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<東京怪談・PCゲームノベル>


Imperfect angel―不完全天使―
 〜Siren〜


◆オープニング◆

広がる、広がる、広がる。
漆黒の翼が、赤い髪が、戦慄の宴が。
嘆きの声が、怨嗟の声が、助けを求める声が。

ああ、増えていく。
被害者が。
「ともだち」が。
消えて、増えて、薄れていく。


与えられた情報は、ホンモノ?
信じる? 信じない?
信じたら、信じなかったら、なにがおこる? 何が変わる?
進む? 留まる? それとも諦める?


今ここにいる自分は、ホンモノ?
水に、鏡に、その姿が映らない。
目には映るのに、間に別のものを置くと、それだけで姿が消える。
現実には自分の体。異世界にも自分の体。
ふたつのからだ。ひとつのこころ。




どれがホンモノで、どれがニセモノなのか。
なにもわからない。なにを信じればいいのかわからない。






ただ、わかっていることは、ひとつ。










――――――――――――もう、もどれない。










◆情報を信じて


「セレスティ様。これが件の住所の持ち主の情報です」
「そうですか…ご苦労様です」


 ヒスイが贈ってきたCD−ROMに入っていた、謎の住所の情報。
 それを信じることにしたセレスティは、車でその住所へ移動しながら、急ぎ調べさせた住所の持ち主の情報を確認していた。

「…名前は権藤孔志。歳は四十八。中肉中背顔に特徴もない。
 普通の大学を卒業しサラリーマンとして就職。特別変わった経歴もなし。
 ………また、ずいぶんとわかりやすい偽装情報ですね………」

 もともと予想はしていたものの、こうわざとらしい情報を提示されると苦笑しか出てこない。
 顔写真が張られているが、これはきっと変装か別の人間に契約をさせたかなにかなのだろう。一流のハッカーとして知られている彼が、こんな簡単なことでボロを出すとは思えない。


「参りましたね…ヒスイさんに関しての情報は結局なにもなしですか」


 困り顔で髪を掻き揚げたセレスティがそう呟いて書類を置くと同時に、車がブレーキをかけてとまった。
「セレスティ様。例の住所はここになります」
「ご苦労様です。ここからは私一人で行きます。
 話が終わるまで、ここで待っていてもらえますか」
「かしこまりました」
 運転手が扉を開け、セレスティは杖をつきながら外へ出る。
 目の前にあるのは、アパートのような…いや、むしろ工事現場のプレハブのような稚拙な造りの建物。更にはかなりの年季が入っているらしく、外壁には苔が生え、伸びた植物のツルが絡まっている。
 運転手が後ろで頭を下げるのを気配で感じながら、セレスティはゆっくりと階段を昇っていく。老朽化を如実に示すようなぎしぎしという軋む音を聞きながら、一段一段、確かめるように。
 罠の可能性も考えなかったわけではないが、ヒスイのことだ。そんな『面白くない』手は使わないはず。まあ、ここまで来させておいて『実はヒスイはいませんでした』というオチをつけてからかう算段という可能性も否定できないが…それでも、賭けてみるしかないだろう。

 この建物に、ドアは二つしかなかった。
 一つは一階。もう一つは二階だ。
 …しかし、人の気配がするのは二階だけ。近づいたことによって、先ほどからキーボードを打つようなカタカタという音が聞こえるようになっている。
 ……人がいるのなら、とりあえず入ってみよう。

 セレスティはドアの前に立ち、ノックしようと手を上げて――。




「――――鍵は開いてるぜ。入れよ」




 突然中から聞こえてきた声に、セレスティは驚きに目を見開いた。
 この声は――確かに、ヒスイのものだ。
 どうやら、きちんと待っていてくれたらしい。


 セレスティは少し警戒しつつも、ドアノブに手をかけて――ゆっくりと、捻りながら押し開いた。


 ぎぃ…と軋むような音をさせながら、ゆっくりとドアが開いていく。
 太陽の光の代わりに、室内の光が視界を埋め尽くす。
 その眩しさに思わず目を眇めたセレスティだったが――数瞬後、驚きに目を見開くことになる。


