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Misty Town ---始---
―――そこは霧に閉ざされた町
創られ終わっていない世界の中で、世界の終わりを目指す。
―――世界の終わりは ド コ ・ ・ ・ ・ ・ ?
◆ 進入 ◆
比嘉耶 棗は、目の前に置かれた二つ折りの携帯を取ると、パカリと開けた。
液晶に映るのは青い空と緑色の草原・・・・・。
小さな果物ナイフを取り、数度手の中で回転させて使い心地を確かめる。
クルクルと手の中で回るうちに、ナイフは棗の手に馴染んできたらしく、使い心地は悪くなさそうだ。
最も、こんな小さなナイフ程度でどうにか出来るのかは非常に心配だったが・・・・・。
「ここは・・・どこだろう・・・。さっきの人は・・・・。」
呟いた言葉は霧の中に引き込まれ、霧散する。
問いかけても答えてくれない霧は、いっそなければ良いと思うほどに冷たくて―――
視界を遮る霧がどうしようもなく棗の心を孤独に突き落とす。
落ち着け・・・落ち着いて考えないと・・・
棗は俯いて、ぐちゃぐちゃに絡まる頭の中を整理しようと深呼吸をした。
まず、どうしてこんな所に来てしまったのか。
普段通り、家に居て・・・そう、キィっと、甲高い蝶番の音が聞こえたのだ。
扉が開く時特有のソレに顔を上げ―――目の前が数度光った後に、気づけばこの世界に降り立っていた。
そして、教会で遭遇した少女。
・・・漆黒の髪と緑がかった金色の瞳を有した―――。
あの少女は誰だったのだろうか?そもそも、あの教会は何処に消えてしまったのだろうか。
「それにしても、さっきの電話の人・・・誰だったんだろう・・・。」
“麗夜”と言っていた気がするが・・・携帯をパカリと開ける。
履歴を調べ・・・やっぱり。
棗はふっと、溜息をつくと視線を落とした。
履歴には何も残っていない。それは、ある程度予想していた事だったけれども・・・それでも、こんなわけの解らない場所に一人、飛ばされてしまったのだ。
誰だか解らないながらも“麗夜”と言う人物からは敵意は感じなかった。それどころか、どこか安らぐものがあって・・・。
・・・味方なのだろうと、棗は思った。
霧が濃く、視界を遮る。それがどうしようもなく心をざわつかせ・・・・・
数度深呼吸をし、意識を落ち着かせる―――
「仲間を探せって・・・あの人は言ってた、つまり、飛ばされてきたのは私だけじゃないよね・・・?」
あの人もそうだし、もしかしたら他の人もいるかも知れない。
協調性のある棗は、自分の意思もきちんと持っているが仲間の意見も考慮できるタイプだ。
そちらの意見の方が良いと思えば、素直に従える・・・。
そっと瞳を閉じ、周囲に意識を集中させる。
とは言え、今現在周囲に人が居る気配は無い。
勿論、この霧のせいで感覚が鈍ってしまっていると言うのもあるだろうが・・・それにしても、濃い霧だ。
ここはどこかの駐車場だろうが、その先にあるであろう店が見えない。
「・・・ここに居ても仕方ない・・・よね・・・。」
この先何が起こるか解らない。この場でじっとしていれば助けが来るなんて思わない。
自分で行動しないと、始まらない・・・・・。
棗は目の前に置いてあるパンと水を掴むと、そっと移動を始めた。
ベッタリと身体に絡み付いてくる霧。一寸先はすでに霧の向こう側になってしまい、見えない・・・。
周囲に気を配り、警戒はしているものの、どうしてだろう、いつもよりも随分と感覚が鈍ってしまっている気がする。
この霧のせい?
