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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


裸の王様

件名 変なおじさん見た!
投稿者 まつのやま

ねえねえ知ってる? △商店街の前をうろついてる変なオヤジ! パンツいっちょで堂々と街歩いてんの、キモいと思わない〜? 私も見ちゃった、何かイヤなこと起きそう!

件名 Re.変なおじさん見た!
投稿者 常夏

私も見ちゃった、ソレ……怪奇現象じゃないけど、気色悪いよね……だって口笛吹いて楽しそうだったよ……

件名 Re.Re.変なおじさん見た!
投稿者 寒がり

怪奇現象になるんじゃねえかなあ。だって俺、そのおっさんが「どうだ? 立派な服だろう!」とか裸の王様なこと口走ってんの聞いたしさ。商店街の名物か観光モノにしちまえば?

     **********

 その日、泰山府君(たいざんふくん)はインターネットカフェへ向かっていた。
 目的は瀬名雫(せなしずく)に会うため。くだんのカフェは、雫がよくいる場所なのだ。
「雫は我が感心するほどの情報通であるからな。話題が豊富ゆえ良い退屈しのぎになる」
 そんなことを思いながら、ふんふんと鼻歌まじりに歩く泰山府君。
 つややかな長い黒髪に、凛々しい顔立ち。中華風の衣装――に、簡易な甲冑。
 商店街を歩けば、必ず目を引いてしまう泰山府君。どこからどう見ても男性にしか見えないが、実は女性である。
 それはともかく――
 今日も今日とて人目の中心にいながらも、本人自覚なし、てくてく歩いていると。
 向こうから、さらに人目を引く人物が歩いてくるのが見えた。
 『それ』を一目見るなり、泰山府君は目をむいた。
「な、何だあの見苦しい姿は!」
 ――商店街を、パンツ一丁で練り歩く男――
 男は四十代前半ほどだろうか、泰山府君の目の前を、口笛を吹いて楽しそうに通りすぎていく。
「あやつは変態か……!」
 泰山府君は呆然とその後姿を見送った。しかし、それも少しの間のこと。
「あのような馬鹿は放っておいて、早く雫がいるかふぇに行こう」
 そう決めて、泰山府君はあっという間に今目にしたものを忘れた。
 そして、雫がいるはずのインターネットカフェへと歩き出したのだった。

