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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


魅惑の病人看病 【 感謝の気持ち 】



◇■◇■◇


 「武彦ちゃん、おっはよぉ〜!!」
 興信所の扉が盛大な音を立てて開き、外から一人の少女が颯爽と中に入って来た。
 草間 武彦は、その少女を見るなり思わず頭を抱え込んだ。
 「〜〜〜〜片桐・・・今日は何だ・・・??」
 例の如く少女の体をまじまじと見詰める。
 この、一見すると人畜無害な外見年齢小学生程度の少女―――片桐 もなは、いたって人畜有害であり、銃刀法を無視しまくったその出で立ちは、もはや居るだけで迷惑の域に達している。
 どうやら、今日は何も装備していないようだ。
 以前興信所に、何処と戦争を始めるんだ?!と言う重装備で来たのを、武彦がキツク言っておいたからかも知れない。
 ・・・・恐らく、もなに限ってそんな事はないと思うが・・・・。
 「あのね、冬弥ちゃんが、風邪ひいちゃったの。凄い熱でね、39度くらいあるの〜!」
 「は・・・?梶原が・・・?大丈夫なのか?」
 武彦は頭の中に浮かんだ顔をマジマジと見詰めた。
 かなりの美形で、もなの保護者で、結構な常識人―――武彦との面識はあまりない。
 もなの付き添いでココに来たのを数度見かけたくらいだ。
 意味不明、暴走しまくりのもなに、切れ味鋭い突っ込みを入れていたのが最も印象的だったが・・・・・。
 「それでね、今日はみんなお出かけだから、あたしが冬弥ちゃんの面倒を見なくちゃならなくって・・・」
 「ちょっと待て。梶原の面倒を見なくちゃならない片桐が、どうしてここにいる?」
 何だかとっても嫌な予感がする・・・・・・。
 そもそも、もなに病人の看病など出来るのだろうか?
 「とりあえずね、パジャマを着替えさせて、ご飯を食べさせて、薬を飲ませて、額に濡れタオルかなんか置いて、安静に寝かしつけて・・・おいてくださいねって。」
 「おい!それは、片桐がココに来る前にやって来た事じゃなく“やれ”って言われた事じゃないか!?」
 「そうだけど?」
 キョトリとした顔で小首を傾げるもな。
 ―――酷く疲れるのは言うまでもない。
 「パジャマはあたし一人じゃ無理だし、ご飯は食材ないし、薬もないし、出来る事と言ったら濡れタオルと寝かせる事くらいかな?って思って・・・」
 ・・・その言葉の先が聞きたくないのは何故だろうか?
 「タオルが見つからなかったから、氷をビニール袋に入れて・・・そしたら、こぼしちゃって〜。」
 「・・・何処で?」
 「冬弥ちゃんの上☆」
 サァァっと、音を立てて武彦の顔色が悪くなる。
 「ば・・・馬鹿っ!!!」
 「だからね、着替えさせてあげないと駄目なの〜。だから武彦ちゃんを呼びに来たんだぁ。」
 ・・・行かなければ、最悪の場合―――
 そして蘇る、去年の2月の記憶。
 バレンタインだよ〜と言いながら持って来られた、摩訶不思議な茶色い物体。
 もしもあれを病気の時に食べろと言われたならば・・・・!!!!!
 「解った・・・協力しよう。まず、梶原の安否確認が先だな。それから、買い物に行くか。」
 「わぁい!安否確認、安否確認っ!」
 ・・・そんなに軽く言う事ではない。
 「誰か見つけたら拾って行くか。」
 武彦一人では、冬弥の世話どころか、もなの世話すらも出来るかどうか・・・・・。


