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激走! 開運招福初夢レース二〇〇六!
〜 スターティンググリッド 〜
気がつくと、真っ白な部屋にいた。
床も、壁も、天井も白一色で、ドアはおろか、窓すらもない。
(おや〜? ここは〜、どこでしょうか〜?)
納得のいく答えを求めて、懸命に記憶をたどる。
その結果、導き出された答えは一つだった。
(ひょっとすると〜、これは〜、夢かもしれませんね〜)
自分の記憶は、ちょうど眠りについたところで途切れている。
だとすれば、これはきっと夢に違いない。
眠っている間に何者かにここへ運び込まれた、ということもありえなくはないが、それよりは、これが夢である可能性の方が高いだろう。
それにしても、なんとつまらない夢だろう。
何もない、だだっ広い真っ白な部屋に、自分ひとりぼっち。
しかも、ただの夢ならともかく、これが二〇〇六年の初夢だとは。
(とりあえず〜、このまま待ってみましょうか〜)
そう考えはじめた時、突然、どこからともなく声が響いてきた。
「お待たせいたしました! ただいまより、新春恒例・開運招福初夢レースを開催いたします!!」
(『新春恒例・初夢レース』……ですか〜?)
そう言われれば、そんなレースがあるというような噂を、学内で少しだけ聞いたことがあるような気がする。
そう思っている間にも、声はさらにこう続けた。
「ルールは簡単。誰よりも早く富士山の山頂にたどり着くことができれば優勝です。
そこに到達するまでのルート、手段等は全て自由。ライバルへの妨害もOKとします」
(これは〜、なかなか面白そうですね〜)
聞いているうちに、次第とそんな気持ちが強くなってくる。
なんでもありの夢の中で、なんでもありのレース大会。
考えようによっては、こんなに面白いことはない。
それに、どうせ全ては夢の中の出来事なのだ。
負けたところで、失うものがあるわけでもない。
もちろん、勝ったところで何が手に入るわけでもないのかもしれないが、楽しい夢が見られれば、それだけでもよしとすべきだろう。
「それでは、いよいよスタートとなります。
今から十秒後に周囲の壁が消滅いたしますので、参加者の皆様はそれを合図にスタートして下さい」
その言葉を最後に、声は沈黙し……それからぴったり十秒後、予告通りに、周囲の壁が突然消え去った。
かわりに、視界に飛び込んできたのは、ローラースケートやスポーツカー、モーターボートに小型飛行機などの様々な乗り物(?)と、馬、カバ、ラクダや巨大カタツムリなどの動物、そして乱雑に置かれた妨害用と思しき様々な物体。
想像を絶する事態に、なかば呆然としつつ遠くを見つめると……明らかにヤバそうなジャングルやら、七色に輝く湖やら、さかさまに浮かんでいる浮遊城などの不思議ゾーンの向こう側に、銭湯の壁にでも描かれているような、ド派手な「富士山」がそびえ立っていたのであった……。
「これが〜噂のレースですか〜。
まあ〜、ひとまず〜あけまして〜おめでとう〜ございます〜」
そう言って、鷲見条都由(すみじょう・つゆ)は軽く頭を下げた。
誰に対する挨拶なのかはよくわからないが、まあ、記録係はしょっぱなから面白い映像が取れたと喜んでいることだろう。
と、それはさておき。
挨拶を済ませると、都由はさっそく乗り物や道具類を物色し始めた。
まあ、レースとは言われているが、必ずしも勝ちに行く必要があるわけでもない。
むしろ、これだけ面白い世界に来られたのだから、少しのんびり見て回るくらいの余裕を持たなければ損というものだろう。
その結果、都由が選んだのは某有名メーカーの大型バイクだった。
後部サイドにある大きめのバッグにお茶の水筒やおにぎり、応急処置セット、タオル、そしてレジャーシートなどを詰め込み、スタート地点脇にあった更衣室でライダースーツに着替える。
そのジャケットの背中には、先ほど拾った若葉マークが貼り付けてあった。
もちろん、これはあくまでも洒落であって、実際には初心者などではないのだが。
ともあれ。
「それでは〜、のんびりいきましょうか〜」
そんなこんなで、都由は他の面々からだいぶ遅れてスタートを切ったのであった。
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〜 不思議な茸にご用心 〜
毎年、怪我人の治療とゴミ拾いをしながらゆっくりとゴールを目指している弓槻蒲公英(ゆづき・たんぽぽ)。
しかし、対象を他の参加者に限定すれば、その救助活動はさほどの成果を上げてはいなかった。
その最大の理由は、蒲公英が通るルートが比較的人の少ないルートであったことであろう。
一年目はジャングルを迂回して花畑の中を抜けるルート、そして二年目は巨石群の間を抜けて山を越えるルート。
最も多くの参加者が――特に、最短距離を突っ切ろうとするような参加者が好んで通るルートは、実は、このどちらでもないのである。
真っ正面にあるジャングルを抜け、七色に輝く湖の湖岸を――あるいは湖面をそのまま――突っ切っていくルート。
このルートがはたして本当に近いか、まして速いかどうかは全くわからないが、少なくとも、ここを通る参加者が多いことだけは事実だった。
(ちょっと、怖いけど……今年は、ここを通ってみましょうか……?)
