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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


魅惑の病人看病 【 約束の風邪 】



◇■◇■◇


 「武彦ちゃん、おっはよぉ〜!!」
 興信所の扉が盛大な音を立てて開き、外から一人の少女が颯爽と中に入って来た。
 草間 武彦は、その少女を見るなり思わず頭を抱え込んだ。
 「〜〜〜〜片桐・・・今日は何だ・・・??」
 例の如く少女の体をまじまじと見詰める。
 この、一見すると人畜無害な外見年齢小学生程度の少女―――片桐 もなは、いたって人畜有害であり、銃刀法を無視しまくったその出で立ちは、もはや居るだけで迷惑の域に達している。
 どうやら、今日は何も装備していないようだ。
 以前興信所に、何処と戦争を始めるんだ?!と言う重装備で来たのを、武彦がキツク言っておいたからかも知れない。
 ・・・・恐らく、もなに限ってそんな事はないと思うが・・・・。
 「あのね、冬弥ちゃんが、風邪ひいちゃったの。凄い熱でね、39度くらいあるの〜!」
 「は・・・?梶原が・・・?大丈夫なのか?」
 武彦は頭の中に浮かんだ顔をマジマジと見詰めた。
 かなりの美形で、もなの保護者で、結構な常識人―――武彦との面識はあまりない。
 もなの付き添いでココに来たのを数度見かけたくらいだ。
 意味不明、暴走しまくりのもなに、切れ味鋭い突っ込みを入れていたのが最も印象的だったが・・・・・。
 「それでね、今日はみんなお出かけだから、あたしが冬弥ちゃんの面倒を見なくちゃならなくって・・・」
 「ちょっと待て。梶原の面倒を見なくちゃならない片桐が、どうしてここにいる?」
 何だかとっても嫌な予感がする・・・・・・。
 そもそも、もなに病人の看病など出来るのだろうか?
 「とりあえずね、パジャマを着替えさせて、ご飯を食べさせて、薬を飲ませて、額に濡れタオルかなんか置いて、安静に寝かしつけて・・・おいてくださいねって。」
 「おい!それは、片桐がココに来る前にやって来た事じゃなく“やれ”って言われた事じゃないか!?」
 「そうだけど?」
 キョトリとした顔で小首を傾げるもな。
 ―――酷く疲れるのは言うまでもない。
 「パジャマはあたし一人じゃ無理だし、ご飯は食材ないし、薬もないし、出来る事と言ったら濡れタオルと寝かせる事くらいかな?って思って・・・」
 ・・・その言葉の先が聞きたくないのは何故だろうか?
 「タオルが見つからなかったから、氷をビニール袋に入れて・・・そしたら、こぼしちゃって〜。」
 「・・・何処で?」
 「冬弥ちゃんの上☆」
 サァァっと、音を立てて武彦の顔色が悪くなる。
 「ば・・・馬鹿っ!!!」
 「だからね、着替えさせてあげないと駄目なの〜。だから武彦ちゃんを呼びに来たんだぁ。」
 ・・・行かなければ、最悪の場合―――
 そして蘇る、去年の2月の記憶。
 バレンタインだよ〜と言いながら持って来られた、摩訶不思議な茶色い物体。
 もしもあれを病気の時に食べろと言われたならば・・・・!!!!!
 「解った・・・協力しよう。まず、梶原の安否確認が先だな。それから、買い物に行くか。」
 「わぁい!安否確認、安否確認っ!」
 ・・・そんなに軽く言う事ではない。
 「誰か見つけたら拾って行くか。」
 武彦一人では、冬弥の世話どころか、もなの世話すらも出来るかどうか・・・・・。


