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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


 壮絶!!心霊ツアー〜冬と海辺と怪談と〜

 :ねぇねぇ、知ってる?

 :××市の海に、……出るんだって。

 関東一の規模を誇り、東京を中心に日本各地から怪奇現象の情報が集うHP、「ゴーストネットOFF」。
 始まりは、ネット上でのそんな他愛ない書き込みから始まった。

 ●●県××市に位置為る海岸。
 其処は夏季、海水浴場として賑わう場とは別に、もう一つの顔が存在為る。

 海底に浮かび上がる顔、観光客を誘う青白い手の群れ……――。
 其れが真実であるか否かは定かで無いが、其れ等の苦情の飛ぶ毎確実に。海水浴場の客足は、一時的とは言え減少の一途を辿るのだ。

 :じゃあ……。どうせなら、行って見ようか。

 噂が噂を呼び、興味の惹かれる儘に、掲示板へと参加者達が募られる。
 斯うして、季節外れの海水浴場に因る、冬季心霊ツアーが幕を開けた……――。

 * * *

 ツアーの参加者募集が締め切られて、間も無く。
 後日指定の駅前に集った面々は、電車、バスを乗り継ぎ、問題の海水浴場へと辿り着いた。

 到着して直ぐに、近隣の民家や海岸。主に陸地に面した場所を粗方調べ終わると、自然一同の意識は噂の根源である、海原へと向けられる処と為って。

『み〜ん〜な〜、あ〜そ〜ぼ〜うよ〜ぉ!!』

『彼の子、本当に今日の主旨解かってんのかしら……』

 浜辺には御丁寧にも、幾枚かのビーチシートが敷かれ。其処には面々の荷物が、無防備に転がされて居る。
 そして広大な海原と向かい合い、既に水着へと着替え終わった今ツアー参加者一同は。嬉々として浅瀬に駆け、海面の飛沫と戯れて居る広瀬・ファイリア(ひろせ・ふぁいりあ)を見詰め。打って変わって漂う仄々とした雰囲気に、今回の主旨を半ば払拭され掛けて居た。

『……彼奴は、彼が普通だからな』

『ふぅん……って、鳥渡。あんた、何処行く積もり?』

 先に漏らされた、同じくして今ツアー参加者――夏炉(かろ)の独り言めいた呟きに、阿佐人・悠輔(あざと・ゆうすけ)が一人、浜辺より踵を返し乍ら返答して。
 他の参加者達とは違い、特に衣服を着替える様な事も無く。其れ処か海原より更に遠ざかろうと為る其の後ろ姿を、夏炉が引き止める。

『未だ調べ残した処が、有るかも知れないからな……。俺はもう一度、辺りを見回って来る』

『そんな事言ったって、聞き込みだって先に手当たり次第しちゃったし。もう残す処と言えば、如何見たって彼処位でしょ』

 然う言って、夏炉が組んだ腕に在る、指の先で示した彼処――とは。詰まり、今正にファイリア達に依って開催されんとして居る、寒中競泳の其の真っ只中で。
 既に半分が調査と言うよりも、其の遊戯に燥いだ声を上げて居る面々に、悠輔はあからさまに不本意そうに眉を寄せ。
 恐らくは根が生真面目なのであろう、其の様を真正面から捉えた夏炉は。一つ咳払いと共に、悠輔へと提案を投げ掛けた。

『別に彼が全員参加って訳でも無いんだし。折角未調査の場が有るんだから、あんたはあんたで別の沖合いでも調べたら良いじゃない』

『其れは、然うだけどな』

 其の見解も強ち間違っては居ないと、調査の合理性を考え傾き始めた悠輔の思考に、一つ茶々も入れて見せて。

『まあ、あんたが泳げないって言うなら、無理強いはしないケド……――?』

『……そんな訳有るか』

 揶揄の色をたっぷりと含ませた、夏炉の其の一声に。悠輔の顔が不快と言うよりは、何処か呆れた様に顰められて。
 と、為れば話は早く。夏炉に急かされ其の場を追われた悠輔は、更衣室への道を何処か不本意そうな足取りで、一人歩んで行く。

