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<東京怪談ノベル(シングル)>


犬到来


 梧・北斗(あおぎり ほくと)は、勢い良く草間興信所のドアを開いた。
「よ、武彦。元気か?」
「……元気だけれども、お前よりかは元気じゃないかもな」
 草間はそう言い、くわえていた煙草の煙を吐き出す。勢い良く開かれたドアは、その余韻を残してギイギイと唸っている。北斗はにかっと笑い、ドアを再び勢い良く閉め、草間の目の前にどかっと座った。
「何か、元気ないじゃん?またお金が無くて困っているとか?」
「お前の元気のよさに圧倒されただけだ」
「へへ、良かったじゃん。興信所が明るくなっただろ?」
 北斗の言葉に、草間は「それはそうかもしれないが」と言って溜息をついて苦笑を漏らした。確かに、明るくはなっているだろう。一応は。
「何かないのかよ?」
「特に無いな、今は。平和だが、貧乏に拍車がかかってたまらない」
 草間がそう言って溜息をつくと、遠くから「わんわん」という犬の吠える声が聞こえた。北斗はそれを聞き「そういえばさ」と口を開く。
「俺がこの興信所に来たのって、犬が原因だったよな?」
「そう、だったか?」
「そうだって。俺、覚えてるし」
 北斗はそう言って笑った。草間は「そうか」と言いながら、記憶を辿る。
 およそ一年前、初めて北斗がこの興信所に訪れた時の事を思い出しながら。


 一年程前も、ばん、と勢い良く興信所のドアが開いた。何事かと草間がそちらに目をやると、手に小さな犬を抱えた少年が、ドアの向こうから現れた。
「おい、ここって何でも屋だろ?」
「何でも屋っていうか、興信所と言って欲しいんだが」
「どうだっていいって!」
 良くは無い気がする……。草間はそう思ったが、あえて何も言わなかった。何しろ、相手はお客様なのだ。多分。
 少年は「俺は梧・北斗っていうんだけど」と自己紹介した後、言葉を続ける。
「この犬、この近くにいたんだよ」
「捨て犬か?」
「多分。だって、箱に『可愛がってやってください』ってあったし」
 それは間違いなく、捨て犬だろう。
 草間は「それで?」と言葉を続ける。嫌な予感が、胸をよぎるのを押さえつけながら。
「それで、じゃねーよ。冷たいな」
「いや、だから内容を聞きたいんだが……」
 草間の言葉に、北斗は「ああ」と言って犬をぐいっと前へと押し出す。
「こいつを飼える人、探してくんない?」
「……はぁ?」
「いや、だから。こいつを拾ったから、飼い主を」
「それは分かるが、どうしてここに?」
 草間の問いに、北斗はにかっと笑う。
「だってここ、何でも屋だろ?」
 興信所だ、という言葉をようやく草間は飲みこんだ。怪奇探偵やら、何でも屋やら、どうも好き勝手に言われる傾向にあるようだ。
「あのなあ……。そういう犬の飼い主を探すのは、中々難しいんだぞ?」
「だからこそ、頼むんじゃん」
 それはそうなのだが。草間は思わず言葉にぐっと詰まる。分かっていないようで、分かっている回答をされたからだ。
 一言で『飼い主を探す』と言っても、それなりに条件が揃わなければならない。一戸建てか、ペット可の物件に住んでいる事。ちゃんと面倒を見られる状況にある事。何より、ペットを大事にしてくれる人でないといけない。
 そういった条件が揃っていたとして、次はその人自身の問題が降りかかってくるのだ。条件が揃っていても、本人に飼う気が無ければ意味が無い。つまり、条件がどんどん狭められていき、実際に犬を飼ってくれる人を探す事は非常に困難なのだ。地道にやっていたとしても、結局は見つからないというパターンも少なくない。
「しかし、その犬は捨て犬だったんだろう?どうして君が飼い主を探すんだ?」
 そのまま放っておけばいいのではないか、と草間は尋ねる。が、北斗は「だって」と言いながら犬の頭を撫でた。
「こんなに小さいのに、一人ぼっちでいたんだぜ?こいつ。そんなの、寂しいじゃん。世界はもっと、広いっていうのにさ」
 北斗はそう言い、犬に「なあ?」と話し掛けた。その表情は至って柔らかい。
 草間はその顔を見、後頭部を掻きながら「仕方ないな」と言って苦笑を漏らす。
「それじゃあ、飼ってくれそうな人をある程度教えてやるから、聞いてみろよ」
「聞いてみろじゃなくて、一緒に探してくれればいいじゃん」
「探してくれればって……俺もか?」
 草間の言葉に、北斗はこっくりと頷く。当然だ、といわんばかりに。
「だって、ここの所長ってあんただろ?」
「あんたって……俺には、草間・武彦っていう立派な名前があるんだけどな」
 草間の言葉に、北斗はにかっと笑った。
「オッケー。よろしくな、武彦」
「……武彦呼ばわりか」
 ぼそりと草間に突っ込むが、北斗は気にする事も無く、にっこりと笑った。
「それじゃ、飼い主探しにレッツゴーだぜ!」
「レッツゴー……」
 やる気満々の北斗とは対象的に、草間はそこはかとなく声を出した。北斗に抱かれている犬はやる気があるのか無いのか、ただ「わん」とだけ吠えた。


