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ネットに潜む闇
◆兆し
瀬名雫が管理する掲示板に気になる書き込みがあった。
『花園神社近くで配っているチラシのエロサイトに行くと死ぬ』
そのチラシを配っている者はいつも花園神社にいるわけではないという。書き込みの文章はおもしろ半分の様で、深刻には考えていないようだ。そもそも花が好きか? とか、ネットに入れない奴はいないだろうとか、サイトに行くことを誘っている様にも思える。肝試しや興味本位で花園神社に行こうと思う者も皆無ではないだろう。雫はこの書き込みを危険だと判断し、すぐに削除した。しかし、書き込みを見た者がいなかったわけではなかった。
◆新宿の風
四方神・結(しもがみ・ゆい)はパソコンの画面をじっと見つめていた。その掲示板にはガセネタが多いのは知っていた。けれど、そのふざけた感じの書き込みがどういうわけか気になった。それが勘なのだと言われればそうなのかもしれない。他人に説明できるハッキリした根拠もデータもなかったが、読み捨てには『ひっかかり』があった。『花』について触れているところもなんだか気に掛かる。
「あーもうスッキリしない。こうなったらこのサイトに行ってみるしかないよね」
掲示板の書き込みにはサイトのアドレスまでは書いてなかった。となれば、花園神社の近くでチラシを貰わなくてはならない。
「買い物がてら行ってみようかな」
椅子に座ったまま大きく伸びをすると、結は念のために画面を保存しパソコンの電源を落とした。
「新宿かぁ‥‥」
今ならまだ掘り出し物のバーゲン品があるかもしれない。裾にレースをちょこっと使ったカットソーやフードの付いたジャケットも良いのがあったら欲しいと思っていたところなのだ。新宿通りの小さな店を見るのもいいし、南口の巨大デパートを探検するのも楽しいだろう。なんとなく買い物の方が本命っぽくなってしまい、結はクスッと笑った。
「それはそれで良いかもだよね。久しぶりだから高野でお茶しちゃおうかな」
ちょっと肩をすくめる。仕事で留守がちの父との2人暮らしだと、つい独り言が癖になる。携帯電話のメールをチェックすると、結は部屋の電気を消してベッドに入った。
3日ぶりに寒さがゆるんだからというわけではないだろうが、週末でもないのに新宿には沢山の人がいた。男女で腕を組む者達、女性3人で朗らかに笑いあう者達、大勢で塊になって歩く者達。勿論、一人無言で歩く者もいるし、携帯電話に向かって大声で話しながら歩く者もいる。なんでもありで他人が何をしていても無関心。それが新宿を行く多くの者達に言える共通項であった。
結は去年買ったハーフコートにスカート、ロングブーツで南口から出た。吹き渡るビル風が時折長い髪やスカートの裾を揺らすが、構わずどんどん歩く。細い道を抜け新宿通りに出ると、店先を冷やかしながら右へと曲がる。適当な信号で通りを2つ渡ると、そろそろ花園神社が近くなる。
「‥‥そろそろかも」
少し歩調をゆるめ、結は辺りを気にし始めた。18禁サイトのチラシ配りなんて見たことはないが、きっと男性にだけ配るのだろう。そういう人はいないだろうか。ついキョロキョロと辺りを見回す。
「商品サンプルです〜どうぞ〜」
不意に視界に人の手が入ってきた。若い女性の細い手にはシャンプーの試供品がある。
「私に?」
念のために尋ねてみると、商品ロゴの入った衣装を着たその女性は大きくうなずいた。
「勿論です。こっちって駅より人通りないし、特に女性が少ないから困ってたんです。貰ってくれますか?」
言われてみれば、女性の持っている籠にはその試供品が沢山入っている。
「そうですよね。じゃあ戴きます」
結が試供品を受け取ると、女性はニッコリ笑った礼を言った。その時、結はふと閃いて女性に尋ねた
「もしかして、今までにもこの辺りでコレ配ってました?」
「えぇ。1週間のバイトで明日が最終日。ずっとここだったのよ‥‥もしかして、あなたバイト希望者?」
「いえ、そうじゃなくて‥‥あの、ここら辺でアダルトサイトのチラシを配ってる人って見ませんでしたか?」
結はあわてて気味に言った。女性は今にも結の腕を掴んでどこかに連れて行きそうだったのだ。申し訳ないが、バイトの意志はない。女性は動きを止めると、意味ありげに笑った。