 その部屋の中は、シンプルだが中々に広いワンルームだった。
 室内を埋め尽くすコンピューター機器の数々は、絶えず音を立てながら動き続け、光を放つ。
 室内全体は薄暗いが、機械類の光でむしろ明るすぎるくらいだ。
 その一番奥に、一つだけ回転式の椅子が置いてある。そこに、一人の人間…いや、青年が座っていた。セレスティが開いた扉から伸びる一筋の光が足元に辿り着いたのを合図にしたように、青年は椅子を回してゆっくりと振り返る。






「――――ご足労ありがとうございます、セレスティ・カーニンガム殿。
 さて、御用をお聞かせいただきましょうか?」






 そう言ってくつりと皮肉げな笑みを浮かべた青年は、顔の上半分を覆うフェイスマウントディスプレイをゆっくりと上にずらす。
 琅稈色のふくらはぎあたりまである髪をうなじの辺りで緩く結び、ディスプレイの下から現れた同じ色の瞳を面白そうに眇めるその姿は――白銀の姫の中で見た『ヒスイ』と、ほとんど変わりはなかった。



◆ヒスイとの会談

 ヒスイに招かれるまま建物の中に入ったセレスティは、安っぽいもてなしを受けていた。
 どこから出したのかヒスイと同じそれなりな座り心地の回転椅子に腰掛け、自販機から適当に買ってきただろう缶紅茶を飲みながら話を始めることになる。

「驚きましたよ。まさか、本当の姿ほぼそのままでプレイしていたとは」
「作戦だからな。俺の能力を考えるとそのままの姿でやってると思うやつはいないだろう?
 そこが狙い目ってわけだ。まあ、もちろん変装していることもあるがな」

 なるほど。中々の策士だ。
 けれど自分にこの姿をさらしてしまってもいいのだろうか。



「――もちろん、情報提供料として、俺の姿を外に漏らすことはもちろん、外見情報を利用して俺のことを調べるのもやめてもらうがな」



 ……なるほど。交換条件というわけか。
 あとで調べさせようと考えたセレスティにいち早く釘を刺して、ヒスイはにたりと意地の悪い笑みを浮かべて見せた。
 そういう笑い方を見ていると、確かにヒスイだということが良くわかる。…性格の悪そうな笑みばかり浮かべるところなど、まさにそのままだ。

「…そうですね。それで済むのなら、安いものでしょう」
「あんたは話が早くて助かるよ」

 少々の残念さを感じながらもセレスティが頷くと、ヒスイはにっこりと底は見えないが爽やかな笑みを浮かべて缶コーヒーを煽る。
 …しかし。ここが仮の住居だというのなら、本当の住居はどれだけの規模なのだろうか。
 これだけの機械を置いていながらいつでも捨てれる『仮』のものとして扱うとは、かなりの稼ぎがなければできまい。…それだけ、彼の仕事は稼ぎがいいのだろう。

「…さて。世間話はそれくらいにして。
 早速だが、用件を聞かせてもらおうか?
 あんた達は面白いから、特別にそれだけの報酬である程度の情報は提供してやるよ。
 …ただし、モノによっては答えない。質問するならそのつもりでやってくれ」

「…そうですね…では、いくつかまとめて聞かせていただいてもよろしいでしょうか?」
「はいよ」
 飄々と構えるヒスイに、セレスティは前もって聞きたいと考えていたことを一気に伝えた。

 ゲーム内で聞いた歌声はチップが反応したことから、ウィルスに酷似した物であるということ。つまりは誰かが作ったものであるはず。それはいったい誰なのか。
 セイレーンに捕らわれた者の肉体には誰がいるのか。自分でない自分なのか、それとも別の何かなのか。
 歌を聴いた事で捕らえられた者たちは、現実で歌を聴かせることで戻ってくることができるのか。

