夢レース』……?)
 新春恒例と言われても、そんなレースは聞いたこともない。
 不思議に思っている間にも、声はさらにこう続けた。
「ルールは簡単。誰よりも早く富士山の山頂にたどり着くことができれば優勝です。
 そこに到達するまでのルート、手段等は全て自由。ライバルへの妨害もOKとします」

(なるほど。面白そうですね)
 聞いているうちに、次第とそんな気持ちが強くなってくる。
 なんでもありの夢の中で、なんでもありのレース大会。
 考えようによっては、こんなに面白いことはない。

 それに、どうせ全ては夢の中の出来事なのだ。
 負けたところで、失うものがあるわけでもない。
 もちろん、勝ったところで何が手に入るわけでもないのかもしれないが、楽しい夢が見られれば、それだけでもよしとすべきだろう。

「それでは、いよいよスタートとなります。
 今から十秒後に周囲の壁が消滅いたしますので、参加者の皆様はそれを合図にスタートして下さい」
 その言葉を最後に、声は沈黙し……それからぴったり十秒後、予告通りに、周囲の壁が突然消え去った。
 かわりに、視界に飛び込んできたのは、ローラースケートやスポーツカー、モーターボートに小型飛行機などの様々な乗り物(?)と、馬、カバ、ラクダや巨大カタツムリなどの動物、そして乱雑に置かれた妨害用と思しき様々な物体。

 想像を絶する事態に、なかば呆然としつつ遠くを見つめると……明らかにヤバそうなジャングルやら、七色に輝く湖やら、さかさまに浮かんでいる浮遊城などの不思議ゾーンの向こう側に、銭湯の壁にでも描かれているような、ド派手な「富士山」がそびえ立っていたのであった……。

(さすがに、夢の中だけのことはありますね)
 これだけわけのわからない事態に遭遇していながら、セレスティ・カーニンガムが普段の冷静さを取り戻すまでに、さほどの時間はかからなかった。
 ここは夢の中なのだから、現実の知識や法則が通じなくても何ら不思議はない。
 言葉にすれば簡単なことだが、その一言で目の前の事象全てを受け入れなければならないとなると、これはなかなか難しいことである。
 それだけのことをあっさりとやってのけられるところに、リンスター財閥総帥でもあるセレスティの器の大きさが表れていたと言ってもいいだろう。

 と、それはさておき。
 落ち着きを取り戻したセレスティは、さっそく「あるもの」を探し始めた。
 彼が一度は乗ってみたいと思っていながら、現実世界ではそれが果たせずにいたもの。
 鷲の翼と上半身に、ライオンの下半身を持つ幻獣・グリフォンである。
 夢の中でなら、それに騎乗するチャンスもあるかもしれない。
 セレスティはそう考え――そして、それが正しかったことが、すぐに証明された。

 妨害用にと途中で拾ったいくつかの網を手に、そっとグリフォンの背中に乗る。
 その間グリフォンはおとなしくしていたが、セレスティが背に跨り、姿勢を安定させたのを察知すると、一声あげて走り出し、大地を蹴って空へと飛び立った。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 怪生物界の副将軍? 〜

「ねぇ、ちょっと。もう少し早く飛べないの?」
 あまりの遅さに、平代真子(たいら・よまこ)はついつい声を荒げた。
 返ってきたのは、やはり、先ほどと同じ間の抜けた声。
 今さらながら、代真子はこの鳥を選んだことを少し後悔し始めていた。

 なにしろこの鳥、散歩するようなスピードでふらふらふらふらと飛ぶのである。
「早くスタートした方が有利」と考えて最初に選んだ鳥に乗ってきた代真子であったが、さすがにここまで遅いというのは計算外だった。
 もっとも、その原因の何割かは、代真子自身にあるような気がしないこともないのだが。

「こんなんじゃすぐに追いつかれちゃうじゃない!」
 代真子が苛立たしげにそう口にすると、その言葉を肯定するかのように、三人ほどの参加者が代真子の横を通り抜けていった。
 皆、飛行機やグリフォン、ミサイル――これはさすがにどうかと思うが――など、ちゃんと速そうな乗り物に乗っている。

