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<東京怪談・PCゲームノベル>


Misty Town ---始---



 ―――そこは霧に閉ざされた町

 創られ終わっていない世界の中で、世界の終わりを目指す。

 ―――世界の終わりは ド コ ・ ・ ・ ・ ・ ?


◆ 進入 ◆


 桐生 暁は、目の前に置かれた二つ折りの携帯を取ると、パカリと開けた。
 液晶に映るのは青い空と緑色の草原・・・・・。
 小さな果物ナイフを取り、数度手の中で回転させて使い心地を確かめる。
 クルクルと手の中で回るうちに、ナイフは暁の手に馴染んできたらしく、使い心地は悪くなさそうだ。
 最も、こんな小さなナイフ程度でどうにか出来るのかは非常に心配だったが・・・・・。
 「霧が支配する町・・・ね。」
 久々の再会を果たしたマルケリア デ ルーヴ。相変わらず美しく謎めいた女性だった。
 あのゲームの中から無事に美麗を連れ戻して帰って来れたは良いが、それ以後行方不明になってしまったマルケリア、もとい、マリー。
 こんなところで再会を果たすとは思っても見なかったと言う驚きが半分、以前と変わらない真意の見えない彼女を信じても良いのかと言う疑いの気持ちが半分。
 前回は味方だったかも知れない。けれど、今回も味方であると言う保証はどこにもない。
 暁は俯いて、ぐちゃぐちゃに絡まる頭の中を整理しようと深呼吸をした。
 まず、どうしてこんな所に来てしまったのか。
 普段通り、家に居て・・・そう、キィっと、甲高い蝶番の音が聞こえたのだ。
 扉が開く時特有のソレに顔を上げ―――目の前が数度光った後に、気づけばこの世界に降り立っていた。
 そして、教会で遭遇した少女。
 ・・・漆黒の髪と緑がかった金色の瞳を有した―――。
 はたと暁の脳裏にある記憶が蘇ってきた。
 それは数日前、夢幻館を訪れた時のもので・・・
 奏都と一緒に夢幻図書館なるもので、本を探した。
 その中にあった“霧の街”と言う本。
 と言う事は先ほど教会にいた少女が“リラ・シェイラ”なのだろうか?
 まだ・・・確信はもてないけれども、幾つかある選択肢の中の1つとしては考慮しておいた方が良さそうだ。
 つまるところが、麗夜の力が弱まってしまったために現実の扉が開閉してしまったのだ。
 「つー事は、飛ばされてきたのって俺だけじゃないよな?」
 マリーもそうだし、もしかしたら他の人もいるかも知れない。
 とは言え基本的に協調性の無い暁だ。自ら進んで他の仲間と共に行動・・・と言う事はあまり好まない。
 初対面なら尚更だが、マリーの言っていた言葉も気にかかる。
 「仲間・・・か。・・・ま、命の危険に関わるなら協力すっけどね。」
 流石に、人を見殺しにする事は好まない。
 目の前で人の命が奪われる瞬間の、あの切なさと苦しさを・・・知っているから・・・。
 しかし、今現在周囲に人が居る気配は無い。
 勿論、この霧のせいで感覚が鈍ってしまっていると言うのもあるだろうが・・・それにしても、濃い霧だ。
 ここはどこかの駐車場だろうが、その先にあるであろう店が見えない。
 「・・・ここに居ても仕方ないよな・・・。」
 この先何が起こるか解らない。この場でじっとしていれば麗夜が助けに来てくれるなんて、思わない。
 自分の身は自分で。
 暁は目の前に置いてあるパンと水を掴むと、そっと移動を始めた。
 ベッタリと身体に絡み付いてくる霧。一寸先はすでに霧の向こう側になってしまい、見えない・・・。
 周囲に気を配り警戒はしているものの、どうしてだろう、いつもよりも随分と感覚が鈍ってしまっている気がする。
 この霧のせいか?
 その質問に答えられるものは誰も居ないけれども―――。
 しばらく霧と格闘して、目の前に聳えるスーパーの全貌が明らかになったのは大分近づいてからだった。
 半分閉まったシャッターの隙間から覗く中は薄暗い。
 ・・・それにしても寒い・・・。
 風が吹いているわけではないが、どこからかヒンヤリとした空気が漂ってくる。
 暁は周囲に気を配りながらも、とりあえずスーパーの外壁に沿って一周回ってみた。
 かなり広いスーパーらしく、一周するのに結構な時間がかかる。
 一周して見て解った事は、どうやら出入り口は1箇所しかないと言う事だ。
 この、半開きになっているシャッターの奥、開け放たれた扉以外からは中に入る事は出来ない。他の扉には全て厳重に錠が下りていた。
 ―――こっから入るしかないか。
 暁は覚悟を決めると、半開きのシャッターの下から中へと潜り込んだ。
 シャッターに触れないようにそっと屈み、自動ドアは丁度人が1人入れるほどに薄く開いていた。
 そこから身体を滑らせる。
 ・・・店内は薄暗かった。
 それなのに、店内の奥では何かがチカチカと青い光を放っていた。
 それがやけに不気味で―――パチンと音を立てて電気が点いた時、暁は思わずナイフを握り締めていた。


