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<東京怪談・PCゲームノベル>


CallingU 「小噺・除夜」



 もうすぐ今年も終わる。そう考えると……勿体無いような気が、する。
 橘穂乃香はどきどきしながら着物の着付けをされていた。
 今日は大晦日。
 除夜の鐘をつきに行く約束をしたので、着物を着ているのだ。
 初めてで、ドキドキする。
 淡い藤色の着物を着て外に出るとすでに真っ暗だ。
 近くの寺に向かう穂乃香は、はたと気づいて足を止める。
 見知った袴姿の少女がいるではないか。
(あれは……ひなちゃん……)
 どうしてこんなところに?
 嬉しさがこみ上げてくるが、ハッとする。
 日無子がいるということは……。
(また、危ないことを…………? でも今日は大晦日ですから違いますよね)
 日無子は自動販売機の前で顎に手を遣って、にらめっこをしていた。
 彼女は首を軽く傾げてから、ピッ、とボタンを押す。
 出てきた缶を取り出そうとしていた瞬間、自販機から妙な音がして日無子は動きを止める。
「うわ……」
 日無子の声が聞こえた。
「どうかしたんですか?」
 思わずそう声をかけると日無子がこちらをバっと振り向いて穂乃香を引っ張る。
「どれがいい!?」
「え、ええっ!?」
「早く!」
 せかされて、穂乃香は自販機に目を走らせた。
「ミルクテ」
「これか!」
 全てを言い終わる前に日無子がバン! と強くボタンを叩く。
 ガコンとミルクティーの缶が落ちてきた。
 日無子はそれを取り出して穂乃香に渡す。
 だが、穂乃香にはちんぷんかんぷんだった。
「あの、こ、これ……は?」
「さっきレモンティー買ったら当たりが出てさ〜。とは言っても2本もいらなかったし」
「あ、じゃあこれ……」
「うん。遠慮せず貰ってね」
 にっこり微笑む日無子は、そこで穂乃香の姿に気づいたようだ。
「あれえ? なんで着物なんて着てんの? なんかの催し物でもあるわけ?」
「え? なに言ってるんですか。今日は大晦日ですよ、ひなちゃん。ひなちゃんもお参りに行く途中だったのでは?」
「…………ん?」
 眉をひそめる日無子に、穂乃香が瞬きをする。
 なんだろう、今の反応は。
「ひ、ひなちゃん……?」
「大晦日? そういやそうだっけ」
「………………お参りに行かれる途中では、なかったのですか……?」
「お参り?」
 疑問符を浮かべている日無子を前に、穂乃香はふふっと小さく乾いた笑いを洩らす。
「ひなちゃん……今日はどうされてたんですか?」
「仕事」
「きょ、今日も仕事ですかっ!?」
「まあね。
 そっかー。どーりでなんか店は早く閉まってるし、人が多いわけだ」
 穂乃香は日無子をじっと見上げた。
 彼女は今日も仕事をしていたのだ。信じられない。
「初詣かと……思いました」
「どうして?」
「いえ、袴姿だったので……」
 そこで自分でも不思議になる。
 考えてみれば日無子はいつも袴姿だ。
 日無子は自分の袴を見下ろしてにこっと笑う。
「ああこれ? これは仕事着なの」
「仕事着? それがですか?」
「特殊な服だからね。一応色んなの用意されてたんだけど、これが一番自分に似合うからと思ってこれにしたの。似合うでしょ?」
「はい。とっても」
 微笑む穂乃香。
 だが、内心……少し複雑だった。
 袴姿が仕事着ということは、この姿の時の日無子はいつも危険に身をさらしているということだ。
「あの、これから除夜の鐘をつきに行くのですが……ひなちゃんもご一緒しませんか?」
「除夜の鐘? ああ。そういえばなんかそういうのあったね」
「ご都合がよろしければ……なのですけど」
 遠慮がちに言う穂乃香を見下ろして、日無子はうーんと呟く。
「まあいいけど。でも代価はいるかな…………こういう場合はどうすりゃいいんだろ」
「?」
「代価代価……。そうだなー……さっき缶をもらってくれたっていうのを代価にすればいいか」
 日無子は勝手に自分で納得し、「いいよ」と笑顔で承諾した。
 穂乃香はよくわかっていなかったが、日無子が一緒に行ってくれるというのでご機嫌になる。
「嬉しいですっ、ひなちゃんと一緒に鐘をつけるの」