初めてこのレースに参加した頃なら、そんなことは考えもしなかっただろう。
だが、今はすでに二度もこのレースを完走した経験もあり、この世界についてもある程度の知識はある。
少し悩んだ後、蒲公英は意を決してジャングルの方へと向かった。
ジャングルの中は、わけのわからない怪植物の見本市のようだった。
本来なら熱帯に生えるはずの植物から、亜熱帯、温帯、亜寒帯の植物までが無造作に並んでいるくらいは、もはや驚くに値しない。
それどころか、ここに生えている植物の大半が、大量のニンジンが果物のようにぶら下がっていたり、スイカがブドウのような房状になっていたりするような、現実にはあり得ない怪植物だったのである。
「……すごいですね……」
辺りの異様な景観に唖然としつつ、ジャングルの中を進んでいく蒲公英たち。
幸いなことに、そんな彼女たちに危害を加えようとするような相手は見あたらない。
まだまだ安心できなかったが、少なくとも、他のルートと比べて特に危険ではないようだった。
と。
蒲公英の目に、大木の根元に生えている見たことのない茸の姿が映った。
適度に広がった赤い傘に、黄色っぽい斑点がいくつか浮かんでいる。
その茸を見ているうちに、蒲公英はなぜだか無性にその茸が食べたくなってきた。
アーベントの背中を降りて茸の方へ歩み寄り、一本引き抜いて口に運ぶ。
その味は、他のどの食べ物にも似ていないような不思議な味だった。
美味しいというほど美味しくもないが、まずいというわけでもない。
そもそも、何だってこんな物を急に食べたくなったのだろう?
そのことを不思議に思っていると、急に強烈な眠気が襲ってきた。
それに抗う術などあるはずもなく、ほどなく蒲公英の意識は闇に沈んだ。
それから、少しの後。
一台のバイクが、その近くを通りかかった。
都由である。
「ずいぶんと〜、いろいろなものが〜ありますね〜」
辺りを見回しながらのんびり走行し、時々足を止めては気になった怪植物を観察する。
そんな調子で、彼女はレースとは全く関係なく、この世界を楽しんでいた。
とはいえ、そんな調子でも、さすがに速い乗り物を選んでいるだけあって、人に追いついたりすることもあるようである。
ジャングルに入ってしばらくしたところで、都由は前を行くポニーに乗った女性の姿を目にした。
乗り物にポニーを選ぶあたり、彼女も特に順位にはこだわりのない人なのだろう。
そう考えて、都由が彼女の横を通り過ぎようとした時。
「あのー」
不意に、その女性が声をかけてきた。
「いろいろと見て回っていらっしゃるみたいですけど……向こうにあった大きなバナナはもう見ましたか?」
「バナナ、ですか〜?」
「ええ。全長数メートルはあろうかという巨大なバナナです」
確かに、それは想像を絶する巨大さだ。
「そんな〜、面白いものが〜あるんですね〜。
それでは〜、さっそく見てくることにします〜」
その女性に礼を言うと、都由は疑うことなく彼女の指した方に向かった。
都由が行ってしまうのを見送って、その女性――蒲公英は会心の笑みを浮かべた。
うっかり怪しげな茸を口にしてしまった蒲公英は、一度は意識を失ったが、その後すぐに目を覚ました。
ところが、その時には、彼女は「心優しい小学生の少女」ではなく、「冷徹に勝ちを狙う、二十歳くらいの美女」へと変身を遂げていたのである。
ちなみに身体が大きくなったのに合わせて服の方もなぜか大きくなっているが、これはまあこういうものだと納得してもらうしかない。
茸を食べて大きくなる度に服が破れていたのでは、どこぞのイタリア系配管工兄弟などたまったものではあるまい。
まあ、そんな話はさておき。
全長数メートルの巨大なバナナがあること自体は本当であるから、別に嘘はついていない。
蒲公英が都由に教えていないのは、そのバナナが危険な肉食植物であるということだ。
蒲公英がそのバナナの横を通り抜けようとした時、動物たちが皆で警告してくれたのだから間違いない。
