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<東京怪談・PCゲームノベル>


激走! 開運招福初夢レース二〇〇六!

〜 スターティンググリッド 〜

 気がつくと、真っ白な部屋にいた。
 床も、壁も、天井も白一色で、ドアはおろか、窓すらもない。

(ん〜……去年も、こんなことなかったっけ?)

 思い出したのは、ちょうど一年前、つまり去年の正月のこと。
 初夢として見た夢の中で、なにやらとんでもないレースに参加させられた記憶がある。

 その時も、スタートはこんな真っ白な部屋の中だったはずだ。

(新春恒例とか言ってたような気もするし、やっぱりあれなのかな?)
 そう考えはじめた時、突然、どこからともなく声が響いてきた。
「お待たせいたしました! ただいまより、新春恒例・開運招福初夢レースを開催いたします!!」

(あぁ、やっぱり)
 新春恒例と言っていたことと、去年の「あの夢」であること。
 二重の意味で、そう思わずにはいられなかった。
「ルールは簡単。誰よりも早く富士山の山頂にたどり着くことができれば優勝です。
 そこに到達するまでのルート、手段等は全て自由。ライバルへの妨害もOKとします」
 レースのルールはもちろん、この説明の文句も、どうやら去年と全く同じのようだ。

「それでは、いよいよスタートとなります。
 今から十秒後に周囲の壁が消滅いたしますので、参加者の皆様はそれを合図にスタートして下さい」
 その言葉を最後に、声は沈黙し……それからぴったり十秒後、予告通りに、周囲の壁が突然消え去った。
 かわりに、視界に飛び込んできたのは、ローラースケートやスポーツカー、モーターボートに小型飛行機などの様々な乗り物(?)と、馬、カバ、ラクダや巨大カタツムリなどの動物、そして乱雑に置かれた妨害用と思しき様々な物体。
 そして遠くに目をやると、明らかにヤバそうなジャングルやら、七色に輝く湖やら、さかさまに浮かんでいる浮遊城などの不思議ゾーンの向こう側に、銭湯の壁にでも描かれているような、ド派手な「富士山」がそびえ立っていたのであった……。

(さて、去年は失敗しちゃったけど、今年こそは勝つわよ)
 ゴールのある「富士山」の山頂を見据えて、平代真子(たいら・よまこ)は拳を握りしめた。
 
 去年は「他力本願戦法」で上位進出を狙ったものの、いろいろと計算外のトラブルが相次ぎ、結局大変な目に遭ってしまった。
 中でも、最大のタイムロスの原因となったのは途中のジャングルにおけるトラブルの数々である。
 どう考えても、あのジャングルは回避するに越したことはない。

 とはいえ、他のルートを通ったところで、結局なんだかんだと様々なトラブルに見舞われそうな気がしないでもない。
 代真子は少しの間そう考え、そこでふとあることに思い至った。

 空だ。

 いくらこの世界でも、空を飛んでいけば、そうそう障害にぶち当たることなどないのではないだろうか?

 そうなれば、後はいかにして空を飛んでいくか、だが。
 飛行機やらヘリコプターやらを乗りこなせる技術がない以上、何か自力で飛んでくれるようなものに乗っていくしかないだろう。

 代真子が辺りを見回してみると、どことなく眠そうな顔をした見慣れない大きな鳥が目に入った。
 少し頼りなさそうな気がしないこともないが、これだけのサイズがあれば代真子一人を乗せて空を飛ぶことくらい造作もないだろう。

「ん、よし。アンタに決めた」
 代真子が鳥の背中に飛び乗ると、鳥は一声間の抜けた声を上げて、若干ふらつきながら飛び立ったのであった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 怪生物界の副将軍? 〜

「ねぇ、ちょっと。もう少し早く飛べないの?」
 あまりの遅さに、代真子はついつい声を荒げた。
 返ってきたのは、やはり、先ほどと同じ間の抜けた声。
 今さらながら、代真子はこの鳥を選んだことを少し後悔し始めていた。

 なにしろこの鳥、散歩するようなスピードでふらふらふらふらと飛ぶのである。
「早くスタートした方が有利」と考えて最初に選んだ鳥に乗ってきた代真子であったが、さすがにここまで遅いというのは計算外だった。
 もっとも、その原因の何割かは、代真子自身にあるような気がしないこともないのだが。