◆□◆□◆


 今日は仕事もないし、予定もこれと言ってあるわけではない。
 そう・・・言うなれば何もない日だった。家でゆっくり本を読んでいたのだが、買い置きの本も全て読んでしまい、新書の本を手に入れようかと外に出たのはほんの数刻前。
 新刊の本の事を頭に描きながら、ハタと汐耶は足を止めた。
 少し、興信所の方に顔を出してみようか・・・?あそこなら、今日も何かが起こっているかも知れない。
 クルリと踵を返して、本屋に向くはずだった足を興信所の方へと向ける。
 勿論汐耶の思っていた通り、本日も興信所では普通では到底起こり得ない事件が発生していたわけで・・・・・・。
 興信所の扉を開けようと手を伸ばした瞬間、中から血相を変えた武彦が飛び出して来て、綾和泉 汐耶は咄嗟に出しかけていた手を引っ込めた。
 「うわっ・・・!」
 「何かあったんですか?」
 驚いた様子の武彦に、汐耶は冷静な言葉をかける。
 「実は・・・」
 「わぁー!!武彦ちゃん、誰?誰ぇ??」
 言いかけた武彦の言葉を押しのけて、何処からともなく可愛らしい少女の声が響いた。
 鈴の音のように凛と響く少女の声は可憐で・・・しかし、肝心の少女の姿が見えない。
 興信所の中を覗き込んでも誰もいなく―――
 トスンと、汐耶の腰に何かが巻きついた。ギュっと、生暖かい体温が広がり・・・。
 見下ろしたそこ、ツインテールをピンク色のリボンで結った、可愛らしい少女が満面の笑みで汐耶の顔を見上げていた。
 「えへへ☆初めましてぇ〜?片桐 もな(かたぎり・もな)って言いま〜す♪」
 小学生くらいだろうか?ニコニコと微笑む笑顔は無垢で、キラキラと光る瞳は純粋な色をたたえている。
 「片桐。とりあえず、誰彼構わず人に抱きつくその癖、ヤメロ。」
 「やぁだぁ〜!武彦ちゃんってば、嫉妬ぉ??武彦ちゃんもやればいーじゃん。」
 もしやったなら、犯罪ね。
 と、汐耶は心の中で小さく囁いた。
 「初めまして、私は綾和泉 汐耶と言って・・・それで、どうしたんです?」
 後半は武彦に向けられたものだった。
 依然もなは汐耶の腰に抱きついたままで、小さな声で「汐耶ちゃん」と囁いてはニコーっと微笑んでいる。
 武彦がどう言ったら良いものか困ったと言う表情を浮かべた後で、ボソボソと事の始まりを語り出した。
 「つまり、病人が居て、その病状をこの子・・・もなちゃんが悪化させた可能性があるから、今から行って看病をしようと、そう言う事なの?」
 流石は綾和泉。飲み込みが早いと、武彦が溜息混じりに呟く。
 勿論、普通の人ならば到底想像し得ない事だろう。
 ・・・何処の世界に病人に水をかける人が居ると言うのだろうか?明らかな憎悪や殺意がなければそんな事は出来ないだろうが・・・この少女はそんな感情は一切なかったにも拘らず、あっさりと病人に水をかけると言う失態をやらかしてくれたわけで―――溜息をつく以外に取れるリアクションがあるならば教えて欲しいというのが本音だ。
 「とりあえず、今から行って安否確認をしなければと思っているんだが・・・。」
 “安否確認”
 一見すると冗談のようにしか聞こえない言葉だったが、現状を考えると冗談で言えるような言葉ではない。
 やけに重たい現実味を帯びた言葉なだけに、汐耶もやはり思うところがあって―――
 「こじらせると厄介ですからね。・・・面識はありませんけど、困った時はと言う事で・・・・」
 「手伝ってくれるのか!?」
 「このまま帰っても、寝覚め悪そうですし。」
 と言うか、枕元に立たれてもいた仕方ないと言うか・・・・・。
 ここまで話を聞いてしまった以上、もう“他人事”と言って放って置くのも心に痛い。
 折角の休日がなにやらとんでもない事になってしまいそうな気配がするが・・・まぁ、それも一興だ。
 「汐耶ちゃん、うちに来てくれるのぉ〜?」
 もながやっと、汐耶の腰から自分の身体を離す。
 キラキラと可愛いオーラを撒き散らし、ついでにツインテールをブンと軽く振った後で、ふにゃんとした笑顔を浮かべた。
 「それじゃぁ、一緒にいっぱい遊ぼうねー☆」
 ・・・もなと遊ぶために行くのではないのだが・・・・・・・。


