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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


魅惑の病人看病 【 感謝の笑顔 】



◇■◇■◇


 「武彦ちゃん、おっはよぉ〜!!」
 興信所の扉が盛大な音を立てて開き、外から一人の少女が颯爽と中に入って来た。
 草間 武彦は、その少女を見るなり思わず頭を抱え込んだ。
 「〜〜〜〜片桐・・・今日は何だ・・・??」
 例の如く少女の体をまじまじと見詰める。
 この、一見すると人畜無害な外見年齢小学生程度の少女―――片桐 もなは、いたって人畜有害であり、銃刀法を無視しまくったその出で立ちは、もはや居るだけで迷惑の域に達している。
 どうやら、今日は何も装備していないようだ。
 以前興信所に、何処と戦争を始めるんだ?!と言う重装備で来たのを、武彦がキツク言っておいたからかも知れない。
 ・・・・恐らく、もなに限ってそんな事はないと思うが・・・・。
 「あのね、冬弥ちゃんが、風邪ひいちゃったの。凄い熱でね、39度くらいあるの〜!」
 「は・・・?梶原が・・・?大丈夫なのか?」
 武彦は頭の中に浮かんだ顔をマジマジと見詰めた。
 かなりの美形で、もなの保護者で、結構な常識人―――武彦との面識はあまりない。
 もなの付き添いでココに来たのを数度見かけたくらいだ。
 意味不明、暴走しまくりのもなに、切れ味鋭い突っ込みを入れていたのが最も印象的だったが・・・・・。
 「それでね、今日はみんなお出かけだから、あたしが冬弥ちゃんの面倒を見なくちゃならなくって・・・」
 「ちょっと待て。梶原の面倒を見なくちゃならない片桐が、どうしてここにいる?」
 何だかとっても嫌な予感がする・・・・・・。
 そもそも、もなに病人の看病など出来るのだろうか?
 「とりあえずね、パジャマを着替えさせて、ご飯を食べさせて、薬を飲ませて、額に濡れタオルかなんか置いて、安静に寝かしつけて・・・おいてくださいねって。」
 「おい!それは、片桐がココに来る前にやって来た事じゃなく“やれ”って言われた事じゃないか!?」
 「そうだけど?」
 キョトリとした顔で小首を傾げるもな。
 ―――酷く疲れるのは言うまでもない。
 「パジャマはあたし一人じゃ無理だし、ご飯は食材ないし、薬もないし、出来る事と言ったら濡れタオルと寝かせる事くらいかな?って思って・・・」
 ・・・その言葉の先が聞きたくないのは何故だろうか?
 「タオルが見つからなかったから、氷をビニール袋に入れて・・・そしたら、こぼしちゃって〜。」
 「・・・何処で?」
 「冬弥ちゃんの上☆」
 サァァっと、音を立てて武彦の顔色が悪くなる。
 「ば・・・馬鹿っ!!!」
 「だからね、着替えさせてあげないと駄目なの〜。だから武彦ちゃんを呼びに来たんだぁ。」
 ・・・行かなければ、最悪の場合―――
 そして蘇る、去年の2月の記憶。
 バレンタインだよ〜と言いながら持って来られた、摩訶不思議な茶色い物体。
 もしもあれを病気の時に食べろと言われたならば・・・・!!!!!
 「解った・・・協力しよう。まず、梶原の安否確認が先だな。それから、買い物に行くか。」
 「わぁい!安否確認、安否確認っ!」
 ・・・そんなに軽く言う事ではない。
 「誰か見つけたら拾って行くか。」
 武彦一人では、冬弥の世話どころか、もなの世話すらも出来るかどうか・・・・・。


