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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


魅惑の病人看病 【 無邪気な大掃除 】



◇■◇■◇


 「武彦ちゃん、おっはよぉ〜!!」
 興信所の扉が盛大な音を立てて開き、外から一人の少女が颯爽と中に入って来た。
 草間 武彦は、その少女を見るなり思わず頭を抱え込んだ。
 「〜〜〜〜片桐・・・今日は何だ・・・??」
 例の如く少女の体をまじまじと見詰める。
 この、一見すると人畜無害な外見年齢小学生程度の少女―――片桐 もなは、いたって人畜有害であり、銃刀法を無視しまくったその出で立ちは、もはや居るだけで迷惑の域に達している。
 どうやら、今日は何も装備していないようだ。
 以前興信所に、何処と戦争を始めるんだ?!と言う重装備で来たのを、武彦がキツク言っておいたからかも知れない。
 ・・・・恐らく、もなに限ってそんな事はないと思うが・・・・。
 「あのね、冬弥ちゃんが、風邪ひいちゃったの。凄い熱でね、39度くらいあるの〜!」
 「は・・・?梶原が・・・?大丈夫なのか?」
 武彦は頭の中に浮かんだ顔をマジマジと見詰めた。
 かなりの美形で、もなの保護者で、結構な常識人―――武彦との面識はあまりない。
 もなの付き添いでココに来たのを数度見かけたくらいだ。
 意味不明、暴走しまくりのもなに、切れ味鋭い突っ込みを入れていたのが最も印象的だったが・・・・・。
 「それでね、今日はみんなお出かけだから、あたしが冬弥ちゃんの面倒を見なくちゃならなくって・・・」
 「ちょっと待て。梶原の面倒を見なくちゃならない片桐が、どうしてここにいる?」
 何だかとっても嫌な予感がする・・・・・・。
 そもそも、もなに病人の看病など出来るのだろうか?
 「とりあえずね、パジャマを着替えさせて、ご飯を食べさせて、薬を飲ませて、額に濡れタオルかなんか置いて、安静に寝かしつけて・・・おいてくださいねって。」
 「おい!それは、片桐がココに来る前にやって来た事じゃなく“やれ”って言われた事じゃないか!?」
 「そうだけど?」
 キョトリとした顔で小首を傾げるもな。
 ―――酷く疲れるのは言うまでもない。
 「パジャマはあたし一人じゃ無理だし、ご飯は食材ないし、薬もないし、出来る事と言ったら濡れタオルと寝かせる事くらいかな?って思って・・・」
 ・・・その言葉の先が聞きたくないのは何故だろうか?
 「タオルが見つからなかったから、氷をビニール袋に入れて・・・そしたら、こぼしちゃって〜。」
 「・・・何処で?」
 「冬弥ちゃんの上☆」
 サァァっと、音を立てて武彦の顔色が悪くなる。
 「ば・・・馬鹿っ!!!」
 「だからね、着替えさせてあげないと駄目なの〜。だから武彦ちゃんを呼びに来たんだぁ。」
 ・・・行かなければ、最悪の場合―――
 そして蘇る、去年の2月の記憶。
 バレンタインだよ〜と言いながら持って来られた、摩訶不思議な茶色い物体。
 もしもあれを病気の時に食べろと言われたならば・・・・!!!!!
 「解った・・・協力しよう。まず、梶原の安否確認が先だな。それから、買い物に行くか。」
 「わぁい!安否確認、安否確認っ!」
 ・・・そんなに軽く言う事ではない。
 「誰か見つけたら拾って行くか。」
 武彦一人では、冬弥の世話どころか、もなの世話すらも出来るかどうか・・・・・。


◆□◆□◆


 今日の夕食は何にしようか・・・?
 浅葱 漣は頭の中に浮かんでくる料理を目で追いながら、色々と考えをめぐらせていた。
 あれは作るのに時間がかかるし、こっちは材料が多い。かと言って、こちらだと栄養のバランスが・・・。
 買い物カゴを片手に、スーパーの中をうろうろと歩いていた所、不意に背後から襟首をつかまれた。
 誰だ・・・!?
 そう思い、勢い良く振り向いた先―――はぁはぁと、荒い呼吸を肩で繰り返す武彦と、その隣・・・
 「あね・・・じゃなく、か・・・片桐・・・も・・・もなさん・・・」
 「あぁ〜☆漣ちゃんだぁっ♪」
 ツインテールの可愛らしい少女が、パァっと顔を輝かせて漣の腰に抱きついて来る。
 ・・・この、片桐 もなと言う少女・・・漣は以前に一度会った事があった。