「ああ〜っ、もう! こんなんじゃ、今年も全然ダメじゃないっ!」
 代真子は悔しそうにそう言ったが、まあ、全ては後の祭りである。





 さて。
 空の上ならば、そうそう障害もあるまい。
 そう思って、代真子はこの上空ルートを選んだのだが。

 どっこい、ここは夢の中。
 空を飛んでれば何も起こりはしないだろうという仮定自体、そもそも大間違いなのである。

 代真子を追い抜いていった三人であったが、彼らもすぐに上空で立ち往生し、代真子に再び追いつかれることとなった。

 なんと、不意に現れた三匹の「蝙蝠のような羽根が生えた、ウナギのような生き物」が、彼らの行く手に立ちふさがったのだ。

 一同がこの事態に困惑していると、突然、左右のウナギが突然大声を出した。

「しずまれ、しずまれっ!」
「しずまれ、しずまれーいっ!」

 静まるもなにも、こっちは最初から呆気にとられて固まっている。
 ウナギもすぐにそのことに気づいたらしく、おもむろに整列すると、右のウナギがどこからともなく巨大な印籠のようなものを取り出した。

「この紋所が目に入らぬか!」

 その印籠に描かれた紋は、なんとミツバアオイ……ではなく、ミツバヤツメ。
 一部で「気持ち悪い」と大評判のあのヤツメウナギの仲間を、それも一番「気持ち悪さ」が堪能できる真っ正面からのデザインで描いたものだったのである。
 よくよく見ると、目の前にいる有翼のウナギのような生き物も、なんとなくミツバヤツメのように見えないこともない。

 ……が、だからなんだというのだろう?

 一同がリアクションに困っていると、ウナギたちはシビレを切らしたらしく、いきなり真ん中のウナギが一声こう叫んだ。
「微妙に順序が違う気もしますが、こらしめてやりなさい!」
『はっ!』

 こうなってしまうと、もうメチャクチャである。
 なぜかヤツメウナギのくせに放電するし、地上からは仲間とおぼしき銀色の巨大な猿が水車を小屋ごと投げつけてくるし、後続の面々は追いついてくるし、ついでに鬼も出るし蛇も出るしで、辺りはあっという間に大混乱になってしまったのであった。





「空を飛んできたのは、失敗だったかもしれませんね」
 セレスティの口から、そんな弱気な言葉が漏れる。
 それくらい、この空飛ぶミツバヤツメの集団は手強かった。

 セレスティも最初のうちこそ網を投げたり雹を落としたりして懸命に戦っていたが、これではいくら戦っても埒があかないし、それ以前の問題として、こんな連中と戦って得られるものなどあるはずがない。

 となれば、ここは「三十六計逃げるに如かず」であるが、彼らは逃げようとする相手を優先的に狙う傾向があるのか、これまで脱出に成功したものはいない。
 セレスティは懸命に逃げられそうな隙を探し、ある事実に目をつけた。
 彼らが、墜落していく相手には一切興味を示さないという事実に。

 幸い、地上にいる敵は巨大な銀猿しかいない。
 墜落しているようなふりをして急降下し、猿が目を離した隙に一気に低空飛行で振り切る。
 それ以外に、この状況を打破し、先へ進む方法はない。

 一度決断すると、後の行動は速かった。
 グリフォンの首にしがみつき、振り落とされないギリギリのスピードで急降下する。
 そして、猿が反対側にいる相手に水車小屋を投げつけている隙に、素早く水平飛行に転じてその後ろをくぐり抜けた。

「……全く、夢の中もなかなか物騒なものですね」
 そう呟いて、セレスティは一つ大きなため息をついた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 べじたぶる・うぉーず 〜

 シュライン・エマは、鷹に乗って川の上空を上流の方へと移動していた。

 どうにかこうにか酔い潰される前に鳥人間の宴会から抜け出すことができたものの、「お土産に」といろんなものを大量に持たされた上、鷹も満腹になるまで食事をしていたため、なかなか今までのようにスムーズには飛べないのである。

「これは、一旦どこかで休憩した方がいいわね……」
 シュラインは一休みできそうな場所を探して地上を見渡し、少し離れたところに見慣れない建造物があるのに気がついた。

 川沿いの森の中に、なにやら城のようなものが建っている。
 あの辺りは……確か、去年工事が行われていた場所ではなかっただろうか?