「これで、一人脱落ですね」
蒲公英はぽつりとそう呟くと、勝利と次なる獲物を目指して先を急いだ。
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〜 マイペースのススメ 〜
都由がジャングルを抜けた時には、スタートからかなりの時間が経っていた。
「それにしても〜、さっきは〜ひどい目にあいました〜」
ジャングルで出会った女性に勧められて見に行った巨大バナナ。
しかし、その正体は獰猛で狡猾な肉食植物だったのである。
都由がそのことに気づいた時には、彼女はすっかり巨大バナナの群れに包囲されていた。
もしタイミングよくあのバナナの天敵と思われる巨大なゴリラが現れなければ、おそらくあのバナナに食べられていたことだろう。
とはいえ、まあそれもどうにか無事に切り抜けられたことだし、もともとレースの勝敗にこだわっていない都由としては、タイムロスもほとんど気にならない。
ここから先は平野地帯で、ジャングルと比べると見るべきものは少なそうだが、その分途中で休憩するなどしてのんびり行けそうだ。
そんなことを考えながら、都由がマイペースでバイクを走らせていると。
ちょうど都由の向かっている方向に、何か、もしくは誰かが落ちていくのが目に入った。
どうやら、ゴールまで飛んでいこうとした誰かが、何らかのトラブルにあって墜落したらしい。
「あらあら〜、これは〜大変ですね〜」
他の人が聞いたらあまり大変そうには聞こえない調子でそう口にすると、都由は少し急いでその墜落地点へと向かった。
現場にたどり着いて、都由は思わず目を丸くした。
彼女が危惧した通り、落ちてきたのは人間だった。
そこまでは彼女も予想できていたのだが、問題はその落ち方と、落ちた後の様子である。
その落ちてきた人物は――見える範囲で判断する限り女性らしいが――なんと真っ逆さまに頭から落ちてきたらしく、そのまま腰の辺りまで逆さまに地面に突き刺さっていたのである。
マンガではしょっちゅう、そして映画でも希に見受けられる光景だが、実際に目にしたのはもちろんこれが初めてだ。
「あら〜、本当にこんな風になるものなんですね〜」
妙なところで感心しながら、都由はバイクを降りて、突き刺さっていた女性を引き抜いた。
空中で空飛ぶ巨大ミツバヤツメに襲われ、奮闘空しく撃墜されて墜落した平代真子(たいら・よまこ)。
そんな彼女を助けてくれたのは、予期せぬ人物だった。
「……ふぅ、助かったわ……って、購買のおばちゃん?」
そう。
彼女を土の中から引き抜いてくれたのは、彼女が通う神聖都学園の購買のおばちゃん――都由だったのである。
「あら〜、あなたは確か〜……」
「平代真子よ。神聖都学園高等部二年生。
それにしても、こんなところでおばちゃんに会うなんて。世間は広いようで狭いわね」
「全くですね〜」
のんびりした口調の都由と話していると、ついついこちらものんびりゆっくりのスローペースになってしまう。
……が、よく考えてみると、今はそんなことをしている場合ではなかった。
「それはそうと、今、あたしたちって何位くらいだと思う?」
曲がりなりにも、今はレース中である。
もし、今からでも上位に食い込める可能性があれば、それを目指して全力を尽くすべきだろう。
代真子はそう考えていたが、現実は非情だった。
「そうですね〜。
あたしも、そんなに急いできたわけじゃないですし〜。
他のルートを通った人のことは〜、わかりませんけど〜、多分、後ろから数えた方が早いんじゃないかと〜」
まあ、そういった答えが返ってくるかもしれないことを全く予期していなかったと言えば嘘になる。
だが、ある程度覚悟はできていても、実際にそう告げられると、やはりショックは小さくなかった。
「ああ、やっぱり! これじゃ、とても勝つのは無理ね」
「残念ですけど〜、そうでしょうね〜」
あまり残念そうでもない様子でそう口にした都由は、もともと勝ちを狙っていたわけではないのだろう。