     “姉上”として・・・・・

 紅咲 閏と言う少女に飲まされたクスリによって、2人が姉弟の関係になってしまったのはつい先日の事。
 あの時の恥ずかしさは、未だに漣の心の奥底に痛いしこりとなって残っていた。
 恥ずかしい過去の1ページとして焼き付けられた光景は、漣のココロを締め付ける・・・!
 大体、姉上とは言うが・・・どう見たってもなの外見年齢は小学生程度だ。
 身長だって150cmは確実にないだろう。
 膝上のフリフリとしたスカート、ツインテールはピンク色のリボンでキュッと結ばれており、ニコニコとした笑顔は無邪気で無垢で、漣に小さな子供を連想させる。
 「漣ちゃん?」
 「あ・・・あねう・・・っと、もなさん、何か?」
 「武彦ちゃんが呼んでるよ?」
 “武彦ちゃん”と言う、なんだか新しい響きに心を奪われつつも、漣は武彦を見やった。
 「さっきから何度も呼んでるんだが・・・シカトか?」
 「いや、ちょっと考え事をしててな・・・。」
 まぁ良いと、小さな声で呟いた後で、武彦が急に漣の手を取った。
 持っていた買い物カゴをどさりと床に落とし、もなが「武彦ちゃん、ご乱心〜?」と言ってキャッキャとはしゃぐ。
 「な・・・なんだ・・・?」
 「付き合って欲しいんだ・・・」
 買い物客は、大注目である。
 「えー・・・武彦ちゃん、愛の告白スーパーでなんて、なぁんか色気なぁい・・・。」
 やぁだぁーと、唇を尖らせるもな。
 ・・・そんな事を言っていないで、早急に漣の事を助けて欲しいのだが・・・!!
 「草間・・・頭大丈夫か・・・??」
 「人が死にそうなんだ・・・!梶原が・・・!!」
 「か・・・梶原さん・・・?」
 その名前に、漣の頭の中にあの美男子の姿が浮かんで来た。
 以前夢幻館に行った時に、チラリと会った―――
 「何か事故にでも?」
 「うん。ちょっとね、家庭内事故って言うか・・・」
 もながふわりと微笑んで、とんでもなく恐ろしい事を口走る。
 「風邪で寝込んでる冬弥ちゃんの上に、水がね、こう・・・グシャーっと・・・。」
 「・・・こぼしたのか?」
 「ふえぇぇ〜?なんで漣ちゃん解るのぉぉ〜〜??」
 心底驚いたような顔でもなはそう言うと、キョトンと小首を傾げた。
 「有り得ないだろう?それでな、そのまま放って来たそうなんだ。」
 「だからね、これから安否確認に行くのぉ☆」
 あまりにも現実味を帯びたシリアスな言葉を、もなはいとも簡単に言ってのけた。
 これからお買い物に行くのぉ☆と、なんら変わらないイントネーションで。
 「そうか・・・。そう言う事なら助力は惜しまない。」
 鶏の中華粥でも作って―――
 考え込む漣の肩をポンと叩くと、武彦は世にも不思議な“作り笑顔”を浮かべた。
 引きつっていると言うか、無理をしていると言うか・・・
 「浅葱、片桐はお前に任せた。」
 「え・・・!?」
 そんな事を任されても・・・!
 チラリと、もなの方を見やる。
 必死に目の前の棚を見詰めながら、クッキーの箱を掴むと、満面の笑みで漣に差し出した。
 「漣ちゃん、これ買って〜!」
 「ど・・・どうぞ・・・。」
 わぁい☆と言って、ぴょんぴょん飛び跳ねるもなを見詰めながら、心の底ではどうしたものかと悶々と考え込む。
 果たしてもなをどこまで止められるのだろうか―――