「こんなんじゃすぐに追いつかれちゃうじゃない!」
 代真子が苛立たしげにそう口にすると、その言葉を肯定するかのように、三人ほどの参加者が代真子の横を通り抜けていった。
 皆、飛行機やグリフォン、ミサイル――これはさすがにどうかと思うが――など、ちゃんと速そうな乗り物に乗っている。

「ああ〜っ、もう! こんなんじゃ、今年も全然ダメじゃないっ!」
 代真子は悔しそうにそう言ったが、まあ、全ては後の祭りである。





 さて。
 空の上ならば、そうそう障害もあるまい。
 そう思って、代真子はこの上空ルートを選んだのだが。

 どっこい、ここは夢の中。
 空を飛んでれば何も起こりはしないだろうという仮定自体、そもそも大間違いなのである。

 代真子を追い抜いていった三人であったが、彼らもすぐに上空で立ち往生し、代真子に再び追いつかれることとなった。

 なんと、不意に現れた三匹の「蝙蝠のような羽根が生えた、ウナギのような生き物」が、彼らの行く手に立ちふさがったのだ。

 一同がこの事態に困惑していると、突然、左右のウナギが突然大声を出した。

「しずまれ、しずまれっ!」
「しずまれ、しずまれーいっ!」

 静まるもなにも、こっちは最初から呆気にとられて固まっている。
 ウナギもすぐにそのことに気づいたらしく、おもむろに整列すると、右のウナギがどこからともなく巨大な印籠のようなものを取り出した。

「この紋所が目に入らぬか!」

 その印籠に描かれた紋は、なんとミツバアオイ……ではなく、ミツバヤツメ。
 一部で「気持ち悪い」と大評判のあのヤツメウナギの仲間を、それも一番「気持ち悪さ」が堪能できる真っ正面からのデザインで描いたものだったのである。
 よくよく見ると、目の前にいる有翼のウナギのような生き物も、なんとなくミツバヤツメのように見えないこともない。

 ……が、だからなんだというのだろう?

 一同がリアクションに困っていると、ウナギたちはシビレを切らしたらしく、いきなり真ん中のウナギが一声こう叫んだ。
「微妙に順序が違う気もしますが、こらしめてやりなさい!」
『はっ!』

 こうなってしまうと、もうメチャクチャである。
 なぜかヤツメウナギのくせに放電するし、地上からは仲間とおぼしき銀色の巨大な猿が水車を小屋ごと投げつけてくるし、後続の面々は追いついてくるし、ついでに鬼も出るし蛇も出るしで、辺りはあっという間に大混乱になってしまったのであった。





「空を飛んできたのは、失敗だったかもしれませんね」
 セレスティ・カーニンガムの口から、そんな弱気な言葉が漏れる。
 それくらい、この空飛ぶミツバヤツメの集団は手強かった。

 セレスティも最初のうちこそ網を投げたり雹を落としたりして懸命に戦っていたが、これではいくら戦っても埒があかないし、それ以前の問題として、こんな連中と戦って得られるものなどあるはずがない。

 となれば、ここは「三十六計逃げるに如かず」であるが、彼らは逃げようとする相手を優先的に狙う傾向があるのか、これまで脱出に成功したものはいない。
 セレスティは懸命に逃げられそうな隙を探し、ある事実に目をつけた。
 彼らが、墜落していく相手には一切興味を示さないという事実に。

 幸い、地上にいる敵は巨大な銀猿しかいない。
 墜落しているようなふりをして急降下し、猿が目を離した隙に一気に低空飛行で振り切る。
 それ以外に、この状況を打破し、先へ進む方法はない。

 一度決断すると、後の行動は速かった。
 グリフォンの首にしがみつき、振り落とされないギリギリのスピードで急降下する。
 そして、猿が反対側にいる相手に水車小屋を投げつけている隙に、素早く水平飛行に転じてその後ろをくぐり抜けた。

「……全く、夢の中もなかなか物騒なものですね」
 そう呟いて、セレスティは一つ大きなため息をついた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 マイペースのススメ 〜

 鷲見条都由(すみじょう・つゆ)がジャングルを抜けた時には、スタートからかなりの時間が経っていた。

「それにしても〜、さっきは〜ひどい目にあいました〜」

 ジャングルで出会った女性に勧められて見に行った巨大バナナ。
 しかし、その正体は獰猛で狡猾な肉食植物だったのである。

 都由がそのことに気づいた時には、彼女はすっかり巨大バナナの群れに包囲されていた。
 もしタイミングよくあのバナナの天敵と思われる巨大なゴリラが現れなければ、おそらくあのバナナに食べられていたことだろう。

