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<東京怪談・PCゲームノベル>


CallingU 「小噺・除夜」



 一年もようやく終わりだ。獅堂舞人はお参りに向かう夜道で、ぼんやりと物思いにふけっていた。
 あの月夜の遠逆日無子が、どことなく頭から離れない。
(いや、まあ遠逆は美人な部類だとは思うけど……)
 疑問符を浮かべつつ歩く舞人。
 静かな夜だ。
 これから神社へ行けばどのくらいの人がいるだろう。うるさいのはあまり得意ではないのだが。
 視界に白いものが入った。
(ん?)
 そちらを見れば、塀の上に立つ白いコートの女がいるではないか。
(な、なんで塀の上に立って……?)
 仰天する舞人が目を凝らすと、誰かわかった。
 遠逆日無子。
「………………」
 思わず無言になってしまう舞人はハッと我に返った。
「遠逆! そんなところでどうしたんだ?」
 声をかけて駆け寄ると、は、と舞人は一歩後退する。
 日無子は、コートの下がいつもの袴ではなく私服だったのだ。短いデニム地のスカートにロングブーツという出で立ちである。
 コートは厚手のものなので風でひるがえることはないとは思うが、万が一ということもある。
 不可抗力でスカートの中を覗くわけにはいかなかった。変態、と絶対言われるだろうし……最悪な場合、痴漢呼ばわりされそうだからだ。
 日無子はぼんやりした瞳で月を見上げている。
 彼女のこんな表情は見たことがない。
「? ど、どうした……?」
 不安になってしまう舞人のほうを、日無子はゆっくり振り向く。そして大仰に肩を落とした。
「はあー。大晦日って、どこも早めにお店閉めるんだね」
「は?」
「あー、塩を切らしてたってのにーっ! もーっ!」
 どたどたと塀の上で足を踏み鳴らす様子に舞人が「わっ、わっ」と慌てる。
 まるで地面と同じように動く日無子だが、その足場は細く小さい。綱渡りとほぼ同じはずなのに。
(すごいな……体のバランスというか、しっかりとその手の訓練を受けてる証拠だ)
「見てるこっちがハラハラするから降りてくれないか?」
「ほ? そう?」
「そう。早く降りて」
 促す舞人に素直に従い、日無子はすぐさま舞人の目の前に降り立つ。
 いつもと違う服装なので、舞人は無言になってしまった。
 これではどこにでもいる普通の女子高生だ。
 日無子は怪訝そうに舞人をうかがう。
「どうしたの? なんで黙ってるの?」
「いや、その格好似合うなと思って」
「…………」
 唖然とした日無子が吹き出して笑う。
「素直だね、舞人さんて」
 あ、わらった。
 舞人はぽつんとそう思う。
 いつも浮かべている笑顔とは、どことなく……そう、どことなくだが違ったものだった。そう感じたのだ。
「しかし、塀の上でなにしてたんだ? 危ないだろ」
「あたしは高いところが好きだから」
「は……?」
「ウソウソ。ほんとはね」
 彼女は人差し指を月に向ける。だが視線と顔は舞人に向けたままだ。
「月をもっとよく見ようと思って塀の上に立ったの。それだけよ」
「……キミは時々不思議なことをするな。いや、いつもだけど」
「ふふっ。言うようになったじゃん」
 明るく言う日無子は腕をおろす。
 舞人は上着からカイロを取り出して日無子に渡した。
「ん? なに?」
「これから蕎麦でも食べに行かないか? 奢るけど」
 日無子は片眉を吊り上げて舞人を凝視する。
「ど、どーしちゃったの……?」
「どうもしてないけど」
「な、なんか気味悪いくらいに優しいというか…………それは前からか」
「前のお礼ってことで奢る。軽くなったから」
「……体重が?」
「違うって」
 呆れる舞人であった。なにも真剣な顔で「体重」とか言わなくても。
「退魔云々より、力があるのに何もしない時の後味の悪さが嫌なんだ。仕事とか力より結局はそれを優先してるしさ。それで、遠逆に『ありがとう』ってこと」
「なーんかよくわかんないけど……苦いものを食べたあとの口の中の微妙な感じなのかな。後味の悪さって」
「そ、そういう『味』じゃなくて……」
 わざとなのか、それとも本気でそう思っているのか。
 疲れたような顔で舞人はもう一度尋ねた。
「それで……蕎麦はどうする?」



「うわぁ、お蕎麦屋さんは繁盛してるのね」
 舞人に続いて店に入った日無子は店内を見回す。
 大晦日といえば年越し蕎麦。蕎麦屋が繁盛するのは当たり前である。
 店の隅にあるテレビでは年末の特別番組が流れていた。
 二人はなんとか空いていた席に座り、蕎麦を食べることにする。
 こうして向かい合って食べるのはハロウィン以来だ。
 周囲には家族連れや、中年が多い。いや、中年が一番多いかもしれない。
「…………」
 周りを見て無言になる舞人を日無子は観察している。よほど今日の舞人を見ているのが面白いのだろうか。それは日無子にしかわからない。
「食べたら二年参りに行かないか?」
「…………二年参りって、なに?」
 舞人が瞬きする。
「知らないのか?」
「なにそれ。初詣となんか違うの?」
「二年参りっていうのは、大晦日の日に十二時を境に前後してお参りすることだ。本当に知らないのか?」
「……知らない。全然。初耳。
 それって本当に聞いたことないんだけど。東京だけの習慣とかじゃあないよね?」
「……そう言われると自信がないな。俺が知ってるだけかもしれないし。
 遠逆はどこの出身なんだ?」
「…………あたし、西日本、かな」
 曖昧な言い方をする日無子である。どうやら出身地はあまり知られたくないようだ。
 記憶がないせいだけではなく、どうやら日無子にとってはほとんど聞いたことのない単語だったようである。
「辞書に載ってる?」
「え? 辞書に載ってるかどうかは…………俺は知らないけど」
「そっか。まあいいや。あたしが知らないだけかもだし」
 日無子は興味が失せたような声で呟く。
 誘いの答えを聞いていないので、舞人は尋ねた。
「せっかくの大晦日なんだし……。嫌か?」
「嫌じゃないけど……。さっきまでここでしばらく居座りそうな雰囲気だったのにどしたの?」
「なんでも」
 薄く微笑む舞人の前で、日無子がテーブルをドン! と叩く。
「それはあたしの真似なわけ〜!?」