その質問に答えられるものは誰も居ないけれども―――。
しばらく霧と格闘して、目の前に聳えるスーパーの全貌が明らかになったのは大分近づいてからだった。
半分閉まったシャッターの隙間から覗く中は明るい。
・・・ちょっと寒い・・・かな・・・。
風が吹いているわけではないが、どこからかヒンヤリとした空気が漂ってくる。
棗は周囲に気を配りながらも、とりあえずスーパーの外壁に沿って一周回ってみた。
かなり広いスーパーらしく、一周するのに結構な時間がかかる。
一周して見て解った事は、どうやら出入り口は1箇所しかないと言う事だ。
この、半開きになっているシャッターの奥、開け放たれた扉以外からは中に入る事は出来ない。他の扉には全て厳重に錠が下りていた。
―――こっから入るしかない・・・よね・・・。
棗は覚悟を決めると、半開きのシャッターの下から中へと潜り込んだ。
シャッターに触れないようにそっと屈み・・・その時、突然店内に音楽が鳴り響いた。
かなりアップテンポのその曲は“始まり”を連想させるようなもので・・・・・。
『皆様、ようこそお越しくださいました。本日は・・・ク・・・で・・・午・・・い・・・』
アナウンスの音がひび割れる。
段々とフェードアウトしていき、ついにはプツンと言う音の後にノイズが数秒響き、無音になった。
今のは何だったのだろうか・・・?
シャッターの奥、自動ドアは丁度人が1人入れるほどに薄く開いていた。
そこから身体を滑らせる。
・・・明るい店内の奥では何かがチカチカと青い光を放っていた。
それがやけに不気味で――― 棗は確かめるように息を吐くと、小さく吸い込んだ。
◇ 仲間 ◇
1歩、中に入る。
右手には食品がズラリと並び、壁際には出店のようなものも並んでいる。
クレープの絵に、ホットドッグの絵・・・軽食がそこで食べられるらしく、長椅子も等間隔に並べられている。
左手を見れば上品な雰囲気の喫茶店があり、シャッターが開け放たれ、透き通るガラス越しに開店前の店内が見える。
積み上げられた椅子は深い茶色で、どこかシックな印象を受ける。同じ色の丸テーブルも上品で・・・良く見れば、値段も“上品”だった。
珈琲1杯580円。紅茶1杯580円。モカ1杯600円・・・・。
目の前にはシャッターの下りたエスカレーターがあり、その右にはシャッターの下りた雑貨屋。左には服がズラリと並んであるコーナーがある。
シャッターの向こう、エスカレーターの脇には1本の小さなツリーが置いてあった。
チカチカと青色の光を発しながら―――先ほど見た光は、この光だったのだ。
棗はとりあえず、右手に見える食品コーナーに足を向けた。
スーパーだから・・・きっと、チョコがあるはず。
調味料のコーナーを抜け、その先に広がるお菓子売り場に入ると、陳列されているお菓子を丁寧に1つ1つ見て行く。
・・・あった・・・
クッキーや飴、ビスケットと言った類のお菓子の中に、ちょこんとチョコのコーナーが置かれていた。
普通のチョコに、チョコがかかっているお菓子・・・
持てるだけ持って行こうと、肩から斜めにかけたポシェットに次々とチョコを入れて行く。
出会った人にもあげるんだ・・・うん・・・だから、沢山持って行こう・・・。
ポシェットにチョコを詰めると、棗は食品コーナーを後にし、入り口の場所まで戻って来た。
周囲に気を配りながらも奥へと進む。
エスカレーターの奥にはそれなりの大きさの噴水があり、その前には木のベンチが数個置かれている。
噴水の右には書店。左には・・・トイレ・・・だろうか?マークはトイレのマークだが、シャッターが下りているためによく解らない。
さて、これから先どうすれば―――
仲間の気配もないし・・・本当に仲間なんているのだろうか?
思わず溜息をつきながらその場に立ち止まった。
・・・その時、棗の直ぐ近くで何かがザっと音を立てて視界に現れた。
驚いて見詰める先、金色の髪と赤い瞳をした少年―――酷く繊細な顔立ちは、棗と同じくらいの年齢だった。
すーっと視線を移動させたその隣、綺麗な顔立ちの黒髪で赤い瞳の少年。
そちらは棗よりも幾分若いように思う・・・・・。
見たところ、敵と言うわけではなさそうだが。それならば“仲間”なのだろうか・・・・・?