◆□◆□◆


 その時丁度興信所に居たシュライン エマは思わず心の中で合掌していた。
 梶原 冬弥(かじわら・とうや)・・・度々シュラインも会った事があり、そのイメージは武彦と同じだった。
 もなの保護者兼ツッコミ役。
 特に冬弥と話した事があると言うわけではないのだが―――それにしても、風邪だと言うが大丈夫なのだろうか?
 心配になったシュラインは、武彦ともなに声をかけると一緒に夢幻館へ行く事にした。
 その道中で人を拾いながら進み、そして・・・着いた先でも冬弥を心配して駆けつけたと言う人がおり・・・。
 結構みんな心配性なのね。なんて、心の中で苦笑する。
 その場に集まった面々は全部で8人。もちろん、武彦ともなを抜いてだが―――。
 シオン レ ハイに菊坂 静(きっさか・しずか)、浅葱 漣(あさぎ・れん)に綾和泉 汐耶(あやいずみ・せきや)、火宮 翔子(ひのみや・しょうこ)に桐生 暁(きりゅう・あき)、そして神崎 美桜(かんざき・みお)だ。
 「大丈夫でしょうか・・・」
 シオンがそわそわとその場を行ったり来たりしては、時折ふっと視線を下げたり上げたりする。
 どうやら冬弥の事が相当心配らしく、居ても立ってもいられないと言った風だ。
 美桜も心配そうに胸の前で両手を組んでおり、その仕草はまるで神に祈っているかのようだった。
 それにしても・・・。
 シュラインはそっと瞳を閉じた。
 以前も来た事のある夢幻館・・・。勿論、前回は中までは入らなかったのだけれども・・・やはり、不思議だわ。
 様々な時が交錯し、絡み合い、そして溶け合っているこの場所は、一言で言い表せない空間だった。
 対の概念が対立する事無く、同化する場所―――けれどそれは決して不快な雰囲気ではなくて・・・。
 「それでね、冬弥ちゃんのお部屋はこっちだよ!」
 もながそう言って、上へと続く階段を上って行く。
 館の外観も大きかったが、中は更に広いらしい。
 巨大な玄関を抜け、階段を上がり―――長く続く廊下の両側にはまったく同じ扉がズラーっと並んでいる。
 シオン、汐耶、美桜が不思議そうにキョロキョロとしながら歩く。
 どうやら他の、静、漣、翔子、暁は一度はこの館に来た事があるらしい。
 さして驚いた様子もなく、ただ黙々ともなの後について行っている。
 「ここだよ!冬弥ちゃんのお部屋。」
 そう言ってもなは一つの扉の前で足を止めた。
 今まで見て来たのとまったく同じ扉だった。
 もながノックもなしにドアノブに手をかけようとするのを、武彦がいったん制すと、こちらを振り返った。
 「良いか?今から何を見ても驚くなよ?それから、もしも“万が一の場合”直ぐに救急車を呼べよ?」
 ・・・そんなに酷いの?と、どこかから声が上がった。
 それには答えずに、武彦がそーっと扉を押し開ける。
 興信所に居たシュラインは、この扉の先に待ち受けている“悲劇”を知っていた分、それほど驚かずにはすんだものの、それでも“あまりにも常識から逸脱した”光景に思わず目を伏せたくなった。
 ―――ベッドから這い出して、床に倒れている冬弥。
 顔が赤い。苦しそうに呼吸をする音が、微かに聞こえて来る。
 「か・・・梶原!?」
 武彦が真っ先に駆け寄り、冬弥に呼びかける。
 「え・・・嘘・・・こんな酷いの・・・?」
 シュラインの隣に居た暁が呆然と呟き、驚きのあまり固まっている。
 「ど・・・どうしましょうっ!」
 シオンがオロオロと視線を彷徨わせ、その場でグルグル回る。
 「これは救急車を呼んだ方が良いかも知れませんね。」
 こんなに酷いとは思っていなかったと言うような口ぶりで汐耶が呟いた。
 シュラインだって、まさかここまで酷いとは思ってもみなかった。
 冬弥の顔色は、赤いと言うか青いというか・・・酷く辛そうな顔色だった。
 「梶原!?」
 「う・・・く・・・さま・・・?」
 武彦に抱き起こされた冬弥が、薄く目を開ける。
 その胸元はぐっしょりと濡れており―――恐らく、もなはここで水を零したのだろうと言う事が用意に解った。
 「冷たい・・・片桐、ここで水を零したな?」
 「テヘ☆」
 「水を零したんですか!?」
 美桜が信じられないと言った面持ちで、もなを見詰める。
 ・・・誰だって、信じられないに決まっている。
 何処の世界に病人に水をかける人が居るのだろうか―――?
 「とりあえず、救急車を呼んだ方が良いのか?」
 漣の言葉に、もなが軽く首を振った。
 そしてにっこりと微笑み・・・
 「まだ元気だから大丈夫☆」
 と、言った。
 ―――あれの何処をどう見たら元気だと言えるのだろうか・・・!?
 それとも、彼女の中では生きてさえいれば元気と言う部類に入ってしまうのだろうか・・・!?
 シュラインが思わず額に手を当てる。なんだかもなと一緒に居ると頭が痛くなってくる気がするのだが・・・。
 「でも、これ以上酷くなっても心配よ・・・。」
 翔子の言葉にも、もなは首を振った。
 「・・・げほっ・・・てか、なんで全員集合してんだよ。」
 掠れた声で冬弥がそう呟き、上半身を起すと立ち上がろうとした。
 しかし、足に上手く力が入らないらしく―――静がすかさず手を差し出して冬弥の体を支える。
 「悪いな。」
 そう礼を言い、静が気にしてませんと言うように軽く首を振った。
 「とりあえず、そのパジャマは着替えた方が良いわね。」
 シュラインの言葉に、数人が頷いた。
 汗も相当かいているらしく、ぐっしょりと濡れたパジャマは冷たそうだった。
 焦点の合わない瞳が、シュラインに注がれる。
 本当に具合が悪いのだろう。揺れる瞳はダルそうで、今にもふっと閉じられてしまいそうだった。
 「立っていても仕方ないし、寝てた方が良いかも。」
 静がそう言って冬弥をベッドの方へと導き、静一人では心配だと言ってシオンも手伝う。
 身長はかなりある冬弥だったが、その体つきは細い。細身の筋肉質と言ったところだろうか・・・。
 「もな・・・お前が呼んだのか?」
 「うん、そー!なんで?」
 「いや・・・。」
 何かを言おうとして、口を閉ざした。
 辛そうな溜息を1つだけ吐き出すと、そっと目を閉じた。
 とにもかくにも、早いところパジャマを着替えさせないと・・・。
 「もなちゃん、箪笥や洗濯物が干してある場所、わかるかしら?」
 「ふぇ・・・?うん、解るよぉ?」
 「パジャマとか、タオルとか必要なんだけれど。」
 「うん!それじゃぁ、案内するねぇ〜?」
 「皆は冬弥くんの事見ててもらえるかしら?」
 「あぁ、こっちは任せておけ。」
 武彦の言葉に小さく微笑むと、もなに続いて冬弥の部屋を後にした。


