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<東京怪談・PCゲームノベル>


ホストDE夢幻館--- side A --- 【 月光の薔薇 】



◆□◆


 ピンクの可愛らしいスカートに、頭の高い位置で結ばれたツインテール。
 スカートと同じ色のリボンが風に靡き、どこか寂しい雰囲気を醸し出す。
 この寒いのに上着も着ないで・・・どうしたのだろうか?気分でも悪くなってしまったのだろうか・・・?
 郁嗚 淳はそう思うと、少女にそっと近づいた。
 ・・・すると服の裾を掴まれて涙に濡れた瞳を向けられた。
 潤む瞳は儚げで・・・
 「・・・助けて・・・。」
 今にも消え入りそうなほどにか細く弱弱しい声でそう言うと、縋るような瞳で淳を見詰める。
 「え・・・?ちょっ・・・どうしたの・・・?」
 「助けて・・・あたし一人じゃ・・・皆が・・・。」
 「えっと・・・。」
 わけが解らないながらも、なんとか解った事は1つだけ。
 この可愛らしい少女は淳の助けを必要としていると言う事・・・・・。
 「お願い・・・」
 パタっと、涙が一滴地面に落ちた。
 「とりあえず・・・手伝うから。泣き止めって、なー?」
 しゃがんで少女と目を合わせると、優しく頭を撫ぜる。
 手の甲で涙を拭い・・・それでも流れ落ちる涙に、少女が困ったように眉根を寄せる。
 「俺、郁嗚 淳っつーんだ。キミは?」
 「・・・片桐・・・もな・・・。」
 「そっか。片桐 もな(かたぎり・もな)ちゃんっつーのか。よろしくな?」
 ニィっと元気な笑顔を見せると、くしゃくしゃと小さな頭を撫ぜる。
 小学生くらいだろうか?可愛らしい服装はもなによく似合っており、小さな妖精のようだ。
 「淳ちゃん・・・あたしに、ついて来てくれる・・・?今から、来て欲しいところがあるの。」
 「おー。良いぜ?」
 もなが淳の手をギュっと握り、引いて歩く。
 150cmは確実にないだろう少女は、酷く繊細な身体つきをしており、守ってあげたいと言う気持ちが淳の心の奥底で渦を巻く。
 「あのね・・・夢幻館って所に行くの。」
 「夢幻館?」
 「そう・・・。夢と現実、現実と夢、そして・・・現実と現実が交錯する館。」
 歩く道の先、ふっと雰囲気が変わった気がした。
 普通とは違うその雰囲気に、思わず身構える。
 何と言ったら良いのだろうか・・・そう、言うなれば対の概念同士がぶつかる事無く融合し合い存在している、そんな雰囲気だ。
 相容れぬもの同士が混じり合う雰囲気は、特殊な薫りを纏っているが、どうしてだろう。嫌な雰囲気ではなかった。
 それどころか、どこか落ち着ける雰囲気があって―――
 「でもね・・・今は違うの・・・」
 角を曲がり、目の前に巨大な館が姿を現す。
 思わず目を見張るほどに広いその館・・・これが“夢幻館”なのだろう・・・。
 「今はね、ここは夢幻館じゃないの・・・」
 巨大な門から伸びる、真っ白な道。
 それは一直線に伸びて大きな両開きの扉の前でプツリと途切れ―――道の両側に植えられた、色とりどりの薔薇達。
 赤い薔薇は血を吸ったように毒々しい赤で、青い薔薇は限りなく澄んだ青で、紫の薔薇は思わず目を奪われてしまうほどに幻想的な紫色をしており・・・・・。
 「ここは・・・夢来館なの。」
 「ゆめ・・・らいかん・・・?」
 薔薇の道(ローズ・ロード)を進む。
 両開きの扉はよく見れば繊細な模様が彫られ、豪奢な存在感を発している。
 「・・・ようこそ、ホストクラブ・夢来館へ―――」
 もながそう言って、ゆっくりと両開きの扉を押し開けた・・・・・。


