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<東京怪談・PCゲームノベル>


ホストDE夢幻館--- side A --- 【 遠い月光 】



◆□◆


 見慣れた姿を目にして、桐生 暁は少女に声をかけた。
 “助けて”と言いながら目に涙を溜め、服の裾を掴む片桐 もなに視線を合わせるようにその場にしゃがむと、にこっと暁特有の明るい笑顔を浮かべた。
 「もなちゃん、俺が来たからには大丈夫!」
 「・・・あき・・・ちゃ・・・。」
 ポロポロと涙を流すもなの頭を優しく撫ぜる。
 何があったのかと訊いても、ただ力なく首を振るばかりで全然要領を得ない。
 「んー・・・何があったのか解んないし、もしかしたら大丈夫!ってワケにはいかないカモだけど・・・一人より二人だよ。」
 手の甲で涙を拭きながら、もなが潤んだ瞳を向ける。
 「ねっ?」
 再度、にこっと柔らかな笑顔を向ける暁に、もなが泣き笑いのような表情を浮かべた。
 消え入るような小さな声でポツリと『暁ちゃん、一緒に・・・来て』と呟いた。
 “ドコ”にの部分を言わないもな。
 夢幻館?と訊いても軽く首を振るばかり。
 兎にも角にも、もなの導きにしたがって歩く道は、慣れ親しんだ道だ。
 「・・・これって、夢幻館に行く道だよね・・・?」
 それは決してもなに向けられた疑問の言葉ではなく、あくまで自己の内面に向けられた言葉だった。
 夢と現実、現実と夢、そして・・・現実と現実が交錯する館。
 門から両開きの扉まで伸びる真っ白な道、その両脇は薔薇の花で埋め尽くされていた。
 この間来た時にはこんなものはなかったのに・・・。
 そもそも、ココの支配人の沖坂 奏都は至ってシンプル好きだ。
 薔薇の花なんて豪華なものは好まなかった気がするのだが―――
 クイクイと、もなが暁の服の裾を引っ張り、注意を向けさせる。
 「あのね、暁ちゃん・・・今から何があっても、驚かないでね?」
 そうは言われても、すでにこの“薔薇の道(ローズ・ロード)”に驚いてしまっている暁だ。
 これ以上の事がこの先に待ち受けているとするならば・・・顔に出ないまでも、内心は酷く驚く事だろう。
 もなが夢幻館の両開きの扉に手をかけると、一呼吸置いた後にそっと押し開けた。
 キラキラと光る内部・・・いつの間にか取り替えられていたシャンデリアは、大きく豪華だった―――。


