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<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


映画の喜び方


 約束は、守る為にある。破られてしまう約束ほど寂しいものは無く、守られた約束ほど安心と喜びを与えるのだ。
 藤井・蘭(ふじい らん)の手元には、三つのキイホルダーがあった。猫を模った造型をしており、それぞれ剣士の格好をした男猫、真っ黒な洋装をした男猫、可愛らしい町娘のような格好をしている女猫であった。名前が後ろに刻んでおり、にゃんじろー、にゃんたろー、にゃりりん、とある。
 蘭はそれを見て、にっこりと笑った。本日何度目かになるキイホルダーの確認である。
「お、また見てるのか。好きだな、それ見るの」
 藍原・和馬(あいはら かずま)は、そう言って蘭の頭をくしゃりと撫でた。蘭はそれに対して「えへへー」と笑う。
「前売り券についているおまけが、丁度3種類で良かったよ。これで6種類とかだったら、倍の枚数を買わないといけないとこだったし」
 藤井・葛(ふじい かずら)はそう言って苦笑した。蘭が嬉しそうに見ているキイホルダーは、映画の前売り券についているおまけであった。どうせ見に行くのならば、正規に買うよりも断然安い前売り券だ。そう思って窓口で購入しようとすると、おまけがついてきたのである。
「もし6種類だったら、俺達また見に来てたかもしれないな」
 和馬がいうと、葛は「かもな」と言って苦笑する。
「ともかく、大のお気に入りなんだ。前売り券を買って、手に入れた瞬間から気が付けばずっと見ているんだ」
「そんなに気に入っているのか……」
 和馬はそう言い、くつくつと笑った。前回、映画を見に来た時に流れた予告編だけでも、大変な喜びようだった事を思い出したのだ。
「絶対見に来るって、夢中だったもんな」
 葛もそう言い、苦笑した。蘭は二人がそんな話をしている事も気にする事なく、まっすぐに映画館へと向かって行く。別に時間が差し迫っている訳でもないのに、何故か小走りだ。
 蘭の目の前には「にゃんじろー映画、対決!猫忍者」と大きく書かれた、映画の看板があるのだった。


 前に来た映画と同じように、ポップコーンと飲み物を購入してから中に入った。蘭は入り口のところで子どもだけに配られていた、小さな袋を一生懸命開こうとしていた。完全密封されている為、なかなか開かない。
「蘭、開けようか?」
 葛が申し出るが、蘭は「僕が開けるのー」と言って譲らない。
「開けにくくなってんだよ。俺があけてやるって」
 和馬が申し出るが、蘭はやっぱり「いいのー」と言って譲らない。葛と和馬は顔を見合わせ、くすくすと笑う。
「開いたのー!」
 開いた、というかビニールを引っ張って無理矢理引きちぎったという方が正しいような感じで、蘭はついに袋を開けた。顔に浮かんでいるのは、満面の笑みだ。
 中から出てきたのは、今流行のゴムバンドだった。キラキラしたラメが練り込まれている透明なゴムには「にゃんじろー」と彫ってあった。蘭は嬉しそうにそれを腕につけた。
「……なんで、このゴムバンドなんだろうな?」
 和馬が塩味のポップコーンを口に放り入れながら、尋ねる。
「さあ……?流行っているから、かな?」
 葛もキャラメル味のポップコーンを口に放り入れながら、答える。前回は反対の味を食べていた二人だが、隣の芝生が青いという法則で、今回は相手が食べていたポップコーンの味を選んだのである。
「どうだ、蘭。ポップコーン食べるか?塩がばりっと効いておいしいぞ」
「いらないのー」
 和馬の勧めに蘭はそう答え、腕につけたゴムバンドをじっと見つめる。
「蘭、キャラメル味もあるぞ」
「いらないのー」
 葛の勧めにも蘭はそう答え、ゴムバンドを見てにこっと笑った。心から嬉しそうだ。
 映画館内の照明が、じわじわと暗くなってきた。それに比例して、蘭の顔がぱあっと明るくなる。
 ついに、心待ちにしていた映画が始まるのである。
 真っ暗なスクリーンから聞こえてきたのは、べべん、という三味線だ。それから刀の音がし、真っ暗な画面がはらりと切られた。そうして現れたのは、猫のシルエットだ。まだ、影しか見えない。
「……困った事があれば、名を呼んでくれ。名を呼べば、必ず助けに参ろうぞ!」
 べべんっ!
