|
■悪魔の指紋−孤児院404号室−■
4かいの 4ごうしつ
まよなかにしか あらわれないへや
そのとびらをひらくとね いっぱいのしたいが
つまってるんだって───
◇
「七不思議? 孤児院にもあるんですか?」
草間武彦が、珍しく煙草に火をつけずにくわえたまま、依頼人に聞き返した。
依頼人は、シスターだ。困惑したように、そして未だ泣いた跡がその目に見えて、さしもの武彦も同情した。
そう、シスターが依頼人だから、武彦も煙草を吸うまいと堪えているのだ。
「いえ、元々はなかったのです。けれど、孤児院にいると子供達に不思議な連帯感が生まれて……そういうものを作って噂に流す子供達が現れたのです」
その中の「孤児院404号室」というのが、今回の事件を引き起こしたのだ、という。
聞けばそれは、こういう話だ。
3階建ての孤児院、あるはずのない4階への階段が真夜中に現れ、それを昇ると「404」と書かれた扉が見える。それを開けると、死体がたくさんある、という如何にも子供が作ったような「コワい話」だ。
だが、最近になって面白がった子供達が、冬休み中に「自分達の作った七不思議実験」と称して真夜中に待機し、それから死体となって朝に発見されたのだという。
誰もどこにも外傷はなく、自然死といってもいい状態で、ただひとり昏睡状態に陥った生き残りの一人の男の子は、意識を手放す前にこう言ったのだという。
───404号室に すんでるひとが いたよ くるまいすに のっていた よ
「その事件を是非、解決して頂きたいのです。このままでは、皆が怯えて……それに、心から弔ってあげたいのです」
それと、とシスターは涙の盛り上がる瞳で武彦をまっすぐに見据えた。
「まだふせてはありますが、もうひとり───生き残っているはずの子が、行方不明なんです。その子も探して頂きたいのです」
「写真や手がかりになりそうなものはお持ちですか?」
「はい」
シスターは、急いでバッグからその女の子の写真やらなにやらを取り出した。
預かります、と武彦は丁寧にしまってから、ふと尋ねた。
「その───亡くなられた子供達の数は、何人ですか?」
「……22人です」
そんなにか。
武彦は眉根をひそめた。
中には、赤ん坊もいたのだという。かなりむごい話だ。
そしてふと───思った。
昏睡状態に陥った男の子と、行方不明になった女の子を入れて、ちょうど24人だな、と。
思わず、ついこの前解決したばかりの「子供の霊が悪い霊にとりつかれて引き起こした24人の子供誘拐事件」を思い出した、武彦だった。
■影の露見■
●孤児院の七不思議●
4つめのななふしぎ
だれがかんがえたんだ・ろう・ね
◇
「やっぱりあったって」
羽角悠宇(はすみ ゆう)の声に、孤児院の中、子供達が亡くなっていたという何もない3階の壁に向けて、ひとり黙祷していた由良皐月(ゆら さつき)は目を開けた。
「4階?」
振り向きざま尋ねると、悠宇と共に歩いてきた初瀬日和(はつせ ひより)が頷いた。
「今セレスティさんが孤児院長のシスターさんと話しています。草間さんも菊坂さん、あとシュラインさんや一色さんも一緒に話を聞いています」
そう、と頷いた皐月はとりあえず皆と再び合流することにした。
武彦から連絡をもらったのは、セレスティ・カーニンガム、由良皐月、菊坂静(きっさか しずか)、羽角悠宇、初瀬日和、一色千鳥(いっしき ちどり)、シュライン・エマの7人だ。
それぞれ待ち合わせた時間帯に、武彦から場所を教わったこの孤児院、「せせらぎ園」にやってきた。
実際に以前、この建物に4階があったのではないかと質問をぶつけたのは、セレスティと悠宇、シュラインだ。この孤児院が出来てからずっと院長をやっているというシスターは頷き、全員が集まると再度話をした。
「確かに、この孤児院には昔、4階がありました。けれど原因不明の火事にあい、焼失してしまいました。そして建て直し、この今の孤児院があるのです」
「原因不明?」
武彦が聞き返すと、シスターは頷く。
「ええ。去年の夏のことです。それほど昔のことではありません。真夏の、みんな夏休みに入って寝苦しいいつもの夜に突然発火したのです、4階への階段の入り口から見る間に上に広がって───驚くほど早く火がまわり、4階にいた子供達は皆死んでしまいました」
「そういえば、そんな事件が新聞に載っていましたね」
思い出したように、セレスティがつぶやく。相槌を打ったのは千鳥だ。
「私もお店のお客様が噂をしていたのを聞いたことがあります」
「どうして発火したのがその階だったのかな───4は確かに死に繋がる言葉だから不吉ではあるけども。死階、転じて死界……あるはずのない場所に行くってことも彼岸とかあの世に行くってことにも捉えられるけど、何らかの拍子にそういう世界に繋がったのかな?」
それとも誰かが手引きした?
