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魅惑の病人看病 【 無邪気な紅茶 】
◇■◇■◇
「武彦ちゃん、おっはよぉ〜!!」
興信所の扉が盛大な音を立てて開き、外から一人の少女が颯爽と中に入って来た。
草間 武彦は、その少女を見るなり思わず頭を抱え込んだ。
「〜〜〜〜片桐・・・今日は何だ・・・??」
例の如く少女の体をまじまじと見詰める。
この、一見すると人畜無害な外見年齢小学生程度の少女―――片桐 もなは、いたって人畜有害であり、銃刀法を無視しまくったその出で立ちは、もはや居るだけで迷惑の域に達している。
どうやら、今日は何も装備していないようだ。
以前興信所に、何処と戦争を始めるんだ?!と言う重装備で来たのを、武彦がキツク言っておいたからかも知れない。
・・・・恐らく、もなに限ってそんな事はないと思うが・・・・。
「あのね、冬弥ちゃんが、風邪ひいちゃったの。凄い熱でね、39度くらいあるの〜!」
「は・・・?梶原が・・・?大丈夫なのか?」
武彦は頭の中に浮かんだ顔をマジマジと見詰めた。
かなりの美形で、もなの保護者で、結構な常識人―――武彦との面識はあまりない。
もなの付き添いでココに来たのを数度見かけたくらいだ。
意味不明、暴走しまくりのもなに、切れ味鋭い突っ込みを入れていたのが最も印象的だったが・・・・・。
「それでね、今日はみんなお出かけだから、あたしが冬弥ちゃんの面倒を見なくちゃならなくって・・・」
「ちょっと待て。梶原の面倒を見なくちゃならない片桐が、どうしてここにいる?」
何だかとっても嫌な予感がする・・・・・・。
そもそも、もなに病人の看病など出来るのだろうか?
「とりあえずね、パジャマを着替えさせて、ご飯を食べさせて、薬を飲ませて、額に濡れタオルかなんか置いて、安静に寝かしつけて・・・おいてくださいねって。」
「おい!それは、片桐がココに来る前にやって来た事じゃなく“やれ”って言われた事じゃないか!?」
「そうだけど?」
キョトリとした顔で小首を傾げるもな。
―――酷く疲れるのは言うまでもない。
「パジャマはあたし一人じゃ無理だし、ご飯は食材ないし、薬もないし、出来る事と言ったら濡れタオルと寝かせる事くらいかな?って思って・・・」
・・・その言葉の先が聞きたくないのは何故だろうか?
「タオルが見つからなかったから、氷をビニール袋に入れて・・・そしたら、こぼしちゃって〜。」
「・・・何処で?」
「冬弥ちゃんの上☆」
サァァっと、音を立てて武彦の顔色が悪くなる。
「ば・・・馬鹿っ!!!」
「だからね、着替えさせてあげないと駄目なの〜。だから武彦ちゃんを呼びに来たんだぁ。」
・・・行かなければ、最悪の場合―――
そして蘇る、去年の2月の記憶。
バレンタインだよ〜と言いながら持って来られた、摩訶不思議な茶色い物体。
もしもあれを病気の時に食べろと言われたならば・・・・!!!!!
