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<東京怪談・PCゲームノベル>


CallingU 「小噺・除夜」



 初詣、なんて。
 自分のガラではない。
 でも。
(誰もいないしな……)
 暇だ。
 黒崎狼ははあ、と嘆息して出かける。
 夜道は暗く、静かだ。
 まるで世界に自分しかいないような錯覚さえ覚える。
 寂れた神社にやって来た狼は、上に続く階段を見て苦笑した。
 石の階段はぼろぼろで、ほとんど人が来ていないことを示している。
 わざわざ町外れのこんなところに来るのは、ここが狼の昼寝スポットの一つだからだ。冬場以外ではよくここを利用している。
 階段をあがり、そのひと気のない小さな神社を見る。
(う)
 思わず足が止まった。
 手頃な大きな石を腰掛けたまま上空の月を見上げている遠逆欠月がいたのだ。
(な、なんでいるんだ……こんなとこに)
 目を細める狼は無言で欠月を見つめる。
 ぼんやりと月を見上げる彼の瞳は暗く、虚ろだ。
 まるで魂の抜けた人形。
(しっかしほんとにあいつって、美形だよな…………人形みてぇだし)
 ヒトのカタチをした者だ。ああしていれば。
 月に恋でもしているように、熱心に見上げている欠月はゆっくりと狼のほうを見遣る。
 びくっと反応をする狼は口元を引きつらせた。
「よ、よお……。こんなところで何やってんだ……?」
 なぜに及び腰になっているのか。
 狼はふふふ、と妙な笑いを洩らした。
 欠月の瞳に光が戻る。そして彼はにたり、と意地悪く笑ったのだ。
「寂しい人だねえ、キミは。夜中に男一人でこんなところに来るなんてさ。変態?」
「お、おまえ……ほんと毒舌というか…………」
「嘘だよ。まあここも……神社といえば神社か。大晦日に来てるってことは、お参り?」
「いや、まあ……初詣なのは初詣だけど。日の出も見ようかと思って」
「はー……物好きだねえ」
 嘆息して頬杖をつく欠月。
 どたどたと足を踏み鳴らして欠月の目の前まで来る。
「おまえに言われたくねえよ! おまえこそ何してんだって訊いてんだろっ」
「休んでたんだよ。休憩だよ、休憩。なに? ボクは休憩しちゃいけないの?」
「そんなこと言ってねえだろ!
 でも休憩って……」
 欠月は仕事の時には必ず着ている濃紫の制服姿だ。
 ああそうか。彼はこんな日も普段通りに戦っていたのだろう。
 こんな……一年最後の日でも。
「お、おつ、かれ……さま」
 もじもじしながら言うと、欠月は唖然というより呆れたような目でこちらを見ていた。
 だがすぐに微笑む。
「ありがとう」
「っ」
 う、となって狼は視線を逸らした。
(変なとこで素直なんだよなぁ……)
 わからない人間だ。
 欠月は立ち上がった。
「さてと。そろそろ行くか」
「えっ。どっか行くのか?」
 こんな夜中過ぎに。
 驚く狼に、欠月は笑みを向ける。
「仕事はないから、適当に帰るよ」
「帰るのか?」
「帰っちゃいけないの?」
 首を傾げる欠月に、狼は首を横に振った。
「いや、帰っていいけど……さ。せっかくだから一緒に日の出……見ないか?」
「日の出まであと何時間あると思ってるの?」
 嫌そうに欠月は片眉をあげてみせる。
 狼は無言になってから、ははは、と笑ってみせた。
「いや……嫌ならいいけどよ」
「………………じゃあさ」
 欠月は手を狼のほうへ差し出す。
「コーヒーで手をうってあげる。そうしたら、一緒に待ってあげるよ、日の出まで」
「お、奢れって言うのか!」
「キミの分も買ってきてあげるよ。あ、ボクのは奢ってね。買いに行ってあげるから」
「なっ、なんで俺がっっ!」
 手を引っ込める欠月はフンと鼻を鳴らした。
「いいよべつに。こんな寒い日に一人で待ちなよ、日の出」
「………………」