静の言葉が続くと、皐月がシュラインを見る。
「確かこの前のキメラの事件の時、車椅子の音を聞いたのはシュラインさんだったのよね。今回といい、何か関連性がないとも言い切れないんだけど心当たり、ある?」
皐月のその問いに、シュラインはちらりと、セレスティ、悠宇、日和に視線を飛ばす。最後に武彦と見詰め合って、自分の懸念を口にした。
「最初に子供、次に研究所、そして車椅子───浮かんできたのは偲愛くんだったの」
偲愛?
聞きなれない言葉に説明を促すような視線をやったのは、千鳥に皐月、静だ。そしてなるほど、という顔をしたのが今までの一連の事件を聞いていたセレスティ、そして悠宇と日和、武彦。
「偲愛、神城偲愛(かみしろ さい)については俺が説明する」
興信所から一緒にやってくる間、シュラインからその考えを聞いていた武彦が引き継ぐ。
以前、「Assasination Play」という悪質なネットゲームから始まった、戦争が原因で狂気に陥り「究極の人間作り」を目指した神城財閥の総帥がいた。
彼の「実験体」で最も「完全体」に近いのが神城偲愛という、彼の子孫。だが彼は火に対して異様なほどの恐怖症で、それによって爆発した彼の「力」により神城の総帥の目論見は本人と共に灰となり、今まで拘束され研究と洗脳を強いられていた子供達や赤ん坊達は、神城財閥を引き継いだ、偲愛の弟である神城乱安(かみしろ らん)の手引きにより、それぞれ孤児院などの施設に送られた。
偲愛自身はといえば、セレスティの知る色々な意味で最も「安心」できる、病院と提携した施設にいるはずで───力を放出し、抜け殻状態になった彼も最近では天使のような無邪気な微笑みを見せるようになった、という。
「その、偲愛という人物が車椅子に乗っているのですか?」
千鳥が尋ねると、「今現在は」というこたえが返ってくる。
「彼に何かあれば、弟の乱安くんや、仲間のイチという子、それに縁志という人から連絡が来ないはずはないのだけれど」
一度偲愛に会いにいってみたいのだ、とシュラインは言った。
「抜け殻になった───なら、その偲愛っていう人は『誰か』に操られやすくもなるよね」
静のぽつりと落とした台詞は、その場に靄のように広がる。
確かに、その通りだ。
「彼が関係しているのだとすれば、むしろ危険性があるのは亡くなった神城総帥のほうですね」
セレスティが言うと、ふと皐月が思い出す。
「最初の事件の時、優太くんにとりついてたあの瘴気がいたわよね」
その言葉に、力強くシュラインが頷いた。
「そう。もしあれが神城総帥だったら───」
「でも驚きです。いくら怨念があるとはいえ、こんなに子供達、赤ん坊まで殺してまでも為したい何かがあるってことですよね」
日和が哀しむように目を伏せると、悠宇が舌打ちする。
「死んでもまだ成し遂げたい何かがあるのか。もしそうだとしたら……これだけの魂を奪っておいて、赦せない」
「行く前に偲愛さんの施設に連絡を入れなくては、検査の時間等と重なったら会えませんし、アポを取っている間にこちらで確かめられることを進めませんか?」
こつん、とステッキを鳴らすセレスティ。そういえば彼も長い道のりをゆくときは車椅子だ。思い出して、偲愛の気持ちが一番分かるのはもしかしたら彼なのかもしれない、と武彦は思った。
「七不思議と繋がったことは、仮定その総帥の瘴気が促したとも考えられますが───念のため、子供達の作り話のはずの七不思議の中にいくらか真実が入っていたかどうか、確認してみたいのです。他の七不思議もお聞かせ願えませんか?」
セレスティの言葉に、シスターは頷き、行こうとしたところへ千鳥が呼び止めた。
