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<東京怪談・PCゲームノベル>


ココロを変えるクスリ 【 知らない彼氏 】


◇■◇


 「ねぇ、そこの貴方☆ちょっと冒険してみない?」
 「・・・え?」
 声をかけられて振り向いた先、可憐な少女が満面の笑みで立っていた。
 どこか儚げな雰囲気を纏いながら、ニッコリと・・・悪戯っぽい笑みを浮かべ・・・
 「冒険の旅に、レッツGO!」
 そう叫んで肩を掴むと、口の中に何かを放り入れ―――
 ゴックンと、何かが胃の中へ滑り落ちた。
 「さぁ、これで貴方は変わるわ。良くも悪くも・・・それは、全て天の思し召し。」
 目の前が回る。
 グルグルと、渦を描きながら・・・心臓がギュっと掴まれた様に痛くなり、思わず胸を押さえた。
 痛い・・・痛い・・・けれどコレは、痛いと言うよりも

  キュンと、胸が締め付けられるような・・・

 「あーでも、天の思し召しじゃなくて、私の思し召しかな?なにせ、相手を選ぶのは私なんだから。」
 少女の言ったそんな台詞は、暗い闇と共に掻き消えて行った―――。


◆□◆


 「・・・すか・・・?だい・・・すか・・・?」
 パチリと、月見里 千里は目を開けた。
 その瞬間に飛び込んできたのは、限りなく澄んだ空と、少女の顔。
 可憐な少女が心配そうに千里の顔を覗き込み、大丈夫ですか?と必死に声をかける。
 「あれ・・・あたし・・・」
 「先ほどそこの通りで、急に倒れられたんですよ?貧血でしょうか・・・私と、たまたまその場に居合わせた男性でここまで運んで・・・」
 少女はそう言うと、公園の向こうに見える大通りを指差した。
 それなりに交通量のあるそこは、見慣れた通りで――― 千里ははっと顔を上げると公園の中央に設置されている時計を見上げた。
 約束の時間まで、あと10分ほど・・・
 「た・・・大変!遅れちゃうっ・・・!えっと、あの、あたしの事助けてくれたんだよね!?有難う〜!!」
 「いえ、大した事は出来ませんで・・・」
 「ううん!ここまで運んでくれたんだもん。大変だったでしょう??」
 見れば少女はかなり華奢で、それゆえどこか儚い雰囲気を含んでいた。
 「私じゃなく、男性が運んでくださって。お急ぎのようでしたから、私が付き添わせていただきまして。」
 ふわり、軽やかに微笑む少女を見詰めながら、今時こんなにも親切な子がいるのかと、思わず感心してしまう。
 少女は外見年齢13歳ほどで、まだ幼さを残した顔立ちは丹精だ。
 「あのね、あたし月見里 千里って言うの。あなたは?」
 「紅咲 閏(こうさき・うるう)と申します。あの・・・千里さん、先ほど“遅れちゃう”と言っていましたが・・・」
 何かこれからご予定があるのではないですか?と閏が言った。
 「あ!そうだ・・・!これから予定があって・・・どうしよう・・・お礼がしたいんだけど・・・」
 「そんな・・・私は何もしてませんから。」
 「でも・・・」
 「それでしたら、今度うちに遊びに来てくださいませんか?私以外にも、人が住んでいるのですが・・・夢幻館と言うところなんです。」
 聞きなれない館の名前に、千里は小首を傾げた。
 “館”と言うからには、良いところのお嬢様なのだろうか・・・?
 閏は肩から斜めにかけていたポシェットから、メモ帳を1枚千切るとそこにさらさらと何かを書き付けて千里に手渡した。
 そこには見慣れない住所が書かれていた。確かにこの近所のはずなのに、どうしてだろう・・・見覚えのない住所だった。
 勿論千里はここら辺の地理を全て理解したわけではないのだけれども・・・こんな住所、あっただろうか?
 とは言え、この親切な少女がここに住んでいると言うのならば、この住所は存在するのだろう。
 「お茶くらいしかお出しできませんけれど・・・」
 「ううん!絶対行くね!約束っ!」
 千里はそう言って閏と指きりをすると、お礼を言いながら公園を後にした。
 閏はその姿が見えなくなるまで手を振って―――
 「お礼なんて、良いんですよ。私はデータが欲しいだけですから・・・」
 ニヤリと微笑む閏を見たものは誰も居なかった―――。


