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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


Prayer


 噂を頼りにやってきたのは、とある神社の裏手に建つ蔵だった。
 この蔵には不思議な力を持つ道具――もちろん、その中には剣も含まれている――が収められていると言うのだ。
「…………」
 しかしやってきたのはいいけれど、この蔵の扉には強い封印がかけられているらしい。フィーアが本気で打ち砕こうとすれば、破れるかもしれない。けれどフィーアは、破壊活動をしにきたわけではないのだ。無駄な被害はフィーアの望むところではない。
 そう考えるならば、力ずく以外の方法を探さねばなるまい。
 しかしフィーアの手持ちのカードには、破壊以外の方法でこれを開ける手段は見当たらなかった。
「…………」
 扉の前で思案を続けるフィーアの背後で、突如、気配が生まれた。
「っ!?」
 背筋も凍るような冷たい、殺気。その冷気の強さ、大きさは尋常ではない。
 いつでも武器を抜けるよう手を添えて振り向いた途端、感じた殺気が嘘のように霧散した。
 振り向いた先、背後にいたのは幼い少女。
 にこにこと、子供らしく笑う――いや。
 表情だけは子供っぽい。だがその奥には、何か……子供らしからぬ深い何かが……それをどう表現すればいいのわからなかったが、それでもフィーアは少女が見た目通りの子供ではないことを察した。
「何してるん?」
 可愛らしい笑顔によく似合う、ころころと弾む声音で少女が問う。
「……無断で入ったことは詫びます。私はフィーア・トリスメギスト」
「うちは桐姫言うんよ」
 素直に頭を下げたフィーアに、少女――桐姫はにこにこと笑む表情を崩さぬまま、名乗る。そしてそれ以上なにか言うことなく、じっと見つめる瞳でフィーアの言葉の先を促す。
 促されるまま。別に知られて困るものでもなし、フィーアは淡々と口を開いた。
「私はマスターの剣を探してここに来ました」
 ゆっくりと、自らの力を練り始める。
 見た目は、ただの子供。
 けれどあの殺気はただ事ではない。決して、油断してよい相手ではない。
「邪魔をするならば、子供といえど容赦しません」
 あくまでも無感情に淡々と。殺気すら混じり始めたその声に、桐姫は動じることなく肩を竦めて軽く告げる。
「たぶん、探してるんはそこにはあらへんよ」
 スッ、と。
 フィーアが一歩、前に出た。
「……隠すとためになりませんよ」
 火花さえ散らしそうな、張り詰めた雰囲気を纏うフィーアを前にしても、桐姫はやはり、のんびりと緊張感のカケラもなく。ひょいと、蔵の扉を指差した。
「そんなに言うなら、自分で探してみたらええんちゃう?」
「え?」
 でも、扉には封印が――。
 振り向きながら言いかけたフィーアは、その言葉をぴたりと途中で飲み込んだ。
 先ほどまで固く固く閉ざされていた扉は、今は。来るもの拒まずとでも言うようにその封印を解いていた。
 封印を解いたのは彼女……桐姫だろう。それ以外に考えられない。
 この少女はいったい何者なのかと頭の隅に疑問が過ぎるが、今はそれよりやることがある。
 真っ直ぐ、少し早足に。
 フィーアは蔵の中へと入っていく。
 薄暗い蔵の中には、古くから保管されていたのだろう刀や本、用途のわからないものまで、さまざまな品が置かれていた。
 ひとつひとつ、中を調べて回るも、そこにフィーアの望むものはなかった。
「……」
 ああ、ここは外れだった。
 けれど落ち込むことはない。
 だってこれでまたひとつ、マスターの剣に近づいたのだ。
 ここにはないことがわかったのだから。
 表情を変えることなく、桐姫に視線を向けることもなく。ただただ歩き去ろうとしたその時、すれ違った瞬間。
「これから、どうするん?」
 問われた言葉に、フィーアは考えることなく即答した。
「必ず探し出します。私の命に代えても」
 それはとてもとても当たり前のことだった。
「どうして?」
 続いて発せられた問い。
 フィーアは、立ち止まった。
 どうして?
 そんなこと、当たり前じゃないか。
 でも、どうして……当たり前なんだろう?
 考えれば考えるほど、深みにはまっていくようだった。
「……わかりません」
 桐姫が、深くため息をついた。
「あんた、昔のうちに似てるわ」
 懐かしそうに。けれど苦い表情で。
「でもそのまま生きても、その先にはなんもあらへんよ」
 言われても、フィーアにはわからなかった。
「私は、この生き方しか知りません」
 他の生き方なんて知らない。だから、わからない。
「……そう」
 桐姫が、寂しそうに揺れる瞳でフィーアを見つめる。
 ――何かが。
 フィーアの胸を打つ。
 けれど感じたそれが、なんと呼ばれるものなのか、フィーアにはわからなかった。
 返す言葉を見つけられないまま、フィーアは桐姫から視線を外して歩き出す。
 もう、桐姫は、声をかけてはこなかった。


――−−--‐-


 立ち去るフィーアの後姿を見つめて、桐姫は苦笑を浮かべた。
 ため息をついて、呟く。
「まあ、うちも人のこと言うほど立派やないけど……」
 それでも、彼女よりは、知っていることがある。
 心に浮かぶのは昔の自分。フィーアとよく似た、過去の自分。
 そして、今の自分と、この時代でできた大切な友人たちの微笑む姿。
 友人たちが笑ってくれるから、自分も笑える。
「いつか、わかるとええなあ」
 もう届かないことはわかっていたけど。 
 祈るように、呟いた。