「すみません、それと───差し支えなければ、昏睡状態におられる子供さんに会わせて頂きたいのですが可能ですか?」
「はい、病院の地図があったはずですし、お渡しします。表向き面会謝絶にはなっていますが、許可をとってみます」
シスターが返事をし、すぐに子供達を呼んで、自分は病院へと電話をかけた。
◇
開かずのロッカー、いくら消してもついてしまう電灯、人形達が動き出す開かずの部屋。
子供達に聞くと、どこにでもあるような「七不思議」だ。
ほかはともかくとして、最後の7つめ、「人形達が動き出す開かずの部屋」が引っかかった。
「優太さんの『部屋』にも大量の人形がありましたね」
千鳥が、あの時いたシュラインと皐月に確認を取るように視線を送る。
「あのね、あのね」
くんくん、と袖を引っ張られて、日和が振り向くと小さな女の子がくまのぬいぐるみを抱っこしていた。一番年が近いし、日和の雰囲気が一番穏やかに感じたのだろう。
「なあに?」
微笑んでしゃがみ、目線を合わせてたずねると、女の子は教えてくれた。
「4つめと7つめは、ミツメさんからおそわったって、秀くんがいってたよ」
「秀くん?」
「うん、一番最初に、七不思議を考えついたの。秀くんはそれで、みんなをよろこばせて、でも今、あえなくなっちゃったの」
「秀くんて───有宇秀(ありう しゅう)という、昏睡状態にいる男の子の名前ね」
シスターから教わった名前を、皐月が思い出す。
「秀くんと水ちゃんは、なかがよかったの」
行方不明になっている女の子の名前は、秋津水(あきつ みな)だ。
「七不思議を思いついた秀くんが昏睡状態になって、その秀くんと仲が良かった水ちゃんが行方不明。これって何かあると思うな……」
静は腕組みをする。
「ミツメさんて、亡くなった優太くんのお母さんですよね。そういえばあの事件で、誰が結局『ミツメさん』に成りすまして子供達に色々な言葉遊びを教えていたのか不明のままでした」
千鳥の思案ももっともだ。
「今考えれば、その神城っていう財閥の総帥なのかもね。瘴気が形を取って───女の人の姿なら、子供達も騙しやすいから」
皐月が、「頼むから子供に善くないことしないでよ、最悪」とつぶやきつつ推測する。
「多分皐月さんのそれって、当たってると思う」
こちらもなにやらシスターに頼み込んで、ちょうど秀という男の子の日記を読むことができた悠宇が、相槌を打つ。
「7月31日、4階が焼けた。たくさんの友達がしんだ。
12月24日、クリスマスイヴにミツメさんていうひとと会った。この孤児院にかんする七不思議をふたつ、教えてもらった。おもしろそうなので残りのいつつも考えることにした
───関係ありそうなのは、この部分だけだな」
「亡くなった人を象って人を死に追いやるなんて───ちょっと、赦せないな」
静が、眉をひそめる。
「七つ目の『開かずの部屋』を確認してみましょう」
セレスティが、ステッキをこつんと動かした。
●閉ざされた骨●
その部屋は、以前から立て付けが悪くて扉が開かなくなり、誰も使っていないということでほったらかしにしてあるままの、3階の一番端っこの部屋のことだった。
力のある悠宇や千鳥、武彦が押しても引いても、開かない。鍵はかかっていないと、鍵開けが得意な皐月のお墨付きだというのに。
悠宇の手から借りていた日記をぱらぱらと見ていた日和は、最後のページに、反対側に書かれている文字を見つけた。
「………?」
なんだろう。
ノートを裏返してみて、その文字は読めるようになった。
「七つ目の鍵は研究所に───研究所って、この前のキメラの一件で壊れた研究所のことかしら」
「あの研究所にはいずれ行きたいと思っていましたから、ちょうどいいですね」