□◆□◆□


 「私、力仕事は苦手だから、もなちゃん宜しくね?」
 シュラインの言葉に、もなが「任せてっ!」と言って力瘤を作る。
 何をしでかすか解らないだけに、最初にお手伝いの分野をお願いしておけば後が楽だ。
 もなの長所を生かす方向でのお手伝いと言えば、やはり力仕事関連だろう。
 見た目は小学生くらいで可愛らしく、華奢なスタイルの少女だが、彼女のパワーは半端ではない。
 噂に聞くと、ロケラン=ロケットランチャーを担いで走れるとか・・・。
 とても見た目からは想像が出来ない・・・。
 「ここが冬弥ちゃんの洋服とか置いてある部屋で、左隣が洗濯物とか置いてある部屋。」
 もながそう言って、1つの扉を押し開けた。
 「右隣は?」
 「右は“みこと”ちゃんって子の洋服が置いてあるの〜!」
 「そう。」
 “みこと”と言う名前からして、女の子なのだろうか?
 夢幻館には数名の住人が居ると聞いていたが、名前まではあまり良く知らなかった。
 部屋の中に入り、箪笥の一番下の段を開ける。上は下着などだろうと踏んで、下から開けたのだが、いきなりビンゴだった。
 男物のパジャマを手に取り、少し考えた後でもう2枚ほどパジャマを引っ張り出して、もなに手渡した。
 パジャマをギュッと胸に抱きながらツインテールをブンとスイングさせる。
 一先ずその部屋を後にし隣の部屋に入ると、そこには綺麗に畳まれた洗濯物の山が置いてあった。
 「これね、全部奏都ちゃんが畳んだんだよ〜。」
 「そうなの。凄い量ね。」
 シュラインも一度会った事のある、ここの支配人の沖坂 奏都(おきさか・かなと)を思い描く。
 17,8歳ほどの容姿をしているが、実年齢はもっと行っていると聞く。
 まぁ、もなだってこの容姿だが実年齢は16歳だし・・・そう思いつつ、洗濯物の山の中から真っ白なタオルを見つけると数枚手に取り、もなに渡した。なるべく多めに取っておいて・・・使わなかったらそれで良いし。
 「それにしても、タオルってここにあったんだ〜。」
 そうなんだ〜、へ〜と、やけに感心したようなもなの声。
 ・・・ちょっと考えれば解りそうなものだが・・・。
 真っ白なタオルに埋もれるようにしてもながヨタヨタと歩き出し―――シュラインは苦笑しながら何枚かタオルを取ると、冬弥の部屋へと急いだ。