 其れと同時の頃。其の背にはファイリア達の放った、寒中競泳開始の掛け声が、甲高く響いて居た……――。

 * * *

 或る者は、浜辺でのビーチバレー。又或る者は、寒中競泳と各々が遊戯へと没頭し。もう既に、調査の事は片隅にでも追い遣られて仕舞ったであろうかと言う頃。

 其の和やかな立ち居振る舞いとは対照的に、華麗なるバタフライに依って依然首位を保持為るファイリア。途中参加ではあるが、其の負担を物ともせず。折り返し地点より、次点迄這い上がった夏炉。――……そして、水着へと着替え終わり、暗礁や海面に競り上がった岩を辿り乍ら。器用に沖合いの調査を進める悠輔の耳に、一つ――か細い悲鳴が届いた。

『――……っ!?』

『何っ?!』

 ともすれば、一同の歓声に呑み込まれ兼ねない、其の小さな声に。目敏く反応を示した三人が一様に、各々の動きを止め耳を欹てる。
 夏炉の張り上げた声は、海面を伝わり一同に迄響き渡り。先の喧騒が、一転して沈黙を齎した。
 其れと同時に、決して浅瀬とは言えない、現在自身等の位置する居場所に。今此の場から、忽然と姿を失くしたであろう人物の安否が気遣われ。脇目も振らず、海中へと飛び込んだ悠輔を合図に、ファイリア、夏炉が続いて海水へと身を浸らせる。

 すると真っ先に、三人の眼前へと飛び込んで来た景色は……――。
 既に聞き及んで居た情報通り、薄っすらと青白く浮かぶ手の群れが。悠輔等の行く手を阻む様に、幾重にも不気味に揺らいで見せて。
 其の先には、先に引き摺り込まれたであろう女性が、見えない何かによって緩々と海底へ誘われて居た。

『…………っ!!』

 目標を確認為るや否や、悠輔は咄嗟に、右腕に巻いて居たバンダナを解き。女性に向かって、渾身の力を込めて振りたくった。
 通常であれば、悠輔の能力を以ってして。彼女の元へと其の布の伸縮し、救出を試みる事の出来る充分な距離。――しかし、水の抵抗に因って其の勢いを失ったバンダナは、忽ち循環為る波の流れに巻かれ、虚しく海中を漂う。
 余りにも分が悪い現在の状況に、海中で舌打ちを漏らす悠輔の背後で。不意に仄かな光が燈り、辺りを覆い尽くした。

 ――……ド……ン……!!――

 海中にさえ浸蝕する激しい地響きに、次いで三人の居場所を円状に。海水のすっぽりと抜けた不可思議な地帯が生まれ、突如開けた眼前に、悠輔とファイリアが言葉を失う。
 双方が後方へと視線を寄せれば、不敵な笑みと共に。何処からか燃え盛る刀を携えた夏炉が、今は構えの名残を残して。
 逸早く原因を悟り、自身等の状況に意識を戻すと、ファイリアが指先を眼前へと翳し。次いで其処に、星型の魔方陣が描かれた。

『お兄ちゃんのバンダナ、おっきく為ってぇ〜っ! 一杯、一杯……っ!!』

 甲高い其の声に呼応して、魔方陣がより一層の光を放ち、悠輔の手元に熱が宿る。
 元有った空間を取り戻そうと、再び荒ぶった海水が三人を呑み込んで行く中。ファイリアの意志を察した悠輔は、徐々に手の内で其の規模を肥大させて行くバンダナに、意識を集中させる。

 みるみる内に、巨大な槍の様に硬質化を果たしたバンダナが、一挙に女性の身体の下方を掠め。手元の僅かな振動に其れを悟った悠輔は、有りっ丈の力でバンダナを上方へと押し上げた。

(……く、そ……っ!!)

