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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


アパティア


 本能や情感に乱されない無感動な心の状態。
 超然として生きる状態。
 本当に生きていると言えるのか。



 草間・武彦の元に、依頼人は少女を連れてやってきた。
 依頼人と少女の関係は祖父と孫だと初老を過ぎた男性が言う。
 少女は何の反応も示さない、ただ言われるまま、されるがまま、連れてこられているといった雰囲気だ。
 依頼はこの少女、郁の心を動かす事だ。
 今までどんなに感動的な映画を見せても、すばらしいといわれる芸術を見せても、心一つ動かさず、見るだけ。しゃべる事もそんなに無く、今も何を思っているのかわからない。理性と意思によって押さえ込まれたようなこの状態、それは郁にとって幸福なのかもしれないが、それでも、自己満足でも郁には笑ってほしい。依頼人の娘夫婦は郁が赤ん坊の頃に交通事故で亡くなり、それから普通に育ててきたはずなのに、こうなってしまった。年相応の表情をとってほしいだけだと、そう依頼人は言う。
 医者にかかっても駄目だった、だからここへ来た。
 なんとなく放っては置けないと、この依頼を武彦は受けることとし、とりあえず一週間様子見、という形をとって。
 興信所には様々な人間が来る。出会いも様々、だから何かきっかけがあるかもしれないと。



 携帯電話が鳴っている。そう気がついて取り出すと番号は草間武彦からだった。
「……楷です」
 抑揚の無い、機械音声のような声で楷巽は返すと受話器の向こうから武彦がとりあえず興信所に来い、と言ってくる。
「何の用ですか? 別に大丈夫ですけれども……」
『依頼の手伝いだよ。依頼人の孫娘の表情が硬いからそれをどうにかしろってな。普通に育てられてるんだが無感動って感じなんだ。感情が表にでてないだけかもしれないが。医者にかかっても駄目だったからこっちに来たんだが力を貸して欲しいというわけだ』
「普通に育てられたのに無感動な少女ですか……わかりました、十分くらいで行けます、それでは」
 携帯を切り巽は興信所の方へと歩を進める。
 普通に育てられたのに無感動な少女。
 昔の自分を思い出してしまう。
「力になれるといいのですが」
 興信所までの道程、どんな少女なのか、何故そうなったのだろうかと色々思考を巡らせる。だがこれは自分の考えであってその少女の持つ事実ではない。
 そして興信所前、扉を開けると武彦と他に二名いた。
 自分の方を見たことからきっとこの二人もこの件に関わっているのだろうと察しがつく。
「おー、呼び出してすまないな楷」
「いえ……それでその子は?」
「さっき依頼人が迎えに着たので帰りました、初めまして楷さん」
 すっとソファから立ち上がった女性はシュライン・エマと巽に名乗った。もう一人の少年も眠そうな表情で玖珂・冬夜と名乗る。
「初めまして、楷巽といいます。お二人も手伝っている、ということでいいんですか?」
「うん、今日は郁さんと散歩したよー」
 瞳をこすりながら冬夜は言う。そして今までの様子を巽に掻い摘んで話した。
 シュラインからは散歩をし、店でプリンを食べ、そして無感動なのではなくて彼女は感情の出し方を知らないだけじゃないのかと思ったこと。ぎこちないけれども、少し表情が和らぐこともあったということ。
 冬夜からは彼女から見える氣はちゃんと感情があり変化も感じられたということ。
 巽は得た情報を自分の持つ経験と知識とを踏まえて考える。
「……とりあえず、俺もその郁さんに会ってみようと思います。彼女の家を教えてもらえますか?」
「ああ、いいけど……今から行くのか?」
「ええ、早い方がいいでしょうし」
 武彦はわかった、といい近くにあった紙にさらさらと住所を書き始めた。
 巽はそれを受け取って、シュラインと冬夜の方を向く。
「また経過を報告します、それでは」
「ええ、いい報告を期待しているわ」
「うん、いってらっしゃいー」
 二人にぺこ、と頭を下げて巽は興信所を出る。
 向かうのは住所の先だ。
 その少女、郁の家。