「・・・えーっと・・・」
何と話し掛けたら良いのか迷い、視線を落とす。
「あんたも、こっちに飛ばされて来た人?」
金髪の少年がそう言って、小首を傾げた。
「んっと・・・解んないけど・・・そう・・かな?」
視線を宙に彷徨わせながらそう言うと、棗もつられて小首を傾げた。
いまいち自分の置かれている状況がよく解っていないため、明確に自分の事を説明する事が出来ない。
「僕は菊坂 静(きっさか・しずか)って言います。貴方は?」
黒髪の少年が立ち上がり、人好きのしそうな笑顔を浮かべた。
その笑顔があまりにも優しいもので、棗は思わず安堵するとペコリと小さく頭を下げた。
「私は、比嘉耶 棗って言います。」
「棗ちゃんね。俺は桐生 暁(きりゅう・あき)」
金髪の少年が、よろしくねと小さく付け足すと柔らかい笑顔を浮かべた。
「外で、金髪の女の人に会ったんだけれども・・・」
「マリーっしょ?マルケリア・デ・ルーブ。俺も前に会った事あるんだけどね・・・そだ、2人共、最初に言っておくけど・・・」
そこまで言って、暁が口を閉ざした。
言おうか言うまいか迷っていると言う表情をしながら、棗と静を交互に見詰める。
そして、ややあってから重い口を開き―――
「マリーは、敵か味方か解らないから。」
「そうなんだ・・・。確かに、不思議な雰囲気はしてたけど・・・。」
棗はそう言うと、小さく頷いた。
「でも多分・・・言ってた事に嘘は含まれていないはずだ。」
「・・・虹の球体ってなんなんだろうね。」
「あの声の事も、引っかかりますね。」
静の言葉に、暁と顔を見合わせて小首を傾げる。
「声・・・?」
「聞こえませんでしたか?“繋がらない世界”とか、“世界が創られ終わってない”とか、“終わりがないけれど終わらせる事が出来る”とか。」
記憶を辿る。
確かに、そんな声が聞こえた気がした。
霧の向こう側から、微かにではあるが―――
「終わりがないけれど終わらせる事が出来る・・・?それが“世界の果て”なのかな・・・?」
「どうでしょう。」
「終わりがないけれど、終わらせられる・・・つまり、創られ終わったら終わる・・・?」
「どう言う事なの?」
静の問いに、暁が視線をそらし、頭の中を整理するかのように口を閉ざす。
「つまり、この世界が完成すれば・・・全てが繋がって・・・。」
「どうすれば・・・完成するのかな・・・?」
「さぁ。俺もそこまでは解んない。」
どうすれば世界が創られるのか、そもそも、世界はどうやって創られているのか・・・そこが解らない限りは世界を創る事は出来ない。
「もしかして・・・“ソレ”が“虹の球体”なんでしょうか・・・?」
静が小さく呟く。
世界を創っているものが、虹の球体・・・?では、虹の球体とは・・・?
―――虹の球体とは、世界を創っているもの・・・・??
質問は始めに戻り、答えの出ないまま再び同じ質問に舞い戻ってくる。
まるでメビウスの輪のように、答えのない質問は同じ場所をグルグルと回っては返って来る。
「ま、解んないものは解んないよな。ようは、“虹の球体”とやらを探して“世界の果て”を目指す。ソレしかこっから帰れる手立てはないっつー事っしょ?」
「・・・なんでこんなトコに急に飛ばされたんだろう・・・。」
「多分、現実の扉の不具合だな。」
「現実の扉?」
「夢幻館ってとこにある、夢と対の扉で・・・夢宮 麗夜(ゆめみや・れいや)って子が司ってんだ。」
棗は小首を傾げた後で口の中で小さく“夢宮 麗夜”と囁いた。
しっかりと記憶に刻み付ける・・・・・。
「夢宮さん・・・?」
「俺も詳しい事はわかんないけど・・・つまるところココは“現実”だな。」
その“現実”は麗夜の司る“現実”であり、本来の意味である“現実”とは若干意味を違えているが・・・。
「限りなく夢に近い現実って感じかな?」
「・・・だからあんなに不思議な雰囲気なんだね。」
静の呟きに、暁がただ黙って頷いた。
それを横目で見ながら、棗はそっと“夢幻館”について思いを巡らせた。
限りなく夢に近い現実が存在する場所・・・そんな曖昧な空間を纏っている館とは、さぞ不思議な場所なのだろう。
「夢宮 麗夜さんって、あの電話の人?」
「そー。携帯にかかって来た電話の・・・待って。つー事は、みんな携帯持ってるって事?」