□◆□◆□


 夢と現実、現実と夢、そして・・・現実と現実が交錯する館、夢幻館。
 なんとも言いようのない不思議な雰囲気を纏った館に、汐耶は思わずじっともなを見詰めた。
 対の概念が混在し、対立する事無く融合し、溶け合いながら存在しているこの館は、決して不快な雰囲気ではない。
 しかし・・・言いようのない雰囲気はどうしても心の奥をざわつかせる。
 ここに来るまでに拾って来た者、または自主的にこの館に赴いた者、もなと武彦も合わせて総勢10名がこの館に集まっていた。
 右から順に、シュライン エマにシオン レ ハイ、菊坂 静(きっさか・しずか)に浅葱 漣(あさぎ・れん)、火宮 翔子(ひのみや・しょうこ)に桐生 暁(きりゅう・あき)そして神崎 美桜(かんざき・みお)。
 「それじゃぁ、今から冬弥ちゃんのお部屋に案内しまぁ〜す♪」
 もなが場違いなまでに明るい声を出して、先頭を切って歩き出す。
 巨大な玄関を抜け、上に続く階段を上がり・・・出た先は長い廊下だった。
 ずっと先まで続く廊下の両側には、まったく同じ扉がズラリと等間隔に並んでいる。
 微塵も違わない扉は、ある意味恐怖だった。
 シュライン、シオン、美桜が興味深そうに扉を眺めながら進み、静、漣、翔子、暁は少しも気に留めた風ではなく、もなの背中だけを見詰めて歩いている。
 恐らく、後者の4人は以前にもこの館に足を踏み入れた事があるのだろう。
 1つ1つの扉はまったく同じであるにも拘らず、その向こうから漂ってくる雰囲気はどの扉も違っていた。
 時にふわりと穏やかな雰囲気を感じ、時に甘く流れる雰囲気を感じ、時に禍々しいまでの雰囲気を感じた。
 その扉の先は、ただの部屋が広がっていると言う事ではなさそうだ・・・。
 しかし、今はこの扉の先に思いをめぐらせている場合ではない。
 汐耶が頭を切り替えようとした時、もなが1つの扉の前で足を止めた。
 「ここが冬弥ちゃんの・・・」
 「ちょっと待った。」
 扉に手をかけようとしたもなを制すると、武彦が虚ろな瞳をこちらに向けた。
 じっと、全員を見渡した後、ゆっくりと言葉を紡ぐ―――
 「良いか?この先、何があっても驚くなよ?そして“もしも”の場合は救急車か警察に連絡を入れろよ・・・?」
 救急車はまだ良いとして、警察を呼ばなければならない場合は・・・
 チラリと目の前にいる小さな少女に視線を向ける。
 これはもう、是非とも中に居る人物・・・梶原 冬弥(かじわら・とうや)には生きていてもらわねばならない・・・!
 恐る恐ると言った手つきで、そっと扉を開ける。
 段々と開け放たれる扉の先・・・床にうつ伏せになって倒れている人物・・・!!
 「か・・・梶原っ!?」
 武彦が真っ先に駆け寄り、冬弥の上半身を起す。
 「・・・く・・・さま・・・?」
 息も絶え絶えと言った様子で、掠れた声を出す冬弥。
 「こんなに悪いなんて・・・」
 思っても見なかったと言う風に、静が口元に手を当てる。
 「ど・・・どうしましょう・・・どうしましょう・・・とりあえず、警察に・・・!!」
 「シオンさん・・・冬弥くんはまだ生きてるわ。」
 オロオロと混乱するシオンに向かってシュラインがそう言い、すぐに“しまった”と言う顔つきになる。
 「まだ・・・じゃなくて、ちゃんと・・・ね。」
 この状況下で“まだ”と言う言葉はあまりにも危険な響きを含みすぎている。
 「とにかく、救急車を呼んだ方が良いな。」
 「解った。」
 漣の言葉に、暁がズボンのポケットから携帯電話を取り出し・・・もながそっと、その手を取る。
 「あのね、救急車は大丈夫なの。」
 「でも・・・」
 何か反論をしようとした美桜の言葉を止めるかのように、もながふわりと柔らかく微笑んだ。
 「冬弥ちゃんは元気だから☆」