 たどりついた家はこじんまりとした、古い家屋。
 表札には依頼人の苗字がちゃんとある、間違い無さそうだ。
 その呼び鈴を押そうとして巽は動きを止める。
 ここに尋ねてくることを知らせていない。
「……うっかりしていました……でもここまで来たのだし」
 そう思い、呼び鈴を押す。
 数十秒後、玄関のドアが開く。そこにはきっと依頼人だと思われる初老を過ぎた男性。
「ご連絡いただいてます、さぁ、どうぞ」
「ありがとうございます」
 武彦が連絡してくれたのか、と巽は思う。
 古い家屋、郁の部屋まで案内される。
「郁、ちょっといいかな」
 依頼人がそう声をかけてしばらくすると扉が開く。
 そこには無表情に立つ少女。
 この子が、郁さんか。
 重なるのは昔の自分、他人事とは思えない。
 やれるだけのことをやってみようとまた心に強く思う。
「こんばんわ、俺は楷と言います。宜しく、郁さん」
「こんばんわ、郁です」
 巽はぎこちないながらも精一杯の笑顔を作る。
 どうやらそれは郁にとって悪い印象ではなかったらしくじっと巽を見上げる。
「少し郁さんと話がしたくて来ました、いいかな?」
 うん、と郁は頷いて、部屋にどうぞ、と言う。
 巽は依頼人に少し時間をいただきます、と告げ郁の部屋へと入った。
 机とベッドと、他には学校の勉強道具くらいしか目に付かない。
 郁はベッドに座り、そして巽にも隣に、と促す。
 そこへありがとう、と言って腰を下ろすと郁をまっすぐ、巽は見た。
「君のことを俺に教えてくれないかな? 初めて会ったから、君のことを知らないんだ」
「私のこと?」
「そう、君のこと」
 そう言われて、郁は考えているようだった。どこから何から話せばいいのか。
「私は、おじいちゃんが好き」
「うん」
「私が表情がないっておじいちゃんが言うのは悲しいの、お友達もそう言って遊んでくれないの」
「うん」
 巽はゆっくりと紡がれる郁の言葉を受け止める。
「でも、私が悲しいときに泣くと、おじいちゃん悲しむでしょ? 心配するでしょ? だから泣くのやめたの」
「うん」
 泣くのをやめる、それと同時に他の感情の表し方もやめてしまったのか。
 巽は一つの可能性としてそれを思う。
「お父さんお母さんがいないって、かわいそうねって言われて、私はおじいちゃんがいるから、ちょっとは寂しいけど、辛くないのに辛いねって言われるのはいや」
「うん」
「そう言われることに反応するのもやめたの」
「そっか……ねえ、郁さん。どこか寂しそうな顔をしているけど、君はそれでいいのかな?」
 その言葉に、郁は瞳を見開く。
 自分が寂しそうな顔をしている、と言われたからだ。
 そのまま巽は続ける。
「本当は、おもいっきり自分の感情を出したいんじゃないのかな? 感情は、無理しないで素直に表に出せばいいんだよ。君が泣いて、お祖父さんは悲しむかもしれないけれど、今もきっと悲しんでいるよ」
「そうなのかな……」
「きっと、お祖父さんも笑うところをみたいと思っているはずだよ」
 郁はその言葉を受けてから黙り込んで、そして巽をじっとみている。
「……うん、頑張ってみる」
「うん、今表情柔らかいよ、少しずつ、思い出せばいいんだ」
 ぽん、と巽は郁の頭に手を置いて撫ぜる。それを嫌がることなく彼女は受け入れる。どこか安心できる、そんな感じだ。 
「楷さんと、また会えますか?」
「興信所に来れば会えるよ、俺も行くようにします」
「楽しみにしてます、楷さんに会えるのも、皆さんに会えるのも」
 そう言って郁は笑おうとする。硬い表情だけれども精一杯。
「うん、じゃあ俺は今日は帰ります。あまり長居しても邪魔になるだけだろうし」
 巽は立ち上がる。すると郁が外まで送ると後ろをついてくる。
 依頼人も巽が帰ることに気がついてからか置くからでてきた。
「郁さん、お祖父さんに自分の気持ちを伝えてみて。少しずつでいい、全部伝えてもお祖父さんも大変だから」
「はい」
「お祖父さんも、郁さんの話を少しずつ聞いてあげてください。彼女が伝えようとすることを」
 はい、と依頼人も頭を下げわざわざ来てくださってありがとうございましたと言う。
 何もしていない、ただ話をしただけだと巽は言って家をでる。
 靴を履き外へ出ると冷たい風が拭いていた。
「楷さん……その……」
「何かな?」
「風邪……ひかない様に、寒いから……」
 しどろもどろ、言葉を濁しながら郁は言う。
 巽はありがとうと言っていつもの無表情を少し緩ませた。