◆□◆□◆


 帰宅途中、突然背後から明るい少女の声が神崎 美桜を呼んだ。
 「あ!美桜ちゃんだぁっ!!」
 以前も聞いた事のある、少々子供っぽい可愛らしいソプラノの声―――
 振り返ると、そこには血相を変えた武彦ともなの姿があった。
 武彦に抱えられながら、キャッキャとはしゃぐ少女をマジマジと見詰める・・・。
 以前行った京都大阪の旅行が蘇って来そうになるが・・・それよりも美桜は武彦の慌てようの方が気になっていた。
 どこか切羽詰ったような表情の武彦を見詰める。
 「どうかしたんですか?」
 柔らかい口調で言う美桜に武彦が畳み掛けるように言葉を紡ぐ。
 「どうしたもこうしたも、梶原が・・・・!!」
 「あのねぇ、美桜ちゃん。冬弥ちゃんって子がいてね、ある日突然風邪をひいてしまいました〜。そしたら、日頃の行いが悪くて、神様が天から水を降らせてね、ちょっとびしょびしょ?それで、息も絶え絶え?危険な状況?」
 いたって呑気な語りから始まった物語は、意外な結末で終わっていた。
 「片桐・・・日頃の行いが悪いのはどっちだ!」
 武彦が肩をワナワナさせながらそう言い―――
 「えっと、つまり・・・?」
 「病人が居るんだ!」
 「冬弥ちゃんが病気なの〜!」
 武彦ともなの声が見事に合わさる。
 「病人・・・ですか?」
 「風邪をひいた・・・梶原 冬弥(かじわら・とうや)って名前なんだけどな、そいつの上に片桐がどうやら水をこぼしたらしく・・・」
 どう言う状況でそんな悲惨な出来事が起きたのか、美桜は非常に気になったが、今はそんな事よりも“梶原 冬弥”さんの病状の方が心配だ。
 「そんで、そのままほっぽって来たっつーわけで―――」
 「今から安否確認しに行くところなのっ!」
 どうやら酷く深刻な状況のようだ。
 それを聞いて、美桜は思った―――もしかしたら、自分の能力が役に立つかもしれない・・・と。
 「だからね、安否確認、美桜ちゃんもどう?」
 まるでカラオケに誘うかのようにいたって軽い調子でもながそう言い、武彦が隣でズルリとこける。
 「私で・・・力になれる事があるなら・・・」
 「うん!それじゃぁ行こう!」
 もながニコニコと微笑みながら手を取り、満面の笑みで美桜を見上げる。
 そして・・・・・・
 「それで、なにして遊ぼっかぁ?」
 ―――武彦が盛大にっずっこけた後で、声を大にして怒鳴った。