「解った・・・協力しよう。まず、梶原の安否確認が先だな。それから、買い物に行くか。」
「わぁい!安否確認、安否確認っ!」
・・・そんなに軽く言う事ではない。
「誰か見つけたら拾って行くか。」
武彦一人では、冬弥の世話どころか、もなの世話すらも出来るかどうか・・・・・。
◆□◆□◆
その日、草間興信所へと向かっていた菊坂 静は、突然開いた興信所の扉に思わず1歩後ろに下がった。
凄まじい剣幕の武彦が、片手にもなを持ち・・・
「あ、静ちゃんだぁ〜☆」
「ん?菊坂・・・?」
「こんにちは。」
にっこりと微笑み、ペコリと頭を下げる。
「お急ぎのようですけど、どうしたんです?」
「あのねぇ、冬弥ちゃんが風邪ひいちゃったの〜!」
もなの言葉に、静は刹那、冬弥の顔を思い描いた。
そして、ちらりと・・・あの人でも風邪をひくんだなぁなんて、ちょっとベタな事を考えたりして・・・。
「風邪ひいたって、大丈夫なの?」
「んっとね、多分、大丈夫ぅ?これから武彦ちゃんと安否確認しに行くところなの〜!」
―――どうやら大丈夫ではなさそうだ。
流石の静も、その言葉には冬弥の身を案じずには居られなかった。
「とりあえず、事情は歩きながら話すから、来い!」
そう言って武彦が静の腕を掴み―――はたと気がついたように止った。
「菊坂、梶原の事知ってるのか?」
「静ちゃんは冬弥ちゃんと遊んだ事あるのよぉ〜♪」
「そうか、それなら話は早いな。」
武彦の脳内では、冬弥と面識がある=もなの危険性も十分解っていると言う関係図が成り立っていた。
「それで・・・冬弥さんは・・・」
「あのねぇ、ちょーっと水かけちゃって、ビショビショ?んっと、水も滴る何とかやらになってるの☆」
つまり、もなが転ぶか何かして冬弥の上に水をぶちまけたと言う事だろう。
風邪をひいている人の上に水をかけるなんて・・・流石と言うかなんと言うか・・・・・。
「冬弥さんは水がなくても美男子だけどね。」
「だから、あたしが更に美男子に・・・」
「しなくてイーだろーがよっ!あのなぁ、片桐、どこの世界に病人に水かけてほったらかしにして来るヤツがいるんだ!?」
「ここにぃ〜♪」
あぁ、やっぱり言うと思った・・・。
静が思わず小さく苦笑する。
最近ではもなの言動が解って来たのだ。ああ言えばこう言う。そしてそれは全て、計算も悪意も何もない。
だから余計に性質が悪いのだけれども。
「それにしても、どうやったら水が冬弥さんにかかるの?」
「んーっとねぇ、濡れタオルを額に乗っけようと思ったら、タオルがなくて、ならビニール袋でいっかぁって・・・」
そこが既におかしい。
タオルがないからと言って、ビニール袋で代用しようとするなんて・・・大雑把と言うか、もならしいと言うか。
「躓いたの?」
「ふぇ〜!?どうして静ちゃん、解るのぉ??」
「もなさんの事だもん。」
そりゃ、解るよ。と、皆までは言わなかったけれども。
「菊坂。」
「はい?」
武彦が酷く真剣な面持ちで静の肩を掴み・・・
「片桐の事は頼んだ。」
「え?」
「わぁい!あたし、静ちゃんに頼まれちゃったぁ〜♪」
混乱する静の耳に聞こえてきたのは、そんなちょっと方向性の外れたもなの発言だった。
様々な時が混じり合い、ぶつかる事なく存在する夢幻館。
道の途中で声をかけた人、直接此処に来た人、武彦ともなを含め、総勢10名がこの館に集結していた。
右から順に、シュライン エマにシオン レ ハイ、浅葱 漣(あさぎ・れん)に綾和泉 汐耶(あやいずみ・せきや)、火宮 翔子(ひのみや・しょうこ)に桐生 暁(きりゅう・あき)そして、神崎 美桜(かんざき・みお)。
「冬弥ちゃん、大丈夫かなぁ・・・。」
暁の心配そうな声に、静はポンと優しく肩を叩いた。
「きっと大丈夫だよ。」
「だと良いけど・・・。」
浮かない表情の暁を元気付けるかのように、静はにっこりと微笑んだ。
もなの先導にしたがって、見慣れた夢幻館の長い廊下を進む。
右も左もまったく同じ扉。それが、ずーっと奥まで続いている。
1つ1つの扉に違いはなく、まったく同じ形の扉は一種の恐怖を含んでいた。
シュライン、シオン、汐耶、そして美桜が不思議そうに扉を見詰めながら進んで行く。
恐らく4人は初めてこの館に足を踏み入れたのだろうと、静は思った。
それに引き換え、漣と翔子、そして暁はいたって普通だった。扉の方には目もくれずに、黙々ともなの後に続く。
「ここが冬弥ちゃんのお部屋だよ☆」
もながそう言って扉に手をかけようとして―――武彦が待ったをかけた。
「良いか?これから何が起きても驚くなよ?と言うか、最悪の場合は救急車を呼ぶからな?」
最後はもなに向けられたものだった。
武彦が慎重にノブに手をかけ、ゆっくりと回し・・・押し開ける。
ドヤドヤと中に入って行き―――床の上に倒れる冬弥の姿があった。
酷く熱が高いらしく、赤い顔をしながら荒い呼吸を繰り返している。
「こんなに酷いなんて・・・」
「おい!梶原!?」
シュラインの呟きと、武彦の声が重なる。
武彦が冬弥に駆け寄り、うつ伏せになっていた身体をこちらに向ける。
「うっ・・・く・・・さま・・・?」
「お前・・・大丈夫か!?」
「これは救急車を呼んだ方が良いですね。」
汐耶が冷静に言って、暁がポケットを漁り・・・もながすっと、暁の手を取った。
「え・・・?」
「救急車とか、病院とか、大丈夫なの。」
もながニッコリと微笑みながらそう言うが、何が大丈夫だと言うのだろうか?