     **********

「パ、パンツ一丁なおっさん……」
 『ゴーストネットOFF』で話題になっているそのおっさんをついつい思い浮かべて、瀬名雫は頭を抱えていた。
(み、見たいような、見たくないような……っ。ど、どうしよう……!)
 パンツ一丁で商店街を練り歩く男。雫もいくら面白そうだからって堂々と見に行けるお年頃ではない。
(しかも裸の王様!? 何それ、これも怪奇現象なのーーー!?)
 調べなきゃ調べなきゃ、ああでも何かいや、見たいとちょっと思ってる自分がいやーーー!
 インターネットカフェの一角で、えんえんと悩んでいた雫に、「よっ」と後ろから声をかけた存在がいた。
「なに悶々としてんだ?」
 雫が振り向くと、そこにいたのはあざやかに染めた金髪に赤い目をした少年だった。
 名は桐生暁(きりゅう・あき)。たまにカフェに現れる元気のいい十七歳学生劇団員である。
「え、えーとお……」
 雫がもじもじとしていると、暁はちょうど雫の前にあったパソコンのディスプレイをのぞきこんで、
「あ、ひょっとしてこのへんなおっさんの話題か?」
 とおかしそうににっと笑った。
 雫が顔を赤く染める。暁はディスプレイをもう一度まじまじと見つめて、
「へえ、面白そうだな。いっちょ確かめに行くか!」
「えっ、行くの!?」
「バーカ、こんな面白そうなこと調べなくてどうすんだよ」
「ででででも〜!」
 雫が真っ赤になってしどろもどろになっていると、
「何を調べるって?」
 後ろからひょいと顔をのぞかせた人物がいた。
 門屋将太郎(かどや・しょうたろう)。こちらもたまにカフェに顔を出す青年である。
「おー。見て見てあんたも、この話題。へんなおっさんの話!」
 暁はノリノリで将太郎に雫の前のパソコンを示した。
 将太郎は言われるままにディスプレイをのぞきこみ――そして、「はあ?」と首をかしげた。
「裸の王様って、童話のか? 王様が子供に『裸だ』って指摘されるまで自分が裸だって知らなかったオチの……」
「そうそう! そんなおっさんが実在してるかもしんねえんだぜ。調べなきゃソンだと思わねえ?」
 暁がたきつける。将太郎は腕組みをして、「ふーむ」とうなった。
「話を見るに、商店街をうろついてるとか、楽しそうにしているとか、自慢しているとか。そりゃ、洗脳か妄想の可能性大だな。『裸の王様』の場合は仕立て屋が洗脳したようなもんだ。そうやって、誰かがその男を洗脳した、とも考えられるな」
 臨床心理士として冷静に言葉を並べていく。
 暁は、両手を頭の後ろで組んで「そんな難しいこと考えなくてもいいじゃん?」と言った。
「そうだな〜フツーに紳士服でも薦めてみる?」
 少年はどこまでも軽い調子で楽しそうだ。
 よし、と将太郎もうなずいた。
「瀬名、俺はその裸の王様の噂を確かめるためにそいつを捜すが、お前はどうする? イヤならいいんだぜ?」
「ううううう」
 雫は両拳を握ってふるふるとさせた。唇まで震えている。『ゴーストネットOFF』の管理人として、女の子として、ただの野次馬として、色々な感情がごちゃごちゃ彼女を悩ませる。
「んじゃ、行って来っわ」
 暁が背を向けかけながら、ちゃっと手をあげた。
「あ」
 雫は思わず止めかけた。
 暁がにやりと笑った。
「なに、見たいの? 何なら俺の裸見せてやろっか?」
「〜〜〜〜〜っ!」
 耳まで真っ赤になった雫に、プッと暁はふきだした。
「冗談だって! 当ったり前じゃん。くっくく……おっかしーの。だーから女の子はここで待ってなさいって」
「……うん」
 雫はがっくりうなだれた。やはり年頃の女の子として、恥じらいは大切だ。
「よしよし。じゃ、俺らはちゃんと調べて調査結果持ってきてやるからな」
 ぽんと雫の肩を叩いて、将太郎が「待ってろよ」と優しく微笑んだ。

     **********

 暁と将太郎がインターネットカフェを出て行ってしばらくして――
「雫!」
 明るい笑顔で、カフェに雫をさがしにやってきた泰山府君が現れた。
「あ……泰山府君さん」
 雫はようやく顔の赤みもおさまったところで、知り合いの顔を見つけ、ほっと息をつく。
 泰山府君はまっすぐ雫のところへやってきて、「雫、今日の話題は何か?」と早速期待まんまんの目で言った。
「今日の話題……えーと……あのう……」
 まっさきに思いついたのはやはりくだんの『裸の王様』だったが、泰山府君はこう見えても女性だ。女性に軽々しく話していい話題だろうか。
 しかし、今日は他に話題がない。
 仕方なく、例のへんなおっさんの話をした。
 泰山府君は話を聞いて、腕を組んだ。
「裸の王様……とな。その話……どこかで……」
 うーむ、と柳眉を寄せて悩む彼女に、雫はきょとんと首をかしげる。泰山府君の場合、童話の『裸の王様』を知っているはずはないのだが。
 しばらく悩んだ後――
「裸……裸の……思い出した! 裸で商店街を堂々と歩いていた男だ!」
 カフェに響きそうな大声で、泰山府君は声をあげた。
「何故あのような格好をしておるのだ……。そういう変態は、即、天誅! 本日はこれにて御免!」
 言うなり、泰山府君はインターネットカフェを飛び出した。
「………」
 残された雫は呆然とひとり口をぽかんと開けていたが、
「……そう言えば……」
 ふと思って、つぶやいた。
「このおっさん……よく今まで逮捕されなかったなあ……」