◇■◇


 あれよあれよと言う間に、夢幻館・・・今は夢来館だが・・・の中に引っ張り込まれた淳は、中で待機していた酷く顔の良い3人の男性にひっ捕まえられると、無理矢理黒のスーツに着替えさせられ、髪の毛もワックスで整えられた。
 どっからどう見てもホストっぽくなってしまった自分の姿を、玄関の脇にちょこんと置かれてある金のフレームの姿鏡に映す。
 「それにしても・・・夢来館・・・ホスト・・・かぁ。」
 もなが柱の影からこっそりとこちらを伺い、何かを言いたそうにジっと淳の後姿を見詰めているのが鏡に映る。
 「どーした?」
 「・・・んっと・・・ごめん・・・ねぇ・・・?急に・・・ホストやってって、無理なお願い・・・」
 「や、なんつーか、ちょっと楽しそうだし、これも経験経験!」
 それよか俺、ちゃんとホストっぽく見える〜?と言って、クルリと1回転する。
 それを見て、もなが小さく微笑みながら「ちゃんと見えるよぉ〜。」と言った。
 初めて見るもなの笑顔は愛らしく、無邪気な瞳はあまりにも透明だった。
 「そーだ。淳ちゃんに、あの3人を紹介するね。」
 もながそう言って、淳のスーツの袖口をクイクイと引っ張るとピっと人差し指の先を順々に当てていく。
 「あの、銀髪の人が沖坂 奏都(おきさか・かなと)ちゃん。ここの館の支配人さんで・・・」
 外見年齢は17,8歳ほどの美しい外見の持ち主だった。
 どこか甘い雰囲気は心地良く・・・それでも何故だろう。どこか有無を言わせぬオーラを感じる・・・。
 「それから、あっちが梶原 冬弥(かじわら・とうや)ちゃん。夢の世界のボディーガードさん。」
 指し示された先、少々赤っぽい髪をした青年―――思わずはっと息を呑んでしまうほどに美しい顔立ちだった。
 細い腰や、華奢な手足が酷く繊細なイメージを見る者に与える。
 ・・・男であるにも拘らず、ドキっとしてしまう程の美男子だ。
 「それで、最後・・・あれが神埼 魅琴(かんぜき・みこと)ちゃん。」
 3人の中で一番身長の高い男性を指し示す。
 他の2人に負けず劣らず整った外見のその男性は、淡い青色の髪の下で光る赤い瞳が印象的だった。
 どこか同じ雰囲気を感じ、瞬時に仲良く出来そうなオーラを感じ取る。
 「簡単に説明するとね、奏都ちゃんが大親分で、冬弥ちゃんが夢幻館1のやられキャラで、魅琴ちゃんが夢幻館1の変態さんなのっ!」
 酷くざっくばらんとした説明だったが、それだけでなんとなくこの館の人間関係図が浮き彫りになる。
 ・・・あんなに美男子なのに、やられキャラ・・・
 いや、逆にあれほどまでに美しいからこそ、やられキャラなのかも知れない。
 「そうなんだ〜。」
 なんだかちょっと面白そうな人を前に、思わずニィっと口の端を上げる。
 弄れそうと言うか・・・
 「淳さん、そろそろ開店の時間ですので、用意の方をよろしくお願いいたします。」
 にっこりと微笑みながら奏都が淳ともなの方に歩いてくる。
 ・・・どうしてだろう。酷く爽やかな笑顔のはずなのに、どこか“強い”オーラを感じる。
 逆らえないと言うか、逆らったら負けてしまいそうと言うか・・・
 もなが淳の背後にさっと隠れ、じーっと奏都に視線を注ぐ。
 「もなさん、如何いたしましたか?俺の顔になにか?」
