コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


三下君バイト物語〈接待編〉



■□■オープニング■□■


 「・・・どぉ〜〜〜ゆ〜〜〜事なのよぉ〜〜っ!!!」
 『ゲホっ・・・ず・・・ズミ゛マ゛ゼン・・・ガゼヲビイデジマ゛ッデ・・・』
 受話器越しの総濁点に、碇 麗香はカクリと肩を落とした。
 電話の相手はもちろん“アノ”三下 忠雄。今、アトラス内ではちょっとした有名人だ・・・いや、以前からある意味それなりに有名人ではあったけれども・・・。
 「それで、どうするの!?今日の接待っ!私は今日は仕事が入ってるし・・・」
 『ダレガミヅゲマ゛ズゥ』
 「って言っても、その声じゃ電話もかけられないでしょう?良いわ、私がなんとかするから。とにかく、さんしたクンは一刻も早く風邪を治して!」
 『ズ・・・ズミ゛マ゛ゼェン・・・』
 そんな情けない声を耳に残したまま、麗香は電話を切った。
 「はぁぁ・・・どーしよー・・・。」

 そもそもの事の起こりは、あの超有名な世界的デザイナーの刈谷崎 明美のショーを三下がぶち壊したところから始まった。
 そしてつい先日は公共の電波でとんでもない失態を犯した・・・。
 ・・・それに怒った上が、三下にある“仕事”を押し付けたのだ。
 取引先との会合に先立ち、その子供達をこちらで預かる―――いわば子供の接待ならぬ子供のおもりだ。
 一流企業の御息女御子息なだけあって、どれだけ出来た子供達が来るのか・・・と思ったら大間違いだった。
 所謂“ワケ有り”の子供達ばかりに、麗香は思わず三下の心配をしてしまうほどだったのだが・・・。
 「どうしよう。本来なら私が穴埋めするべきなんだろうけど・・・今日はどうしてもはずせない仕事があるからなぁ・・・。」
 本日の仕事は、先方が麗香を名指ししているだけに、他の誰かに頼むわけにもいかない。
 「とりあえず・・・事情を説明して、誰かに行ってもらいましょう。」
 そう呟くと、麗香は部屋を見渡した―――。


□■□菊坂 静□■□


 「駄目かしら・・・。」
 麗香がそう言って、チラリと上目遣いで静を見やる。
 麗香から一通りの説明を受けた静は、ふわりと微笑むと麗香と視線を合わせた。
 「良いですよ。」
 にっこりと微笑んだ後で、視線を落としながら、でも・・・と続ける。
 「皆さん、色々と複雑な事情があるんでしょうね。」
 「・・・。・・・えぇ。」
 暗い表情で麗香が頷いた。どこか遠くを見るような視線で、手に持った資料を見つめる。
 「でもね、それを理由にして好き勝手にして良いって言う事じゃないと思うの。」
 「そう・・・ですね・・・。」
 「・・・それじゃぁ、3人の事をお願いね。下に車を用意してあるから。」
 「えぇ、解りました。」
 穏やかに微笑みながらそう言うと、立ち上がって麗香に1つだけ頭を下げた。
 「お願いね。」
 麗香が静の背中にそう声をかけ・・・静かは振り返ると、コクリと頷いた後で部屋を後にした―――。


■□■無人島へようこそ■□■


 やけに高そうな車と“じいや”と呼ばれていそうな外見の老紳士。
 「さぁ、お乗り下さい。」
 そう言われて乗り込んだ車内はやけに広かった。
 そこには既に数人の人が乗っており・・・。しばらくしてから車は音もなく発進した。
 「此処に居る皆、麗香さんから頼まれたんだよね?」
 「そうでしょうね。」
 暁の言葉に、忍が小さく頷いた。
 スーツ姿に眼鏡をかけたその姿に、暁が思わず目をパチクリする。
 「なんかいつもと違くない?」
 「気のせいですよ。」
 穏やかに微笑んだ忍の瞳の奥、何かがキラリと鋭く光る。
 「まずは自己紹介から行きましょうか。向こうに着いて、僕達がお互いの名前を知らないとなると、カッコつきませんし。」
 そう言って静は穏やかに微笑むと、丁寧に頭を下げた。
 「菊坂 静(きっさか・しずか)と申します。」
 「あれ〜?静じゃん!」
 暁がパァっと顔を輝かせながら静に声をかける。
 ・・・どうやら2人は顔見知りのようだ。ニコニコと気さくに話しかける暁に、静も穏やかな微笑を浮かべながら応対する。
 「俺は桐生 暁(きりゅう・あき)・・・って言っても、みんな知ってるか〜。」
 「私は加藤 忍(かとう・しのぶ)と申します。初めまして、菊坂さん。」
 「こちらこそ、宜しくお願いいたします。」
 暁と忍も初対面ではない。何度か依頼を共にした事があり―――
 「・・・あの・・・。」
 突然車内の暗がりからそんな声がかかる。
 ・・・あれ?と言う表情で3人が顔を見合わせ、すーっと声の方に視線を向ける。
 「あの、私も居るのですが・・・。」
 そう言って、その人物がニッコリと微笑み・・・こ・・・怖いっ・・・!
 極悪顔のその人物は、本人としてみれば“穏やかに”“柔らかく”“優しく”微笑んだつもりなのだろうが、見るものにとっては“凶悪に”“鋭く”“殺意を含んだ”微笑にしか見えない。
 「初めまして、CASLL TO(キャスル・テイオウ)と申します。」
 ―――ニヤリ
 ヤバイ・・・殺られる・・・!
 誰もがそう思うだろう。しかも彼はやたら身長が高いため、更に恐怖に拍車がかかる。
 普段ならば彼の周囲には約3メートルほどのパーソナルスペースが築かれるはずなのだが、いくら広いとは言え、ここは車内だ。そんな広いスペースを確保する事は難しい・・・と言うか無理だった。
 良く見れば見るほど怖い顔だが・・・そこは色々な事を経験して乗り越えてきた3人だ。最初の恐怖は何処へやら、段々とその顔に慣れてくると1メートルほど離れていた距離が見る見るうちに縮まっていった。
 逆をかえせば、最初は恐怖のあまりCASLLから1メートルほど離れていたと言う事になるが・・・。


