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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


無限ループを脱け出せ!

 妖精は退屈していた。
 ――誰も自分に気付いてくれない。
「そうだ、いたずらしてみよう」
 そうしたら誰か自分を見つけてくれるかもしれない。そう思って。


「さんした。さっさと取材に行ってらっしゃい!」
 今日も美しき編集長碇麗香(いかり・れいか)の怒声が飛ぶ。
 三下忠雄(みのした・ただお)は「はい〜」と影を背負いながらアトラス編集部のドアを開け、外に出た。
 そして次の瞬間には、編集部の中に戻ってきていた。
「……あれ?」
 首をかしげかしげ、くるっと振り向きもう一度ドアを開け、外に出る。
 ――出た先は、やっぱり編集部の中。
「あ、あれえ?」
「何やってんの、さんした」
 冷たい編集長の声がする。
「その……外に出られません」
「何バカなこと言ってんのよ。早く行きなさい!」
「は、はいっ」
 三下はもう一度ドアに向き直り、ごくっと喉を鳴らしてドアを開け、外へ出た。
 そして着いた先は……やはり編集部内。
「外に出られません〜〜!」
「……試してみましょうか」
 バイトの桂(けい)が立ち上がった。そして、三下を押しのけドアを開け、外へ出ようとした。
 しかし、やはり着いたのは編集部内。
「……編集長。なんか、無限ループでも起こってるみたいですよ」
「何ですって?」
 麗香は悲鳴に近い声をあげた。「外に出られないの? それじゃ取材に行けないじゃない!」
 肩を怒らせ、彼女自身がドアにやってくる。
 そして三下、桂同様のループにかかって天井を仰いだ。
「このままじゃ雑誌の発行に支障をきたすわ……!」
 ――そこが一番重要なんかい、というつっこみは誰もできない。
「誰か原因さぐってよ……!」
 八つ当たりに近い口調で、麗香は誰にともなく怒鳴りつけた。