 ブンとツインテールを振る。
 重たいスイング音は到底髪の毛の音とは思えないほどだった。
 「あ・・・あたし、邪魔になっちゃうといけないから・・・その・・・あそこのお部屋にいるから・・・。」
 そう言って、玄関から続く廊下の一番手前にある扉を指差した。
 「夜ご飯は・・・」
 「いらないっ!とにかく、あたし・・・終わるまで、あそこにいるから・・・。」
 慌てた様子でそう言い放つと脱兎の如く走り去り、扉の中へと消えて行った。
 「どうしたんでしょうか・・・。」
 「さぁ・・・でも、具合が悪いとかじゃなさそうだったけど。」
 「ま、どーせ腹が空いて出てくんじゃね?」
 魅琴がそう言って淳をつま先から頭のてっぺんまでじーっと見詰めると、急に肩を抱いた。
 「へー、お前・・・結構綺麗な・・・」
 「あ、そーだ・・・淳ちゃん、言い忘れてたんだけどって・・・何してるの、魅琴ちゃん?」
 扉の中からもなが姿を現し、淳の肩に乗っかった魅琴の手を穴が開くほど見詰める。
 「なにって、異文化交流?」
 「異文化も何もないでしょぉっ!!もー!!淳ちゃんから離れてっ!!」
 ツカツカと歩いて来て、グイっと魅琴の身体を向こうに押しやろうとする・・・が、如何せん相手は185cm以上ある男性だ。
 140cmちょっとしかないもなとの身長差はおよそ40cm以上―――第一、こんなか細い腕で大の男をどうこうしようと言う方が間違い・・・で・・・?
 そう考えていた淳の耳に、ドンと言う鈍い音が響いた。
 肩に乗っていた手が消えうせ、隣にいたはずの人物の姿がない・・・!
 「もー!淳ちゃんに子供が出来ちゃうっ!!」
 「もなさん、淳さんは男性ですのでその心配はありませんよ。」
 ふんと、腰に手を当てて魅琴を睨むもなに、奏都が丁寧に突っ込みを入れる。
 「・・・え・・・?今、もなちゃんがやったの・・・?」
 「ふぇ?うん。あたし、力強いから〜☆」
 ふにゃんと微笑み、そう言って力瘤を作る・・・が、力瘤らしいものはなにも見えない。
 この身体のどこからそんなパワーが!?
 悶々と考え込む淳の裾をクイクイともなが引っ張り、耳を貸せと動作で訴える。
 ほとんど屈む様にしてもなの口元に耳を持って行き―――
 「魅琴ちゃんは、男女構わず綺麗な子とか可愛い子には絡む変態さんだから、気をつけてね?」
 「え・・・そんな人がホストやってて大丈夫なの?」
 「・・・さぁ・・・。これね、閏ちゃんって子のクスリのせいなの。多分、しばらくしたら元に戻ると思うんだけど・・・。」
 何時戻るのだか分からないのだと言う。
 「魅琴ちゃんが変な事しそうになったら呼んで?・・・殴っても蹴っても良いから♪」
 そんな爽やかに許可を出されても・・・
 「もなちゃんはお店に出ないの?」
 「ここ、ホストクラブでしょぉ〜?それに、あたし・・・あの3人苦手。」
 「そっか。前の3人を知ってる分、違和感があるんだ?」
 「そんなとこかなぁ・・・。」
 もなが曖昧に微笑み、それじゃぁよろしくねと言って先ほどの部屋に帰って行った。
 パタンと扉が閉じた瞬間に、いつの間にか取り付けられていた鈴が軽快に鳴り響き―――
 「いらっしゃいませ。」
 冬弥がそう言って、にっこりとバッグに薔薇の花を背負いながら微笑んだ。