千鳥が、ふうとため息をついて扉を見つめる。
「これは後回しにしない? 研究所とか秀くんに会ってからにしようぜ」
悠宇の意見に、全員賛成し、帰り際、ふと、子供達が全員まとまって亡くなっていたという3階のとある壁のところで足を止める。
この、何の変哲もない壁が「開き」、階段が現れたのだろうか。
「……おかしいのよね」
ふと、皐月がぽつりとこぼす。
「死んじゃった子達の魂、ここには見当たらない。幽霊になって彷徨ってもいない。声すら聞こえないの」
皐月は、幽霊の類が日常に見える人間だ。そしてそれは静も同じ。
「僕にも見えないな───ただ、一箇所にいやな感じを受ける部分はあるけど、うかつに触ると危険そうだから避けたほうがいいよ。僕なら平気だけど」
静の体質なのだろうか、彼がそう言うと、
「ではいざ階段が現れても普通に触って『探って』は危ない、ということですね」
その場所で一度触れて何か読み取れないかどうか試してみたかったセレスティが、思案深げに顎に手を当てる。
「まるでセレスティの能力も分かっているような感じだな」
疲れたようにのびをする武彦の言葉に、シュラインはハッとする。
「分かって───いるのかも。
偲愛くんの一件では、私とセレスさん、悠宇くんと日和さんの能力は間違いなくあの総帥には知られていると思うの。もしかして、全部見通して───挑戦、してきているのかも」
「挑戦、ですか?」
不穏そうに、日和が尋ねる。
「あのまま総帥が黙って昇天するとは思えませんからね。充分考えられます」
面白そうにくちもとをゆるめる、セレスティ。
まさかあの時、こんな「延長戦」が待っているとは思いもしなかった。
シュラインや悠宇、日和も同じ思いだっただろう。
皐月と静、千鳥は改めて、この「裏にひそむ影」の大きさに心を身構えた。
アポが取れた、とシスターが伝えてくれ、一同はセレスティの車で教えられていた病院に向かった。
面会謝絶の札がかかってはいたが、場合が場合だけに、シスターがうまく言ってくれたのだろう。あくまでも話しかけず、決して害のある言動はないようにとの注意のもと、全員白衣を着て有宇秀の個室に入った。
しゅうしゅうと酸素吸入が音を立てている。病室は静かで、点滴の音すら聞こえてきそうだった。
秀に外傷は見られない。
千鳥は、そっとその細い手首に指を当てた。目を閉じ、ゆっくりと集中の波に意識をゆだねてゆく。
柔らかな優しい笑顔をした女性が、高い位置から見下ろしている。「ミツメさん」と秀が呼ぶ。かなり頻繁に、彼女は秀を訪ねてきていた。
最初は「近所の優しいおばさん」を装って。徐々に秀の警戒をといていき、「七不思議」の話をする。退屈な毎日を続けていた秀は喜び、興味を示して自分で残りの五つの七不思議を作る。
実行したのは、4日前。秀も入れて26人の子供と、赤ん坊を抱っこした「いつもお守りをしている」子達も集まった。
『そんなことあるわけないよ』
『わかんないよ、ミツメさんのいうことはいつも合ってるから』
『あ、見て! 壁がきえてくよ!』
ひときわ甲高い、秀の隣にいた、髪の毛を二つに結わえた女の子が壁を指差す。
壁はゆっくり溶けるように階段に変化し、子供達は率先して駆け上がってゆく。扉があり、秀の手がノブをつかんだ。
扉を開くと───そこは、真っ暗で。一瞬ぴたりと動きを止めた子供達を襲うように、車椅子の人影が手をかざした。
暗闇の中の車椅子の人影。
だがそこで意識は暗転する。
<きをつけて>
秀の手首から指を離す瞬間にそんな声が聞こえて、千鳥ははっとしてもう一度指を当てた。だが、もう何も聞こえない。
今のは───今の声は、誰のものだろう?
