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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


like a miraculously


「いい所に来たな」
 入るなりにそう言われて篠宮夜宵は挨拶もそこそこに首を傾げる。
 知人からケーキを貰ったのだが、冷蔵庫には既にブッシュドノエルが冷やされていたので、余らせるよりもと思い立ちブッシュドノエルを持って来たのだった。
「今日何か予定は入っているか?」
 時期が時期だけにそう尋ねる草間に、夜宵は残念ながら何もと答える。
「そうか! 助かった、さすがに今日ばっかりは人手が足りなくてな。一応1人は呼んであるから悪いが一緒に頼まれてくれないか?」
 この通りだと頭を下げられれば、どうして突っぱねることが出来るだろう。
 夜宵は、
「たまにはそんなクリスマスイブの過ごし方もいいかもしれませんわね」
と、了承した。
 今年のクリスマスは週末と重なって3連休になっているせいか誰もつかまらなくて困っていたのだとぼやく草間が夜宵に依頼の内容を説明し終わったちょうどその時だった。
 古ぼけた雑居ビルの扉がきしんだ音を立てながら開かれる。
 そして、尋ねてきた人物を見た瞬間、夜宵は偶然居合わせてしまったことを少し後悔した。


■■■■■


 開いたドアの向こうには例年にない厳冬で身体を突き刺すようなビル風に濃い色のコートをなびかせ見知った男が立っていた。
 男は無言のまま中に入って来たが、その顔はお世辞にも上機嫌とは言い難い表情をしている。
「よぉ、遅かったな」
 自分のデスクに戻った草間は銜えタバコのまま唇を吊り上げるようにして笑みを浮かべて軽く手を上げた。
 いつも乱雑な興信所の一部に、部屋にそぐわないこの時期にはつきもののもみの木のミニチュアが飾ってある。
 男は、ふんと軽く鼻であしらう様にそれと草間を一瞥した。
「『お前なら予定はないだろう』なんて呼びつけられてご機嫌で居られるほど生憎と人がよくはないんでな」
 無神論者と言った方が絶対に似合うような男なのだ、だからクリスマスイブだからという理由の予定はないだろうと言った草間の気持ちはよく判る。
 まぁ、男の勤務先である予備校はこれからが正に正念場になるのだからそれど頃ではないと言うのも予定がない理由のひとつかもしれないが。
 それでも人に言われるのは面白くないらしい。
「やけに『ご機嫌』でいらっしゃるんですね」
 そのやり取りの一部始終を見ていた夜宵がそう言うと、応接用のソファに深く腰掛けると今立っている位置からは丁度死角になるようで、上総辰巳は夜宵の声を聞いてようやくその場に自分と草間以外の人間が居ることに気付いたらしい。
 少し棘のある口調になってしまった自覚はあったが、目が合った瞬間に何を言われたわけでもないし相変わらず鉄面皮に近いような顔だったにもかかわらず、なんとなく笑われたような気がしたのは気のせいだろうか。
「とにかく、人手が足りないんだ。助けると思って――ほら」
 上総と夜宵の間に流れる空気には全く気付かないらしく、草間は上総になにやら袋を放り投げた。
 思わず条件反射で受け取った上総は中味を確認して眉を顰めた。
 この季節にこの真っ赤な衣装と言えば答えは1つしかない。
「孤児院や老人ホームへの慰問ならやっぱりサンタの扮装をするのは男の方がいいだろう。まぁ、飲み屋だったら女の方がいい―――」
 草間がみなまで言う前に、上総の銃が草間の爪先ぎりぎりに放たれた。
 あからさまな威嚇射撃の後を残しそのまま立ち去ろうとした上総に、
「待ってください」
と、夜宵は声をかけた。
 そう言って夜宵はソファを立ち上がる。
「こんな無愛想なサンタクロースが来たんじゃ子供達の夢を壊すだけ。それなら私がサンタクロースに扮した方がいいと思いませんか?」
 夜宵の言葉に、草間はあっさりと納得する。
「じゃあ、これが施設の名前と地図だ。プレゼントはそれぞれ慰問先のほうで用意してあるそうだから」
 草間からリストを受け取り、簡単に内容の説明を受けた夜宵は、呼び止めた上総に向かって、
「荷物持ちくらいなら出来るでしょう」
と同行を促した。


■■■■■


 正直な所、普段の上総の性格から考えると嫌々ながらとは言え同行したのは奇跡に近い。
 それもこれも、興味が湧いたからだ。
 それは間違ってもサンタの扮装での福祉施設の慰問などという仕事に対してではなく、臆することもなく上総を呼び止めてあまつさえ同行させた夜宵に対しての興味だ。
 先日やはり依頼で一緒になった折にした怪我を治療された時に覚えた『篠宮夜宵』という人物に対する興味はまだ上総の中で健在であった。それが上総にとって、そしてその興味の対象である夜宵にとって幸か不幸かはまだ判らないが。
 だが、上総を知る人間がこの事を知れば、『天変地異の前触れ』と世界の終わりを告げられるのと同等の驚嘆をおぼえるは必至である。
 他人には全くといっていいほど無関心なことこの上のない上総が、たとえ少しとはいえ他人に興味を覚えたというのだ。それを驚かずに何を驚けというのだ。
 何度か一緒になった依頼で上総を知る夜宵も、本当に上総が同行するとは思っていなかったのか内心では驚いていた。
 実は夜宵もこの予想外の展開を、今日上総の姿を見た瞬間と同様に後悔の念を抱いていた。
 すると、それを知ってか知らずか、不意にそれまで黙り込んでいた上総が口を開く。

「反省はしてないのか?」

 あまりにも上総らしい尊大な口調にむっとするものの、ここで怒っては負けだと夜宵はなんともない風を気取って、
「傷の治療に関してかしら?」
としれっとした顔で返す。
「僕が怖くはないのかと聞いている」
 上総はそうじゃないと言いたげな視線を向ける。
「怖い? 可笑しなことを……仕事仲間を怖がっていたら仕事になりませんわ」
 そうは言ったものの、心持ち上総との間合いを計り、そして、上総の視線を振り切るように夜宵は、彼が居る方とは逆に顔を向けた。
 もちろん夜宵とて忘れていたわけではない。
 先日上総に『された事』を思い出せば平静で居られないのを理性で押さえ込んでいたのだ、興信所で鉢合わせて以来。
 それをはっきりと口に出して言えるほど夜宵は子供でもなかったし愚かでもない。
「上等だ」
 それがなんに対しての言葉なのか、上総はそう呟いた。
「何が可笑しいんですの?」
「別に」
 しかし、それでも夜宵は意地になったように上総と視線を合わせようとはしない。
 それが可笑しくて、上総は夜宵が自分を見ようとしないのをいい事に無言で唇に僅かな笑みを浮かべた。


■■■■■


 なんとか恙無く仕事も終わり、一旦衣装を返しに興信所に向かう道すがら夜宵は、はっきりと口では言い表せない『何か』を抱えながら浮き足立つ街中を上総と並んで歩いていた。
 なぜ、よりによってクリスマスイブに上総と歩いているのか。仕事とはいえ、因果なのか縁なのか。
 そんな風に考えながら夜宵は足は止めずに上総を見上げる。
 自分を見上げる視線に気が付いているだろうに、戸惑う夜宵とは対照的に隣を歩くイルミネーションに照らされている上総の横顔は普段と全く変わらないように見える。
 それがまた小憎らしくて、夜宵は無反応な男から目を逸らし、街のイルミネーションに視線を戻した。