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<東京怪談ウェブゲーム あやかし荘>


 酒の肴

『お誕生日おめでと〜っ!!』

 夜の更けたあやかし荘に、未だ燈りの消えぬ一室。其処にはあやかし荘に住まう者や、此度の祝いに声を掛けられた面々が、其々御猪口やグラスを手に乾杯の音頭を交わして居る。
 誕生日――と銘を打っては居るが、今宵集った顔触れの中に、其の月日に当て嵌まる者等一人も居なくて。
 では、何であるのか……と言えば。
 今日はあやかし荘管理人である因幡・恵美(いなば・めぐみ)が先代管理人であった祖母より、其の責務を代わり勤める事と為った、一年毎に訪れる其の記念日であった。

『ほらぁ〜! 御猪口出してっ。まだまだ呑みが足りないよ〜っ!!』

 狭い一室にケーキやお酒、摘まみが無造作に放置され。各々が其れ等を奔放に小皿に取り分け、談笑の輪を広げる中――。
 何れかの者から景気良く漏れた其の一声を機に、夜明け迄続く戦いは始まった。

 * * *

『か〜んぱ〜いっ!!』

 既に幾度目かの御猪口やグラスの接触音が響き、各々が其の手に添えられた容器を傾ける。
 其の内全てを飲み干した門屋・将太郎(かどや・しょうたろう)が今にも鼻歌を口遊まんばかりの笑顔で、間も無く次の一杯を注ぐ為身近な銚子を掴み上げた。

 事の起こりは、小一時間前。見慣れたあやかし荘の灯りが燈された儘に、何やら賑やかな音に誘われ将太郎が何と無しに管理人室へと顔を覗かせて見れば。其処では知った面々での、あやかし荘の記念日とやらが行われて居て。
 其の陽気と酒の席に惹かれて、ついついと祝賀の同席をして仕舞った処迄は良かったが。其の何れかから飛び出した一言が、思い起こせば抑々の原因だった様に思う。

『へぇ……。恵美ちゃんも此処の管理人に為って、もうそんなに経つのか。――……そりゃめでてぇ。おめでとう、恵美ちゃん。今後も頑張れよ』

『はいっ、有り難うございます。此れからもあたし、ばんばん頑張っちゃいますから!』

 将太郎の突然の訪問と、飛び入りの参加にも関わらず、皆は其れを屈託無く迎え入れ。当初は一様に、他愛無い話に緩りと華を咲かせて居たのだが……。

 * * *

『――ほらぁっ! 恵美ちゃんっ、まだ止めちゃ駄目なんだよっ!!』

『う〜……。柚葉ちゃん、あたし、もう呑めないよ〜……』

 頬を紅潮させ眉尻を下げる恵美の傍らで、頻りに次の一献を勧める柚葉と、そ知らぬ顔で日本酒の酌まれた御猪口に口を付ける嬉璃。其の隣には、黙々とグラスの中身を傾け、皆の様子を傍観する筵。――……そして、将太郎。
 各々の周囲には、其々酒瓶、ビール瓶、ワインボトルに缶チューハイ。――そして、青汁とソーダ水の空き瓶迄もが、無造作に床へと転がされて居る。

『呑めないじゃな〜いっ、此れは真剣勝負なんだよっ! 恵美ちゃん、ほんと〜に遣る気有るのっ?!』

『ふ、ふえ〜……』

『遣る気も何も、抑々が一体何の勝負なんぢゃ。此れは』

 鼻で半ば呆れた風に息を吐き乍らも、何処か嬉々として漏らされた嬉璃の呟きに。其の通りだと、正常な思考を以って賛同為る者は既に居らず。

『んな物は関係無ぇ〜って!! よーし! どんどん行くぞー!! 皆〜、俺に付いて来れるかぁ〜!?』

『…………』

 酔いの回り、呂律の怪しさを漂わせる。将太郎の笑い上戸故の、稀に見る昂揚振りとは対照的に。筵は只淡々と、自身に注がれたグラスの中身を呷り続ける。

 此処迄を見れば、既に一目瞭然ではあるが。
 今一同は。――何時の間にやら、飲み比べ勝負と言う無謀な試みを、実践に移して居た。

 既に成人を迎えて居る将太郎、恵美。そして、其の年齢は定かで無いが、変化に因り大人の姿を模す嬉璃は各々の好む酒類の物を。未成年である筵、柚葉は青汁のソーダ水割りと言った代物を面白半分に拵え、誰が最後迄生き残れるかと至ったのが此度の状況の全貌で。
 既に其々が異様な迄の速度で飲み物を呷り続け、勝ちに執着為る者に、我関せずの者。――疾うに其の目的すら忘れて仕舞って居る者と、見事に意を違える一面の勝負は、未だ混乱を極めた儘で居た。