 カフェを出た泰山府君は白虎を呼び出し、猛然と韋駄天走りで駆け出した。

     **********

 暁、将太郎による聞き込みは難航していた。
「どうして〜オジ様ぁ。俺もオジ様みたくダンディになりてえのに〜」
 演技力を駆使して甘えるように暁が言ってみても、
「俺もその立派な服がどうしも欲しいんだけどなあ」
 相手に合わせて将太郎が言ってみても、
「だめだ! これは今のところ一着しかないからな!」
 がんとして男はゆずらない。
 ひとつだけ分かったことがあった。
 二人が「その服が欲しい」と言うと、男は嬉しそうに笑うのだ。
「そうだろう? 欲しいだろう。うむ。俺の仕事はこの服の宣伝だからな。そう思ってもらえると大変に嬉しい」
「宣伝だったら、どこで売ってるのか教えてくださいよぉ」
「どこで作ってるのか、でもいいんだけどなあ」
「それはまだ、言えん!」
 ――何なんだこのおっさん。
 暁と将太郎は、ひそかに視線を見交わして無言でそう会話した。
 と――

「どけどけどけーい!」

 背後から、物凄いスピードでこちらへ向かってくる気配があった。
 暁と将太郎はぎょっとして振り向いた。
 白い虎に乗って、韋駄天走りでやってくる長い黒髪の青年がいる。
 青年は暁と将太郎のところで――というよりは、裸のおっさんのところで、白虎を急ブレーキさせた。
 白虎が消える。中華風の服に甲冑を着た、ある意味おっさんよりも目を引く青年――どうしても青年に見えた――は、裸のおっさんに向かって詰め寄った。
「貴様か、巷で話題の裸の王様と申す者は。何故、そのような格好で練り歩く? むさ苦しいからやめい! この変態っ!」
 その緑の瞳を炎のようにきらめかせながら、青年は――泰山府君はさらに詰め寄った。
「返答次第では手加減せず天誅すっ!」
 ぎらりと偃月刀『赤兎馬』をつきつける。
 男はひいと縮み上がった。
「か、かたな……っ!」
「天誅を下されたくなくば、今すぐそのような格好をやめい!」
「や、やめるわけにはいかんのだ……! 俺はこの服の宣伝中だからなっ!」
「そんなに斬られたいかっ。遠慮はせぬぞ!」
「だだだだから、服の宣伝――!」
「……だからな、おっさん」
 将太郎が、どうどうと泰山府君をなだめつつ、ため息まじりに男に言った。
「おとなしく白状しろって。服の宣伝ってどういう意味だ?」
「ももも文字通りの意味だっ! 俺はこの服の宣伝をしている……っ!」
「……あのな、言っちゃ悪いけども。俺らにはその服、見えないんだよ」
 あんた、裸なんだぜ――と将太郎はとうとうその言葉を口にした。
 臨床心理士として、根気強く聞きだすつもりだったが、この男はわりとまともな類に見えたのだ。ならいっそ、はっきり言ったほうが早いだろうと――そういう判断だった。
「そうそ。おとなしくこの服着たほうがいいぜー。これ以上アブないおっさんに見られたくなかったら」
 自分の持つスーツをひらひらさせながら、演技をやめた暁が言う。
「アブないおっさんとは何だ!」
 男は憤った。
「裸で歩いてりゃアブないおっさんだって」
「裸ではない! 服の宣伝だと言っている!」
「だから、服なんか着てないだろお前さん」
 言いながら将太郎はぽんと男の肩を叩こうとして――ぎょっとした。
 ざわりと……何か布のような感触が、男の肩にある。
「ま、待て待て。お前さん……何も着てない、よな?」
 将太郎はおそるおそる尋ねる。その様子に、暁と泰山府君がきょとんとした。
 男は堂々と胸を張って、
「着ている! この通り立派な服を着ているぞっ!」
「――さ、触っても、いいか?」
「うむっ」
 将太郎が再び、こわごわと手を伸ばして男の腕に触れる――
「………」
「な、なに、どーしたんだよあんた」
 硬直した将太郎に、慌てて暁も手を伸ばして男の肩に触れて――
「むっ。二人して、どうした!」
 泰山府君は厳しい顔のまま、硬直した二人を見比べた。
 暁と将太郎は、硬直から少しずつ脱け出すと、やがてぺたぺたと男の体に触りだした。
 外見はどう見えようと本当は女性である泰山府君が、「こ、こら貴様たち」と頬を赤くして、
「裸にべたべた触るとは、な、何事だっ」
 と声をあげた。
「いや……えーと……」
 将太郎が困ったように頬を引きつらせて、男を見る。
 暁は呆気にとられて、まだべたべた男の体を触っていた。
 男は勝ち誇ったような顔をしていた。
「おい……」
「ひょっとして……」
 最後の一言は、暁、将太郎とも声が揃っていた。