 両手が塞がってしまった2人は、扉を開ける事が出来ず、もなが足でドンと扉を蹴る。
 中から漣が顔を出し、2人の姿を見やると大きく扉を開け放った。
 ぐったりと力なくベッドに横たわる冬弥のすぐ隣には美桜と暁がいて、心配そうにじっと顔を見詰めている。
 「それじゃぁ、パジャマを替えましょう?」
 「あ、じゃぁ、あたしが冬弥ちゃん持ち上げるね〜。」
 そう言って、もなが一番近くに居た静にタオルを手渡した。
 「そうね。でも、もなちゃんだけじゃ心配だから・・・」
 「あ、俺が手伝うよ。」
 「私も手伝います。」
 暁とシオンが名乗りを上げ、美桜がシュラインの手からタオルを受け取った。
 もなが冬弥の腕を引っ張り―――暁とシオンが左右から体を支える。
 シュラインが手早くパジャマのボタンを外し、替えのパジャマを用意する。
 乾いたタオルで体を拭き・・・それにしても本当に細いわねと、心の中でそっと呟く。
 意識が混濁しているのか、冬弥は自分の身に何が起きているのか解らないらしく、視線は頼りなさ気に宙を泳いでいる。
 「あ、私洗面器に水と氷を入れてくるわ。」
 「手伝うわ。」
 翔子の言葉に、汐耶が壁から身体を起した。
 「洗面器も氷も、ホールの隣のキッチンに置いてあるはずだから〜。」
 「解ってるわ。」
 もなの言葉に、翔子が頷いた。
 数度来た事のあるらしい翔子は、ある程度夢幻館の中を知っているらしい。
 部屋からパタパタと翔子と汐耶が出て行く。
 暁とシオン、そしてもなの助けもあって、シュラインはなんら手間取る事無く冬弥の着替えを終わらせると、ぐっしょりと濡れたパジャマをどうしたものかと見詰めた。
 相当汗をかいているらしい。もなが水を零したと言うせいもあるのだろうけれども・・・・・・。
 シュラインは3人にまだ支えていてくれるように頼むと、美桜からタオルを1枚受け取り、背中に入れた。
 また着替える時に入れ替えれば良いし、パジャマよりもタオルの方が吸水性に優れている。
 そっとベッドに横たわらせ、布団をかぶせると、暁がちょっと待っててと言い残して部屋から出て行き、すぐに帰って来た。
 その手には小さなカゴが握られており、シュラインはそこにパジャマを入れた。
 「それで、もなちゃん。買い物なんだけど・・・食材がないなら買い足し連絡がありそうなんだけど、奏都さんになにか言われた?」
 「ううん。なーんにも。」
 「そう。特になかったのなら、ちゃんと置いてあったのかも知れないわ。」
 「んー・・・あ!もしかして・・・“みこと”ちゃんかな・・・?」
 もなの顔が見る見るうちに苦々しいものに変わる。
 「“皆集合だYO、久々のパーティーだYO”会に参加するって言ってたから、食材全部持ってっちゃったのかも・・・。」
 なんだかとっても間の抜けた名前に、思わずガクリと脱力しそうになる。
 「と・・・とにかく、食材はほとんどないって事ね?」
 「うん。あたしが見た限り、冷蔵庫にはほとんど何もなかったよ?」
 それでは、後で冷蔵庫を見てから足りないものを買い足そう。
 そう考えていたシュラインの耳に、翔子と汐耶の足音が聞こえてきた。
 パタパタと歩いて来る音がして―――漣が再び扉を開け放つ。
 洗面器に張った水と、そこに浮かぶ氷。
 氷が蛍光灯の光を七色に輝かせる。
 シュラインはそこに小さめのタオルを浸すと絞って冬弥の額の上に乗せた。