 蕎麦を二人で食べる。
「そういえば」
「ん?」
 思い返したように舞人が言う。
「この間、意地って言ってただろ?」
「肘?」
「イジ! 遠逆にはこだわりとかないのか? 仕事に関すること以外でも。記憶にもこだわってないし」
「こだわりぃ〜? ないなあ」
 さらっと言って日無子はおつゆをズズっと飲む。
「記憶がないって、いつからだ? 瞬間的にか?」
「一年くらい前」
「一年ほどか?」
「逆よ、逆。一年前に事故に遭って、そこから前が全然ないの」
 まったく気にせず言っているが、聞いている舞人のほうが愕然としていた。
(記憶がないって……一年前より以前全てってことだったのか……)
 いや、普通は不安になったりするものだろう? なんでこんなにあっさりしているんだ?
 生まれてからの記憶がごっそりないことに対してなぜそこまで……。信じられない。
(あんまりこだわってるようには見えなかったから、少しだけかと思っていたが……)
 少しどころの話ではない。オオゴトだ。
「医者はどうだ? 記憶は戻るって言ってたか?」
「さあ? 気づいた時にはもう実家だったしね。まあそのうち戻るんじゃないの? そのために一応東京に来たし」
「?」
「一年前に事故に遭ったの、東京なの。だから、どこか見覚えがないかなって思ってはいるけどね。
 まあ仕事のついでなんだけど」
「それで…………どこか見覚えのある場所はあったか?」
「ぜーんぜん」
 軽。
 あまりの軽い言い方に舞人は激しい脱力感をおぼえた。
(なんだこのフワフワした感じは……。危ういとは思っていたが、この風船みたいなところに感じたのかな俺…………)
 ズルズルと蕎麦を食べる日無子は誰にどう見られようと構わない食べ方をしている。周囲を全く気にしていないのだ。
「記憶がないと困るだろ? 困らないのか?」
「なくても困ってないよ?」
「………………」
 嘘を言っている様子はない。
(あれだ……タンポポの綿毛に似てる…………)
 ふーっと息を吹きかけたらあっという間に飛んでいく……。
「記憶がないって、どこでわかったんだ?」
 舞人の言葉に、日無子の箸を持つ手が止まる。
 それは本当に一瞬のことだった。
 日無子は微笑む。
「そりゃ、目が覚めてからだね」
「? 目が覚めて?」
「起きたらさ、身体が包帯まみれでなんだこりゃあって思ったわけ。というか、自分の身体だっていう感覚もないから動くのに驚いた……と思う」
「そうだったのか……大変だな、それは」
「どうだろ。大変っていうのもわかんなかったし……」
 思い返しているのか、日無子はぼんやりとした瞳になっている。
 舞人は心配そうに日無子を見ていたが、彼女はずずずっとおつゆをすすり……。
「ごちそうさまでしたー!」
 元気よく言い放った。
「…………」
 舞人はまだ蕎麦が残っている。
 その後、自分が食べる様子を目の前からじーっと日無子に観察されていて……居心地が悪かったのは言うまでもなかった。



 お参りをして、お願いを…………いや、今年は『決意』だ。
(なにがあっても……日無子の味方でいる)
 それは自分への誓いのようなものであった。
 瞼を開けて横を見ると、日無子は周囲をきょろきょろしている。
「……なにしてるんだよ?」
「え? だってお参りとかしたことないし」
 彼女にとってはかなり珍しいようだ。
 とりあえず人込みを抜けて、舞人は日無子に向き合う。
「明けましておめでとう。今年もよろしく」
「はい、おめでと」
 またもや軽い。
 無言になって疲労なのか落胆なのかわからない溜息を吐く舞人。
(今年も振り回されるんだろうな…………)
 自分の行く末が想像できるというのも可笑しい。
「遠逆は何かお願いとかしたのか?」
「えー? まあ、早く憑物封印が終わりますようにってのが妥当かと思って一応したけど」
「憑物封印?」
 新たな単語に舞人は疑問符を浮かべる。日無子は微笑んだ。
「それが東京でおもにやってるお仕事だから。それが終わったらやっと帰れるしさ」
「…………そうか」
 小さく舞人は呟いた――――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【2387/獅堂・舞人(しどう・まいと)/男/20/概念装者「破」】

NPC
【遠逆・日無子(とおさか・ひなこ)/女/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、獅堂様。ライターのともやいずみです。
 呼び方が変わりましたが、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!