 門屋将太郎(かどや・しょうたろう)がアトラス編集部にやってきたのは、知人である碇編集長に電話で呼びつけられたからだった。
 ちょうど将太郎がたどりついたとき、編集部内にはもうひとり、無関係の人間がいた。
 童顔の美青年、唐島灰師(からしま・はいじ)である。
 とりあえず灰師に挨拶をする必要性も感じなかったので、将太郎は編集部内を見渡した。
「おいおい、ここにいったん入ると、もう出られないってマジかよ? このままの状態じゃメシも食いに行けないし、トイレにも行けないじゃないか。どうやって生きていくんだよ?」
「けけけ、面白そうじゃん!」
 ひとり場違いに喜色満面なのは、灰師である。
 将太郎はついに灰師に声をかけた。
「……トイレ行けなかったらあんただって困るだろが」
「はん。知らねーのかよ?」
 見かけはどう見てもかわいくかっこいい美青年のくせに、灰師の言動はそれをぶち壊していた。偉そうに大きくあごをそらして、
「美形はトイレになんぞ行かねーんだよ」
「……ああ、そう」
 将太郎は脱力した。
 こんな顔して実は将太郎より歳上だというのだから、世の中嫌になってくる。
「メシ食えなかったら困るだろ?」
「たった今食ってきたし? いざとなったらさんしたに窓ガラスぶち破ってジャンプして買いにいってもらうし?」
「うひいいいいい!」
「死ぬぞそれ!」
「あら、その手があったかしら……」
 本気で考え込む碇編集長が怖い。
「窓は……開きますけどね」
 桂は窓を確かめながら言った。「ここから飛び降りてみる勇気のある人、います?」
「はーい、僕やりまーす」
 三下の腕を勝手に持ち上げ、声色を使いながら灰師が言った。
「ややや、やりませんよっ!」
「なにっ!? 窓どころか屋上から飛び降りるんじゃなきゃやる気しねーってか!? さすがさんした、根性あるな!」
「唐島さん〜〜!」
「心配すんなって。窓からでも屋上からでも死んだら線香の一本でもあげてやる」
 灰師、合掌&黙祷。もう三下が死んだ気でいる。
「どうでもいいから、ループをどうにかしてよ!」
 編集長の嘆きの声があがった。
「はっ。そうだった」
 灰師の外見にそぐわない言動についつられてしまっていた将太郎は、慌てて意識を戻す。
「ループってのは、何回かやってるうちに外に出られるってのが大概のお約束なんだよ。やってみるから見てな」
 将太郎はドアの出入りを繰り返した。
 灰師は呑気にそれを見ていた。
「そーゆーことやらせんなら、ここにうってつけの人間がいるってのに」
 無論それは、三下のことを指す。
 ――将太郎は外へ出られなかった。
「おっかしいな……」
 首の後ろをかきかき、彼は編集部内を調査した。
「だからそーゆーうちまい仕事をやるのにうってつけの人間がここにいるって」
 灰師が三下の襟首をつかんで、将太郎に差し出した。
 三下は怯えてすくんでいる。
 将太郎は頬をかいた。
「……言っちゃあなんだが、三下に頼むと大事なモンも見逃す気がする」
「だからさ。それが面白いんじゃん」
「面白いわけないだろが!」
 三下の両腕をひょいと持ち上げながら、灰師は三下の体を後ろから操った。
「そんな〜。僕やりますってばー。見事大事なもの見逃して、ループをひどくしてみせます!」
 ……灰師は三下の声色がずいぶんとうまかった。
 そんな灰師を無視しながら、将太郎はなんとか編集部内を調べなおす。
「編集部内に異常はなしか……」
 みんな、何か心あたりはなしか? と編集部員に訊いてみる。
「――何かしたとか、何か考えついたとか。それが原因でループが発生したってことも考えられるだろう。三下が慌てて取材に行こうとしてたとか」
「それ、いつものことじゃん」
「……編集長がいらついてたとか」
「それもいつものことじゃん」
「……うるさいなあ、あんた」
「だって本当のことじゃねーか」
 将太郎の言うことにいちいち茶々を入れる灰師。
「と、とりあえず、他イロイロ。心の歪みやゆとりのなさが何らかの原因でループを状態を引き起こした、っていうのは、アトラスのネタになるだろ」
 将太郎は笑った。
 美しき編集長は「ネタにはするわよもちろん!」と宣言した。
「でもねっ! その前にループを解除してもらわないことにわね!」
「おんや〜美人な編集長さんよ、あんたも美形なんだから、トイレには行かねーよな?」
 灰師がニヤつく。麗香はすかさず、
「化粧室には化粧をしに行くのよ!」
 と鋭く言った。
「おーおー。素顔には自信ない?」
「何を言うの!? 女のたしなみだわ!」
「俺、素顔の女のほうが好みだなあ」
「あんたの好みなんか聞いてなーい!」
「……俺も素顔のほうが好みかも」
 将太郎がぼそりとつぶやいたが、見事無視された。
「桂〜。お前も美形予備軍なんだから、トイレになんか行くなよ?」
 灰師はまだそこにこだわっている。
 桂は苦笑した。
「美形、ならまず三下さんですよ」
「あ、さんしたは却下。眼鏡ないとさんしたじゃねえから」
 眼鏡を取ると美形、そんなお約束を持つ三下だったが、灰師は取り合わなかった。
「さんしたは遠慮なく『トイレトイレ〜!』と駆け回ってよし。俺が許す」
「ぼぼぼ僕はそんなのっ」
 すでに三下は混乱しすぎていて、何を言っていいのか分からないらしい。
「いや、問題はトイレ談義じゃなくってな……」
 将太郎は灰師の暴走を食い止めてみようと思ったが、何となく途中で諦めた。無駄なような気がしたのだ。
「じゃ、食事談義すっか? とりあえず全員ダイエット大会な」
「美容に悪いじゃないの!」
「おや編集長。あんたもっと痩せたら美人度倍増だぜ?」
「間に合ってるわ! 大体代わりにお肌が荒れたらどうしてくれるのよ!」
 分かった、と灰師は重々しく言った。
「それじゃあ、さんしたの分の食いモンは全部編集長に回すということで」
「それ以前に僕に食べ物がありません……!」
「あ? 窓ガラスぶち破って買いにいってくれるんじゃなかったのかよ」
「何でぶち破らなきゃならないんだ?」
 壊れたガラスの金は誰が出すんだよ、と将太郎が口を挟むと、返事は灰師と編集長、見事に重なった。
「さんしたに決まってる!」
「うわああああん」
 ただでさえ薄給の三下忠雄、震え上がった。
「……普通に窓開けりゃいいじゃねえか」
「それじゃつまらねえだろ」
「いやつまらないとかそういう問題じゃ」
「そういう問題だっつーの」
 有無を言わせない口調だった。さしもの将太郎も口をつぐんだ。
「どうやって生きていくか? それはもちろんさんしたをからかってからかってからかい倒してだな」
 けけけ、と灰師は煙草の灰を落としながら笑った。
「……あんた、それ絶対飽きる……」
 将太郎がげんなりと言う。
「飽きたら飽きたで、さんしたに責任とってもらうからいいぜ」
「なんだそりゃ!」
「あ? 何か間違ってっか?」
 ――間違いまくってる! と将太郎は思ったが、なぜか口には出せなかった。こちらを見返す灰師の表情が、あまりにも“当たり前だろ?”と言っていたから。
「無限ループか……」
 灰師はくわえ煙草で腕を組んだ。
「そうだな。きっとアレだ、さんしたに恨みを持つ幽霊の仕業に違いねえ」
「ひっ!?」
「だって俺さっきから見えてんぜ? さんしたの肩の後ろにぼやーっとしたもんが……」
「ひいいいい!」
 三下は悲鳴をあげて――そのままばたりと失神。
 慌ててかけよって介抱しながら、将太郎は灰師を見た。
「それ、本気か?」
「嘘に決まってんじゃん。けけっ、引っかかりやすいの」
「………」
 将太郎はため息をついた。
「三下が気絶しちゃ、もうからかう相手いないだろうが。いい加減にしとけ」
「そいつのマヌケな気絶面、見てても飽きないんでねえ」
「……あ、そ」
 たしかに縮こまった体勢で硬くなり、顔面蒼白で気絶している三下の姿は、ある意味見ごたえがある。
 しかし、五分もすると灰師は大あくびをした。
「はーあ……退屈」
「ほれ見ろ」
「水ない水ー。さんしたの顔にぶっかけようぜー」
「待て待て待てー!」
 臨床心理士の将太郎はそれなりに他人に優しい。灰師のやり方にはそうそう同意できなかった。
「冷めたコーヒーならあるわよ……」
 デスクで頬杖をついて、ぶすっとした顔で、碇編集長。
「あ、じゃあそれでいいや。カフェイン入ってて効果倍増ってか?」
「やめんか二人ともー!」