 とはいえ、まあそれもどうにか無事に切り抜けられたことだし、もともとレースの勝敗にこだわっていない都由としては、タイムロスもほとんど気にならない。
 ここから先は平野地帯で、ジャングルと比べると見るべきものは少なそうだが、その分途中で休憩するなどしてのんびり行けそうだ。

 そんなことを考えながら、都由がマイペースでバイクを走らせていると。
 ちょうど都由の向かっている方向に、何か、もしくは誰かが落ちていくのが目に入った。

 どうやら、ゴールまで飛んでいこうとした誰かが、何らかのトラブルにあって墜落したらしい。
「あらあら〜、これは〜大変ですね〜」
 他の人が聞いたらあまり大変そうには聞こえない調子でそう口にすると、都由は少し急いでその墜落地点へと向かった。





 現場にたどり着いて、都由は思わず目を丸くした。

 彼女が危惧した通り、落ちてきたのは人間だった。
 そこまでは彼女も予想できていたのだが、問題はその落ち方と、落ちた後の様子である。
 その落ちてきた人物は――見える範囲で判断する限り女性らしいが――なんと真っ逆さまに頭から落ちてきたらしく、そのまま腰の辺りまで逆さまに地面に突き刺さっていたのである。
 マンガではしょっちゅう、そして映画でも希に見受けられる光景だが、実際に目にしたのはもちろんこれが初めてだ。
「あら〜、本当にこんな風になるものなんですね〜」
 妙なところで感心しながら、都由はバイクを降りて、突き刺さっていた女性を引き抜いた。





 空中で空飛ぶ巨大ミツバヤツメに襲われ、奮闘空しく撃墜されて墜落した代真子。
 そんな彼女を助けてくれたのは、予期せぬ人物だった。
「……ふぅ、助かったわ……って、購買のおばちゃん?」

 そう。
 彼女を土の中から引き抜いてくれたのは、彼女が通う神聖都学園の購買のおばちゃん――都由だったのである。

「あら〜、あなたは確か〜……」
「平代真子よ。神聖都学園高等部二年生。
 それにしても、こんなところでおばちゃんに会うなんて。世間は広いようで狭いわね」
「全くですね〜」
 のんびりした口調の都由と話していると、ついついこちらものんびりゆっくりのスローペースになってしまう。
 ……が、よく考えてみると、今はそんなことをしている場合ではなかった。

「それはそうと、今、あたしたちって何位くらいだと思う?」
 曲がりなりにも、今はレース中である。
 もし、今からでも上位に食い込める可能性があれば、それを目指して全力を尽くすべきだろう。
 代真子はそう考えていたが、現実は非情だった。
「そうですね〜。
 あたしも、そんなに急いできたわけじゃないですし〜。
 他のルートを通った人のことは〜、わかりませんけど〜、多分、後ろから数えた方が早いんじゃないかと〜」

 まあ、そういった答えが返ってくるかもしれないことを全く予期していなかったと言えば嘘になる。
 だが、ある程度覚悟はできていても、実際にそう告げられると、やはりショックは小さくなかった。
「ああ、やっぱり! これじゃ、とても勝つのは無理ね」
「残念ですけど〜、そうでしょうね〜」
 あまり残念そうでもない様子でそう口にした都由は、もともと勝ちを狙っていたわけではないのだろう。
 かくなる上は、代真子も勝敗以外のところに目的を見つけるしかあるまい。
「まあ〜、のんびり行きましょう〜。
 そのうち〜、面白いことも〜見つかりますから〜」
「そうね。そうしましょっか」
 いつもと変わらぬ笑みを浮かべる都由が、代真子には少し羨ましかった。





 それからしばらく行ったところで、二人はなにやら休憩所のようなものを見つけた。
「あらあら〜。こんなところも〜あるんですね〜」
「そういえば、去年もこんなところがあった気がするけど……」
「ということは〜、去年も〜このレースに〜参加してたんですか〜?」
 そんなことを話しながら、とりあえず休憩所の方に向かう。
 中を覗くと、ちょうど大鍋一杯の麻婆茄子ができあがったところらしかった。

 それを見て、代真子はふとあることを思いついた。
 このレースのゴール地点は、(自称ではあるが)富士山。
 目の前には、大量の茄子。
 縁起のいい初夢の代表とされる「一富士二鷹三茄子」の総取りまでリーチである。

「決めた! あたし、『一富士二鷹三茄子』のコンプリートを目指すわ!」
「なるほど〜。いいんじゃないかと〜思いますよ〜」
 代真子がそう宣言すると、都由もそれに賛同してくれた。
「じゃ、まずはさっそく茄子からね」