◇■◇


 まぁ、言うなれば『皆、誰!?』と言う感じで、そもそも夢幻館・・・あ、今は夢来館か・・・に入った瞬間に、3人が丁寧に頭を下げてきて、普通の夢幻館だったらこんな大そうなお出迎えなんて当然つかないわけであって、そもそも冬弥ちゃんは俺が来たくらいでわざわざ出迎えになんて普通だったら絶対に来るはずがなくて・・・だからこそ、もなちゃんが言っていた“驚かないでね”の意味が解ったわけで・・・。
 ただ・・・“驚かないでね”の意味が解ったからと言って、逆にこの状況は驚かない方が驚くと言うか・・・。
 普段の3人をよく知る暁にとっては、未知の生命体となってしまった3人を前に、段々諦めにも似た気持ちが湧き上がってくる。
 最初の内は何が何だか解らずに焦っていた暁だったが、こうして“ホスト衣装”に身を包んでしまえば、もう『まいっか』な気持ちの方が強くなって来てしまったのである。
 今までの17年間、色々な人生を歩んで来た。
 年齢が全てでない事も、重々承知だった。
 長く生きればその分だけ過ごした時の量は違うわけだが、だからと言って若いから薄い人生しか歩んでいないと思われるのは非常に癪だった。
 人生・・・長く生きて損な事はそれほどない。
 でも、人生長くなければその本質が見えないわけではない。
 長くても短くても、積み重ねた時の重みと質は、量に比例しないのだから・・・。
 量と質は、表裏一体のようで全然意味を異するものなのだから。
 とは言え、この状況は今まで暁が積み重ねてきた人生の中でも新境地を築いているわけであって―――
 「どうしましたか、暁。俺の顔に何かついていますか?」
 「初仕事で緊張してるんじゃねぇのか?」
 「そうですか・・・暁は可愛らしいですね。」
 ふわりと微笑んで、暁の髪を優しく撫ぜる奏都から、思わずプイっと視線をそらせる。
 普段からよく奏都には頭を撫ぜてもらっている暁だったが・・・何だか意味合いが違う気がする。
 いつものキチっとした服装はドコへやら、今は黒のスーツを肌蹴させ、髪の毛を綺麗にセットした奏都はまさに“誰!?”と言った感じだ。
 顔のつくりが元々良いのと、クスリ効果による雰囲気の変化でどこからどう見ても立派なホストにしか見えない。
 それは奏都だけでなく、他の2人にも言える事で・・・
 それにしても・・・流石夢幻館。顔“だけ”はレベルが高い。
 そこに“内面は含まず”と補足がしてあるのがなんとも惜しいが。
 暁も今では立派なホスト衣装に身を包み、黒のスーツを肌蹴させて髪の毛も弄ってある。
 柱の影からもながビクビクした様子で4人を見詰めているが、その瞳は明らかに『暁ちゃんも変になっちゃったの・・・?!』と叫んでいる。
 ・・・十分正気だ。
 暁はツカツカともなの方に歩み寄ると、にっこりと“商売用”の笑顔を浮かべた。
 「お客様ですか?可愛らしいお嬢様。」
 「・・・・・・・・・・・・。」
 ふーっと、意識を手放しそうになるもなを必死に抱きとめる
 「うわ!嘘だって!もなちゃん、ちゃんと俺は普通だから・・・!ね?ねっ!?」
 「暁ちゃん・・・妙な冗談は止めて・・・。」
 「ごめんごめん。」
 ジト目になるもなにそう謝ると、優しく頭を撫ぜる。
 「とりあえず、あの3人に接客が出来るの・・・?」
 ちょっと心配になっていた事を口にすると、もなが可愛らしく小首を傾げて首を振った。
 「さー。でも、ホストになってるわけであって、話を聞くと今までもここは夢来館だったらしくって・・・」
 えーっとと、しどろもどろになりながら話すもな。
 どうやら記憶の方もちょっとヤバそうだ。
 奏都と冬弥はなんとかギリギリのラインでセーフだとしても、魅琴にいたってはアウトのような気がしてならない。
 ・・・なにせ、普通のテンションが既に出張ホスト通り越してセクハラになっているのだ。
 「ちょっとヤバ気だね。」
 「魅琴ちゃん?」
 主語を省いての言葉だったにも拘らず、もながズバっと欠けていた部分を補う。
 「・・・まぁ、接客ガンバローッ!」
 「何かあったら呼んで?あたし、あの部屋にいるから。」
 もなはそう言うと、奥へと伸びる廊下の一番手前に位置している扉を指差した。
 相変わらずの“夢幻館の扉”―――この館にある扉で、他の扉と“違う扉”は数えるほどしかない。
 扉の数はほぼ無限にあると言うにも拘らず・・・・・・・・・・。
 その時、チリリと鈴の音が軽やかに鳴り、夢幻館の両開きの扉が開け放たれた。
 「いらっしゃいませ、お客様。」
 奏都がそう言って頭を下げ―――どうやらお客さんが来たようだ。
 それにしても、何時の間に鈴なんか取り付けられたのかと小首を捻る暁だったが、そんな事を考えている場合ではない。
 客は2人組みのOLさんらしく、パッと見は20代前半から半ばくらいだ。
 1人はロングの黒髪ストレート。眼鏡をかけ、キリっと上がった目尻がクールだ。
 もう1人はふわふわの茶色いクセっ毛を肩口まで伸ばし、その髪同様見た目もふわふわとした感じがする。
 正反対の2人組だと、暁は思った。
 魅琴が2人の傍についてホールへと案内しようとするのを、暁が止めた。
 「あの人達ちょっと今日オカシイんで、俺が接客しますね。」
 年齢よりもやや年上の笑みを浮かべて、暁は2人にそう言った。
 2人の身長は、黒髪ストレートの方が160cmほどで、ふわふわクセっ毛の方が155cmほどだろうか?
 「貴方、新人さん?」
 「すっごぉーい美少年だねぇ〜!」
 勿論最初に口を開いたのが黒髪ストレート。後がふわふわクセっ毛だ。
 「えぇ。暁君と言います。」
 ふわりと奏都が微笑み・・・暁は一瞬、誰!?と思った。
 勿論、漢字にしてしまえば解らないが、先ほど奏都は“あき”の事を“さとる”と呼んだのだ。
 字は一緒だけれども・・・・・・。
 「そっかぁ、暁君って言うんだぁ〜♪」
 以下、客に呼ばれる名は全て“さとる”である―――