■◇■


 お客さんは20代半ばくらいの女性が1人。
 淡い栗色の髪は腰まであり、口紅の色は表の薔薇と同じくらいに毒々しい赤色だった。
 「淳君は、いくつなの?」
 そう言われて、淳はニコっと元気の良い笑みを浮かべた。
 「22です。」
 「そう・・・22なの。」
 気だるい大人の女性と言ったオーラを出しながら、ゆるゆると、手に持ったグラスを回す。
 コクリと1口飲んで、グラスの縁についた口紅を親指の腹で拭うと、ふぅっと1つ、溜息をついた。
 「本日は、ご気分が優れないのですか?」
 奏都がそう言って、ふわりと穏やかに微笑んだ。
 「そう言うわけじゃないの。ただ・・・会社でちょっとね。」
 「そうですか・・・」
 浮かない表情で、グラスの中の氷をカラカラと回す。
 グラスの側面に当たる氷は、蛍光灯の光を受けて七色に輝き、カチリ、強く当たった瞬間に儚く砕けた。
 それが、琥珀色の液体の中に沈み、ポチャンと小さな音を立てた後でゆっくりと浮かんできた。
 長く伸びた爪は、恐らく付け爪だろう。
 濃いピンク色で、爪の先だけ白く縁取られている。
 蝶の形をした銀のストーンがキラキラと輝き、全体に薄く塗られた淡いオレンジ色のラメが残像を描いて目に焼きつく。
 香水はブランド物。
 本来キツイ香りのもののはずだが・・・仄かに香る、色っぽい甘さは思わず胸を締め付ける。
 彼女が動くたびに、ふわりふわりと実態のない香りが揺れ動く。
 「そうだ・・・なんかお前、得意なものないのか?」
 魅琴に急に話を振られ、淳は思わず固まった。
 “得意”なもの―――
 「ベースとか?」
 「ベース弾けんのか?」
 コクリと頷くと、淳は客に一言断ってからホールを後にした。
 着替えさせられた時に荷物は2階の一番手前の部屋に持って行かれたのだ。
 玄関から真っ直ぐ上へと伸びる階段を1段1段上って行き、一番手前の扉を開ける。
 真っ白な部屋の中、ベッドの上に無造作に置かれた淳の服。
 その隣にベースがチョンと置いてあった。
 ケースから取り出し、肩からかける。
 ・・・服装と酷く合わないが・・・まぁ、今は仕方がない。
 部屋を出て、トントンと階段を下り―――もながいる部屋を振り返った後で、ホールへと舞い戻った。
 あまりにも不思議な格好に、奏都が僅かに眉をひそめたが、直ぐに柔らかい笑顔になるとパチパチと軽く手を叩いた。
 他の3人もそれにつられて手を叩き・・・・・
 「俺、貴女のために歌うけど何がいい?」
 「・・・貴方が、私に聞かせたいと思う歌なら何でも。」
 そっかと、小さく呟くと淳は顔を上げた。
 そして、ニィっと微笑んで視線を冬弥に向けた。
 「冬弥君、俺が歌うからそれに合わせて踊ってくれるよね?」
 「・・・は?」
 「だから、俺が歌うから、それに合わせて踊ってくれるよね?」
 「い・・・いやいやいや、待て・・・おい・・・ちょっ・・・」
 「おら!ボサっとしてねぇでさっさと踊れやっ!」
 魅琴が冬弥の身体を押しやり、冬弥が渋々ながらも淳の隣に立ち尽くす。
 「・・・俺、ダンスなんて出来ねーぞ?」
 「だから良いんじゃ・・・っと、大丈夫だって!音に合わせてちょっと踊るだけで良いんだから。」
 冬弥の眉が一瞬だけ跳ね上がったが、すぐに苦々しい表情に戻ると、盛大な溜息をついた。
 「それじゃぁ行くよ?」
 一度だけ全ての絃を弾くと、かなりアップテンポの曲を英語の歌に乗せて紡ぐ。
 『 Darkness is broken without turning round and it advances previously 』
 ふっと見ると、冬弥が中々良い動きをしており―――恐らく、元の運動神経が良いのだろう。
 それならば・・・
 今度は曲調を一変させ、ゆったりとした甘いバラードを紡ぐ。
 『 Your dream in which a thought is driven and wished in the shaking moon 』
 急に変わった曲調に驚きながらも、冬弥が何とかついてこようとして動きを緩める。
 冬弥のクセに中々やるではないか・・・。
 「凄い・・・なんだか、面白いわ。」
 「お気に召されましたようで・・・」
 「えぇ。なんだか玩具を見ているみたい。ほら、ぜんまい仕掛けの・・・」
 その言葉に、淳と冬弥がいっせいにガクリと肩を落とす。
 ―――玩具って・・・!ぜんまい仕掛けって・・・!
 ・・・めっさ旧式の玩具やんけ・・・!
 「有難う。なんだか嫌な事が忘れられるわね。」
 「それがココ、夢来館の本来あるべき姿ですから。」
 ふわりと穏やかに微笑むと、奏都がすっと立ち上がった。
 「ローズ・ロードが迎え、誘うは夢への館。一時の甘い夢なれど、夢は思い出となり永遠に貴女の傍に。」
 そう言って深々と頭を下げる・・・

