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『生きている森(迷路探究編)』
【オープニング インターネットカフェにて】
友達の影沼ヒミコちゃんがいなくなった。
あたし・瀬名雫がそのことに気づいたのは、ヒミコちゃんが失踪してから三日目のことだった。期末テストの結果が悪かったあたしは補習を受けることとなり、その間のゴーストネットOFFの管理をヒミコちゃんに任せていたんだ。
だけど、そのヒミコちゃんが日曜日にどこかに出かけたまま帰ってこない。
「まいったなあ。なにか手がかりはないかなって」
あたしはホームページの掲示板にヒミコちゃん失踪の手がかりがないかと開いた。
*
タイトル:十六夜の森 NAME:百合 2005/12/20 17:04
みなさんさん、こんにちは。
こんな噂を知ってますか。T県に山奥に十六夜の森っていう不思議な森があるってこと。なんでもその森は昔から不思議な場所につながっているっていう噂があるんですよ。
タイトル:RE:十六夜の森 NAME:マッチ 2005/12/20 18:30
ああ。知ってる知ってる。なんでも毎年何人もの登山客が遭難するって噂だよね。たくさんの捜索隊が出てるんだけど、遭難した登山客の死体はひとつも出てこないんだってよ。何か化け物にでも食べられたんじゃないの(笑)。
タイトル:RE:十六夜の森 NAME:ミハエル 2005/12/20 20:15
あたしも知ってるよ、十六夜の森。あたしの知り合いの友達がその森で遭難して、その子は運良く三日目に見つかったらしいんだけど、その間の記憶が全然ないんだってよ。
タイトル:怖っ。NAME:ミッシング 2005/12/20 21:00
なにそれ。ちょー怖い。その情報、もっと詳しくプリーズ。
タイトル:記憶喪失 NAME:ミハエル 2005/12/20 22:04
なんでもね、その知り合いの友達は家族で一緒にハイキングに来てただけなんだって。だけど、一緒に家族と歩いていたのに、気づいたら森の入口に立っていて、お父さんとかお母さんとかが泣いてたんだって。でもね、その子は全然自分が三日間行方不明になっていた自覚がないんだって。
タイトル:猿とか出てくる? NAME:環 2005/12/20 23:24
うわー、おもしろい。ほら、磁場とかなんとかで時間や空間がゆがんでるんじゃないの?
ほら、古い映画であったじゃん。宇宙飛行士が変な惑星にたどり着いたと思ったら、そこは崩壊した未来の地球だったってやつ。
タイトル: NAME:SHIZUKU 2005/12/22 10:50
みなさん、おはようございます。山は古来より異界とつながっているという伝承がありますからね。山神に魅入られて帰ってこない神隠しの話もよく聞きます。異界につながっているからなのか、それとも相対性理論みたいに時間と空間がゆがんでいるのか興味ありますね。
タイトル:誰か調べてよ。NAME:ミッシング 2005/12/20 12:20
ねえねえ、誰か調べてみてよ。過去にタイムスリップしちゃうかもよ(爆)。
*
最後の一言を見て、あたしは天を仰いだ。
「ヒミコちゃん、この一言にやられちゃったかあ」
ヒミコちゃんは昔の自分の記憶がない。そのことを負い目に感じているところがある。だから、この噂から過去の自分を取り戻せるんじゃないかと十六夜の森に出かけたんだろう。だけど、三日も帰ってこないところを見ると、やっぱりヒミコちゃんの身に何かあったとしか考えられない。
「あたしがさがしに行きたいけど、補講がなあ……」
赤点さえ取っていなければ、すぐにでもヒミコちゃんを助けに行きたいところなんだけれど、やっぱり補講をすっぽかして留年もしたくない。
友人の命と補講と人生の選択を迫られて、あたしがさんざん悩んでいると、
「あっ!」
インターネットカフェの扉が開いて、ある人物があらわれた。
「お願い。あたしの代わりにヒミコちゃんを助けて!」
あたしがいきなり抱きつくと、その人物はあっけに取られた顔をした。
【本編 十六夜の森にて】
朝陽が白い光で十六夜の森を照らしている。
臨床心理士の門屋将太郎はひとり十六夜の森に立っていた。依頼主の瀬名雫が学校の補習を受けるために無理やりひとりで参加させられたのだった。
だが、将太郎としてはひとりだとしても、影沼ヒミコをひとりで放っておくわけにはいかない。なんとしてでも十六夜の森の秘密を解き明かしてヒミコを助け出したい。
「さて、どうやってさがしたもんかねえ」
目の前には冬にもかかわらずに紺碧の森が広がっている。あたかも時が止まったかのように、木々の葉が移ろいゆくことはなく、青々とした葉が残っていた。
「本当に異界だな、ここは」