■◇■


 一人で接客をすると言う暁に3人は眉根を寄せたが、暁が「皆はもなちゃんについててあげて!なんか、寂しそうだったよ?」と言うと、渋々ながらも3人はもなが入って行った小部屋に向かった。
 何かあったら直ぐに呼べと言う事だったが・・・何もないだろう。
 もし何かあっても、3人を呼べるか呼べないかは解らない・・・・・・。
 「暁君はいくつなのぉ?」
 甘えるようにふわふわの髪の女性―――真理(まり)がそう言って、暁の腕に自分の腕を絡める。
 カクテルを作っていた手を止め、ふっと柔らかい笑みを浮かべると暁はそっと囁いた。
 「いくつに見えます?」
 「んー・・・17,8くらい?」
 「そう見えますか?」
 曖昧な言葉と曖昧な笑み。
 ・・・全てが曖昧に滲む世界はどこか甘くて心地良い。
 「未成年なら、お酒は飲めないわね。」
 ストレートの髪の女性―――真紀子(まきこ)はそう言うと、にっこりと大人の女性特有の微笑を浮かべて暁の手からカクテルを取った。
 コクリと一口飲んで、ふっと甘い息を吐く。
 「未成年なのに、カクテルの作り方だけは上手いのね。」
 「お褒めいただき光栄です。」
 「ねーねー暁君。あたしにも作って〜!」
 「何になさいますか?」
 「んー・・・カクテルは良くわかんないから、オススメの。」
 「真理はあんまりお酒強くないから、軽めのでお願い。」
 「解りました。」
 一つだけ丁寧に頷くと、暁は断ってから席を立った。
 ホールの奥、キッチンへと入り―――そこには青い顔をしたもなが座っていた。
 「あれ?もなちゃん?」
 「・・・あきちゃ・・・」
 今にも倒れてしまいそうなほどに真っ青な顔に、ちょっと心配になって来る・・・。
 「どうしたの?」
 「あの3人から逃げてたら・・・気分が悪くなっちゃって・・・キッチンで、一休み中。」
 そう言うと、テーブルの上に突っ伏した。
 「もなちゃん・・・もしかして風邪引いた?」
 「ふぇ?なんでぇ??」
 「や、なんとなく・・・ほら、あの寒い中薄着でずっと居たしさぁ。」
 「んー・・・そんな事ないと思うよぉ?咳も出ないし・・・。」
 もながそう言った瞬間、キッチンの奥の扉から冬弥が姿を現した。肩で息をして、折角セットした髪を崩して・・・恐らく、走って来たのだろう。
 「見つけた・・・」
 「はわわっ・・・!!」
 もなが咄嗟に暁の背後に隠れるが、時既に遅しである。
 冬弥がずんずんとこちらに近づいてきて―――
 「ちょっ・・・待った!もなちゃん、なんか具合が悪いみたいで・・・」
 「んな事は知ってる。だぁらみんな必死になって探してたんだっつの!」
 グイっともなの腕を掴み、ひょいと軽くお姫様抱っこをする。
 「ったく。大丈夫か?具合、酷くなってないか?」
 「だ・・・だだだだ・・・大丈夫・・・だから下ろして。」
 「駄目だ。お前は直ぐに無理をするからな。やんちゃな妖精みたいだよ。」