     **********

 妖精は寂しがっていた。
 ――いたずらしても、誰も自分を見つけてくれない。
 こうなったら、もっといたずらしてやる。

 この後、妖精は身をもって知ることとなる。

 選びましょう
 落とす場所には
 危険もいっぱい(字あまり)

     **********

 ふと、全員の目の前でゴミ箱がふわりと空中を飛び――
 そして、落下した。

 ごすっ

 頭に角があたったのか、とてもいい音が響いた。
 そして中に入っていたゴミがその人物を汚してゆく……

 オーラが立ちのぼった。
 将太郎が――将太郎だけでなく全員が、ひいと縮み上がった。
「誰だ……?」
 灰師はゴミまみれになりながら、引きつった笑みを浮かべた。
 彼の足元には、今の衝撃で落としてしまった煙草がちりちりと燃えている。
 それをぐしゃりと足でもみ消して――多分そのためではなく、ただの勢いだろうが――灰師は怒鳴った。
「誰だこんなふざけたことやりやがったやつは!?」
 灰師は、自分の傍らに転がっている空となったゴミ箱を持ち上げた。
 そしてそのまま、それを自分の上空へと、八つ当たりするようにたたきつけた。
 ガン!
 それは天井へとぶつかって、再び落ちてくる。
 そしてゴミまみれになった灰師は、ぱたぱたと体を払い、
「あーあー。おい、ちょっと、トイレどこだ。払ってくらぁ」
「出てすぐのところにありますけど……でも今は」
 桂が言うのも最後まで聞かず、灰師はドアを開けた。
 そしてそのまま編集部を出て行った。
「………」
「……ありゃ?」
 将太郎がためしにドアへ向かう。
 そして外へ足を踏み出した。
 ――そこは、たしかに編集部を出てすぐの廊下だった。
 中に戻る。
 普通に、編集部内だった。
「あ……」
 将太郎は呆気にとられたままつぶやいた。
「も、元に戻ってやがる……」
 本当に! とデスクを叩く勢いで碇編集長が立ち上がった。
 そしてつかつかとドアまで歩いてくると、自分の足でたしかめた。
 珍しくその瞳が、きらきらと輝いた。
「戻ってる! 戻ってるわ……!」
 編集部の外からは、灰師の「あーちくしょー! このガム取れねー!」という大声が聞こえる。
 編集部内がわっと歓声に包まれた。
「まあ……良かったっちゃあ、良かったな」
 しっくりこない表情で、将太郎は麗香に言った。
「何よ、不満そうね?」
「いや……俺はこれでいいんだけどよ」
 将太郎は麗香をこっそり見やった。「これじゃ……原因が分からない。アトラスのネタに出来るか?」
 瞬時、美しき編集長は凍りついた。
 そのしなやかな指先が、わなわなと震える――
「貴重なネタを逃したーーーーー!」
 何よりアトラス第一主義。
 麗香はまだ気絶していた三下を蹴りつけて起こし、
「さんした! 今すぐ新しいネタを見つけてくるのよ……! でなきゃ気がすまないわ!」
「いでっ! ははは、はいっ!?」
 三下は目を覚ますなりわけの分からないことを言われ、目をしろくろさせた。
 ともあれ――
 結局原因の分からないまま、事件は幕を閉じてしまったのだった。

     **********

 妖精はその体をべったりとアトラス編集部の床に倒していた。
 あのゴミ箱での一撃は効いた……
 ショックで無限ループのいたずらも解け、おまけに今床にいるせいで、次々と踏みつけられていく。
 妖精はよよよと泣いていた。気づいてもらえなかったあげく、こんな目に遭って――
 さんしたくん、と妖精はつぶやいた。
 キミの気持ちがよく分かるよ――と。


 ―Fin―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1522/門屋・将太郎/男/28歳/臨床心理士】
【4697/唐島・灰師/男/29歳/暇人】

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■         ライター通信          ■
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門屋将太郎様
いつもお世話になっております、ライターの笠城夢斗です。
今回は結果的には失敗な依頼となり、初めてのことかもしれませんが、これはこれで楽しんでいただけますと嬉しいです。門屋さんがいらっしゃらないと話が進みませんでしたので感謝しております。ありがとうございました!
それでは、またお会いきる日を願って……