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スカウトは戦いだ……ったりすることもある
「トリプルクラウン」という芸能プロダクションがある。
規模は決して大きくないながらも、ロックバンド「スティルインラヴ」が所属しているプロダクションとして、それなりに知られた存在である。
が。
このプロダクションの名前を知っている人物でも、「『スティルインラヴ』及びそのメンバー以外で、『トリプルクラウン』に所属している芸能人の名前を挙げよ」と言われると、半数以上が答えに詰まってしまうのが実情である。
裏を返せば、それだけ「スティルインラヴ」が有名であるということでもあるのだが、彼女たちだけに頼りっぱなしというのは、プロダクションとしては決して好ましい状況ではない。
「そろそろ第二、第三の柱を見つける必要があるわね」
そう考えた「トリプルクラウン」代表取締役社長の幸美雪(みゆき・みゆき)は、その「柱」となるべき逸材を自らの手で捜し当てるべく、少し前からスカウト活動を開始していた。
もちろんスカウト専門のスタッフもいないわけではないのだが、彼らに任せておくよりも、自ら「スティルインラヴ」を発掘してきたこともある美雪本人が動いた方がはるかに成功する確率は高い、とふんでのことである。
そして、今回彼女が向かっているのは、「あの」私立東郷大学だった。
いろんな意味で常識をはるかに超越しているこの大学になら、うまくすれば明日のスターになりうる逸材も数多く眠っているに違いない。
特に根拠があるわけではないが、美雪はなんとなくそんな気がしてならなかったのだ。
そんな彼女の様子を、木陰から伺っている男がいた。
東郷大学諜報部所属・七野零二(しちの・れいじ)である。
学内の情報はもちろん、学外の情報も人並み以上に持ち合わせている彼は、彼女の素性も知っていたし、彼女がここを訪れた目的もすでに見当がついていた。
(芸能プロダクションの社長か。これは面白くなりそうだ)
彼は小さく笑うと、直ちに本部への報告を始めた。
「『700』より本部へ。芸能プロダクションからスカウトが来ている。
音楽、演劇、お笑い……まあその手のグループにそれとなく情報を流してくれ」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
森を抜け、ようやく東郷大学のキャンパスにたどり着いた美雪を待っていたのは、想像を絶する光景だった。
右を見れば獅子舞にドラゴン。
左を見れば大名行列。
そして真っ正面では、なぜか馬上槍試合が行われている。
「……なんなのよ、ここは」
一体、何がどうしてどうなっているのだろう?
いや、それ以前の問題として、はたしてここは本当に「大学」なのだろうか?
彼女がここに来たのはあくまでお忍びである以上、彼らが何か特別なことをやっているとは考えにくい。
だとすると……考えたくはないが、普段からこんな調子である可能性が極めて高い、ということになる。
もちろん実際はそうではなく、零二からの情報を本部が勢い余って余計なところにまで流したり、どこからか報道各部の耳に入ったりして騒ぎが学園全体に波及した結果であるのだが、美雪にはそんなことなど知るよしもない。
(ここに来たのは、さすがに間違いだったかしら)
額に手を当て、ため息をつく美雪。
そんな彼女の耳に、どこからともなく音楽が聞こえてきた。
この曲は……いける、かもしれない。
美雪はすぐに気を取り直すと、曲の聞こえてくる方へと急いだ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
中庭で演奏していたのは、「Reddish Dust」と名乗る五人の青年だった。
「♪こんなもんでしょ つまんないけど それでも案外捨てたモンじゃない」
優しげな、しかしどことなく冷めた目で、ありふれた日常を歌う彼ら。
「♪幸せなんでしょ 退屈だけど それでもそのヌルさがクセになってる」
いわゆる「癒し系」とは少し違うが、聴いているとなんとなく肩の力が抜ける感じがする。
「♪今日も明日も明後日も 五年先も十年先も こんな毎日が続きますように」
技術的にはまだ荒いところもあるが、基礎はそれなりにできているようだから、ある程度指導すれば十二分に直していけるだろう。
特に、右隅でギターを弾いている青年は光るものを持っている。
歌唱力もヴォーカルに引けをとらないし、うまくやれば大化けする可能性もありそうだ。
(これは、意外な掘り出し物が見つかったわね)
思いがけない「正統派」の収穫を喜びつつ、美雪は彼らの演奏を見守っていた。
彼女の他にも聴いている人間はいるし、そうでなくても演奏中に声をかけるのはマナー違反にあたる。
彼らの演奏が終わるまで待って、声をかけることにしよう。
美雪がそう考えたのは、ある意味では当然の判断であった。
が。
マナーなどを気にしてやっていけるほど、この東郷大学は甘くなかったのである。
演奏の終わりは、予期せず訪れた。
研究棟の方から、「戦車サイズのチョウチンアンコウにカエル風の手足をくっつけ、背中にイカを逆向きにくっつけたような化け物」が、こちらの方に向かってきたのだ。
「タネも仕掛けもありません! 正真正銘のモンスターです!」
モンスターの隣で、白衣を着た研究者らしき少女がそう叫ぶ。
「餌も見た目ほど食べないので、CGで作るより安上がりですよ〜」
どうやら、伝言ゲームの途中で話がおかしなことになったらしい。
「芸能プロダクションのスカウトが来る」という話だったのが、ところによっては「映画会社のスカウトが来る」「テレビ局のプロデューサーが来る」「韓流スターが来る」「とにかくなんだか偉い人が来る」などと、だいぶねじ曲がって伝わり、さらなる騒ぎの拡大を引き起こしているようだ。
とはいえ、例えいかなる理由があろうと、こんなモンスターを野放しにしていいはずがない。
呆気にとられる美雪の前に、今度はパワードスーツを身に纏った数人の人物が現れた。
「魔法生物研究会! 学内での魔法生物の放し飼いは厳禁だと言ったはずだ!」
「現れたわね風紀委員会! 悪いけど、アクションシーンの相手役をやってもらうわよ!」
CGもワイヤーもスタントも早回しも、そしてもちろんムエタイも使わない迫力のアクションシーンが、目の前で、しかも生で展開される。
そして一度そうして火がつくと、よせばいいのに油を注がずにはいられない連中が、ここには大勢存在するのである。
「よし、戦術兵器研究会が助太刀しよう!