 車は発進した時と同様、音もなく止ると4人は車外に出た。
 車が止った先は都内の超有名なホテルの前だった。セレブ御用達の豪華ホテルなだけあり、ただ突っ立っているボーイすらも高級感漂う気がする。
 「ただ今お坊ちゃまとお嬢ちゃま方をお呼びいたしますので、皆様はこちらでお寛ぎ下さい。」
 そう言ってホールの片隅、大きなガラス窓の前に置いてある真っ赤なソファーに4人を座らせると、じいやはそそくさと何処かへ行ってしまった。
 「それにしても、流石・・・って感じだね。超豪華。」
 「絨毯も綺麗な赤絨毯ですしね。」
 「シャンデリアもキラキラですよ〜。」
 CASLLがそう言って、シャンデリアを指差しながら微笑む。
 ・・・フロントのボーイが凄まじい形相でこちらを見ている・・・それはもう、不信感バリバリと言うか、CASLLが少しでも動いたものならば目の前に置かれている電話に飛びついて警察に連絡を入れてしまいそうな勢いを含んだ瞳だった。
 「ほらほら、凄いですよ〜!あの絵画!高そうですねっ!」
 そんな視線を気にする素振りもなくCASLLはキャッキャとはしゃいでいる。
 ―――頼むから動かないでくれっ!と思うものの、言葉には出さない。
 しばらく張り詰めた空気が場を支配していたが(約1名は除く)それも、じいやの登場で何とか緩和された。
 じいやの背後からやって来る、3名の人物。
 「お待たせいたしました。」
 4人がバラバラと席を立つ。
 「こちらが大善寺 晴彦(だいぜんじ・はるひこ)さんです。」
 そう言って一番右端に居た17,8歳くらいの外見をした少年を紹介する。
 顔立ちは整っているものの、どこか世間を斜めに見ているような目をしており、紹介されても挨拶一つせずにただ鼻を鳴らしただけだった。
 「そして、こちらのお嬢さんが深酒殿 木葉(みしゅでん・このは)さんです。」
 小さい子供―――パっと見はそう見えるものの、明らかに人を馬鹿にしたような瞳をしており、ただ詰まらなさそうに赤絨毯を見詰めている。
 「最後、こちらが・・・」
 「星陵 秋華(せいりょう・しゅうか)と申します。」
 そう言って秋華は丁寧に頭を下げると、どこか大人しそうな微笑を浮かべた。
 見たところ、この中で一番まともそうだ・・・。
 とは言え、じいやの陰に隠れるような場所に立っているのがいまいち引っかかるが・・・。
 人見知りをする子なのだろうか・・・?
 じいやが今度は秋華達に4人を紹介する。
 その間も、晴彦は相変わらずどうでも良さそうな顔をしており、木葉もじっと赤絨毯を見詰めているだけだった。その中で、秋華だけが控えめな視線を1人1人に送り、口の中で名前を繰り返していた。
 一通りの紹介が終わった頃、急に忍が3人の前に歩み出た。
 ・・・どうしてだか、オドオドと視線を左右に揺らしながら、モジモジとしている。
 晴彦が明らかに胡散臭そうな視線を送り、木葉も眉根を寄せながら忍を見詰める。
 秋華がどうしましたか?と言うように小首をかしげ―――
 「は・・・始めまして。さ・・・三下 忠雄です。」
 ―――うそーん!
 な、心境なのは暁、静、CASLLだけで、晴彦と木葉は“だから何?”と言う視線を忍に送っており、秋華にいたっては“あぁ、あの噂の三下さんですね”と言うような納得顔をしている。
 「え・・・えっと、1日皆様とご一緒させて頂きます。」
 「つかさ、お前、風邪とか言ってこねーとか言ってなかったか?」
 晴彦がタルそうにそう言う。
 「な・・・治りまして、ご・・・ご同行させていただくことになりました・・・。」
 あっそ。
 そう口には出さないものの、晴彦の顔は明らかに“ドーデも良いものを前にしている”顔だった。
 「そ・・・それでですね・・・ヘリを用意していますので、どうぞ。」
 ―――えー!聞いてないよー!
 なのは、暁、静、CASLLのみ。晴彦と木葉は“ケっ、ヘリかよ。ジェット機くらい用意しとけよな、マジ使えねー”と言う顔をしており、秋華は“ヘリですか、素敵ですね”と言うような顔をしている。
 じいやにいたっては私の仕事はここまでですので、先の事はよく解りません。と言う顔をしている。・・・随分とずさんな仕事のじいやだ。
 「行き先は、他に誰も居ない最高の所です。・・・本当に美味しい食事、最高の景色に音楽が、皆様をお待ちしています。」
 さぁ、こちらですと言い、忍が3人をホテルの表へと導く。
 じいやが3人に、お気をつけて行って来てくださいましと言い、深々と頭を下げて、お見送りの態勢に入っている。
 「え・・・え・・・どゆ事?」
 「解りませんが、加藤さんにもなにか考えがあるのかも知れません。」
 「そうですね。とりあえず一緒に行ってみましょう。」
 CASLLの言葉に静も賛同し、暁達が忍達の後を追う。
 そしてそこには巨大なヘリが1台・・・・・
 ・・・ホテルの前に、ヘリを着陸させちゃあかんだろー・・・と言う気分だが、そこはセレブ御用達のホテル。大らかな人が多いのか、周囲の客はみんなその光景をさして気にするでもなく通り過ぎて行く。
 全員が乗り込んだのを確認してから忍が扉を閉め、パイロットが親指を立てた後でヘリが大きな音を立てながら飛び立った。
 そしてヘリに乗る事2時間ほど。
 大海原の上を通り過ぎたヘリが着いた先は、小さな島だった。
 砂浜は真っ白で、綺麗な色の砂粒が敷き詰められており、島の中央には森が広がっている。
 砂を撒き散らしながらヘリが着地し、全員を降ろした後ですぐに飛び去って行った。
 「・・・どこココ。」
 木葉が面倒臭そうにそう呟いた瞬間、忍の顔が一変した。
 先ほどまでのオドオドさはどこへやら、普段の忍の顔に戻り・・・
 「さあ、坊ちゃん、嬢ちゃん達!働きな!」
 そう言い放った。
 「・・・え・・・?」
 一番最初に反応したのは秋華だった。戸惑ったようにそわそわとその場を見、晴彦の背後に隠れる。
 「つかさ、ここがどこかって訊いてんだよ。」
 「見て解りませんか?無人島ですよ。ヘリは帰って来ないですよ。」
 「・・・誘拐か?身代金目当てなわけ?」
 馬鹿にしたようにそう呟いた後で、晴彦の背後にへばりついていた秋華を突き飛ばした。
 「うぜーんだよ。引っ付きやがって。」
 「・・・きゃっ・・・!」
 小さな悲鳴の後に、秋華が砂の上を滑る。晴彦にしてみれば、それほど力を入れたつもりはなかったのかも知れないが、華奢な秋華は少しの力でも凄まじい威力に変換されてしまったらしい。
 「ちょっ・・・なにすんだよ!」
 暁が真っ先に秋華に駆け寄り、鋭い視線を晴彦に向ける。
 「なにすんだよ?それはこっちの台詞だっつーの。」
 「大丈夫ですか・・・??」
 オロオロとしながらCASLLが秋華に近づき―――ビクン!と、秋華が怯えたようにCASLLを見詰める。
 視線と視線が正面で合い・・・ふっと、意識を手放しそうになる・・・
 「あーっ!!しっかりしてくださいー!!!」
 「はっ、ソイツは極度の人見知りで引っ込み思案なんだよ。人と視線が合わせらんねーの。さっきの紹介の時だって、視線は合わなかっただろ?人の事見てるようで、何も見てねーんだよソイツは。」
 「そんな言い方ないだろ!?」
 晴彦の言葉に、暁が声を荒げる。
 「怪我はないですか?」
 静が秋華に穏やかな微笑を見せ、手を差し出す。
 「て言うかさ、秋華ちゃんの事なんかどーでもいーよ。あんた達、誰なわけ?」
 あーあ、ウザイ事に巻き込まれちゃったなーと言う、いたって他人事のような顔をしながら木葉が呟く。
 どうやら先ほどの紹介は一切聞いていなかったらしい。
 「あー、そう言えば、俺もよくきーてなかったや。」
 木葉の言葉に晴彦も頷き、盛大な溜息とともに軽蔑の視線を4人に送る。
 「え・・・えっと、この方が桐生 暁さん・・・」
 「誰がお前に紹介してくれって頼んだ?でしゃばんじゃねーよ。」
 「・・・ごめんなさい・・・。」
 暁が何かを言おうとして、言葉を飲み込んだ。
 その場の雰囲気は最悪だった。
 晴彦と木葉は明らかにご立腹の様子だし、暁も機嫌が悪そうに顔を背けている。
 秋華は酷く落ち込んでいるらしく、足元に落とした視線は哀し気だ。
 CASLLはオロオロとしているし・・・忍にいたっては、その真意が見えない。
 最後、静は・・・
 「晴彦君と、木葉ちゃんと、秋華ちゃんだね?」
 ふわりと穏やかに微笑むと、視線を1人1人に向けた。そして、ペコリと丁寧にお辞儀をし・・・
 「僕は静。菊坂 静・・・宜しく。」
 そう言ってにこりと優しい微笑を浮かべた。
 それに続くようにして、CASLLが自己紹介を・・・しようとしたところで、3人に怯えられ、ちょっぴしショックを受ける。
 気持ちを整理し終わったのか、暁が普段と同じ、ヘラリとした笑顔を浮かべるとCASLLと忍の名前を紹介し、そして最後に自分の名前を告げ、よろしくね?と言って微笑んだ。
 「んで、お前らなんなわけ?誘拐?身代金なら親父に言えよ。億くらいなら軽く出すんじゃね〜?」
 はっと、鼻で笑った後で肩を竦め、晴彦が静と暁の腕を取った。
 「つーわけで、お前ら2人は気に入った。誘拐犯だろーがなんだろーが、良いじゃねぇか。金ならいくらでも積んでやるから。俺んとこ来いよ。」
 そう言って、持っていたバッグを開き・・・
 「あ・・・ま・・・待ってください・・・!」
 CASLLがお金を出そうとするのを止めるより前に、暁が晴彦の手を乱暴に振り解いた。その瞬間、晴彦の動きがピタリと止った。
 「ナンパは親近感だけど親の金使ってって信じらんねー。・・・そゆ奴嫌い。」
 酷く軽蔑したような瞳で晴彦を射抜く。口調の端からも、冷たい雰囲気が滲み出しており・・・
 「よくある言い回しだけど愛はお金じゃどうにもなんねーんだよ。俺はどんなに金があっても靡かないよん。親の金っしょ?アンタの金じゃない。」
 シーンとした場に、暁の声は酷く響いた。
 その事実にか、それとも晴彦に対してかは解らないが、暁は小さく溜息をつくとクシャリと髪を散らした。
 「親が自分にくれた物なんて勿体無くて人に渡したり出来なくない?」
 「コレが?勿体無い・・・?」
 晴彦が立ち上がり、札束をその場に叩きつける。
 バンと、こもったような音が響き―――札束を止めていた紙が切れたらしく、バラバラとお札が風に乗って飛ばされて行く。
 「あ・・・あー・・・!!」
 それをCASLLが必死になって集めようとし、秋華もそれを手伝う。
 「世の中金なんだよ。全部、全て。金を持ってるやつと持ってないやつ。金さえあれば良いものが食えるし、良いものが着れる。何かを得るためには金が必要だ。愛は金じゃない?本当にそう思ってんのか?大体からして、金じゃない金じゃないって、ねぇやつに限ってそう言うんだよ。自分が持ってねぇからって持ってるやつの事をひがんでな。世の中は全て金で解決できるんだよ!お前らは持ってねーからその術を知らないだけだろ?買えんだよ、愛だろうがなんだろうが。札束1つで靡くヤツなんか大勢いる。」
 酷く冷たい瞳で、晴彦はそう言うと薄く微笑んだ。
 それは、その場にいる全員を馬鹿にしているような、軽蔑しているような瞳で―――
 「けれどここじゃ、金は紙屑だ。」
 忍の言葉に、晴彦が鼻を鳴らす。
 「俺にとっちゃ、最初から“価値のある紙屑”なんだよ、金なんて。」
 CASLLと秋華が舞い飛んで行った札束を全て集め終わり、秋華がそれを1つにまとめて晴彦に差し出す。
 「コレで、全部だと・・・」
 「あぁ、さんきゅ・・・なんて、言うと思ったか?親に言われて良い子ちゃんを演じてる、それでも姉には勝てなくていつも比較されてる、落ちこぼれの秋華ちゃん。そんなものはいらねー。まだ腐るほどあるしな。アイツが言ったとおり、ここでは金はただの紙屑だ。燃やして火でもおこしとけよ。」
 「あ・・・。」
 秋華が小さく声を洩らし、視線を落として左右に振る。
 「さっきから黙って聞いていれば・・・それはちょっと酷いんじゃないですか!?」
 「いいんです・・・!」
 CASLLの言葉を遮って、秋華はそう言うとにっこりと微笑んだ。
 「本当の・・・事・・・ですか・・・あれ・・・?」
 ポロリと涙が頬を伝い、パタリ、足元に落ちた。
 「あ・・・私・・・っ・・・!!」
 ぎゅっと、唇を引き結んだ後で、泣き顔に変わる。
 そして突然クルリと背を向けると森の方に向かって走って行った。
 「秋華さんっ!!」
 その後をCASLLが走って追いかける―――。