 その言葉に、会場内の子ども達が口々に名前を呼び始める。蘭も同じように、名前を呼び始めた。
 にゃんじろー、と。
 ばっと画面が変わり、にゃりりんが出てきた。手を組み合わせ、涙を浮かべた目でスクリーンの向こうからこちらを見つめている。
「皆で、呼びましょう。あの人の名を……!」
 その言葉の後、カウントダウンが始まった。3、2、1……そして画面一杯に文字が出る。子ども達も一緒になってその文字を叫ぶ。
「にゃんじろー!」
 びりびり、と空気が震えるようだった。和馬はその声に思わず、飲んでいたコーラをぐっと詰まらせて咳き込む。
「大丈夫か?」
「あ、ああ……。相変わらずのパワーに、ちょっとばかし圧倒されただけだ」
 和馬はそう言いながら、げほげほと咳き込む。葛は苦笑しながら、頷く。
「テレビから三味線の音がすると、蘭は反応するんだ。にゃんじろーだ、って言って」
「パブロフの犬みたいだな」
「近いかもな」
 にゃんじろーの映画は、前に見に来た映画とは違い、善悪がはっきりとしないものだ。絶対悪というものが存在せず、悪の方にも何かしらの理由が存在している。映画になっても、その兆候は変わっていない。映画オリジナルキャラクタである猫忍者が、悪の組織からにゃんじろーに対する刺客として送り込まれた、という設定だけが違うようだ。
 つまりは、本編にはこの猫忍者は登場しないのだろう。
「相変わらず、奥が深いストーリーだな」
 葛は呟き、オレンジジュースを一口飲む。時折、にゃんじろーは蘭が夢中になって見ているのを隣で見ているのだが、話として奥が深いために中々面白い。子どもにはそれなりの話として見えるように、大人には奥深い話として見えるように作り上げているのかもしれない。
 勿論、猫というチョイスが良いのかもしれないが。
「葛、このアニメは中々奥が深いな」
 にゃんじろーとにゃんたろーが対峙する場面を見、和馬が話し掛けてきた。今回は居眠りする事なく、にゃんじろーの映画を見ているらしい。
「そうだろう?結構、蘭と一緒に見ていて面白いんだ」
「前に見たものとは、全然違うんだな」
 和馬はそう言い、ちらりと蘭を見た。蘭は手をぎゅっと握り締めながら「仲良くするのー」と呟いている。にゃんたろーの事情を知っている蘭には、にゃんじろーと仲良くしないこの状況がもどかしいのかもしれない。
「俺も、一緒に見てみようかなぁ」
 和馬はそう言い、映画のスクリーンと蘭を交互に見た。蘭はそんな和馬の目線に気付く事なく、スクリーンに夢中だ。
「見てみれば良いさ。蘭に聞けば、今までのあらすじも教えて貰えるし」
 葛がいうと、和馬はにやりと笑う。
「じゃあ、毎週お邪魔しないといけないな」
「毎週?家で見るのか?」
「当然だ。そうすりゃ、蘭の解説もつくし……上手く行けば、旨いメシまで食えるしな」
 和馬は悪戯っぽく笑う。葛は苦笑しつつ「全く」と呟く。
 もし、毎週和馬がテレビを見に訪れたとしたら。
 葛は想像する。
 毎週、決まった時間になればやってくる和馬。テレビの前には蘭が待ち構えていて、これから始まるにゃんじろーを待っている。葛は三人分の飲み物とお菓子を沿えて、テレビの前にやってくる。三人で飲み物を飲み、お菓子を口にしながらテレビを一緒に見る。
 その後、夕食を一緒に食べて。話とかゲームとかして。一週間に一度は、そういう楽しい時間が流れたりする。
(悪くないのかもな)
 葛はそう思い、小さく笑った。暗い映画館内では、葛が笑んだ事は誰も気付かないだろう。隣にいる、蘭や和馬でさえも。
 スクリーンでは、対峙していたにゃんたろーがついに口を開いた。小さな声で「いいだろう」と呟き。
「にゃりりんを助ける為だ。今回だけ、共に戦おう!」
 その言葉と共に、会場内の子ども達が一斉に拍手した。おおー、というどよめきまで起こっている。
「持ち主さん、仲直りなのー!」
「そうだな。良かったな」
「はいなのー」
 蘭はにこっと笑い、再びスクリーンに夢中になった。その様子を見、和馬は「やっぱり俺も見よう」と小さく呟く。ストーリーを知る者だけの、共有する気持ちというものが少しだけ羨ましかったのかもしれない。
「うん、毎週見れば良いよ」
 葛は和馬にそっといい、スクリーンに目線をやる。和馬も「だな」といい、スクリーンに目線をやった。
 二人とも、自然と口元が笑んでいることには気付かなかった。
 映画は続く。にゃんたろーと協力し、猫忍者に捕われていたにゃりりんをにゃんじろーはついに助け出す。二人の力を合わせた必殺技、にゃんにゃんブラザーアタックとかいうものによって。再び、会場内から拍手が沸き起こる。それにつられたように、葛と和馬も手を叩いてしまう。
「……恐ろしいな、このパワー」
 拍手をしてしまった事に気付き、和馬が呟く。
「悪い気持ちじゃないけどな」
 同じく葛も気付き、呟く。互いに顔を見合わせ、苦笑しあいながら。
「にゃんじろー、また次に会う時は……敵だ」
 スクリーンの中でにゃんたろーがそう言い放ち、にゃんじろーとにゃりりんの元から去っていってしまった。にゃんじろーはにゃりりんと手を取り、小さな声で「兄上」と呟く。
「いつの日か、また元のような兄弟となる事を」
 願う、とは言わなかった。ただそうなりたいという思いだけを言い、はっきりとは願わなかった。
(願いじゃなくて、そうなると信じたいから……か?)