風邪を甘く見ない方が良いと言うのは、今では誰もが解っている事であって―――
「どう言う事なの?」
「病院は、具合の悪い人が行くものだよ??」
翔子の問いに、もながちんぷんかんぷんな答えを返す。
現に今、冬弥は具合が悪そうではないか。これが具合が悪いのではないなら、何が具合が悪いのか教えて欲しいくらいだ。
「冬弥ちゃんは、大丈夫だよ。」
胸を張ってそう言うのは、病状を悪化させた張本人である。
「とりあえず・・・服を着替えさせた方が良いな。」
「あの、ベッドに寝かせた方が・・・」
美桜がそう言って、でも、私では力が足りませんし・・・と下を向く。
シオンが、そんな美桜の肩に優しく手を乗せ、武彦と協力して冬弥をベッドへと戻す。
「このままでは風邪が悪化してしまうな。」
漣が呟いて、もなの方をチラリと見やった。
「タオルとか・・・パジャマとか・・・」
「どこにあるんだろーね〜?」
もなが呑気にそう言い、静ちゃんは知ってる〜?とこちらを向く。
―――ここに住んでいるもなが知らないのに、静が知っているはずがない。
そもそも、どうしてこの館で生活をしているはずのもなが知らないのだろうか・・・。
「仕方ないわ。探すしかないわね。」
「手伝うよ。」
シュラインの言葉に、暁が名乗りを上げる。
この館は複雑な構造になっているため、初めて来た者にとっては迷路以外の何ものでもない。
結局、もなと静と美桜、そしてシオンがこの場に残ることになり―――
静はそっと、冬弥の枕元に近づいた。苦しそうな呼吸を聞きながら、じっと顔を見詰める。
冬弥の瞼が微かに動き、重たげに目を開ける。
「大丈夫?」
「・・・静・・・?皆は・・・?」
掠れた声は普段よりも低音で、声だけでは誰だか解らないほどだった。
「タオルとか、パジャマとか探しに行ったよ。」
ふわりと微笑んだ笑顔に、なにかを感じ取った冬弥が釘を刺すように呟く。
「あのな、静。俺は今、最強に具合が悪いんだ。」
「見れば解るよ。それに・・・そんなに警戒しなくても、変な事なんかしないよ。」
「そうか、それなら・・・」
「だって、見てる方が楽しそうだからね。」
そう言って、限りなく爽やかな笑顔を見せる静に、冬弥は今後待ち受けているであろう“不幸”を悟ると、諦めにも似た気持ちでそっと瞼を閉じた。
□◆□◆□
パジャマとタオルを何とか見つけ出してきたメンバーにその場を任せると、静はもなを連れて近所のスーパーへと来ていた。
病人の額にタオルを乗せるだけでヘマをしてしまうような子だ。パジャマを替えている時に“悲惨な何か”をやらかさないとは限らない。
むしろ、やらかしてしまう方が確率的に高いと言うか、何と言うか・・・・・・。
“見てる方が楽しそう”と言った静だったが、流石に目の前で死なれてしまっては寝覚めが悪いし、それに・・・悲しむ人もいるからね。と、心の中でそっと呟く。
「もなさん、僕と一緒に買出しに来てくれる?」
「ふぇ?あたしぃ??」
「・・・やっぱり、駄目かな?」
ふわり、包み込むような優しい笑顔を見せる静に抱きつくと、満面の笑みで頷いた。
「うん!行く行くぅ〜☆静ちゃん、大好きっ♪」
もなと買出しに行って来ると言い、着替えをその場にいる面々に頼む。
まずは、全員分の食材を買って、それから薬を買って・・・
考え込む静の視界から、ふっともなが消えた。
勿論、ミステリーでない事だけは確かだ。そして、マジックでもない。
・・・ ま い ご だ ・ ・ ・
買い物カゴを片手に、静はグルグルとスーパーの中を歩いた。
その途中で、必要そうなものをカゴの中にポイっと入れ・・・買い物のついでにもなを捜していると言うよりは、もなを捜しているついでに買い物をしているような気分だ。
静の脳裏で、幼児連れ去り事件と言う言葉がデカデカと点滅する。
・・・もなは16歳であって、決して“幼児”ではない年齢なのだが、外見や普段の様子を見ているとその言葉がピッタリな気がする。