 階段のところで腰掛けて待っていた狼は、頬杖をつく。
 さすがにこんな寂れたところには誰も来ない。
 今頃は、参拝客が押し寄せているところもあるだろう。ここと違って。
 この一年のことを振り返り、狼はうんざりしたように顔を伏せた。
 遠逆という苗字の退魔士に振り回されてばかりだからだ。
 一人は上海。そして一人は……。
「あれまあ。そんなところに座って哀愁漂わせて……。さみしいねえ」
 階段の下に現れた欠月は缶を二つ持っている。
 細身の欠月は階段の上から見るとまるで……。
(まるで……棒切れみたいだな……)
 あがって来た欠月は狼の横に座る。
「はい」
 渡されたコーヒーを受け取った。熱い。
「……自販機、遠かっただろ?」
「そう?」
 笑う欠月は自分のコーヒーを手にして言う。
 遠かったはずなのに……まだ缶は熱い。
 欠月の分を奢ることになったが、それでも良かった。
 缶は暖かくて、カイロ代わりになる。
「男一人で初詣だなんてさ、キミって友達いないの?」
「いるっての! 今日はたまたまみんな都合が悪かったんだよ!」
「ふ〜ん……」
「信じてないだろっ!」
「まあいいけどね。キミの交友関係なんて興味ないし」
「興味なくてもソコは信じるところじゃないのか!?」
「へー……」
 ぼんやりと返事をする欠月はコーヒーを飲みながら階段下を見ていた。
 狼は嘆息してから同じように階段の下を見つめる。
「……おまえ、さっき月を見てたな」
「それが?」
「好きなのか……月」
 欠月は顔をあげて、今度は空を見上げた。
「そうだなぁ……まあ、馴染みがあるからね。仕事のほとんどは夜だし」
 そんな彼の話を聞きながら、狼は自分のコーヒーに口をつける。
 熱くて美味しかった。
「仕事は……順調か?」
「ん?」
「…………憑物封印」
 欠月は微笑する。
「気になるんだ?」
「そ、そりゃ……それが目的で来てるんだろ?」
「まあねえ。でも大丈夫。あと少しだよ」
「…………そっか」
 あと少し。
 それは欠月との別れが迫っていることになるのだ。
 狼はコーヒーを飲み干した。
「うまくいくといいな、憑物封印」
「……それはボクの腕を疑ってるってことなのかなぁ」
「ち、ちがっ……!」
「はは。わかってるよ」
「あと、さ……記憶は? どうだ?」
「さーっぱり」
 肩をすくめる欠月は一気にコーヒーを飲む。
 狼は顔を伏せた。
(せめて、記憶だけでも戻ればいいけど)
 だが……。
 よく、聞くじゃないか。
 記憶を失ってからの『記憶』が、昔の記憶を取り戻した時に消えるとか……。
 もしもそうなったら。
(今こうして話してる欠月が、いなくなる……?)
 だいたい、記憶を失う前の欠月はどんな感じなのか……。
 想像していた狼は、途中で想像を放棄した。
 どんな欠月だろうと、どれもこれも怖い……。
(嫌味な今も十分な感じもするけど……キラキラフラッシュを飛ばす爽やかな欠月とか、無口で仏頂面の欠月も……怖い)
 笑うべき想像だろうが、全然笑えなかった。
「欠月はさ、どう思う?」
「は? なに突然?」
「いや、記憶をなくす前の自分てどんな感じかなって」
「ああ。そうだねぇ……少なくとも、事故に遭うってことは注意散漫だったかな」
 すごくいい笑顔で言う欠月に、狼は無言になってしまう。
(こ、怖ぇってのその笑顔が。もしかして……その、記憶がなくなる前の自分のこと、気に入ってないんじゃ……)
 欠月は頬杖をつく。そして柔らかく微笑んだのだ。
「でもどうなのかな……。かなりマヌケだったのかもねー。ドジっ子系とか? どう? ドジっ子系だと嬉しい?」
「う、うわぁ……も、勘弁してくれ……。こ、怖い、マジで」
 口を手で覆って狼はギブアップしたのである。

「…………日の出ってさ……そこで見るの?」
 木の下から欠月は信じられないという表情で言う。
 ご神木の枝に登っている狼は欠月を見下ろして頷いた。
「罰当たりだねえ、黒崎くんは」
「うるさいなっ。いいんだよ、眺めがいいから!」
「……まあいいけどね。罰が当たるのはキミだし」
「ここで見る日の出と、夕陽は綺麗なんだぜ?」
 欠月は嘆息する。
 そうすると彼はたん、と軽く跳躍して狼の上の枝に着地した。
 なんという身軽さだろう。
 驚く狼に、彼は不敵に笑ってみせる。
「それで? 日の出はもうすぐだよね」
 空が白くなっているのでもうすぐだろう。
 狼は日の出の方角を指差す。
「あっちが東だ。ほんとに綺麗なんだぜ〜?」
「信じてないわけじゃないよ」
 欠月は器用に枝に腰掛けると、そのまま東の方角を眺めた。
 狼はそんな欠月をちらちら見上げた後、東を見つめる。
「欠月」
「ん?」
「ありがとな。日の出、待ってくれて」
「……変なこと言うね、キミは」
 欠月のほうを見もせずに言う狼は、微笑した。
 ゆっくりと東の方角が黄色に染まっていく。
「日の出だ……!」
 狼の声に欠月は反応しない。
 夜が明ける。
 終わってしまう。夜が。
「……こんなにゆっくり日の出を見たのって、初めてかも」
 欠月のそんな呟きに、狼は思わず彼を見上げた。
「そうなのか?」
「うん。夜明けって、ボクにとっては仕事が終わる合図みたいなものだから」
「?」
「ボクは夜に活動するからね。だから夜明けは、営業時間終了の合図」
「でも、夜明けって気持ちいいだろ?」
「……そういうものかな。そう……なのかもね」
 欠月はぼんやり呟く。
 狼は不思議そうに欠月を見つめた。
「とりあえず……さ」
「ん?」
「あけまして……おめでとう」
 欠月は狼のほうを見てから瞬きする。
「まあ、その……今年もよろしく……?」
「なんで疑問系なの?」
「だっておまえにからかわれてばっかりだし……」
「自覚があるんなら、そうされないようにしなよね」
 微笑む欠月が太陽の光に照らされた。
 日の出だ。
「うわー! やっぱこれ見ると新年って感じするな〜!」
「そう? 日付はとっくに1月1日だけど」
「おまえなあ、ロマンなさすぎだぞ」
「浪漫でおなかはふくれないぞ〜。お金がなくてもだけど〜」
 はははと笑う欠月。
 せっかくの気分が台無しになってしまう。
 いや、すでに台無しだ。せっかくの清々しい気分が。
「おまえー! そっから降りてこいっての!」
「ええ〜? どして?」
「ロマンのないやつは木に登らなくてもいいの! 俺よりおまえに罰が当たる、絶対!」
「なにそれえ。変なの。ははは」
 明るく笑う欠月の声が、辺りに響く。
 これが狼の新年の始まりだったのである――――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【1614/黒崎・狼(くろさき・らん)/男/16/流浪の少年(『逸品堂』の居候)】

NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、黒崎様。ライターのともやいずみです。
 ご神木に登る罰当たり二人組、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!