□■□ 【大善寺 晴彦】 □■□


 走り去って行った2人の背を目で追いながら、気まずい沈黙が流れていた。
 誰も何も言わない時間が長く続き、ややあってから木葉が小さく溜息を洩らす。
 「あーあ。秋華ちゃんってば、すぐ泣くんだもん。やんなっちゃう。」
 「そんな事・・・」
 「そんな事ない?嘘。大体からして、ちょっと晴兄に言われたくらいで泣いちゃって、はっきり言ってウザイよ。泣かれた方だって迷惑だし。そう思わない?」
 「僕は特に思いませんが?」
 にっこりと穏やかに微笑みながら静がそう言った。
 それに、軽く肩を竦めただけの木葉。
 「ま、いーさ。秋華の事は。それよりも、おい、さっさとヘリ呼べよ。」
 晴彦がそう言って、忍に詰め寄ると睨みつける。
 「大体、話が違ぇじゃねぇか。」
 「・・・あ?話が違うだ?私はちゃんと“他に人のいない所”と言いましたよ。」
 「こっちは言葉遊びしてんじゃねぇんだよ。さっさと迎えを呼べつってんだよ!大善寺グループに睨まれたくなきゃ、さっさと言う事きけや!」
 「恐らく、大善寺グループがそう言う手段に出るんなら、深酒殿グループも全面的に乗り出すわね。ま、秋華ちゃんはお人好しだから、星陵は出ないかも知れないけどね。」
 権力を使っての圧力に、忍が思わず吹き出す。
 すーっと、温度が下がるかのように、忍の視線が青白い炎を上げる。
 「こちとら物心つく前からの職人家業だ。手前らの脅しなどは屁でもねぇ!」
 「ざけんなよっ!?」
 晴彦が乱暴に忍を突き飛ばし、盛大な溜息をついた後で、静の腕を取った。
 「お前が来い。こいつらと一緒にいる気がしねぇ。」
 「え・・・?」
 どうしたら良いものかと視線を忍と暁に向け―――暁がそっと静に囁く。
 「木葉ちゃんはこっちで引き受けるから、静は晴彦の方を・・・。」
 「そうだね、秋華ちゃんはCASLLさんが見ててくれてるはずだし・・・解った。」
 静は1つだけ小さく頷くと、晴彦に連れられて、真っ白な浜辺を島の裏手方向に向かって歩いて行った・・・。