◇ 仲間 ◇


 突如点いた電気によって、店内の様子があらわになる。
 右手には食品がズラリと並び、壁際には出店のようなものも並んでいる。
 クレープの絵に、ホットドッグの絵・・・軽食がそこで食べられるらしく、長椅子も等間隔に並べられている。
 左手を見れば上品な雰囲気の喫茶店があり、シャッターが開け放たれ、透き通るガラス越しに開店前の店内が見える。
 積み上げられた椅子は深い茶色で、どこかシックな印象を受ける。同じ色の丸テーブルも上品で・・・よく見れば、値段も“上品”だった。
 珈琲1杯580円。紅茶1杯580円。モカ1杯600円・・・・。
 目の前にはシャッターの下りたエスカレーターがあり、その右にはシャッターの下りた雑貨屋。左には服がズラリと並んであるコーナーがある。
 シャッターの向こう、エスカレーターの脇には1本の小さなツリーが置いてあった。
 チカチカと青色の光を発しながら―――先ほど見た光は、この光だったのだ。
 ・・・それにしても、何故いきなり電気が点いたのだろうか・・・?
 配電盤を誰かが弄ったのか、それとも―――
 暁はとりあえず、周囲に気を配りながらも奥へと進んだ。
 エスカレーターの奥にはそれなりの大きさの噴水があり、その前には木のベンチが数個置かれている。
 噴水の右には書店。左には・・・トイレ・・・だろうか?マークはトイレのマークだが、シャッターが下りているためによく解らない。
 さて、どうしたものか・・・そう思った時、突如店内に音楽が鳴り響いた。かなりアップテンポのその曲は“始まり”を連想させるかのようなもので・・・
 『皆様、ようこそお越しくださいました。本日は・・・ク・・・で・・・午・・・い・・・』
 アナウンスの音がひび割れる。
 段々とフェードアウトしていき、ついにはプツンと言う音の後にノイズが数秒響き、無音になった。
 今のは・・・何だったのだろうか・・・。
 暁がいったん入り口の方まで戻ろうとした時、不意に背後から人の気配が感じられた。
 誰か来た・・・!?
 ベンチの陰に身を潜める。
 敵か・・・味方か・・・
 コツコツと靴の音を響かせながら現れた一人の少年に、暁は見覚えがあった。
 彼もこの世界に飛ばされていたのだ・・・!!
 大きな声で呼びかけたい衝動に一瞬かられるが、この場に居るのが暁と彼だけとは限らない。もしも敵が居た場合―――ナイフ1本で勝てる敵ならば良いが、そうでなければ一貫の終わりだ。
 周囲を良く確認してから、暁はそっと立ち上がった。
 彼が驚いたようにこちらを振り向き――――――
 「桐生さん・・・?」
 小声で菊坂 静はそう言うと、はっと周囲を見渡した。
 「ダーイジョーブ。なんも感じないから。それよか静もこっちに飛ばされて来ちゃったんだ?」
 「そうみたいだね。気づいたら駐車場に居て・・・」
 「マリーに会ったと。」
 「マリー・・・さんって言うの?」
 「そそ。マルケリア・デ・ルーブって名前で・・・ちょっとね、以前お世話になって。」
 「・・・お世話にって顔じゃないと思うんだけど。」
 静が苦笑しながらそう言って暁の瞳をじっと見詰める。
 「まーね。色々あったワケよ。騙し騙され?つか、騙され騙され?」
 「騙されてばっかりだったって事?」
 クスクスと小さく笑う静を見ながら、暁の胸にあの時の思い出が蘇ってくる。
 ・・・様々な場面が1つ1つバラバラに目の前に現れる・・・。
 「それより桐生さん、ここはどこなの?」
 「・・・そー言われても、俺にもちょっとわかん・・・」
 ふっと、何者かの気配を感じ、暁と静は押し黙った。
 入り口の方から、右手奥に入って行き・・・しばらくしてからこちらに戻って来る。
 コツコツと、いたって規則正しい靴音を響かせながら“何か”ないし“誰か”がこちらに向かって来る。
 暁と静はベンチの陰に隠れて様子を窺った。
 身長160cm程度の、少し緑がかった黒髪の少女。
 水色に近い瞳をキョロキョロと動かし、ふぅっと溜息をつくと立ち止まった。
 膝上5cm程度の改造着物を着て―――
 「桐生さん・・・」
 「や・・・敵じゃないっしょ。多分。」
 暁はそう言うと、立ち上がった。
 少女が驚いたように暁を見詰め、静に視線をスライドさせ―――
 「・・・えーっと・・・」
 「あんたも、こっちに飛ばされて来た人?」
 「んっと・・・解んないけど・・・そう・・かな?」
 視線を宙に彷徨わせながらそう言うと、少女は小首を傾げた。
 いまいち自分の置かれている状況がよく解っていないらしい。勿論、暁だって先の一件がなければこの状況に順応出来なかっただろう。
 予備知識なしでは混乱する他、取る手立てがない。
 「僕は菊坂 静って言います。貴方は?」
 静が立ち上がり、人好きのしそうな笑顔を浮かべた。
 「私は、比嘉耶 棗(ひがや・なつめ)って言います。」
 「棗ちゃんね。俺は桐生 暁。」
 よろしくねと、暁は柔らかい笑顔を浮かべた。
 年の頃は同じくらいだろうか?端正な顔立ちは可愛らしい雰囲気を甘く放っている。