風紀のパワードスーツを撃破し、我々の歩行戦車の有用性を証明してくれる!」
モンスターの側に歩行戦車が援軍に加わり、ますます戦いが激しさを増していく。
ことここに至って、ようやく周囲の面々も「これ以上ここにいては危険だ」と悟ったのか、いっせいに避難を始める。
そのことに気づいて、美雪も大急ぎで彼らに続こうとしたが……いかにも「我々は怪しい連中です」と名乗っているかのような黒覆面に黒装束の面々が、彼女の前に立ちふさがった。
「連中が無益な争いを繰り広げている間こそ、我々悪党連合にとってはまさにチャンス!
まずは手始めに、諸説が飛び交っている来訪者とやらの身柄を確保し、その正体を暴いてくれるわ!」
悪の美学に則った見事な説明ゼリフ。
一瞬感心してしまった美雪だが、よくよく考えるまでもなく、これはものすごくまずい状況である。
「というわけで……お前がその問題の来訪者だな?
さあ、それではあることないこと秘密のことなど、いろいろ聞かせてもらおうか!」
怪しい人物十人強に対し、こちらは美雪ただ一人。
話し合いの通じるような相手とも思えないし、かといって回れ右して逃げれば戦場に単身突っ込むことになる。
「さあ、さあ、さあさあさあさあ!」
じわじわと狭まる包囲の輪。
これは、もはや万事休すか――?
と、その時。
包囲陣の左翼を担っていた二人が、突然がくりとその場に崩れ落ちた。
その二人を飛び越えて、時代劇の中から飛び出してきたかのような青年が、美雪をかばうように前に立つ。
「ここは任せて早く避難を!」
そう叫びつつ、向かってきた三人の敵を立て続けに峰打ちでなぎ倒す。
その実力もさることながら、殺陣の基本をしっかりおさえたその動きは「見せる剣術」としてもなかなかのものだ。
加えて、本人の見た目の方も、いかにも涼やかな若侍といった感じで、武器になるかというと微妙だが、少なくとも及第点は十二分に越えている。
……と、こんな状況下に追い込まれてもつい相手を観察してしまうのは、美雪の職業病といえるかもしれない。
そうこうしているうちに、今度は別の黒のスーツを纏った男が現れ、いきなり美雪の手を取った。
「こっちだ」
「あんたは?」
美雪の当然の問いかけに、男は表情一つ変えずにさらりとこう答えた。
「名乗るほどの者ではないが……この騒ぎの責任の一端は我々にもある」
「責任」だの、「我々」だのと、聞きたいことは山ほどあるが、それ以上に気になったのが最初の一言である。
「名乗るほどの者ではない」とここまで自然に言える人間は、恐らくそうはいないのではあるまいか?
またしても妙なところで感心してしまった美雪であったが、残念ながら、このカッコいいセリフはすぐに台無しになってしまった。
「七野さん! あとはお願いします!」
先ほどの剣士にいきなり名前を呼ばれては、「名乗るほどではない」も何もあったものではない。
「任せろ、笠原!」
軽くズッコケつつ、わざわざ相手の名前を呼び返したのは、半ばやけっぱちでの意趣返しか?
ともあれ、この二人の名前がわかったのは、美雪としては収穫である。
「とりあえずキャンパスから出れば追ってはこないはずだ。走るぞ」
「わかったわ」
七野の案内で裏道を抜け、無事にキャンパスを脱出できたのは、それから十数分ほど後のことだった。
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事務所に帰り着くと、美雪は社長室の椅子に腰を下ろして、大きく息をついた。
結局、なんだかんだでスカウトには失敗してしまったが、「逸材が数多く眠っている」という当初の予感が正しかったことだけは証明できた。
「『Reddish Dust』の五人に……あの七野と笠原って子も、アクション俳優か何かでいけるかもしれないわね」
それに、恐らく今日見たのはあの大学の中でもほんの一部に過ぎないだろう。
だとすれば、きっと他にもまだまだ眠れる逸材が――いるはずだが、まあ、当分はいいだろう。
「たびたびあんな所に行ってたんじゃ、いくら私でも身が持たないわ」
そう呟いて、美雪は軽く苦笑したのだった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
5854 / 幸・美雪 / 女性 / 32 / 芸能プロダクション経営
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■ ライター通信 ■
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撓場秀武です。
この度は私のゲームノベルにご参加下さいましてありがとうございました。
さて、ドタバタをご希望とのことでしたので、美雪さんの来訪そのものをドタバタの原因として話を組み立ててみましたが、いかがでしたでしょうか?
もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。
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