 まさかと思いながらも、シュラインたちはふらふらとその城の方へと向かった。





 城に近づくに連れて、シュラインは自分の予感が確信に変わっていくのを感じていた。
 川の向こう側に見える花畑と、川を気持ちよさそうに泳いでいるカバのようでもワニのようでもある生き物が、その確信が正しいことを証明してくれている。

 その一方で、川のこちら側の様子はというと。
 一昨年と去年で大きく違ったように……いや、あるいはそれ以上に大きく様変わりしていた。
 去年工事中だった場所には大きな城が建ち、並木があった辺りはすっかり立派な城下町と化している。

 そして、それ以上に驚くべきことに。
 その町に暮らしていたのは、なんとあの茄子の牛――普通に二足歩行している辺り、むしろ茄子の「人」と呼ぶべきかもしれない――だったのである。

 ともあれ、ここの住人が「彼ら」であれば、少なくとも敵対的な反応をされることはないだろう。
 そう考えて、シュラインは一旦街外れの広場に降りた後、少し町を散策してみることにした。





 シュラインが町に入ると、茄子たちはこの見慣れない来訪者に一斉に好奇の視線を向けてきた。
 まあ、正確には目がどこにあるか、どころか目があるかどうかすらもわからないのだが、茄子たちの反応は、まさにこの表現がピッタリくるようなものだったのである。

「さすがに、今度の子たちは私のことを覚えてないみたいね」
 ひょっとしたら、と期待してはいたのだが、さすがにそこまでうまくはいかないらしい。
 シュラインはそう呟いて苦笑したが、そのとたん、急に周囲の茄子たちがざわめきだした。
 なにやら近くにいる相手といろいろ囁きあっているようだが、残念ながら彼らの話している内容はさすがのシュラインにもわからない。
「私、何かまずいことでも言ったかしら?」
 予期せぬ事態に戸惑っていると、やがて、城の方からヘタにぴったり合った兜をかぶり、フォークのような槍を手にした兵士とおぼしき茄子が二人(?)、こちらの方にやってきた。

 これは、ひょっとすると厄介なことになったかもしれない。
 慌てるシュラインの目の前まで、二人の茄子兵士が近づいてきて……。

 シュラインの目の前で立ち止まり、姿勢を正して敬礼した。
 どうやら、「彼らが敵対的ではない」という当初の予想は間違ってはいなかったらしい。
 彼らはまるで上官にでも報告するかのような調子で何事か言うと、シュラインがその意味をとりかねていることに気づいて、身振り手振りで懸命に何かを伝えようとし始めた。

 まずシュラインの方を指し、次いで向こうに見えるお城を指し、シュラインの方からお城の方に向けて線を引くように手を動かす。
「えーと……お城に来い、ということ?」
 シュラインがそう聞いてみると、茄子兵士達は嬉しそうに何度も頷き、回りの茄子たちも一斉に歓声を上げた。
 この反応を見る限り、彼らにはこちらの言葉が通じている可能性が高い。
「あなたたち、私の言葉がわかるの?」
 念のためにシュラインがそう確認すると、茄子たちは一斉に力強く頷いたのだった。





 一方その頃。
 恐怖のミツバヤツメ軍団の手から辛くも逃げ切ったセレスティも、そのすぐ側の空域を、休憩できそうな場所を求めて移動していた。
 幸い、自分にもグリフォンにも大した怪我はなかったが、グリフォンの方は無茶な飛び方をしたせいもあってだいぶ疲れているようである。

(どこか、安全に休めそうな場所はないでしょうか?)
 セレスティが辺りの様子をうかがっていると、前方に森の中から突きだしている緑色の塔のようなものがあった。
 あそこならば、少なくとも他の参加者に妨害される心配はないだろう。
 そう考えて、セレスティはその塔の屋上に降りてみることにした。





 それから、十数分後。
 塔の屋上に降り立ったセレスティは、不意の来訪であるにも関わらず、塔の住人たちの手厚い歓迎を受けていた。
 彼らはなかなかに気のいい連中で、非常につき合いやすい相手といえた。

 相手にはこちらの言葉がわかっても、こちらには相手の言葉がわからないこととか。
 相手の動作はわかっても、表情を判断することが出来ないこととか。
 根本的に、食生活があっていないこととか。