  ピキーン

 と、場の空気が凍った。
 冬弥にはおよそ似つかわしくない言葉が発せられたのだ。それは相当な精神的苦痛となって暁ともなに襲い掛かる・・・!!
 「と・・・冬弥ちゃん・・・もしかして熱ある?」
 「熱があんのは俺じゃなくてもなだよ。」
 「・・・え!?熱あるの!?」
 「微熱だよぉ〜。」
 心配する事ないってと言う風に、至って軽く言うと小さく微笑んだ。
 言われて見れば、少々顔が赤い気がする。なんだか、瞳も潤んでいるような・・・・・。
 「38,6℃が微熱か?」
 「そんなにあるの・・・!?」
 驚きの表情でもなを見詰める。
 苦々しい表情で俯きながらも、もなが大した事ないと呟き―――
 「ま、もなの事はこっちで任せといてくれ。お前は、客を頼む。」
 「あ・・・そーだ。カクテル作ろうと思ってたんだ。」
 「・・・作れんのか・・・?」
 お前がぁ?と言う表情をされて、暁はビっと人差し指を冬弥に突きつけた。
 「作れるに決まってんじゃん!俺を誰だと思ってるの!?」
 「・・・お前、桐生 暁だろ?それとも別人か?そっくりさんか?ドッペルゲンガーか?」
 淡々と返されて、暁は思わずズルリと転んだ。
 「そーじゃなくって!バイトだよ!バイト!」
 「バイトなんてしてんのか?」
 「当たり前っしょー!俺、17よ??珈琲店のウェイターとか、ライブハウスのバーテンダーとか、バーのボーイとか、結構やって・・・」
 「なんでみんな飲み物関係なんだ?」
 ・・・そんな事、考えた事もないんだから訊かないでほしい。
 「あーもー兎に角っ!俺は作れるんだって!」
 「ま、俺は作れないけどな。」
 その言葉に、再びずっこけそうになる。
 ―――疲れる・・・なんだか酷く疲れる・・・。
 「カクテルは、奏都ちゃんと魅琴ちゃんが作れるんだよぉ。」
 もながそう補足をして・・・ふぅっと、熱い息を吐いた。
 「こっちは任せてもらって良いから、早くもなちゃんを寝かせてあげないと。」
 「そーだな。ま、ちょくちょく見に来るから。」
 「だーいじょうぶだって。」
 「お前が客に苛められてたら、俺が慰めてやるからな。」
 ぶわっと、バックに薔薇を背負って冬弥はそう言うと、夜の雰囲気全開の微笑を浮かべた。
 ―――通常の冬弥ならば口が裂けても言わないような言葉なのに・・・

 「・・・つ・・・疲れる・・・かも・・・。」


□◆□


 先ほどの客が帰り、次々と新しい客が店内に入ってくる。
 目が回るほどの忙しさに、暁はたまらず3人に応援を要請した。
 ・・・まぁ、変な事しそうになったら止めれば良いか・・・。
 最初の方は客の名前を一々覚えていたのだが、最後の方になるとほとんど名前と顔が一致しなくなっていた。
 飲み物を作り、話に付き合い、まぁ、多少のボディータッチくらいは仕事と割り切り、危なくなったらするりと話を変える。
 勿論、相手が不快になるような物言いはしない。
 「お前・・・17っつったか?」
 キッチンで氷を砕いていると、不意に入ってきた魅琴がそう言って、暁の姿を頭の先からつま先までじっと見詰めた。
 いったん手を休め、どうしてそんな事を訊くのかと言って小首を傾げる。
 「や・・・なんつーか、こなれてるよな。」
 「そーかなぁ?」
 「前にもやった事あるのか?」
 「そー思う?」
 にっこりと微笑みながらそう言って―――魅琴が小さく溜息をついた。
 「会話のマナーでしゃべんじゃねーよ。」
 「曖昧に返す事が、ココでの会話のマナーだからね〜☆」
 「・・・夢来館は・・・結構いろんな事が曖昧にぼやけてるからな。」
 「夢を提供する仕事だからね。」
 そう言って悪戯っぽい瞳を輝かせる。それを見て、魅琴がコツンと頭を叩き―――
 「別に、俺と話す時は普通でいーっつーの。」
 「えー・・・それじゃぁ、つまん・・・」
 文句を言いかけた暁の腕を掴み、引き寄せた。そして耳元で・・・
 「寂しいだろ?他人って言われてるみたいで・・・」
 と、囁いた。
 魅琴独特の良く響く低音が直で暁の鼓膜を揺らし―――思わずばっと、身体を離す。
 「なっ・・・魅琴ちゃん・・・!やっぱりおかしいよっ!」
 「なんだ?照れてるのか?お前、可愛いな。」
 「そう言う事はお客さんに言いなよっ!」
 ちょっとむきになってそう言う暁の頭を優しく撫ぜ、思わずと言った調子で笑い出す。
 「・・・はっ・・・!お前っ・・・ほんっと可愛いよな。」
 「だからぁっ・・・もー・・・!」


