|
アパティア
本能や情感に乱されない無感動な心の状態。
超然として生きる状態。
本当に生きていると言えるのか。
草間・武彦の元に、依頼人は少女を連れてやってきた。
依頼人と少女の関係は祖父と孫だと初老を過ぎた男性が言う。
少女は何の反応も示さない、ただ言われるまま、されるがまま、連れてこられているといった雰囲気だ。
依頼はこの少女、郁の心を動かす事だ。
今までどんなに感動的な映画を見せても、すばらしいといわれる芸術を見せても、心一つ動かさず、見るだけ。しゃべる事もそんなに無く、今も何を思っているのかわからない。理性と意思によって押さえ込まれたようなこの状態、それは郁にとって幸福なのかもしれないが、それでも、自己満足でも郁には笑ってほしい。依頼人の娘夫婦は郁が赤ん坊の頃に交通事故で亡くなり、それから普通に育ててきたはずなのに、こうなってしまった。年相応の表情をとってほしいだけだと、そう依頼人は言う。
医者にかかっても駄目だった、だからここへ来た。
なんとなく放っては置けないと、この依頼を武彦は受けることとし、とりあえず一週間様子見、という形をとって。
興信所には様々な人間が来る。出会いも様々、だから何かきっかけがあるかもしれないと。
興信所の扉を開けると草間・武彦がぎこちなく少女に話しかける構図。
玖珂・冬夜の目にはその光景が最初に映った。
「……草間さんどうしたの?」
「おおっ、いいところに来た、助けてくれ助けろ」
「え、何を助けるの?」
ちょっと涙でそう、という雰囲気の武彦から事の次第を聞き冬夜は少女、郁を見た。
「んー……郁さんにとって今の状態が最も自然なんだったら……無理に変えなくても良いと思うんだけど……」
彼女の氣は、穏やかだ。特に何が悪いとゆうことも無い。
「周りに合わせるのって、凄く大変だけど、でも依頼人さんの言う事も解るんだよねー」
「とりあえず、俺にこれ以上の相手は無理だ、頼んだ」
がしっと武彦に肩を掴まれて、冬夜は彼女を押し付けられる形となる。
「じゃ、俺は他の仕事があるから」
断る暇、というか返す言葉の隙を与えずに武彦は近くにあった上着を手に取りすばやく興信所を出た。
「……ええと、俺は玖珂冬夜って言うんだ」
残された二人は、視線を合わせる。
何をしようか。
「郁さん、寒いのはヘーキ? 狭い所に居るだけって言うのも……暇だし、一緒に散歩でも、しない?」
微笑とともに送られた言葉に郁は頷く。
「じゃあ行こうかー」
冬夜、その後ろを郁が歩く。興信所から出て、特に当ても無くぶらぶらと。
すると公園が見えてきて、なんとなくそちらへと足が向く。
公園内は親子連れや老夫婦や犬の散歩中の人と、さまざまな人がいる。
ゆっくりのんびりと散策しているのは自分達だけではない。
「一朝一夕や力技で如何にかなる物じゃないし、一緒に居る事しか出来ないけど、何かの切欠になれば良いなー」
冬夜は呟く。それが郁に聞こえているかどうかはわからないけれども。
いたって郁の氣は穏やかで、変わりはない。
と、池の周囲を歩いていると白鳥が仲良く寄り添って泳いでいるのが見える。
「白鳥だね」
「うん」
池を囲う柵に寄りかかるようにしてその白鳥をじーっとただただ、見る。
話なんて別にしなくてもいいかな。
そんな雰囲気が二人の間にはあった。
とてもマイペース。
「……もう行く?」
しばらく、五分か十分か、それよりももっと長くかはわからないけれども過ぎた頃、郁が冬夜の吹くの裾を引っ張りながらそう言う。
白鳥にも飽きてきたらしい。
「そうしよっかー。じゃあベンチに座ってぼーっとする?」
今でも十分そんな感じなのだけれども、ただただ時間をすごすというのもいい。
近くにあったベンチを目に留めて、そして冬夜は指差す。
「うん」
郁は頷いて、冬夜より先に歩み出す。
ずっと歩いて立っていたから少し足が痛いのかもしれない。
先にベンチにたどりついた郁はそこに座って、冬夜が来るのを待っているようだった。