 というわけで。
 さっそく、代真子はその麻婆茄子を注文し……。

「おかわりっ!」
 快調に食べ続ける代真子に、都由は呆気にとられたように見つめていた。
「これで〜、もう五杯目ですよ〜?」
「ん? だって、まだまだ食べたりないんだもの」
 その言葉に、都由は少し苦笑して席を立つ。
「それじゃ〜、あたしは〜先に〜行きますね〜」
「はーい。それじゃ、また学校でね〜」
 都由が去った後も代真子は食事を続け、結局彼女が満足した時には、あの大鍋の中はすでに空っぽになっていた。

「ごちそうさま〜。
 それじゃ、後は鷹を探すだけね」
 代真子が休憩所を離れようとした時、係員の人がなにやら小さな袋のようなものを持ってきた。
「それなら、とりあえずこれでも持っていっちゃどうだい」
 中を見ると、大量の赤唐辛子が入っている。
「ひょっとして……鷹の爪?」
「ああ。こんなのでも、ないよりマシだろ」
 まあ、この先鷹が見つかる保証もないし、持っていっても荷物になるというほどでもない。
「それじゃ、ありがたくもらっとくわ」
 代真子は鷹の爪を受け取ると、鷹を探しながらゴールの方へと歩き出した。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 驚きの真相 〜

 レース開始から、どれくらいの時間が経っただろうか。

 酔狂にも、富士山を徒歩で登っている二人の人物がいた。
 一人は代真子。
 そしてもう一人は、ロドリゲス大宮という自称トレジャーハンターの青年である。

 もちろん、この二人とて最初から徒歩で来たわけではない。
 が、途中のトラブルによって乗り物を失い、こうして自らの足のみに頼ることを余儀なくされていたのである。
 そんな二人がたまたまこの山の麓でばったり出会い、意気投合したとしても何ら不思議はないだろう。

「……で、ちょっと目を離した隙に、その嬢ちゃんにヘリを乗り逃げされちまってよ」
「そんな誰とも知らない子に鼻の下伸ばしてるから、そういうことになるんじゃないの?」 
 大宮の打ち明け話に、代真子が苦笑しながらツッコミを入れる。
「ははっ、違いねぇ。ま、相応の役得はあったんでよし、ってことにしとくさ」
 大宮はそういって苦笑すると、逆にこう尋ねてきた。
「それはそうと、アンタこそなんで歩いてこようなんて気になったんだ?」
「あたしも最初は鳥に乗ってたんだけどね。上空で化け物に襲われて墜落しちゃったのよ」
 代真子の答えに、大宮が納得したように頷く。
「ここは上空でも安心できねぇからな。俺も羽根の生えた虎に襲われた時はさすがに肝を冷やしたぜ」
「あたしが見たのは羽根の生えたウナギのお化けだったわね。すごく気持ち悪いやつ」

 と、二人がそんなことを話していると。
 下の方から、蹄の音が聞こえてきた。
 どうやら、まだ後ろに誰かいるらしい。

 一体、どんな相手だろう?
 二人は顔を見合わせると、一斉に後ろを振り向いた。

 そこにいたのは、ポニーに跨った長い黒髪の女性だった。
 何があったのか知らないが、だいぶあちこち怪我をしているようである。

 その彼女を見て、突然大宮が大声を上げた。
「あっ! お前はさっきの!!」
 その声に、女は驚いたように回れ右をして逃げようとする。
 しかし、すでにポニーは相当くたびれていて、もはや急いで走るだけの力はなかった。
「ひょっとして、今のが?」
「あいつに間違いねぇ! この俺様を騙しやがって、ただで済むと思うなよ!」
 尋ねる代真子にそう答えて、大宮は全速力で女を追いかけていった。

 恐らく、あのポニーの足では、大宮から逃げ切ることはかなうまい。
 仮に彼女がポニーを置いて逃げようとしたとしても、やはり結果は変わらないだろう。

 そうなると、問題は一つである。
 はたして、大宮は彼女を捕まえて一体どうしようというのだろう?

