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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


なんにしましょう

 カウンターの上に、カウンター。1/12サイズのドールハウスは、アンティークショップ・レンの内装をそのままにかたどっていた。ただし壁はショーウィンドウと入口のある一面だけしかない。その壁がないことを除けば、棚にある商品の一つ一つまでもがそっくり同じだった。カウンターの裏にあるものも、指でつまめば取り上げられる。
 これは売り物なのか、それとも置物かとあちこちの角度から眺めていたら、煙管を吹かした碧摩蓮が
「あんた、店番をしてておくれ」
と言うなり奥へ引っ込んでしまった。
「店番、と言われても・・・」
とりあえずカウンターへ入ってはみたが、そこらをうろうろ見回すだけでなにをすればいいのかわからない。なのに、こんなときに限って店の扉が開くのだ。
「・・・え?」
確かに客がやってきた。しかし開いたのはなんとカウンターの上に置かれたドールハウスの扉。そして入ってきたのは・・・。
「エクスチェンジ、プリーズ」

 普段、蓮がカウンターの中へ客を入れることはあまりない。それどころか、カウンターの中にあるものは店の商品でも蓮自身がかなり気に入っているものばかりで、要するに売る気がないものばかりを隠しこんでいる。薄々感づいてはいたものの、これまで手を伸ばす機会がなかったので目を向けずにいた。見ればきっと、自分のものにしたくなるだろうから。
「これなど、特に美しい」
と、セレスティ・カーニンガムが猫を撫でるように触れているのは臙脂色の毛氈。冬の季節、膝掛けに持ってこいの色合いと暖かさであった。
「それからこっちで、先週手に入れた紅茶を飲むのもいいですね」
さらに手を伸ばし、棚の奥で埃を被っていたティーセットを引っ張り出す。恐らくこの白磁は蓮本人すっかり忘れていたカップなのだろうけれど、商談を申し込めば間違いなく嫌な顔をされるはずだ。物に執着がないようでいて、こだわる人なのである。
「おや、この箱は・・・」
「おい!」
車椅子に座ったままカウンターの下を覗き込んでいたら、頭の上から声が降ってきた。青い瞳の上にかかる銀の長い髪の毛越しに声のほうを見上げると生意気そうな顔をした、翼の生えた子供が見えた。
 見えたような、気がした。髪をかきあげ身を起こすと、そこにはもう誰もいなかった。
「はて・・・・・・」
首を小さく傾げてみる。今、確かに人影があったはずなのに。そして気配はまだ店の中に残っているのに。
 セレスティは目を閉じて、空気の流れを肌に感じた。空気の中に漂っている水分はいろんな痕跡を吸い込んでいる、それを読み取るのだ。微かな、チョコレートを焦がしたような匂いは店のカウンターの前からレジスターを伝って、1/12サイズのドールハウスのほうへと流れ込んでいた。
 ドールハウスのカウンターを改めて見ると、手の平に乗るくらいの小さな、年齢ではなく実際に小さな少年が背中から生えている黒いコウモリのような羽根をはばたかせながら、唇を尖らせていた。
「あんた、ここの店主だろ?」
そしてセレスティが自分に気づいたと知るや、その尖った口から苦情が飛び出してくる。厳密に言えばセレスティは店番、店主代理なのだが笑顔で返答を濁す。せっかく来てくれたというのに、小さな訂正は必要ない。こんなことで客が帰してしまっては勿体無いと思ったからだ。
「はあ、まあ」
「ったく、なんなんだよ客を待たせやがって」
子供のくせに一人前の口調を気取りながら少年、子悪魔はカウンターに腰掛け足をぶらぶらと遊ばせる。さらにそのまま、背中を向けたまま
「あいつ、いい店だなんてデタラメ言いやがって」
と、友人か誰かのことを近頃聞きなれない言語で毒づいていた。