「持ってるよ。」
棗が携帯を取り出し、静もそれにつられてポケットから携帯を取り出した。
「アドレス交換・・・」
「そうですね、しておいて損はないですね。」
アドレス帳を呼び出し、2人のアドレスを登録する。
「・・・あ、そーだ。忘れるところだった。」
はたと、ある事に気がつき、棗はそう言うと、ポシェットの中に手を突っ込んだ。
ゴソゴソと中を探り、2人に握った拳を差し出す。
わけが解らないながらも2人が手を出して来て、その上に握ったモノをコロンと落とした。
ソレは、先ほど棗が食品コーナーから持って来たチョコだった・・・・・。
「チョコ・・・ですか?」
「うん。チョコ好き。美味しいよね。・・・チョコ、好き?」
「俺はけっこー好き。甘いしね。」
「僕も、嫌いじゃないですよ。美味しいですよね。」
どうやら2人ともチョコが嫌いと言うわけではないらしい。
その答えに、棗は嬉しそうにコクコクと頷いた。
「とりあえず、一緒に行動しててもアレだし・・・バラけて情報収集するか。」
「そうだね。結構このスーパーも広いし、手分けした方が良いかもね。」
「終わったら、ココ集合とか?」
目の前の噴水を指差す。
「そうですね。解りやすいですし・・・桐生さんも、それで良いかな?」
「だな。んじゃ、ココ集合っつー・・・・・・・。」
はっと、3人の表情が固まった。
3人の背後で何かが動いた気配があったのだ。サっと、それはかなりのスピードで入り口方向から喫茶店の中へと入って行った。
「え・・・なに・・・?」
棗がそう呟いた時、今度は喫茶店からこちらに向かって“何か”が走って来た。
◆ 遭遇 ◆
ひゅんと、風を切りながら走って来た“人”の手には、鋭く輝くナイフが握り締められていた。
それは一直線にこちらに向かって走って来て―――
「危なっ・・・」
運動能力Aクラスの暁が、咄嗟に2人を突き飛ばした。
突き飛ばされた2人はなんとか受身を取り、何が起こったのかと振り返る。
噴水の上に佇む人物は、外見年齢30代くらいだろうか?金色の髪に青の瞳。白人種のその男性は、ギラつく瞳を3人に順々に注いだ。
「友好的には見えませんね。」
「・・・こっちの世界に住んでる人・・・かな?」
「人かどうかは解んないケドねー。」
暁はそう言うと、良く見てみ?と小声で付け足した。
立ち尽くす男性の向こう側は微かにだが見えていた。つまり、彼は透けているのだ。淡く、向こう側が見えるほどに・・・・・。
「死んでるって事・・・?」
「さぁね。生きてるか死んでるかなんて、この際どーでも良い。相手に敵意があるかないかが重要っしょ?」
「敵意は・・・あると思うけど・・・。」
棗はそう言うと、視線をナイフに注いだ。
自分達が持っている果物ナイフとはちょっと違う、もっと殺傷能力の高そうなナイフに思わず顔をしかめる。
「ねぇ、あのさ〜、訊きたい事があんだけど。」
「桐生さん!?」
そう言いながら近づこうとする暁の腕を静が掴み、正気かと、瞳で問いかける。
「だぁいじょうぶだぁって〜。危険なら逃げればいーんだし。」
「でも・・・」
「なぁ、此処がどう言う所なのか、虹の球体が何なのか、知ってるか?」
1歩、また1歩、近づくたびに男性の呼吸が荒くなる。
肩で息をして、まるで何かに狙いを定めるかのように―――
『・・・霧・・・支配・・・町・・・全て・・・飛ばされ・・・虹・・・世界を・・・物質・・・創る・・・其れ・・・大切・・・ここ・・・イレイヴ・・・死・・・助け・・・殺・・・血・・・』
単語単語に区切られた言葉は、あまりにも意味を成さなかった。
それでも、その単語に重要なヒントが見え隠れしている事は確かで―――
ゴクリと息を呑む音が聞こえる。それは些細な音であるにも拘らず、あまりにも大きく響いた。
「・・・来る・・・っ・・・!」
棗の言葉を合図に、3人はバラバラの方向に走った。
敵は誰を追って良いのか解らずに、思わず躊躇し・・・その隙に手頃な場所に身を隠す。
『・・・殺・・・死・・・血・・・イレイヴ・・・虹・・・終わり・・・創る・・・芽・・・』
そう呟きながら、敵は食品コーナーの方へと歩いて行ってしまった―――
◇ 分担 ◇
「イレイヴ・・・?」
暁がそう呟きながら、柱の影から姿を現した。
棗がベンチの下から、静が服売り場の商品棚の下から、そっと姿を現す。