今のことを全て全員に話すと、全員一致で、今夜、孤児院に泊まりこんで階段が現れるか確かめよう、ということになった。
偲愛のいる施設に行くと、偲愛は変わらず庭にいた。
だが、瞳は澄んでいるのに焦点があっていない。
「前は微笑むまでになってたってのに」
悠宇が、もどかしげに偲愛の手を握り締める。
その偲愛の顔を覗き込んで、シュラインが一番聞きたいことを尋ねた。半ば、カマもかけて。
「偲愛くん。404号室で何が見えた? 女の子と男の子を助けてくれた?」
ぴくりと、偲愛の切れ長の瞳がシュラインの顔をとらえる。未だ喋ったことのない唇が、何かを象ろうとわなわなと動く。それだけで、充分だった。
「いいの、無理はしないで。偲愛くん」
偲愛の身体が、震えている。シュラインは抱きしめた。
───間違いない。彼も被害者なのだ。彼はそして、十中八九、秀と水を助けたのだ。
「彼を『視』させて頂くことは可能ですか?」
機を見計らっていた千鳥が尋ねると、「恐らく無理だと思います」とセレスティがまっすぐに施設のほうを見つめたまま、こたえた。
「彼は特殊な体質で、対峙した者の能力を全て自分のものにするよう『つくられた』からです。恐らく、千鳥さんの能力も吸収してしまうだけで何も見えないでしょう」
「この空気───」
そのとき、静がおもむろに唇を開いた。施設に着いたときから感じていたが、口に出すにははばかられたのだ。
皐月も同じだ。施設に着いたときから、鳥肌が立って仕方がない。
「どうかしましたか?」
日和が尋ねて、静はようやく口にした。
「この空気、───死人(しびと)の気配がぷんぷんする」
そういえば、と武彦が煙草を携帯用灰皿に入れてもみ消す。
「いつもならもう少し庭にも人が出ているはずだ。そばにいるはずの乱安と縁志もいない。施設の中にいるのか───?」
施設に走った皐月と悠宇、そして静はそこに、誰もいないことを庭に残ったメンバーに報告した。
「こんなものが偲愛さんの部屋の机の上にあったわ」
皐月が、触れているだけで悪寒のする紙切れを武彦に渡す。
開くと、そこには。
カミシロ ラン
シドウ エニシ
ツレテユク
血文字で書かれてあった。
「───本物の血ですね」
千鳥とセレスティが確認する。
更につけ加えると、二人をよく知っているセレスティが、これは乱安と縁志、二人の血を混ぜたものだと断定した。
「それで偲愛くんがこんなに怯えて───」
シュラインは、もっときつく偲愛を抱きしめる。
一体何があったというのだ。
否、半分は分かっている。
「復讐、ですね」
日和が、真っ青な顔色でつぶやく。
「神城の総帥の───復讐、ですね……最終的な目的がなんなのか、分からないですけど」
「総帥にとって、復讐もゲームにしている傾向がありますね」
彼の性格ですし、あんな「報われない形」で死んでしまっては魂も歪むでしょう、とセレスティは冷静だ。
「子供を使ってゲーム? 何が楽しいのよ」
はき捨てるように、皐月。
「偲愛、お前は全部見てるんだな。知ってるんだな? だからそんなに怯えてるんだろ? 頼む、何か手がかりになることを教えてくれ」
悠宇が掴んだままの手首に更にちからをこめると、偲愛は身体を震わせ、かすれた叫び声を上げた。
「悠宇、無理よ」
悠宇の気持ちはよく分かる。だが、この状態の偲愛に何を聞いても無駄だろう。日和が宥めると、悠宇は自分の醜態に唇をかみ締めた。
「まだ研究所っていう鍵が残ってるよね」
ゆっくり考えながら、静。
悠宇とシュラインの手を振り切って、偲愛は施設へと戻ってゆく。
誰もいない───施設へ。
けれどそこが恐らく、彼にとっての縄張り。彼だけが「連れてゆかれなかった」、だから一番の安全地帯。誰も止めることは出来なかった。
「一応、うちのボディーガード達を至急配属させます。……無駄かもしれませんが」
何もしないよりは、いい。
研究所へと向かう車内の中、セレスティがどこかへ電話をする。手配はすぐにすむだろう。
◇
研究所につくと、既に月が昇っていた。研究所───といってもそこは、この前壊れたまま、まだ手は殆どつけられていない。
立ち入り禁止、の札をくぐって武彦達が瓦礫の山を歩く。
手がかりは残るここと、孤児院の七不思議の実行だけだ。
「これ、なんだろう」
静が見つけたのは、瓦礫のひとつに書かれた赤い文字。これも誰かの血だということ───あの研究所の所長、安達のものだと千鳥が証明した。
「安達が死んだ後、誰かが偲愛さんを操ってこれを書かせた───とかは、考えられない? 例えばその総帥とかが。だからあの時、車椅子の音がした、とか」
皐月は自分で言ってから、ふと恐ろしいことに気がついた。
だとしたら───本当に、偲愛が操られているのだとしたら。
ぜんぶ 偲愛 の したことになってしまう ?