 「なんなんだよアイツラ・・・!ウゼーんだよっ!」
 砂を蹴り上げながら歩く晴彦の数歩後ろを、静は黙って歩いた。
 波が寄せては引いていく音が耳に心地良く、その単調な旋律は何故だか酷く心を落ち着かせる。
 とは言え、目の前を荒れた様子で歩く晴彦には聞こえていないようだったが・・・・・。
 「ったく、ザケンじゃねーよっ!」
 しゃがみ込み、砂を掴んでは海に放り投げる。
 それを波が飲み込み、攫って―――そんな事をしたって仕方がないのにと、静はそっと思った。
 晴彦が投げた砂は、何時しか再びこの砂浜に戻ってくるだろう。何時になるかは解らないけれども・・・。
 「・・・晴彦君は・・・」
 「あ?」
 酷く不機嫌な様子で晴彦が振り返る。その顔を、静は穏やかな微笑をたたえながら見詰めていた。
 「晴彦君は・・・一人になるのが怖い?」

  ザザーン

 波の音が酷く大きく聞こえる。
 風が海の上を撫ぜ、規則的な波の動きに表情を加える。
 1つ1つの海の表情は、刻々と変わって行くものであり・・・同じ時など、ない。
 「・・・今、なんつった?」
 「晴彦君は、一人になるのが怖い?」
 「んで・・・なんでそーなんだよっ!?」
 晴彦が立ち上がり、静の腕を取った。ギリっと、手首をきつく掴む。
 「・・・さっき、桐生さん達から離れる時だって、離れたければ一人で離れれば良かったのに・・・。僕は“あちらの人”だよ?それなのに、どうしてワザワザ僕をここまで連れてきたの?」
 一人で居たくなかったからでしょう?
 そんな意味を込めて、穏やかに微笑む。
 静の言葉は、決して晴彦を追い詰めるものでも責めるものでもなかった。・・・ない、はずだった。

  ドン

 鈍い音とともに、静の身体は砂の上に座り込んでいた。
 晴彦が静を突き飛ばし・・・酷く冷たい瞳で、静を見下ろす。
 「黙れ。そんなんじゃねぇ・・・!」
 「・・・それなら、そんなに興奮する事ないんじゃないかな。」
 にっこりと、誰もが惹きつけられ、癒されるような、そんな笑顔だった。
 けれどもそれはどうしてだか、更に晴彦を興奮させ―――
 静の首に、晴彦の手がかかる。そのまま力を入れられれば、首が絞まることは確実だった。
 「うるせーんだよ!!俺がどうしようと俺の勝手だろ!?お前を連れて行こうと、一人で行こうと、俺の勝手だ!口出しスンナ!!」
 自分勝手で自己中心的で、俺様思考。自分の事しか考えていない発言は“静”と言う一人の人間を“物”として扱っているかのようだった。静の意思を無視するかのような・・・。
 それでも、静は責める事も、嫌な気分になる事もなかった。
 そんな事よりも、ずっと気になっていた事―――
 「どうしてそんなに哀しい目をしてるの?」
 晴彦の目が見開かれ、驚きに染まる表情。そして直ぐに冷たい表情に戻る。何かを言いかけて・・・口を閉じ、静の首に回していた手をどけると、再び歩き始めた。
 立ち上がり、身体についた砂を払うと、静もその後を追った―――。


■□■ 木葉の心 ■□■


 ボウっと佇んでいた暁と忍の元に、CASLLと秋華、静と晴彦、そして木葉が戻ってきたのはしばらくたってからだった。
 花の冠を両手いっぱいに持ちながら、にこにこと微笑む秋華を見て暁と忍、そして静はほっと胸を撫ぜおろした。
 どうやらCASLLが上手く秋華の相手をしてくれたらしい。先ほどの涙はどこへやら、酷く子供っぽい表情で花の冠を片手にトテトテと走ってくると、1人1人に手渡しをして行く。
 もし宜しければどうぞの言葉に、暁が冠を頭に乗せ、はしゃいでみせる。
 「俺、もしかして王様〜?」
 「素敵な王様ですね。」
 クスクスと笑う秋華を、酷く優しい視線で見詰める。
 暁の隣に居た忍にも冠を差し出し―――忍は笑顔でそれを受け取った。
 「有難う御座います。素敵な冠ですね。」
 秋華さんは手先が器用なんですねと褒めると、CASLLがそうなんですよ〜!と声を上げた。
 どうやらCASLLも秋華に習って作ったらしく、その両手にはカラフルな冠がたくさん乗せられている。
 パタパタと走り、今度は静に冠を差し出す。
 静が秋華と視線を合わせるようにしゃがみ込み、冠を受け取ると、本当に嬉しそうな顔で微笑んだ。
 「有難う御座います。」
 手を伸ばし、秋華の頭を撫ぜ―――
 「秋華はそれだけは得意だったよな、確か。」
 どこか遠くを見るような様子で晴彦が呟いた。先ほど、静と何かあったのだろうか?考え込むような瞳は、自分が発した言葉すらもよく解っていないようだった。
 ボウっと傾いた陽を見詰め、吸い込まれて行く、水平線を凝視する。
 夕日が海に落とされ、滲み、キラキラと水面を輝かせる。
 「・・・さて、そろそろ夕飯の準備をしなければなりませんね。」
 そう言って、ちょっと待っていてくださいと言い残し、忍はどこかへと去って行った。
 待つことほんの数分。
 何処から持って来たのかは知らないが、忍は両手いっぱいの“道具”を持って帰って来た。
 大きな鋏、カゴ、薪、ロープ、釣竿なんかもある。
 「さぁ、食材を取りに行きましょう。」
 ケロリと言われた言葉に、子供達のみならず、こちらも思わず驚いてしまう。
 「大丈夫です、心配しないで下さい。ちゃんと、森の中には食べれる果物もありますし、海には魚もいます。」
 食べれない植物につきましては、ちゃんとお教えいたしますからと言って、忍は道具を“海用”と“森用”に分け始めた。
 「おい・・・食材集めって、馬鹿じゃねぇのか!?そんでもって、焚き火で火を熾せってか!?」
 「鍋もきちんと用意してあります。魚を刺す串もちゃんとあります。木製ですが、お皿とスプーンも用意してありますよ。」
 「そう言う事を言ってんじゃねぇよっ!!」
 「・・・あ、そうです!私、実はケーキを買ってきたんですよ〜。」
 突然CASLLが場違いなまでに穏やかな口調でそう言うと、持っていたバッグからケーキの箱を取り出した。そして、次から次へとお菓子の入った箱を取り出してはトントンとその場に並べて行く。
 ・・・空気を読んでいないのか、それとも空気を読んでいる上でそうしているのかは解らないけれども・・・。
 ケーキを取り出し、さっそく1人1人に差し出す。
 ―――三角の小さなケーキだったが・・・手渡されてもどうしたら良いのか解らない。
 ケーキはフォークで食べるものだと言う固定概念がある以上、ケーキを食べる際はお皿とフォークが必需品だ。
 しかしCASLLはいささかも気にした素振りは見せずに、カプリとケーキに齧り付くとにっこりと微笑んだ。
 勿論、その微笑みはケーキと言う甘めテイストのアイテムとは似合わないものだったが・・・。
 「美味しいですよ〜?」
 そう言って微笑むCASLLの横顔に