□◆□◆□


 夢幻館に行くまでに、道で何人かを拾い、そして着いた先には何人かの人が心配そうにホールのソファーに座っていた。
 どうやら、どこからか噂を聞いて駆けつけたらしい。
 ホールに集まったメンバーは、武彦ともなも合わせて全部で10人。
 シュライン エマにシオン レ ハイ、菊坂 静(きっさか・しずか)に綾和泉 汐耶(あやいずみ・せきや)、火宮 翔子(ひのみや・しょうこ)に桐生 暁(きりゅう・あき)、そして神崎 美桜(かんざき・みお)だ。
 皆一様に心配そうな顔でホールで所在なさげにしている。
 もなが、それじゃぁ冬弥ちゃんのお部屋に案内しまぁ〜す♪と、場違いなまでに明るい声を出して、バスガイドさんよろしく先頭に立って一行を引き連れて行く。
 夢と現実、現実と夢、そして・・・現実と現実が交錯する館。
 対概念が対立する事無く、融合しながら共存するこの館は、不思議な雰囲気に包まれていた。
 けれどそれは決して不快なものではなくて―――
 永遠と続くかと思うほどに長い廊下の左右には、まったく同じ扉がズラリと並んでいる。
 1つ1つに個性などはなく“本当にまったく同じ扉”は、一種の恐怖を生み出す。
 シュライン、シオン、汐耶、美桜が不思議そうに左右の扉を見詰める。
 どうやらこの4人はこの館に初めて来たらしい。
 それに引き換え、静、翔子、暁は扉に目をくれる事無く、もなの背中をじっと見詰めて歩いている。
 恐らく、この3人は以前にもこの館に足を踏み入れた事があるのだろう。
 漣は1つ1つの扉の向こうに感じる気配をそっと意識の外に弾いた。
 幾つかの扉から感じる禍々しい雰囲気・・・けれど、今はソレを感じている場合ではないから・・・。
 「ここが冬弥ちゃんのお部屋でぇ〜す♪」
 と言ってもなが扉に手をかけようとするのを、武彦が制した。
 そして、ゆっくりとこちらを振り返り一言だけ忠告を述べた。
 「良いか?今から何が起きても驚くなよ?そして、万が一の場合は救急車か警察に・・・」
 後者の場合、冬弥は既に魂を放してしまっていると言う事になる。
 勿論犯人は今、漣の目の前にいるこの愛らしい少女だ。
 そんなに悪いのですか?と、美桜が遠慮がちに言葉を紡ぐ。それに対して、不幸な事故があってね〜☆と、呑気に解説を入れるのはもなだ。
 自分が当事者と言う意識がないのか、それともすっかり忘れているのか、どちらかなのだろう。
 武彦がゆっくりとドアノブに手をかけ、押し開ける。
 段々と開かれて行く扉の向こう、床にうつぶせになって倒れる姿・・・・・
 「梶原っ!」
 武彦が冬弥に駆け寄ると、上半身を起す。
 熱った顔、虚ろな瞳、そして・・・荒い呼吸。
 思っていた以上に冬弥の病状は深刻なものだった。
 「こんなに酷いなんて・・・」
 翔子がそう呟き、その隣でシオンがオロオロとしながら救急車ですか!?お巡りさんですか!?と呟く。
 冬弥くんは生きているんだから、お巡りさんはないでしょうとシュラインが溜息混じりに突っ込みを入れ、その隣では汐耶が冷静に救急車を呼んだ方が良いと断言する。