連れ攫われそうになっても、もなさんなら大丈夫だとは思うけれど・・・。
「あ、静ちゃん!いたぁ〜!!」
丁度野菜を見ていた静の背後から、そんな声と共に何かがぶつかってきた。
振り返ると、にこにこと微笑みながら腰に抱きついている少女の姿・・・。
「もなさん・・・」
「もー!静ちゃん、迷子になっちゃって〜!あたし、一生懸命捜したんだよ〜!?」
――― やっぱり・・・絶対に言うと思った。
子供にとって、結構ありがちなパターンがこれだ。
『あたしは迷子になってない。お母さんが迷子になったんじゃないっ!』
静はもなのお母さんではないけれども・・・・・・。
「ごめんね?」
とりあえず、静は謝っておく事にした。ここで反論しようものなら、不毛な口喧嘩が永遠と続く事は解っていたし、それに、もなが“こう言うこと”は予想範囲内だったからだ。
許してあげる〜♪と無邪気に言い、静が手を差し出した。
「迷子にならないように、手を繋いでくれる?」
「しょうがないなぁ〜。」
にこにこと、嬉しそうに手を繋ぐもな。
これで迷子になる心配はないだろう・・・・・・。
それから、食材を色々と買い、もながお菓子を幾つか買う。
・・・これではどちらが年上だか解ったものではない・・・。
スーパーに隣接する薬局で薬を買い、2人は夢幻館へと戻って行った。
■◇■◇■
館に帰ってくると直ぐに、もなと一緒にキッチンに入った。
玄関を抜け、ホールを抜けた先にあるキッチンは広く、綺麗だった。
本当に使っているのかと疑いたくなるほどに、手入れが行き届いている・・・・・。
「奏都ちゃんは綺麗好きだからねぇ〜。」
ピカピカと光るシンクに指を滑らせて、もなが呆れたような、感心したような声を洩らす。
言われてみれば、確かに奏都は几帳面で綺麗好きそうだ。・・・それなのに、大雑把で何事も適当にこなすもなと一緒に過ごせるなんて、不思議としか言いようがない。
まぁ、もともと大らかそうな人柄だし・・・。
静はそう思うと、買ってきた食材をキッチンに並べた。
そして、一呼吸置いた後でチラリともなに視線を向けた。
聞くところによると、彼女は料理が途轍もなくヘタらしい。
言われて見れば、彼女の性格からして料理が上手いなんて、それこそ奇跡だ。
・・・奇跡なんて、そうそう起こる筈もなく―――
冬弥が元気な時ならばいざ知らず、あれだけ弱っている時にもなの料理はさぞ厳しかろう。
けれど・・・
「お粥作るんでしょ〜?あたしも手伝うよぉっ!」
これだけやる気満々に言われると、人間、ちょっと断り辛いものがあって・・・・・。
どうしたものだろうか。
「そうだな・・・それじゃぁ・・・。」
一瞬言葉に詰まるものの、すぐにその先の言葉を見つけ出す。
「もなさん・・・お皿は何処かな?僕じゃ分からなくて・・・」
困ったような苦笑いを浮かべる。
それに対してもなが、無垢な瞳を向けると、あたし分かるよぉ〜!と言って、パタパタと食器棚まで走って行った。
その隙に、手早く調理を始める。
「はい。」
手には真っ白な大皿が1枚。
・・・・・・・“平べったい”真っ白な大皿が、1枚・・・・・・。
「もなさん・・・もっと・・・底が深いの、ないかな?」
「ふぇ?ん〜?あるよぉ??」
そのお皿では、お粥を入れた瞬間にデローンと広がって、最悪の場合垂れてしまうではないか・・・。
そこの計算くらいはして欲しい。
次にもなが持って来たお皿は丁度良いもので、静は丁寧に礼を言うとお皿にお粥を盛り付けた。
「静ちゃんってさぁ、お料理出来たんだぁ〜?」
出来上がったお粥を見詰めながら、もなが感心したような、意外そうな顔でそう呟く。
お料理と言っても、それほど凝ったものを作ったわけではない。
もなの事も考えて、手早く出来る簡単なお粥と思い、買って来た卵とご飯をふんわりと混ぜただけだ。
「家事は人並みだけど、大体できるからね。」
苦笑しながらそう言う静の袖をクイクイと引っ張りながらもなが自分の事を指差した。
何が言いたいのだろうか?