 「きゃあぁぁぁぁぁっ・・・!!!」


 突如として女性の甲高い悲鳴が夢幻館・・・じゃない、夢来館を駆け抜けた。
 その後で、ガシャンと何かを床に叩きつける音と共に、男性の怒鳴り声が響く。
 「なんだぁ?」
 「何かあったのかな?」
 顔を見合わせて小首を傾げた後で、音のする方へと走った。
 ―――玄関の方からだ。
 手前にいる女性に断りを入れて前へと進む・・・玄関の中央で、奏都と見知らぬ男達が対峙していた・・・。
 服装から考えるに、恐らく同業の人だろう。
 「奏都さん、これは・・・?」
 床に散乱した真っ白な破片と、薔薇の花。濡れた赤い絨毯がしっとりと濃い色に染まる。
 「さぁ。いきなり来店されて―――ここはボクシングジムではないのですが・・・。」
 困りましたねぇと言う、いたって呑気な語り口に相手の男が逆上する。
 「てめぇっ・・・!人んトコの客掻っ攫いやがって・・・!」
 「と、言いましても・・・別に当店は人を攫って来ているわけでは御座いません。お客様の意思でこちらに来店していただいているわけですので、そう言われましても・・・むしろ、俺に言うのはお門違いじゃねぇか?」
 ―――・・・・え・・・?
 暁は思わずキョトンとした顔を奏都に向けた。
 なんだか今、ちょっと幻聴が聞こえた気がするのだが・・・?
 え・・・え・・・なに・・・?

  『お門違いじゃねぇか?』

 ・・・“じゃねぇか”・・・!?
 「んだとテメェ・・・!」
 相手の男が奏都の胸倉を掴む。
 それを見て、ところどころで悲鳴が上がり―――
 「おい、知ってっか?先に手を出した方が負けだって。・・・ほら、さっさと負けろよ。」
 奏都の言葉に、男が腕を振り上げ・・・暁は混乱しながらも、男の腕をパシリと取った。 
 「・・・お客様。当店での暴力行為はお断りさせていただいております。」
 「は?」
 ふわり、穏やかな笑みを浮かべる。
 男が不機嫌極まりないと言った顔でこちらを向き・・・その隙に、男の手から奏都を引き剥がす。
 「ねぇ、俺思うんだけどさ・・・同業だからいがみ合うんじゃなく、同業だからこそ協力すれば良くない?」
 「はぁ?」
 「そっちのお客さんと、こっちのお客さん。足せば結構な数になるっしょ?協力し合えばさ、俺らも楽しいしお客さんも楽しくなるんじゃねぇ?」
 「そんな事・・・」
 「あ!それ、良いかもっ・・・!」
 男が反論しようとした時、その言葉を遮って背後から声が上がった。
 興奮したような面持ちで、セミロングの髪をなびかせた女性が1人、前に出てきて・・・奏都と男の手を掴むとブンブンと上下に振った。
 「そうよ!それよっ!2つのホストクラブが連動して、大きい企画をやるの!凄いわ!記事に出来るっ!」
 「え?」
 「は?」
 奏都と男が不思議そうな顔で女性を見詰め―――女性は、その視線を受けて持っていた小さなバッグから銀色の名刺入れを取り出すと1枚ずつ取って2人に渡した。
 真っ白な名刺の中央に浮かぶ有名女性誌の肩書きに思わず男が目を丸くする。
 「最近ホストクラブが注目されているから、何か記事を書きたいと思っていたのだけれど・・・普通の記事だと他の雑誌とかぶってしまうから・・・。貴方達が良ければ、うちで資金を調達してイベントを開催したいのだけれど・・・。」
 もっと詳しく話し合いたいからと言って、女性は半ば2人を引きずるようにして夢来館の1室へと姿を消した―――


