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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


この世で一番かわいいペンダント

 知る人ぞ知る魔法薬屋。
 その店の中で、ひとりの美しい女性が銀製のペンダントを手にふんふんと鼻歌を歌っていた。
 長い黒髪に、白いローブ。この店の主、シリューナ・リュクテイアである。
「さて、今日は……」
 にやりとそのつややかな紅唇を怪しく微笑ませ、手の中の銀製のペンダントを見下ろす。
 何の細工もされていない、ただの銀の首飾りだ。ペンダントトップが楕円形の石のようで、これはこれでなめらかで美しいのだが、シリューナはそれにさらにかわいいレリーフを刻んでやるつもりだった。
 視線を軽く横にずらす。
 そこには、長い黒髪で前髪の一部分だけが紫、という不思議な色合いの髪を持つ少女が、くつろいで椅子に座っている。
 ファルス・ティレイラ。シリューナの弟子にして、かわいいかわいい――遊び道具である。
 いつもこの薬屋へ何かを手伝いに来ては、シリューナに遊ばれる。
 今日は、ティレイラは薬屋の掃除に来て――そしてそれを終え、現在休憩中だった。
 くつろいでいるティレイラの表情が、一仕事を終えた! という雰囲気でさっぱりと爽やかに輝いている。
 これから、師匠と呼ぶシリューナの餌食となることも知らずに……

     **********

「ティレイラ、見ろ。新しい呪術具が出来たぞ」
 シリューナはティレイラを呼んだ。
「えっ? 何ですか何ですかおねえさま〜!」
 呪術具の類が、師匠に負けず劣らず大好きなティレイラは、くつろいでいた椅子から即座に腰をあげた。
 シリューナは、手にしていた銀色のペンダントをしゃらりとティレイラの前にかざした。
「………? これですかあ?」
「ああ」
 シリューナは唇の端をつりあげて、「驚くんじゃないぞ」と言う。
「何とこれは――ペンダント型カメラなんだ」
「え〜〜〜〜〜〜〜!?」
 驚くなと言われながらも、予想通りのリアクションをとるティレイラ。
「うそうそ、だってこれペンダントですよね?」
 おそるおそる「さわってもいいですか」とティレイラは手を伸ばしてくる。
「壊すなよ。まだ出来たばかりでひとつしかない」
 深刻な口調で言いながら、シリューナはティレイラにそれを渡した。
 ティレイラは不思議そうに、興味深そうにそのシルバーペンダントを観察した。しかし、どこからどう見てもただのペンダントでしかない。たしかに、何か呪術的な感触はするのだが……
「おねえさま、分かりません」
 ティレイラがシリューナにペンダントを返しながら、途方に暮れたような声で言う。
 シリューナは、
「では、見せてやろう」
 と近くの戸棚を示した。
「いいか、あそこにガラスのオブジェがあるだろう?」
「はい、あります」
「今からこのペンダント型カメラで、あのオブジェを写すからな」
「は、はいっ」
 ティレイラは緊張した面持ちでうなずいた。
 シリューナは――
 ペンダントトップをそのガラスのオブジェに向けてかざした。

 ぱしゃっ

 いかにもカメラのような音がして、そして空中にひらりと一枚の写真が現れた。
 ティレイラが慌ててそれを受け止めて――目を見張った。
「写ってる! すごいですおねえさま、あのオブジェが写ってます!!」
 その写真には、たしかにあのオブジェとその周辺の様子がまるごと写っていた。そう、カメラで写したかのごとく。
 ――実際には、シリューナがあらかじめ本当のカメラで写しておいた写真を、たった今呪術で空中に登場させただけなのだが。
「いい品だろう? 持ち運びには便利だし、ペンダントとしても使える」
「はい! 本当に見事です、さすがおねえさま……!」
 ティレイラは手を叩いて喜んだ。彼女はシリューナの実験が成功すると、自分のことのように喜ぶ少女だ。
 ただし、その実験が自分に関わっていなければなのだが……
「では、私のかわいい一番弟子のティレ」
 にっこりと、シリューナはティレイラを見た。「完成祝いだ。まっさきにお前を写してやろうと思う。どうだ?」
「はい! 私も写りたいです……!」
「ではさっそく写そう。いいか、ちゃんとポーズをとるんだぞ。合図で写すからな」
「はいっ!」
 ティレイラは思い切りポーズをきめ、Vサインなどしながら、おまけにウインクなどしながらばっちり準備OK。
 シリューナが――一瞬、不敵に笑った。
 しかしすぐにその笑みを優しげなものに変え、シリューナはティレイラに向かってペンダントトップをかがけた。