 そしてそれから毎日、巽は興信所を訪れる。
 郁と一日一度は出会い、必ず言葉を交わすように心がける。
 話は何でも良い。
 そして少しずつ、少しずつ、彼女に変化があるのを見ていた。
 一週間、とりあえず約束の一週間の最終日。
「彼女は、大丈夫のようですね」
 巽はそう確信をもって呟いた。様々な人の輪に入って、感情を出す。
 迎えに来る依頼人にも微笑みをみせる様になりかけている。
 巽がそれを心の中で微笑ましく、けれどいつもと変わらない表情で見守る。
 と、郁がその視線に気がついたのか、巽のもとへとやってくる。
「楷さん」
「今日、最後でしたね」
「どうもありがとうございました」
 深々と頭を下げて郁は言う。
「俺は何もしてないですよ」
「いいえ、楷さんが感情を出せばいいって言ってくれたのも私がちょっとずつ笑えるきっかけになってるんです。どうしたらいいのか今まであんまりわかってなくて……」
「そうですか、力になれたならよかったです」
「いっぱい、感謝しています」
 にっこり、とはまだ程遠いが、緩く彼女は笑う。まだ少し表情が引きつっているが、それはいずれ解消されるだろう。
「君にはお祖父さんもいるし、これからもっと友達も増えます。しっかり感情を、無理せず出してください」
 はい、と郁は言う。
 喜怒哀楽。
 それが少しずつ少しずつ彼女に戻ってくる。
 巽も彼女に笑いかける。うっすらと、少し。ぎこちない巽の精一杯の笑み。
 ゆっくりゆっくり、自分にも感情が戻っているんだと巽は思い、自分と郁を重ねる。
 きっと自分も彼女も大丈夫だ。
 根拠はないが、そう思った。



<END>



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2793/楷・巽/男性/27歳/精神科研修医】
【4680/玖珂・冬夜/男性/17歳/学生・武道家・偶に頼まれ何でも屋】
(整理番号順)

【NPC/草間・武彦/男性/30歳/草間興信所所長、探偵】

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■         ライター通信          ■
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 今回もありがとうございました。もう題名と内容のズレに関して自己ツッコミを放棄したライター志摩です。
 皆様のおかげで無事に終えることが出来ました。きっと郁もこれから感情を表に出せるようになって行くと思います。きっと興信所にもまた遊びに来るはずで。
 この『アパティア』は郁との触れ合い、そして後日という形になっております。集団作成なのに個別作成のノリなので他の方のもよければ楽しんでくださいませー。息切れしながら三つメモ帳並べて書いておりました…(笑

 楷・巽さま

 初めまして、今回の御参加ありがとうございました!巽さまらしさが少しでも出ていれば良いのですがど、どうでしょう!?自分とかぶってみえる、ほっとけない、そんな優しさも出せていれば嬉しいです。

 それではまたどこかでお会いできれば嬉しく思います!