 「遊びに行くんじゃなくて、梶原の看病をしに行くんだっ!!!」


□◆□◆□


 夢と現実、現実と夢、そして・・・現実と現実が交錯する館、夢幻館。
 対の概念が混在し、対立する事無く混じり合う不思議な館からは、言いようのない雰囲気が立ち込めている。
 けれどそれは決して不快なものではなくて―――本当に、不思議としか言いようのない雰囲気だった。
 ここに来るまでに拾ってきた者、自主的に夢幻館に集まって来た者、武彦ともなも合わせて総勢10名の人々が心配そうにホールで顔を付き合わせていた。
 順に、シュライン エマにシオン レ ハイ、菊坂 静(きっさか・しずか)に浅葱 漣(あさぎ・れん)、綾和泉 汐耶(あやいずみ・せきや)に火宮 翔子(ひのみや・しょうこ)、そして桐生 暁(きりゅう・あき)だ。
 「それじゃぁ、これから冬弥ちゃんのお部屋にご案内しまぁ〜す☆」
 と言う、いたって気の抜けるようなバスガイド調の台詞を引き提げて、もなが階上へと繋がる豪華な階段を上って行く。
 トントンと軽い靴音を響かせながらその後に続き―――その先に伸びる、長い廊下。
 左右にはまったく同じ扉が続いており、それは一種の恐怖を含んでいた。
 微塵の違いもない、本当に“まったく同じ”扉。
 けれどその1つ1つから漂う雰囲気は同じではない。
 ある扉からは優しい穏やかな雰囲気を、ある扉からは甘く切ない雰囲気を、ある扉からは心が痛くなるほどに禍々しい雰囲気を感じた。
 先頭を切るもなは扉に気を取られた様子はなく、その後に続く静、漣、翔子、暁も微塵も気に留めた様子はない。
 恐らく以前も来た事があるのだろうと、美桜は思った。
 美桜を含め、シュライン、シオン、汐耶は落ち着かない様子で扉を見詰めており・・・ピタリともなが1つの扉の前で足を止めた。
 「ここが冬弥ちゃんのお部屋でぇ〜す☆」
 そう言って扉に手をかけようとするのを武彦が制し、グルリと一同を見渡した。
 「良いか、今からどんな事があっても驚くなよ?そして、もしもの場合は救急車か警察に連絡だ。」
 ・・・後者の場合、もなが確実に連れて行かれる。
 美桜は、速くなる心臓を何とか押さえるように、ギュっと胸の前で手を握った。
 初めて会う人なので、少し緊張しているのだ。
 それでも、草間さんのお友達・・・一生懸命、頑張ろう。自分に出来る最大を尽くそう。
 武彦がゆっくりと扉を開け―――開いた扉の先、床に倒れこむ人物・・・。
 「こんなに悪いのか・・・?」
 漣が呆然と言った様子で言葉を紡ぎ、翔子が口元に手を当てる。
 「か・・・梶原・・・!?」
 武彦が慌てて駆け寄り、上半身を起し・・・
 「う・・・く・・・さま・・・??」
 「えぇっと・・・救急車ですか!?消防ですか・・・!?」
 オロオロと、混乱したシオンがそう呟き、その場でグルグルと回る。
 「落ち着いて、シオンさん。消防じゃないわ。」
 シュラインが冷静に突っ込みを入れ、汐耶が救急車を呼んだ方が良いと、これまた冷静に判断する。
 その言葉を受けて暁がズボンのポケットから携帯を取り出して―――もなが、すっとその手を取った。
 にっこりと微笑んで、一言。
 「大丈夫なの。」
 とだけ言うと、携帯をズボンのポケットにねじ込んだ。
 「大丈夫なのって言っても・・・もなさん、冬弥さんは・・・」
 静の言葉に、力なく首を振った後で、もなが親指を突き出した。
 「男の子だし、冬弥ちゃんは不死身だから大丈夫☆」
 ・・・何を根拠にそう言っているのかは解らないが、そもそも男の子だからを病気の時に理由にしてはいけない。
 そんなの男女差別だ。
 「とにかくね、大丈夫だったら大丈夫なの!」
 頑として救急車を呼ぶ事に反対のもな。
 「・・・とりあえず、ベッドに寝かせた方が良いな。」
 武彦の言葉にシオンが動き、2人がかりで冬弥の身体をベッドに運ぶ。
 「あの・・・」
 その際、何か気づいたシオンが恐る恐る武彦の顔を伺い、冬弥の胸元を指差した。
 「酷く濡れて―――」
 「片桐が水をこぼしたそうだ。」
 武彦のそんな素っ気無い言葉に、シオンが真っ青になり、どうしてそんな状況が起きたのかと武彦に問いただす。
 ・・・問いただす相手を間違えているのは言うまでもなく、武彦だってどうしてそんな状況が起こったのか詳しく教えてほしいくらいだった。
 「それなら着替えが必要ね。」
 「もなちゃん、パジャマとかタオルって・・・」
 「どこにあるんだろうねぇ〜?あたし、この館の事良くわかんなくって〜。」
 暁の問いかけに、あっさりそう返すと、困ったように小首を傾げる。