  ―――酷く甘ったるく歯の浮くような台詞だが、何故か奏都が言うと様になるから不思議である。



□◆□


 先ほどのお客が帰り、今度はやたらノリの良い2人組の女性が姿を現した。
 2人は酷く魅琴と話が合ったらしく、その場は他の3人に任せて淳はそっとホールを抜け出した。
 もなの様子が気になったのだ・・・。
 扉の前で迷った挙句、コンコンと数度軽くノックをしてから中に入る。
 「も〜なちゃん?」
 「・・・淳ちゃん・・・」
 一瞬ビクンと肩を大きく震わせたもなだったが、振り返り、声の主が淳だと解ると満面の笑みでパタパタと走って来た。
 「ど〜したのぉ?」
 「んー、なんか、向こうは大丈夫そうだったから任せてきたんだけど・・・」
 「そっか。」
 「どした?浮かない顔して。」
 「・・・ん・・・なんだろう・・・?」
 ふっと気づくと、部屋の中は真っ暗だった。
 カーテンがひかれていない窓からは淡い光が入って来て、部屋の中を仄暗く染めている。
 「もしかして、寝てた?」
 ブンブンと、ツインテールを振りながら否定する。
 ギュっと淳の腰に抱きつき、何かを耐えるように、深い呼吸を繰り返す。
 「・・・月・・・見てた。」
 ややあってから、押し殺すような声でそう言うと、もなは顔を上げた。
 ニッコリと幼い微笑を浮かべて、綺麗だったよぉ〜?と、いたって軽い口調でそう言う。
 ・・・無理をしているのだろうか。
 瞳の奥が笑っていない・・・どうしよう・・・。
 淳は考えを巡らせた。
 ヘタに笑わそうとか、考えてはいけない。そう、気づいていないふりをしないと・・・
 ・・・あっ!
 淳の脳裏に、1つの“モノ”が浮かんできた。
 ちょっとその場で待っているようにともなに言うと、玄関を抜け、階段を駆け上がり、淳の荷物がまとめておいてある部屋に入ると、上着のポケットを漁った。
 手に触れる、ビニールに包まれたそれを掴むと急いで部屋を後にし、階段を駆け下り、もなの待つ部屋へと入る。
 淳に言われた通り“本当にその場”で待っていたもなに、思わず苦笑を向ける。
 待っていてと言った場所から1歩も動いていない―――
 すっと目の前にしゃがみ、口を開けるように言うと、包み紙から取り出したソレをポンと口の中に放り込む。
 「ふぇ・・・?甘い・・・?んっと・・・チョコ・・・?」
 「そー。甘いの嫌い?」
 「んーん、だーい好き。」
 ふにゃんと、甘い微笑を見せるもな。
 その頭をクシャクシャと撫ぜ―――
 「なんか、淳ちゃん・・・お兄ちゃんみたい。」
 「そっか?俺ももなちゃんは妹みたいだと思うけど・・・。」
 「うん・・・有難う・・・」
 ふっと、儚い微笑み。そして、俯き―――急に淳に抱きついた。
 しゃがんでいた事もあり、思わず後ろに倒れ・・・何とか片手をついて上半身を倒れこまないように押さえる。
 「どーした・・・?」
 「・・・っ・・・。」
 小さく何かを囁き、回した腕にギュっと力を入れた後で、もなは起き上がった。
 ニコニコと、まるで今の事はなかったかのように・・・
 「淳ちゃん、ほら!お仕事お仕事っ!」
 「え・・・あ、うん・・・。」
 もなの手を取り、立ち上がる。
 パンパンと服の裾をもなが叩いてくれて―――
 「あともう少し・・・かな。閏ちゃんのクスリってね、そんなに時間、持たないから。」
 「そっか。解った。」
 「頑張ってね☆」
 そう言って部屋から淳を押し出し、パタンと扉を閉めた。
 ・・・電気を点けないまま、また・・・もなは一人で月を見上げているのだろうか?
 窓の下、床に座り、じっと・・・

