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<東京怪談・PCゲームノベル>


秋ぞかはる月と空とはむかしにて


 舗装の成されていない大路の上で、和馬はひたりと足を留めた。
 
 今日はバイトの予定の無い、一日完全たるオフ日だった。
 予定が入ったわけでもなければ向かう先もとりたてて決まってはいない。ただぽっかりと空いた休日の閑暇をぶらりと流し歩くばかり。
 夜は和馬がどの場に在っても訪れる。それが現し世であるならば、日本という国を脱した先であっても、必ず、等しく。
 しかし、昨今の現し世の夜は夜の帳を失いつつあるようにさえ見える。
 夜が訪れても尚昼の如くに光明で照らし出されている街中を、和馬はぶらりと流し歩くばかり。――であったはずだった。

 歩き慣れた道を歩き、見慣れた角をふらりと折れた。自宅への道順なのだから間違うはずもないのだ。
 だが、しかし。
 角を折れた所でその視界に映りこんだのは、見慣れているはずの街並ではなかった。
 アスファルトの敷かれていない道路。走り去る車の喧騒が立ち消え、それどころか人通りでさえも無くなっている。
 和馬はひたりと歩みを留め、ほんの僅かに片眉を吊り上げた面持ちでがしがしと頭を掻きまわした。
「……うーん……こいつぁ」
 独りごち、改めて周りの景観を確かめる。
 立ち並んでいたはずの家々も、コンビニも無くなっている。在るのは視界を埋める夜の薄闇と、旧い時代の都のそれを彷彿とさせる大路。そしてその路脇に点在している、鄙びた家屋の姿のみ。
「迷い込んじまったか?」
 そう告げて肩越しに振り返る。
 今しがた歩いてきたばかりの道は、やはり見慣れない大路のそれへと姿を変えていた。
 思えば、あの角は確か辻になってはいなかっただろうか。そう考えながら留めていた足を再び進める。
「それじゃあ、うっかり迷い込んじまっても、まあしょうがねえ話だよなあ」
 そうごちて頷く。
 どうせ、退屈を持て余していたところだ。
「何があるのか確かめてってみるか」
 
 歩き進む夜の風景は、今となっては懐かしい風景だと云っても過言ではないであろうものだ。
 見上げる空には月どころか星の瞬き一つ無く、在るのは文字通りの薄闇だけ。どこか茫洋とした灯りを覚えるのは、大路の上をふらふらと渡る行灯の光のゆえだろうか。
 和馬は揺れ動く行灯に視線をあてて、真っ直ぐそちらへ歩みを寄せる。
 人間のものらしい気配は一つでさえも感じられない。ならばあの行灯の持ち主はそれ以外の存在になるという事だろう。
 ――否、そもそも。和馬の鼻先をくすぐる空気は、和馬もよく知っている、妖怪が放つ気配で充ちている。
 妖怪ならばあるいは和馬に向けて敵意のようなものを剥いてくる可能性も否めない。
 だが、和馬はそういった緊張感を覚える事も無く、どこまでも暢気な心地のままで薄闇の大路を歩き進むばかり。
 
 行灯は和馬の視界に入り、消えていく。
 大路を進みながら目を凝らせば、行灯が現れ消えていくその場所に一軒の棟があるのが知れた。
 大路はやがて大きな辻へとぶつかり、そこで初めて、大路は皆で四つ在るのだという事に気がついた。
 四つの大路が結ぶ場所。――四つ辻か。
 じわりと視線を細め、行灯が出入りしていると思われる棟を前にして足を留める。
 棟の内からは細い灯りが一筋漏れ出ており、笑い声や噺声、明るい唄までもが漏れ出て薄闇を揺らしていた。
 何者か――いや、妖怪と呼ばれる者達がこの棟の中には居るのだろう。
 そう思い、半壊気味にさえ見える棟の引き戸に手をかけた。
 そこで、和馬はふと視線を薄闇の向こうへと投げ遣る。
 自分が歩き進んできた路とは真逆な方角から、夜風に乗って花の香りが漂ってきているのだ。
 和馬は鼻先を掠めるその香りに鼻をすんすん言わせ、引き戸に伸ばしかけていた手を引っ込めた。
「花……百合か? それに水の匂いか」
 呟き、留めていた足を薄闇の向こうへと向ける。
 