 はい チーズ

 ぱしゃっ

「――はい、成功成功」
 シリューナは満足顔でペンダントを見下ろす。
 何もない石のようだったペンダントトップに――Vサインにウインク、ばっちりポーズを決めた姿のティレイラがレリーフとして刻み込まれていた。
「今回はこのペンダントのレリーフにしようと思ったんだが……大成功だったな」
 いつもいつも、石像にしたり何なり、ティレイラをオブジェにするのが大好きなシリューナ。
 今回は――。
 ペンダントには、とてもかわいい姿のティレイラが刻み込まれている。
 シリューナはそれを見て、ふと目元を和らげ――軽くペンダントに口づけを落とした。
「かわいいティレイラ。しばらく私のペンダントになっていなさい」
 さらりと長い黒髪を後ろに流し、ペンダントの鎖を首の後ろへ回す。
 ペンダントトップが、ちょうどシリューナの胸元にきた。
 ふと――
 とくん とくんと自分の鼓動を感じた。
 ――自分の心臓の一番近くに、ティレイラがいる――
「………」
 シリューナはペンダントを胸に抱き、とくんとくんと鳴る自分の鼓動を手に感じる。
 何だかおかしくなって、彼女はくすっと笑った。
「私の鼓動……お前にも聞こえるのか? ティレ」
 とくん とくん……
「聞こえるか?」
 ペンダントを持ち上げる。
 何の疑いもなく明るい笑顔でそこにいるティレイラ。
 その無邪気な笑顔が、シリューナの微笑みを誘った。
「もう少し、私の心臓の傍にいろ」
 しゃらん 鎖を胸に落として。
 ペンダントトップが、胸元に触れるのを感じる。
 かわいい一番弟子が自分の心臓に一番近い場所にいると思うと、何だかくすぐったかった。
「かわいいティレイラ――」

 コンコン、と薬屋のドアがノックされる。
「はいはい。――客か」
 客は常連の顔だった。
 どんな薬をご所望かな、と聞きながらふと客の顔を見ると、視線が自分の胸元にある。
 スケベ心ではないだろう。呆気にとられたような顔をしているから。
 シリューナはふふっと微笑んだ。
「かわいいペンダントだろう? この世で一番かわいいと思わないか?」
 私の胸元にぴったりだ、そんなことをうそぶきながらシリューナは薬戸棚を開けていく。

 シリューナは知らなかった。
 客が呆気にとられていたのは、胸元にあったペンダントのレリーフが――
 最初は明るいウインクだったその表情が。
 なぜか、ほんの少しだけ、照れたように笑ったような気がしたからだということを。

 とくん
 とくん
 とくん……

     **********

 その夜、シリューナはペンダントをつけたまま眠った。

 不思議な夢を見た。
 とくん とくん とくん
 暖かな音が聞こえる空間で、
 愛弟子がかわいらしく照れたように笑っている――

 とくん
 とくん
 とくん……

『――おねえさま――』

 とくん
 とくん
 とくん……

『――ティレイラ――』

 これは何の音だろう?
 鼓動。
 誰の?
 自分? それとも……

『――あたたかいんです、おねえさま――ねえ、この音――』

 とくん
 とくん……

     **********

 シリューナの呪術が解けるのに丸一日。
 呪術が解けてからも、「あ、帰らなくちゃ」の一言だけで、ティレイラは何を怒るでもなく帰っていった。
 珍しいなとシリューナは首をかしげた。
 ――ティレイラは、シリューナがペンダントを『この世で一番かわいい』と言ったことを知らない。
 ――シリューナは、ティレイラがペンダントの中で照れたように笑ったことを知らない。
 お互い、お互いの気持ちを知らないまま――

「おねえさま〜。今日はお手伝いすること、ありますかあ?」

 二人の関係は、やっぱりいつもの通り進んでいくのだった。


 ―Fin―