言いたいことは、全員に伝わったらしい。
「……世間的に見たら、そうなるでしょうね」
悔しそうに、シュライン。
「これ、楽譜ですね。かなり歪んではいますけど───」
音楽に強い日和が、歪んだ血文字を読み解いた。
「歌詞も書いてありますね」
千鳥が、メモに書きつけた。
「日和、これ覚えられるか? もしこの唄が『404号室への鍵』だとしたら、あの壁の前で真夜中に唄えば『開く』のかもしれない」
内心、日和にそんなことはさせたくなかったが───悠宇は、あえてそう尋ねた。偲愛達が絡んでいるとすれば、お互い気持ちは決まっていた。
日和は小さく、強く微笑んで頷いた。
「大丈夫。覚えられるわ」
「よし」
ぎゅっと、悠宇は一瞬だけ日和の手を握り締める。それだけで、気持ちは通じた。
他には気配も含めて何も見つからなかったし、夜も更けてきたので再度孤児院へ向けてセレスティの車が走る。運転手と共に外へ車を待機させておき、既に眠っていたシスターを起こして孤児院の扉を開けてもらう。
シスターには眠っていてもらうように言い置き、誰も寄せつけないようにと強く言ってから、武彦達は3階へ昇る。
静や皐月が気になるという部分の反対側、孤児院の中庭や門が見渡せる窓際へと全員並んで立つ。
左から武彦、シュライン、皐月、セレスティ、静、千鳥、悠宇、日和。
「3時です」
セレスティが腕時計を見下ろし、皐月と静が、不穏な空気が格段に強まったことをしらせる。
それを合図に、日和は唄いだした。
からからおふねがおきにでる
ふねこぐおにんぎょうののるふねは
たくさんのこどものほねたちの
かなしみでできたすてきなおふね
からからつきよにおきにでる
唄い終えたとたん、
がたん
音がして、左端の───例の「人形達が動き出す開かずの扉」が開いた。
同時に、真正面の壁が見る間にゆがみ、上への階段へと姿を変えてゆく。
「……子供達の魂の気配がするわ」
皐月が、左端の部屋のほうを見てささやく。
「こっちからは、すごい瘴気がくるよ」
静が声を押し殺して404号室へと恐らく繋がっている階段を睨みつける。
「誰かが───中から、扉をたたいてる」
耳が異常なまでに良いシュラインが、聞き分けた。興信所を出てくるときから用意していた人形をひとつ持っていた彼女は、静の先導で全員に聖水に浸した糸を持たせ、下の階に繋いで端を持って昇ってゆく。
「シュラインさん、そのお人形はなんですか?」
日和が声をひそめて尋ねると、シュラインは「可能性の一つにすぎないけれど」と自分の推測を話した。
「部屋に誰か残らないと出られない場合、女の子───水ちゃんがその部屋に囚われてる可能性もあるから、身代わりに」
昇っている際に、セレスティは試しに、聖水を持ったほうの手で手すりに触れ、何か読み取れないか能力を使っていた。
かすかになにかが───読み取れたらしい。
セレスティは小さく微笑み、後ほど報告することにして、ステッキと足とを静かに運んでゆく。
やがて、扉が見えてきた。404、と札に書かれている。
中から、女の子の「助けて」とかすれた声、どんどんと力なく叩く音がはっきりと聞こえる。
「水ちゃん?」
皐月が尋ねると、「うん、助けて、でられないの、まっくらなの!」とかえってきた。
急いで静がノブをつかみ、力任せに、いやに重い扉を開く。
ピンク色のパジャマを着た女の子が泣きながらそこにいた。だが、出られないようだ。まるで空気を固めたように、扉の境目に何か見えない壁があって入ることも出来ない。
「シュラインさんの考えが当たっているならば、そのお人形でなんとかできるはずです」
セレスティが確信を持った声で促したので、シュラインは信じることにした。
人形を扉の中に放り投げ、瞬時に転がり落ちるように部屋から解放された女の子を抱きとめる。再び、部屋は閉まった。
階段が、消えてゆく。
「ヤバい、早く降りないと、」
悠宇の声はそこで途切れた。日和の手を掴んで駆け下りようと振り返ったその瞳には、たくさんの、骨だけの子供が蠢いていたのだ。
「この前亡くなった子供達の幽霊もいるわ、人形がたくさん出てきてる、その中からあふれ出て来てるのよ、多分4階焼失事件で亡くなった子供の骨やこの前亡くなった子供達の幽霊が」
皐月が読み取る。そしてそれは確かなようで、静が前に出た。
「僕なら子供達を『ちゃんと向こうに』送ってあげられる。誰か、懐かしい唄を唄ってあげてくれないかな」
言わずもがな。