 ・・・武彦の腕の中、ぐったりと力なく横たわる冬弥。その顔は熱のために赤くなり、虚ろな瞳は揺れている。
 「もなちゃん・・・」
 「大丈夫!冬弥ちゃんは強い子だから♪」
 汐耶の溜息混じりの言葉に、もなが明るくそう返す。
 冬弥ちゃんは男の子だから大丈夫だよ☆と言うが・・・風邪をひいた時に男女の区別なんかない。
 具合が悪いものは具合が悪いもので、男だろうが女だろうが駄目な時は駄目なのだ。
 「とりええず、ベッドに寝かせましょう。」
 そのままでは可哀想だわとシュラインが言い、武彦とシオンが協力して冬弥の身体をベッドまで運ぶと、美桜がきゃっと小さな悲鳴を上げた。
 「どうかした?」
 「梶原さんのパジャマが・・・」
 胸の部分がぐっしょりと濡れて肌に張り付いている・・・これは、汗のせいと言うわけではなさそうだ。
 「そこねぇ、うっかり上から水が降ってきちゃって〜・・・不運な事故?」
 もながそう言って小首を傾げる。
 ・・・不運な事故の元凶であるにも拘らず・・・!
 「それは大変ですね・・・」
 誰もがもなの話を信じていないような顔つきなのに、何故かシオンだけは納得顔で同情の視線を冬弥に注いでいる。
 どうやら“不運な事故”説を信じてしまったようだ。・・・冷静になって考えて欲しい・・・雨も降っていない、まして屋内、さらには病人でロクに動けない人物の上に、どんな不運な事故があれば水が降って来るのだろうか・・・!?
 火災探知機が作動して、上から消火用の水が降る以外には考えられないが、その場合は胸だけでなく、全身びしょ濡れでなくては話にならない。
 「とにかく、着替えをしないと・・・。」
 「布団も替えないと濡れてますよね。」
 汐耶の言葉にシュラインが頷き、もなにタオルとパジャマと替えのシーツや布団が仕舞ってある場所を尋ねる。
 これだけ大きな館なのだから、替えのシーツどころか、替えのベッドも沢山置いてありそうだ・・・・・・。
 「んっと、替えのシーツとかぁ・・・?どこにあるんだろーねー??」
 キョトンと目を丸くして、小首を傾げるもな。
 ・・・やっぱり、そう来るわよね。
 汐耶は何故か妙に納得してしまっていた。
 「それじゃぁ、探すしかないわね。」
 「手伝うわ。」
 シュライン、翔子、暁、静、漣が部屋から飛び出して行き、その場には武彦、シオン、美桜、汐耶、そしてもなが残る。
 心配そうに冬弥の事を見詰める美桜とシオンに飛びつき、構ってオーラを出しながらおしゃべりを開始する。
 ・・・これでは冬弥がゆっくり寝ていられないではないか・・・。
 汐耶はしばらく考え込んだ後で、もなに声をかけた。
 「もなちゃん、お買い物に付き合ってくれないかしら?」
 「ふぇ?お買い物ぉ〜?」
 「そう。お粥の材料も買いたいし、ビタミン補給のために蜜柑なんかも買っておきたいわね。後、スポーツドリンクに薬も。」
 「うんうん。あと、チョコレートとアイスも買わないと!」
 一瞬だけ、何の事だろうかと考え込みそうになった汐耶だったが、直ぐにそれは“もなの食べたい物”だろうと見当をつけると、ただ「そうね」とだけ言って頷いた。
 「それじゃぁ、私ともなちゃんは買い物に行って来るけれど・・・」
 「はい、ここは・・・任せてください。」
 美桜が頼もしく言い、シオンが持っていたバッグをガっと開いた。
 中には色とりどりの花がギュっと詰まっており・・・それは造花だった。
 「しっかりと内職もしてますので、安心して行って来てください!」
 内職はあまり関係ない気がするが・・・まぁ、美桜に任せておけば大丈夫だろう。
 「それじゃ、お願いね。」
 「行ってきまぁ〜す☆」
 もなが元気よく言って、ブンブンと手を振る。
 まるで遠足に行くかのようだ―――――。