「よいしょ。風が冷たいけどちょっと気持ちいいよね」
こくん、と頷いてそれに応える。どうやら彼女は空を見上げているようだ。
青空。雲は少しだけあってそれがゆっくりと動いている。
聞こえてくる音は子供の遊ぶ声くらいだ。
と、視界を黄色いものがゆっくりと横切る。
風船がゆらゆらと上がっていく。そしてそれが葉の落ちた枝に引っかかる。
公園内の子供が持っていたものらしくその木の下で見上げる子がいる。
冬夜の瞳の端に写る郁の氣がゆらゆらと揺れて、それを気にしているのがわかる。
「とって、あげようか」
それに気がついて、冬夜が立ち上がるとその木の元へ。
後ろから郁もついてくる。
「うん、登れる高さだから大丈夫」
ちょっと登ってくるね、と冬夜は郁と風船の持ち主の子に言って身軽に木に登る。
枝を一つ二つと登って風船の紐を掴むと冬夜は下を見る。
子供はとってもらえたことを喜んで、郁は無表情だ。
けれども氣の雰囲気が、柔らかで安心するような感じだった。
「ちょっと離れてて……よいしょっと」
二人が三歩、四歩と後ろに下がったのを確認して冬夜は身軽に飛び降りる。
綺麗にバランスをとって着地。冬夜は郁に風船を差し出して渡してあげて、と言う。
彼女はそれを受け取って、持ち主の子供に渡した。
「ありがとう!」
受け取って嬉しそうに走っていくその姿。
そこから見える氣も嬉しそうなのだが、郁の氣もまた嬉しそうだ。
「よかったね。あ、そろそろ戻らないと迎えに来る頃だよねー」
「うん、ありがとうお兄ちゃん」
表情は変わらないけれども声と氣からは感謝が感じられて、冬夜はうん、と微笑んだ。
そしてゆっくり興信所へと帰る。
その途中から、冬夜はとろとろと眠気がやってくるのを感じている。
興信所、その階段を上がってドアを開けた所、そこで。
「……ん。ちょっと多い所に居過ぎた、かも……」
呟いて、視界の中に武彦と、他にも数名いるのを見て、ぷつんと意図が切れたかのように眠りに落ちる。
その最後の最後の意識の中で、倒れる自分を心配そうな氣で、変わらない表情でみつめる郁がいた。
「……れ?」
気がつくと、目が覚めると興信所のソファの上にいた。
興信所の天井が見える。
「起きたか、入口で眠りこけるから驚いたぞ」
「そうそう、郁さんもお迎えがくるまでじっと隣にいたのよ」
「あ、こんにちわ、シュラインさん」
久し振りに会ったシュラインに冬夜はやわらかく笑んで言う。
シュラインももうこんばんわの時間だけれども、と軽く笑いながら返した。
「郁さん、帰っちゃったんだねー……挨拶できなかったなぁ」
明日もまた来るぞ、と武彦が言い冬夜はそうだねと返す。
「風船、とってあげたんですってね」
「風船……あ、うん。とってあげました、木に引っかかってるのを。嬉しそうな氣を感じましたよー」
「そう、やっぱり感情がうまく出せないみたいね……」
解決策は無いかしら、と彼女は言う。
「よし、じゃあ呼び出そう、楷を」
武彦はそう言って電話の受話器をとるとどこかへ連絡をし始めた。
大体の話をすますと受話器を置いて二人に言う。
「十分でくるそうだ」
どんな人が来るのか、そんなのは本人が来ればわかる、と武彦は言って話そうとしない。
シュラインも冬夜も会った事のない人物なのでどんな人が来るのかと想像しあったりなどしていた。
そして十分後。興信所の扉を開けたのは武彦の読んだ楷巽と出会い二人は何故呼んだのか、それを悟る。
少しばかり雰囲気が郁に、似ていなくも無い。
「おー、呼び出してすまないな楷」
「いえ……それでその子は?」
「さっき依頼人が迎えに着たので帰りました、初めまして楷さん」
すっとソファから立ち上がった女性はシュライン・エマと巽に名乗った。もう一人の少年も眠そうな表情で玖珂・冬夜と名乗る。
「初めまして、楷巽といいます。お二人も手伝っている、ということでいいんですか?」
「うん、今日は郁さんと散歩したよー」
瞳をこすりながら冬夜は言う。そして今までの様子を巽に掻い摘んで話した。