 サイドテーブルに洗面器を置き、もながどこからか持って来た体温計を口の中に入れる。
  38,6℃
 中々熱が高い・・・。
 「何か固形のものを口に出来そうかしら?」
 「・・・あぁ、大丈夫だ。」
 ふぅっと溜息をつきながら冬弥がそう言った。
 顔色は酷く悪いものの、ある程度の意識はあるらしい。
 とは言え、焦点は合っていないし、時折ふっと目を閉じる事があるが・・・。
 「じゃぁ、何か作るわね。とは言え、食材を買って来ないと・・・。」
 「お料理、あたしも手伝うよ〜♪」
 もなが元気良く名乗りを上げる・・・その瞬間、武彦がシュラインの耳元で「片桐に料理をさせるな」と囁いた。
 見ると顔色が凄く悪い―――青いと言うか、紫と言うか・・・。
 「それじゃぁ、もなちゃんには買い物を頼もうかしら?食材もほとんどないみたいだし。」
 そう言ってから、ふと、もな一人で買い物に行かせても良いものかとの考えが頭を過ぎった。
 そしてそれは、シュラインだけが思った事ではなかったようで、シオン、静、汐耶がもなと一緒に買出しに行くと名乗りをあげた。
 3人も一緒なら大丈夫だろう。
 それを受けて、漣と翔子、暁と美桜がここに残って冬弥のお世話をすると言い、4人を残すとシュライン達は部屋を後にしてキッチンへと急いだ。
 キッチンは、玄関の脇にあるホールの更に奥に位置していた。
 大きく綺麗なキッチンに、思わずほうっと見とれてしまう。
 興信所のキッチン―――いや、あれは台所と言った方が良いだろう―――とは比べ物にならないスケールだった。
 「悪かったな。」
 シュラインの横顔を見詰めていた武彦が、何を考えているのか解ったらしく、苦々しくそう呟いて頭を掻いた。
 キッチンの脇に置かれている巨大な冷蔵庫を開け・・・中には本当に必要最小限のものしか入っていない。
 「そうね・・・風邪には体を温め抵抗力を高めるもの・・・よね?」
 そう言ってがさがさと冷蔵庫の中を一通り見て、何が何処にあるのかを頭の中に叩き込むと、とりあえず即席で作れそうなものと、もな達に買って来てもらいたい食材のリストを同時進行で作る。
 頭の中でリストが出来上がるとホールに戻り、テーブルの上に置かれていたペンとメモ帳を取るとサラサラとそこにリストを書き付け、もなに手渡した。
 「お願いして良いかしら?」
 「うん!あたしに任せてっ!」
 元気良く頷いて、もなが走り出し・・・ベシャリとその場に転んだ。
 静がすかさず手を差し出し、汐耶が怪我がないかどうかを確認する。
 しゅんとなってしまったもなを何とかあやそうと、シオンが必死になり―――
 うん、中々良い感じね。
 シュラインは安心すると、キッチンに戻った。
 武彦がガチャガチャと引き出しを開けたり閉めたりして、道具の確認をしている。
 「それじゃぁ、もなちゃん達が帰ってくる前に作れそうなものは作っておいて・・・あぁ、それより武彦さん。どうしてもなちゃんに料理をさせちゃいけないの?」
 「片桐は、料理が出来ない・・・と言うより・・・。」
 どう言ったら良いものかと低い声で唸ると、困ったように瞳を閉じた。
 そしてややあってから、小さな声でそっと呟いた。
 「つまり、とても食べられるモノじゃないって事だ。」
 ―――なんだか解らないが、なんとなく、解ってしまう自分が怖い。
 あのもなが料理なんて出来るはずがないと言われてしまえば、確かに頷けるものがあって・・・・・。