■◇■◇■


 両手一杯の食材を買って夢幻館に戻って来ると、とりあえず汐耶はスポーツドリンクを持って冬弥の部屋へと向かった。
 パジャマを着替えさせられ、布団もきちんと替えられて、ゆっくりと眠る冬弥の額には濡れたタオルが乗せられている。
 夢幻館の空調は常に一定の温度に保たれており、寒いと言う事はないのだが・・・
 「加湿器なんかあると大分違ってくると思うのだけど・・・」
 「ふぇ?“かしつきぃ”?」
 もなが汐耶の言葉を受けて小首を傾げる。
 そんなに考え込まなくても、もなを当てにしているわけではなかった。
 そもそも、タオルとパジャマの置いてある場所もわからないもなが、加湿器の置いてある場所を知っていたとしたら、ある意味おかしい。と言うか、もなは“加湿器”の意味を知っているのだろうか?そこら辺も怪しい・・・・・。
 「加湿器、あるよぉ?」
 「そうよね。もなちゃんに解る・・・え?」
 翔子が言いかけた言葉を飲み込む。視線が集中する先、もながニッコリと微笑みながら隣の部屋を指差す。
 「昨日ね、片付けたんだぁ。何かで使って、戻しといてって奏都ちゃんに言われて・・・・・。」
 ―――何と言う偶然が重なった奇跡だろうか?
 こんな程度の事で奇跡と言う言葉を使用して良いのかどうかは謎だが、しかしそれ以外に形容すべき言葉が見当たらなかった。
 あたしが持って来ようか〜?の申し出をやんわりと断ると、シオンが隣の部屋に消えた。
 「後はお粥を作って・・・」
 「綾和泉、ちょっと。」
 武彦が右手でチョイチョイと汐耶を呼ぶと、こっそりと声を抑えて囁いた。