 「外で、金髪の女の人に会ったんだけれども・・・」
 「マリーっしょ?マルケリア・デ・ルーブ。俺も前に会った事あるんだけどね・・・そだ、2人共、最初に言っておくけど・・・」
 そこまで言って、暁は言おうかどうしようか迷った。
 けれど―――“もしも”があった場合、最悪2人の命の危険に関わる。
 そっと瞳を閉じてしばし考えた後で、暁は静と棗を交互に見詰めた。
 「マリーは、敵か味方か解らないから。」
 「そうなんだ・・・。確かに、不思議な雰囲気はしてたけど・・・。」
 棗がそう言って、小さく頷いた。
 「でも多分・・・言ってた事に嘘は含まれていないはずだ。」
 「・・・虹の球体ってなんなんだろうね。」
 「あの声の事も、引っかかりますね。」
 静の言葉に、暁と棗が顔を見合わせて小首を傾げた。
 「声・・・?」
 「聞こえませんでしたか?“繋がらない世界”とか、“世界が創られ終わってない”とか、“終わりがないけれど終わらせる事が出来る”とか。」
 記憶を辿る。
 確かに、そんな声が聞こえた気がした。
 霧の向こう側から、微かにではあるが―――
 「終わりがないけれど終わらせる事が出来る・・・?それが“世界の果て”なのかな・・・?」
 「どうでしょう。」
 「終わりがないけれど、終わらせられる・・・つまり、創られ終わったら終わる・・・?」
 「どう言う事なの?」
 静の問いに、暁は絡まる頭の中を整理しようと、一度深呼吸をした。
 ぐちゃぐちゃに絡まったソレを、1つ1つ解して行く。
 「つまり、この世界が完成すれば・・・全てが繋がって・・・。」
 「どうすれば・・・完成するのかな・・・?」
 「さぁ。俺もそこまでは解んない。」
 どうすれば世界が創られるのか、そもそも、世界はどうやって創られているのか・・・そこが解らない限りは世界を創る事は出来ない。
 「もしかして・・・“ソレ”が“虹の球体”なんでしょうか・・・?」
 静が小さく呟く。
 世界を創っているものが、虹の球体・・・?では、虹の球体とは・・・?
 ―――虹の球体とは、世界を創っているもの・・・・??
 質問は始めに戻り、答えの出ないまま再び同じ質問に舞い戻ってくる。
 まるでメビウスの輪のように、答えのない質問は同じ場所をグルグルと回っては返って来る。
 「ま、解んないものは解んないよな。ようは、“虹の球体”とやらを探して“世界の果て”を目指す。ソレしかこっから帰れる手立てはないっつー事っしょ?」
 「・・・なんでこんなトコに急に飛ばされたんだろう・・・。」
 「多分、現実の扉の不具合だな。」
 「現実の扉?」
 「夢幻館ってとこにある、夢と対の扉で・・・夢宮 麗夜って子が司ってんだ。」
 棗が小首を傾げた後で口の中で小さく“夢宮 麗夜”と囁く。
 「夢宮さん・・・?」
 「俺も詳しい事はわかんないけど・・・つまるところココは“現実”だな。」
 その“現実”は麗夜の司る“現実”であり、本来の意味である“現実”とは若干意味を違えているが・・・。
 「限りなく夢に近い現実って感じかな?」
 「・・・だからあんなに不思議な雰囲気なんだね。」
 静の呟きに、暁はただ黙って頷いた。
 夢幻館独特のあの不思議な雰囲気は、夢と現実、そして現実の空間が重なり合って、融合しあって出来るモノ。それが良いのか悪いのかは、また別の話しになるけれども・・・・・。
 「夢宮 麗夜さんって、あの電話の人?」
 「そー。携帯にかかって来た電話の・・・待って。つー事は、みんな携帯持ってるって事?」
 「持ってるよ。」
 棗が携帯を取り出し、静もそれにつられてポケットから携帯を取り出した。
 「アドレス交換・・・」
 「そうですね、しておいて損はないですね。」
 手馴れた様子でアドレス帳を呼び出し、2人のアドレスを登録する。
 「・・・あ、そーだ。忘れるところだった。」
 突然そう言うと、棗が肩から斜めにかけたポシェットの中を漁った。
 ゴソゴソと手を突っ込み、何かを取り出し2人に差し出す。
 コロンと掌に乗ったソレは―――チョコだった・・・・・。
 「チョコ・・・ですか?」
 「うん。チョコ好き。美味しいよね。・・・チョコ、好き?」
 「俺はけっこー好き。甘いしね。」
 「僕も、嫌いじゃないですよ。美味しいですよね。」
 2人の答えに満足したのか、棗が嬉しそうにコクコクと頷いた。
 「とりあえず、一緒に行動しててもアレだし・・・バラけて情報収集するか。」
 「そうだね。結構このスーパーも広いし、手分けした方が良いかもね。」
 「終わったら、ココ集合とか?」
 目の前の噴水を指差す。
 「そうですね。解りやすいですし・・・桐生さんも、それで良いかな?」
 「だな。んじゃ、ココ集合っつー・・・・・・・。」
 はっと、3人の表情が固まった。
 3人の背後で何かが動いた気配があったのだ。サっと、それはかなりのスピードで入り口方向から喫茶店の中へと入って行った。
 「え・・・なに・・・?」
 棗がそう呟いた時、今度は喫茶店からこちらに向かって“何か”が走って来た。