 除夜の鐘をつくために穂乃香は列に並んだ。
「鐘かー。お寺の人も大変だね〜」
「そうですね。でもそれは神社も一緒ですよ」
「そっかー。忙しいこって」
 日無子は穂乃香の後ろに並び、小さく嘆息した。
「わたくし、除夜の鐘をつくの、初めてなんです」
「あ、そうなんだ」
「はい。うまく撞けますかね……」
「撞かないと。煩悩を追い払うんでしょ?」
「ぼ、ぼんのう?」
 首を傾げて振り向く穂乃香に、日無子はにこっと笑う。
「そう。仏教であるでしょ。百八の煩悩。あれを追い払い、新しい気持ちで新年に挑むために除夜の鐘を百八回、撞くわけ」
「そ、そうなんですか!」
「そ。意味もなく鐘を撞くわけじゃあないんだよ」
 初めて知った。
 穂乃香は鐘を撞いている女性に目を遣る。
「だから、橘ちゃんも煩悩を追い払わないとね。あれ? でもキミは仏教だっけ?」
「え?」
「まあいっか。そういうの、わかっててやってる日本人は多くないだろうし」
「ひなちゃんは、仏教の人なんですか?」
「いいや。あたしは無宗教。うちは色んなとこを使ってるからね」
「?」
 意味がよくわからないが、日無子の家は仏教ではないということはわかった。
「でも詳しいですね、ひなちゃん」
 そう言われて、日無子は微笑む。
「これでも記憶喪失なんでね。一応仕事に関係ありそうなことは調べたことがあるんだよ。あとは一般常識かな。辞書に載ってるのはだいたいわかってるつもりだけどね」
「あ……そ、そうでした、ね」
 失言した、と穂乃香は顔を赤らめる。
 さりげないことで、日無子に記憶がないことを思い出さされてしまった。
「知らないことは恥ずかしいことじゃないよ?」
「え? いえ、そういうことではなくて……」
 笑顔の日無子がとても優しくて……本当に記憶がないとは、信じられなくて。
 順番が回ってきたことに気づかなかった穂乃香は、後ろから日無子につつかれて慌てた。
「わわっ、すみません」
 鐘を撞くためにのぼり、それから不安になってきょろきょろ見回す。
 どのくらいの力で撞けばいいのかわからない。
「ひ、ひなちゃ〜ん……」
 弱々しい声で後ろの日無子に囁くと、日無子はにやっと笑って「思いっきり」と口を動かす。
 思いっきり?
(ええ〜っ?)
 困りながらも、待っている人々の列を見て穂乃香は決意した。
(お、思いっきり……!)
 それほど穂乃香は力があるわけではない。まして、まだ10歳だ。
 思いっきりやってみたものの、それほどいい音はしなかった。
 けれども。
 目の前で鳴った鐘を見て穂乃香は満足だ。
(う、うわぁ……!)
 間近で鳴っているのを見ると、全然違う。
(確かにこれは凄いです……)
 来年も撞くことができればいい。
 振り向くと日無子の笑顔が見えた。
「上出来だよ」
 と、口だけ動かす日無子を見て穂乃香は微笑む。
 来年もこうして、日無子と過ごせたらいいなと…………思いながら。

 次はお参りだ。
 穂乃香の願いは決まっていた。
(新年のひなちゃんのお仕事がつつがなく……無事に終わりますように……)
 無事に?
 前に、日無子が巻物を開いて、閉じるのを……見たのに?
(あれ……は……)
 見覚えのある行動だ。
 巻物。開いて。閉じる。
(憑物封印……! まさかひなちゃんも……?)
 遠逆の退魔士だから、彼女がしていても不思議はない。だがなぜ。
 日無子が憑物封じをしているのだろう? 終わったはずなのに。
 まるで小さな棘のように、ソレは穂乃香の心に残った。
「ひ、ひなちゃん。なにをお祈りしました?」
 笑顔で横の日無子に尋ねると、彼女は「えー?」と面倒そうに呟く。
「いや、べつになにも」
「なにも……?」
「だってべつに願い事とかないし……」
 あっさり言う日無子に、不安になってしまう。
「あの……お仕事のこととかは?」
「仕事? ああ、まああと少しだっけ封印も。んー、じゃあそれで」
 穂乃香は横で震えた。
(封印……って……?)
 やっぱりだ。
「あの、ひなちゃんのお仕事って……」
「え? 退魔士だよ? あ、でも今は憑物封印のために東京にいるけど」
 穂乃香は硬直してしまう。
 聞きたくなかった単語だ。
 ああ、じゃあ。
(ひなちゃんも…………終わったら、帰ってしまう……)
 それに、憑物封印は危険だと穂乃香は知っていた。前にそれをおこないに来ていた彼は……彼にとっては。
 どうして?
(ひなちゃんは、あの人みたいに呪われてるわけでもないです…………どうして憑物封印を?)
「憑物封印ですか? その……ひなちゃんはどうしてそれを?」
「え? 優秀だからでしょ?」
「………………」
 唖然とする穂乃香であった。
 日無子は嘘を言っているようにはみえない。それほど即答した様が、あっさりしていたからだ。
 考えすぎということもあるし、杞憂に終わるかもしれない。
 なにしろ、日無子は、彼とは違うのだから。なにからなにまで。
(そうですよ。きっと、何もないです。きっと)
 でも。
(いつか……ひなちゃんとお別れする日がくるんでしょうか…………?)
 それはまだわからない。……まだ今は。

「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します」
 ぺこっと頭をさげた穂乃香に、日無子はきょとんとする。
 彼女は微笑んだ。
「おめでと」
 二人は並んで帰路につく。
 星がちかちかと空で輝いていた。
 新しい年だ。
 夜道を歩く穂乃香は、繋いだ日無子の手が冷たいのに心配になった。
「ひなちゃん……寒いですか?」
 袴のほうが着物の自分よりも薄着のような気もする。
 日無子は「ははっ」と軽く笑った。
「確かにこの格好は少し寒いけどね。大丈夫大丈夫」
「手が、冷たいですけど……」
「体温は元々高いほうじゃないからなあ。あ、手ぇ離そうか?」
「い、いえ! 大丈夫ですっ」
「そう?」
「はい」
 穂乃香は頷いて、それから空を見上げた。月がある。
「綺麗な月ですね……」
 今日が曇らなくて良かった。
 日無子は穂乃香の言葉に上空を見上げる。
「月……」
 呟いた日無子は目を細めた。
 その瞳はまるで暗い闇そのもの――――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【0405/橘・穂乃香(たちばな・ほのか)/女/10/「常花の館」の主】

NPC
【遠逆・日無子(とおさか・ひなこ)/女/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、橘様。ライターのともやいずみです。
 日無子と迎える新年は、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!