「それだけ・・・カタカナだったよね。」
「何か意味があるのでしょうか?」
「さぁ・・・とにかく、手分けして情報収集をしよう。ここが何処なのか、虹の球体が何なのか・・・」
「どうすればこの世界から出られるか・・・ですね。」
「まずは・・・此処がどこなのか・・・正確に知らないと・・・だね。」
「さっきのヤツ、食品街の方に行ったよな。」
「それじゃぁ、そっちは僕が行くよ。」
サラリと言ってのけた静の顔を、暁と棗が穴が開くほどに見詰める。
「・・・危険だよ・・・?」
棗が不安そうな顔でそう呟き、静が小さく笑みを浮かべる。
「だからですよ。比嘉耶さんをそちらに向かわせるわけにも行きませんし、桐生さんにはやって貰いたい事があるんだ。」
「やって貰いたい事?」
「あそこの書店に、もしかしたら手がかりがあるかも知れない。」
そう言って、噴水の隣にひっそりと置かれている書店を指差した。
シャッターは硬く閉じており、格子越しに見える中は薄暗い。
「あの中で情報収集して来いって事か?」
「桐生さんなら出来るって、僕・・・信じてるから。」
にっこりと笑顔を浮かべ、頑張ってくださいと付け加える静に暁が苦笑を洩らす。
「俺でも、シャッターをこじ開けるのは不可能だ。んな、力強いわけでもないし・・・」
「それでも・・・桐生さんは不可能を可能にする男だから。」
「あのなぁ静・・・俺、お前にどう思われてるわけ・・・??」
「比嘉耶さんは、服売り場でなにか適当な服を見繕ってください。ここは・・・寒いですし・・・。」
「うん・・・解った。あと、もし・・・できるようならあそこの雑貨屋さんも見てみる。」
そう言って、書店の隣の雑貨屋を指差す。
書店同様、シャッターが下りており―――
「シャッターは桐生さんに開けてもらってください。」
「うん・・・解った。」
「おぉい・・・ちょい待て・・・っ・・・!」
「僕はなにか武器になるようなものとか、食料品とか、探しますから。」
「頑張って・・・。」
棗の言葉に、静が柔らかく微笑んで頷いた。
「比嘉耶さんも、お願いしますね。それと・・・桐生さん、頑張ってくださいね。」
にーっこりと、可愛らしく微笑み・・・暁が苦々しい表情になる。
「俺って結構責任重大?」
「全ては桐生さんにかかってますから。」
「・・・すっごいプレッシャー、有難う・・・。」
目元に手を当てて、シクシクと泣き真似をする暁に向かい小さく微笑むと、それじゃまた後でと言って静は食品街の方へと走って行った。
「気をつけて・・・!」
「静、待ってるから・・・。」
背にかかる言葉に、片手を上げて応えるとそのまま左手方向へと伸びる道へと姿を消した。
「大丈夫かな・・・。」
「大丈夫だって。それよか、静が向こうで色々探してる間に俺らもこっちで何とかしないと。つか、シャッターどーすっかなぁ。」
「ふんって、持ち上げれば・・・。」
「棗ちゃん、俺ってけっこーか弱いのよ。」
「冗談だよ。」
そう言った瞬間、暁がガクリと脱力する。
棗が真顔で冗談を言ったのがどうやらいけなかったらしい。
しばらくパワーダウン状態だったが、なんとか気力を回復させると、よしと小さく呟いた。
「ま、ここで悩んでてもしょーがないか。いっちょ、頑張りますか。」
「うん・・・なんかあったら、言ってくれれば行くから・・・。」
棗は暁にそう声をかけると、服売り場の方へと走って行った。
なるべく、暖かそうなものを探そう。ここは、ちょっと寒いから・・・。
自分のだけじゃなく、2人のも探さないと―――2人とも、サイズ訊いてないけど・・・。
んー・・・Mサイズで、大丈夫かなぁ。
◆ 捜索 ◆
可愛らしい服が陳列される棚を見詰めながら、棗はある妙な違和感を感じていた。
ペラリと返した値札―――結構な値段が付けられているが・・・どうも、おかしい。
『1万2387円』『8952円』『3398円』
どうして1円単位まで・・・?
棗は小首を傾げながらも、機能性重視の服を見繕って行く。
可愛らしい服は動き難いし、結構ペラペラだったりするから―――
雨合羽でもいい・・・けど・・・んー・・・コート・・・とか。
けれど動きにくかったらだめだし・・・。
結構難しい。
レディースのMサイズを自分に当てがい・・・あれ?