◆ 遭遇 ◆


 ひゅんと、風を切りながら走って来た“人”の手には、鋭く輝くナイフが握り締められていた。
 それは一直線にこちらに向かって走って来て―――
 「危なっ・・・」
 運動能力Aクラスの暁が、咄嗟に2人を突き飛ばした。
 突き飛ばされた2人はなんとか受身を取り、何が起こったのかと振り返る。
 噴水の上に佇む人物は、外見年齢30代くらいだろうか?金色の髪に青の瞳。白人種のその男性は、ギラつく瞳を3人に順々に注いだ。
 「友好的には見えませんね。」
 「・・・こっちの世界に住んでる人・・・かな?」
 「人かどうかは解んないケドねー。」
 暁はそう言うと、良く見てみ?と小声で付け足した。
 立ち尽くす男性の向こう側は微かにだが見えていた。つまり、彼は透けているのだ。淡く、向こう側が見えるほどに・・・・・。
 「死んでるって事・・・?」
 「さぁね。生きてるか死んでるかなんて、この際どーでも良い。相手に敵意があるかないかが重要っしょ?」
 「敵意は・・・あると思うけど・・・。」
 棗がそう言って、視線をナイフに注いだ。
 自分達が持っている果物ナイフとはちょっと違う、もっと殺傷能力の高そうなナイフに思わず顔をしかめる。
 「ねぇ、あのさ〜、訊きたい事があんだけど。」
 「桐生さん!?」
 そう言いながら近づこうとする暁の腕を静が掴み、正気かと、瞳で問いかける。
 「だぁいじょうぶだぁって〜。危険なら逃げればいーんだし。」
 「でも・・・」
 「なぁ、此処がどう言う所なのか、虹の球体が何なのか、知ってるか?」
 1歩、また1歩、近づくたびに男性の呼吸が荒くなる。
 肩で息をして、まるで何かに狙いを定めるかのように―――
 『・・・霧・・・支配・・・町・・・全て・・・飛ばされ・・・虹・・・世界を・・・物質・・・創る・・・其れ・・・大切・・・ここ・・・イレイヴ・・・死・・・助け・・・殺・・・血・・・』
 単語単語に区切られた言葉は、あまりにも意味を成さなかった。
 それでも、その単語に重要なヒントが見え隠れしている事は確かで―――
 ゴクリと息を呑む音が聞こえる。それは些細な音であるにも拘らず、あまりにも大きく響いた。
 「・・・来る・・・っ・・・!」
 棗の言葉を合図に、3人はバラバラの方向に走った。
 敵は誰を追って良いのか解らずに、思わず躊躇し・・・その隙に手頃な場所に身を隠す。
 『・・・殺・・・死・・・血・・・イレイヴ・・・虹・・・終わり・・・創る・・・芽・・・』
 そう呟きながら、敵は食品コーナーの方へと歩いて行ってしまった―――


