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<東京怪談ノベル(シングル)>


我が真名を…


 風が吹き、チラチラと小さな雪をちらつかせている黒い雪雲を運んでいる。雲は大きく、その向こう側にあるであろう太陽は見えない。そのため、まだ夕刻にも達していないというのに風景は暗く、風は季節にしても、十分な寒気を表していた‥‥

「‥‥‥‥」

 その風の中、古風であり雅な衣装をはためかせ、空狐・焔樹は立っていた。
 立ち位置は山の中‥‥‥それも、頂上近い場所にある崖である。背後には高くて深い木々が茂っているが、焔樹視界には一切それはなく、一歩でも踏み出せば数十メートルという高所からの落下となる。
 だが焔樹に恐怖はない。彼女はその程度の事は些末だと完全に切り捨て、目前に広がる光景を眺めていた。

(‥‥‥思えば、長くここに居る‥‥)

 目前に広がるのは森と山。そして遥か遠方に見える街の明かりである。
 その街は周りの緑の事など考えてはいまい。文明を発展させていくその街は、段々と周りを浸食し、飲み込んでいる。この調子で進めばいずれは共倒れになると解るはずなのだが、住んでいる者達は自身達の事で精一杯なのか、その事には気が付かず、ただただ破滅へと向かっていく。
 ‥‥‥‥もっとも、その破滅が訪れるのは遥かに先の話。それこそ十年か、百年か、千年か‥‥‥
 今まで焔樹が生きた年月に比べれば、正に数時間程度の時間なのかも知れない。彼女はいずれ結末を見る事になるだろうが、それはまだまだ先の話‥‥

「変わったの‥‥‥」

 口に出していた。
 物思いに耽っていただけの筈なのに、一瞬だけ一人の男の顔が脳裏を過ぎる。
 果たしてこれからの時間も、あの男と一緒に居られるのだろうか‥‥と。
 と、同時に、昔の事を思う起こす。
 思い起こした時期は優に数千年、およそ三千年前という、常人では体験しきれない遥か昔‥‥‥‥
 まだ焔樹が生まれた頃からの、長い月日の話である‥‥‥





 もはや日付など覚えてはいないが、少なくとも周より前………と言う事はないと思う。
 この大陸の人間達は栄え盛りであり、意欲的に勢力争いを行っていた時期だ。
 戦乱は絶えず行われ、人も、獣も、実に多くが死んでいった時代であった。
 その頃生まれ出でたばかりの焔樹には、名前など無かった。母親はいたとしても、その存在は狐であり、名など付けられるはずもなく、神通力の類も一切使えない、ただの獣であった。
 ‥‥‥筈なのだが、正直、どう言った経緯で“自分”になったのかは解らない。
 それこそ気が付いたらなっていたのだ。既に母もなく、戦乱は既に数国の国を滅ぼしていた時に、私は地上から離れたのだ。
 ‥‥‥ああ、そうか。なるほど。天に上り、真名を貰った事で私は自分の居場所を知り、自身の事を知ったのだ。それまでの私はただの狐であり、空弧と呼べる存在ではなかったか‥‥‥
 天に上って神通力を持ち合わせても、出来る事と言えば変幻自在のこの身だけであったな‥‥‥それも年月と共に磨きを掛け、一つの基本の形を得た‥‥‥それがこの人型であり、女性体であった。別に形に拘っていたわけではなく、ただこの形でいる事が楽だったと、それだけである。
 私は、そう意識はして無くとも変化出来るようになった頃、私は地上に降りていった。まだまだ若輩の身であり、真に神に仕えているとは言えない時のことある。
 久しぶりの地上‥‥‥それを巡っている内に、焔樹はその世界が好きになり、天上での仕事を放り、度々降りていくようになった。まだ戦乱の世は続いていたが、焔樹はむしろ率先してそれに参加し、天帝や武将を惑わし、笑い、宴に酔いしれた。
 しかしその時間は長くは続かず、すぐにも追われ、またも私は天に隠った。大したことではない。如何に天に使える空弧とはいえ、まだまだ若い空弧にならば、地上にも対抗出来る者達はいたのだ。
 ‥‥‥‥大陸の蠱毒使いとかな‥‥‥
 追い返され、天に隠った時期は‥‥‥はて、どれほどだったのか‥‥‥優に千年はあったかも知れない。その間に、私は天に仕える者として最上級の位へ駆け上っていた。何、ただ退屈凌ぎに仕事をしていただけなのだ。‥‥まぁ、誰も知らない事ではあるが‥‥
 さて、その最上級の空弧になった後は‥‥‥退屈凌ぎが仕事から遊びへと再び変化していった。天上から地上へ‥‥‥仕事を部下に任せ、私は大いに変わった地上を旅していた。
 そこからの物語は様々なものである。主にこの街での出来事ばかりなのだが‥‥‥




「‥‥‥くっ」

 思わず苦笑し、失笑が漏れる。
 いや、実に騒がしい日常を送っている。今までの天上、そして地上での生き方はなかなか通用せず、妙に気にかかる男とも出会っていた。‥‥‥この場所に来たのも、恐らくあの男が住むこの街を、よく見ておきたかったのだろう。
 それにここならば誰にも邪魔されず、自分の心について問いかける事が出来る。
 もっとも、当初の目的の問いから、過去を思い起こす結果となったのはこの風景の所為なのだろうが‥‥‥

(やれやれ‥‥変わったのは街ではなく、私なのかも知れないな‥‥)

 フッと笑い、崖から跳躍する。
 軽く飛んだ後は神通力に任せて風に乗り、遠く、遠くへと飛び立った。

(あの男に懸想を抱いているなどとは思いたくないが‥‥‥いつかはこの真名を‥‥‥)

 空弧の真名、“玲焔樹”。その真名は誰も知らず、伝えるのは身も心も捧げられる、正に最初で最後の伴侶だけ‥‥
 この名を告げたいのか、それとも違うのか‥‥‥
 肝心の自分がどう思っているのか、それが解らない。
 解らないのだから調べるのだ。
 調べる過程は様々だろう。いつか答えが見つかるまで、何度でも。
 そう、何度でも‥‥だ。

「さて‥‥あやつは何処に居るのやら」

 とりあえず探すとしよう。あの変わり者に対する答えは、とりあえず会ってから探求しよう‥‥‥





 我が真名は“玲焔樹”‥‥‥神に仕える、最上級の空弧である‥‥‥‥





end






★★参加PC☆☆
3484 空狐・焔樹

★★ライター通信★★
 初めまして、メビオス零です。
 今回のご発注、誠にありがとうございます。過去から今までのダイジェストとの事でしたが‥‥‥‥どうでしたでしょうか?
 ダメな部分とかがあったりしたらどうぞ、ファンレター越しにでも指摘して頂ければ、今後は注意させて頂きます。(まぁ、次があったらの話ですが‥‥)
 東京怪談は最近サボり気味でしたし、これを機会に再開してみようかな‥‥‥などと思いつつ長い間シナリオを提出しない私ですが、これからもよろしくお願いします。(・_・)(._.)