将太郎には霊感といったものはないが、それでもまわりの世界から切り離されたような十六夜の森には薄気味悪さを感じる。かつて読んだ民俗学の本には、山は異界につながっているという話があったが、実際に別世界に踏み込んだかのような錯覚を感じる。
将太郎の中の人間の獣としての本性がこの森に近づくことを拒絶する。一刻もはやくヒミコを助け出して、森を脱出したいが、もしかしたら霊感のない自分も迷って出られなくなることもあるかもしれない。
ミイラ取りがミイラにならないように、衛星通信のGPSや携帯電話、食糧などを大量に用意してきたが、果たしてそんなものが役に立つかどうかは疑問だった。
「虎穴に入らずんば虎児を得ずってか。取りあえず行ってみるか」
将太郎は思いきって森の中に入っていった。
*
森は舗装されてはなく、獣道が縦横無尽にいくつも走っている。さらに、道はささくれ立っているために前方には一本道にしか見えないのに、帰り道はいくつもの分岐点があるというかなり厄介なつくりになっていた。
「道に迷わないようにパンくずを目印に落としたのはチルチルとミチルだっけ? それとも、ヘンゼルとグレーテルだっけ?」
不安を拭うように軽口を叩きながら、将太郎は奥へと向かう。
「おーい! 影沼、いるか!」
将太郎が大声をあげても、声はむなしく森の中へと吸い込まれていく。
「まったく。薄気味悪いところだぜ、ここは」
森には生気といったものがまるで感じられない。動物や鳥の鳴き声さえ聞こえない。ビデオテープに静止画面の中に紛れ込んだかのような居心地の悪さを感じる。
「しかも、こう広くちゃ探しようがないぜ」
十六夜の森は周囲を小高い山々にかこわれて、擂り鉢のように埋没している。けれど、その広さは周囲五キロほどもあり、一日や二日見て回るだけではとてもすべての森を調べることはできなさそうだ。
一応街で十六夜の森の地図を借りてきたが、昭和四十年代に製作された地図だった。三十年以上も前の地図が果たして信用できるのだろうか。
「ほんとに俺ひとりでなんとかできるのかよ」
影沼ヒミコは何か手がかりを残していないだろうか。あの頭のいい少女のことだから、自分が行方不明になってもいいように手がかりを残していることも考えられる。
「日没までにはなんとかしたいぜ、まったくよ」
ぼやきながら将太郎はさらに奥へと進んでいった。
*
「おっ。鳥居だ」
将太郎は十六夜の森の中腹にある神社にたどり着いた。
誰かが手入れをしているのか神社はずいぶんときれいだった。朱色の鳥居は汚れひとつなく、神社の社もきれいなままだった。さながら源氏物語絵巻を修復したかのように、あざやかな色合いが残されている。
「どれどれ。何か仕掛けはねえか?」
神社の鳥居は神域と外界をつなぐための入口だ。ここから先は本格的に異界につながっているとも考えられる。あの世とこの世をつなぐ鳥居ならば、なんらか呪術的な仕掛けが施されて人々を迷わせるような力が働いているかもしれない。
将太郎は朱色の柱のまわりを見てまわったり、鳥居を押したりとあれこれと調べてみる。しかし、鳥居には文字が彫り込まれていたり、機械的な仕掛けがあったりすることはなかった。
「なんだよ。なんかあるかと思ったんだが」
将太郎はさすがに疲れて、鳥居のもたれて座り込んだ。
「こんなんで今日中に影沼を見つけて帰れるのかね」
さすがにひとりでは限界がある。せめて霊感のあるやつが仲間にいてくれさえすれば、なんらか森に漂う異変に気づいてくれたかもしれないのに。
だが、いまさらそんなことをいってもせんないことだ。自分のもてる力で影沼の居場所を突きとめなければ。
「さて、そろそろ行かなくちゃな」
将太郎が立ち上がろうと石畳に触れたとき、妙な感触がした。
「ん? なんだこれ」
足元を見ると、石畳には文字が刻まれていた。文字の様子から見ると、最近刻まれたようだ。そこには丸い女文字で、こう記されていた。
『ここは危険。この森は生きている。森を支配する強い存在がいる。あなたが霊能力を持っていないのならすぐに引き返しなさい。でないと、あなたは生きて森から出られない』
「なんだ、こいつは……」
どうやら文字から察するに、これは影沼ヒミコが書いたものだろう。
「いったいこれはどういうことだ?」
影沼ヒミコが神社までたどり着いたことはまちがいないようだ。しかし、彼女が警告文をここに書き込んだ理由がわからない。彼女はどうしてこんな文章を書き込んだんだろう。
「どうやら影沼はこの森の秘密に近づいたらしいな」
時が止まり、人々を惑わすという十六夜の森の秘密にヒミコは確実に近づいている。しかし、その彼女が出られなくなったということは、どういうことなのだろうか。
「謎の真相を確かめるために、さらに森の奥深くに向かったか、それとも、謎を知りすぎたために何者かに捕まったのか……」