■◇■◇■


 葱とおろし生姜のお粥を作り、上に居た美桜に渡すと、もな達の帰りを待ってからカボチャの豆乳ポタージュとお魚の生姜あんかけを作り、冬弥の部屋に上がる。
 どうやらお粥を暁が食べさせてあげていたらしく、ベッドの脇にチョコリと座りながら手には器とスプーンが握られている。
 冬弥は上半身を起しており、背中の部分に大き目のクッションが入れられている。
 そうする事でかなり楽な姿勢になっている。
 ポタージュとあんかけを暁に手渡し、武彦が水をサイドテーブルの上に乗せる。
 顔色も先ほどよりは幾分良くなっており、ゆっくりながらもなんとか完食すると、買って来た薬の封を汐耶が切った。
 冬弥は薬を受け取ると、一人で飲み―――パタリとベッドに横になった。
 美桜が新しいタオルを取り出して洗面器に浸して絞った後に、冬弥の額に乗せる。
 「もなちゃん、奏都さん達はいつ帰ってくるの?」
 「んー・・・明日の朝かな?」
 そうなると、今夜はここに泊まらなくてはならない。
 まさか、もなと冬弥を2人きりにさせるわけにも行かないし―――今日はここに泊まって行こうと思うのだけれど、良いかしら?ともなに尋ね、もなからOKが出ると今度は他のメンバーに今夜泊まれそうかどうかを尋ねる。
 どうやら全員平気らしく、それならばなにか夜ご飯を作らなくてはならないと言ってシュラインは立ち上がった。
 この場に暁と美桜を残し、あたしも残る〜と危険な発言をするもなを、シオンがなんとか止める。
 漣とシュラインで料理をする事にして、足りない食材を翔子と汐耶に買ってきてもらうように頼み、もなの面倒をシオンと静に任せる。
 武彦が、外で煙草を吸ってくると言って出てしまい・・・。
 何かあってもすぐに動けるような、簡単な料理を作ると少し早めの夕食をとった。
 もなが、空いている部屋なら何処でも使って良いと言ったが、夜中に容態が急変してしまっては元も子もない。
 冬弥の部屋で様子を見ている係りを置き、交代で休みましょうかと言う事になった。・・・勿論、本格的に眠ると言う意味での“休む”ではなく、ホールで寛いだり仮眠をとったりする程度の意味合いしか含んでいなかったが・・・。
 ずっと傍に居てあげたいと言って、完全な徹夜覚悟で部屋に残った暁と美桜以外は1人1人交代で部屋に行くと言う事になった。
 3人も居るのだから、もしもの場合はいくらでも応用がきく。
 シオンと静が構ってあげているうちに眠ってしまったもなをホールのソファーに寝かせ、他の面々はキッチンへと避難した。
 どこで管理されているのかは知らないが、夢幻館の空調は常に心地良い温度に設定されているらしく、どこにいても寒さを感じる事はなかった。

 明け方近くになると、流石に眠い・・・シュラインが濃い目の珈琲を作ってその場にいる全員に配り、冬弥の部屋にも3つ運んだ。
 その時は丁度シオンの番だったらしく、何故だか一心不乱に花を作っている。
 ・・・冬弥のお見舞いのための花と言うよりは、ちょっと内職くさい気もするが、そこはあえて突っ込まないでおいた。
 チラリと見ると、冬弥は大分良くなっているらしく、スヤスヤと気持ち良さそうに寝入っていた。
 それにしても・・・よくよく見るとやはり冬弥は美形だった。
 もなも奏都もそうだが、ここの館の住人は美形揃いだ。
 でも、性格が伴わないのよねと、思わず溜息混じりに考え込んでしまう。
 美桜が立ち上がり、冬弥の額の上のタオルを取り替える。
 暁がサイドテーブルの引き出しを開け、新しいタオルでそっと汗を拭う。
 なんだかこうして見ると凄い重病人のようだった。勿論、風邪にしては重い方だと思うけれど・・・。
 冬弥が低く呻き、苦しそうに息を吐き出す。
 なんだか色っぽいその仕草に、シュラインは思わず苦笑していた。
 冬弥くんは19・・・だったかしら?随分と色気があるのね。これなら、女の子にモテそうだわ。
 常識もきちんとあるようだし―――無論、この館の住人と言う所が少々引っかかるが。
 頑張ってねと言い残し、シュラインは階下へ下りた。
 もなの上にかけてあった毛布が落ちており・・・それをキチっとかけなおす。
 クークーと寝ているもなの頭を優しく撫ぜた後で、キッチンへと戻った・・・。