 すべて問いかけ終え、こくりと紅茶を飲んだセレスティを見て、ヒスイは目を細めた。
 そして積み上げられた紙の束からひと束引き抜き、セレスティに向かって放り投げた。


「…聞いといてなんだが、そいつは俺に聞くよりも、『あいつ』に聞いた方が早いだろうな」
「……あいつ?」

 投げられた書類を慌ててキャッチして、そこに並べられた文章をなぞる。
 そこにはどこかの住所と、そこの電子ロックの解除キー。そして、何か…おそらくパソコンのパスワードらしき文字の羅列を記したものが、一まとめになっていた。

「これは…?」
「今のアンタが知りたいことを俺よりもきっちり教えてくれるもんさ。
 …さて、それじゃあんたの話はこれで終わりだな? さっさと帰った帰った」

 どういうことか問いかける間もなく、ヒスイはセレスティを無理矢理立たせてドアへと追いやる。
「あ、あの…」
「あんたの観察は中々面白かったよ」
 わけのわからないことをいいながら、戸惑うセレスティの背をこれ以上話すことはないといわんばかりにぐいぐいと押していく。
 そしてそのままドアを開き、セレスティを外へ放り出した。


「――――じゃあな。俺はこれから仕事があるから、もう入ろうとすんなよ」


 そう言いながら笑うヒスイを隠すように、ゆっくりと閉まっていくドア。
 反射的に振り返ったセレスティは、閉まるドアの向こうで笑うヒスイが、ぎぃぎぃと軋むドアの音の影で、小さく口を動かして発した声を聞いた。




「――――尊敬と羨みは紙一重。
 多岐に渡るイベントは、たった一人が作ったとは限らない。
 何かを起こすためには、その瞬間に本人が何かをしなければいけないとは限らない。
 ……時限爆弾には、気をつけろよ?」





「!! ヒスイさん、それはいった…」
 ガッシャン。ガチャリ。
 BAN、と茶化すように指先で銃を撃つような仕草をしたヒスイにセレスティが続きを問おうとするが、それよりも一拍早くドアは閉まり、更には鍵までかけられてしまった。
 ヒントはここまで、ということらしい。
 仕方ない、ここは諦めるしかないだろう。新しい情報をもらったことだし、早く確かめに行ってみよう。

 ゆっくり階段を下りて書類に書いてある住所を確かめながら、言ったとおり下で待っていた運転手に礼を言いながら車に乗り込み、住所を書いてある書類を渡す。

「…こちらの住所へ行っていただけますか」
「かしこまりました」

 短く返事をして書類を受け取った運転手は素早く目を通し、横に置くとハンドルを握った。
 エンジンがかかる音がして、ゆっくりと車が進み始める。





 ――――――緩やかな揺れを感じながら、セレスティはヒスイの言葉の意味を考えていた。





◆終焉へ向かう鍵〜R〜

「住所に書かれていたのは…ここ、ですね」

 セレスティが辿り着いたのは、随分と高級なマンションのようだった。
 また運転手を残して、ひとりでゆっくりと中へ進んでいく。
 しかし、中に入るという行動ひとつをとっても、部屋番号やパスワードを入力しなければいけないらしかった。…まあ、ヒスイから渡された入り方の手順を確認しながら気をつけて行動すれば、難しいことなどまったくなかったが。

 そして辿り着いたのは、マンションのとある一室。
 表札の文字は汚れて掠れ、名前を読み取ることはできそうにない。

 どうやら番号入力式の電子ロックになっているらしく、セレスティは書類に書かれていた通りに番号を入力していく。ピッピッと軽快な音をさせながら番号を入力すると、最後の一文字を入力した瞬間、ピーッとひときわ大きな電子音を立てて、ガシャンとドアのロックが外れる音がした。
 おそるおそる手を伸ばしてノブを捻ると、ガチャリと音を立てて扉が開く。
 セレスティはわずかにほっとしながら、室内へ踏み入れた。