 まあ、そこまでひどいことをするような人間にも見えなかったが、相当頭に血が登っているようなのはいただけない。
「これは、放っておくわけにもいかないわね」
 ため息を一つつくと、代真子は慌てて二人の後を追った。





 代真子が二人に追いついたのは、そこから少し下ったところだった。
 予想に違わず、大宮は彼女に追いついており……それどころか、女の方はなにやら頭を抑えてうずくまっていた。
「まさか、本気で殴ったりしたんじゃないでしょうね」
 代真子がそう問いつめると、大宮は大きくため息をついた。
「俺は何もしてねぇ。こいつが急に苦しみだしたんだ。
 どうせ、逃げられないと悟って仮病でも使ってんだろうけどよ」
 とはいえ、彼女の様子はとても仮病のようには見えない。
「ねえ、ちょっと」
 代真子が彼女に手を差し伸べようとした瞬間――信じられないことが起こった。
 突然、彼女の身体が縮みだしたのである。

 呆気にとられる二人の目の前で、二十歳ほどに見えた女は、みるみるうちに小学校低学年くらいの少女の姿へと変わっていった。





「……ここは……?」
 弓槻蒲公英(ゆづき・たんぽぽ)は、辺りを見回して首をかしげた。
 ついさっきまでジャングルにいたはずなのに、なぜか、今は山道の途中にいる。
 身体はあちこち痛むし、隣にはどこかで見たことがあるような女性と、少し不機嫌そうな顔をした男の姿があった。

 蒲公英が驚いてアーベントの陰に隠れようとすると、その女性の方が苦笑しながらこう声をかけてくる。
「えーと……蒲公英ちゃん、だっけ?」
 やはり、彼女とはどこかで一度会っている。
「あ……あなたは、確か……」
「平代真子よ。去年もこのレースで会ったじゃない」
 そうだ。
 去年、休憩所で会った女性に間違いない。
 だとすれば、あの後鳥人間たちの救助を手伝ってくれた彼女は、悪い人ではないだろう。
 蒲公英が少しほっとしていると、その様子を見た後ろの男が怪訝そうな顔をした。
「なんだなんだ、知り合いか?」
「ええ。ちょっとね」
 どうやら、彼は代真子の知り合いらしい。
 だとしたら……悪い人ではないのかもしれないが、相変わらず不機嫌そうにしているし、少し怖い。

 やむなく、蒲公英は代真子にこう尋ねてみた。
「わたくし……どうしてこんなところに?」
「ひょっとして、何も覚えてないの?」
 覚えてないの、ということは、やはり何かあったらしい。
「アーベントさんと一緒に、ジャングルに入って……そこで……おいしそうな茸を食べたような……」
「それで、気がついたらここにいた、ってこと?」
「……はい……」
 正直に、覚えている通りのことを答える蒲公英。
 だが、代真子はともかく、後ろにいた男はその説明に納得してはくれなかった。
「ちょっと待てよ。じゃ、全部その茸のせいだってのか!?」
「ほぼ間違いないわね。あたしは蒲公英ちゃんを信じるし……この子が嘘を言っているように見える?」
 代真子が味方してくれるのはありがたいが、後半はなくてもよかったかもしれない。

 男と目が合う。
 思わず目をそらしそうになったが、そんなことをすればますます疑われると思い、蒲公英は懸命に彼の方を見つめ返した。
 もし自分が迷惑をかけたのなら、謝りたいとは思うが……相当腹を立てているようだし、やっぱり怖い。
 その恐怖のせいか、涙で微かに視界が歪む。

 と。
 突然、男ががっくりと肩を落とした。
「……って、なんで怖がんだよ。 これじゃ俺が子供をいじめてるみたいじゃねぇか。
 あぁ、わかったわかった! 嬢ちゃんが悪くないのはわかったから泣くなって!」
「ほら、わかったってさ。よかったわね」
 嬉しそうな様子で、代真子が頭を撫でてくれる。
「……はい……」
 小さく頷く蒲公英の視界の隅で、アーベントが安心したように息をついていた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 そして 〜

 代真子たちがゴール前につくと、ゴール担当の係員はやれやれとばかりにため息をついた。
「ようやっと、最後の三人が来ましたね。
 問題の難易度はこれ以上ないくらい低くしてありますので、ちゃっちゃとゴールしちゃってください」

 百匹の狛犬の中から、三十分以内に全く同じポーズをしている二匹を見つけ出す。
 そういわれれば非常に困難なようにも思えるが、狛犬のうち二匹だけが、それもよりにもよって最も入り口から近いところにいる二匹がこれ見よがしに全く同じポーズで逆立ちしていれば話は別である。