なんだか酷く大きい気がする。
―――今着ている服の上から着て、丁度良いくらいの大きさだ。
なんだろう・・・どうしてだろう・・・。
グルリと店内を見渡す。
壁にかけられたポスターには『Loo』の文字。お洒落を着こなすと、その下には小さな文字で書かれている。
勿論日本語で、だ。
モデルの白人女性は艶かしいほどに腰が細く、華奢で長い手足は繊細な人形のように美しい。
青い青い瞳は吸い込まれそうなほどで、淡い金髪はふわふわのクセっ毛だ。
爪先に光るストーンが七色に輝き、全てが違う色に染まる。
棗はしばらくポスターを見詰めた後で、今度はメンズコーナーへと足を向けた。
先ほどと同じように、機能性重視の服をどんどんとかごの中に入れ―――そうだ・・・。
リュックのようなものもあった方が良い。なるべく、軽くてソレほど大きくなくて、それでも色々と入れられるもの・・・。
グルグルと店内を回り、壁際にそっと置かれていたバッグコーナーの前で足を止める。
丁度良い大きさのリュックを手に、重さと内容量を考慮したうえで3つ同じものを手に取る。
床にしゃがみ込み、リュックの中に選んだ服を入れて・・・
コツンと、床を鳴らしながら誰かが棗の目の前に立った。
顔を上げる・・・暁だ。
ちょいちょいと自分の背後を指差した後に言った。
「開いたよ、雑貨屋。」
「ふんって持ち上げたの?」
棗が直ぐにそう訊くと、暁が困ったように眉根を寄せた。
「・・・あのねぇ・・・。鍵があったから、差し込んでみたの。」
「そっか・・・残念。」
率直な意見を言うと、暁が小さく苦笑し、それじゃぁ俺は書店を見てくるからと言って、去って行った。
顔を上げる。閉まっていたはずのシャッターは開いており、書店の隣の雑貨屋のシャッターも上がっていた。
棗はリュックを3つ胸に抱き、噴水の前のベンチにドサリと置くと、雑貨屋の方へ足を向けた。
暗い店内を見渡した後で、壁に沿って歩き・・・手に触れた小さな突起を押し込む。
パチっと、小さな音が上がり店内が明るく染まり―――
まず一番最初に棗の目に飛び込んできたのは日用雑貨のコーナーだった。
台所用品、お風呂場用品・・・
棗は台所用品のコーナーに向かうと、フライパンと鍋の蓋を手に取った。
壁際に置いてある黄色い買い物カゴを掴んで、その中に使えそうなものを次々と入れて行く。
包丁も中々良いものがあり・・・そうだ、懐中電灯とかあれば、霧の中に出ても困らないかも。
クルリと踵を返し、懐中電灯を探す。
少し奥まったコーナーに大小様々な懐中電灯が陳列されており・・・棗は中ぐらいの大きさの懐中電灯を掴むと、3つカゴの中に入れた。
ついでに電池も探し、少し考えた後で小さな懐中電灯も3つカゴの中に入れた。
・・・勝手に持って行っちゃ悪いかもしれないけど・・・何が起こるか解らないし・・・いい・・・よね・・・。
ほんの少しだけ、ツキリと良心が痛んだが―――如何せんこの状況下だ。
目を瞑っていてもらいたい。
棚の1つ1つを丁寧に見て回り、使えそうなものを探す。
ゴミ袋に、コピー用紙に、洗濯バサミに・・・あれ・・・?
ハタと足を止めると、視界の端を掠めたものを見詰める。
銀色に光る―――鍵・・・だろうか・・・?
どうしてこんなところに鍵なんて?
