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<東京怪談ノベル(シングル)>


舞秘


 年が明けてすぐ、月刊アトラス編集部から、溜息坂神社に取材申し込みがあった。宮司をしている空木崎・辰一(うつざき しんいち)はやってきた記者に対し、苦笑を交えながら対応した。
「あけましておめでとうございます、三下さん。今年も宜しくお願いします」
 やってきたのは、三下であった。新年の挨拶をされた三下は、慌てて頭を下げる。
「今年も宜しくお願いします、空木崎さん」
「それで、どうしたんですか?突然、依頼だなんて」
 辰一が尋ねると、三下は「それが」と言ってきょろきょろと辺りを見回した。
「この神社にいる巫女さんは、何人いらっしゃるんです?」
「そうですね……アルバイトの方もいらっしゃるんですが、その方達も含めてですか?」
 辰一がきょとんとして尋ねると、三下は再び「それがですね」と口を開く。
「元旦と二日に、この神社で奉納演舞をやられた巫女さんを探しているんです」
 ぴたり、と辰一の動きが止まった。暫くの沈黙の後、ゆっくりと辰一が口を開く。
「どうしたんですか?なにか、問題でもあったんですか?」
「問題といえば問題ですが、ある意味その逆かもしれませんね」
「逆、と言いますと」
 辰一が尋ねると、三下の眼鏡がきらりと光った。……ような気がした。
「実はですね、こちらの神社に大層な美人の巫女さんがいらっしゃるという情報を入手しまして。是非、取材をさせてもらおうと」
 辰一の動きが、完全に止まった。だが、そんな辰一の様子に三下は気付く事なく、話すのを続ける。
「いつも切なくなるような取材ばかりでしたが、今日は張り切ってきたんですよ」
 晴れやかな三下の顔。清々しい、ともいえる。毎回毎回、ミステリースポットだの曰くつきの場所だのと、おどろおどろしい取材ばかりしているからだろうか。今回のような取材ならば、大歓迎といわんばかりだ。
「元旦と、二日の、奉納演舞の巫女さん……」
 浮かれている三下とは対照的に、辰一は暗くなっていっていた。そうして目を細めながら、空を見上げる。
 もの悲しそうな表情をして。