シュラインからは散歩をし、店でプリンを食べ、そして無感動なのではなくて彼女は感情の出し方を知らないだけじゃないのかと思ったこと。ぎこちないけれども、少し表情が和らぐこともあったということ。
冬夜からは彼女から見える氣はちゃんと感情があり変化も感じられたということ。
巽は得た情報を自分の持つ経験と知識とを踏まえて考えているようだった。そして武彦の方を向く。
「……とりあえず、俺もその郁さんに会ってみようと思います。彼女の家を教えてもらえますか?」
「ああ、いいけど……今から行くのか?」
「ええ、早い方がいいでしょうし」
武彦はわかった、といい近くにあった紙にさらさらと住所を書き始めた。
巽はそれを受け取って、シュラインと冬夜の方を向く。
「また経過を報告します、それでは」
「ええ、いい報告を期待しているわ」
「うん、いってらっしゃいー」
興信所から出て行く巽を見送った後、シュラインは武彦の方を向く。
「依頼人の方に知らせておいた方が良いんじゃない?」
「おーそうだな……電話するか」
シュラインの言葉に武彦はもう一度受話器を取る。
そして今から一人そっちへ向かったと簡潔に伝えて電話を置いた。
「これでいいな、二人とも明日からもよろしくな」
「ええ、最後まで付き合うわ」
「うん、人助けだもんねー」
良い方向に運ぶように。
それは誰もが思っている。
そしてそれ以後、郁は自分の感情を少しずつ表に出すようになった。
巽が何をしたのか、詳しくは聞かなかったがそれが一つのきっかけになったことは明白だ。約束の一週間がすぎて、最終日。
「あ、郁さん、今日最後なんだよねー」
「はい」
変わらず穏やかな氣。けれども一つ違うとしたらその雰囲気が外へもっと自分を出そうとしているのが感じられる。
「うん、頑張ってね」
「お兄さんも、処構わず寝るのは、危険だから気をつけてください」
郁が無表情、けれども真剣にそう言う。
冬夜はそうだね、と緩く笑って流す。
「寝ちゃったら、怪我します。寝るときは寝る準備して寝てくださいね」
「うん、そうするように頑張るよ」
苦笑するしかない。
自分が彼女に頑張ってねと言ったのに今度は自分が頑張ると言っている。
そして笑う自分につられてか、郁も少し表情を緩める。
それは笑みだ。まだ少ししか笑い方をわかっていないけれどもそれは進歩。
自分と過ごした日々が彼女に無駄でなかったと、そう思えた。
<END>
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2793/楷・巽/男性/27歳/精神科研修医】
【4680/玖珂・冬夜/男性/17歳/学生・武道家・偶に頼まれ何でも屋】
(整理番号順)
【NPC/草間・武彦/男性/30歳/草間興信所所長、探偵】
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ ライター通信 ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
今回もありがとうございました。もう題名と内容のズレに関して自己ツッコミを放棄したライター志摩です。
皆様のおかげで無事に終えることが出来ました。きっと郁もこれから感情を表に出せるようになって行くと思います。きっと興信所にもまた遊びに来るはずで。
この『アパティア』は郁との触れ合い、そして後日という形になっております。集団作成なのに個別作成のノリなので他の方のもよければ楽しんでくださいませー。息切れしながら三つメモ帳並べて書いておりました…(笑
玖珂・冬夜さま
今回も御参加ありがとうございましたー!
ゆっくりまったりとした雰囲気の中で一時過ごしていただけたと思っております。興信所に帰ったところでこてっと寝コケル、に冬夜さまの魅力を思いっきり出せたら…!と意気込んで走り抜けた気分です(なんですかそれ
それではまたお会いできれば嬉しく思います!
|
|
|