 ――――埃くさく、篭った空気が息苦しさを感じさせる。



 セレスティは思わず顔を顰めながらも、人の気配のない家の中へ踏み込んでいった。


 **

「……ここが、最後の部屋ですか」

 謎の一室の中を一通り探したものの、何か目ぼしいものを見つけることはできなかった。ましてや、ヒスイの言っていた『あいつ』の痕跡すらも存在していない。
 使い古してそのまま放り出したような、長い間生活というものから隔離されたような状態の部屋。しかもその室内にあるもので名前が判断できそうなものは、まるで誰かがわざとそうしたかのように、かすれていたり汚れていたり破れていたりと、すべて判別不可能な状態にされていた。…おそらく、ヒスイの仕業だろう。嫌がらせか、何か他の意味があるのかはわからないが。
 残されたのは、このひと部屋だけだ。

 注意深く手を伸ばし、ドアノブを捻る。
 きぃ…と音を立てて開いていくドアを警戒しながら見ていたセレスティの耳に、キュイーン、という機械の起動音のような音が聞こえてきた。
 いつでも反撃できるように構えながらドアを完全に開ききり――セレスティは、中の光景に驚きを隠せず、そのまま固まってしまった。
 パソコンやその周辺機器に埋め尽くされた部屋の中に、異質なものがひとつ。
 先ほどの起動音の発生元であろうひとつのパソコンが放つ光に目を細めながら近寄ると、突然電子音が聞こえてきた。


『――――ぱすわーどヲ入力シテクダサイ』


 入力、と言う割には、入力欄は表示されていない。
 もしかして、入力というのは、声に出して入れろということだろうか。
 セレスティは半信半疑ながら、持ってきた書類に書いてある文字の羅列を読み上げた。




「…『テチカチトニクチチトチキニミニミチスニカチノチカカチ』…?」




 意味はさっぱりわからないが、とりあえず言ってみるだけの価値はあるだろう。
 すべてを読み上げると、突然ウィーン、と音がして画面が明滅し始める。
 そして画面が一度暗転し、『Wait Please…』という文字が表示された。


『――ぱすわーどヲ確認。起動シマス。少々オマチクダサイ』


 カタカタとプログラムを確認するような音を立てるパソコンを前にセレスティは待つしかない。
 何か変なものが出てこないことを祈っていたセレスティの前に、それは現れた。
 画面がまた暗転し、それからサイバー世界を現すような背景が現れる。それは刻一刻と変化を続け、まるでパソコンの中に『もう一つの世界』が構築されているかのようだ。
 …そしてその世界に、プログラムのかけらが集まって人の形を成していく。





『――お初にお目にかかります、『勇者』様。わたくし、R(アール)と申しますの。
 ここにいらっしゃった勇者は、貴方様で二人目ですわ』





 ――――そこには、優雅に微笑むひとりのメイドがいた。





 **


「…では、貴方は『Sleeping Beauty』クリアのために用意された隠しNPCの片割れ、だと?」
『えぇ。そうですわ』

 セレスティの問いかけに、Rはそう言って微笑む。
 そこまで言葉を聞いたが、セレスティは思わず眉を寄せた。
 いくらなんでも、ゲームのイベントを現実に持ち込むなどおかしくはないだろうか。

「……では、片割れであるお方もここにいらっしゃるのですか?」
『いえ。片割れはここにはいませんわ』
「…では、白銀の姫の中にいるのでしょうか?」
 更に問いを重ねるが、Rはにこやかに微笑むだけだ。

『わたくしはLに関してそれ以上の情報を与えることは許されていませんの。ご容赦くださいまし』
「L? ……ああ、そういうことですか」
 右と左、か。なるほど、確かに片割れだ。よく見れば、前髪は右分けだし、懐中時計が右側の胸ポケットからぶらさがっている。きっと、Lの方は逆になっているのだろう。
 Rは笑みの表情を崩すことなく一礼すると、頭を上げてセレスティに視線を合わせる。



『――それでは。ここまで来ることができた貴方様の素晴らしき能力に敬意を表して、わたくしが答えられる範囲で質問にお答えいたしますわ』



 そう言って目を細めるRに、セレスティは微笑を返す。
 ヒスイが言っていた『あいつ』とは、きっとRのことなのだろう。それならば遠慮する必要はあるまい。
 セレスティは素早くそう判断すると、質問をするために口を開いた。

