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刹那の感覚 ゼロの直感
おなかが空いて倒れこんだ路地。
いつもの近道で通る路地。
僕とナオとはそこで出会いました。
俺とユキはそこで出会った。
赤い髪の所々にもともとは銀髪の名残。そして後ろだけ長い髪がゆらゆらと揺れる。
「あー今日もバイトお疲れ俺! っと近道して家帰ろう」
バイト帰りの郁嗚淳はてくてくと小走り気味に細い路地を進んでいた。いつも通る道、同じ道。けれども今日はそこに一つ違う点があった。
うずくまる人の影。ちょっと距離を置いて立ち止まった。
「……れ? あれって人間、だよな」
道の端っこにうなだれかかって座る、というか丸まっているのは人以外の何でもなく、淳は硬直した。
いつもなら、素通りするかもしれない。こんなに気にならないかもしれないのに。
今日は気になって、声を掛けなくてはいけないような気がする。
「……お人よしって言うのかな」
警戒をしつつもその人間の前にしゃがみこんでみる。身じろぎ一つしない。
ぽさぽさした黒い髪。顔はうつ伏せでわからないが、男だとはわかる。
「おーい、大丈夫でーすーかっ」
軽く肩を揺さぶりながら淳は声をかける。と、その人物はゆっくりと顔を上げてうっすらと瞳を開けた。
整った顔立ちに、暗闇の中でも印象的な茶と灰の目。
「……………た……」
「え?」
顔を上げたがすぐ、力なくその体勢を崩す。
小声で聞き取れない声。その二度目に紡がれる言葉を淳は聞いた。
おなか空いた、と。
一瞬何のことかと意識は停止するが、そんなことで倒れていたのかと笑いがこみ上げる。
「……腹減ってんのか、ファミレスでいいなら奢ってやるけど」
面白そうに苦笑しながら淳は、立てよと彼の腕を引っ張りあげる。
立ち上がるのもおぼつかない、それほどに体力を消耗しているらしい。
そしてふらふらと歩くこの男の足取りを気にしつつ淳は近くのファミレスに連れて行く。
煌々と、その灯りが眩しい。
店に入るといらっしゃいませ、の声。そしてどんな時間でも愛想を絶やさない店員。席に案内されてメニューを広げる。それを眺めてみるがいまいち、内容が彼には入っていないようでぼーっとしている。
と、淳の正面に座っている彼はメニューを指の先でなぞり、そして言う。
「ここからここまで全部……」
なぞったメニュー数はざっと十。それも定食ものばかり。
「……食えんの? マジ?」
「おなか空いてるから、食べれます」
うっすらと微笑んで、そう言った。その細い身体に全部納めることができるのかと、淳は思う。けれども本人が食べれると言っているならそうなんだろう。
「うん、いーよいーよ、それ全部頼んじゃう」
気前よくそう言って淳は全部注文する。ついでに自分には甘ったるいパフェ。注文を受けた店員は本当にいいのかと確認をしてくる。それにも笑顔で対応。
「あ、名前って何? 不便だから教えろ」
「ああ、うん。僕は観都七雪と言います」
「じゃあユキな。俺は郁嗚淳」
「君はナオですね」
初対面。だけれども別に呼び捨てられて悪い気はしない。むしろなんだか心地良いくらいだ。
直感、互いはきっと馬が合う。
注文の品々がやってくるまでの暇つぶしは話をするしかない。
「ユキは何してんだ?」
「……ヒモをしてます」
「ヒモって、ヒモ?」
「ええ、ナオが想像してるヒモであってますよ」
七雪は表情を緩め、そして悪いことはしてないですし、と付け足す。
淳も確かにそうだな、と面白がる。
「僕、ふらっと出て行っては誰かに拾ってもらえる才能があるようで」
「で、行き倒れてたワケか? あっは、おもしれぇ。で、今日は俺が拾ったって事か」
「みたいですね。あ、ご飯来たみたいです」
店員が両手でトレイを持ち運んでくるのが見える。七雪はそれを見て笑う。
「困ってるみたいですね、一度に頼んだの悪かったですかね」
「そんな今更だぜ、ユキ」
「ですね」
お待たせしましたと運ばれてきたそれを七雪はいただきます、ときちんと言って食べ始める。
テーブル一杯にあったものが次々となくなっていくのはあっという間だ。
「……ほんっとうに腹、減ってたんだな」
「みたいですね」
「ユキさ、これからどうすんの?」
「どうって?」
淳がパフェ用の匙をくわえつつ言う。
「これから、今日、家に帰るのかって事」
「さぁ、どうしましょうね。前にいた家の場所わからないし。実家もわからないですからね」
「え、なんで?」
「僕、記憶喪失らしいんですよね。ここ二、三年の記憶くらいしかなくて」
さらりと七雪は言う。どうでも良い事だとゆう様に。
でも淳にはどうでも良くない。
「え、悪い、なんか嫌なこと聞いたかも」
「別に大した事じゃないですよ」
「んな事ないって、自分が記憶喪失になるなんて俺は怖い」
「そう言えるのはいいことだと思います」
こくん、と水を飲み、そして七雪はごちそうさまでしたと言う。いつの間にか完食。
「奢ってくれてありがとう、ナオ」
「んー別にいいよ、ユキさ、今日ウチに泊まっていけば? 次の飼い主みつかるまでいればいいよ」
僕はペットですか、と七雪は笑う。それに淳はヒモなんだからそんなもんだろ、と言い返す。
「じゃあナオのヒモに当分なりますか。世話してくださいね、お金かかりますよ」
「そのへんは大丈夫だ、俺金持ちだから」
「自分で言い切るって大した自信ですね、何してる人なんですか?」
「バイトしたり歌ったりベース弾いたり株やったり……」
楽しいことしかやってない、と淳はいい伝票を掴み立ち上がる。
「長居しても悪いし帰ろうぜ」
「そうですね。ナオの家に厄介になりますか」
手早に会計をする淳を七雪は置いて先に外へ出る。
自動ドアの先、外気が心地良い。
吐く息は、白い。
ガーッと自動ドアの開く音がして振り向くと淳がやってくる。
二人で歩く。
交わす言葉はないけれども別にどうだって良い。
落ち着くという一言で片付く。
と、ふと淳が立ち止まる。七雪もそれに気がついて、数歩先で振り返る。
「どうしました?」
「うん、なんかさー会ったばかりなのにもう何年も付き合ってる友達みたいだなーって思ったり」
「ああ、それは僕も思います」
そうか、と言って淳は笑う。
「じゃあ当分飽きるまでつるんでようぜ、ユキ」
「そうですね、ナオがご飯を奢ってくれる限りは」
その言葉に淳はまかせとけ、と笑う。無理矢理に七雪の肩に腕を回して笑いながら歩く。七雪もいやではないらしくそれを許容する。
まだ出会ったばかりだけれども、今までであった誰よりも気が合う。
直感。
これからもきっとずっと続いていく。
切れないであろう縁。
きっとこれから、腐れ縁になっていく。
「なーユキは風呂上りに牛乳とか一気飲みするタイプか?」
「ああ、しますします。いいですよね」
「マジ!? 俺もするんだぜ! すっげー本当気が合うな」
そしてどうやら風呂上りの牛乳好きも、一緒らしい。
きっと話し始めたらまだ他にもありそうだ。
冬の寒い夜の、出会い。
<END>
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