 それを受けて暁がズボンのポケットから携帯電話を取り出そうとするのを、もなが柔らかく止めた。
 「救急車はね、大丈夫なの。」
 ・・・救急車ではなく、冬弥が大丈夫そうではないのだが・・・?
 「でも、これ以上悪くなったら・・・」
 静の言葉に、もなが軽く首を振る。
 そして、大丈夫だからと小さく囁く。
 何が大丈夫なのか、さっぱり解らない・・・。あれほどまでに苦しそうなのに、大丈夫なわけはない。
 「とりあえず、ベッドに寝かせた方が良いかも知れないわ。」
 シュラインの言葉に、シオンが武彦とともに冬弥をベッドへと寝かせる。
 「パジャマも取り替えた方が良いわね。」
 汐耶がそう言って冬弥をじっと見詰め、クリンともなの方に振り返った。
 「胸の部分が酷く濡れているんだけど・・・汗・・・と言うわけではないわよね?」
 「うん、不運な事故でね、お水が降って来ちゃって〜。」
 「片桐が躓いて水をこぼしたんだろう!?」
 武彦の言葉に、そう言われればそうなんだけどね〜♪と返す。
 漣はそのやり取りに微かに頭が痛くなってくるのを感じた・・・・・・。
 「もなちゃん、パジャマとかタオルとか・・・」
 「どこにあるんだろーねー?」
 シュラインの言葉を最後まで聞かずに、もなはそう言うと小首を傾げた。
 それならば探さなくてはならないと言う事で、シュラインと暁、そして汐耶と静が部屋から出て行った。
 武彦が外で一服してくると言って部屋から出て行き、もながパタパタと冬弥の傍に走って行こうとして翔子に怒られる。
 心配そうに冬弥の顔を覗き込む美桜になにやら話し掛け、オロオロとその場で回るシオンに遊ぼうと言っては服を引っ張る。
 ・・・もながいては、冬弥もゆっくり眠っていられないだろう。
 「片桐さん。」
 「なぁにぃ?」
 漣が呼びかけると、もなは嬉しそうにこちらにパタパタ走って来た。
 タシっと漣に抱きつき、キラキラとした純粋な瞳を向ける。
 「俺と一緒に買い物に来てくれないか?梶原さんは弱っているし、お粥を・・・」
 「わぁい!おっ買い物☆おっ買い物♪あのねぇ、あたし、チョコミントアイスが食べたい!」
 ・・・全然漣の話を聞いていないようだ。
 漣は、冬弥のお粥を作るための買い物に行くと言ったはずなのに・・・これでは母親が子供を連れて夕飯の材料を買いに行くのとなんら変わりはないではないか・・・。
 もっとも漣は母親ではないし、もなも見た目ほど若くないのだけれども・・・。
 「解った。それも買おう。」
 「わぁい♪みんなもチョコミントアイス食べるぅ〜?」
 無邪気なその質問に、誰もが軽く首を振った。
 そりゃそうだ。熱で唸っている病人を目の前に、呑気にアイスなんて食べていられるのはもなくらいの―――
 そう思いかけた漣の耳に、シオンのゆっくりとした声が聞こえてきた。
 「私は、チョコミントよりバニラの方が・・・」
 「解った!バニラアイスね・・・☆」
 当事者のもなとシオン、そして病人の冬弥以外のそこにいた面々が、思わずズルっとずっこけたのは言うまでもない。