◇ 分担 ◇


 「イレイヴ・・・?」
 暁はそう呟くと、柱の影から姿を現した。
 棗がベンチの下から、静が服売り場の商品棚の下から、そっと姿を現す。
 「それだけ・・・カタカナだったよね。」
 「何か意味があるのでしょうか?」
 「さぁ・・・とにかく、手分けして情報収集をしよう。ここが何処なのか、虹の球体が何なのか・・・」
 「どうすればこの世界から出られるか・・・ですね。」
 「まずは・・・此処がどこなのか・・・正確に知らないと・・・だね。」
 「さっきのヤツ、食品街の方に行ったよな。」
 「それじゃぁ、そっちは僕が行くよ。」
 サラリと言ってのけた静の顔を、穴が開くほどに見詰める。
 「・・・危険だよ・・・?」
 棗が不安そうな顔でそう呟き、静が小さく笑みを浮かべる。
 「だからですよ。比嘉耶さんをそちらに向かわせるわけにも行きませんし、桐生さんにはやって貰いたい事があるんだ。」
 「やって貰いたい事?」
 「あそこの書店に、もしかしたら手がかりがあるかも知れない。」
 そう言って、噴水の隣にひっそりと置かれている書店を指差した。
 シャッターは硬く閉じており、格子越しに見える中は薄暗い。
 「あの中で情報収集して来いって事か?」
 「桐生さんなら出来るって、僕・・・信じてるから。」
 にっこりと笑顔を浮かべ、頑張ってくださいと付け加える静に思わず苦笑を洩らす。
 「俺でも、シャッターをこじ開けるのは不可能だ。んな、力強いわけでもないし・・・」
 「それでも・・・桐生さんは不可能を可能にする男だから。」
 「あのなぁ静・・・俺、お前にどう思われてるわけ・・・??」
 「比嘉耶さんは、服売り場でなにか適当な服を見繕ってください。ここは・・・寒いですし・・・。」
 「うん・・・解った。あと、もし・・・できるようならあそこの雑貨屋さんも見てみる。」
 そう言って、書店の隣の雑貨屋を指差す。
 書店同様、シャッターが下りており―――
 「シャッターは桐生さんに開けてもらってください。」
 「うん・・・解った。」
 「おぉい・・・ちょい待て・・・っ・・・!」
 「僕はなにか武器になるようなものとか、食料品とか、探しますから。」
 「頑張って・・・。」
 棗の言葉に、静が柔らかく微笑んで頷いた。
 「比嘉耶さんも、お願いしますね。それと・・・桐生さん、頑張ってくださいね。」
 にーっこりと、可愛らしく微笑まれて・・・思わず暁が苦々しい表情になる。
 「俺って結構責任重大?」
 「全ては桐生さんにかかってますから。」
 「・・・すっごいプレッシャー、有難う・・・。」
 目元に手を当てて、シクシクと泣き真似をする暁に向かい小さく微笑むと、それじゃまた後でと言って静が食品街の方へと走って行く。
 「気をつけて・・・!」
 「静、待ってるから・・・。」
 背にかかる言葉に、片手を上げて応えるとそのまま左手方向へと伸びる道へと姿を消した。
 「大丈夫かな・・・。」
 「大丈夫だって。それよか、静が向こうで色々探してる間に俺らもこっちで何とかしないと。つか、シャッターどーすっかなぁ。」
 「ふんって、持ち上げれば・・・。」
 「棗ちゃん、俺ってけっこーか弱いのよ。」
 「冗談だよ。」
 真顔でかます冗談に、暁が脱力する。
 「ま、ここで悩んでてもしょーがないか。いっちょ、頑張りますか。」
 「うん・・・なんかあったら、言ってくれれば行くから・・・。」
 棗がそう言って、服売り場へと走って行く。
 その後姿を見詰めながら、来るものを拒むように下りているシャッターをまじまじと見詰めた・・・・・。