この孤児院に到着してすぐにシスターに、子供達とよく唄っていた唄はないかと尋ねていた皐月が、唄を唄い始めた。
子守唄の、ようだった。
さきほどの扉を開くための鍵の唄とは打って変わって優しく懐かしいしらべは、子供達の魂をいくぶん鎮めたらしい。静は機を見て、腕を振るった。
すうと天井に円形の光の柱が立ったように見えた。
そこに向けて、子供達の霊は吸い込まれるように、安らかな顔で昇ってゆく。
光の柱が消えると、夥しいほどのたくさんの人形達も、糸が切れたようにばたばたと床に落ちた。
「あの部屋に、閉ざされていたのね。原因不明の火事で死んだ魂たちと、共に」
皐月が、怒りと悔しさの涙をこらえて、震える声で、言った。
●永遠(とわ)に眠れ●
404号室に閉じ込められていたのは、やはり水で、意識を失う前に、偲愛に助けられたことを証言した。偲愛の後ろに何か黒いものが動いていた気がした、とも言ったが暗闇の中だったため定かではない、とも言った。
秀も水も、それから昏々と眠り続けた。早く目覚めればいい、と願いつつ、全員はその後、シスターに問い合わせていたことを彼女の口から直接聞かされた。
「4階の子供達の中に、確かに───404号室に住んでいた子がいました。神城家からきた、と言っていました。紫色の髪の毛のとても冷たい人から『役立たず』だと言われた、といつも淋しそうに言っていました」
偲愛は確かに今の状態になる前、平気でそんなことを言う人間だった。それが彼の「本当の性質」ではなかったのだけれど。
「その子の名前は、神城美月(かみしろ みづき)。利発な男の子でした」
帰る道すがら、セレスティはあの時読み取ったことを話してきかせた。
「あの404号室への階段は、誰かが黄泉への道とつなげたものです。総帥と、その子供───神城美月が手を組んで作ったものです」
「それじゃ、あの孤児院はこれからも同じ事を繰り返すんですか?」
思わず身を乗り出した日和に、「それはないと思う」と静がこたえる。
「あそこを出てくるときに確かめたけど、もう瘴気はどこかに『移った』気配がしたから───あるとしたら、別のどこか、だろうな」
独り言のように、静は瞳を閉じる。魂を大量に天へと送った彼は、何を思うのだろうか。
「それと、原因不明の火事ですが」
セレスティは、続ける。
「どうやら、偲愛さんが昔まだ『本当ではなかった頃』、情緒不安定になると神城家に関係する神城美月を通して無意識に火事を起こしたものらしいです。でも読み取ったから分かったことであって、立証できる何かは存在しません」
「だからこそ、神城美月も悔しがって総帥なんかと手を組んだんだろうな」
悠宇が、やや落ち込み加減で目を伏せる。手を握っている日和には、分かる。彼は落ち込んでいるというよりは、虚しいのだ。悔しいのだ。
「この前の安達という研究員も、いわば『総帥に操られた神城偲愛に操られて』、本性を出した結果───と考えていいのでしょうね」
千鳥が整理する。
「せめてもの救いは、子供達がみんな安らかに天国にいけたってことだわ」
やるせない気持ちで、皐月が目を閉じる。
「……そうね。『次の時』まで、私達も休みましょう」
目を閉じて、武彦の肩を借りてよりかかる、シュライン。
きっと次にも何かが起こる。
そのときのためにも、今は。
何も考えず、ゆっくりと───眠りたかった。
せせらせせら せせらぐかわに
よりそいよりそい よりそいて
あのこをあのこを ねむらせよ───
《完》
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1883/セレスティ・カーニンガム (せれすてぃ・かーにんがむ)/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い
5696/由良・皐月 (ゆら・さつき)/女性/24歳/家事手伝
5566/菊坂・静 (きっさか・しずか)/男性/15歳/高校生、「気狂い屋」
3525/羽角・悠宇 (はすみ・ゆう)/男性/16歳/高校生
3524/初瀬・日和 (はつせ・ひより)/女性/16歳/高校生
4471/一色・千鳥 (いっしき・ちどり)/男性/26歳/小料理屋主人
0086/シュライン・エマ (しゅらいん・えま)/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ ライター通信 ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