 葛はふと思う。こういった無言のメッセージが、にゃんじろーには時折織り込まれる。見ている者に発起するような問いが、所々にちりばめられているのだ。
(そうなる、か)
 毎週催そうというテレビ鑑賞も、既に願いではないような気がしていた。願いではなく、そうなる。それは予感にも近いように感じた。
 エンディングが流れ、スタッフロールが始まった。最後の最後まで、蘭は席を立たなかった。最後の最後に、にゃんじろーが「次はテレビで会おう!」と言い放つまで。
 映画が終わり、ポップコーンや飲み物のゴミを捨て、映画館から出ようとした。すると、映画館内にある一角にグッズ売り場があるのを蘭が発見した。
「持ち主さーん、にゃんじろーのがあるの!」
「おい、蘭」
 葛が止める暇も無く、蘭はグッズ売り場へと走っていってしまった。葛が「やれやれ」と言っていると、ぽんと和馬が背中を叩く。
「折角だから、何か買ってやろうぜ。いい思い出になるって」
「……かもな」
 和馬に言われ、葛は蘭を追う。既にグッズ売り場で目を輝かせている蘭は、小さな声で「これもいいのー」とか「あれもいいのー」とか言いながら、グッズの選別をしている。
「どれか、欲しいのでもあるのか?」
 和馬が尋ねると、蘭は「全部欲しいのー」と答える。満面の笑みだ。
「さすがにそれは無理だな、蘭。どれか一つくらいなら、いいけど」
 葛がいうと、蘭は更に目を輝かせ、更なるグッズの選別に入った。買ってもらえるかもしれない、から本当に買ってもらえることになった、という現実感によるものだろう。
 下敷き、クリアファイル、鉛筆に消しゴム。そういった文房具があるかと思えば、季節はずれの団扇や、クッションなんていうものまである。高そうなものになれば、にゃんじろーとにゃんたろーの模擬刀だとか、猫忍者の装束まである。
「持ち主さん、これがいいの!」
 そう言った中から蘭が選んだのは、一枚の下敷きだった。それも、映画のポスターのような綺麗な配色によるものではなく、真っ白な下地に小さくにゃんじろーとにゃんたろーが構えをしている絵が書いてある、至ってシンプルなものだ。ただ文字だけが大きく「にゃんにゃんブラザーアタック!」と書いてある。
「本当に、これでいいのか?あまり、にゃんじろーとかにゃんたろーとか、にゃりりんとか書いてないけど」
「いいのー。だって、これは二人が仲良しさんっていう証拠なのー」
 二人が力を合わせた必殺技。蘭はあえてそれを選んだのだ。葛はなんとなく嬉しくなり、蘭の頭をくしゃりと撫でた。
「お、選んだのか。じゃあ、一緒に買ってやるよ」
 和馬はそう言い、手にパンフレットを持ちながら手を伸ばした。
「パンフレット、買うのか?」
「おう。これで次回からの放送を予習するんだぜ」
 和馬はそう言い、にかっと笑った。
「それじゃあ、そのパンフレットを今度貸してくれないか?蘭も見たいだろうし」
 葛がいうと、和馬は「おう」と答えて頷いた。
「次の放送の時、持っていくぜ」
 本当に、テレビ放送を一緒に見ることになりそうだ。葛は毎週開催されるだろうテレビ鑑賞会を思い、そっと笑んだ。
 素敵な下敷きを選んだ蘭に、始まるだろう鑑賞会を提案した和馬に。妙な喜びを感じながら。

<映画による喜びを覚え・了>