◆ 捜索 ◆


 「さてと・・・どーすっかなぁコレ。」
 髪の毛をクシャリと散らし、困ったように溜息をつく。
 こんなの、棗の言うように腕の力で持ち上げられるわけはないし・・・見れば鍵穴らしきものがあるものの、肝心の鍵が何処にあるのだかはわからない。
 そうやすやすと落ちているわけでもないし―――鍵穴は普通のモノだ。
 特殊なものではない。つまり、鍵師ならば開けられるだろうが、残念ながら暁は鍵師ではない。
 針金1本で鍵を開けられるような特殊な訓練はつんでいない。
 となればやはり鍵を探さなくてはならないが・・・如何せん、鍵を持っていそうな人物などこの場には居ない。
 先ほどの男性が持っているとは思えない。
 普通のゲームならばこう言う時、何かのアクションをすれば手に入ったりするようなものだが・・・まぁ、そんなものを期待するだけ無駄だろう。ここはゲームの世界ではなく暁にとっては紛れもない現実の世界なのだから・・・。
 さて・・・どうしようか・・・ふっと、上を向く。
 シャッターの一番上、何かがキラリと光った。
 青いタグのついているソレは―――
 「嘘だろ・・・鍵・・・?」
 何処の鍵だかは解らないものの、シャッターの一番上の段には確かに青いタグのついた鍵が引っかかっていた。
 落ちそうで落ちない、微妙な位置は・・・それこそ、ガチャガチャとシャッターを揺らせば落ちてくるくらいで・・・。
 けれどもし、シャッターの内側に落ちてしまったならば・・・
 暁はそう思うと、シャッターから1歩離れた。
 到底手なんか届くはずもなく、何か踏み台になりそうなものは・・・ふっと、視界を掠めたのは青色のゴミ箱だった。
 ちょっと不安定だけれども・・・あの縁に乗れば何とか届くかも知れない。
 青い大き目のゴミ箱をこちらに持ってくると、中身をその場にばら撒いた。
 ざっと見て、必要そうなものは―――なんだ、これ・・・。
 小さな四角い紙・・・名刺だ。
 ペラリと返してみるとそこには淡い金髪の男性の写真が右隅に小さく乗っていた。
 名前は“トーマス・ケリー”『ベーゼア薬品会社代表取締役』
 全て日本語で書かれたそれは、何故だか違和感を感じた。
 なんだろう・・・写真の男性が白人の人だからか?・・・いや、そんな単純な事じゃない。
 それに、どうしてだろう・・・この世界はどこか違和感がある気がする。上手く説明する事は出来ないけれども・・・・・。
 とりあえず名刺をポケットにねじ込むと、暁はゴミ箱の上に乗った。
 ぐらぐらと安定感のない上で、そっとシャッターに手をかけ―――指先で鍵をこちらに引き寄せる。
 取れた・・・そのままポンと身軽にゴミ箱の上から下りると、シャッターの鍵穴に入れた。
 スっと上手く入り、右に回すとカチャンと小さな音がした。
 キィーっとか、甲高い音を立てながらシャッターが開き・・・もしかしたら先ほどの男性が音を聞きつけてやって来るかも知れない。
 そう思い、警戒するもののソレらしい音は聞こえて来ない。
 雑貨屋の方のシャッターも開け、服売り場の方に向かうと、床にしゃがむ棗に声をかける。
 「開いたよ、雑貨屋。」
 「ふんって持ち上げたの?」
 「・・・あのねぇ・・・。鍵があったから、差し込んでみたの。」
 「そっか・・・残念。」
 その言葉に小さく苦笑を洩らした後に、暁は書店へと入って行った。
 薄暗い店内―――壁を探り、電気を点ける。
 パチっと小さな音を立てながら電気が点く。
 とりあえず、本を見るのは後だ。その前に・・・
 壁にかかったポスターをベリっとはがし、更に電灯の隙間にも目を凝らす。
 外せそうなものは外し、壊せそうなものは手当たり次第に壊して行く。
 ・・・書店の中がたちまち泥棒にでも入られたかのようにグチャグチャになり・・・
 暁はレジに手をかけた。
 一瞬、ちょっと本物の強盗のような気になってしまうが・・・まぁ、この際だ。仕方がない。
 ゆっくりとレジスターを開き・・・中に入っていたのはドル札だった。
 「・・・なんでドル・・・?」
 辺りを見渡す。全てのものは日本語で書かれている。
 壁のポスターも・・・棚に並んだ本も、全ては日本語だ。
 レジから離れて本の背をゆっくりと撫ぜながら進む―――『夢の仮魚』『冷然葉樹』『姫神の恩恵』
 『夜叉外伝』『遊覧風前』『わかれの時』『降り注ぐ雨』『鋼鉄の歯車』『町内マップ』
 ・・・町内マップ・・・?
 暁はその本を取るとパラパラと捲った。
 そして、飛び込んで来たのはある単語だった。

  『Elave:イレイヴ』

 自然豊かな観光の町。
 ・・・町の名前だったのか・・・。
 暁はその本を1冊手に取った。
 新刊だったらしく下に数冊積み上げられており、余分に2冊取り、もう1度書店の中を回るとそこを後にした。