 あの時もなが囁いた言葉が聞き間違いでなければ、彼女はこう言った

   『・・・ごめんね・・・』


◆□◆


 時間が経つにつれて、客足が増えてきたらしく、店はてんてこ舞いの忙しさだった。
 そもそもホストが4人しか居ないと言うのにお客さんが10人近くは居るのだ。
 それはもう、てんてこ舞いを通り越して分裂でもしたい気分だった。
 最初はもなの事で頭がいっぱいだった淳だったが、この現状があまりにも凄まじく、気にかけていながらもココを離れられないと言うのが現実だった。
 客の名前なんて覚えていられない。
 ただ言われたテーブルへと赴き、言われるままにベースを弾き、歌を歌い、たまに冬弥に踊りを頼んだりして・・・。
 しかしソレも、ある時間を境にふっと客足が途絶えてきた。
 時刻は夜中の9時過ぎ―――最後のお客さんをお見送りした後で、淳はその不自然さに気がついた。
 夢来館の営業時間は12時まで。それなのに、どうしてこの時間に客足が途絶えるのだろうか?
 ・・・もしかして・・・
 そう思い振り返った先、パチンと小さな音がした気がした。
 「え・・・あ・・・あれ・・・?」
 「なんでこんな服を・・・?」
 顔を見合わせる奏都と魅琴、そして冬弥。
 3人の視線がいっせいに淳に注がれ―――
 「だぁぁぁぁぁっ!!!」
 叫んだ。
 勿論、叫び声は1人だけのもので、後の2人は叫ばないまでも目を大きく見開いて驚きの表情のまま固まっている。
 「気がつきましたか?」
 「・・・え・・・えぇ・・・。」
 奏都が困惑したような表情で頷き、直ぐに申し訳なさそうな表情に変わる。
 「なんだか、おかしな所をお見せしてしまいまして・・・」
 「いえ、楽しかったんで、いーっすよ。」
 ニカっと微笑み、ショック状態に陥っている冬弥にチラリと視線を向ける。
 「踊り、ナイスでしたよ〜。」
 「・・・言うな・・・頼むから、もう2度とその事に触れないでくれ・・・。」
 「つか、チビどーした?あの、ツインテールでちんちくりんの。明らか発育不足の。」
 魅琴がそう言って、周囲を見渡す。
 「あ・・・俺が行って来ます。」
 淳はそう言うと、もなの部屋の前で立ち止まった。
 今度は、ノックなしにそっと扉を開ける。
 扉は音もなく開き、窓から入ってくる月明かりだけが薄暗く室内を照らしている。
 1歩、トンと床を鳴らしながら部屋に入り・・・その瞬間、薔薇の香りが鼻を掠めた。
 先ほどまでは薔薇の香りなんてしなかったはずなのに―――
 窓の下、ベッドに寄りかかるようにして床に座るもなの頭が見える。
 声をかけようかどうしようか迷い・・・淳は、そっともなに近づいた。
 巨大な窓をフレームにして、その中で月が妖しく輝く。
 キングサイズのベッドの下、真っ赤な薔薇の花に囲まれながら―――もなが静かに眠っていた。
 一見すると死んでしまっているかのように、青白い肌はゾっとするほど美しかった。
 手に持った薔薇の花がコロリと床を転がる。
 何時の間にこんなにも薔薇を持って来たのだろうか?
 花弁が床に散乱し、真っ赤な絨毯を作り出す。・・・血のようだと、淳は思った。
 とりあえず、このままにして置く事も出来ない。
 淳は薔薇の花弁を踏みながらもなを抱き上げ―――驚くほどに軽い体からは、薔薇の香りが甘く漂う。
 見れば手は傷だらけで、素手で薔薇の棘に触れたのだと解る。
 「・・・なんで・・・?」
 もなを起してしまわないように小声でそう言うと、未だに仄かに血が滲む小さな手を見詰めた。
 ベッドにもなを下ろし、まじまじと顔を見詰めると・・・長い睫毛には涙の雫が溜まっていた。
 それを親指でキュイっと拭い―――
 ・・・寂しかったのだろうか?
 この暗い部屋の中、もなはどんな思いで独り、薔薇の花弁を敷き詰めながら月を見ていたのだろうか・・・。
 キュっと、もなの手が淳の服の裾を掴んだ。
 それはまるで、淳が行ってしまう事を悲しむようで・・・
 「どこにも・・・行かないから。」
 淳はそう言ってもなの頭を優しく撫ぜると、窓から差し込む月明かりを見詰めた。