 となれば、後は誰が先にゴールに入るか、だが。

「俺は、最後でいいや」
 真っ先にそう言ったのは、大宮であった。
「レディー・ファースト、ってな。どうせビリもブービーもかわらねぇだろうしな」

 実は、代真子も「この際ビリでいいか」と思っていたのだが、彼の言う通り、ビリもブービーも大差ないだろうから、わざわざ彼の厚意を無にすることもあるまい。
 そう考えて、代真子はそっと蒲公英の背中を押した。
「先行っていいよ、蒲公英ちゃん」
「……え……いいんですか……?」
「いいからいいから。さ、早く」
 代真子に促されて、まずは蒲公英が大きな狛犬の前に立ち、一番と二番のボタンを押す。
 すると、「ぴんぽーん」という安っぽい効果音とともに、ゴールへの扉が、単なる自動ドアのように何の趣もなく開いた。
「うわ、何この手抜き」
 唖然とする代真子に、係員がきっぱりこう言い放つ。
「まあ、この順位でこの問題のレベルなら、これくらいの演出が妥当でしょう」
 確かに、こんな百人がやって九十九人が正解しそうな問題であれば、この程度の演出にとどめられても仕方ないといえば仕方ない。
「でも、なんか釈然としないのよね」
 釈然とはしないが、だからといってどうこうできるものでもない。
 蒲公英がゴールするのを待って代真子がボタンを押すと、先ほどと同じいい加減な演出でゴールへのドアが開いた。
 さほど感慨があるわけではないが、半ばヤケクソ気味に堂々とゴールへと向かう。
 大観衆に応えるかのように右手を挙げてみると、それを見ていた蒲公英が少し控えめながら拍手をしてくれた。

 そうして、代真子がゴールし終えた後。
「さて、じゃ最後は俺の番か」
 大宮が、苦笑しながら狛犬のボタンを押す。

 ところが、どうしたことか、今度はドアは開かなかった。

「……あ? どうなってんだ?」
 首をひねる大宮に、係員が不気味な笑みを浮かべる。
「大変申し上げにくいのですが……今年から、最下位の方には罰ゲームが用意されまして」
「……へ?」
「いえ、ごり押しの過ぎる方も問題なのですが、勝つ気がなさすぎる方が多いのも問題といえば問題でして。
 レースとしての緊張感を少しでも出すためには、こういう方法もやむを得ないということになったのですよ」
 戸惑う大宮にそれだけ告げると、係員は一度指を鳴らした。
 それと同時に、どこからともなく屈強そうな黒服の男が数人姿を現す。
「連れて行け」
 係員の合図で、男たちが大宮を取り押さえる。
「……え? おい、こんなの聞いてねぇぞ!?
 放せ、おい、こら、放せ、放せぇぇぇっ!!」
 どこかへ連行されていく大宮を見ながら、代真子は一瞬でも「ビリでいいか」と思ったことを激しく後悔するとともに、彼の尊い自己犠牲的精神に心の中で最敬礼したのであった。

 大宮の姿が見えなくなると同時に、いつもの声がどこからともなく響いてくる。
「本日は、当レースに御参加下さいまして、誠にありがとうございました。
 本年が皆様にとって良い年となりますように……」





 そして……代真子は、夢から覚めた。





 目を覚ました後で、変わったことが一つだけあった。
 机の上に、印籠のような物が置いてあったのである。
 まさかと思いながらその図案を見ると――そこに描かれていたのは、やはりあのミツバヤツメの紋(?)であった。
(……こんなもの、どうしろっていうのよ)
 いろんな意味で予想を裏切る収穫に、代真子は頭を抱えたのであった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 0086 /   シュライン・エマ   / 女性 /  26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
 1992 /    弓槻・蒲公英    / 女性 /   7 / 小学生
 1883 / セレスティ・カーニンガム / 男性 / 725 / 財閥総帥・占い師・水霊使い
 3107 /    鷲見条・都由    / 女性 /  32 / 購買のおばちゃん
 4241 /    平・代真子     / 女性 /  17 / 高校生

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■         ライター通信          ■
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 撓場秀武です。
 この度は私のゲームノベルにご参加下さいましてありがとうございました。

 さて、このレースも今回で三度目ということで。
 いただいたプレイングをもとに、あちこちいろいろとひねってみました。

・このノベルの構成について
 このノベルは全部で五つないし六つのパートで構成されております。
 今回は全てのパートについて複数パターンがありますので、もしよろしければ他の方のノベルにも目を通してみていただけると幸いです。

・個別通信(平代真子様)
 昨年に引き続いてのご参加ありがとうございました。
 代真子さんの描写、及びレースの結果の方、こんな感じでよろしかったでしょうか?
 もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。