「セイレーン…天使が発する歌声についてですが…あれは、ウィルスに類似したものなのですよね?
 誰が作ったものだかわかりますか?」

 セレスティの質問に、Rは不思議そうに首をかしげる。
『…質問の意味がわかりませんわ』
「え…?」
『天使の歌声がウィルスだなんて、ありえませんもの』
 会話の内容にズレが起こっている。本当に不可解そうな表情を浮かべるRに、セレスティは戸惑った。
 ならばなぜ、あのチップが反応したのか。


 どちらかが嘘をついているのか――それとも、どちらも本当のことを言っているのか。


 それはセレスティには量りかねたが、とりあえず次の質問へ移ることにする。
 まだ首を傾げているRに笑みを投げかけながら、柔らかく問いかけた。

「それでは、ゲームで天使に捕らわれてしまった人達の身体には誰がいるのでしょうか。
 自分ではない自分なのか、それとも別のなにかなのか」

 質問の内容が変わったことに気づいて、Rはにこりと笑みを浮かべる。
 今度は答えられる、と言った安堵が見えた気がして、セレスティは思わず苦笑がこぼれた。が、Rはそれを気に留めず、続きを答えた。


『固定プログラムを魂の代わりにしているのですわ。肉体は現実に強制ログアウトされ、本物の魂の代わりにそれを入れられますの。本物の魂はこの城周辺の限られた空間内でのみ活動できる仮の肉体を作り上げ、城で捕らえられるのです。
 イベントをクリアしない限り、その限られた空間の外に出ることはできなくなりますのよ』


「なるほど…」
 固定プログラムとは、特殊なNPCのようなものなのかもしれない。
 続けて、セレスティは問いを投げかける。

「天使の歌で捕らえられた人は、現実で天使の歌を聞かせることが出来たら戻ってくるのでしょうか?」

 セレスティの問いかけに、Rはにこりと笑って首を横に振った。
『それは意味のないことですわ。
 捕まってしまった方々を解放したいのなら、イベントをクリアするしか方法はありませんもの』
「そう…ですか」
 抱いていた僅かな希望は、あっさりと打ち砕かれた。
 落胆を隠せないセレスティを見ているRは、笑みの形を崩さない。
 それを見たセレスティは、気になっていたことを問いかけてみた。


「―――――貴方やLさんをおつくりになったのは、一体どなたなのですか?」


 その質問に、Rの動きが止まった。プログラムの何かに引っかかったのかもしれない。
 笑みの形のまま動かなくなったRは、一分ほど経ってからようやく動き出した。

『申し訳ありませんが、わたくし達はご主人様についてお答えすることはできないことになっておりますの。ご容赦くださいまし』

 やはり駄目だったか。駄目もとで聞いてはみたものの、やはり少々残念ではある。
 しかしセレスティはめげず、最後のつもりで質問を投げかけた。


「……それでは、折角なので直球に聞いてみますが。
 ――――このゲームをクリアするには、どうしたらよろしいのでしょう?」


 セレスティの質問に、一度Rが停止する。質問の意味を解析するように数秒停止してから――にこりと笑ってみせた。
『その質問には答えかねますわ』
 それはセレスティの予想していたもので、多少の落胆はあったものの、それほどショックではなかった。
「そうですか…それじゃあ、クリアするヒントは何かありますか?」
 似ているようで違う質問を投げかけると、Rは笑って口を開いた。


『――――天使は、王子のためにお友達を探しました』


 エマは思わず眉を寄せかけるが、それが――先日見つけた絵本の続きであることに気づき、口を噤む。
 少しでも多く情報を手に入れたい。それには、この話を少しでも多く聞き漏らさないようにしなければならないのだ。下手に口を挟んで止めることはイベントクリア失敗を意味する。
 セレスティの顔が強張るのを見て笑みを深めながら、Rは続きを歌うように口にした。