◆□◆


 長い長い溜息と共に、奏都が3人の前に戻ってきたのはあれから随分と時間が経ってからの事だった。
 奏都らしくない、疲れたような表情を見せながらも弱々しく微笑んで・・・
 「とりあえず・・・今度詳しく話をしたいと言って、社の方へと行く事になりました。」
 「おー。お疲れ。」
 冬弥がそう言って、同情の瞳を奏都に向ける。
 先ほどまでの来客ラッシュは何処へやら、今はいたって平穏だった。
 お客さんがいない店内は広く、ホスト4人でまったりとした時を過ごす―――
 「そうです・・・先ほどは有難う御座いました。」
 「え?あー・・・別に俺はなにもしてないよ?」
 「いえ。危うく乱闘騒ぎになるところで・・・」
 「ちょっとムっとしてたもんな、奏都。危うく半殺し確定になるところだったよな、あの男。」
 魅琴がそう言って肩を竦めて見せ・・・そんなあっさりと“半殺し”なんて言葉を言わないで欲しい。
 それにしても、ちょっとムっとした程度であれほどまでにオーラがでるなんて・・・奏都さんを本気で怒らせたらちょっと怖いかもなぁ。
 暁はそう朧気に思うと、そっと奏都を見詰めた。
 「なんですか?」
 「え・・・あ、なんでもない・・・デス。」
 「暁、ちょっとこっちへ。」
 クイクイと手招きをされて、暁はガタリと椅子から立ち上がると奏都の傍に立った。
 奏都が椅子を蹴って立ち上がり―――
 「先ほどは有難う御座いました。」
 と言って、そっと暁の髪に口付けを落とし・・・
 「か・・・奏都さんっ!?!?!?」
 「どうしたんですか。そんなに慌てて。暁らしくもない。」
 「ちょっ・・・俺、お客さんの相手して・・・」
 「客はいないっつーの。」
 オロオロとその場を後にしようとする暁の腕を取ると、冬弥が溜息混じりにそう言って肩を竦めて見せた。
 ・・・そうだった。今は誰もいないのだった・・・。
 それにしても、普通だったらこれから客が入ってくるはずの時間なのに、どうしてだろう。誰も入ってくる気配はない。
 先ほどまではあんなにひっきりなしにお客さんが来てたのに
 ―――・・・あっ・・・。
 暁はある事に思い当たると、じっと3人を見詰めた。
 もしもこの考えが正しかったならば、もう直ぐで・・・
 「あ・・・あれ・・・?」
 パチパチと瞬きをしながら、冬弥が自分の体をじっと見詰める。
 魅琴も奏都も不思議そうにキョロキョロと辺りを見渡し―――
 「だぁぁぁぁぁっ!!!」
 と、叫んだのは冬弥だった。
 「おや・・・今度はホストですか。」
 「奏都、お前落ち着きすぎ。んでもって冬弥、お前は取り乱しすぎ。」
 「3人とも元に戻ったんだ??」
 頭を抱える冬弥を視界の端に留めながらそう言うと、魅琴がコクリと小さく頷いた。
 「な・・・なんでだ・・・!?」
 「閏ちゃんのクスリのせいって言ってたケド・・・」
 そこまで言って、ハタと暁はもなの事を思い出した。
 「そう言えばもなちゃんは?」
 「玄関を抜けた一番手前の部屋に寝かして置きましたけれど。」
 「そっか。んじゃ俺、様子見てくるよ。寝かせてから結構時間経ってるっしょ?」
 「俺が行こうか?」
 苦々しい表情の冬弥の申し出をやんわりと断ると、暁はホールを後にした。
 「3人のホスト、カッコ良かったよぉ〜☆」
 と、強烈な一撃を残して・・・・・