 歯を食い縛り、何者かの抵抗と海水の圧力を受け乍らも、漸く其れ等全てを振り切り。僅かに軽く為ったバンダナを其の隙に、ファイリアと夏炉の助力の中。女性は早急に救出と処置を施され――……其の後、無事に保護される事と為った。

『――……此れ、鱗……?』

 助け出された女性を、皆が輪を作って囲み。徐々に意識を取り戻しつつある其の身に一つ、何かの鱗の様な物を見付け、夏炉が其れを手に取って眺める。
 そして、呟かれた単語を聞き入れるや否や、今迄朦朧として居た女性がびくりと肩を竦ませ。心底怯え切った面持ちで、譫言の様に一つの単語を繰り返した。

『……人魚、人魚が……』

『……人魚……?』

『私達……違うわ……。貴方達に、何も為る積もり何て……。いやぁあっ!!』

 悠輔の呟きにも全く反応を見せる事無く、仄暗い海の中。確かに何かを見たのであろう、動転し震えを見せる女性を、ファイリアが其の頭を撫で根気良く宥めに掛かる。

『今の話、あんたは如何……?』

『……然う言う事、何じゃ無いのか?詰まり……』

 ツアー当日以前より、入念に調査を続けて居た悠輔の情報では。此の怪奇事件の元と為った噂を辿る程、何れもが其処彼処に何かの生物の物と思われる鱗や、髪。――或いは、其の跡の様な物が見受けられると、個人の推測の範疇ではあるが、然う判断出来る物が在ったと言う。

 此の海水浴場に蔓延する幽霊の正体とは、只の死人の怨念等では無く……?人魚の、海を荒らす者達への、荘厳なる警告だったのであろうか。

 すると、徐に砂浜から腰を上げたファイリアが、両手を口元に添えると海原へ対峙して。

『おい?ファイ……――』

『ファイ達、絶対っ。絶対人魚さん達を、傷付けたり何て、しないよ〜っ?! だから、だから人魚さん達も……。ファイの御友達、傷付けないで〜っ!!』

 ファイリアに訝し気に視線を上げて居た一同が、其の言葉を聞き入れ、息を呑む。
 静やかに満ち干きを繰り返す海面からは、遂に何も返る事は無かったけれど……――。

 * * *

『結局、勝負何て何も分からなく為っちゃったわね』

 其の後。一同で周囲に投棄された廃棄物を纏め、辺りに塵が無くなった事を確認為ると。
 各々が更衣室で衣服を身に纏い、帰りのバスを待つバス停の前で、夏炉が何とは無しに口を開いた。

『ファイは一生懸命頑張ったから、其れで良いよっ』

『ああ……。然うだな』

 両手一杯の塵袋を胸に、満足そうに笑みを浮かべるファイリアへと。悠輔が僅かに微笑み、撫でるとも乱すとも言い難い程度、軽く頭に触れて。

『漸くバスも来た見たいだし。――……さて、さっさと帰りましょうか』

 遠くから徐々に近付いて来るバスを目に留め、各々塵の入った袋を抱え乍ら、一様に安堵の息を漏らす。

 後日、例の海水浴場にて。冬季心霊ツアー参加者一同に依り齎された、清らかな海原の護られる限り。其の後、其処で怪奇な出来事の起こる事は無くなった。
 其れこそ、今迄の噂話や、起こった事柄の全てが、丸で嘘の様に。

 ――……其れは、却って不気味である程に。

 だからこそ、或る時は海水浴場の発展を望む住民が。又或る時は、噂を何処からか知り得た観光客が。――……人々は祓いの様に塵を除き、徐々に畏怖すべき沖合い迄も手を伸ばして。今も尚、塵の除去を行い続けて居るらしい。


 斯うして、一日限りの日帰り冬季心霊ツアーは。其の時を以って、漸くの幕を閉じた……――。



【完】


【登場人物(この物語に登場した人物の一覧)】
【5973 * 阿佐人・悠輔 (あざと・ゆうすけ) * 男性 * 17歳 * 高校生】
【6029 * 広瀬・ファイリア (ひろせ・ふぁいりあ) * 女性 * 17歳 * 家事手伝い(トラブルメーカー)】
【NPC * 夏炉 (かろ) * 女性 * 17歳 * 鬼火繰り(下し者)】