鍵のコーナーはもっと入り口近くの場所に置かれていたはずだ。それに、これは生身のまま無造作に置かれている。
先ほど見た鍵達は、透明な袋に入っていたと言うのに―――なんだか、気になる。
棗は散々悩んだ挙句、鍵をスルリとポシェットの中に入れた。
随分と重たくなってしまった買い物カゴを両手で掴み、入り口まで行くと1回だけ中を見渡しお礼を言った。
「ありがとう・・・」
それは誰にあてたものと言うわけではなかったのだけれども―――――
◇ And ◇
リュックの中に、ものを詰め込む。
棗が見繕ってきたリュックは中々軽く、容量が大きく勝手が良かった。
洋服を畳んで中に入れ、静が見繕ってきた食料品と水、薬品関係を丁寧に入れ、棗が無言で懐中電灯を2本差し出す。
小さいものと、中ぐらいのもの―――丁寧に電池までついている。
「・・・桐生さん、ちょっと・・・見て欲しい物があるんだけど。」
静が不意にそう言うと、買い物カゴの中から1冊のノートを取り出した。
パラパラとページを捲り・・・暁と棗がソレを覗き込む。
『12月10日:レイン・シェフォード、12月11日:ウェバー・ゲイル、12月12日:シェリア・メイファ』
「外国の人の名前・・・?」
棗の呟きに、静はただ頷いた。
パラパラと、更に先のページも捲る・・・それは、12月23日で終わっていた。
『12月23日午後10時:ディー・セヴェル』
「多分、当番表とか、その手の類のものだと思うんだけど・・・一番見て欲しいのはこっち。」
パタンとノートを閉じ、表紙を2人に見せる。
『2000年、冬』
「え・・・2000年・・・?」
驚きの声を上げ、小さな口元に棗が手をやる。
パチパチと大きな瞳を瞬かせ―――
「や・・・麗夜の世界だから、あり・・・だと思う。未来の世界にも繋がっていたはずだし・・・」
ではここは過去の世界なのだろうか?
いや・・・違う気がする。
どこが違うとは明確には言えないけれども―――
「俺も、見て欲しいもんがあるんだ。」
暁はそう言うと、手に持った本を棗と静に手渡した。
パラパラと捲る・・・そして、2人ともあるページでピタリと手を止めた。
『Elave:イレイヴ』
「町の名前だったんだ・・・?」
自然豊かな観光の町と書かれており、その下には詳細な地図がつけられている。
「・・・ここって、本当に日本なのかな・・・?」
棗がそう言って、すいと視線を下げた。
頬にかかるほどに睫毛が長く、クルリと毛先は上を向いている・・・。
「さっき、値札を裏返してみたら・・・1円単位まで細かく書かれてた・・・」
「俺も気になってたんだよね。全部さ、日本語で書かれてるけど・・・なぁんか違和感ない?」
「そうですね。どこか不自然と言うか・・・。」
「ここは“誰かによって創られようとしている”世界だから。そう・・・オリジナルを基に進化する・・・いわば、途上の町。」
凛と響く声は艶かしく、コツコツと響くヒールの音は高い。
入り口の方を振り向く・・・胸の部分を大きく開けた服を着て、金色の髪を靡かせながら、マルケリアが入って来た。
右手には先ほどの男性を持ち―――ぐったりと動かない男性をその場にグシャリと落とすと、3人の目の前でピタリと歩を止めた。
「お買い物は終わったかしら?可愛らしいお嬢さんとお坊ちゃん方。」
「マリー・・・」
「はぁい。さっきも会ったけれど・・・相変わらず可愛らしい顔をしているのね、暁。そして・・・後の2人は初めましてね?私は・・・あぁ、その顔。暁が先に紹介していたのかしら?」
「あぁ。」
「それならば私にも紹介してくれないかしら?この先も会う事になるでしょうし・・・お嬢さんとお坊ちゃんじゃぁ、あんまりだもの。」
「比嘉耶 棗って言います。」
「菊坂 静と申します。」
「棗に、静・・・ね。覚えたわ。・・・それで、お買い物は終わったかしら?」
マルケリアが一番最初にしたのと同じ質問を3人に向ける。
「マリー、その前にこっちからも訊きたい事が・・・」
「駄目よ。ゲームにはルールしか要らないの。先にヒントを得てしまっては駄目。」
そう言うと、悪戯っぽく微笑む。
これ以上は何を訊いても無駄そうな雰囲気に、思わず溜息が漏れる。
「マリーさん・・・1つだけ、訊いても良い?」
「踏み込んだコトでなければ。今、貴方達が知っておかないといけない情報内なら。」
随分と難しい事を言う。
棗はしばらく考えた後で、ゆっくりと口を開いた―――
「ここは、日本じゃない・・・よね・・・?」
「そうね・・・オリジナルは日本じゃないわ。“Elave”は日本ではない。けれど、日本に限りなく近い。」
「どう言う―――」
「それを考えるのが、貴方達の役目。オリジナルは日本ではない。けれど、ここは限りなく日本に近い。どうしてか?答えは1つ。けれど、それを導き出すのは容易ではない。今はまだ、情報量が少なすぎるわ。つまり、今はまだ知らなくても良い事。」
