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<東京怪談・PCゲームノベル>


CallingU 「小噺・除夜」



 今年は従姉妹が熱を出したので、一人で初詣になる。
(一人……か)
 家の近所にある神社に向かって夜道を歩いていた倉前高嶺は空を見上げた。
 ぽつんと浮かんでいる月。
「綺麗な月だな……」
 これは幸先がいいかもしれない。
 ちょうど、電話ボックスの近くの塀に背を預けている人物を見かけて足を止める。
 彼女は手を月に伸ばしていた。
 まるで、伸ばせば届くのだというように。
(遠逆……?)
 こんなところで会えるとは。
(また会えた……縁があるって、思っていいのかな……)
 よく見れば日無子はいつもの笑顔ではない。
 彼女は無表情で手を伸ばしており、そしてやがてぐ、と拳を握りしめた。
 それが……まるで飛んでいる鳥を捕まえて握り潰したように……みえたのだ。
 ぞくっとする高嶺のほうを、日無子はゆっくりと見遣る。そしていつものようににっこり微笑んだ。
「おやまあ、こんなところで会えるなんて。こんばんわー」
「あ、ああ……こんばんは。どうしたんだ、こんなところで?」
 まるで先ほど見たものがウソだったのではと思えるほど、日無子はいつもと変わらない。
「今……何してたんだ?」
「あー、見てたんだっけ。いやほら、月ってさぁ……まるで煎餅みたいだなあって思ってね」
「せ、せんべい……?」
「あのデコボコとかさ……」
「…………遠逆はお煎餅が好きなのか?」
「え? 食べれるけど好きってほどではないかな」
 じゃあなんで?
 そういう目で見ている高嶺に、日無子は苦笑する。
「いや、うちの実家って洋菓子とかなくてさ……。ちょっと小腹が空いた時に食べてたの煎餅だったわけよ」
「そうなのか?」
「ていうか、煎餅しかなかったかな。いや、おかき? とかいうのもあったっけ。ああいうのばっかり。
 で、実家に報告した後、空見てたら月が煎餅に見えちゃってさ〜」
 ああ、だから電話ボックスの近くに居たんだ。
 なるほどと思う高嶺であった。
「家に報告を入れているのか。律儀なんだな」
「…………そうだね。そうかもね」
 一瞬だけ暗い笑みを浮かべるが、日無子はすぐに微笑する。
「いやまあ、それがうちの規律というか……。実はあたしの仕事って、前にやってたヤツが失敗してるのよ」
「失敗?」
「あたし、この東京で憑物封印ってのをしてるの」
「憑物封印?」
「人外のモノを44体ほど巻物に封じること。これ、けっこう難しいんだよね」
 それはとても、危ないことではないのだろうか?
 高嶺は不安そうな表情を浮かべる。
「大丈夫なのか……? 遠逆は」
「えー? あたしは優秀だから大丈夫!」
 自信満々に胸を張って言う日無子は、高嶺を観察してから首を傾げた。
「どこかへ行く途中だったのかな。引き留めてたならゴメンね」
「えっ? あ、いや、初詣に行く途中だったんだ」
「……初詣ね。あれはー……新年に初めて神社や寺にお参りする行為、だっけ?」
「詳しいな」
「記憶喪失だからね。知らないことは、知っていかなくちゃ」
「そういえば……遠逆は記憶がなかったんだったな」
「あんまりそれについては気を遣わなくていいって。あんまり困ってないし」
「そ、そうか。わかった。
 もし良かったら……蕎麦、一緒に食べない?」
 日無子がきょとんとする。
 つい、思いつきで誘ってしまったが……。
 ちょっと恥ずかしくなって目を伏せるが……ちら、と見ると日無子はゆらゆらと左右に頭を揺らしていた。
「蕎麦……蕎麦は、年越し蕎麦?」
「ああ」
「そっかあ。食べたことないから、まあいいか。でもなぁ……」
 ぼそぼそ言っている日無子はなにか悩んでいる様子だ。
「お金持ってないんだよねー。小銭しか」
「それは大丈夫だ。神社で配られている無料の蕎麦があるから、それを食べないか?」
「おおっ! それはいい!」
 にっこり笑う日無子は、高嶺と共に歩き出す。
「無料ならまあいっか」
「?」
 不思議なことを言う日無子を、高嶺はきょとんとして見遣る。