◇■◇


 「ふぇ・・・?おはろーござーましゅぅぅ・・・?」
 窓から差し込んでくる強い陽の光に、目を擦りながら顔を上げる。
 トローンとした表情は、まさに寝起きそのもので―――
 「奏都ちゃぁん・・・もう、朝でしゅかぁ・・・?」
 そう言って、窓の方を向き・・・居るはずの人物はそこには居なかった。
 毎朝もなを起しに来る、ココの支配人は居ない。
 それならば誰がカーテンを開けたのだろうか?それにしても、この香り・・・むせ返るような、薔薇の香りは一体・・・。
 「う・・・あ、起きた・・・?」
 右手方向からそんな声が聞こえ、ムクリと何かが起き上がった。
 スーツを肌蹴させ、眠そうに目を擦り―――
 「・・・ふ・・・ふえぇぇぇぇ!?す・・・淳ちゃぁぁん!?」
 「そー。」
 ニカっと微笑む淳の顔を、穴が開くほど見詰め、キョロキョロと部屋を見渡す。
 「うえぇっと・・・な・・・なんで淳ちゃんが・・・??」
 「昨日、皆が正気に戻って・・・この部屋に来たら、もなちゃんが眠ってたからベッドに寝かせたんだけど・・・服の裾、掴んで放さなかったから。」
 そう言うと、自分の服の裾をチョンチョンと指差す。
 未だにもなはその部分をしっかりと握っており―――慌ててパっと放すと、カァっと顔を赤くした。
 「あ・・・え・・・っと・・・ご・・・ごめんなさい・・・」
 「や、いーよ。ぐっすり眠ってたし、起すのも悪いなぁって。」
 そう言った後で、淳は昨日の事を訊こうかどうしようか迷った。
 月明かりの下、薔薇の花を敷き詰めていた理由を・・・
 「うえぇえ!?な・・・なんで掌が切れてるのぉぉぉ!?」
 「え?覚えてないの?」
 「覚えてなぁぁいっ!んっと・・・あたし、なんかしたぁ??」
 焦るもなの顔を見詰めながら、淳は小さく微笑むともなの身体を抱き上げた。
 「薔薇の花を、素手で掴んじゃったんだよ。」
 「薔薇の花をぉ!?全っ然覚えてないよぉ〜!?」
 「ま、いーじゃん。つーか、お腹空かね〜?昨日、なんも食べてないっしょ?」
 「あ・・・言われてみれば・・・お腹空いたかもぉ。みんなホールに集まってるかなぁ。」
 「さぁ?まぁ、ホールに行ってみれば解るし・・・」
 そう言って、もなを抱き上げたまま部屋を後にする。
 玄関には朝の光がさんさんと降り注ぎ、夢来館の面影はもう何処にもなかった。


 ――― 夢来館は、夢幻館へと変わっていた・・・

 ・・・まるで、何事もなかったかのように・・・



          ≪ END ≫


 
 ◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


  6004/郁嗚 淳/男性/22歳/基本ベース弾きな作曲作詞家


  NPC/片桐 もな/女性/16歳/現実世界の案内人兼ガンナー

 
 ◆☆◆☆◆☆  ライター通信  ☆◆☆◆☆◆

 この度は『ホストDE夢幻館--- side A --- 』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
 そして、初めましてのご参加まことに有難う御座いました(ペコリ)
 
 もなとの絡みと言う事で、もなの影の部分も絡めた形で執筆してみましたが如何でしたでしょうか?
 兄妹のような、淡く穏やかな雰囲気を出せていればと思います。


  それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。