かくなる上は、代真子も勝敗以外のところに目的を見つけるしかあるまい。
「まあ〜、のんびり行きましょう〜。
そのうち〜、面白いことも〜見つかりますから〜」
「そうね。そうしましょっか」
いつもと変わらぬ笑みを浮かべる都由が、代真子には少し羨ましかった。
それからしばらく行ったところで、二人はなにやら休憩所のようなものを見つけた。
「あらあら〜。こんなところも〜あるんですね〜」
「そういえば、去年もこんなところがあった気がするけど……」
「ということは〜、去年も〜このレースに〜参加してたんですか〜?」
そんなことを話しながら、とりあえず休憩所の方に向かう。
中を覗くと、ちょうど大鍋一杯の麻婆茄子ができあがったところらしかった。
それを見て、代真子はふとあることを思いついた。
このレースのゴール地点は、(自称ではあるが)富士山。
目の前には、大量の茄子。
縁起のいい初夢の代表とされる「一富士二鷹三茄子」の総取りまでリーチである。
「決めた! あたし、『一富士二鷹三茄子』のコンプリートを目指すわ!」
「なるほど〜。いいんじゃないかと〜思いますよ〜」
代真子がそう宣言すると、都由もそれに賛同してくれた。
「じゃ、まずはさっそく茄子からね」
というわけで。
さっそく、代真子はその麻婆茄子を注文し……。
「おかわりっ!」
快調に食べ続ける代真子に、都由は呆気にとられたように見つめていた。
「これで〜、もう五杯目ですよ〜?」
「ん? だって、まだまだ食べたりないんだもの」
その言葉に、都由は少し苦笑して席を立つ。
「それじゃ〜、あたしは〜先に〜行きますね〜」
「はーい。それじゃ、また学校でね〜」
都由が去った後も代真子は食事を続け、結局彼女が満足した時には、あの大鍋の中はすでに空っぽになっていた。
「ごちそうさま〜。
それじゃ、後は鷹を探すだけね」
代真子が休憩所を離れようとした時、係員の人がなにやら小さな袋のようなものを持ってきた。
「それなら、とりあえずこれでも持っていっちゃどうだい」
中を見ると、大量の赤唐辛子が入っている。
「ひょっとして……鷹の爪?」
「ああ。こんなのでも、ないよりマシだろ」
まあ、この先鷹が見つかる保証もないし、持っていっても荷物になるというほどでもない。
「それじゃ、ありがたくもらっとくわ」
代真子は鷹の爪を受け取ると、鷹を探しながらゴールの方へと歩き出した。
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〜 予期せぬ「最終問題」 〜
レースのゴール地点であり、毎年最後にして最大の障害が待ちかまえている富士山頂。
この場所に今年一番に辿り着いたのは、なんと蒲公英だった。
ジャングルで口にした謎の茸の力によって大人の姿となった彼女は、なんと性格まで反転してしまっていたのである。
……が。
なりふり構わず勝ちを狙ってきた彼女であったが、さすがに単独一位でここに来てしまったのは予想外だった。
例年、最後のゴールを守っている相手は、とても一筋縄ではいかないような相手である。
ここは適当な誰かを囮にして漁夫の利を得る作戦だったのだが、そのためにはわざわざ誰かが来るのを待つ以外に方法がなくなってしまった。
レースなのに、「早く来すぎて困る」という皮肉に苦笑しつつ、とりあえず相手の様子だけでも見ておこうと、蒲公英は頂上の近くにヘリコプターを寄せ、そこからロープを使ってアーベントを降ろし、最後に自分もヘリから降りた。
申年の一昨年が大猿、酉年の去年が鳥人間。
となれば、戌年の今年は犬で間違いないだろう。
蒲公英はそう考え、実際それはある意味では的中していた。
山頂で蒲公英を待っていたのは、固く閉ざされたゴールの扉と、その横に鎮座している大きな狛犬。
そして、その横にずらりと並んだ、無数の狛犬の群れだった。
「やれやれ、ようやっと最初の方が来ましたね」