 神社に来ると、蕎麦を配布している列に日無子はさっと並ぶ。あまりの素早さに高嶺は唖然とする。
(そんなにお腹がすいてたのかな……)
 苦笑しながら高嶺は日無子の後ろに並んだ。
「遠逆は蕎麦が好きなのか?」
「いや、無料っていうのがいい」
「……そ、そうか」
「これでも一人暮らししてるからね。無駄な出費は抑えたいのよね。ま、あんまり気にしてないけど」
「一人……暮らしなのか? 高校が実家から離れているとかか?」
「え? あたし高校行ってないよ。仕事でこっちに一人で来てるだけ」
 初耳だった。
「そ、そうなのか……てっきり同じ学年かなと思っていた」
「あたし17。あなたは?」
「あたしも17だ」
「じゃあ同い年だ」
 笑顔の日無子に、高嶺もつられてしまう。
 本当によく笑っている娘だ。
 自分たちの順番が回ってきて、高嶺と日無子は使い捨ての丼に入った蕎麦を受け取る。
 蕎麦もシンプルなもので、蕎麦にかまぼことワカメのみだ。
 手頃な場所を見つけて二人で座って食べることにする。
「何度か従姉妹と大晦日に、ここでこうして蕎麦を食べてたんだ」
 そう言う高嶺に「へ〜」と言いながら日無子はもぐもぐと蕎麦を食べていた。
「その従姉妹さんは?」
「実は、熱を出してしまって」
「そっか〜。で、あたしに声をかけたと。なるほどなるほど」
 あっという間に蕎麦をたいらげた日無子に、高嶺は驚く。
 日無子はおつゆまで飲み干すとゴミを捨てに行ってしまった。
「は、早いな……食べるの」
「そう? これが普通だけど、あたし」
 戻って来た日無子は先ほどと同じ位置に座り、神社へ参拝している人々を眺めている。
 それは楽しそうに見ているというよりも、観察していると言ったほうが正しい視線だった。
「遠逆は、今年はどうだった?」
「どうって訊かれてもなあ。いつも仕事してるから」
「そうか。遠逆は大変だな」
「そんなことないよ。あたしにしてみれば、学校行ってる倉前さんのほうが大変に見えるけどな」
「そんなことないぞ。学校は楽しい」
「毎日同じ時間に間に合うように学校行って、同じように授業受けて、ってのが?」
「友達に会えるし……それほど退屈というわけでもないから」
 高嶺の言葉に、日無子は行き交う人々から視線を外さずに「そういうもんか」とぼやく。
「まあ行ったことないあたしがとやかく言うのも変か」
「……遠逆は、なんで退魔の仕事をしてるんだ? 大変じゃないか?」
「大変とは思わないけど、これしかないからね」
 高嶺はおつゆを飲みながら、疑問符を浮かべる。
 日無子は相変わらずじっと人々を眺めていた。
 高嶺からしてみれば、日無子は今まで出会ったことのないタイプの人間である。
(本当に……不思議な子、だよな)
 一年最後の日なのに……日無子はいつもとたいして変わらないようだ。
「……あたしに、遠逆を手伝えること……あるかな?」
「へ?」
「あ、いや、いいんだ! 気にしないでくれ」
 慌てる高嶺に日無子は微笑む。
「大丈夫。あたしは強いから。
 高嶺さんの気持ちは嬉しいよ」
「!」
 高嶺は目を見開く。
(いま、名前で……)
 呆然としている高嶺の横で、日無子は空を見上げる。
 彼女の視線を追って見遣るそこには、月があった。
「……遠逆は月が好きか?」
「どうだろう。あたし、昼間はあまり起きてないから夜のほうが馴染み深いだけなんだと思う」
「昼間起きてないって……どうして?」
「夕方から朝方まではずっと外にいることが多いの。それから帰ってお昼まで寝るんだよ」
 軽く笑って言う日無子の生活に、高嶺は驚くことしかできない。
 完全に昼夜逆転の生活を日無子は送っているのだ。
「それに灯りが全然ない場所で仕事したこともあるのよね。あれは大変だった。ほんと」
「どんな仕事だ? よければ話を聞かせてくれ」
 日無子のことをもっと知ろうと高嶺は尋ねる。日無子が話してくれるかどうかはわからないが。できれば……話して欲しい。
 彼女は「いいよ」とあっさり微笑んだ。
「山の奥深くにいた妖魔が相手だったんだけどね、夏だったかな、時期は。
 もー、日中は暑いわ、蚊が多いわで散々だったわよ〜」
「それは大変だ。退魔の仕事も楽ではないな」
「月が出てたのが少しだけ助かったかも。全部真っ暗でね、足場も悪いし」
「遠逆は暗闇でも動けそうなイメージがあるぞ」
 素直に言うと、日無子はケラケラと笑った。
 本当にそう思ったのだが彼女には相当可笑しかったらしい。
「いや、まあできないことはないけど。一応そういう訓練受けたしね」
「やはりできるのか」
「でも山の中で長時間いると、それは違うから」
「確かに」
「高嶺さんもやめたほうがいいよ〜。夏の山奥って蚊はいるわ、虫はいるわで大変だったし」
「夏といえば海じゃないか?」
 海水浴を思い出して言う高嶺の横で日無子は嫌そうな顔をする。
「海ぃ〜? 海も多いからあたしは仕事だな」
 ところどころ単語が抜けていたが……おそらくは。
(海も死人や魔物が多いから、あたしは仕事ばかりだな……だろうな。今のは)
 本当にいつも仕事ばかりしているのだ、日無子は。
 高嶺のように学校へ行くことも、友人と遊ぶこともない。
「記憶は戻ったか?」
「ぜ〜んぜん。サッパリだね。ま、こういうもんなんじゃないの?」
 けろっとした表情の日無子に、高嶺は微笑む。
 どうしてなんだろう。
 辛いとか、苦しいとか、どうして言わないんだろうか。
 弱みを見せたくないとかではなくて……本当に、強い、から?
「…………あたし、来年もこうして遠逆とこんなふうに会って、話せたらいいなって思う。遠逆と、仲良くなれたら嬉しい……」
 呟いた後、ハッと我に返って頬を微かに赤く染める。
 日無子はそんな高嶺を見て、ちょっと視線を伏せた。そしてまっすぐ高嶺を見て満面の笑みをみせる。
「ありがとう。嬉しいよ、あたしも」
 遠くから除夜の鐘が聞こえる。
 それは新しい年の始まる合図だ。
「明けましておめでとう。今年も……よろしく」
 囁いた高嶺に、日無子もまた頷いたのである。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【2190/倉前・高嶺(くらまえ・たかね)/女/17/高校生】

NPC
【遠逆・日無子(とおさか・ひなこ)/女/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、倉前様。ライターのともやいずみです。
 呼び方が変わりましたが、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!