 新しい年明けに向け、溜息坂神社はばたばたと忙しく動き回っていた。当然、宮司である辰一も。何しろ、年明けと共に初詣をしておこうとする人は少なくない上、初詣という一年のうちで一番のビッグイベントが開催されるのだ。神社としては、参拝客を出迎える準備には万全を期しておきたいところである。
 一年の先行きを占う御神籤や、目出度い気持ちのおすそ分けともいえる甘酒やお神酒、それに参拝客に体を暖めてもらうための巨大な焚き火。様々な準備が毎年の事ながら、進められていくのだ。
 そして、溜息坂神社にはもう一つ大事な催しがあった。奉納演舞である。神社の本殿で、二人一組になって行う、奉納演舞。特にアルバイトの巫女による演舞が、非常に美しい舞なのだと評判であった。
 奉納舞の始動をしているのは、昔溜息坂神社で巫女を務めていた女性である。辰一もその練習を見ていたのだが、柔らかで美しい動きをする舞は毎年見ていても、さすがは神へ奉るものだと納得するものだった。
 大晦日の昼頃になると、ようやく準備に落ち着きが見られる時間帯であった。後は細やかな最終チェックを行い、参拝客を待つばかりであった。
(氏子の皆さん、アルバイトの巫女さんのお陰ですね)
 出迎える準備を大まかに終えた溜息坂神社を見渡し、辰一は思った。これならば、新しい年を迎えるのに申し分は無いだろう、と。
「最終チェックに、回ってみましょうか」
 辰一はそう言い、本殿へと向かった。すると、本殿の方から「何だって?」という、元巫女である女性の声が響いてきたのである。辰一は不思議に思いながら、本殿へと足を踏み入れる。
「どうしましたか?」
 辰一がそう言って本殿内を見回すと、中には元巫女の女性と、奉納演舞を行ううちの一人しかいなかった。
 肝心な役である、アルバイトの巫女がいなかったのだ。
「……人が、足り無い気がするんですが」
「いや、今連絡があったんだけど……。急に熱を出して倒れたようなんだよ」
「熱、ですか」
 熱が出ると、さぞ辛かろうと辰一は思った。が、すぐにはっとする。
 奉納演舞を、どうするかである。
 演舞は二人一組で行うものだし、一方が欠けてしまうとちゃんとした演舞にはならない。奉納するに値しないのだ。
 一年の始まりである大事な儀式とも言える。それを、執り行わない訳には行かない。
「……どうしましょうか」
「どうもこうも……今から代役を探しても、すぐにできる訳が無いね」
「そうですよね……」
「せめて、何度か見たことがあれば多少は違うんだろうが……」
 女性はそう言い、ふと何かに気付いた。じっと、辰一の方を見ながら。辰一はその目線に気付き、嫌な予感がした。
「……何でしょうか?」
「あんたは、確か演舞を教えている様子を見ていたよね?」
「……ええ」
「毎年、見ているし」
「そう……ですね」
「幸い、あんたは綺麗な顔を持っているし」
 その言葉に、辰一は眉間に皺を寄せた。綺麗な顔立ちは、女性に間違われる要因の一つとなっており、そしてまた辰一の悩みの一つでもあるのだ。しかし、女性は構わず話を続ける。
「もちろん、今年の奉納演舞を中止する訳には行かない」
「それは確かに、そうですが……」
 辰一は、額から汗が流れるのを感じた。嫌な予感で、頭が一杯になる。これ以上女性の話を聞きたくない、という気持ちすら起こる。だが、そんな辰一の心境とは裏腹に、嫌な予感が確信へと変わる言葉が女性の口から紡がれた。
「奉納演舞、踊らないかい?」
(やっぱり……!)
 がくと辰一はうな垂れた。うな垂れても、仕方が無いというのに。女性はそれを見越したように、ぽんと辰一の肩を叩く。
「大丈夫大丈夫。あんたが男だなんて、ばれやしないから」
「……それはそれで、余計嫌な気がするんですが」
 問題はそこではない、と辰一は思う。問題はばれる、ばれないなのではない。
 自分が女装をするというのが、一番の問題なのだ……!
(でも、今は背に腹は変えられませんし)
 奉納演舞を中止する訳には行かない。熱を出して倒れてしまった巫女の代役を務められる者はいない。……そう、自分以外は。
 こうして、辰一は巫女の扮装をして奉納演舞を舞うことになったのである。
 基本的な振り付けは見ていたので、おおよその流れは把握していた。残り少ない時間を全て奉納演舞の練習に当てれば、完璧に舞うことは出来るであろう事は簡単に予想できた。
 ただ一つ、女装しなければならないという重要な問題を除いては、何の問題もそこには無かったのだった。


 実際、元旦と二日に行われた演舞は、素晴らしい出来であった。
 巫女装束を纏って舞う姿は、息を飲むほど美しかった。流水の如くしなやかに動く手はすらりと伸び、手にしている扇は蝶々の如くひらひらと揺れていた。本殿を踏みしめる足は、時折力強く、それでいて儚く、新たな年を迎えるための地盤を作っているかのようであった。
 花弁が風に乗って舞うかのように、ひらりひらりと神へと捧げる舞いが演じられた。見るものを魅了し、恐らくは神すらも目を細めているだろう舞。
 たかだが二日間だけだったその舞は、あっという間に噂となって広がっていった。
『溜息坂神社には、素晴らしい舞を踊った美しい巫女がいる』と。
(そんな噂が立ってしまったから、こうして三下さんが来ているんですね)
 辰一は、相変わらずきょろきょろとしながら噂の巫女を探す三下を見、苦笑する。その苦笑すら、引きつってる。
(絶対に、言えませんね)
 その噂の美人巫女が、自分だなんて。
 浮かれている三下には申し訳ないが、だからと言ってばらす事は絶対に嫌だった。嫌とかそういう次元の話ではない。
 ともかく、言う事は絶対にできないのだ。
「今日はいらっしゃらないんですか?空木崎さん」
 三下が再び、辰一に尋ねた。辰一は「どうですかね?」と言いながら、渇いた笑いを発した。
 どう誤魔化すのがいいのだろうか、と心の中で考え込みながら。

<誤魔化す言葉を模索しつつ・了>