 彼らの外見が、どう見ても手足の生えた胡瓜にしか見えないこととか。
 そういった、ささいな(?)問題点を除けば。

 落ち着いて考えてみると、あまりささいではない気もするが、ここは夢の中である。
 胡瓜が歩こうと、トマトが走ろうと、セロリが飛ぼうとさほどの不思議はない。

 そう割り切って、セレスティは彼らとのひとときを楽しんでいた。

 と。
 そこへ、工事現場のパイロンのような兜をかぶり、串のようにまっすぐな槍を持った胡瓜の兵士が数人、慌てた様子で塔を駆け上がってきた。
 どうやら、彼らの暮らしを脅かす外敵がここには存在するらしい。
「よろしければ、何が起こっているのか教えていただけませんか」
 セレスティが尋ねてみると、胡瓜たちは絵を描いたりしながら懸命に事態の説明を始めた。





「なるほど。
 つまり、せっかくここに国を作ったものの、悪い茄子がやってきて、領土を侵略し始めた、と」
 セレスティの言葉に、胡瓜たちは一斉に頷いた。
 茄子と胡瓜の戦争などと、なんだか冗談のような感じだが、少なくともやっている当の胡瓜たちにとっては死活問題である。
「私がその茄子たちと話をつけてきましょう」
 セレスティは胡瓜たちにそう告げると、胡瓜の兵士数人(?)とともに、一路茄子の城へと向かった。

 森の中を、一同は慎重に慎重に進んでいく。
 と、向こうから何者かがこちらに向かってくる気配があった。
 いくつかの足音と、大きな鳥の羽ばたく羽音。
 どうやら、向こうも誰か助っ人を頼んだらしい。
 それが話の通じる相手であってくれることを願いながら、セレスティはその集団の方へと向きを変えた。
 相手もこちらに気づいたらしく、塔へ向かうのをやめて、こちらの方へ近づいてくる。
 そして、その先頭にいた人物は、なんとセレスティのよく知る人物だった。

「おや、シュラインさんじゃありませんか。こんなところで一体何を?」
 セレスティが声をかけると、シュラインは少し驚いたような顔をした。
「私はこの子たちに頼まれて、胡瓜と話をつけに来たんだけど……ひょっとして?」
「奇遇ですね。私も、実はこの胡瓜たちに頼まれまして」
 和やかに話す二人の姿に、一緒にいた胡瓜たちと茄子たちは戸惑っているようだった。

 しばしの話し合いの後、二人が辿り着いた結論は一つだった。
「どうやら、胡瓜たちも、茄子たちも、人間の言葉はわかるみたいね」
「そのわりに、お互いの言葉はわからない、と。それが争いの原因だったようですね」
 そう、彼らは相手と意思を疎通するための手段が全くなかったが故に、相手を一方的に邪悪と見なし、延々と不毛な争いを続けていたのである。
 その証拠に、シュラインとセレスティがそれぞれの長に事の次第を説明し、彼らの仲介役を買って出ると、もともと争いを好まない胡瓜と茄子は、すぐに共存共栄を目指していくことで合意したのだった。

「もうケンカなんかしちゃダメよ?」
「これからは、一緒に仲良くやっていって下さいね」
 並んで手を振る胡瓜たちと茄子たちに見送られて、二人は森を後にした。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 予期せぬ「最終問題」 〜

 レースのゴール地点であり、毎年最後にして最大の障害が待ちかまえている富士山頂。
 この場所に今年一番に辿り着いたのは、なんと弓槻蒲公英(ゆづき・たんぽぽ)だった。
 ジャングルで口にした謎の茸の力によって大人の姿となった彼女は、なんと性格まで反転してしまっていたのである。

 ……が。
 なりふり構わず勝ちを狙ってきた彼女であったが、さすがに単独一位でここに来てしまったのは予想外だった。

 例年、最後のゴールを守っている相手は、とても一筋縄ではいかないような相手である。
 ここは適当な誰かを囮にして漁夫の利を得る作戦だったのだが、そのためにはわざわざ誰かが来るのを待つ以外に方法がなくなってしまった。

 レースなのに、「早く来すぎて困る」という皮肉に苦笑しつつ、とりあえず相手の様子だけでも見ておこうと、蒲公英は頂上の近くにヘリコプターを寄せ、そこからロープを使ってアーベントを降ろし、最後に自分もヘリから降りた。