 「片桐に料理はさせるな・・・・・・・・」

 あまりにも真剣に言われた言葉に、汐耶は頭を抱えたくなった。
 料理はさせるな・・・か。
 まぁ、言われて見ればこの少女に料理ができると言われた方が驚くと言うか―――。
 それならば、この部屋に置いておくのが料理に関わらせない一番良い手だが、かと言って病人のそばに置いておく事も出来ない。
 「解った。」
 汐耶は1つだけ頷くと、もなに声をかけて部屋を出た。
 長い廊下を過ぎ、突き当りの階段を下り、巨大な玄関を抜けてホールへ入り、その先のキッチンに足を踏み入れる。
 先ほどホールに置いたスーパーの袋を掴み、広いキッチンの中央、ちょこんと置いてあるテーブルにドサリと下ろす。
 綺麗に掃除されたキッチンは気持ちが良いくらいに清潔感が漂っており、使い勝手の良さそうなキッチンだと瞬時に思った。
 さて・・・と・・・。
 もなから手渡されたシンプルな青いエプロンを身に着けながら、汐耶はしばし考えをめぐらせた。
 腕を捲くり、お粥の中身をあれこれと考え、次にクルリともなに振り返った。
 「もなちゃん、チャーハン食べられる?」
 「“ちゃーはん”?好きだよぉ?」
 「それなら良かった。それじゃぁ、少し大きめのお皿を出してくれるかしら?」
 「ふぇ?うん。」
 もながキッチンに備え付けられている木の食器棚を開けると、真っ白なお皿を取り出してきてテーブルにコツリと置いた。
 ご飯は炊いてあるからと、もなに言われていた通り、炊飯器の中は真っ白なご飯が沢山詰まっていた。
 汐耶は手早くハム入りのチャーハンを作ると、トンともなの目の前に置いた。
 卵がふわふわと雪のように散りばめられた、実に美味しそうなチャーハンに、もなが目を輝かせる。
 「これ、あたしが食べていーのぉー?」
 「どうぞ?」
 「わぁい☆いっただっきまぁ〜す♪」
 手を合わせて、嬉しそうにそう言うと、スプーンでご飯をすくう。
 「お〜いし〜っ!!」
 嬉しそうに食べるもなを横目に、汐耶は今度はお粥作りに集中する。
 もながチャーハンを食べてるうちは大人しい。
 お粥の中に入れる野菜を洗いながら、自分達の分も何か作らなくてはと思いを巡らせる。
 今ある食材でも出来そうだが・・・。
 1品だけじゃなく、他にも何か欲しいわね。スープとか・・・。
 「ご馳走さまでしたぁ〜☆」
 パンと1つだけ手を合わせた後で、もなが満面の笑みでお皿を汐耶に差し出す。
 ―――随分と食べるのが早い・・・。
 とりあえず、お粥は作り終わっていたのでなんとか必要最低限の時間稼ぎにはなったが・・・。
 お粥と薬と水の乗ったお盆を持って冬弥の部屋に入り、シュラインにお盆を手渡した後で、もなが先ほど買ってきた蜜柑も手渡す。
 「もなちゃん、奏都さんは何時頃帰って来るの?」
 「奏都ちゃん?・・・んっと、確か明日の朝かなぁ?」
 翔子の言葉に答えた後で、どうして?と逆に聞き返す。
 「それじゃぁ、朝まで動けないって事ね。」
 「もなちゃん・・・俺ら今日泊まってっていー?」
 「うん!暁ちゃんなら大歓迎☆みんなも、泊まるぅ??」
 顔を見合わせ、誰もが頷く。
 このまま帰ってしまっては、今までしてきた事が無駄になってしまう。
 冬弥の顔色も、先ほどまでよりは幾分良くなっており、シュラインに食べさせてもらいながらではあるが、食事もきちんとしている。
 「もなちゃん、ちょっと頼みたい事があるんだけれど・・・」
 「なぁにぃ?」
 「先ほど買い忘れた食材があるので、買ってきて欲しいのだけれど。」
 汐耶はそう言うと、幾つかの食材の名前を挙げ―――もながちょっと待ってと言って、ベッドの方に走ると、サイドテーブルの1段目の引き出しを開けて、中からペンとメモ帳を取り出し、汐耶に差し出した。
 そこに、サラサラと買ってきて欲しい食材を書き連ねると、ピっと1枚切ってもなに渡す。
 「お願いね?」
 「うん!」
 「買い物か?」
 壁に寄りかかるようにして立っていた漣が声をかけ、1人で行くのは危ないからと言って一緒に部屋を出て行く。
 「・・・賢明な判断だな。」
 武彦がその背に向かってポツリと呟き、アイツは何をしでかすか解らん。と、付け加える。
 私は下で皆さんのご飯を作ってきますと言う汐耶の申し出に、シュラインと翔子が自分も一緒にと名乗りを上げ、その場をシオン、美桜、暁、静に任せて階下へ下りる。その際、外で一服したいと言う武彦も一緒についてくる。
 先ほどもなと一緒に行って来た時に買っておいた食材を手早く調理して、部屋の隅の木の食器棚から手ごろな食器を取り出し、もなと漣の帰りを待つ。
 「ただいまぁ〜!」
 と言う元気な声と共に、もながバタバタとキッチンに走って来て、その後ろからはちょっと疲れた様子の漣が顔を覗かせる。
 何があったのかは解らないが・・・わざわざ聞かなくても“どのような事”があったのかは容易に想像がついた。
 ご苦労様と言ってポンと肩を叩くと、漣の手からスーパーの袋を受け取り、キッチンの中ではしゃぎそうになるもなを翔子がホールに連れ出す。
 料理なら手伝えると申し出た漣の手も借りて、買い足した食材を料理し終え、時計を見ると既に7時を回っていた。
 シュラインが冬弥の部屋に居る面々に声をかけるために階上へと上がって行き、残された汐耶と漣で冬弥の夜ご飯について相談をする。
 下りてきた美桜に冬弥の容態を聞き、ぐっすりと眠っていますとの答えに、それならばまだご飯を用意しなくても大丈夫だと言う結論に達する。
 「薬が効いて眠ってるんでしたら、わざわざ起す事ないですね。」
 「そうだな。起きた時に直ぐ食べられるように、何か簡単なものでも作っておくか。」
 「幸いレンジはありますし、温めるだけでいいように何か作り置きをしましょう。」
 キッチンの奥にちょこんと置かれている電子レンジに視線を向けながら汐耶が呟いた時、ホールからもなの声が響いた。
 「汐耶ちゃんも、漣ちゃんも!早く早くっ!あたしお腹空いちゃったよぉ〜!」
 「まぁ、作り置きのものは後で考えるとして・・・」
 「そうですね。」
 汐耶と漣は顔を見合わせると、美味しそうな料理の並ぶホールへと入った。