□◆□


 「きゃー・・・遅刻しちゃうっ・・・!!」
 腕に巻きつく華奢な時計を見詰めながら、千里は走っていた。
 今日は彼氏である“始竜 帝都”(しりゅう・ていと)との水族館デートの日だ。
 「帝都、もう来てるかなぁ・・・。」
 待ち合わせの時間からは既に10分が経過しており、千里は焦る心を抑えながら歩道橋を渡り、待ち合わせ場所である水族館のゲート前に着いた。
 キョロキョロと辺りを見渡し・・・いた・・・!
 「ごめんねぇ、ちょっと、アクシデントがあって・・・」
 「や、俺も今来たトコ。」
 帝都はそう言うと、苦々しい表情で実は・・・と自分も些細なアクシデントがあって本当にさっき着いたばかりなのだと言った。
 よくよく聞いてみれば、状況が千里と似通っており―――思わず驚いてしまう。
 「運命ってヤツかなぁ?」
 「・・・倒れる時まで一緒なら、死ぬ時なんて確実に一緒じゃねぇか。」
 「んー・・・それも良いんじゃない?」
 にっこりと微笑む千里に、複雑な顔を帝都が向ける。
 「とりあえず、チケットは買っといた。」
 「ホントー!?有難う!えぇっと、お金・・・」
 「いらねぇよ。またワザワザ財布出すの、面倒だ。」
 プイっとそっぽを向きながらそう言った帝都が何だか愛しくて・・・千里はそっと、帝都の腕に自分の腕を絡めた。
 ピタリと身体をつけ、それじゃぁ行こっかと小さく囁く。
 まだ早朝の水族館は人がまばらで、閑散としたホールは少し寂しいくらいだった。
 美人のお姉さんが愛想笑いを浮かべながらチケットを確認し、館内の見取り図を手渡しながら「楽しんで来てくださいね」と囁いて、丁寧に頭を下げた。
 淡い緑色の帽子が頭の上に上品に乗っているのが印象的で、その姿はバスガイドさんを連想させた。
 「ねぇねぇ帝都、ペンギンいるかなぁ?」
 「さぁな。いるんじゃねぇ?」
 なんだ、ペンギンが好きなのか?と訊かれ、千里はイルカが好きだと答えた。
 それが可笑しかったのか、帝都が突然笑い出し―――
 「じゃぁ、最初から“イルカ”がいるかどうか訊けよ。」
 「だぁってぇ。“イルカいるかな?”じゃぁ、ぜぇったい帝都『ギャグか?つっまんねー』って言うでしょ?」
 「あぁ。言うな、絶対。」
 あっさりと認められて、千里はプーっと頬を膨らませた。
 薄暗い廊下を抜け、着いた先は広場だった。
 巨大な水槽の中では大きな魚が優雅に泳ぎまわり、青いライトに照らされて、なんとも幻想的な空間を醸し出している。
 「すっごーい!キレー・・・」
 「マグロか?」
 「マグロなのこれ?あ・・・見て見て帝都!ほら、あの赤いの・・・綺麗じゃない?」
 「なんだありゃ。草?」
 「海草かなぁ・・・?珊瑚ともまた違った感じだし。」
 「つーか、随分とデケェ水槽だなぁ。」
 天井まで伸びるガラス越し、大小様々な魚が自由に泳ぎまわっている。
 勿論、それが“本当”に自由と言うのかどうかは千里には解らなかったけれど・・・・・。
 しかし・・・こうして見ている分には、魚達は本当に気持ち良さそうに泳いでいた。
 「ずーっと泳いでるけど、魚って眠ったりしないのかなぁ。」
 「さぁな。でも、マグロは泳いでないと死ぬって言うしな。」
 「え!?そうなのっ!?」
 千里は目を丸くしながら、目の前のガラス越しに泳ぐマグロを見詰めた。
 泳いでいないと死んでしまうと言う事は、止る時は死ぬ時―――どうしてだろう。なんだか、とても切ないと思ってしまったのだ。
 でも、思ってみれば誰だって同じ事で・・・
 時は止る事はない。
 時が止る時、ソレは即ち・・・死ぬ時・・・。
 「次、行くぞ。」
 考え込む千里の腕を引っ張るようにして、帝都が歩き始めた。半ば引きずられるようにしてマグロの水槽の前を後にする。
 一度だけマグロの水槽を振り返った後で、千里は帝都の腕にしがみ付いた。
 ――― それは、半ば無意識の事で・・・
 けれど、どこか不安に揺れる心をどうにかしたかったからなのかも知れない・・・。
 “時が止まった時は、死ぬ時”
 その言葉がどうしても頭から離れなかった―――