『御前っ。んな物飲んで、良く平気な顔してられるなぁ〜。断然、此方の方が美味いぜぇ?』

『……別に、慣れれば然うでも無ぇ』

『そうだ、そうだ〜っ! ボク達子供を舐めると、痛い目見るんだぞっ!!』

 祝賀の誘いの掛かった其の時には、予想だにして居なかった喧騒に僅かに眉を顰め乍らも。結局はグラスを傾ける事と為る筵に、将太郎が半ば強引に肩を組み。日本酒の、熱燗の注がれた御猪口を天井に向け高々と掲げると、憮然として答えた筵の脇で、前触れ無く柚葉が突進を仕掛けて来た。
 酒の酔いとは別に此れも又、青汁酔いとでも言えば良いのだろうか。酔いの回り足元の覚束無くなった将太郎諸共、三人が畳みの上に潰れて、軈て山と為った。

『おぉっ? じゃあ、俺と遣るってのかぁ〜?! 良い度胸だぁっ!』

『おぉっ! 良い度胸だ〜っ!!』

 倒れ込んで尚、軽快に笑い飛ばし乍ら御猪口を死守した将太郎の上で、次いで柚葉が同様に口真似をして見せて。同じく、青汁ソーダのグラスを上方に掲げる。
 そして其の下では、二人に潰された筵が不服そうに。けれど何と文句を言う事も億劫だと、無言で其の場を流し続けて居た。

『おお、皆良い酔いっぷりぢゃな。此れも格好の肴ぢゃ』

『あぁ…………』

 実は一見、妙に寡黙に見える筵も既に、青汁酔いが回って居るのでは……。――抑々、時を見て冷静に考えれば、誰もが疾うに各々の飲料に呑まれ尽くされて居るであろう、此の状況を眺め。既に降参を来した恵美が冷水を片手に、僅かに冷静さを取り戻した頭で途方に暮れる。

 其処迄を丸ごと傍観し。将太郎の笑声、柚葉の怒声の中に一際華やいで。誠楽しそうな嬉璃の妖しい艶笑が、あやかし荘の宵越しに何時迄も響いて居た。

 * * *

『――あたた、頭痛ぇ……。調子に乗って飲み過ぎたか……』

 翌朝。僅かに痛む頭と、すっかり渇いて仕舞った喉に将太郎が眼を覚ますと。乱雑した部屋の中に、皆が適当に毛布を掛けられた状態の儘、畳の上で疲労濃く熟睡して居て。
 徐々に思い出される記憶と、如何にも思い出せない記憶とが混同し。暫く茫然と辺りを見回して居たが、其処に当て嵌められた曖昧な一連の経過を思い出すと、ふと腕の時計を見遣り、暇無く現実に引き戻された。

『やべぇ、そろそろ帰らないとな。――御馳走さん。なんか色々、あんま覚えて無い気もしなくも無いんだが……。楽しかったよ』

『――……酔うだけ酔うて、まさか其の儘帰る気ぢゃあるまいな?』

 小さく一人ごち、寝相に因り乱れた毛布を、其々正して遣り立ち上がると。不意に背後から、嬉璃の軽やかな一声が掛けられて。
 将太郎が振り返れば、何時の間にやら開け放たれた押入れの上段に。腰掛け足を組んだ嬉璃が、昨夜と変わらぬ健勝の顔色で、悠々と将太郎を映して居た。

『……分かったよ、後片付け為りゃ良いんだろ。俺も大分散かした気が為るしな――。遣ってから帰るよ』

 立つ鳥、後を濁さず……と。胸の内に自身を納得させ、又小憎らしい乍らも嬉璃の正論に同意を為ると。将太郎は他の皆の眠る中、一人せっせと部屋の掃除に勤しんで。

 そして、簡単に整頓を済ますと、嬉璃だけに軽く挨拶を残し。将太郎は、あやかし荘を後にした。

『――……酒……ってか。何か、俺青汁臭くないか……?』

 子供等が酒代わりにと、青汁ソーダを呑んで居た記憶は有るが。酔いの最中揃って倒れ込み、其れからぐたぐだと皆で有りっ丈の飲料を呑み明かした事は、今や将太郎の記憶には残って居ない。

 自身の服の裾に顔を近付け、すんすんと臭いを嗅いで見せて。
 異様な青汁臭の濃さに首を傾げ乍ら、帰ったら一番に風呂に入ろうと。今日早々の予定を、何気無く胸に固めた将太郎であった……――。



【完】


【登場人物(この物語に登場した人物の一覧)】

【1522 / 門屋・将太郎 (かどや・しょうたろう) / 男性 / 28歳 / 臨床心理士】
【NPC / 筵 (むしろ) / 男性 / 18歳 / 逸れ者を導く事実上の案内人】
【NPC / 因幡・恵美 (いなば・めぐみ) / 女性 / 21歳 / あやかし荘の管理人】
【NPC / 柚葉・− (ゆずは・ー) / 女性 / 14歳 / 子供の妖狐】
【NPC / 嬉璃(大人変化) (きり) / 女性 / 不明 / 座敷わらし(大人変化)】