◇■◇■◇


 夕食後、シオンと静に遊んでもらっていたもなが疲れのためかパタリと眠ってしまい、ホールのソファーに寝かせると、温かい毛布をかけてあげる。
 汐耶と漣は夜食用と言って簡単に食べられそうなものを作り置きし、冬弥の様子は交代制で見る事にする。
 徹夜覚悟で、暁と美桜がそばについていると言い、その他の面々は自分の順番でない時はホールのソファーで仮眠を取ったり、ホールの奥の小部屋でテレビを見たりして時を過ごす。
 「少し上の様子を見に行ってくるわ。」
 「あぁ、解った。」
 食器を洗っている漣にそう言い残すと、夜食を片手にキッチンを抜け、ホールを抜けた。
 巨大な玄関を通り過ぎ、豪華な階段を上がり・・・長い廊下を抜ける。
 昼間見た時とは違う雰囲気を発する扉達を視界の端に、お目当ての部屋の前で立ち止まると、少し考えてから遠慮がちに2回扉をノックした。
 キィっと微かに蝶番が声を上げ、中からシュラインが顔を覗かせる。
 「夜食を持ってきたのだけど・・・」
 「有難う。」
 「容態はどう?」
 「眠っちゃってるわ。」
 どうぞと言って、シュラインが扉を大きく開け放ち、中に入ると淡いオレンジ色の光が部屋全体を仄暗く照らしていた。
 ベッドの脇に暁と美桜が座っており、時折額に乗ったタオルを変えたり、汗を拭ったりしている。
 ・・・随分と完璧な看病だ。これならば、何も心配は要らないだろう。
 「熱は?」
 「38,2くらいかしら。随分下がったわ。」
 「それなら良かった。」
 まだ高い事は高いが・・・下がって来ているのなら問題はない。
 何かあったらすぐに呼んでねとだけ言い残して、汐耶は部屋を後にした。
 再び先ほどの道順を通ってホールに入り・・・ソファーで眠っているもなに目を向ける。
 ・・・何か夢でも見ているのだろうか?小さく微笑んだ口元が、やけに嬉しそうで・・・
 そっと、優しく頭を撫ぜた後で、汐耶はキッチンへと戻った。
 漣が一心不乱に大皿と格闘しており、その隣には洗い終わった食器が山のように積み重なっている。
 食器棚の隣に置かれている小さな戸棚から真っ白なタオルを1枚取り出すと、濡れている食器を包み込んだ。