「そっか。まぁ誰でも事情があるもんね。コレあげるわ」
女性は試供品の籠の一番下から手の平に乗るほどの紙切れを取り出した。見るとアダルトサイトの宣伝チラシであった。URLもばっちり書いてある。思わず笑顔が浮かぶ。するとその女性の表情がまた変わった。
「あんまり聞かないところだけど、きっと金払いはいいと思うわ。だって、チラシ配りなんてしてるくらいだもん」
「あの、あのですね。私はバイトの為に聞いてるわけじゃなくて‥‥」
「いいの、いいの。事情は聞かないから。コレ、すぐに捨てちゃった男の人がいて、なんとなく拾っておいたのよ。持ってると私も貧乏に負けてここにアクセスしちゃいそうだから、あげるわ」
「……ありがとうございます」
結がなんと言ってもわかってくれない。どうやら女性の中では凄く波瀾万丈なシリアスドラマが出来上がっていて、その主演である結がどう言い訳しようが降板させてはくれないらしい。
「頑張ってね! 負けちゃ駄目よ〜」
朗らかなエールを背に、新宿まで来た目的を早々にクリアした結であった。
◆闇の花
全ての身支度を整え、気持ちを落ち着けると結はサイトのURLを打ち込んだ。特別な装束があるわけではないし、儀式をするわけではない。けれど、何かと戦うかも知れないのなら、それなりの覚悟がいる。リターンキーを押すと、すぐにパソコン本体のランプが点滅しカタカタと音が鳴るった。一瞬暗転した画面は上から降りてくるかのように画像が現れる。沢山の裸の女性が笑いかけていた。そしてその画像の下に文字が浮かぶ。
『あなたは花が好きですか? YES NO』
普通の18禁サイトにあるような年齢などの質問ではない。
「イエス、しかないよね」
結はマウスでカーソルをYESに合わせる。そのまま右クリックすると画像は消え、変わりに大きな薔薇の写真が現れた。
「はっ!」
結は椅子から立ち上がり、後ろに飛び退いた。椅子が床にひっくり返るが、それはもう気にならない。画面からの強い気が結を警戒させていた。気はどんどん強くなる。そうなると、もうハッキリ気に含まれる邪気が感じ取れてくる。画面から目に見えないツルを伸ばしてくるかのように、邪気は結へと向かって来る。
「ネットを介して生気を奪う‥‥というの?」
邪気からは飢えが感じられた。それを満たそうとして邪気が迫る。
「もうこれまでよ!」
結は指で印を作る。それと同時に呪を唱えた。魔を祓い、清める呪だ。ネットを介して来る敵ならば、同じネットから清めの気を送ることも出来るだろう。駄目だとしても、今結の部屋にある邪気は消せるだろう。
「はぁあああ!」
気合いと共に力がほとばしる。パソコンの画面から薔薇の花がスッと消えた。部屋に充満しつつあった邪気も消える。
「終わったの‥‥かな」
ネットの先には元凶があった筈だが、それがどうなったかまではわからない。けれど、もう打てる手はなさそうだった。
相変わらず雫のホームページにある掲示板には色々な書き込みがある。馬鹿馬鹿しいネタや常套句ばかりを並べたもの、いかにも創作したっぽいものまで様々だ。けれど、結があのサイトを見に行った日から先、『見ると死ぬエロサイト』の類似例や続報などはなかった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【3941/四方神・結(しもがみ・ゆい)/女子高生/高校生退魔師】
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■ ライター通信 ■
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東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF『ネットに潜む闇』にご参加いただき、ありがとうございました。はっきりとした結末はわからないのですが、こんな風になりました。とっても寒い日が続きますが、結さんが新宿を歩いていたらどんなかなぁと想像しながら書くのは楽しかったです。また機会がありましたら、どうぞおつきあい下さい。
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