 申年の一昨年が大猿、酉年の去年が鳥人間。
 となれば、戌年の今年は犬で間違いないだろう。
 蒲公英はそう考え、実際それはある意味では的中していた。

 山頂で蒲公英を待っていたのは、固く閉ざされたゴールの扉と、その横に鎮座している大きな狛犬。
 そして、その横にずらりと並んだ、無数の狛犬の群れだった。

「やれやれ、ようやっと最初の方が来ましたね」
「STAFF」の文字の入った腕章を身につけた黒衣の男が、薄笑いを浮かべたまま声をかけてくる。
「これは……どういうこと?」
 蒲公英がそう聞いてみると、男は軽く苦笑した。
「前回、ちょっとごり押しが過ぎた方がいましたからね。
 今年からちょっと傾向が変わったんですよ」

 確かに、「宇宙戦艦で上空から突っ込み、門番から何から全てはねとばして無理矢理ゴールする」という前回優勝者のとった戦法は、お世辞にも褒められたものではあるまい。
 だからといって、いきなりこんな方向転換をされては、こちらもいい迷惑である。

「というわけで、今年の門番はこの『百一匹狛犬ちゃん』です。
 ルールは簡単、あちらの小さい狛犬百匹のうち、全く同じポーズをしている狛犬が一組だけあります。
 その番号を調べて、この大きな狛犬の台座にあるボタンを押して下さい。
 正解であればゴールへの道が開きますが、間違った場合は……まあ、その場合どうなるかはご想像にお任せします」
 なるほど、今度は力勝負ではなく、頭を使った勝負ということか。
 それならば、わざわざ他人の力をアテにする必要もないし、早く来ている方が圧倒的に有利である。
 蒲公英はさっそく狛犬を調べようとしたが、ルールにはとんでもないオマケがついていた。
「ちなみに、狛犬のポーズは現在三十分ごとに変わるように設定されています。
 その度に正解の組み合わせも変わりますので、十分にお気をつけ下さい」

 これは……厄介どころの騒ぎではない。
 三十分ということは、秒に直すとたった一八〇〇秒。
 ということは、一度も前の狛犬を確認に戻らないと仮定しても、一つの狛犬につき一八秒しか使ってはいけないということになる。

 前言撤回。とてもできるわけがない。
 そう考えて、蒲公英は一旦物陰に隠れて待つことにした。
 自分で開けられないなら、当初の計画通り、誰かが開けてくれるのを待つだけである。





 それから、どれくらい経っただろうか。
 シュラインとセレスティ、そして鷲見条都由(すみじょう・つゆ)の三人が山頂に到着したのは、何人かの挑戦者が健闘空しく狛犬パンチによってスタートの方角にぶっ飛ばされた後のことだった。

「あら……まさか狛犬とは思わなかったわ」
 巨大な犬でも出てくることを予想していたらしく、いつの間にかボールやら骨型のおもちゃやらフリスビーやらを用意していたシュラインが、心底残念そうな顔をする。
「そうですね〜。せっかく〜、いろいろ用意してきたのに〜」
 そう答えて、都由もこっそり持ってきていたフリスビーを取り出した。
 なんのことはない、実は都由もシュラインとほとんど同じ想像をしていたのである。

 そうこうしているうちに、黒衣の男が今回のルールを説明に来た。
「たったの三十分で百匹……これは、とても無理ね」
「そうですね……どう頑張っても、難しそうです」
 予想だにしなかった難問に、シュラインとセレスティが頭を抱える。

 ……が。
「三十分あれば〜、できないことも〜ないかもしれませんね〜」
 都由にとっては、手のつけようがないほど難しい課題というわけではなかった。

「それなら、挑戦してみてはいかがです?
 ちょうどもうすぐ三十分で、狛犬たちのポーズが変わる頃です」
 男の言葉に、都由は一度だけ頷き……狛犬たちがポーズを変えるのを待って、さっそくこの「最終問題」への挑戦を開始した。

 口が開いているもの、閉じているもの、半開きになっているもの。
 足がちゃんと地に着いているものと、どちらかの足が上がっているもの。
 目を閉じているものと、開いているもの。
 尾がまっすぐなものと、曲がっているもの。
 耳が立っているものと、寝ているもの。

 それこそ、確認すべき場所は無数にある。
 それでも、都由は次々にその狛犬たちの特徴を記憶し、照合していった。
 購買には同じメーカーの姉妹品といったように、よく似たパッケージの品物も少なからずある。
 それを瞬時に見抜く能力が、ここでも役に立ったのだ――といったら、さすがに飛躍のしすぎであろうか?