ふわり、薔薇の香りを撒き散らしながらマルケリアが髪を肩から払った。
キュイっと口の端を上げる。
真っ赤なルージュが蛍光灯の光を受けて生々しい程に赤く光る・・・。
「情報を見つけ、頭を使いなさい。どんな些細なものでも、見逃してはいけない。どんなものにも、意味はあるはず。私がここに居る事も、貴方達がこの世界に居る事も、全てが偶然の必然。必然が故に偶然・・・。」
不思議な言葉を繰る。
曖昧に濁された言葉は、まるで霧のようだった。
一寸先は見えない。けれど、その先には確かに何かがあるはずだった・・・。
「先ほど貴方達を襲ったあの男は、この町に住んでいた者。ここの住民達は、例外を除いて全ては“victim”となり、貴方達に襲い来る。最も、敵は“victim”だけじゃない。けれど、貴方達が出会うまで、私は言わない。」
「例外を除いて・・・とは・・・?」
「貴方達も会っているはずよ。教会に住まう一人の少女・・・他にも、居るかも知れない。自らの意思を持った・・・名を持つ存在が。」
「それは、どう言う・・・」
「ここでのおしゃべりはもうコレでお終い。貴方達は次の部屋に進まなくてはいけない。虹の球体を探さなくてはならないから。」
「虹の球体って?」
「見れば解る。世界を創りし要素の入った、モノ・・・。さぁ、棗・・・鍵を出して。」
「え?」
棗の瞳が大きく見開かれる。
「鍵を、見つけなかったかしら?次へと進む鍵を。」
その言葉に、棗がおずおずとポシェットの中から小さな銀色の鍵を1つ取り出すと、マルケリアに手渡した。
それを手に取ると、マルケリアがスタスタと歩き出し―――エスカレーターの前でピタリと止まった。
閉じたシャッターの鍵穴に細い針金を通し、ものの数秒でカチリと開ける。
ガラガラと両手でシャッターを開け・・・
「この先、エスカレーターの向こう。何処に繋がっているのかは解らない。貴方達が、同じ場所に飛ばされるとも限らない。」
その言葉で、3人は互いの顔を見詰めた。
折角出会った仲間だけれども・・・先に、進まない事にはどうしようもない。
3人は決心を決めると、マルケリアに1つだけ頷いて見せた。
それを確認した後で、エスカレーターの側面にある小さな鍵穴に鍵を差込み、右に回した。
小さな機械音とともに、エスカレーターが動き出し・・・
「マリーさん。ここって、実在した町なんですか?少なくとも、2000年までは・・・」
動き出したエスカレーターを見詰めながら、静がマルケリアにそう問いかけた。
「2000年の12月24日に“Elave”は“霧の町”となった。それは・・・創りし者の、意思。」
・・・それは、どう言う事なのだろうか・・・?
創りし者の意思・・・・・??
混乱する頭の中を見透かしているかのように、1つだけ小さく微笑むと、ポンと軽く背中を押した。
それを合図に3人が次々とエスカレーターに乗り込み―――
「決して自分を見失っては駄目。名前は、決して忘れてはいけない。この世界で、名前は大切な要素の一つだから・・・」
マルケリアの声が、段々と遠くなる。
・・・ソレと同時に、意識が・・・体から離れていくような感覚がする・・・
―――目の前が、真っ白な霧に覆われる
耳の奥に、エスカレーターの小さな機械音を響かせながら・・・
≪ END ≫
◇★◇★◇★ 登場人物 ★◇★◇★◇
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
4782/桐生 暁/男性/17歳/学生アルバイト・トランスメンバー・劇団員
5566/菊坂 静/男性/15歳/高校生、「気狂い屋」
6001/比嘉耶 棗/女性/18歳/気まぐれ人形作製者
◆☆◆☆◆☆ ライター通信 ☆◆☆◆☆◆
この度は『Misty Town ---始---』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
そして、続きましてのご参加まことに有難う御座います。(ペコリ)
マルケリアは、敵なのか味方なのかの見極めが重要だったりします・・・。
前回のお話ではギリギリ味方だったマルケリアですが、今回のお話ではどうでしょう・・・今のところは味方のようですが・・・。
次は何処の場所に繋がっているのか・・・勿論、スーパーの2階に繋がっていると言うわけではない・・・と、思いますが・・・。
それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。
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