 朝の6時過ぎ、カチャンと錠の外れる音がして、ここの館の支配人である沖坂 奏都(おきさか・かなと)が姿を現した。
 少年と青年の中間くらいの外見をしたその男性は、一先ず集まっていた面々の多さに驚いた後で、丁寧に頭を下げた。
 階上からパタパタと暁、美桜、そして静が下りて来て、奏都と挨拶を交わす。
 「冬弥さんの容態は・・・」
 「大丈夫です。熱も大分下がりましたし。」
 「微熱程度かな?」
 「それは良かった・・・。」
 汐耶もその言葉を聞いて、ほっと胸を撫ぜ下ろす。昨夜汐耶が熱を測った時は、まだそれなりに高かったのだ・・・・・。
 「帰って来たのか・・・奏都・・・??」 
 掠れた声が玄関に響き、階段の上に冬弥が姿を現す。
 「歩いても大丈夫なのですか!?」
 シオンの言葉に、冬弥が軽く頷き・・・ふわりと、柔らかく微笑んだ。
 「ありがとう・・・。」
 それは、心からの感謝の笑みで―――
 「珍しい・・・。」
 翔子の呟きに、汐耶は思わず苦笑した。
 そして、心の中でそっと、どういたしましてと囁いた・・・・・・。



           ≪END≫


 
 ◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


  1449/綾和泉 汐耶/女性/23歳/都立図書館司書


  0086/シュライン エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

  3356/シオン レ ハイ/男性/42歳/びんぼーにん+高校生?+α

  5566/菊坂 静/男性/15歳/高校生、「気狂い屋」

  5658/浅葱 漣/男性/17歳/高校生/守護術師

  3974/火宮 翔子/女性/23歳/ハンター

  4782/桐生 暁/男性/17歳/学生アルバイト・トランスメンバー・劇団員

  0413/神崎 美桜/女性/17歳/高校生


  NPC/片桐 もな/女性/16歳/現実世界の案内人兼ガンナー
  NPC/梶原 冬弥/男性/19歳/夢の世界の案内人兼ボディーガード
  NPC/沖坂 奏都/男性/23歳/夢幻館の支配人

 
 ◆☆◆☆◆☆  ライター通信  ☆◆☆◆☆◆

 
 この度は『魅惑の病人看病』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
 今回は個別作成になっておりますが・・・・・・。
 説明ベタなのに、難しい納品形態をしてしまい、どう言ったら良いものかと困っております・・・。
 お話自体はプレイングにそって完全に個別で描かせていただきました。
 つまり、8通りの『魅惑の病人看病』のお話があります。
 もしお時間がありましたら他の方のノベルもお読みくださればと思います。

 副題に“感謝の”とついていた場合はスタンダードな終わり方です。
 “無邪気な”とついていた場合は、もな終わりになっております。
 “約束の”とついていた場合は、冬弥終わりになっております。


 綾和泉 汐耶様

 再びのご参加、まことに有難う御座います。
 さて、如何でしたでしょうか?
 今回はスタンダード終わりと言う事で、最後は丸くおさまっております。
 もなのかわし方が、ご飯を食べさせると言う事で・・・あぁ、もなを良く分かっていらっしゃると、思わず感心してしまいました。


  それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。