■◇■


 水族館の中に入っている、小さな喫茶店で2人は昼食をとった。
 千里はサンドイッチと紅茶を注文し、帝都はサンドイッチと珈琲を注文した。
 売り場のお姉さんが「カップルさんですか?」と可愛らしい笑顔で訊いてきたので、千里が少し照れながら頷くと、カップルさんには特別にと言ってイルカのピンバッチを2つくれた。
 1つは青のイルカで、1つはピンク色のイルカ。
 ピンバッチなんかどうすんだよと言う帝都に、いならいならあたしが2つ貰うよっ!と言うと、帝都が苦笑しながら青のイルカのピンバッチを1つつまんだ。
 ズボンのポケットにねじ込んである2つ折りの財布を取り出すと、その中に入れ―――
 「おそろいだね。」
 「つけないけどな。」
 「えー!つっまんないのぉ・・・」
 そんな2人の会話をほほえましそうに聞いていたお姉さんが、注文した品の乗ったトレーを2人に手渡し、ごゆっくりと声をかけた。
 まばらな喫茶店の中、日当たりの良い窓際に座る。
 外の景色はどこまでも澄んでおり、時折窓の直ぐ傍を小さな鳥が右から左に飛んで行った。
 「ねぇ帝都、さっきのペンギン可愛かったよねっ!」
 「あぁ・・・お前が騒いでたやつか?」
 「騒いでたって言うか・・・だって、可愛かったじゃない。子供のペンギンが、お母さんペンギンの後に続いてヨタヨタ歩いてて・・・」
 「そうか?」
 素っ気無い帝都の言葉に、少々頬を膨らませながらも千里は目の前に置かれたサンドイッチを手に取ると一口だけ齧った。
 ・・・水族館に入っている小さめの喫茶店だしと、あまり期待をしていなかったのだが・・・以外にも美味しい。
 パっと顔を上げてみたそこ、どうやら帝都も同じだったようで、右手にサンドイッチを持ちながら少々驚いたような表情をしている。
 「美味しいねっ!」
 「あぁ。もっと・・・普通の味かと思っていたんだが・・・」
 紅茶も美味しく、帝都の顔を見る限りでは珈琲の方もそれなりの味らしい。
 「でもさ、水族館に入ってるのが喫茶店でよかったよね。」
 「なんでだ?」
 「だってさ、日本料亭とかだと・・・」
 そう言って悪戯っぽく微笑んだ千里に、帝都が苦々しい表情を返した。
 その言葉の先が分かったのだ。
 「確かに、気分は悪いな。」
 でっしょ〜?と、少々誇らしげに千里は言うと、ふわりと小さく微笑んだ。
 久しぶりの帝都とのデートに、どうしてだろう・・・なぜか違和感を感じていた。
 目の前に座る帝都は以前と変わらない。
 けれど―――そう、何かが違う気がするのだ。
 なんだろう・・・?
 「どうした?」
 考え込む千里の耳に、帝都の声が聞こえ、顔を上げたそこで心配そうに眉をしかめていた。
 「あ、ううん、なんでもない。」
 そうかと言ったきり、カップを手に取り視線を窓の外へと向ける帝都。
 ――― 千里の中で、確実に何かが変わって行こうとしていた・・・。


◇■◇


 水族館の中を一通り見て回った千里と帝都は、最後に水族館の入り口にある土産物屋をのぞいた。
 イルカのぬいぐるみや、ペンギンのぬいぐるみが所狭しと飾られており、中にはイソギンチャクの腰掛なんて、ちょっと変わった物もあったりして・・・・・。
 「ねーねー帝都、おそろいのストラップ買わない?」
 「ストラップぅ?なんの?」
 「んー・・・ペンギン?」
 「そんなにペンギンが好きか?」
 「だぁって、イルカはピンバッチで貰ったし・・・」
 「サメにしろよ、サメ。ほら、サメの歯の入ったストラップがあるぞ?」
 そう言って帝都が真っ白な牙の入った小さなストラップを目の前にかざす。
 シンプルなソレは、可愛らしさとは遠くかけ離れたものであり―――
 「可愛くないよぉ・・・」
 「俺に可愛さを求めてどうする。」
 「確かにそうだけどぉ・・・ま、いっか。今度おそろいの何か買おうね〜?」
 千里はそう言うと、帝都から離れてぬいぐるみ売り場を見詰めた。
 可愛らしいペンギンのぬいぐるみを手に取り、値札を返してみるとそれはかなり手頃な値段だった。
 小さくて場所もとらなさそうだし・・・今日の思い出に、買っちゃおうかな。
 そう思うと、千里はそれをレジに持って行った。
 ソレに気づいた帝都がそんなものを買うのかと溜息をつき―――まぁ、千里らしいなと呟いて控えめな笑顔を浮かべた。
 あまり笑わない帝都なだけに、こう言う小さな微笑もかなり貴重だったりする。
 お釣りと品物を貰い、2人は水族館を後にした。
 既に日は傾いており、オレンジ色に染まる空はどこか懐かしく、地平で滲む夕日は朧気だった。