 ―――そうしたいのはこっちの方だ・・・!
 「と・・・とりあえず、探さなくちゃね。」
 気を取り直すかのようにシュラインが仕切りなおしをして、暁、静、漣、汐耶とともに捜索隊を結成して部屋を後にする。
 部屋に残ったのは武彦、シオン、翔子、美桜と・・・もなと冬弥だ。
 もなが部屋の中をパタパタと走ってシオンに飛びつき、翔子に大人しくしていなさいと叱られる。
 武彦が外で一服してくると言って部屋を後にし―――
 美桜は冬弥の傍に立った。
 熱のために火照った顔、汗でしっとりと濡れた前髪・・・先ほどはわからなかったが、よく見てみれば冬弥は酷く整った顔立ちをしていた。
 「あの・・・梶原さん・・・。」
 「誰・・・?」
 美桜の言葉に冬弥が反応して、虚ろな瞳を向ける。
 「えっと、神崎 美桜って言います。その・・・何か食べられますか?」
 「あー・・・重くないものなら食える・・・結構腹減ったかも・・・。」
 「お粥とか・・・」
 「あぁ。さんきゅ。」
 これだけの会話でも酷く体力を消耗したらしく、熱い息を苦しげに出すと、そっと瞳を閉じた。
 パタパタと部屋の中ではしゃぐもなに声をかけ、その場を翔子とシオンに任せると、2人は部屋を後にした。
 先ほど通った廊下を歩き、階段を下り、玄関の前を通り、ホールへと足を踏み入れる。
 「こっちがキッチンなの!」
 ホールの奥へ入ると、そこは綺麗なキッチンだった。
 広く使い勝手の良いキッチンはピカピカに磨き上げられており、ここを使う人・・・恐らく、支配人である奏都がいかに綺麗に使っているのかを物語っていた。
 一服をし終わったらしい武彦がキッチンに入って来て、美桜はパタパタとホールに向かうと壁際に置いてあった小さなテーブルの上のメモ用紙をピっと1枚切り、そこになにかを書きつけた。
 「あの、お2人でお買い物に行って来てもらいたいのですが・・・」
 美桜の控えめな頼みを2人は快く了承し、メモを受け取った。
 「草間さん・・・梶原さんのお食事、卵雑炊か七草粥にしようと思うんですけれど・・・」
 「卵雑炊のが良いかもな。食べやすさっつー面で。」
 「冬弥ちゃん、卵好きだよ☆」
 「それなら、七草粥の材料はなしにして、卵雑炊の材料と・・・あと、お薬も買って来てください。」
 「あぁ。それと、この・・・白菜とか肉とか、ネギとかはなんだ?」
 「皆さんの為にお鍋の材料をと思ったんですけれど・・・」
 美桜の言葉に、武彦がはたと動きを止め、もなに視線を注ぐ。
 「そう言えば、沖坂さんが帰ってくるのはいつだ?」
 「んっと、明日の朝ぁ?」
 語尾にクエスチョンマークを付けられても、こちらが質問しているわけであって、質問し返されてもどうにも答える事が出来ない。
 「・・・泊まりか・・・?」
 「お部屋ならいっぱいあるから大丈夫☆」
 「皆さんにも訊いておきますね。」
 苦笑しながらそう言い、もなと武彦を送り出すと少し大きめのボウルに水を張り、戸棚の中から真新しいタオルを取り出すとその中に浸した。
 それを持って階段を上がり、扉を軽くノックすると中から汐耶が開けてくれた。
 サイドテーブルの上にボウルを置き、タオルをきつく絞った後で冬弥の額に乗せる。
 「もなちゃんと武彦さんは?」
 「お買い物に・・・あの、他の皆さんは・・・?」
 部屋にはシュラインと汐耶、そして翔子しかおらず、後の面々の姿は見えない。
 「ちょっとね、探してきてもらいたいものがあって・・・」
 「ありましたよ・・・!」
 そんな声とともに扉が開けられ、シオンが何かを重たそうに持ってやって来る。
 それを部屋の隅に置き、コンセントを差し込んで―――加湿器だ。
 空気が乾燥していたら元も子もない。
 「空調も、ちょこっと上げてきたから。」
 暁がそう言い、汐耶が短いお礼を言う。
 夢幻館の温度は一定に保たれており、何処に居ても寒さを感じる事はなかったのだが・・・病人が居る部屋にしてみれば少々寒すぎた。
 天井付近から、ゴゥっと言う小さな音と共に暖かい空気が部屋を駆け巡る。
 シオンが気を利かせて丸椅子を美桜の元に運んで来てくれた。
 それにゆっくりと腰を下ろすと、投げ出された冬弥の右手を両手で掴んだ。
 熱い・・・熱が高いのだろう。
 苦しそうに肩で息をする冬弥を見詰めながら、体力を少しでも回復させる為に・・・美桜は治癒能力を使った。
 少しでも、その苦しみを取り除いてあげる事が出来たなら・・・少しでも、楽になれば・・・。
 もなと武彦が食材を買って帰ってきて、冬弥の部屋を訪れるまで、美桜はずっと冬弥の手を握り締めていた―――。