  ベチャリ

 ケーキが投げつけられた。
 舞妓さんよろしく美白された顔を、苺がズルズルと滑って行く―――。
 あまりの出来事に、CASLLとケーキを投げた張本人以外は言葉を失っていた。
 すーっと、視線がCASLLから木葉へとスライドする。
 怒りに肩を震わせながら、木葉がその場にいる全員を鋭い瞳で睨みつける。
 「・・・木葉ちゃん・・・?」
 暁の呆然とした声が、不自然に響き、その場の空気に溶け消える。
 「元気がいいですね〜。」
 そう言いながらCASLLが笑顔で顔についた生クリームを拭うが、誰もその言葉にツッコミを入れる者はいなかった。目の前で怒りに燃える小さな少女をただ凝視する事しか出来ないでいた。
 「なんなわけ・・・?」
 しばらくの沈黙の後、木葉が口を開いた。
 声が震えており、不思議な音を響かせる。
 「何であたしが夕飯の支度なんてしなくちゃいけないわけ!?馬鹿じゃないの!?そんなん、お金を持ってないやつがやる事よ!お金を持ってる人から、お金を貰って、ヘコヘコしながら・・・何であたしが・・・!!」
 そう言うと、木葉は目の前にあった鍋を掴むとこちらに向かって投げつけた。
 それは丁度秋華の目の前に落ち、カァンと高い音を上げて砂を跳ね上げた。
 「あーあ、怒り大爆発。面倒だぞ、あいつがあーなると。」
 晴彦が心底面倒臭そうにそう呟き、俺は知らないぞと言い残してどこかへ行ってしまった。
 暁が、暴れれば自分の思うとおりになるワケじゃないのにと、小さい声で呟きながらその場に腰を下ろした。
 どうやら木葉が落ち着くまで待つつもりらしい。CASLLが持ってきたケーキをゆっくりと食べ始める。
 木葉が意味をなさない言葉をわめき散らしながら次々に目の前にあるものを掴んでは投げつける。
 「お・・・落ち着いてください!私に出来る事でしたら、ききますからっ・・・!」
 CASLLが必死に呼びかけるものの、木葉には聞こえていないらしく、一向に落ち着く様子はない。
 このままだと秋華に危害が加わるかも知れないと判断した忍が、秋華を安全そうな場所に連れて行き、そっと事の成り行きを見守る。
 薪を投げ、釣竿を投げ、木のお皿を投げ、目の前にあった鋏を―――
 「・・・危ないっ!!」
 誰がそう叫んだのかは解らなかった。
 鋏は秋華の方に飛んで行きそうになり・・・カシャンと音を立てて砂の上に落ちた。
 カラカラと鋏が数度砂の上で飛び跳ねた後で、ピタリと止る。そして、その近くに落ちる、赤い鮮血―――パタパタと音をたてながら、白い砂を赤く染め上げる。
 「―――っ・・・。」
 痛みに顔をしかめた静だったが、すぐに元の穏やかな表情に戻ると木葉の方に歩み寄り、しゃがんだ。
 ビクリと大きく肩を上下させた木葉が、静と視線を合わせる。
 「そんなに怒って暴れなくても、良い方法があるよ?それはね、“何”が“どうして”気に入らないのか、言葉にしてそれを皆に伝えるんだ。」
 にっこりと、全てを包み込むかのような笑顔で静はそう言った。
 そして、その右掌からは赤い血が出続けていた。
 「気に入らない・・・事・・・。・・・だって、何で皆・・・。」
 木葉の瞳が涙に染まる。
 唇を噛み、何度か言葉を紡ごうとしては口を噤み・・・。
 1つ、大きく息を吸い込んだ後で、まるで爆発したかのように木葉は言葉を紡ぎ始めた。
 「何なのよ!いい加減にしてよ!もううんざり!!あたしが言えばみんなヘラヘラ笑って言う事聞く筈なのよ!小さい頃からパパもママも仕事で忙しくて、ずっと一人だった・・・でも、だから何!?パパとママが忙しいのはあたしの家だけじゃない!それなのに、周りの大人達は口を揃えて言うわ!小さいのにお一人で可哀想にって!可哀想に可哀想に・・・そう言って、みんなあたしの言う事を聞くの!何でだか解る?その、可哀想な子供に同情しているからよ!可哀想な子供の言う事くらい聞いてあげようって・・・馬鹿にしないでよ!!あたしは、そんな陳腐な同情を得たいために生きてるんじゃないっ!蔑まれる為に、一人で居るんじゃないっ!!!!!」
 一気に言って、肩で呼吸をする。
 誰も何も言わない。ただ、木葉が全ての思いを打ち明けるまで待とうと、事の成り行きを黙って見詰めている。
 「・・・誰もが同情してくれるわ。深酒殿の末っ子だからって、ちやほやして、あたしの言う事なら何でも聞いて・・・でも、裏では言ってる。我が儘だって、それもこれも、両親が忙しくて構ってあげられないからだって。可哀想だから、我が儘くらい聞いてあげましょうって。ヘラヘラ、作り笑顔で!深酒殿の子供に気に入られれば、この先安泰だからって言って近づいてくる人もいるわ!」
 木葉が目の前にいる静に縋る。
 それを、静は優しく受け止めてあげた。左手で背中を優しく撫ぜて―――
 「利用しようとして近づいてくる大人に、どう接したら良いの?我が儘言って困らせる以外、相手はあたしの事なんて見てくれないのに。」
 小さな声でそう呟き、小さな嗚咽を洩らす。
 深酒殿の名に惹かれて木葉に接する大人。彼らが見ているのは木葉ではない。その先にある、深酒殿と言う“名前”ダケ。
 「パパとママも、あたしの言う事なら何でも聞いてくれた。末っ子だからって、特に構ってくれた。周りからは、甘やかしてるって言われるくらい。でも、パパもママも他の大人と一緒。あたしと話してる時でも、頭の中は仕事の事でいっぱい。あたしの事なんて、見てくれない。」
 木葉が両親の気を引くためには、我が儘を言うしかなかった。
 我が儘を言えば、両親は自分の事を見てくれる。困ったような顔をして、木葉の望みを受け入れてくれる。でも、望みを叶えてしまえばもうそれ以上は見てくれない。忙しいから、お仕事をしなければならないから。だから、次から次へと我が儘を連発する。そうすれば、両親はずっと構ってくれるから。
 子供じみた発想だった。
 けれど、木葉は子供だった。
 いくら言う事が大人びていようと、木葉は、まだ小さな子供だった。
 「でもさ、我が儘って言ってるうちに癖になっちゃうから・・・。」
 暁が口の端についた生クリームを親指ですくい、ペロリと舐める。
 「我が儘言って他の人に叶えてもらうよりさ、努力して自分で叶えるようにすれば、将来すっごく素敵な人になれる。それに、我が儘を言わなくても木葉ちゃんの事をちゃんと見て、考えてくれる人だっている筈だよ?」
 どこに?そう言うように、木葉の視線が暁を捕らえる。
 「今日、木葉ちゃんの言った我が儘を叶えた人がこの中にいる?」
 軽く首を振る。それは、イヤイヤをするように、子供らしいか弱さを含んでおり―――
 「それでも、みんな木葉ちゃんの事ちゃんと見てるし、考えてるよ。」
 優しい瞳。その視線は、しっかりと木葉を捉えていた。
 「・・・ごめんなさい。」
 消え入りそうなほどに小さい声に、暁は優しく頭を撫ぜた。クシャクシャと、髪の毛を柔らかく散らす。
 「でも、それは俺に言う事じゃないよね?」
 そう言って、チョイチョイと静と忍とCASLLを指差した。
 木葉が静の右手を取り、泣きそうになりながらも静の目をしっかりを見詰める。
 「ごめんなさい・・・。傷つけるつもりじゃ・・・なかったの。」
 「木葉ちゃんが気にする事じゃないよ。これは“僕が勝手に”やった事だから。ね?」
 忍が秋華を連れ、CASLLもその後に続いてやって来る。
 まず最初にCASLLを見上げ、チョコンと頭を下げ―――
 「ごめんなさい。ケーキ・・・」
 「いえ、元気がいいのは良い事ですし・・・。木葉さん、小さな我が儘なら言っても良いんですよ。連発するのはアレですが、甘える代わりに小さな我が儘を1つつくくらいなら、ご両親は嬉しいんじゃないでしょうか。無理な我が儘じゃなく、そうですね・・・例えば、一緒に遊びに行きたいとかは、言っても良いんじゃないでしょうか?」
 我が儘と、甘えは、微妙な関係で寄り添っている。
 小さな我が儘ならば、言われてイヤになる親はそうそういないだろう。子供の発する小さな甘えは、可愛らしいものだから・・・。
 「・・・いっぱい・・・ごめんなさい・・・。」
 木葉は最後に忍にそう言うと、じっと見詰めた。
 忍が膝をつき、木葉と視線を合わせる。不安そうに揺れる瞳が儚い輝きを放ち・・・。
 「大切なのは、自分で気がつく事です。そして、反省をする事です。反省している人を怒るような真似を、私は絶対にしません。」
 諭すようにそう言うと、忍は初めて笑顔を見せた。
 「・・・皆、ごめんなさい。・・・秋華ちゃんも・・・ごめんね・・・?」
 「私は何も・・・。」
 秋華がブンブンと手を左右に振り、照れたように視線を足元に落とした―――。