■◇■◇■


 無事にスーパーでお粥に入れる食材を調達し、しっかりとチョコミントアイスとバニラアイスも購入した2人はホールを抜けた先、夢幻館の広いキッチンに立っていた。
 大きく綺麗なキッチンは、使いやすく、それでいて美しく・・・機能性と美の融合を見事に果たしており、漣は思わず心奪われそうになっていた。
 「それじゃぁ、お粥作って冬弥ちゃんのトコに行こー!」
 えいえいおー!と、自分も手伝う気満々のもなを見詰めながら、漣は先ほどの光景を思い出していた。
 買い物から帰り、夢幻館の両開きの扉を押し開けると、そこには仁王立ちした武彦の姿があった。
 「わぁ・・・武彦ちゃん・・・びっくりしたぁ〜♪」
 さして驚いた風でもない口調でそう言うと、もなはトテトテと袋を置きにホールへと走った。
 それを視界の隅に留めながら、武彦がズイっと漣に近づくとこう囁いた。

  『片桐に料理をさせるな・・・!』

 「・・・は?」
 「殺人的料理しか生み出せない片桐だが、今回ばかりは本当に殺人事件になりかねない!」
 ガシっと漣の肩を掴み、真剣そのものと言った瞳で「頼む!」と言うと、武彦は階上へ続く階段を駆け上がって行った・・・・・。
 「あれぇ?武彦ちゃん、なんだって〜?」
 「いや・・・」
 言って良いものかどうか悩んだ末、漣は今の事はもなには伝えない事にした。
 結果的に、酷く正しい選択なのだが・・・。
 さて、どうしたものか・・・。
 隣でキャッキャとツインテールを揺らすもなに視線を注ぐ。
 確かに、もなは料理が出来ないと言われれば、頷けるものがあって・・・逆に料理が上手いのだと聞かされれば、意外だと思った事だろう。
 なにせこの“もな”なのだ。
 病人の上に水をかけてしまうような子なのに・・・それこそ、もなならば鍋を持った瞬間にひっくり返して熱湯を浴びてしまうくらいの芸当は軽くこなしてしまうだろう。
 ・・・とりあえず、一番良いのは料理に携わらせないと言う事なのだが・・・。
 これだけやる気満々にお手伝いを申し出られると、どうにも無碍に断れないものがある。
 仕方がない。それならば、味付けに一切関わらない手伝わせ方をするか・・・。
 いざとなったら食材を買いに走らせれば、なんとかなるだろう。
 とは言え、しっかりと見張っていなければ何をしでかすか解らない。
 コレほどまでに料理をするのに気を張った事は今まであっただろうか・・・・・・・。
 料理が趣味である漣は、中でも中華が得意だった。
 今回冬弥に振舞おうとしているのは鶏の中華粥。
 キッチンの脇にチョコリと置いてあった時計を掴み、もなの目の前に置くと、5分後になったら声をかけてくれと言ってキッチンの椅子に座らせる。椅子に座りながら酷く真剣な面持ちで時計を見詰めていたもなが、きっかり5分を計ると漣に声をかけ・・・。
 次にお湯が煮立つのを見張っていて欲しいと言って、もなをコンロの前に座らせる。
 ・・・どうしてワザワザ椅子を動かしてまでもなを座らせているのかと言うと、そちらの方が断然安心だからだ。
 立っていて「漣ちゃん!沸騰したよ〜☆」なんて言った拍子に何らかの理由で足を縺れさせて鍋をひっくり返すなど、やらないと言う保証はどこにもない。
 座っている分には、転ぶ事はないので大丈夫だろう。
 しっかりとした脚のものを選んだし・・・。
 なるべく手早く料理を作ると、最後にもなに味見をしてもらい、2人は冬弥の部屋へと向かった。