 四つ辻の傍らに在った棟を背中にして大路を進み、程なく視界に映った一つの人影に、和馬は視線をついと細めた。
 
 路は存外に短いものであるらしい。200……せいぜい300メートルほどといったところか。走れば一瞬で端まであたってしまうであろう大路は、徒歩でもさほどには時間を要さずにその端に突き当たる。
 突き当たったその場所には小川と思しき川が流れ、その上には緩やかな山型を描く木造の橋が架かってある。
 川の水の質そのものは恐らく美しいものなのだろうが、薄闇の中にあっては、その底を窺い見る事は出来ないようだ。
 しかし、何よりも和馬の目を惹いたのは、薄暗い川底や杳として知れない橋の向こう側に関する事ではなしに、今、自分の前に立っている一人の少年の姿だった。
 詰襟の学生服に学生帽、足元には下駄を合わせている。
 少年はどこか気鬱な印象を覚える暗鬱たる眼差しで和馬の顔を見上げていた。
「よう、坊主。おまえもここの住人か?」
 問うが、返事は返されない。
 和馬はしばし首を竦めて足を留めた。
「しかし、何だな。ここはあれか? 妖怪なんかがわんさかいる場所みたいだが、おまえには妖気は感じられねえのな。つくづく変わった場所みたいだが」
 ネクタイを締めなおしながらそう続けると、少年はようやく口を開いてうなずいた。
「……あなたも人間じゃないみたいだ」
 ぼそりと告げられた言葉に、和馬はしばし頬を緩めて少年を見据える。
「うん、まあな。ところで一つ訊いてもいいか? 不躾ってやつになっちまうかな」
「……」
 少年は答えようとしない。が、構わず、和馬は問いかけた。
「おまえが持ってるその花。山百合つったかな。それは何か意味でもあるのか?」
 少年は大事そうに百合の花束を抱え持っている。和馬はそれを顎で示してみせた。
「……」
 少年は和馬の顔から視線を外し、俯き加減に睫毛を伏せた。
 和馬もまたしばし口を噤み、返事をなそうとしない少年の周辺に視線を向ける。
 見れば川沿いに白々とした百合の姿が確認出来る。夜風に揺らぎさわりと揺らいではその芳香を辺り一面に広げていくのだ。
 和馬は再び少年の姿に目を向けて、ふむと小さくうなずいた。
「おまえ、最近の人間じゃねえな。その制服、確か昔――東京が帝都って呼ばれてた頃か。見た事のあるデザインだ」
 この言葉に、少年はようやく僅かな反応を示した。
 伏せていた睫毛を持ち上げて和馬の顔を見つめなおしたのだ。
「帝都をご存知ですか」
「ああ? まあ、少しはな。カフェーだの12階だの」
「12階をご存知ですか!」
 和馬を見る少年の顔が僅かばかり明るいものへと変化した。
「登ったのは数える程度だったが、あれは面白い建物だったよな。震災で壊れちまったのがもったいねえぐらいだが、まあ結構脆い作りでもあったしなあ」
「……震災で?」
 少年が僅かに眉根を寄せたのを知ると、和馬はふと口を噤み首を傾げる。
「知らねえのか?」
 訊ね返すが、少年は答えを返そうとしない。
 和馬は軽く頭を掻きまぜた後、小さなため息を一つ漏らして目を細ませた。
「おまえは帝都の学生だったのか。なるほどな」
 うなずいてみせた和馬に、少年はふつりと言葉を告げてよこした。
「あなたは帝都では何を?」
「ああ? 俺か? 俺は」
 言いかけて、口を閉ざす。

 人買いをしていた事もあった。
 大戦の余波を受けて起きた恐慌はほんの一時の間の事だったが、その間には闇市に深く関わりもしていた。
 金輸出が禁止されていた間も密やかに行われていた取り引きにも関わりを持っていた。

 東京が帝都と呼ばれていた時代を思い出せば、それは和馬にとり決して良い記憶ばかりではない。
「俺は、まあ、色々だな」
 ハハハと笑ってごまかす和馬に、少年はしばし訝しげな表情を見せたが、しかしすぐに小さなうなずきを見せた。
「俺は浅草界隈ばかりなのですが、あなたはきっと帝都のあちこちを知っているのですね。……よろしければしばしお話を聞かせてはくださいませんか」
「話?」
「ええ。……あなたの見てきたものでいいんです。12階には俺も思いいれがあって……。懐かしむだけでもいいのですが」
 申し訳なさげにそう呟いた少年に、和馬は束の間思案して、
「ああ、いいぜ。どうせ急ぐわけでもねえし。その代わり、おまえの話も聞かせろよ」
 にやりと頬を吊り上げた。

 薄闇は未だ晴れる事なく辺り一面を充たしている。
 百合の香りが夜風に乗って静かな夜気をふわりと撫ぜて過ぎていく。  
 
 





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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【1533 / 藍原・和馬 / 男性 / 920歳 / フリーター(何でも屋)】

NPC:萩戸則之

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         ライター通信          
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いつもお世話様です。
このたびはゲームノベルへのご参加、まことにありがとうございました!

ええと、「大正時代の帝都を垣間見る」のをご希望されておいででしたが、その展開に至るには、ある程度則之との親交を深めておくという条件を提示させていただいております。
申し訳ありませんが、今回のノベルはご希望にそえたものとなっていないかもしれません。
が、もしもそれでもお気に召していただけましたら、今後ともまたよろしくお願いいたします。
展開次第では、いずれは帝都の風景をお楽しみいただけるかもしれません。

それでは、このたびはありがとうございました。
またご縁をいただけますようにと祈りつつ。