◇■◇■◇


 朝の7時前にカチャンと錠の外れる音がして、奏都が戻ってきた。
 ズラリと勢ぞろいした面々を不思議そうな顔で見詰め、シュラインが経緯を話すと納得顔でにっこりと微笑んだ。
 「それはそれは、ワザワザお越しいただきましてまことに有難う御座いました。」
 そう言って丁寧に頭を下げ―――
 「あ、奏都さん、帰ってきたの?」
 暁の声が聞こえ、その背後から美桜とシオンがパタパタと下りて来た。
 容態の方は?と聞くと、相変わらずグッスリ眠っているのだと言う。
 どうやら薬が効いているようだ。
 「皆さん朝ご飯はもう?」
 「いいえ、まだ。」
 「それではせめてものお礼に・・・・・。」
 奏都がそう言って、コートをホールにかけるとキッチンに入って行った。
 もなが目を擦りながら起き上がり、ポエーっとした笑顔で挨拶をする。
 「おはろーござーましゅ。」
 どうやら寝惚けているらしく、全然口が回っていない。
 奏都一人に任せるのも忍びないと言う事で、シュラインもキッチンに入った。
 「手伝うわ。」
 「有難う御座います。」
 テキパキと手際良く朝食を作る奏都の指示に従って、懸命にお手伝いをする。
 なんとか人数分の豪華な朝食を作り、ホールに運んだ時、廊下の向こうから冬弥が姿を現した。
 まだ熱があるらしく、その頬は淡く染まっている。
 “元気”と言うには程遠い顔色ではあるが、それでも一人でホールに下りて来られるくらいには回復しているらしい。
 肩からショールをかけ、一つだけ咳をした後で、ふわりと微笑んだ。
 「有難う・・・」
 うわ・・・これ、滅多に見られない顔だよ!?と暁が囁き―――シュラインも、冬弥の笑顔に思わず微笑んでいた。
 「どういたしまして・・・」



          ≪ END ≫


 
 ◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


  0086/シュライン エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員


  3356/シオン レ ハイ/男性/42歳/びんぼーにん+高校生?+α

  5566/菊坂 静/男性/15歳/高校生、「気狂い屋」

  5658/浅葱 漣/男性/17歳/高校生/守護術師

  1449/綾和泉 汐耶/女性/23歳/都立図書館司書

  3974/火宮 翔子/女性/23歳/ハンター

  4782/桐生 暁/男性/17歳/学生アルバイト・トランスメンバー・劇団員

  0413/神崎 美桜/女性/17歳/高校生


  NPC/片桐 もな/女性/16歳/現実世界の案内人兼ガンナー
  NPC/梶原 冬弥/男性/19歳/夢の世界の案内人兼ボディーガード
  NPC/沖坂 奏都/男性/23歳/夢幻館の支配人


 ◆☆◆☆◆☆  ライター通信  ☆◆☆◆☆◆

 この度は『魅惑の病人看病』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
 今回は個別作成になっておりますが・・・・・・。
 説明ベタなのに、難しい納品形態をしてしまい、どう言ったら良いものかと困っております・・・。
 お話自体はプレイングにそって完全に個別で描かせていただきました。
 つまり、8通りの『魅惑の病人看病』のお話があります。
 もしお時間がありましたら他の方のノベルもお読みくださればと思います。

 副題に“感謝の”とついていた場合はスタンダードな終わり方です。
 “無邪気な”とついていた場合は、もな終わりになっております。
 “約束の”とついていた場合は、冬弥終わりになっております。


 シュライン エマ様

 いつもご参加いただきましてまことに有難う御座います。
 さて、如何でしたでしょうか? 
 今回はスタンダードな終わり方で、なんとか冬弥が元気になって終わっております。
 もなのかわし方の鮮やかさに、思わずシュライン様らしいなと、感心してしまいました。


  それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。