□■□ 【泳ぐ、魚】 □■□


 夕食の準備をするために、食材を集めようと言う事になった。
 かと言って、全員で動いても仕方がない。ここはいくつかの班に分けて、自分の分担ぶんをしっかりとやる事にしましょう。
 忍の意見で、3つの班に分かれることになった。
 1つは、暁と静・・・そして晴彦。この3人は海に行って魚を釣る係りだ。
 恐らく夕飯のメインになるものなだけに、少なくてはどうしようもない。最低限人数分は釣って来たい所だ。
 2つ目はCASLLと木葉。2人には火を熾して焚き火を見張る係りだ。
 泣きつかれて少々テンションの落ちた木葉を気遣っての事だろう。とは言え、焚き火を見張るのは簡単な事ではない。
 いくら食材が集まっても、火がなかったらどうする事も出来ないのだから・・・。
 そして最後は忍と秋華だった。2人は森の中に入って、食べられそうな草や果物を取って来る係りだ。
 夕飯が魚だけでは少々物足りないと言う事で、2人は大きな鋏やカゴを手に持っている。
 「それじゃぁ、また後で。」
 「火はきちんと熾しておきますから〜!」
 暁と静は海の方へ、忍と秋華は森の方へ、そしてCASLLと木葉は薪を集め始めた。


 「さてと、まずは晴彦を捜さないとな〜。」
 「何処にいるかな・・・?」
 「そこら辺にいるんじゃない?」
 静の質問に暁がそう答えた時だった。
 ボウっと海を見詰める晴彦の姿があった。その横顔はどこか虚ろで哀し気で、なんとなく、声をかけるのを躊躇してしまいそうになる程に儚い雰囲気を持っていた。
 「・・・晴彦!」
 暁がポイっと釣竿を放り投げ、突然の事に一瞬だけ驚いたような表情をした晴彦だったが、釣竿を落とさずにきちんと取った。
 「なんだよこれ。」
 「釣竿だよ。見てわかんない?みんなで夕飯の準備すんの。俺らは魚釣ってくる係り。」
 「他の係りは?」
 「秋華ちゃんと加藤さんは森で果物や食べられる草を採って来る係りで、CASLLさんと木葉ちゃんは火を熾す係りだよ。」
 「あっそ。」
 詰まらなさそうにそう言うと、晴彦が先立って歩き始めた。
 それを見詰める2人・・・数歩歩いたところでこちらを振り返ると、晴彦が面倒臭そうに眉を寄せた。
 「なんでお前らついて来ないわけ?こんなとこじゃ、魚なんて釣れねーよ。あっちに岩場っぽいとこがあったから、そこでならなんとか釣れんじゃん?」
 暁と静が顔を見合わせ―――ふっと、微笑んだ。
 「なぁんだ、晴彦ちゃんったら、俺らのために釣りの穴場を探しといてくれたわけぇ〜?」
 晴彦に走りより、暁がその背中にタックルする。
 「なっ・・・!そんなんじゃ・・・」
 「一人でよく頑張ったね。」
 寂しくなかったですか?と、静がからかうような笑顔を向ける。
 晴彦がカァっと顔を赤くし―――
 「お前ら大嫌いだっ!」
 そう叫ぶと大またで歩いて行った。
 なぁんだ、可愛いトコもあるんじゃんと、暁が呟き・・・静も、こっそりとその言葉に頷いた。
 「・・・大体、釣りの穴場なんか探せるわけないだろ!釣りするのだって、わかんなかったんだし・・・。」
 「へ?忍さんが釣竿出した時、普通にいたじゃん。」
 「知るかっ!」
 「桐生さん、それ以上からかうと可哀想だよ。」
 と、苦笑しながら静が呟き・・・
 「よし、お前ら勝負だ!誰が一番多く魚を釣れっか!」
 晴彦が釣竿で暁と静を指し示す。
 「んー、いーよー?静はどーする?」
 「勿論参加するよ。晴彦君、よろしくね?」
 にっこりと愛想良く微笑んだ静に向かって、晴彦が思い切り顔をしかめると、ズンズン先を歩く。
 「それで〜?負けた人はどーする?なにする?」
 暁がワクワクとした声で晴彦と静を交互に見やる。
 「なんだ!?罰ゲームがあんのか!?」
 「じゃないと、つまんなくな〜い?」
 驚いたような表情の晴彦に向かって、暁がふわりと微笑むと、視線を宙に彷徨わせた。
 「つっても、なんかあるかなぁ〜・・・。」
 「それじゃ、負けた人が秋華ちゃんの作ってくれた花の冠をかぶると言うのはどう?」
 「あ、それイー!」
 「そんなんお前ら2人は平気じゃねーかよっ!」
 「あれ?晴彦、もしかして自分が負けると思ってるの?」
 「まさか!」
 「だったらイーじゃん。なー静?」
 えぇと、静が頷き―――晴彦が投げやりに頷く。
 これで準備は整った。あとは上手く魚を釣れば良いだけの話。
 それから数分後、鍋一杯に釣った魚を入れて歩く暁と静の後ろから、わめき散らしながら歩いてくる晴彦の姿があった・・・。