「おや、懐かしい」
それは遠く古い時代の言葉だった。だがセレスティはその言葉を軽々と聞き取り、同じ言語で返してみせる。これに驚いたのは子悪魔のほうで、振り返ると真ん丸な目でセレスティを仰ぎ見た。
「なんで、どうしてお前、俺たちの世界の言葉を喋れるんだよ」
子悪魔はセレスティをただの店主、人間としか見ていなかった。だが、本当にただの人間ならドールハウスの中で子悪魔が喋っているのを、平然と聞いていられるだろうか。
「この店は、なんだってありなんですよ」
「人間が古代語を喋ることだってか」
「私が人間に見えますか」
「人間じゃなかったら、どうしてここにいないんだ」
ドールハウスのカウンターを子悪魔は指さして見せる。確かに今セレスティが座っている場所、カウンターの中には誰もいない。ひょっとすると自分の人形でもあるのではないかとセレスティは思っていたのだが、水の一滴も落ちていない。
「ですが、それならどうしてあなたもここにいないのですか?」
負けじとセレスティは、現実世界のカウンターの向こうを子悪魔と同じように指さした。長い髪の毛越しに見たあの姿は一瞬だけの幻で、瞳がかすんだときに現実世界とドールハウスの世界が揺らいで見えたのかもしれない。
「同じです」
言われると、子悪魔はなにも答えられなかった。本当の、資格を持った悪魔ならばセレスティと同じくらいの大きさに変身できるのだが、その力がないことを指摘されているようで悔しくもあった。
「さて、本日はどんな御用でしょう」
子悪魔の目にはただの人間としか見えない、しかしその正体は彼の何倍も時間を重ねてきた水性の生き物、セレスティが自分の使っている言葉を習得していることも、劣等感になっていた。
 拗ねた顔で子悪魔は、自分の服のポケットを探り小さな杖を取り出す。勉強の答えを教えてもらえない、小学生のような仕草だった。教鞭こそは持たないが、頼めば教えてやらないこともないのに。自分の正体を明かしたところでなんら困ることのないセレスティではあったが、意地のように子悪魔は魔法を使ってセレスティの目の前に白い包みを取り出した。
「これを光る石と替えてほしいんだ」
「この匂いは、と・・・」
包みを開かなくても、セレスティにはそれがなんだかわかった。恋のまじないによく効くという、イモリの黒焼きだった。普通の炎で焼いたものにはなんの効き目もないが悪魔の炎で焼いたものなら信用は充分、ものを燃やす魔法を身につけた子悪魔たちはこれで小遣いを稼ぐのである。
 恐らく蓮は、これまでも子悪魔たちからこの品を買い取ってやっていたのだろう。それが果たして幾らなのか、セレスティは知らない。
「さてどうしましょう」
宝石はあるけれど、とセレスティはカウンターの引出しを開けて一粒のガーネットを取り出し、手の中で弄ぶ。

 宝石の色は緑。ガーネットの中でも高価な種類で、いくらイモリの黒焼きが珍重されるからといってただ取り替えるのでは釣り合わない石だった。
「どうしましょうか」
もう一度、セレスティは繰り返した。じれて、子悪魔は自分から訊ねる。
「どうしてほしいんだよ」
「そうですねえ・・・。ただのイモリの黒焼きでは芸がない。あなたなら、もっと珍しいものに替えられるのではないですか?」
つまり交換する品を取り替えろ、ということをセレスティは暗示する。ガーネットを自分の左の目に当てて、緑色越しに子悪魔を覗き込んだ。
「これだって店と同様、ただの石ではありませんからね。この店にあるものはどれも、ひと癖ふた癖あるものばかりなんですよ」
「あんたもな」
それが子悪魔の、精一杯の皮肉だった。緑色に、セレスティは微笑んだ。
 貸してみろ、と子悪魔がガーネットに手を伸ばした。うずらの卵くらいの宝石だったが、1/12サイズの子悪魔にとっては一抱えもある巨大な石、押し潰されないようにと手渡す代わりに、セレスティは石をドールハウスのカウンターへと置いた。
 すると子悪魔はまたポケットから柄の短いナイフを取り出し、滑らかにカットされた石の一面に刃を立てるとゆっくり削り出し、きらきらとした粉を手の平に集める。
「どうするんですか?」
「黙って見てろ」
子悪魔の口調は最早生意気なのではなく、真剣であるが故に気を使ってられないという風であった。手の中の粉に向かってぶつぶつと呪文を唱え、粉が光り出すとその手を顎の高さにまで上げて、唇でふっと吹いた。粉は風にのってゆるやかに飛び、セレスティの胸の前に置かれたイモリの黒焼きの上にまんべんなく降りかかった。
「・・・・・・」
言われた通り、セレスティは黙っていた。すると、一仕事終えた子悪魔は今度はなにか言えという顔でセレスティのことを睨んだ。
「どうなったのですか?」
「特別の薬を作ったんだ。この黒焼きのかけらを煎じて飲めば、年が若返る」
恐らくその魔法の種類の選択は、自分の年の若さを子悪魔が引け目に感じていたからなのだろう。ここでセレスティが確かめるように煎じてみせてもよいのだが、セレスティの見た目は十年やそこらを経たところではほとんど変わらない。
「一匹丸ごと煎じれば、どうなりますか?」
そこまでやれば少しは違うだろうと思い訊ねてみたら、子悪魔のほうが大げさに慌てて見せて
「お前がそんなに飲んだら、若返るどころか消えてなくなっちまうぞ」
本気で心配してくれるのだから、セレスティはこの見ず知らずの子悪魔をありがたいと思った。
 交換が成立してセレスティは布包みを、子悪魔はガーネットを手に入れた。子悪魔は宝石を両手に抱え危なっかしく羽ばたきながら、
「量を加減しろよ、気をつけろよ」
と、気をつけるのは自分のほうなのに最後まで心配しながら店を出て行った。生意気で、強がりで、心配性の優しい子悪魔だった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

1883/ セレスティ・カーニンガム/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
アンティークショップ・レンの店にある不思議なものはきっと、
不思議な世界の住人にはそこらにあるものではないかと思います。
お互いに交換、で都合よく回っている気がします。
最初に考えていた子悪魔は人を困らせるいたずら者だったのですが、
セレスティさまが相手ではどうしても手玉に取られてしまう
感じがします。
子悪魔よりも悪気なく子悪魔な性格をされているイメージです。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。