◇ And ◇


 リュックの中に、ものを詰め込む。
 棗が見繕ってきたリュックは中々軽く、容量が大きく勝手が良かった。
 洋服を畳んで中に入れ、静が見繕ってきた食料品と水、薬品関係を丁寧に入れ、棗が無言で懐中電灯を2本差し出す。
 小さいものと、中ぐらいのもの―――丁寧に電池までついている。
 「・・・桐生さん、ちょっと・・・見て欲しい物があるんだけど。」
 静が不意にそう言うと、買い物カゴの中から1冊のノートを取り出した。
 パラパラとページを捲り・・・暁と棗がソレを覗き込む。
 『12月10日:レイン・シェフォード、12月11日:ウェバー・ゲイル、12月12日:シェリア・メイファ』
 「外国の人の名前・・・?」
 棗の呟きに、静はただ頷いた。
 パラパラと、更に先のページも捲る・・・それは、12月23日で終わっていた。
 『12月23日午後10時:ディー・セヴェル』
 「多分、当番表とか、その手の類のものだと思うんだけど・・・一番見て欲しいのはこっち。」
 パタンとノートを閉じ、表紙を2人に見せる。
 『2000年、冬』
 「え・・・2000年・・・?」
 驚きの声を上げ、小さな口元に棗が手をやる。
 パチパチと大きな瞳を瞬かせ―――
 「や・・・麗夜の世界だから、あり・・・だと思う。未来の世界にも繋がっていたはずだし・・・」
 ではここは過去の世界なのだろうか?
 いや・・・違う気がする。
 どこが違うとは明確には言えないけれども―――
 「俺も、見て欲しいもんがあるんだ。」
 暁はそう言うと、手に持った本を棗と静に手渡した。
 パラパラと捲る・・・そして、2人ともあるページでピタリと手を止めた。
 