■□■ 晴彦の本音 ■□■


 忍と秋華がカゴいっぱいに果物や食べられる草花を持って帰ってきた直ぐ後に、暁と静、そして晴彦も焚き火の傍に帰ってきた。
 いつの間にか辺りは闇に染まり、波の音がやけに響いて聞こえた。
 暁と静が嫌がる晴彦の頭に秋華の作った花の冠を乗せ、クスクスと小さく笑い―――
 忍が3人が釣ってきた魚を串に刺しては焚き火を囲むように地面に突き刺す。
 その隣では、CASLLと秋華が果物や草花を丁寧に1人1人のお皿に盛り付けている。
 何処から持ってきたのか、忍は水とお茶をコップに注ぎ、全員に配る。
 時折パチリと火の粉が弾け、夜の闇に吸い込まれては溶ける。
 魚が焼きあがり、ほんの少しだけ塩を振り掛ける。
 焼いた魚を手にし、4人は迷う事無くパクリとお腹に齧りつき・・・晴彦もそれに習って魚を食べ始める。
 秋華と木葉が視線を合わせ、困ったように小首を傾げた後で、小さく微笑むと皆と同じように魚を食べ始めた。
 相当お腹が減っていたらしく、魚が通った後は温かい疼きがあった。
 「・・・美味しい・・・」
 そう呟いたのは秋華だった。
 焚き火の炎に照らされながら、その頬はオレンジに染まっている。
 「空腹になりながら汗水たらし手にした食事はどうです?景色も最高でしょう。自然の音も。」
 闇に沈むこの島で、聞こえてくるのは波の音、風の囁き、森が騒ぐ音、そして火の粉が跳ねる音。
 上を向けば散りばめられた星々がその美しさを競い合い、月が穏やかに地上の様子を見詰めている。
 とても穏やかな闇夜だった。
 魚を食べ終わり果物も食べ終わり、少しの談笑の後、木葉がすぅっと眠りに入った。
 寝袋とテントがあると言い、忍は置いてあった懐中電灯を片手にCASLLと森の中に入って行き、しばらくしてから両手いっぱいに荷物を持って帰って来た。
 暁と忍、そして晴彦も立ち上がり、テントの設置に協力する。
 テントを組み立て、寝袋を中に入れ、CASLLがそっと木葉を持ち上げると寝袋の中に横たえた。
 うぅん・・・と、小さく唸った木葉だったが、直ぐに規則正しい寝息に変わる。
 ぐっすり寝てますよと言いながらCASLLが戻ってきて、焚き火を囲むようにして座る。
 誰も何も言わない状況が長く続き、波の音が直ぐ近くで聞こえてくる・・・。
 沈黙を最初に破ったのは晴彦だった。
 どこか遠くを見るような、虚ろな瞳でゆっくりと言葉を紡ぐ。
 「俺、お前の事嫌いなんだよ。」
 そう言ってから、秋華の瞳を覗きこんだ。
 秋華が「え?」と小さな声をあげ・・・考え込むように焚き火の炎を見詰めた後で、下を向いた。
 急に何を言い出すのだろうか?戸惑う4人だったが、その言葉には棘がない。
 この島に訪れた時とは違う、穏やかな口調だった。
 「・・・俺、お前の事嫌いなんだよ。」
 確かめるように、そこから何かを得ようとするかのように、晴彦は再び呟いた。
 「どうして・・・ですか?」
 頼りなさ気な視線を、真っ直ぐ晴彦に向ける。
 その視線を受けて、晴彦が何かを言おうとしては止め、口を開いては閉ざす。
 「ゆっくりで良いんです。一緒に考えましょう。」
 CASLLの言葉に晴彦が大きく1つだけ頷くと、焚き火の向こう、月に照らされた海に視線を注いだ。
 「俺の親は、金さえ与えれば子供が育つものだと思って、俺に凄まじい額の金を毎月渡すんだ。確かに、金で解決できなかった事なんかほとんどねぇ。食事だって、金さえ出しゃぁコックが作ってくれるし、交通手段だって、ハイヤーの運転手に金を渡せば何処へだって運んでくれる。勉強だって、家庭教師に金さえ渡せば見てくれる。服だって、靴だって、アクセだって、望めばなんでも手に入った。望めば、なんでも手に入るだけの額を渡されてきたから・・・。」
 そこまで言った後で、晴彦はふぅと息を吐き出した。
 炎が微かに揺れ、パチリと火の粉を空へ舞わせる。
 「誰かに居て欲しい時は、そいつに金を渡せば喜んで傍に居た。映画だってなんだって、言えば直ぐについて来た。男だろうと女だろうと、俺が金さえ渡せば・・・ずっと一緒に居てくれた。」
 寂しげに薄く微笑むと、晴彦はそっと瞳を閉じた。
 最初会った時は、なんてイヤなヤツなのだろうかと思った。
 俺様で、口も悪く、金さえ渡せば人が言いなりになると思っていて・・・
 「だからお前が嫌いなんだよ。秋華。“価値のある紙屑”なしでも、親はお前の事を見てる。例え、姉と比較しながらであろうとも、その瞳にお前は映ってる。しっかり・・・。」
 「・・・あぁ・・・そうか・・・。」
 静が納得したように1つだけ頷き、視線を晴彦に合わせる。
 「晴彦君は、欲しかったんだ・・・違う?」
 “何が”の部分を完全に欠落しながらも、静は晴彦にそう尋ねた。
 晴彦が静の視線から逃れるように、プイっと視線を逸らし―――
 「お金で買えない愛情が欲しかったんでしょ?」
 晴彦は何も言わない。その代わり、薄っすらとではあるが耳が赤く染まっていた。
 “買える愛情”は沢山あった。晴彦はそれを買えるだけのお金を持っていたから。けれど、それはあまりにも冷たい愛情だった。
 愛という、目に見えない温かなモノであるにも拘わらず、お金と言う、目に見える冷たい権力によって変えられてしまう。
 その瞬間、愛は商品になる。
 いくらでも代えのきく“モノ”になる・・・。
 「なぁんだ。そんな事なら早く言ってくれれば良いのに〜!」
 暁がそう言って、すとりと晴彦の隣に腰を下ろした。グイっと顔を近づけ、妖しい瞳でにっこりと微笑む。
 「俺の愛なら無料配布できるからね〜☆つか、むしろタダでこそ売れるっつーか、なんつーか。」
 「おまっ・・・近いんですケド・・・!!」
 「あれあれ〜?晴彦って、ナンパ得意じゃなかったっけ〜??い・い・よ♪俺の事口説いちゃっても。」
 すすーっと寄って来られて、晴彦の顔がみるみる赤くなる。
 「どうやら、無償で与えられる愛には免疫がないようですね。」
 忍がその光景を見て、冷静にそう言い・・・
 「おい!見てないで助けろよ!!」
 「良かったです・・・晴彦さん・・・。」
 CASLLに視線を向けるものの、彼は既に晴彦の門出を祝う準備をしている。
 どうやら晴彦の抱えていた問題を解決できて、その事に感動しているらしい・・・。
 晴彦がグリンと、静の方に視線を向けた。彼ならば、もしかしたら自分を助けてくれるかも知れないと思い―――
 静がにっこりと微笑む。
 「僕もあげるよ?無償の愛・・・」
 「し・・・秋華ぁぁ!助けろっ!」
 最後の頼みの綱、秋華に視線を向けるものの、秋華はオドオドとした様子で視線を宙に彷徨わせた後で、小さく拳を握った。
 「頑張ってください!」
 ・・・心からの応援の言葉を贈るが、それではどうにもならない。
 しばらく難しい顔をしていた晴彦だったが、急にふっと表情を緩めると、笑い始めた。
 その笑いは周囲に伝染し―――波の音も、風の音も、焚き火の音も、この島に存在する全ての音を飲み込んで行った。


□■□ ≪秋華の抱える闇≫ □■□


 火の始末をし、6人がテントに入ったのはそれから直ぐだった。
 秋華が木葉の寝ているテントに入り、晴彦と静が、暁と忍とCASLLが同じテントに入る。
 目を閉じて、ゆっくりと眠りに入り・・・
 規則的な波の音が酷く心地良くて、眠りは直ぐに深いところに入って行く。
 眠ってからどれくらい経った時だろうか?
 突然外でカタンと小さな音が鳴り、誰かが砂の上を歩く音が聞こえる。
 こんな夜中に誰だろうか?
 静はそう思うと、起き上がり、テントから這い出した。