「あの後、結局見つからなかったんだよな」
 一年前を思い出しながら、北斗は苦笑を漏らす。草間と一緒に飼い主として適すると思われる人の家を回っていったが、結局はどこの家も拾った犬を飼ってくれる事は無かったのである。理由は様々であったが。
「それで、その後もちょくちょく遊びに来るようになったんだよな、お前」
 草間はそう言い、北斗を見て苦笑する。北斗は「いいじゃん」と言ってにかっと笑う。
「賑やかになっていいじゃん。どうせ依頼人もいないんだしさ」
 しんとしている興信所内を見回しながら、北斗は言った。草間は「おいおい」と突っ込みながら、溜息おつく。
「依頼人がいないのはたまたまだ、たまたま」
「たまたまっていう言葉を、俺は何度も何度も聞いてきたぜ?」
「うっ……」
 北斗の鋭い突っ込みに、思わず草間は言葉を詰まらせる。
「たまたまの割合が多すぎるんだよな、この興信所」
 くすくすと笑いながらいうと、草間は「放っておけ」と言って溜息をついた。その様子が妙に可笑しくて、再び北斗は笑ってしまった。
 そんな中、草間は何かに気づいて「あ」と声を上げた。
「そういえば、犬の飼い主探しをした時は結局飼い主が見つからなかったんだよな?」
「そうそう。見つからないから、そのまま別れたじゃん」
「だよな。その後、何もお前は言わなかったけど……その後あの犬はどうしたんだ?」
 草間の問いに、北斗は俯いてしまった。その様子を見、草間は「しまった」という顔をした。聞いてはならない事だったのか、と。
 飼い主が見つからなかった為、拾ったところに返したのだろうか。それとも、そのまま弱ってしまったのだろうか……。
 様々な悪い状況が、草間の頭をよぎっていく。黙ったままの北斗に、草間は思わず「すまない」と口にする。
「聞いてはいけなかったんだな……?」
 草間がそう言うと、北斗は「へ?」と言って顔を上げた。
「俺、言わなかったんだっけ?」
 今度は草間が「え?」という番だった。
「あー、やっぱり言ってなかったっけ。だよな、考えても思い出せないもんな」
 俯いていたのは、哀しい現実を思い起こしたからではないらしい。単に草間へ言ったかどうかを思い出していただけなのだ。
「あの犬なら、今うちにいるよ」
「……お前の家に?」
「うん。タロスケっていうんだ。可愛いぜ」
 北斗の言葉に、思わず草間は拍子抜けする。「なんだ」と言いながら。
「無事な訳か」
「うん、無事も無事。めっちゃ元気だぜ?」
「お前みたいにか」
「まあね」
 北斗はにかっと笑う。草間は「やれやれ」と小さく呟きながら、苦笑をもらす。
「さぞかし、梧家は明るい事だろうな」
「そりゃ、もう!」
 草間は「そうだろうな」と呟く。
 草間興信所も、北斗の存在で明るくなってしまったのだから。まるで騒がしい犬が居ついたな、と。
「まあ、今年は戌年だからな」
「……え?武彦、何か言った?」
「いや、別に」
 北斗の問いに草間はそう答え、一人笑った。戌年だから仕方ないか、と訳の分からない理由を思いながら。

<犬の到来で明るくなり・了>