◇■◇■◇


 冬弥の元に戻ると、タオルとパジャマを探していたメンバーが戻って来ており、真新しいパジャマに身を包んだ冬弥がぐったりとベッドの上で横になっていた。
 その額には真っ白なタオルが乗せられており、サイドデーブルの上には水の張った洗面器が置かれている。
 漣がお粥を持って冬弥の枕元に近づく。
 だるそうに冬弥が目を開け・・・
 「お粥を作ってきたんだが、食べられるか?」
 「・・・・あぁ・・・・。」
 ゆっくりと頷き、掠れた声が響く。
 起き上がろうとするのを、静とシオンが手伝い・・・
 「冬弥くん、一人で食べるのはキツそうね。」
 シュラインの言葉に、もなが一番に名乗りを―――
 「それじゃぁ、あたしが食べさせ・・・・・・」
 「お・・・俺がやるよ。ね?ね?」
 暁が必死に周囲にそう言い、漣も持っていた器をもなには渡さずに暁に手渡した。
 ・・・先ほどは水だったからまだ良かった。けれど今度はお粥だ・・・ 煮 え た ぎ っ た ・ ・ ・!!!
 とりあえず、暁に任せておけば安心だろうと、漣はほっと胸を撫ぜおろした。
 「シオンちゃん!しりとりしよ〜♪」
 どうやらもなは冬弥のお世話をするのに飽きたらしく・・・いや、もな自体は何もやっていないのだが・・・シオンと遊ぶ事に決めたらしい。
 それにしても、しりとりなんて可愛らしい遊びを―――
 そう思いかけた漣の耳に、もなの声が響く。
 「それじゃぁね、語尾に『ん』と『に』と『あ』と『ご』と『え』と『む』がついたら駄目なの!罰ゲームは、この部屋を10週全速力で走る事!時間制限は5秒ね?」
 「え・・・?え・・・?あの・・・??」
 オロオロとするシオン。オロオロとはしないまでも、呆然とその場を見詰める面々。
 そもそも、語尾に何がついたら駄目だったのか、既に忘れてしまっている・・・!!
 「まずは、しりとりの“り”」
 「え・・・えっと・・・り・・・りんご・・・」
 「はい、ブー!!『ご』がついたら駄目〜!」
 「もぉぉぉ〜〜〜なぁぁぁあ〜〜〜ちゃぁぁ〜〜ん?」
 翔子がもなの首根っこを掴み、にっこりと微笑む。
 「あのねぇ、冬弥さんは病気なのよ!?そんなに大騒ぎしちゃだめでしょ!?」
 「でもぉ・・・」
 「外で遊んでらっしゃい!」
 ペイっと、もなが扉の向こうに押し出され―――漣は立ち上がった。
 武彦がツカツカと漣の元に歩み寄り、そっと耳打ちをする。
 「片桐の世話、頼んだぞ。なんか、適当に遊んでやれ。」
 「遊ぶと言うか・・・」
 「何しでかすか解らないからな。とりあえず、この部屋には近づけない方向で・・・」
 そんな無茶なと言うのが本音だったが、漣は渋々了承すると部屋を出た。
 廊下の隅にポツンと座るもなの姿がなんだかとても寂しそうで・・・そっと、目の前にしゃがむと頭を撫ぜた。
 「何をして遊ぶ?」
 「ふぇ・・・?」
 「とりあえず、梶原さんのいる部屋じゃなければ遊んでも良いと、許しが出てな。」
 許しと言うか、ここは本来ならばもなの家なのにと、思わず苦笑してしまう。
 「漣ちゃんが遊んでくれるの?」
 「あぁ。」
 頷くと、漣は右手を差し出した。そんなところに座ってたら、風邪をひいてしまうぞと忠告をして・・・・・。
 「んっとね、遊ぶ前に、なんかお腹すいちゃったから・・・なんか作って?」
 もなが可愛らしくそう言い、漣の手を引っ張ってホールまで連れて行く。そして、先ほども来たキッチンに着くと、チョコンと椅子の上に座って漣の事を見守る態勢に入った。
 冷蔵庫の中をざっと見渡し、使えそうな食材を見繕って、肩で扉をパタンと閉める。
 「野菜炒め、食べられるか?」
 「野菜は大好きだよ☆」
 「それなら良かった。」
 漣はそう言って微笑むと、手早く野菜を洗い、刻み、味付けをしながら炒める。
 もながパタパタと部屋の隅に取り付けられている食器棚の中から大き目の平たい器を取り出して漣に差し出した。それを受け取り、盛り付けて―――あたしが持って行く!と言うもなの申し出を丁重に断ると、漣はホールの大きなテーブルの上にドンと大皿を置いた。
 先ほど冬弥のお粥を作る時に炊いたご飯がまだあまっており、もなが自分のお茶碗だと言う可愛らしいピンクの花柄のものを取り出して、しゃもじでパタパタとご飯をよそう。
 「漣ちゃんも食べる〜?」
 「そうだな、それでは少し・・・。」
 深い藍色のお茶碗に、もながご飯を盛り、漣が両方のお茶碗を受け取ってホールのテーブルに乗せる。
 椅子に座り、手を合わせ「いただきます」と言ってから箸を手に取り・・・
 「食べ終わったら何して遊ぼっかぁ??」
 「なるべく激しくないのが良いな。消化に悪い。」
 「んー・・・あ!そうだ!トランプあったんだ☆ババ抜きしよ〜?」
 「2人でか?」
 「あ、そっか。2人だと寂しいよね・・・じゃぁ、誰か呼んで。」
 「解った。」
 漣の作った野菜炒めは温かくて、美味しくて―――
 「ご馳走さまでしたぁ♪美味しかった・・・漣ちゃん、料理上手だねぇ☆」
 「・・・それは良かった。」
 もなに言われると、本当に美味しかったのだろうと言う気がしてくる。それは、もな特有のその無邪気な笑顔のせいかもしれないが・・・・・。
 「あたし、お茶入れてくるね〜☆」
 そう言ってもなが立ち上がり、キッチンに消え、しばらくしてからお盆の上にティーポットとカップを2つ乗せてヨロヨロと危なっかしい足取りでホールに戻って来た。
 「おい、大丈夫・・・」
 「大丈夫☆大丈夫・・・きゃぁぁっ!!!?」
 足元の絨毯に躓き、グラリと上半身が前のめりになる。
 そして――――――