「STAFF」の文字の入った腕章を身につけた黒衣の男が、薄笑いを浮かべたまま声をかけてくる。
「これは……どういうこと?」
蒲公英がそう聞いてみると、男は軽く苦笑した。
「前回、ちょっとごり押しが過ぎた方がいましたからね。
今年からちょっと傾向が変わったんですよ」
確かに、「宇宙戦艦で上空から突っ込み、門番から何から全てはねとばして無理矢理ゴールする」という前回優勝者のとった戦法は、お世辞にも褒められたものではあるまい。
だからといって、いきなりこんな方向転換をされては、こちらもいい迷惑である。
「というわけで、今年の門番はこの『百一匹狛犬ちゃん』です。
ルールは簡単、あちらの小さい狛犬百匹のうち、全く同じポーズをしている狛犬が一組だけあります。
その番号を調べて、この大きな狛犬の台座にあるボタンを押して下さい。
正解であればゴールへの道が開きますが、間違った場合は……まあ、その場合どうなるかはご想像にお任せします」
なるほど、今度は力勝負ではなく、頭を使った勝負ということか。
それならば、わざわざ他人の力をアテにする必要もないし、早く来ている方が圧倒的に有利である。
蒲公英はさっそく狛犬を調べようとしたが、ルールにはとんでもないオマケがついていた。
「ちなみに、狛犬のポーズは現在三十分ごとに変わるように設定されています。
その度に正解の組み合わせも変わりますので、十分にお気をつけ下さい」
これは……厄介どころの騒ぎではない。
三十分ということは、秒に直すとたった一八〇〇秒。
ということは、一度も前の狛犬を確認に戻らないと仮定しても、一つの狛犬につき一八秒しか使ってはいけないということになる。
前言撤回。とてもできるわけがない。
そう考えて、蒲公英は一旦物陰に隠れて待つことにした。
自分で開けられないなら、当初の計画通り、誰かが開けてくれるのを待つだけである。
それから、どれくらい経っただろうか。
シュライン・エマとセレスティ・カーニンガム、そして都由の三人が山頂に到着したのは、何人かの挑戦者が健闘空しく狛犬パンチによってスタートの方角にぶっ飛ばされた後のことだった。
「あら……まさか狛犬とは思わなかったわ」
巨大な犬でも出てくることを予想していたらしく、いつの間にかボールやら骨型のおもちゃやらフリスビーやらを用意していたシュラインが、心底残念そうな顔をする。
「そうですね〜。せっかく〜、いろいろ用意してきたのに〜」
そう答えて、都由もこっそり持ってきていたフリスビーを取り出した。
なんのことはない、実は都由もシュラインとほとんど同じ想像をしていたのである。
そうこうしているうちに、黒衣の男が今回のルールを説明に来た。
「たったの三十分で百匹……これは、とても無理ね」
「そうですね……どう頑張っても、難しそうです」
予想だにしなかった難問に、シュラインとセレスティが頭を抱える。
……が。
「三十分あれば〜、できないことも〜ないかもしれませんね〜」
都由にとっては、手のつけようがないほど難しい課題というわけではなかった。
「それなら、挑戦してみてはいかがです?
ちょうどもうすぐ三十分で、狛犬たちのポーズが変わる頃です」
男の言葉に、都由は一度だけ頷き……狛犬たちがポーズを変えるのを待って、さっそくこの「最終問題」への挑戦を開始した。
口が開いているもの、閉じているもの、半開きになっているもの。
足がちゃんと地に着いているものと、どちらかの足が上がっているもの。
目を閉じているものと、開いているもの。
尾がまっすぐなものと、曲がっているもの。
耳が立っているものと、寝ているもの。
それこそ、確認すべき場所は無数にある。
それでも、都由は次々にその狛犬たちの特徴を記憶し、照合していった。
購買には同じメーカーの姉妹品といったように、よく似たパッケージの品物も少なからずある。
それを瞬時に見抜く能力が、ここでも役に立ったのだ――といったら、さすがに飛躍のしすぎであろうか?