こんにちは、東圭真喜愛(とうこ まきと)です。
今回、ライターとしてこの物語を書かせていただきました。また、ゆっくりと自分のペースで(皆様に御迷惑のかからない程度に)活動をしていこうと思いますので、長い目で見てやってくださると嬉しいです。また、仕事状況や近況等たまにBBS等に書いたりしていますので、OMC用のHPがこちらからリンクされてもいますので、お暇がありましたら一度覗いてやってくださいねv大したものがあるわけでもないのですが;(笑)
さて今回ですが、「悪魔の指紋」という、一話完結タイプのシリーズものの第三弾です。
やっと関わってきました、というか全部裏まで見えているけれどどう解決に持っていくかがとても難しいシリーズとなってしまいました。
今回は皆様、それぞれにそれぞれ「当たっている部分」とそうでない部分とがあったため、充分にプレイングが生かしきれなかった部分もあるかと思いますが、お許しくださいませ;
また、今回はグループ別にするとわからない部分が出てくる貴重な「シリーズ第三章」だったため、文章を統一しております。それでは、コメントを手短に書かせていただきますね。
■セレスティ・カーニンガム様:いつもご参加、有り難うございますv 聖水の糸を持っていなければ読み取れなかったとはいえ、階段の辺りで読み取ってくださったなどのプレイングでだいぶ説明して頂くことになりました。感謝しております。勝手にボディーカードを偲愛の施設の周囲に張り巡らせてしまいましたが、ご容赦くださいませ。
■由良・皐月様:いつもご参加、有り難うございますv 前回とはまた違った怒りがあったかと思います。いるはずの幽霊がいない、ということで皐月さんなら残るだろうかともちらっと思ったのですが、子供達のためにまずは動かなければ、という思いのほうが強いのではと思いまして、こんな形になりました。
■菊坂・静様:いつもご参加、有り難うございますv 今回、「危険」であることを知らせて頂く重要な役目を担って頂きました。天へと子供達の魂を送ってくださったのには、本当に感謝します。
■羽角・悠宇様:いつもご参加、有り難うございますv 日記に書かれたこと、そして元からの行動力でもって今回は動いて頂きました。悠宇さんは「偲愛」ときたらまず「イチ」を思い浮かべるのではと思ったのですが、今回は出さずにおきました。さて、次回はどうなりますか……。
■初瀬・日和様:いつもご参加、有り難うございますv 今回は音楽も関係あったため、鍵を開くことができ、次回に回されるだろうかと思っていた「人形の開かずの部屋」が出せて感謝しています。今回のことで何らかの覚悟をされているのでは、と思っていますが如何なものでしょうか。
■一色・千鳥様:いつもご参加、有り難うございますv 秀を「視」て頂いたことで、解決への取っ掛かりが見えたこと、感謝しております。実際あの時最後に「きをつけて」と言ったのは偲愛なのですが、千鳥さんが今後どのような推測を立ててくるか楽しみでもあります。
■シュライン・エマ様:いつもご参加、有り難うございますv まず、偲愛、と断定して頂けたことが嬉しかったです。そして彼を信じてくれたことも。実際に人形をかわりに、と考えてこられたのはさすがだなと思いました。
「夢」と「命」、そして「愛情」はわたしの全ての作品のテーマと言っても過言ではありません。今回はその全てを入れ込むことが出来て、本当にライター冥利に尽きます。本当にありがとうございます。今回は事件の全貌を明らかにする章となったため、あまりハッピーエンドとはいえない終わり方になりましたこと、まずお詫び致します。「A.P.」に関しては東圭の異界に項目があり、そこに全てのノベルのリンク先が書いてはありますが、読まなくてもこのシリーズに参加することは充分可能ですので、そこは考えなくても構いませんです。
次回「悪魔の指紋」第四話目は、今回のノベルを読んで皆様が整理できた頃合を見て、サンプルUPしようと思います。多分、3〜4月中には。
なにはともあれ、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
これからも魂を込めて頑張って書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します<(_ _)>
それでは☆
2006/01/31 Makito Touko
|
|
|