 月の光が酷く明るくて、普段ならばそれはほんの僅かな光だったのに・・・この島では、月明かりは怖いくらいに明るかった。
 ボウっと海を眺めるように座る小さな背に向かって、静は歩いた。
 長い髪が揺れる。闇が優しく少女を包み込む・・・。
 砂を踏む音に顔を上げると、秋華は申し訳なさそうに微笑んだ。
 「起してしましましたか?」
 「そんな事ないよ・・・」
 隣に座っても良いかと聞いた後で、静は秋華の隣に腰を下ろした。
 「ここは、東京とは全然違いますね。風の匂いも、音も・・・」
 「そうだね。・・・それで、秋華ちゃんはどうしたの?」
 こんな夜中に。そんな意味を込めて、静は秋華に視線を向けた。
 秋華の横顔が、ふっと悲しみに染まった後でゆっくりと何かを探すように顔を上げた。
 「怖いんです。夜が。全部染まってしまう夜が、怖いんです。」
 よく見れば、秋華は微かに震えていた。
 それは夜になってなお一層冷えてきたからと言うわけではなかった・・・。
 「なんだか、眠れなくなってしまって・・・。」
 苦笑しながらそう言うと、秋華は腕の中に足を抱え込んだ。
 「そっか・・・。」
 静はそっと呟くと秋華の方を向き、優しくその頭を撫ぜた。
 「秋華ちゃん・・・大丈夫、ここに怖いものはないから。大丈夫だよ・・・ね?」
 眉根を寄せ、泣く瞬間のような顔をした後で、秋華は静の胸にコテンと頭を預けた。
 甘えるように服の裾をギュっと掴み、そっと目を閉じる。
 カタカタと震えていた肩が段々と落ち着きを取り戻してくる・・・
 「私・・・夜になると、消えちゃうような気がするんです。自分の意見が上手く言えなくて、居ても居なくても同じようなもので・・・だったら、いっそ消えてしまえたらって。でも、消えるのは酷く怖くて・・・。闇は、全ての色を奪って行くから。色と同じように、私も連れて行ってしまいそうな気がするから。」 
 囁くように発せられた言葉は、波の音にかき消され、甘い香りだけをその場に残す。
 「闇は、全てのものを飲み込むわけじゃないよ。」
 静はそう言うと、上空を指差した。
 散りばめられた宝石が、七色に光る。
 その隣では丸い希望が、美しく光り輝いて―――
 「月も星も、ちゃんと“そこにある”はずだから。」
 どんなに地上から光が消えようとも、月も星も、地上を照らす事を止めない。
 昼間は太陽が照らしてくれている地上を、太陽が地平に沈んだ後に月も星も見捨てはしない。
 光に愛されているこの地上から、全ての光を奪う事は誰にも出来ないから・・・。
 「だから、秋華ちゃんも“ここにちゃんと居る”から。」
 優しく髪を撫ぜ、耳元で囁く。
 それは言い聞かせるようでもあり、それでいて口説くようでもあり・・・溶けてしまいそうなほどに甘く儚い音を含んでおり・・・。
 ややあってから、秋華が「不思議な人ですね」と呟いた。
 それは静に向けられた言葉ではなく、かと言って誰に向けた言葉と言う事でもなかった。
 恐らく、思わず零れてしまった秋華の気持ちなのだろう。
 ・・・徐々にで良い。ゆっくりでも、前に進んで行ければ・・・。
 いつか秋華が、自分の意見をしっかり言えるようになれば―――
 空を仰ぐ。
 まるで強く自分を主張しているかのように、闇の中でも光り輝く星と月。
 決して消える事のないその輝きを、秋華の胸に宿せれば・・・そうすれば、きっと未来は明るいから―――

 
■□■ 接待が終わり・・・ ■□■


 忍の言った時間から1分の狂いもなく、ヘリが島に姿を現した。
 忘れ物のないように、全てのチェックを済ませてからへりに乗り込み・・・島を後にする。
 段々と遠ざかる島は、再び無人島へとなり―――


 家まではタクシーで帰ると言う3人を途中まで見送った後で、4人はその足でアトラス編集部へと向かった。
 別れる時、CASLLが「有難う御座いました。とても楽しかったです。」と言って3人の頭を順々に撫ぜた。
 そして暁が親と話し合う事を提案し―――3人はその言葉に頷いた。
 きっとそれがこの3人の新たな第1歩になるだろう。
 もし何かあったら直ぐに連絡を入れてくれれば駆けつけるからと約束をして・・・タクシーは発進した。
 そっと囁かれた“ありがとう”の言葉を残して―――
 バタンと扉を開け、編集部に入ろうとした時だった。
 血相を変えた麗香が4人のもとにツカツカと歩み寄り、一番前に居た暁の腕をガシっと掴んだ。
 「貴方達、3人をどうしたの?」
 酷く緊迫した声で、麗香がそう言った。
 「お子さん達でしたら、タクシーできちんと送り届け・・・」
 「貴方達、昨日何処に居たの!?」
 「無人島に・・・」
 「無人島!?」
 麗香が長い長い溜息をつき、頭を抱え込んだ。
 「どうしたんです?」
 静の問いに、麗香が遠い目をして・・・
 「さんしたクンがね、警察に連れて行かれちゃったの。」
 「え・・?!どうして・・・」
 「誘拐・・・。予定されていた旅館から、皆が到着してないって連絡が親御さんの方にあってね。森藤さん・・・貴方達に3人を紹介した人がね、三下さんと名乗る方がヘリで3人を何処かへ連れて行ってしまいましたよ・・・て。それで、事情聴取のためにさんしたクンが警察に呼ばれて・・・。」
 ―――それから数時間後、なんとか事情を説明して三下は釈放されましたとさ・・・。


 「もう、カツ丼は食べたくないです・・・。」
 ベソをかきながら三下がそう言い、更に“丼”のつくものはしばらく見たくもないと付け加える。
 どうやら、カツ丼の次は天丼が出て、更に親子丼まで出たらしい。
 ・・・丼がつけば良いと言うものではない気がするのだが・・・。
 「とにかく、あちらの親御さんと上には私から説明しておくけど・・・さんしたクン、どちらも相当怒っているって事忘れないでね。」
 そう言って麗香がにっこりと微笑み―――


   ―――こうして三下の受難の日々は続く・・・
 


         〈END〉

 
 ◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


  4782/桐生 暁/男性/17歳/学生アルバイト・トランスメンバー・劇団員

  5566/菊坂 静/男性/15歳/高校生、「気狂い屋」

  5745/加藤 忍/男性/25歳/泥棒

  3453/CASLL TO/男性/36歳/悪役俳優

 
 ◆☆◆☆◆☆  ライター通信  ☆◆☆◆☆◆


 この度は『三下君バイト物語〈接待編〉』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
 今回はもの凄く長くなってしまいまして・・・途中で申し訳なさを感じつつ、けれども短くしたらちゃんと3人の気持ちが描けないし。・・・と、悶々としながら執筆いたしました。
 3人の子供達をきちんと立体的に表現したく、色々と詰め込んだ結果、大変な長編に・・・!
 一気に読むのは大変ですので、3日くらいに分けて読んでいただければ・・・と思います(汗)


 菊坂 静様

  今回もご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
  いつもお世話になっております。
  木葉の投げた鋏で怪我をされてしまい・・・なんだかとても申し訳ない気持ちでいっぱいです。
  優しくて穏やかな静様をノベル内で素敵に描けていればと思います。


 【】と≪≫のつく章(?)は個別です。
 前者は分岐の結果の個別で、後者は純粋な個別になります。
 ・・・説明が下手すぎですね(苦笑)けれどどう言ったら良いものか解らなかったり・・・。


  それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。