■◇■◇■


 武彦ともなが買ってきた食材を並べ、一番最初に卵雑炊を作る。
 その際、もながお手伝いを申し出て―――
 武彦が酷く青い顔で「片桐に料理だけはさせるな」と言っていたのを美桜はきちんと聞いており、もなにはリンゴを擂ってほしいとお願いをして、リンゴと擂り器を手渡した。
 その間に手早く卵雑炊を完成させ、擂り終わったリンゴをお皿にあけ、お盆に乗せ、もなに卵雑炊の味見をお願いする。
 「んー・・・美味しーっ!!!」
 美桜ちゃん、天才?!と、褒めちぎるもなに照れ笑いを浮かべながら、そんな事ないですよと言って雑炊をお盆に乗せる。
 少々お盆が重くなってしまったが・・・あたしが運ぼうかと言うもなの申し出を丁重に断ると、美桜ともなは冬弥の部屋へと向かった。
 両手が塞がっている美桜の代わりにもなが扉を開け、中に入り、サイドテーブルの上に乗っていたボウルを少しずらしてお盆を置く。
 「卵雑炊を作ってきたのですが・・・」
 「う・・・あ・・・りがと・・・」
 辛そうにそう言って起き上がろうとする冬弥を手伝い、布団の上にお盆を乗せる。
 美桜が食べられますか?と聞くと、冬弥が微かに頷き・・・しかし、中々冬弥は食べ始めようとしなかった。
 武彦達に買って来て貰った薬は、食後服用と書いてあるし・・・それをなしにしても、何か口に入れた方が良い。
 擂りリンゴの方が食べやすいだろうかと、考え込む美桜の脇から暁が手を伸ばし、スプーンを取るとグイっと冬弥の口元に持って行った。
 「折角作ってくれたのに、冷めたら勿体無いっしょ?」
 口を閉ざしていた冬弥が、その言葉に微かに唇を開け―――その中に、スプーンを入れる。
 殆ど噛まずにコクンと飲み込み、暁が美味しかった?と聞くと微かに美桜に向かって微笑んだ。
 「あぁ、美味いな。」
 「有難う御座います・・・えっと、でも、無理して食べないで良いですからね・・・?」
 残しても大丈夫だと言う美桜の脇から、もなが出てきて冬弥の布団をタシタシと叩いた。
 「美味しいんだから、残しちゃ駄目よ〜?」
 「いえ、無理は・・・」
 「無理してるんじゃないなら、良いんだろ?」
 掠れた低い声でそう言うと、重たい手を持ち上げ、美桜の頭を優しく撫ぜた。
 その様子をニヤニヤともなが見詰め・・・突然、あーっ!と声を上げた。
 何が起きたのだろうかと、心配そうに一同が見詰める中で、もなが美桜の服の裾を握る。
 「美桜ちゃん!大変大変!!」
 「どうしましたか?」
 「・・・お腹すいたっ!!」
 ―――どこが大変なんだと突っ込みたいが、もなにとっては大変な事らしい。
 それならお鍋を作りましょうかと美桜が言うと、シュラインと翔子がお手伝いを申し出る。
 それを丁重に受けると、その場を暁達に任せて部屋を後にし、先ほど買って来て貰った食材をキッチンの中央にあるテーブルの上に広げる。
 「お野菜が多いのね。」
 「えぇ、明日、おじやが作れるかなと思って・・・。」
 「そうね・・・冬弥さん、明日に治っているとは限らないし。」
 良くなってはいるだろうけれどと、翔子が付け加える。
 「あ・・・そう言えば、本日は皆さんどうされますか?」
 奏都が朝まで帰って来ないと言う事を告げると、既に武彦から聞いて知っているとの答えがあった。
 「皆泊まって行くって言ってたわ。」
 なにせこの館にもなと冬弥を2人で残しておくのは非常に危険だ。
 折角治りかけていると言うのに・・・もなならば、最初よりも更に酷く悪化させる可能性がある。
 そんな危険な状況下に冬弥をおいておくわけにも行かず―――
 「まぁ、部屋は沢山あるって言っていたし・・・」
 「部屋で眠れるかどうかは置いておいてね。」
 苦笑交じりに翔子がそう呟き、シュラインと美桜も思わずその言葉に首を縦に振っていた。
 むしろ仮眠程度しか出来ないのではないかと言うシュラインの言葉に、それがやけにリアルで・・・翔子が溜息をつき、相手はもなちゃんだからねと頭を抱えながら呟く。
 それがなんだかおかしくて・・・
 鍋を作る間中、楽しいおしゃべりは尽きる事がなかった・・・・・。