  『Elave:イレイヴ』

 「町の名前だったんだ・・・?」
 自然豊かな観光の町と書かれており、その下には詳細な地図がつけられている。
 「・・・ここって、本当に日本なのかな・・・?」
 棗がそう言って、すいと視線を下げた。
 頬にかかるほどに睫毛が長く、クルリと毛先は上を向いている・・・。
 「さっき、値札を裏返してみたら・・・1円単位まで細かく書かれてた・・・」
 「俺も気になってたんだよね。全部さ、日本語で書かれてるけど・・・なぁんか違和感ない?」
 「そうですね。どこか不自然と言うか・・・。」
 「ここは“誰かによって創られようとしている”世界だから。そう・・・オリジナルを基に進化する・・・いわば、途上の町。」
 凛と響く声は艶かしく、コツコツと響くヒールの音は高い。
 入り口の方を振り向く・・・胸の部分を大きく開けた服を着て、金色の髪を靡かせながら、マルケリアが入って来た。
 右手には先ほどの男性を持ち―――ぐったりと動かない男性をその場にグシャリと落とすと、3人の目の前でピタリと歩を止めた。
 「お買い物は終わったかしら?可愛らしいお嬢さんとお坊ちゃん方。」
 「マリー・・・」
 「はぁい。さっきも会ったけれど・・・相変わらず可愛らしい顔をしているのね、暁。そして・・・後の2人は初めましてね?私は・・・あぁ、その顔。暁が先に紹介していたのかしら?」
 「あぁ。」
 「それならば私にも紹介してくれないかしら?この先も会う事になるでしょうし・・・お嬢さんとお坊ちゃんじゃぁ、あんまりだもの。」
 「比嘉耶 棗って言います。」
 「菊坂 静と申します。」
 「棗に、静・・・ね。覚えたわ。・・・それで、お買い物は終わったかしら?」
 マルケリアが一番最初にしたのと同じ質問を3人に向ける。
 「マリー、その前にこっちからも訊きたい事が・・・」
 「駄目よ。ゲームにはルールしか要らないの。先にヒントを得てしまっては駄目。」
 そう言うと、悪戯っぽく微笑む。
 これ以上は何を訊いても無駄そうな雰囲気に、思わず溜息が漏れる。
 「マリーさん・・・1つだけ、訊いても良い?」
 「踏み込んだコトでなければ。今、貴方達が知っておかないといけない情報内なら。」
 随分と難しい事を言う。
 棗はしばらく考えた後で、ゆっくりと口を開いた―――
 「ここは、日本じゃない・・・よね・・・?」
 「そうね・・・オリジナルは日本じゃないわ。“Elave”は日本ではない。けれど、日本に限りなく近い。」
 「どう言う―――」
 「それを考えるのが、貴方達の役目。オリジナルは日本ではない。けれど、ここは限りなく日本に近い。どうしてか?答えは1つ。けれど、それを導き出すのは容易ではない。今はまだ、情報量が少なすぎるわ。つまり、今はまだ知らなくても良い事。」
 ふわり、薔薇の香りを撒き散らしながらマルケリアが髪を肩から払った。
 キュイっと口の端を上げる。
 真っ赤なルージュが蛍光灯の光を受けて生々しい程に赤く光る・・・。
 「情報を見つけ、頭を使いなさい。どんな些細なものでも、見逃してはいけない。どんなものにも、意味はあるはず。私がここに居る事も、貴方達がこの世界に居る事も、全てが偶然の必然。必然が故に偶然・・・。」
 不思議な言葉を繰る。
 曖昧に濁された言葉は、まるで霧のようだった。
 一寸先は見えない。けれど、その先には確かに何かがあるはずだった・・・。
 「先ほど貴方達を襲ったあの男は、この町に住んでいた者。ここの住民達は、例外を除いて全ては“victim”となり、貴方達に襲い来る。最も、敵は“victim”だけじゃない。けれど、貴方達が出会うまで、私は言わない。」
 「例外を除いて・・・とは・・・?」
 「貴方達も会っているはずよ。教会に住まう一人の少女・・・他にも、居るかも知れない。自らの意思を持った・・・名を持つ存在が。」
 「それは、どう言う・・・」
 「ここでのおしゃべりはもうコレでお終い。貴方達は次の部屋に進まなくてはいけない。虹の球体を探さなくてはならないから。」
 「虹の球体って?」
 「見れば解る。世界を創りし要素の入った、モノ・・・。さぁ、棗・・・鍵を出して。」
 「え?」
 棗の瞳が大きく見開かれる。
 「鍵を、見つけなかったかしら?次へと進む鍵を。」
 その言葉に、棗がおずおずとポシェットの中から小さな銀色の鍵を1つ取り出すと、マルケリアに手渡した。
 それを手に取ると、マルケリアがスタスタと歩き出し―――エスカレーターの前でピタリと止まった。
 閉じたシャッターの鍵穴に細い針金を通し、ものの数秒でカチリと開ける。
 ガラガラと両手でシャッターを開け・・・
 「この先、エスカレーターの向こう。何処に繋がっているのかは解らない。貴方達が、同じ場所に飛ばされるとも限らない。」
 その言葉で、3人は互いの顔を見詰めた。
 折角出会った仲間だけれども・・・先に、進まない事にはどうしようもない。
 3人は決心を決めると、マルケリアに1つだけ頷いて見せた。
 それを確認した後で、エスカレーターの側面にある小さな鍵穴に鍵を差込み、右に回した。
 小さな機械音とともに、エスカレーターが動き出し・・・
 「マリーさん。ここって、実在した町なんですか?少なくとも、2000年までは・・・」
 動き出したエスカレーターを見詰めながら、静がマルケリアにそう問いかけた。
 「2000年の12月24日に“Elave”は“霧の町”となった。それは・・・創りし者の、意思。」
 ・・・それは、どう言う事なのだろうか・・・?
 創りし者の意思・・・・・??
 混乱する頭の中を見透かしているかのように、1つだけ小さく微笑むと、ポンと軽く背中を押した。
 それを合図に3人が次々とエスカレーターに乗り込み―――
 「決して自分を見失っては駄目。名前は、決して忘れてはいけない。この世界で、名前は大切な要素の一つだから・・・」
 マルケリアの声が、段々と遠くなる。
 ・・・ソレと同時に、意識が・・・体から離れていくような感覚がする・・・


 ―――目の前が、真っ白な霧に覆われる


   耳の奥に、エスカレーターの小さな機械音を響かせながら・・・



          ≪ END ≫


 
 ◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


  4782/桐生 暁/男性/17歳/学生アルバイト・トランスメンバー・劇団員

  5566/菊坂 静/男性/15歳/高校生、「気狂い屋」

  6001/比嘉耶 棗/女性/18歳/気まぐれ人形作製者

 
 ◆☆◆☆◆☆  ライター通信  ☆◆☆◆☆◆

 この度は『Misty Town ---始---』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
 そして、いつもいつもお世話になっております。(ペコリ)
 相変わらずマルケリアは不思議な存在ですね・・・真意が見えないと言うか、何を考えているのか分からないと言うか。
 今回は敵なのか、味方なのか・・・今のところは味方のような雰囲気ですが・・・。
 次は何処の場所に繋がっているのか・・・勿論、スーパーの2階に繋がっていると言うわけではない・・・と、思いますが・・・。

  それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。