どちらにしても、ヒミコが危険にさらされている事実は変わらない。
警告文では霊能力を持たない人間は危険だと訴えている。霊能力が低い将太郎はこのまま森の奥深くに入るべきか、それとも森の入口に戻って救援を呼ぶべきか迷った。
「女の子があぶねえってのに、ひとりにしておけるかよ」
将太郎は意を決すると、神社の社の裏からさらに奥へと向かった。
*
湖までたどり着いたところで、将太郎は目を剥いた。
「な、なんだ、ありゃ」
信じられない光景が目の前に飛び込んできたのだった。
湖の対岸には注連縄が巻かれた巨木が立っていたのだが、その巨木はまだ一月だというのに桜が満開に咲いていたのだった。高さ十メートル以上の桜は薄紅色の花びらを満開に咲かして、雄々しく枝を伸ばしている。
「なんてところだよ、ここは」
さすがの将太郎も信じられない光景を目の当たりにして、足元がふらついた。いままでさまざまに浮世離れしてきた事件に遭遇してきたが、こんな異様な森を目にしたのははじめてだった。
「取りあえず行ってみるか」
あの巨木には何かあるに違いない。将太郎は自分の勘を信じて対岸の巨木へと向かった。
湖に沿って対岸へと向かったのだが、湖の途中から足場がもろくなっており、将太郎は一度森の中へと戻らなければならなかった。
手許には地図もあるし、衛星通信のGPSも使っている。自分の位置は把握しているはずだ。だから、いまも対岸に向かってまっすぐ進んでいるはずだった。しかし……。
「どういうことだ、これは?」
GPSや地図を何度も確認しているはずなのに、いつの間にか森の奥深くにいる。そんなに湖から離れたつもりはないのに。おかしいと感じた将太郎はいま歩いてきた道をもう一度引き返したのだが……。
「おいおい。なんだよ、こりゃ」
いま来た道を戻ったはずなのに、見覚えのない場所にたどり着いていた。湖に戻るどころか細い木々が密集した場所に出ていた。ここがどこなのか地図にも載っていない。しかも、おかしいのはそれだけではなかった。
「一分しか経っていないだと?」
湖から現在地までさんざん歩き回り、足は棒のようだというのに、時間はまだ午前八時にもなっていなかった。森に入ったのが午前六時だから、まだ二時間も立っていないということなる。
そんなはずはない。自分は何キロも歩き回ったはずだ。とっくに昼になってもいい時間なのに、なんでなかなか時間が進まないのだ。
「ちょっと待てよ!」
異様な森の雰囲気にのみ込まれ、恐怖した将太郎は急いで駆け出した。
*
「……どういうことだ、これは」
どこをどう歩いたかわからないまま走り続けていたら、元の森の入口にたどり着いた。しかし、体の感覚ではほんの五分ほどしか走っていないはずなのに、森の入口にたどり着いたときは空には満月が浮かんでいた。
「もう七時だと?」
時計の針を見ると、午後七時を指している。ほんの少し前まで橙色の朝陽が山間から差していたはずなのに、なぜもう夜になっているのだろうか。
「なんなんだよ、こりゃ」
将太郎は自分のほおをつねった。もしかしたら今まで見ていたのはすべて夢だったのかもしれない。自分は十六夜の森の中に入ったと思い込んでいたのは、すべて夢であり、本当は森の入口で寝ていたのかもしれない。
そんなふうに思い込んでしまいたかった。けれど、汗で濡れたシャツは本物だし、手についた砂も本物だった。
「やはり影沼のメッセージのように森を支配するなにかがいるってことなのか」
湖から見た巨木が何か重要な鍵を握っているような気がする。あの巨木にたどり着けば、ヒミコが失踪した理由も見つかるかもしれない。
だが、今の自分ではとてもヒミコを見つけることはできないだろう。
「もう一度出直すしかないな」
将太郎は大きく息を吐くと、渋々街の方へと向かっていった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
参加していただいたPCのみなさま
1522/門屋将太郎/男性/28歳/臨床心理士
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■ ライター通信 ■
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この度はご参加ありがとうございました。
本ゲーム『生きている森(迷路探究編)』は人数と能力の関係からこのような結果となりました。次回『生きている森(真相解明編)』をお届けしますが、こちらも能力と人数から失敗する確率がかなり高くなりますのでお気を付けください。
では、今後も引き続きよろしくお願い申し上げます。
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