◇■◇■◇


 鍋に蓋をして、食器を全て洗い、冬弥の部屋につく順番を決めた後で、美桜はホールの奥にある小部屋で寛いでいた。
 小部屋の中央には大きなテレビが置いてあり、一晩中誰かが何かしらの番組を見ていた。
 夜ご飯を食べた後で、シオンと静に遊んでもらっていたもながしばらくしてから眠ってしまい、ホールのソファーの上に運ぶ。
 柔らかく毛布かけ、無邪気な寝顔をしばし見詰めた後で、パチンと電気を消した。
 美桜の番が回ってきて、冬弥の元をそっと訪れた時、冬弥は起きていたらしく美桜を見るとほんの少し不思議そうな顔をした。
 「そう言えば、名前・・・」
 ちゃんと自己紹介したのだが・・・どうやら冬弥には聞こえていなかったようだ。
 その時は熱も高かったし、瞳も虚ろだったため、仕方がないと言えば仕方がないが・・・
 「神崎 美桜と申します。」
 「そっか。草間経由で来てくれたのか?」
 「帰り道で草間さんにお会いして・・・」
 「悪いな、わざわざ。」
 「いいえ・・・私に出来る事があれば、力になりたいと思いまして・・・」
 「力にか・・・。・・・雑炊、美味しかったぜ?」
 「有難う御座います。」
 「まぁ・・・とりあえず、あんま俺に近づくな。あと、俺はもう大丈夫だから、空いてる部屋使って、もう休め。」
 「えっと・・・」
 それは邪魔だと言われているのだろうか?
 確かに、今日知り合ったばかりの人に寝る時まで一緒に居られては迷惑かもしれないけれども・・・。
 「あー・・・そうじゃない。そうじゃなく・・・」
 美桜の困惑した表情から心を読み取った冬弥が、どう言ったら良いものかと頭を抱えながら思案する。
 空中を数度視線が行ったり来たりして―――
 「うつったら、ヤだろ?風邪。」
 「大丈夫ですよ・・・」
 「いや、うつったら悪いから。」
 その言葉に、美桜は小さく微笑んだ。
 自分が辛い時でも、人の事を思える人なのだろうと、心の中でそっと思い・・・・・。
 「優しいですね。」
 「おい、この状況から考えて、どう見ても俺よりも美桜のが優しいじゃねーか。」
 「そうですか?」
 「・・・あんなぁ、今日知り合ったばっかのヤツの面倒、夜を徹してまで見る人間なんて早々いねーぞ?」
 冬弥はそう言うと、困ったように前髪を散らし、すっと、真っ直ぐ美桜の瞳を見詰めた。
 「もしこれで風邪ひいたら、看病してやるよ。美桜が俺にしたのと同じように。」
 そうでなければ気持ちがおさまらないと言い・・・美桜は思わず小さく声を上げて笑ってしまった。
 冬弥がそれになにか反論しようと口を開け―――咳き込んだ。
 心配そうに手を差し伸べる美桜に、心配ないと手を振り、大きく深呼吸をした後で小さく微笑む。
 「風邪・・・ひくなよ。」
 「ひきませんよ・・・。」
 すぅっと、まるで引き込まれるかのように冬弥が瞳を閉じ・・・美桜はそれを確認すると、静かに部屋を後にした。


 朝、よく眠れなかった事もあって、美桜は随分早くに目を覚ますと、キッチンに立った。
 ホールでは未だにぐっすりともなが眠っており、ソファーの下に落ちていた毛布をかけなおす。
 昨日の残りのお鍋でおじやを作り、作っている最中にシュライン、静、漣、汐耶、翔子が起き出して、朝食の準備をし始める。
 やや経ってから暁が起きて来て、シュラインに言われてシオンともなを起す。
 「うにゃぁん・・・おはろーござーましゅぅ〜?」
 完全に寝惚けている感じのもながノロノロと起き上がり、覚束ない足取りでフラフラとキッチンに入り、紅茶の準備をしようとポットを取り出す。
 あまりに危なっかしいその様子に、漣が手を出し・・・・・
 美桜はそこまで見ると、おじやを持って冬弥の部屋へと向かった。
 部屋の前で、ノックをするか否かをしばらく迷い、遠慮がちに小さくノックをしたところ、扉の向こうから返事があった。
 キィっと小さく扉を開け、中に入り込む。
 すっかり顔色の良くなった冬弥がベッドの上に起きており、その手にはなにやら小難しい本が握られていた。
 「熱は・・・」
 「さっき計ったら、微熱程度だ。」
 「おじやを作ったんですけれど、食べられそうですか?」
 「あぁ。」
 冬弥が軽く頷き、今度は自分の力でおじやを食べると、美桜に礼を言ってからベッドに横になった。
 微熱になったとは言え、まだダルさは抜けきっていないのだろう。
 その右手を取ると、昨日とまったく同じように治癒能力で体力回復を試みる。
 「さんきゅ、なんか・・・大分よくなった。」
 「良かったです。」
 ほっとした笑顔を浮かべた美桜の顔をまじまじと見た後で、冬弥がポツリと呟いた。
 「やっぱ、優しいよな・・・・・・。」