 そして、問題が変わってからきっかり二十九分と三十秒後。
 都由は、大きな狛犬の前に立ち、台座にあるボタンのうち二つを押した。
「十四番と〜、二十六番ですね〜」

 大きな狛犬の目が、キラリと光る。
 一同が固唾をのんで見守る中――銅鑼の音とともに、ゴールへの扉がゆっくりと開いた。

 正解だ。

「都由さん!」
「さすがですね」
 シュラインとセレスティが、惜しみない拍手を送ってくれる。

 と、その時。

 不意に、ポニーに乗った女性が物陰から飛び出してきた。
 どうやら、自力でこの扉を開けるのは無理と悟って、誰かが扉を開けるのを待っていたらしい

 驚くシュラインとセレスティの横を駆け抜け、彼女は真っ直ぐにゴールへと向かう。

 けれども、彼女がゴールにたどり着くことはなかった。
 突然大きな狛犬が動きだし、目にもとまらぬ速さで彼女をポニーごと一飲みにしてしまったのである。

「……今……人、食べちゃわなかった?」
 目を丸くするシュラインに、黒衣の男はにやりと笑った。
「ああ、ご心配なく。ただのインチキ対策ですから」





 ともあれ。
 そんなこんなで、都由は無事に一位でゴールすることができた。
 そして、シュラインとセレスティも、後ろで答えを見ていたのだから、すぐにゴールできるだろう。

 都由はそう考えていたのだが、ここで先ほどの女性の乱入が影響した。
 先ほど時間をロスしたせいで、都由がゴールした直後に狛犬が動いてしまったのである。

「どうやら、問題が変わってしまったようですね。
 まあ、最初に誰かがゴールした後は、徐々に問題も簡単になっていく仕組みですので……頑張って下さい」
 そう告げた男の顔は、なぜか嬉しそうだった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 そして 〜

 結局、セレスティは参加者二十人中四位でレースを終えた。

 都由がゴールした後、問題は少しだけ簡単になったらしかったが、やはりとても二人の手に負える代物ではなく、結局二人がゴールしたのは問題を解ける別の人物が来た後だった。

 ゴールに入った時、どこからともなく最初の声が聞こえてきた。
「本日は、当レースに御参加下さいまして、誠にありがとうございました。
 本年が皆様にとって良い年となりますように……」 

 そして……セレスティは、夢から覚めた。





 目を覚ました後で、変わったことが一つだけあった。
 机の上に、なにやらタペストリーのようなものが置かれていたのである。
 不思議に思って広げてみると、タペストリーには左側に胡瓜、右側に茄子のデザインされた盾型の紋章が大きく描かれていた。
(彼らは、うまくやっているようですね)
 夢の中で出会った不思議な胡瓜と茄子のことを思い出して、セレスティは小さく笑った。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 0086 /   シュライン・エマ   / 女性 /  26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
 1992 /    弓槻・蒲公英    / 女性 /   7 / 小学生
 1883 / セレスティ・カーニンガム / 男性 / 725 / 財閥総帥・占い師・水霊使い
 3107 /    鷲見条・都由    / 女性 /  32 / 購買のおばちゃん
 4241 /    平・代真子     / 女性 /  17 / 高校生

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■         ライター通信          ■
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 撓場秀武です。
 この度は私のゲームノベルにご参加下さいましてありがとうございました。

 さて、このレースも今回で三度目ということで。
 いただいたプレイングをもとに、あちこちいろいろとひねってみました。

・このノベルの構成について
 このノベルは全部で五つないし六つのパートで構成されております。
 今回は全てのパートについて複数パターンがありますので、もしよろしければ他の方のノベルにも目を通してみていただけると幸いです。

・個別通信(セレスティ・カーニンガム様)
 今回はご参加ありがとうございました。
 セレスティさんの描写および雰囲気は、こんな感じでよろしかったでしょうか?
 ちょっと空中では無茶をさせてしまった気もしますが、それ以外はわりと落ち着いた雰囲気で書けたのではないかと個人的には思っています。
 ちなみに最終順位がシュラインさんの一つ後になっているのは、もちろんレディーファーストの精神で先を譲ったから、ということでご了承いただければと思います。
 ともあれ、もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。