そして、問題が変わってからきっかり二十九分と三十秒後。
都由は、大きな狛犬の前に立ち、台座にあるボタンのうち二つを押した。
「十四番と〜、二十六番ですね〜」
大きな狛犬の目が、キラリと光る。
一同が固唾をのんで見守る中――銅鑼の音とともに、ゴールへの扉がゆっくりと開いた。
正解だ。
「都由さん!」
「さすがですね」
シュラインとセレスティが、惜しみない拍手を送ってくれる。
と、その時。
不意に、ポニーに乗った女性が物陰から飛び出してきた。
どうやら、自力でこの扉を開けるのは無理と悟って、誰かが扉を開けるのを待っていたらしい
驚くシュラインとセレスティの横を駆け抜け、彼女は真っ直ぐにゴールへと向かう。
けれども、彼女がゴールにたどり着くことはなかった。
突然大きな狛犬が動きだし、目にもとまらぬ速さで彼女をポニーごと一飲みにしてしまったのである。
「……今……人、食べちゃわなかった?」
目を丸くするシュラインに、黒衣の男はにやりと笑った。
「ああ、ご心配なく。ただのインチキ対策ですから」
ともあれ。
そんなこんなで、都由は無事に一位でゴールすることができた。
そして、シュラインとセレスティも、後ろで答えを見ていたのだから、すぐにゴールできるだろう。
都由はそう考えていたのだが、ここで先ほどの女性の乱入が影響した。
先ほど時間をロスしたせいで、都由がゴールした直後に狛犬が動いてしまったのである。
「どうやら、問題が変わってしまったようですね。
まあ、最初に誰かがゴールした後は、徐々に問題も簡単になっていく仕組みですので……頑張って下さい」
そう告げた男の顔は、なぜか嬉しそうだった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜 そして 〜
「おめでとうございます!
あなたが、今年の『開運招福初夢レース』の優勝者です!」
スタート時同様、どこからともなく聞こえてきたその声を、都由は不思議な気持ちで聞いていた。
「あらあら〜。本当に〜、あたしで〜よかったんでしょうか〜?」
自分は別にそこまで勝つ気はなかったのに、なんだか気がついたら勝ってしまっていた。
これでは、本気で勝ちにきていた人に悪いのではないだろうか?
そんなことを思ってもみたが、まあ、世の中なんてこんなものである。
「本日は、当レースに御参加下さいまして、誠にありがとうございました。
本年が皆様にとって良い年となりますように……」
その声が、ゆっくりと遠くなっていく。
そして……都由は、夢から覚めた。
目を覚ました後で、変わったことが一つだけあった。
部屋の片隅に、昨日まではなかった大きな箱が置かれていたのである。
都由が不思議に思って箱を開けてみると、中には中くらいの箱が一つと、小さな箱が百個、きちんと隙間無く収められていた。
(大きいのが一つで〜、小さいのが百個ですか〜。
これは〜、ひょっとすると〜、ひょっとするのでしょうか〜?)
ある確信にも似た予感を抱きつつ、都由は小さな箱の一つを開け、中から小さな狛犬の置物が出てきたのを見て、自分の予感が正しかったことを知った。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
1992 / 弓槻・蒲公英 / 女性 / 7 / 小学生
1883 / セレスティ・カーニンガム / 男性 / 725 / 財閥総帥・占い師・水霊使い
3107 / 鷲見条・都由 / 女性 / 32 / 購買のおばちゃん
4241 / 平・代真子 / 女性 / 17 / 高校生
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■ ライター通信 ■
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撓場秀武です。
この度は私のゲームノベルにご参加下さいましてありがとうございました。
さて、このレースも今回で三度目ということで。
いただいたプレイングをもとに、あちこちいろいろとひねってみました。
・このノベルの構成について
このノベルは全部で五つないし六つのパートで構成されております。
今回は全てのパートについて複数パターンがありますので、もしよろしければ他の方のノベルにも目を通してみていただけると幸いです。
・個別通信(鷲見条都由様)
今回はご参加ありがとうございました。
都由さんの描写は、こんな感じでよろしかったでしょうか?
あまり勝つ気がないのに勝ってしまっていますが、これはまあこのレースの仕様のようなものだったりします。
ともあれ、もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。
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