『町に下りた天使は、王子が喜ぶようなお友達を沢山連れてきてあげようと思いました。
 …けれど、天使はお友達を見つけることができません。
 出会う人は誰もかも、天使はおろか、王子のことまでも知らないのです。
 なぜ、誰も自分たちを知らないのだろう。なぜ、誰も友達になってくれないのだろう。
 天使は深く深く悲しみました。
 …でも天使は諦めませんでした。
 自分と王子のことを知るお友達を、見つけるために。
 毎日町に下りては、『お友達』を探すのです。誰も答えてくれないと、わかりつつも。
 ……彼女の求めるものを持つ、お友達を見つけるために』


 そこで、Rは口を閉じた。これ以上はない、とでも言いたげに。
 セレスティはそれを聞いて、俯き気味に顎に手を当てた。
 これがイベントクリアのヒント。
 この文章の中で、ヒントになるキーワードは…。

 トゥルルルル…。

 思考の海に落ちかけたセレスティを引き戻したのは、携帯が鳴る音だった。
 セレスティは考えるのを諦めて、携帯を手に取る。
「もしもし?」
『お取り込み中でしたら申し訳ございません。
 草間様からご連絡がありまして…』
「…わかりました。今すぐ戻ります」
 きゅっと唇を引き絞り、セレスティは歩き出す。
 部屋を出ようとドアノブに手をかけて――ふと、振り返る。

「…また、来てもよろしいでしょうか?」
『貴方がパスワードを知っていられるのなら、どうぞご自由にいらしてくださいませ』

 礼儀正しく頭を下げて、見送る体勢のRにセレスティもつられて頭を下げる。
 そしてそのまま背を向けて部屋の外に出て、綿ぼこりが埋め尽くす床の上を気をつけて歩いていく。
 振り返って柔らかく押したドアはゆっくりと閉まっていき、最後にドアが閉まる直前。





『――――貴方様が、お二人の良きご友人になっていただけるよう、祈っておりますわ』






 柔らかい声と、ぶつりと電源と画面が消える音がした。


◆託された思い

 急いで戻り、草間興信所へ向かったセレスティは、草間に手に入った情報を伝えた。
 とはいっても完全ではない情報であるがゆえに、草間もあまり浮かない顔しか浮かべられなかったが。

「そうか…よし。その住所の持ち主に関しては俺が調べておく。
 お前は中に入って、他の情報を集めてきてくれないか」
「わかりました」

 セレスティは頷いて――それから、虚ろな顔で椅子に腰掛けたままのエマに視線を移す。
「お二人には申し訳ありませんが、私の屋敷に移動していただけませんでしょうか?」
「お前の…か?」
「はい。向こうの城で捕らえられている間、身体の方が消耗する可能性がないと言えませんので。
 なにかあった時即座に対応できるよう、屋敷に用意してある部屋へお移りいただきたいのです」
 セレスティの言葉に、草間は眉を寄せる。
 だがぼんやりと座ったまま、「私は大丈夫よ…」と呟くエマの肉体を見て、渋々決断した、といった形で小さく「わかった」と呟いた。

「それでは、早速移動しましょう。
 移動が終わり次第、私は中に入ります」
「……頼んだ」

 苦い顔を崩さずに、草間はセレスティに頭を下げる。
 その姿を見ても「大丈夫よ…」としか言わないエマに、知らず知らずのうちにセレスティの眉尻が下がってしまっていた。


 ***


 草間達を屋敷の部屋に通した後、白銀の姫へログインしたセレスティ。
 まずは何か手がかりが残っていないかと、獏の森へもう一度訪れていた。
 とは言っても、結界に入ってこちらまで連れて行かれては本末転倒。結界のところを慎重に見極めながら気をつけて移動をしていた。


「…ここで、エマさんが…」


 この辺りでエマが攫われていった。セレスティの目の前で。
 しゃがみ込んで地に残る抉れたような跡に触れ――運良く残っていたセイレーンの羽根を拾い上げる。
 悔しくて歯噛みするセレスティの視界に、不意にきらりと光るものが飛び込んだ。

「? …今、何か…」

 セレスティは光の元を確かめるために立ち上がる。
 それは草むらの中で、太陽の光を反射してきらきらと光を放つ。
 警戒しながら近づいたセレスティは、草むらの中を覗きこんだ。



 ――――そこにあったのは、金属の板。



「板…? なぜこんな…。……!!」

 訝しげに眺めていたセレスティは、板を引っくり返して目を見開いた。
 …そこには、エマからのメッセージと情報が書かれていたからだ。



「エマさん…ご無事だったのですね…!」



 そこに書いてある情報にざっと目を通して、セレスティは身を翻した。
 まずは、草間にエマの魂が無事であることを知らせて安心させる必要がある。
 …それと、この情報を加味した上で、次の行動を検討する必要も。






 ――――――セレスティの瞳は、希望を見つめて力強く爛々と輝いていた。






Next Story…?