もなの言葉の先を待っている静の耳に、とんでもない言葉が飛び込んできたのはそれからすぐ後の事だった。
「あたしも、家事は人並みだよぉ〜!」
一緒だねぇ〜☆と、嬉しそうに話すもな。
・・・人間、出来ると思ったら出来るものである。
それと同時に、出来ていると言ったならば出来ているのであろう。
―――例え作り出されたものが食べ物でなくなっていたとしても・・・
作者本人が、食べ物だと言ったのならば食べ物なのである。
きっと、彼女の場合・・・・・・・・・。
◇■◇■◇
お粥を持って冬弥の部屋に入ると、そこには暁と翔子、そして美桜しか居なかった。
他の人はどうしたのかと聞いてみると、いったんホールに戻ったのだと言う。
ここに大勢いても仕方がないし、明日の朝にならないと奏都が戻れないのだと言う。
「奏都さんと連絡が取れたんですか?」
「えぇ。」
「携帯から連絡とってみたんだよ。」
暁がそう言って、ポケットから携帯を取り出して左右に振る。
「とーやっちゃぁ〜ん、ご機嫌いっかがぁ〜?」
もながそう言ってトテトテと冬弥の方に近づこうとして、敷かれていたカーペットに足をとられる。
翔子が咄嗟に手を出し、もなの身体を受け止めて・・・
「はわ〜・・・翔子ちゃん、ナイス☆」
「ナイスじゃないでしょ〜!?あのねぇ、病人が居るんだから、もっと落ち着きなさい。」
「ふわぁぁ〜〜い。」
“つっまんなーい”と言いそうな声でそう言うと、静の方を振り返った。
「静ちゃん、お粥〜!」
「え・・あぁ、そうだ・・・。」
手に持っていたお粥の存在をすっかり忘れかけていた静だったが、もなの一言ではっと気がつくと、それを暁に渡した。
とりあえず、もなに渡るのだけは避けたい。
察しの良い美桜がもなに声をかけ、一緒にお話しませんか?と小首を傾げる。
もなが嬉しそうに美桜に飛びつき、それを見ていた翔子がそっと静に囁いた。
「もなちゃんはこっちでどうにかするから、静君と暁君は冬弥さんをお願いできるかしら?」
チラリと、冬弥と暁を見やる。
どうやら自力で食べられないらしく、暁がお粥を冬弥に食べさせてあげている。
「解りました。お願いします。」
静は丁寧に頭を下げると、もなの面倒を翔子と美桜に頼む事にした。
恐らく、2人に任せておけば間違いはないだろう。
それよりも・・・問題はこちらだ・・・。
カランと、暁が器の中にスプーンを戻し、静がそれを受け取る。
どうしたものだろうか・・・なるべく、わざとらしくないように出て行きたいのだが・・・・・。
冬弥をベッドに寝かせ、ギュっと手を握る暁。
―――幸せになって貰いたい・・・
それは心の底からの思いであって・・・
ふわり、静は一瞬だけ透明な笑みを浮かべた。
すぐに消えてしまうほどに短く儚い微笑だったけれども、確かに・・・それは透き通るような美しさを持った笑みだった。
“幸せになって貰いたいから・・・”
再び心の中でそっと囁くと、静は暁に声をかけた。
「お皿を下に持って行きたいんだけど、ここ、任せても良いかな?」
「え?俺が行こっか?」
その申し出に軽く首を振り、何も言わずに繋がれた手を指差す。
ニコっと微笑んでから2人に背を向け、扉を押し開け―――出て行く前に、背中越しに声をかける。
「もしかしたら、もなさんに捉まって遅くなるかも知れないけれど・・・」
それまで、よろしくね?と言ってから扉を閉めた。
パタンと乾いた音を立てて扉が閉まり―――
静はパタパタとホールまで走ると、置いてあった紙にペンでさらさらと書きつけて、再び冬弥の部屋の前まで戻ると、ペタンとそれを扉の前に貼り付けた。
『睡眠中』
これで誰も、部屋の中には入らない。
再び、透明な笑み。そして、ふっと掻き消え・・・
にっこりと、扉の中の人物に向かって微笑みかけた。
―――梶原さん・・・泣かせたら、話は別だよ・・・?