―−―−― 後日 ―−―−―


 冬弥のその後の様子が心配になった美桜は、興信所へと足を向けていた。
 あの後、具合が良くなっていれば良いが・・・・・。
 ゆっくりと扉を開けると、中から小さなものが飛び出して来て
 「こぉら片桐っ!!誰彼構わず飛びつくなって、あれほど・・・・」
 「えへへ☆美桜ちゃん、久しぶりぃ〜♪」
 「なんだ・・・神崎か・・・。」
 依頼人でなくてほっとしたのか、武彦はそう言うと、胸を撫ぜ下ろして椅子に座った。
 今日は何があった?と訊かれ、梶原さんのその後の様子が気になって・・・と語尾を濁した。
 「冬弥ちゃんはね、結構順調に回復してるよ☆」
 「・・・そうですか・・・良かったです。」
 「んっとね、美桜ちゃんの事、優しい良い子って言ってたよぉ〜!」
 「そんな・・・」
 「えぇっと、それから・・・“約束”ってなぁに?」
 キョトンと小首を傾げるもなを見詰めながら、美桜の脳裏にあの日冬弥が言った言葉が蘇ってきた。

 『もしこれで風邪ひいたら、看病してやるよ。美桜が俺にしたのと同じように。』

 ・・・風邪、ひかないように気をつけないといけませんね。
 もしも美桜が風邪をひいてしまって、冬弥にうつしてしまったならば・・・また振り出しに戻ってしまうから・・・・。
 今日帰ったらすぐに、うがいと手洗いをして、温かい蜂蜜レモンでも作ろうかと、ゆっくりと思い描いた―――。



           ≪END≫

 

 ◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


  0413/神崎 美桜/女性/17歳/高校生


  0086/シュライン エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

  3356/シオン レ ハイ/男性/42歳/びんぼーにん+高校生?+α

  5566/菊坂 静/男性/15歳/高校生、「気狂い屋」

  5658/浅葱 漣/男性/17歳/高校生/守護術師

  1449/綾和泉 汐耶/女性/23歳/都立図書館司書

  3974/火宮 翔子/女性/23歳/ハンター

  4782/桐生 暁/男性/17歳/学生アルバイト・トランスメンバー・劇団員


  NPC/梶原 冬弥/男性/19歳/夢の世界の案内人兼ボディーガード
  NPC/片桐 もな/女性/16歳/現実世界の案内人兼ガンナー

 
 ◆☆◆☆◆☆  ライター通信  ☆◆☆◆☆◆


 この度は『魅惑の病人看病』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
 今回は個別作成になっておりますが・・・・・・。
 説明ベタなのに、難しい納品形態をしてしまい、どう言ったら良いものかと困っております・・・。
 お話自体はプレイングにそって完全に個別で描かせていただきました。
 つまり、8通りの『魅惑の病人看病』のお話があります。
 もしお時間がありましたら他の方のノベルもお読みくださればと思います。

 副題に“感謝の”とついていた場合はスタンダードな終わり方です。
 “無邪気な”とついていた場合は、もな終わりになっております。
 “約束の”とついていた場合は、冬弥終わりになっております。


 神埼 美桜様

 再びのご参加まことに有難う御座います。
 さて、如何でしたでしょうか?
 今回は冬弥終わりと言う事で、ほんの少し甘めのシーンを含んでおります。
 ふわりと柔らかく可愛らしい美桜様を描けていればと思います。


  それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。