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
 【整理番号/名前/性別/年齢/職業】

 【0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
 【1883/セレスティ・カーニンガム/男/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い】

 【NPC/ヒスイ/男/??歳(外見年齢二十歳前後)/ハッカー】

◆◇入手アイテム・入手情報◇◆
 ≪パスワード≫
  Rから情報を聞き出すことができるパソコンを起動するために必要なパスワード。
  恐らく何かしらの意味があると思われるのだが…?
  その法則性を見つけることができれば、パスワードの意味がわかるかもしれない。
 ≪入手情報≫
  ・今現在、エマは魂に仮初の肉体を与えられて、薄緑の円の中でのみ存在できる。
  ・セイレーンの歌はウィルスではない? しかしチップが発動したことから、ウィルス系統のものであることは間違いないと思われるが…。
  ・Rはゲームのイベントであるにも関わらず、なぜ現実世界の、それもパソコンの中でパスワードを必要として存在しているのだろうか?
  ・ヒスイのヒントの意味とは一体…?
  (???)なにやら情報のズレがあるようなのだが…?

◇◇ライター通信◇◇
 大変お待たせしまして大変申し訳ございません…!(土下座)
 白銀の姫クエストノベル第二弾、「Imperfect angel―不完全天使― 〜Siren〜」をお届けします。
 相変わらず自分設定が多量に散りばめられておりますが、「あれ、ここ違わね?」ってところは…見逃してやって下さい(爆)
 今回もお二方とも単独での御参加ということでしたので、お二人でパーティー(?)という奇妙な形での執筆とさせていただきました。しかも、ほぼ100%個別状態です(爆)微妙にリンクしてるところをがんばって見つけて下さい(をい)
 今回も引き続き、一人ひとりにバラバラの情報を提供する形になっています。
 行動によって情報にバラツキがあるので、他の人のノベルも見て情報(PL情報扱いになりますが)を手に入れておくのもいいかと。
 特に次回の鍵となる情報は、上に記載してあります。次回プレイングの参考にしてください。
 「(???)」は、活用するかしないかは個人の判断にお任せいたします(またアバウトな…)
 色々とごちゃごちゃしてきてる気もしますが、多分次で終わりになるかと…(曖昧だ…)
 なにはともあれ、この無駄に長丁場なシリーズ、よろしければ今少しお付き合いお願い致します(礼)

 セレスティ様: 今回のクエストノベルへのご参加、どうも有難う御座いました。
      長らくお待たせいたしまして、ほんっとうに申し訳ございませんでした…!!(土下座)
      色々好き勝手な展開しちゃってますが…だ、大丈夫でしょうか?(汗)
      今回ヒスイとの接触があったものの、絡みは少なめです。…いや、話の都合で色々と。でも相変わらず変なヤツだなーって感じが出てると嬉しいですね(ぇ)
      色々と情報を入手。特にエマ様から託された板に記載されていた情報は重要なものばかりですので、エマ様のノベルを見て確認して下さい。
      パスワードは次回の鍵になるアイテム。解読できたらなぜ『Sleeping Beauty』が挿入されることになったかに関しての謎が解けます。ヒントは『変換』です(微妙…)
      色々と素早い処置をしていただけるので、対応策をとるのが楽しげふんごふん!(をい)
      …次回も、ぜひぜひがんばってくださいませ。

 色々と至らないところもあると思いますが、楽しんでいただけたなら幸いです。
 それでは、またお会いできることを願いまして、失礼させていただきます。