  バッタン ガシャン・・・パリーン

 割れた窓ガラスから、風が冷たく入り込む・・・・・。
 もなの手からお盆が飛び、その上に乗っていたティーポットが床で粉々に砕け、絨毯に茶色いシミを作る。軽いカップはソファーの上で1回跳ねた後で床に砕け、カップの脇に添えてあったスプーンが凄まじい勢いで真っ直ぐ飛び、薄いガラス窓を割った。
 絨毯からは仄かに紅茶の香りが漂い、キラキラと床に光るのはポットとカップの真っ白な破片だ。
 「なんだ・・・?!今のは・・・」
 武彦がそう言って走って来て、部屋の惨状を見て唖然と口を開ける。その背後から覗く顔も、皆一様に言葉にならないと言うような表情をしている。
 「・・・暴れたのか・・・?」
 「いや、転んだんだ。」
 「どう転べばこんな風になるの・・・。」
 シュラインの溜息混じりの声は、外から吹き込む風に攫われた。


 夜を徹しての作業は難航した。
 窓ガラスには応急処置とばかりに木の板を打ち付け、巨大なテーブルを少しずつ持ち上げながら絨毯をはがし、ソファーも持ち上げて床に散らばったガラス片を箒と掃除機を使って取り除いて行く。
 ソファーの上にもガラスが飛び散っている恐れがあるので、1つ1つ丁寧に見て行き・・・・・。
 明け方近くになって帰って来た沖坂 奏都は、部屋を見詰め、開口一番こう言った。

  「皆さん、これは何の大掃除ですか・・・・・??」

 とりあえず、年の暮れの大掃除でない事だけは確かだった。



           ≪END≫


 
 ◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


  5658/浅葱 漣/男性/17歳/高校生/守護術師


  0086/シュライン エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

  3356/シオン レ ハイ/男性/42歳/びんぼーにん+高校生?+α

  5566/菊坂 静/男性/15歳/高校生、「気狂い屋」

  1449/綾和泉 汐耶/女性/23歳/都立図書館司書

  3974/火宮 翔子/女性/23歳/ハンター

  4782/桐生 暁/男性/17歳/学生アルバイト・トランスメンバー・劇団員

  0413/神崎 美桜/女性/17歳/高校生


  NPC/片桐 もな/女性/16歳/現実世界の案内人兼ガンナー
  NPC/梶原 冬弥/男性/19歳/夢の世界の案内人兼ボディーガード
  NPC/沖坂 奏都/男性/23歳/夢幻館の支配人


 ◆☆◆☆◆☆  ライター通信  ☆◆☆◆☆◆

 
 この度は『魅惑の病人看病』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
 今回は個別作成になっておりますが・・・・・・。
 説明ベタなのに、難しい納品形態をしてしまい、どう言ったら良いものかと困っております・・・。
 お話自体はプレイングにそって完全に個別で描かせていただきました。
 つまり、8通りの『魅惑の病人看病』のお話があります。
 もしお時間がありましたら他の方のノベルもお読みくださればと思います。

 副題に“感謝の”とついていた場合はスタンダードな終わり方です。
 “無邪気な”とついていた場合は、もな終わりになっております。
 “約束の”とついていた場合は、冬弥終わりになっております。


 浅葱 漣様

 いつもご参加いただきましてまことに有難う御座います。
 さて、如何でしたでしょうか?
 今回はもな終わりと言う事で、大掃除で締め括りになってしまいましたが・・・・・。
 “姉上”であるもなですが、やはり漣様の“兄上”度の方が強いように思いました☆


  それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。