残酷なまでに黒い微笑を浮かべ・・・静はホールへと向かった。
「あら?暁君は?」
シュラインの問いに、梶原さんを任せて来ましたとだけ答えておく。
こう言う事だけは中々察しの良いもなが、あぁと、訳知り顔で頷き・・・
「それじゃぁ、冬弥ちゃんのお世話は暁ちゃんに任せて、あたし達は遊ぼー!!!」
と叫んだ。
「お・・・おい、片桐・・・??」
武彦がもなに手を伸ばそうとして・・・はたと止めた。
「何して遊ぶ!?鬼ごっこ??隠れんぼ??それとも、サバイバルゲーム??」
最後の1つは酷く危ない事は言うまでもない。
本来、エアガンなどを使って遊ぶゲームだが、もなと遊ぶとなると・・・エアガンで許してもらえるかどうか・・・。
「もなちゃん、なるべく軽い遊びをしましょう?ね??」
翔子の言葉に、武彦が大きく頷く。
「そうだ。もなさん、お菓子・・・」
「あ!食べるぅ〜!」
もながピョンピョン跳ね回り、静が苦笑しながら先ほど仕舞ったお菓子を取り出す。
全員の安堵の溜息を聞きながら、器にお菓子を盛り付け・・・
「紅茶〜♪紅茶〜♪」
もなが歌いながら紅茶の葉っぱが入った缶を取り出し、ホールに走る。その後ろから、お菓子を持って静がついて行き・・・
「あっ・・・!!」
誰かが小さく叫んだ。
その瞬間、もなが持っていた紅茶の缶から葉が勢いよく飛び出して、辺り一帯に飛び散った。
缶を真横にして、思い切り蓋を引っ張った結果、中身が勢い良く飛び出してしまったのだ・・・。
空調がきちんとされている夢幻館の中、上からの暖かい空気に誘われるように、紅茶の葉がホールを乱舞する。
「エアコン切って〜!」
「あたし、スイッチが何処にあるのかわかんないっ!」
「とりあえず、掃除機か何か・・・!片桐!どこにあるんだ!?」
「えー・・・わかんな・・・」
「確か、玄関の脇においてあったわよね!?箒は・・・」
「外にあったはずだ。」
「わぁ・・・紅茶が飛んでます・・・」
「シオンさん!そんな呑気な・・・!!」
「け・・・ケフン、コホっ・・・」
「もなちゃん!とりあえず缶閉めて!缶っ!!」
それから徹夜でホールを掃除したものの、細かい紅茶の葉っぱは取り切れる事無く・・・
異様に紅茶臭くなったホールに、なんとも言えない笑顔をたたえた奏都が帰って来たのは朝の7時。
「・・・何の騒ぎです・・・?」
その問いに、誰も答えられる者は居ませんでした―――
≪ END ≫
◇★◇★◇★ 登場人物 ★◇★◇★◇
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
5566/菊坂 静/男性/15歳/高校生、「気狂い屋」
0086/シュライン エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
3356/シオン レ ハイ/男性/42歳/びんぼーにん+高校生?+α
5658/浅葱 漣/男性/17歳/高校生/守護術師
1449/綾和泉 汐耶/女性/23歳/都立図書館司書
3974/火宮 翔子/女性/23歳/ハンター
4782/桐生 暁/男性/17歳/学生アルバイト・トランスメンバー・劇団員
0413/神崎 美桜/女性/17歳/高校生
NPC/片桐 もな/女性/16歳/現実世界の案内人兼ガンナー
NPC/梶原 冬弥/男性/19歳/夢の世界の案内人兼ボディーガード
NPC/沖坂 奏都/男性/23歳/夢幻館の支配人
◆☆◆☆◆☆ ライター通信 ☆◆☆◆☆◆
この度は『魅惑の病人看病』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
今回は個別作成になっておりますが・・・・・・。
説明ベタなのに、難しい納品形態をしてしまい、どう言ったら良いものかと困っております・・・。
お話自体はプレイングにそって完全に個別で描かせていただきました。
つまり、8通りの『魅惑の病人看病』のお話があります。
もしお時間がありましたら他の方のノベルもお読みくださればと思います。
副題に“感謝の”とついていた場合はスタンダードな終わり方です。
“無邪気な”とついていた場合は、もな終わりになっております。
“約束の”とついていた場合は、冬弥終わりになっております。
菊坂 静様
いつもご参加いただきましてまことに有難う御座います。
さて、如何でしたでしょうか?
今回はもな終わりと言う事で、紅茶の葉っぱが最後、舞ってしまいましたが・・・・・。
お友達を思いやれる静様の綺麗な心を、素敵に描けていればと思います。
それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。
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