「服……着てる?」

「だから、最初から言っておるだろうっ。俺は服の宣伝中だ!」
「どどど、どんな服の?」
 将太郎は思わずどもって尋ねる。
 男はちらりと泰山府君を見、その手にまだある刀を見てがっくりと肩を落とした。
「くう……口にしてしまったら、特許が取れなくなるというのに……っ」
「と、特許?」
「俺はこの通り――」
 男は握り拳を震わせて、
「――繊維から色素を全部抜き! さらに特殊色素繊維を発明し! 『透明な服』を造ることに成功したのだ……!」

 ………………

「……特殊な……透明繊維を……作った、わけだな……」
「んで……透明な、服を発明したってワケね……」
 透明な服! と泰山府君が目を見張った。
「そ、そのようなことが、可能なのか……!」
「不可能を可能にした! それが俺だ!」
 男はさらに胸を張った。「俺の作った俺だけの発明品だ! ゆえに特許を取ろうとしていたというのに……!」
 一度口に出し、紹介してしまったら特許を取れなくなる可能性が高くなる。
 今はまだ世間の反応を試している最中だったというのに……
 ――そんなことを無念そうに言う男に――

「バーカ」
 すかっ。暁が軽く男の足を引っかけて、
「んなもん、わいせつ罪で逮捕されるだけだろうがーーー!」
 将太郎の怒鳴り声と、右ストレートが倒れかかった男のあごにヒット。
「ぬぬぬ……と、透明な服とは……っ」
 ひとり、真剣に「そのような鎧がもし作れたならばきっと役に立つ。ぬぬぬぅ」と泰山府君だけが悩んでいた。
 と、
「そこのお前たちー!」
 呼び声に振り向くと、警官たちが警棒を手に走ってくるのが見えた。
「公然わいせつ罪と――ぼ、暴力かっ!? かかか刀!? 銃刀法違反――!」
「やばいっ! 逃げるぞ!」
 暁が身軽にひらりと身をひるがえし、将太郎はまだ悩んでいる泰山府君を引っ張りながら走り出した。
 おかげで暁たち三人は無事逃げおおせたが――

 男がどうなったかは、不明である。
 不思議なことに、新聞にも載らなかったのだ。
 透明な服が存在していたのは真実だったため――どこか大きな力が動いたのかも、しれない。

     **********

 その日。『ゴーストネットOFF』への書き込み。

 件名:裸の王様
 投稿者:SHIZUKU
 本文

 裸の王様は、天才でした。ただし、天才と馬鹿はやっぱり紙一重みたいです。


 ―Fin―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1522/門屋・将太郎/男/28歳/臨床心理士】
【3415/泰山府君・―/女/999歳/退魔宝刀守護神】
【4782/桐生・暁/男/17歳/学生アルバイト・トランスメンバー・劇団員】

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■         ライター通信          ■
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泰山府君様
初めまして、ライターの笠城夢斗です。このたびは妙な依頼にご参加いただき、ありがとうございます!
……結果もアホで申し訳ありません。少しでも楽しんでいただけましたなら幸いです。
書かせて頂けて光栄でしたv
またお会いできる日を願って……