 今日は楽しかったね〜と、千里が腕を絡め、帝都がそうだなと言いながら千里に歩調を合わせるようにして歩いてくれる。
 見え難い優しさだけれども・・・こう言うさり気ない優しさが千里は好きだった。
 これからもずっとこうして2人で腕を組んで、歩調を合わせて・・・

    パチン

 何かが弾けたような音が響き、千里の胸を締め付けていたモノがすぅっと消えて行く。
 「・・・え・・・?」
 見上げたそこ、見慣れない顔―――違う、先ほどまで一緒に居た・・・
 始竜 帝都・・・今日、会った人。
 けれど、先ほどまで千里の彼氏で―――
 こんがらがる頭に、帝都の低い声が響く。
 「あの、紅咲 閏とか言う女・・・」
 紅咲 閏・・・公園で、千里を介抱してくれていた少女。
 でも、それだけじゃない。その前に、変なクスリを千里の口の中に放り込んで・・・。
 全ての出来事が、カチリと音を立てて合わさる。
 ガラガラと足元が崩れるような、深く暗い奈落の底に叩き落されるような、不安定な気持ちが千里の心を駆け巡る。
 脳裏に浮かぶのは、ただ一人。
 最愛の人の姿。
 ギュっと、唇を噛むと、千里は顔を上げた。
 苦虫を噛み潰したような表情をする帝都を心配そうに見詰め
 「大丈夫?」
 と、まず最初に声をかけた。
 「あの・・・なんだか、ごめんなさい・・・あたし・・・」
 「いや、俺は大丈夫だ。それより、お前は平気か?」
 逆に気遣われ、千里は全然平気だと言って笑顔を浮かべた。
 もし必要ならば今の記憶をなくさせる事も出来るがと申し出ると、帝都は軽く首を振った。
 再びあの少女に出会った時に、覚えていられるようにと―――
 「お前も、この事は直ぐに忘れた方が良い。」
 俺もなるべく忘れるようにするからと言って、千里の頭を柔らかく撫ぜると腕時計を見詰め、これから予定があるから急がなくてはならないのだがお前は一人で大丈夫か?と声をかけてきた。
 心配は要らない。本当に大丈夫だから、行って下さい。と、元気な笑顔を浮かべながら言い・・・
 「あ、そうだ。コレ・・・要らねーんなら捨てちまって構わねーから。」
 そう言って帝都がペンギンのストラップを千里に手渡した。
 2つそろいで買ってしまったと言い、どうせなら片方は持っていて下さいと千里は言った。
 お金を払うかと申し出たのだがあっさりと断られてしまい、帝都はその場から去って行った。
 ・・・なんだか風の様な人だと、千里は思った。
 ほんの数時間前に会ったばかりの人だったのに、気づけば恋人同士になっており、そして・・・効果が切れたら直ぐに何処かに行ってしまった。
 忙しい人なのだろうか。年の頃は千里と同じくらいのように見受けられたが。
 帝都の背中が見えなくなるまで見詰めた後で、千里は走り出した。
 なるべく人の来ないところまで―――独りになれるところまで・・・・・。
 着いた先は今回の事の発端でもある公園だった。
 暮れ行く空は段々と光を失い、星と月が煌き始める。
 「・・・〜〜〜っ・・・う〜〜〜っ・・・。」
 口元を押さえながら、押し殺した声を洩らす。
 目からはポロポロと雫が零れ落ち、千里の頬を滑って足元に小さな染みを作る。
 ・・・寂しい・・・寂しい・・・悲しい・・・痛い・・・
 感情が絡まり、グチャグチャに千里の心をかき乱す。
 思い出の中で微笑む彼が、直ぐ目の前に居る。
 手を伸ばせば届く距離なのに・・・決して彼に触れる事は叶わない。
 近くて遠い―――彼はあまりにも遠すぎて・・・

  「・・・っ・・・」

 小さく零れた名前は、周囲はおろか、千里の耳にさえも届く事はなかった――――― 



          ≪END≫


 
 ◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


  0165/月見里 千里/女性/16歳/女子高校生


  5205/始竜 帝都/男性/17歳/高校生&陰陽師

 
 ◆☆◆☆◆☆  ライター通信  ☆◆☆◆☆◆

 この度は『ココロを変えるクスリ』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
 そして、初めましてのご参加まことに有難う御座います。
 全体を通してゆったりとした雰囲気になるように執筆してみましたが、如何でしたでしょうか?
 カップルらしい雰囲気が出ていればと思います。


  それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。