◇■◇


 玄関を抜け、一番手前の扉をそっと押し開ける。
 ノックをしようか迷った挙句、もしも寝ていたならば起してしまうかも知れないと思い・・・寸でのところで踏みとどまった。
 キィっと、甲高い蝶番の音がか細く響き―――中から冷たい風が吹く。
 巨大な窓の前で大きく揺れる真っ白なカーテンが、目に痛い。
 両開きの窓は大きく開け放たれ、そこからは夜の冷たい風が吹き込んで来ていた。
 ・・・なんで窓が・・・?
 月明かりだけが部屋を仄暗く染め上げる。
 暁はそっと中に身体を滑り込ませた。ベッドにいるはずのもなはなく、もぬけの殻状態になったベッドはどこか寂しい雰囲気を醸し出している。
 もしかして、部屋から出てどっか違う場所に行った・・・?
 そう思い、部屋を後にしようと踵を返した暁の視界の端に、ほんの一瞬、ベッドの向こうにピンク色のリボンがはためいたのが見えた。
 コツコツと床を鳴らしながらキングサイズのベッドの向こう側へと回り込む。


 ・・・真っ赤に敷き詰められた薔薇の花弁の中央で眠るもなは、刹那、死んでいるのかと思った。


 むせ返るような薔薇の香りの中で、ぐったりと青い顔をしながら目を瞑るもなの頬に、そっと手を当てる。
 ・・・熱い・・・けれど、冷たくないだけ・・・マシ・・・。
 パタンと窓を閉めると、暁はもなを抱き上げた。
 驚くほどに軽い。・・・でも、この子がロケラン持ったりするんだよな・・・
 そう思いつつ、以前もなにお姫様抱っこをされた時の事を朧気に思い出す。
 ドサリともなの身体をベッドに乗せ、布団をそっとかける。
 「・・・っ・・・。」
 もなが薄っすらと目を開け・・・
 「ごめん、起こしちゃった?」
 「・・・あきちゃん?」
 「そー。みんなね、元に戻ったよ。それよりもなちゃん、どうして窓開けてベッドの下にいたの?熱があるのに・・・」
 「・・・みたいなって。おもったの。」
 「見たい?」
 「つき・・・みたかったの。」
 「窓開けてまで?」
 「とどくかなって・・・おもったから・・・。」
 もなはそう言うと、キュっと暁の服の裾を掴んだ。
 「でもね・・・とどかないの・・・。」
 「そっか。」
 「とどかない・・・の・・・。」
 ポロポロと泣き出したもなに戸惑いを浮かべながらも、暁はそっと頭を撫ぜた。
 もなの言わんとしているところは解らなかった。どうして彼女が月に触れたいと思ったのかも、どうして今、泣いているのかも・・・全ては解らない事だらけだった。
 でも、1つだけ解る事・・・それは、彼女が何らかのモノを背負って生きていると言う事。
 暁も・・・同じだから・・・。
 届かないものに触れたいと思う気持ちは、同じだから―――
 決して届かないとは知っていて、それでも・・・心のどこかでは“もしも”を信じている。
 “絶対に”ない事だと、解ってはいるのに。
 ギュっと、暁の服を掴んでいる手に力を入れる。
 そして・・・すぅっと、引き込まれるようにもなは瞳を閉ざした。
 眠る直前、彼女が洩らした言葉が聞き間違いじゃなければ・・・彼女はこう言った。

  『ごめんね・・・』

 と・・・。
 それが何に対しての謝罪なのか、暁には解らなかった。
 けれど、その声は・・・微かにだが、震えていたのもまた事実だった。

 窓を見上げる。
 淡く入ってくる月の光は朧気で―――


  ――― 手を伸ばせば、触れられるのではないかと錯覚してしまうほどに


      美しい、光だった・・・・・・


 
          ≪END≫



 ◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


  4782/桐生 暁/男性/17歳/学生アルバイト・トランスメンバー・劇団員


  NPC/片桐 もな/女性/16歳/現実世界の案内人兼ガンナー
 

 ◆☆◆☆◆☆  ライター通信  ☆◆☆◆☆◆

 この度は『ホストDE夢幻館--- side A ---』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
 そして、いつもいつもお世話になっております。(ペコリ)
 ホストの3人に絡み・・・それなのに逆に絡まれ返され・・・普段とは少し違った雰囲気に、描いていてとても楽しかったです。
 暁様のホストはとても様になっているのだろうなぁと思いつつ執筆させていただきました。
 
  それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。